深夜のウォーターセブンの一角。橋の下にある解体屋フランキーの秘密基地……かつてトムズワーカーズがあった場所にフランキーとアイスバーグの姿があった。
両者とも後ろ手に拘束されており、その周囲を囲むように仮面を被り白いローブで身を隠した4人のエージェントらしき者たちとひとりの女性が居た。
「てめぇら……なんのつもりだ! こんな鎖程度で俺を……」
「よせ、フランキー!」
「……アイスバーグ」
「迂闊に暴れるな……他はどうにかなっても、その女だけは無理だ」
「チィッ……」
誘拐同然にこの場に連れてこられ、暴れかけるフランキーではあったがアイスバーグによって制される。たしかにフランキーは強い。荒くれ者たちもまとめ上げる力もあり、体の半分をサイボーグ化していることもあって、相当の実力者と言っていい。
だが、そもそも、現在そのフランキーは拘束されている。ほぼ無傷……その理由は単純だ。フランキーをここに連れてきた相手は、実力者であるフランキーをほぼ無傷で捕らえられるほどの圧倒的実力者だということ……。
「そうですね。暴れないことをお勧めします。処遇に関して、隊長から具体的な指示はありませんし……五月蠅いようなら、黙っていただくことになります」
ふたりの正面に立ち、静かに告げるチェルシー……その小柄な体躯からは想像もできないほどの威圧感があり、戦闘に疎いアイスバーグですら、圧倒的な力を感じていた。
フランキーもさすがに力量差は分かっているのか、アイスバーグの言葉を聞いて舌打ちをする。
そんな橋下倉庫の中に規則正しい足音が響き、CP9司令長官のスパンダムが姿を現した。
「……久しぶり、五年ぶりか? 俺を覚えているか、トムズワーカーズのふたり」
「て、てめぇ……スパンダム!!」
「覚えてくれてたようで幸いだ。自己紹介する手間が無くていい」
現れたのはアイスバーグとフランキーにとっては因縁の相手。5年前にトムを罠に嵌め連れ去った世界政府の役人であり、フランキーは叫びアイスバーグも表情を強張らせる。
それを気にした様子もなく、スパンダムはチェルシーが用意した椅子に座る。
「ポチ、椅子をあとふたつ……あと、そいつらの拘束を解いてやれ、別に必要ない」
「「ッ!?」」
瞬間、スパンダムが少し抑えていた気配を解放したことで、アイスバーグとフランキーは押しつぶされそうなプレッシャーを感じた。
少なくとも絶対に勝てない相手だと確信できる程の、凄まじい実力差を感じさせられた。
その後、拘束を解かれて椅子に座らされたふたりに対し、スパンダムは静かに告げる。
「さて、俺の用件はわざわざ言わなくてもわかると思うが……プルトンの設計図を渡してもらおうか」
「ンマー。生憎だがそんなもんは知らねぇな」
「仮に知ってたとしても、テメェらなんかに渡すわけがねぇだろ」
険しい表情で返すフランキーとアイスバーグに対し、スパンダムはその返答は予想通りと言いたげに落ち着いた表情で言葉を続ける。
「残念だが、そういった問答の段階は過ぎている。俺がここに出向いてきているということは、設計図の存在も所在も分かった上で来ているわけだ。いまさらとぼけたところで、意味は無い」
「ンマー……なら、どうする? 俺たちを殺すか? 俺もフランキーも、たとえ殺されたとしてもお前たちに従うことは無い」
それでもあくまで設計図を持っているとは口にしないアイスバーグに、スパンダムは少し感心したような表情を浮かべる。
たしかに、アイスバーグにもフランキーにも強い意志があった。亡き師の意思を継ぎ、設計図を守り抜くという……だが、それは次のスパンダムの言葉で脆くも歪むことになった。
「もし、素直に設計図を渡すなら……トムをお前たちに返してやってもいい」
「……な、なにを言ってやがる……トムさんは――」
「生きているが?」
「――なっ!?」
先ほどまでの強い表情は消え去り、明らかに動揺を露わにするふたり。声を震わせながら話すフランキーの言葉を遮り、スパンダムはふたりの前に真実を提示する。
「船大工のトムは、海列車を作った功績により『ゴールドロジャーの海賊船製造の罪を免罪』。しかし、司法船襲撃に関わったことが本人の口から明かされたため、犯人として連行した。司法船襲撃は重罪ではある……だが、別に一発死刑というレベルの話ではない。懲役刑となり現在は服役中だ。ああ、もちろん拷問などをしているわけでもなく、普通に服役しているだけだ」
「……馬鹿な……だが、あの時、裁判で……」
「なんだ、アイスバーグ、知らなかったのか? 俺は司法の島エニエスロビーのトップだぞ。その程度のことを捻じ曲げられるぐらいの権力は持っている」
そう5年前のウォーターセブンの一件のあと、スパンダムは権力を使いエニエスロビーでの再裁判においてトムの罪を変更。極刑ではなく懲役刑とした。
現在のトムはインペルダウンでもなく、ごくごく普通の刑務所にて服役中だ。
「とはいえ、司法船襲撃も重罪だ。それなりに刑期は長い……だが、お前たちがプルトンの設計図を渡すのであれば、すぐに釈放するように手を回してやろう」
「「……」」
スパンダムの言葉に、アイスバーグとフランキーの表情には強い困惑が生まれる。そう、先ほどまではよかった。彼らはある意味背水の陣であり、亡き師と同じように命を賭して設計図を守ると覚悟を決められた。
だが、いま、ふたりは別の選択肢を知ってしまった。プルトンの設計図を差し出せば、トムを救うことができると……そんな、甘い希望が目の前に提示された。
そしてそれは同時に、スパンダムがその気になれば服役中のトムを処刑できるということでもある。スパンダムほどの権力があれば獄中死などいくらでも可能だろう。
彼らの前には悪魔の選択肢が現れた。トムの意思を継いで設計図を守り、結果トムを見捨てるか……トムの意思を踏みにじってでも、トムを助けるか……その二択だ。
「せっかくだ。ついでにお前たちの懸念であるニコ・ロビンについても話してやろう」
「……なぜ、それを?」
「諜報機関の重役にそれを聞くか? まぁ、せっかくだから少し聞いていけ、オハラでの出来事を……ああ、念のために忠告しておくが、聞いた話を他に漏らせば場合によっては暗殺もあり得るから、注意しておくんだな」
自分たちとトムしか知らないはずの懸念、ニコ・ロビンについてアッサリ言及するスパンダムの底知れなさに戦慄するアイスバーグを無視して、スパンダムはかつてオハラであった出来事を語っていく。
ニコ・ロビンという存在に訪れた悲劇と、世界政府と海軍によるオハラの壊滅……そのすべてを聞き終えると、フランキーが吐き捨てるように口を開いた。
「……屑どもが」
「オハラの件に俺は関わってないので、俺に言われても困るが……ニコ・ロビンはたしかに政府の基準では大罪人ではあるが、積極的に古代兵器を復活させるような存在ではないというわけだ。その後の逃亡生活で精神的に変貌していれば分からないが、それを言い出したらキリが無いからな……さぁ、これで一応と頭には付くが、お前たちの懸念にも答えが出たわけだ」
苦笑を浮かべつつ、スパンダムが告げたあと、軽く手を動かすとチェルシーがそれに反応して、映像電伝虫を取り出した。
「……そして、ここからが最後にして最大の譲歩だ。それでもお前たちは俺に設計図を渡すことに抵抗があるだろう? だから、こうしてやる……いま、俺の目の前で設計図を燃やして処分しろ。それで、渡したことにしてやろう」
「……なんだと?」
「要は、世界政府以外の人間が古代兵器を手にする可能性があるのが問題であって、こちらとしては設計図にもプルトンにもさほど興味は無い。だから、いますぐに処分するなら、それで終わりにしてやろうという話だ。こちらのトップにも許可を取っている」
三度戸惑いを浮かべるふたりに、スパンダムは淡々と説明する。するとそのタイミングでチェルシーが五老星に繋がった映像電伝虫を持ってスパンダムの横に立つ。その映像電伝虫に映るように燃やせという意味だというのは、ふたりにもすぐに理解できた。
「……ああ、それと、誤解しないように伝えておく。これは、慈悲だ。ガレーラカンパニーは政府にとっても重要な会社だからな。今後の取引も考えて、特別に譲歩している形だ。だから、勘違いをするな? 俺は言ったぞ……設計図の所在も分かっていると。どちらが持っていて、どこに隠しているかも含めてすべて分かった上で言っている」
「「……」」
「この話にはふたつの結末しかない。素直に設計図を燃やしてトムを取り戻し、この件を終わりとするか……力尽くで設計図を奪われ、全てを失う結末か……30秒待ってやろう。好きな方を選べ」
スパンダムの言葉を受け、アイスバーグもフランキーもガックリと肩を落とした。もはや逃げることも誤魔化すことも不可能であり、スパンダムの言う通りふたりに選択肢はふたつしかない。
どちらを選ぶかは……考えるまでもないことだった。
敗北感に唇を噛みながら、フランキーがサイボーグの体の中からプルトンの設計図を取り出す。
「全てを確認するようなことはしない。表紙を一枚めくって、映像電伝虫に映せ」
「……わかった」
「どうです?」
『ああ、間違いない。本物のようだ』
スパンダムの問いかけに映像電伝虫の先の五老星が答え、スパンダムは軽く頷いてから指を動かす。すると、チェルシーがフランキーの前に灰皿とマッチを置いた。
「燃やせ」
スパンダムの言葉に従ってフランキーは設計図を燃やし、プルトンの設計図は消え去った。
「確かに、これでプルトンの設計図は消滅しました。写しなどの可能性が無いわけでは無いですが、それを言い出すと本当にキリがないので、この件はこれで終わりで構いませんか?」
『ああ、ご苦労だった』
簡単なやり取りで通信が切れると、スパンダムは軽く笑みを浮かべながら口を開く。
「……さて、では、最後の仕事といこうか」
「……俺たちを……殺すのか?」
笑みを浮かべるスパンダムに対し、アイスバーグがやはりと言いたげな表情を浮かべる。スパンダムにしてみれば、原作……運命を大きく変えられたことで笑みを浮かべていたのだが、それを知らないふたりにしてみれば、不要になった相手を始末する笑みに見えたのかもしれない。
「うん? いや、トムの身元引き渡しの書類にサインしてもらうだけだが?」
「……………は?」
「身元引受人はある程度の社会的地位は必要だから、アイスバーグの方にしてもらうことになる。その後に手続をして、数日で釈放できるだろう。引き渡しはエニエスロビーになるから、追って日程を伝える。海列車で迎えにこい。ポチ、テーブルと書類を」
「はい!」
スパンダムの指示を受け、チェルシーが少し離れた場所にあったテーブルをスパンダムとアイスバーグたちの間に置き、その上に封筒を置いた。
「内容を確認して署名しろ」
「……ンマー……えっと……本当にトムさんを返してくれるのか?」
「そういう約束だろう? お前たちが俺をどういう極悪人と思い込んでいるのかは知らないが、俺はあくまで仕事でやっているだけで、お前たちにもトムにも個人的な悪感情は一切ない」
アイスバーグとフランキーの認識では、スパンダムはトムを卑劣な罠に嵌めた悪党なので……正直戸惑いは隠せなかったが、それでも書類の内容が問題ないことを確認して、サインをする。
その書類を受け取ったあとで、スパンダムはエージェントたちを連れて去っていった。
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深夜のウォーターセブン。人気のない廃船島に移動してから、仮面を被っているルッチたちに告げる。
「これで、ウォーターセブンでの一件は完了だ。これからお前たちは、ある程度時期をずらしつつ、退職して戻ってきてもらう」
「一斉に退職するわけでは無いのか?」
「それだと、我々がスパイでしたと宣言するようなものだろう。別にそれでもいいが、お前たちも数年の潜入で得た人間関係があるだろう。そういうものは大切にしておけ、どこで役に立つか分からんからな。可能ならある程度円満に退職しておくべきだ」
ルッチはともかくとして、人当たりのいいカクなどは親しくなった相手も多いだろう。原作でもガレーラカンパニーでの日々に思うものがあるような描写があったしな。
「順番などは改めて連絡する。とりあえず深夜にご苦労、それぞれ指示があるまではこれまで通り行動するように……では、解散」
『了解』
俺の指示を受けてルッチたちは姿を消し、廃船島には俺とポチだけが残る。俺はポケットから棒付き飴をふたつ取り出し、ひとつをポチに渡してもうひとつの包装を破って咥える。
思わず口元がにやけてしまいそうになる。少なくともこれで、原作の流れは大きく変わった。ロビンに関して興味は無いので、これでエニエスロビー編が起こることは無いはずだ。
いままでどうあっても変えられなかった大きな流れをアッサリ変えられたことで、完全に楔が抜けていることを確信できた。
「……ポチ、思い通りに事を動かせるのはいいものだな」
「よく分かりませんが、隊長が嬉しそうなら私も嬉しいです」
「ふっ、さてそれでは俺たちもエニエスロビーに戻るか……帰ったら軽く晩酌でもするか……」
「はい!」
尻尾……もとい髪を振るポチに微笑みを返してから、剃刀でエニエスロビーに向かって空を駆けて帰還した。
スパンダム:原作を変えられて満足の狂パンダ。ウタにはあんなに優しかったのに、アイスバーグとフランキーにはこれでもかというほど敗北感を叩きつけた。それでも、ふたり共扱いは一般市民なので、慈悲もちゃんとある。
ポチ:忠犬にして狂犬。なんかよく分からないけど、隊長が喜んでるならヨシ! ポチはそういうワンコである。狂パンダの晩酌にどんなつまみを作ろうかと、そういうことを考えている。
五老星:古代兵器? プルトン? いや、パンダ居るし……別にいらない、かな。まぁ、元々原作でも大して興味がある感じではなかった。ウラヌス(仮)をイムが持っているのを知っているからかもしれない。
アイスバーグ:……言う通りにしたところで、最終的には絶対殺される。コイツはそういうやつだ……と思っていたら、なんか予想と違った展開になって困惑。
フランキー:なんの抵抗も出来ずに従うしかなかった無力感は感じているが、それでもトムが生きていて戻ってくるということに希望を抱いている。原作の時期には、造船に対する忌避感も薄れている可能性が高い。
CP9メンバー:原作と違って円満退社する可能性が高く、パウリーの悲痛な叫びは起こらなそう。