その依頼を他の
特殊科学班の上役と関わりの深い政府高官を通じての依頼で断りにくかったというのもあり、わしが担当することになった。
依頼主はCP9司令長官のスパンダムという男で、内容は支給品より遥かに強度の高い服の作成。その依頼を見た時は、呆れたのを覚えている。
司令官が現場の者より丈夫な服を着る意味なんぞないじゃろうと、命を守りたいなら服ではなく鎧を着るべきじゃし、見栄を張るにしても他にいくらでも方法はあるだろうに、権力者の考えることは分からんと、そう思った。
正直、依頼の内容自体は簡単だった。元々支給品の服は量産を前提として性能は落としてあるのだから、支給品のものより遥かに強度の高い服なんてのは材料さえあれば簡単に作れる。
しかし、ただでさえ研究の時間や予算が足りてない状況で権力者の道楽に付き合わされるというのも苛立ったので、最初はかなり吹っ掛けた金額を提示してやった。
無論それが通るなんて思ってはおらんかった。値段の交渉が入って提示額の半額程度で決着すると、そう予想しておったが……先方はアッサリこちらの提示した金額を了承した。
さすがに罪悪感を覚えたので、慌てて金額を下げることになったが……そういう意味で言えば、最初から振り回されるような依頼だった。
スパンダムという男は依頼相手としては、ほぼ文句なしの相手だった。変に細かい注文を付けるわけでもなく求めるのは強度と大まかなデザインぐらい。金額はこちらの提示した金額をゴネることなく支払い、納品までの期間も長めにとってくれていた。
なんだいい取引相手じゃないかと……そう思ったのは、最初だけだった。
一番初めの服を作り、以降何着か作って送ったあと、数ヶ月経った辺りで「服が破れたので再度製作してほしい」という話が来た。
その時点で少しイラッとはした。数ヶ月で破れるような柔な物は制作していない。数千万ベリーという金額を受け取って作った代物……それこそ何十年使っても穴のひとつも空くことなどないような品を作ったつもりじゃ。
だから、ソレが破れたと聞いた時は、どんな雑な扱いをしたのだと憤りかけたが……相手に悪意があると決めつけるのは早計だと思い留まった。
たしかにあの服は強固で、それこそ銃で撃たれても穴など空かない。だが、短期間に同じ個所に連続して衝撃を受けたり、強力な酸のような素材を溶かしうるものに当たったなら穴が空いたり破れたりすることもある。
所詮は形あるもの、絶対不変などというのが不可能であるのは科学者であるわしが一番よく知っている。だから特に文句を言うことなく前回と同じ金額で請け負って製作した。
……だが、その後も破れたという理由での服の制作依頼は何度も届いた。しかもどんどん間隔が短くなって……最初は半年だったのが、次は5ヶ月後に、その次は4ヶ月後に……そしてついには月に1度というような頻度で服が破れたと依頼が来るようになり、挙句にもっと強度の高い服は作れないのかなどと伺いまで届いた時には、さすがに堪忍袋の緒が切れた。
明らかに頻度がおかしい。完全にワザと破っているとしか思えない。大方耐久力テストみたいなことをして遊んでいるのじゃろうと、人の作品をおもちゃにしている光景が頭に浮かび腸が煮えたぎる思いだった。
たしかに指定した金額を支払って取引が成立している以上、その品はもうスパンダムとかいう男のものじゃ。どう扱おうと文句を言われる筋合いはないと、そう思うかもしれん。
しかし、こちらとしては材料さえあれば簡単に作れるとはいえ、己の作品を何度も何度も壊されているわけで、さすがに我慢の限度がある。
丁度グランドライン前半の海にいくつかのサンプルを収集に行く用があったので、そのついでに苦言を呈そうとそう思った。
……まぁ、研究資金のことを思えばいい取引相手なのも事実なので、そこまでキツく言うつもりは無かったが……。
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苛立つように護衛の海兵に愚痴をこぼしつつ、スパンダムを待つ。八つ当たりのようで海兵には悪いと思うが、さすがにCP9長官に怒鳴り散らすわけにはいかないので、直接対面した時に落ち着いて対応できるように多少の発散は必要じゃ。
とりあえず、最初にガツンと苦言を呈して、その後に多少フォローを入れる形で話して……最終的にこちらが下手に出る形で、今後はもう少し品物を大事にしてほしいとお願いする。その流れでいいだろう。
そう思いつつ、ゆっくりと開いたドアから現れたスパンダムを見た瞬間――世界が変わったように感じた。
なん、じゃ……こいつは……馬鹿な、ありえん!? この異様な存在感、全身から感じる次元の違う力……なんで、どうして、この存在はこれほどの力を持ちながら人の形を保っていられるのじゃ!!
そんな小さな器に収まるような力ではない。分からない……分かるのはひとつ、この存在は埒外の怪物だということだけだ。
そのスパンダムが向かいの席に座った。ただそれだけで空間全てが押しつぶされたかのような錯覚を覚えるほど、あまりにもその存在はデカすぎた。
「……急に呼び出して申し訳ありません」
『滅茶苦茶丁重に謝った!?』
飛び出したのは謝罪の言葉。スパンダムを目にして、即座にわしは己の過ちを察した。この男はわしの作品を雑になど扱っていない。むしろ出来るだけ、破ったりしないように大切に扱ってくれていた。
なぜならわしの目から見ても、明らかにあの服では強度が足りない。この存在の力を受け止められるわけがない。
むしろ、このバケモノが使用して、1ヶ月も使えているという時点で、かなり気を使って扱ってくれていたのは明白だった。
「あ、あの……Drベガパンク? ガツンと言うんじゃ……」
海兵のひとりが話しかけてきた。眩暈がするような言葉、理解できていないのか? いくら気配を抑えているからと言って、このバケモノの強大さを感じ取れていないのか? 早死にするぞ……いや、マジで。
その後スパンダムと簡単な自己紹介を行うが……わしの目はずっと、スパンダムの肉体に釘付けじゃった。
なんじゃ、この肉体は……信じられん。こうして目の前で見ているのに、まるで理解ができない。異常な進化の果てとでも呼ぶべきか、これを人間などと呼んでいいわけがない。
なにもかもが次元が違い過ぎる……し、知りたい。なぜ、どうやってこんな異常な力を身に着けた? この男のことがもっと、もっと知りたい。
だが、駄目じゃ。わしの直感が告げておる。これ以上迂闊に踏み込めばラインを越える……そうすれば、このバケモノはわしに牙を剥くと……。
例えるなら太陽のような……その光に目を焼かれ、迂闊に手を伸ばせば身を焼かれてしまう。至高の存在が目の前にいるのに手が届かないのは、まさに地獄じゃった。
だからこそ、その後に告げられた少しなら付き合ってやるという言葉に歓喜し、わしの頭からは一時的にスパンダム以外のことは全て消え去った。
****
強度を3倍にした服を5日以内に用意する約束をして、スパンダムに簡単な体力テストのような実験に付き合ってもらった。
あくまで測定であり、だからこそスパンダムも了承してくれたのだろう。これ以上は、ラインを踏み越える可能性があるので、惜しくはあるが今回はこれで満足しておくことにした。
パンクハザードに戻り、手元にあるデータ表を眺めていると、
『
「なんじゃ? 正確に報告したぞ」
『全ての数値が《測定不能》ではないか』
「事実として測定不能なんじゃから仕方なかろう。お前や他の
そう言って通信を切り、再びデータ表……全て測定不能と書かれた紙を、うっとりと見つめる。
「はぁぁぁぁ……」
思わずため息が零れる。スパンダム……あの男は、異常な存在だ。
世界政府の連中はわしの研究を禁忌などというが、アイツの方がよっぽど禁忌じゃろうて……アレは、数多の生命に対する冒涜じゃ。
本来なら決して存在してはいけない筈の、個で究極という領域に至りうる存在。普通の生命がいかように進化したとしてああはならない。本来の道を踏み外し、闇の獄を進み抜いた先に君臨するかのような、あり得ざる絶対者……。
ああ、なんて――なんて美しい。
ただただ純然たる強さに特化して進化し続けた結果と言えるような、生命の枠組みを外れた埒外の怪物。全てが異様なほどに洗練され研ぎ澄まされた究極とすら呼べる肉体。
分からない、どれだけ考えても分からない。どんな過程を経たらあの領域に到達できるのか、なぜあの領域に至りながら自我を保てているのか……スパンダムという男は、あまりにも未知な存在だった。
そして未知とは……科学者にとっては大好物だ。
「はぁ、駄目じゃ……これは相当重症じゃぞ。本当にしばらく、他のことは手につかん。アイツのこと以外考えられない」
知りたい、知りたい。もっとアイツのことが知りたい……いまはもう頭の全てがスパンダムのことで埋め尽くされ、他のことを考える余裕が一切ない。
あの至高の姿を思い浮かべるだけで口元がにやける。データ表を見るだけで脳が蕩ける。
「はぁぁぁ……とりあえず、服を大急ぎで作って、それを渡すという名目でまた会いにいこう。わしをここまで虜にした罪は重いぞ……絶対にお前のことを、もっと知ってみせるからな……くふ、くふふふ」
静かな研究室の中で、わしの笑い声だけが響いていた。
リリス:目を焼かれた上に脳もわりと焼かれた。とにかく異常で未知な狂パンダに夢中で、本人が言ってる通りしばらく他のことを考える余裕はなさそう。