チェルシーの指示を受けスパンダムひとりを島に残して出航したパドルシップ。そのデッキに立つチェルシーにマハが話しかける。
「チェルシー殿……こんなに離れるのですか?」
「はい。もう少し……このぐらいで大丈夫だと思います。錨を下ろしてください。波が立ちますので……予想より大きい場合は、私が船を持ち上げて月歩で上空に移動するので安心してください」
「……は、はい」
チェルシーの言葉に戸惑いながらマハはスパンダムの居る無人島に視線を向ける。すでにかなり島からは離れており、スパンダムの姿は見えない。
果たしてこれほど離れる必要があるのかと、そんな風にマハが考えたタイミングでチェルシーは通信機を取り出しスパンダムに連絡を入れる。
「隊長。こちらは問題ありません」
『分かった』
五老星に繋がった映像電伝虫を持つゲルニカもマハの隣に並び、無人島の方向に視線を向ける。これから、起こるであろうことを一瞬たりとも見逃さないために……。
そうして通信を終えて、ふたりの近くに来たチェルシーにマハが問いかける。
「……チェルシー殿、アレというのは……」
「すぐにわかりますよ」
そう言ってチェルシーが微笑むのとほぼ同時に、無人島からスパンダムが月歩を使って高く跳躍する。そして上空で拳を握り締めた瞬間――世界が変わった。
「こ、これはっ!?」
「覇気? これが……こんな凄まじいものが……」
スパンダムから放たれる圧倒的な覇気に雲は消し飛び、大気は王者のために退く。両腕に迸る覇気はあまりにも強大で、腕だけにとどまらずまるで漆黒の翼のように広がり、空を黒く塗りつぶす。
まるで世界が揺れているかのような錯覚を覚えた。空気が震えている。まるで、スパンダムのあまりに強大すぎる力に、空間そのものが悲鳴を上げるかのように……。
「右手の六王覇銃……左手の六王覇銃……」
静かにチェルシーの声が響く。その声は美しく、まるで敬虔なる信者が神への賛美歌を歌っているかのようだった。
視界の先ではスパンダムの腕に世界の終わりのような覇気が収束し、すべてを塗りつぶす漆黒の輝きを放つ。
やがて迸る力は臨界点を迎え――黒天は落ちる。
「放たれたふたつの衝撃は、交差点でぶつかり……」
スパンダムが腕を振るうと、その腕から膨大な覇気を纏った球体状の衝撃がふたつ放たれた。本来ならそれはとてつもない速度で飛来しているはずだが、その光景を見ているゲルニカやマハにはまるでスローモーションのように見えた。
その理由は単純だ。両者ともそれをただ瞳に映しただけで、死を強く意識した……いま、ふたりの……いや、デッキに居る全ての者と映像を通してみている五老星たちもまた、等しく死を強烈に感じ、死の直前の如く引き延ばされた時間の中にあった。
「……そして、その力を何倍にも高めながら強烈に反発し合い、すべてを消し去る衝撃となって――空間に炸裂する」
「あ、あぁ……」
それは誰からこぼれたのか、まるで祈るような、縋るような声が聞こえた。上空から落ちるふたつの漆黒の球体は、まるで神が下す審判のように神々しく見えた。
ふたつの漆黒の球体は島の上空でぶつかり、凄まじい反発で周囲に黒い稲光をまき散らす。
「……アレが……隊長の――
そしてすべてが収束するかのような一瞬の静寂のあと、空間は爆ぜ――全てを消し去る漆黒の太陽が顕現する。生命も無機物も、すべてを等しく無に帰す破滅の光は、瞬く間に広がり、無人島を呑み込んだ。
遅れて響く轟音と、相当の距離があるにも関わらず船を大きく揺らす衝撃……破滅の光が消えたあと、そこにはもう……なにも無かった。
島の痕跡など欠片もなく、ただ海に黒い大穴が空き、そこへ周囲の海水が流れ込んでいた。
「……ぁ……あぁ……」
「……こんな……これを……個人で……」
マハとゲルニカは目にしたあまりにも凄まじい一撃に体を震わせ、上手く言葉を紡ぐことさえできていなかった。
他の船員たちも同様であり、震えている者、気を失っている者、両手を合わせ狂ったように祈っている者と、様々だった。
そんな中で、ひとり、チェルシーだけはうっとりとした幸せそうな表情を浮かべていた。
「……やっぱり、隊長の十二真衝は、すごく綺麗ですね」
彼女にとっては絶対の信仰を捧げるスパンダムの偉大なる力の一端を目にできるのは、心からの幸せでありしみじみと噛みしめるように笑みを浮かべていた。
そんなチェルシーの前に、スパンダムが着地する。
「……完了だ。やはり、これは加減が難しいな。ポチ、船に被害は?」
「衝撃で多少揺れましたが問題ないと思います。それに前よりかなり加減できてたように思えますよ」
「まぁ、今回は抑えめだったからな。もう少し島のサイズが大きかったら、加減はより難しかったかもしれない」
チェルシーに軽く確認したあとで、スパンダムは呆然としているゲルニカとマハを見て首を傾げつつ、ゲルニカが手に持つ映像電伝虫の受話器を持った。
「五老星、島の処理完了しました。念のため、波が完全に引くまで見届けてから帰還します」
『……』
「……五老星?」
『……あ、ああ、ご、ごご、ご苦労だった』
ごくごく自然に任務完了報告を行うスパンダムだが、五老星たちは映像電伝虫の先で腰を抜かしており、かなり動揺しながらの返答だった。
それでも、さすがは世界政府の頂点に立つだけあって、すぐに動揺を鎮めながらスパンダムに尋ねる。
『……スパンダム。いま、お前は抑えて撃ったと言ったな?』
「ええ、言いましたが?」
『あの一撃は、本気ならどのぐらいの規模になる?』
「……いまの5倍ぐらいですね」
『ごばっ……そ、そうか……今後いまの一撃を撃つ際には、可能な限り事前に我々に連絡をとり、我々の許可を得てから行うようにしてくれ』
「了解」
その後いくつか確認をしたあとで、通信は終わりスパンダムは受話器を置く。
「聞いての通りだ。確認を終えたら帰還するぞ」
「……あの、スパンダム殿? 実は本名はプルトンって言いません?」
「ウチの部下と同じようなことを……誰が古代兵器だ」
「いやいや! むしろ、古代兵器ですって言ってくれた方が納得できますよ!! 我々、いま起こったことを脳が全然受け入れてないんですけど、なんならいまだに夢だと思ってますけど!?」
必死の形相で訴えるマハだが、スパンダムは特に気にした様子もない。なにせ、スパンダムにとっては別に本気の一撃というわけでもなく、今回撃ったのも以前にチェルシーが「また見たい」と言っていたのを思い出したという、ただそれだけの理由だったから……。
「ポチ、コーヒーを頼む」
「はい!」
「なんでそんな日常みたいな空気出してるんですか! 寿命縮みましたからね、私たち!!」
「……あれが……神の審判……神は実在したのか……」
「ほらっ、ゲルニカなんてまだこっちに戻ってこれてないんですからね!?」
まったく気にした様子もなくチェルシーの淹れたコーヒーを飲みながら新聞を読むスパンダムに対し、しばしマハの悲痛な叫びがデッキに響いていた。
スパンダム:古代兵器パンダ。愛犬のおねだりに応えて一仕事も終えたので、のんびりコーヒーブレイク中。別に本人にとってはそれほど本気を出したわけでもなく、昼下がりのコーヒーブレイク決めるぐらいには平常運転である。
ポチ:狂犬にして狂信者。狂パンダの十二真衝が見れてご満悦。
マハ:この人だけは絶対に敵に回さないようにしようと、深く、深く心に誓った。
ゲルニカ:正気に戻るまでしばらくかかった。
五老星:……もうお前がプルトンでいいよ。とりあえず狂パンダが想像以上にヤバいので、絶対に離反させないように気を付けようと心に誓いつつ、全員胃薬を所望した。
砦ちゃん:……作中ですでに二度も消滅させられている最不憫枠。