――『おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやる。探せ! この世のすべてをそこに置いてきた!』
数ヶ月前に海賊王ゴールド・ロジャーが死に際に放った一言は人々を海に駆り立て、大海賊時代の幕が上がった。多くの者が海賊となり、数多のルーキーたちがグランドラインを目指した。
しかしもちろん、海賊王の言葉に奮起したのはなにも新しい芽ばかりではない。元々海賊だった者たちもまた海賊王の遺産を目指す。
海へ飛び出すルーキーたち、大きく動き始める古豪の海賊たち、それらを取り締まらんと奮起する海軍……幕が上がったばかりの新時代の海はまさに大混乱と言っていい状態だった。
そんな荒れるグランドライン後半の海を一隻の海賊船が進んでいた。船に乗っている人数もそれなりの規模であり、船長を務める男には中々の懸賞金がかけられていた。
よくも悪くも、海賊としては中の下あたりの存在……ロジャーや白ひげと戦えるほどではないが、だからと言って誰かの傘下に下るにはプライドが邪魔をする。
微妙な状況の中で飛び込んできた海賊王の遺産『
ワンピースさえ手に入れれば、己が次の海賊王になれると、そんななんの根拠もない夢を見ながらも、高い士気で海を進んでいた。
その日はよく晴れていて風も穏やか、グランドライン後半の海としては珍しいほどのいい天気だった。
どこかのどかさを感じる空気の中、船長である男も部下たちも少し気が緩んでいた。そんなタイミングで突如なにかが破裂するような大きな音が聞こえてきた。
「なにごとだ!?」
船長である男が叫び、部下たちが船の周囲を見渡すが、異常らしきものは見当たらない。そんな部下たちの様子を見ていた船長の目に、奇妙な光景が映る。
その存在は、いつの間にか慌てる部下たちの中心……甲板の真ん中あたりに佇んでいた。薄紫のウェーブがかった髪をオールバックに纏め、こげ茶色のスーツに身を包んだ目の周囲と鼻が黒い男。
少年から青年に変わりかけの幼さの残る顔立ちながら、纏う雰囲気はあまりにも異質だった。
「なんだぁ、このガキ……どっから入り込みやがった?」
部下のひとりが怪訝そうに呟き、不穏な空気を感じ取った部下たちが青年の周囲に集まり始める。どうやって船にもぐりこんだのか、どこから現れたのかは分からない。
青年を取り囲むように集まった数十人の部下たち、いずれもグランドラインでいままで海賊として生き残ってきたそれなりの猛者たちだ。
そしてそんな部下たちは――。
「……剃」
一瞬青年の姿がブレたかと思った直後……糸の切れた操り人形のように、一斉に倒れ伏した。
「なっ!?」
それを見て驚愕しつつも船長である男は高速で思考を巡らせる。
(いきなり倒れた? 覇王色の覇気……いや、覇王色を放った感覚は無かった。それにうちの連中だって、並の覇王色で気を失うほどヤワじゃねぇはずだ)
心に焦りが湧き上がってくるのを感じながら船長が視線を動かすと、倒れていた部下の顔が目に留まった。その額には……まるで銃で撃ち抜かれたかのような穴が開いており、気絶ではなく絶命していることが理解できた。
(なんだ、コイツ……一瞬で数十人の部下を殺ったってのか……)
背筋が冷たくなるような感覚。そして、一切の音が聞こえない静寂の中、青年の目がゆっくりと船長に向けられる。
それはまるで、暗闇の中から死神が獲物に狙いを定めるかのような……。
「うっ、あぁぁぁぁぁ!」
反射的に上げた叫びは部下を殺された怒りからか、それとも圧倒的強者を前にした恐怖からか……。
船長は剣を抜き放ち、武装色の覇気を纏いながら跳躍、青年に向けて渾身の力で剣を振り下ろした。
「……紙絵」
振り下ろした剣が青年の体をすり抜けるように見えた。同時に周囲の景色がやけにゆっくり、鮮明に見える中でいつの間にか青年が己の真横に移動していた。
死の直前、極限に圧縮された時の中で船長は青年が右手の人差し指を立てるのを見た。
「……指銃」
そしてその次に聞こえてきた言葉が、船長が最後に聞いた音だった。
****
俺以外に生きている者が居なくなった海賊船の甲板で、船長らしき男の死体の横でパラパラと手配書の束をめくる。
「……懸賞金は七千八百万ベリーか」
覇気も使えていたし億越えでもいいレベルだった気がするが……まぁ、まだ大海賊時代が始まったばかりで、全体的に懸賞金が抑えめというのもあるし、このぐらいが妥当なところか。
いまはまだ一部の突出した実力を持つ海賊ばかりに注意が向いていて、こういった中堅レベルの海賊は意外と海軍のマークも甘かったりする。大海賊時代が本格化して、中堅の層がいま以上に厚くなってくれば注目度も高くなってくるのだろうが……まぁ、こちらとしてはやりやすい。
就職して行動に制限がかかる前に武者修行のために旅に出て、早半年ほど……初めの二ヶ月ほどは前半の海で経験を積み、その後は後半の海で活動を始めた。
もちろん面倒な海底ルートを通る理由も無いので、船を乗り捨ててレッドラインを越えるルートで来た。
結構な戦闘をこなしたし、相当の数の相手を殺した。ただ、正直なにも感じない。初めて人を殺すときは、なにかしら抵抗でもあるかと思ったが……特になんの感情も湧いてこなかったので、やっぱり俺の頭のネジは肉体改造の際にそこそこの本数抜け落ちてしまったみたいだ。
そして、肝心の武者修行はというと、非常に順調だ。やはり実戦は覇気の成長の速度が違う。覇気を用いて戦闘を行うことで、どんどん覇気が研ぎ澄まされていく感覚がある。
一番成長幅が大きいのは相手が強い覇気使いである場合だが、そうじゃなくても普段の訓練よりは明らかに伸びる。
それに嬉しい誤算もあった。なんと俺には覇王色の覇気が備わっていたのだ。正直、スパンダムに王の資質があるとも思えなかったので使えないものだと思い込んでいたが、戦闘の最中それらしい出来事が起こり、検証してみた結果、覇王色の資質があることが分かった。
これは非常に大きい。俺は原作の知識で『覇王色を纏える』ということを知っており、強力な武器になってくれるだろう。ただ纏うこと自体はできたが、維持するのに結構集中力を使うので要鍛錬といったところだ。
まぁ、それはそれとして、いま殺したこの船長の七千八百万という懸賞金は正直『高すぎる』。これが1000万以下であれば、換金して旅費の足しにというのもありだったが、この額はよくない。
俺は別に賞金稼ぎとして名を上げたいわけでもない。というか将来諜報機関に属することを考えれば、己の実力はあまり知られていない方が望ましい。
とはいえ、あまり秘匿し過ぎても舐められるので適度な感じがいい。原作のルッチのように、世間には知られておらず潜入捜査も可能で、海軍の一般海兵には顔は知られていないが名前は伝わっており、中将クラスになると顔も知っているぐらいが理想的といえる。
うん、やはりこの海賊の換金は無しだな。船内にそこそこの現金があったので、これを旅費の足しにして……船は沈めるか。
そう結論付けた俺は、目の前の死体の顔が書かれた……もはや不要な手配書を破り捨て、跳躍する。
「嵐脚」
足から放たれた斬撃がそれなりの大きさの海賊船を真っ二つに切り裂いたのを見届けてから、月歩を使用して離れた場所に泊めておいた小舟に戻る。
これでいい。俺の人生設計に大金は必要ない。それなりで十分だし、わざわざ賞金稼ぎのようなことをして稼ぐ気もない。
ここはグランドライン後半の海。夢破れた海賊が人知れず海の藻屑となり、行方不明になるなんて……よくある話だ。
さて、武者修行の猶予はあと一年半……次を狩りに行くとしよう。