それは、大海賊時代の始まりよりしばらく前。当時強力な海賊団として名が知れ始めていたロジャー海賊団。その船長であるゴール・D・ロジャーが鬼と呼ばれ始めた頃、とある島で宴会を行っていたロジャー海賊団を世界政府のエージェントが襲撃し、船長であるロジャーと激しい戦いを繰り広げた。
「……はぁ、強いなぁ。駄目だこれ、勝てないや」
片膝をつき呟くのは、黒いスーツを着た金の長髪に赤い瞳の女性。対して戦闘していたロジャーは手傷こそあるもののまだ余裕があり、戦いはロジャーが優勢であることを示していた。
「いや、お前も大した強さだぜ。アレだろ? お前、ピクシーとか呼ばれてるエージェントだろ?」
「ピクシー? ああ、いまはそう呼ばれてるんだね」
「あん?」
「ピクシー、シルキー、バッドフェアリー、グレムリン、ナイトメア、ミストファントム……いろんな通称で呼ばれるから、いまいち自分でもよく分からないんだよねぇ。私もガープやセンゴクみたいに分かりやすい二つ名が欲しいなぁ……まぁ、とりあえずいまはピクシーでいいよ」
ロジャーが告げた言葉に、女性は一瞬キョトンとしたあとで言葉を返した。彼女は長らく世界政府に仕える存在であり、顔も名前も数えきれないほど変えている。
いまの金髪赤目の姿も、悪魔の実の能力によって変えている顔であり、素顔というわけでは無い。
「しかし、もったいねぇな。そんなに強ぇのに、政府の飼い犬で満足か? もっと自由に生きりゃいいのによ。ああ、そうだ! どうだ、ピクシーお前、俺たちの仲間にならねぇか?」
「おい、ロジャー!? 世界政府の役人だぞ!」
「わははは、いいじゃねぇか、面白そうだしよ」
強襲してきた世界政府のエージェントを仲間に誘うロジャーに、副船長であるレイリーが慌てて突っ込むが、ロジャーは気にした様子もなく笑っている。
そんな様子を見て、ピクシーも楽し気に笑顔を浮かべる。
「はは、確かに、それは面白そうだね」
「だろ? 海賊は面白れぇぞ」
「う~ん、魅力的だから一考したいところだけど、その前にひとつ質問」
「なんだ?」
首を傾げるロジャーの前で立ち上がりながら、ピクシーは指を一本立てて問いかける。
「ロジャー、君は自由を語ったり、自由に生きることに資格が必要だと思う?」
「あん? 要るわけねぇだろ。ソイツが思うがままに生きりゃ、それが自由だ」
「うんうん、なるほど、なるほど……」
ロジャーの返答にピクシーは笑顔で何度か頷いたあとで、明るい笑顔を浮かべたままで口を開く。
「じゃあ、残念ながら私と君の価値観は致命的に噛み合わない。だから、せっかくの誘いだけど断らせてもらうね」
「そうか、そいつは残念だな。てことは、テメェは資格がいるって考えてるってわけか?」
「自由を語ることに、自由に生きることに、資格なんていらない。思うがままに生きればいい? ……ロジャー、それはね『強者の理屈』だよ。まぁ、そもそも君が真の意味で自由かどうかは置いておくとして、自由を語れるのはそれに見合うだけの強さがある者だけで……世の中の大半は、自由に生きることはおろか、自由という言葉を語る資格すら持たない弱者ばかりなんだよ」
ピクシーはどこか楽し気に手を広げながら告げる。お前たちが自由を語れるのは、お前たちが強者だからであり、そうじゃないものなど山ほどいると……。
「自由であれ支配であれ、一番最初に嘆くのはいつだって本当の弱者だ。覚えておくといい、檻の中でしか生きられない者たちも居るってね。そしてどんな世界でも犠牲となる者は生まれる。ゼロにすることなんて不可能。できるのは、それを減らすことだけってね」
「……それで、君たち世界政府が犠牲となるものを選定すると? 傲慢だな」
まるで歌うように告げるピクシーに対し、レイリーが静かに告げると、ピクシーは笑みをさらに深くしながら言葉を返す。
「強者はいつだって傲慢だよ。君たちだってそうだろ? 一般人は殺さない。だけど、海賊は殺す? ほら、君たちも君たちの勝手な基準で選定してるじゃないか、生かす相手と殺す相手を……けどまぁ、それは仕方ないことだよ。それが世界ってものの在り方だ」
踊るように動きながら、ピクシーという名の残酷な妖精は告げる。世界政府とお前たちにいったい何の違いがあるのかと、結局お前たちも選定する側であり、選定される側の気持ちなど分かりはしないだろうと……その赤い瞳には、狂気の色が見え隠れしていた。
「……例えば、そうだね……ある時、新興勢力が現れたとする。世界政府の支配から民衆を解放するぞ~って感じにね。そして実際に成し遂げたとしよう。その勢力が世界政府を倒したと仮定する。これで民衆は世界政府という檻から解き放たれて自由になった。それで、世界が変わる? ……いいや、なにも変わらないよ」
「……」
「上澄みが変わるだけで、世界の土台はなにひとつ変わりやしない。勝者が、新しい強者が次の選定を始めるだけだよ。この醜く歪んだ世界は弱者の嘆きの上に成り立つようにできてるんだよ」
「ずいぶんな言い草だな。その言い方はまるで……」
あまりにも楽しそうに話すピクシーに若干の不気味さを感じながら、レイリーがなにかを口にしようとしたタイミングで、ピクシーはピタッと動きを止めた。
「うん? わざわざ、口にして言わないと分からない?」
『ッ!?』
その表情にロジャー海賊団の面々は、思わず気圧された。感情の全てが抜け落ちたかのような表情、虚無だけが詰め込まれたような光のない瞳、妖精は感情の欠片も籠っていない抑揚のない声で告げる。
「私はこの歪で醜い世界が死ぬほど嫌いだよ。強者が己の振るう暴威に、自由だ支配だ正義だと、御大層な冠を付けて語るのが、反吐が出るほど不快だよ」
世界そのものが死ぬほど嫌いだと告げるピクシーに、あまりにも虚無なその表情に気圧される者たちの中で、ただひとりロジャーは静かに頷いて告げる。
「……なるほど、確かに俺たちの価値観は致命的に合わないみたいだな。勧誘は諦めるか」
「うんうん。分かってもらえたなら、なによりだよ」
ロジャーの言葉を聞いて、ピクシーは表情を笑顔に戻して頷いた。
「まぁ、コレはあくまで私の考えってだけだよ。考え方や価値観なんて人それぞれだしね。そもそも、私の基準で言えば、ロジャー……君は真の意味で自由じゃないしね」
「ほぅ、そいつは興味深いな。是非詳しく聞いてみたいもんだぜ」
「う~ん。いい加減諜報員としてはお喋りし過ぎだし、これ以上の価値観の押し付けは止めとくよ。とりあえず、勝てそうにないから逃げることにするね――
「あっ、おい! そこまで言ったなら説明していけよ!!」
叫ぶロジャーの言葉もむなしく、ピクシーの姿が消え代わりに大きな箱が現れた。予め能力で入れ替わるために用意していたのだろう。まんまと逃走を許したことに頭をかきつつ、ロジャーは近くに居たレイリーに問いかける。
「……ただの箱だと思うか?」
「私なら時限式の爆弾を詰めてるね。そう考えると、ペラペラ喋っていたのは、時間調整か……」
「よし、野郎ども! 酒持って逃げろ! 爆発するぞ!!」
ロジャーの掛け声に、船員たちが無駄に素早い動きで酒を確保して逃走した直後、大きな爆発が起こった。
****
東の海のローグタウン。高めの建物の屋根の上に立ちながら、私は眼下の広場を見下ろす。ついさっきまで晴れていたはずなのに急に振り出した雨……まるで、彼の死を空が嘆いているようにも感じられる雨の中で、能力で変えた緑色の髪を触る。
視線の先には処刑台があり、そこには笑みを浮かべたまま死んだ海賊王ゴールドロジャーの首が見える。だが、それ以上に広場からは凄まじい熱気を感じる。
ロジャーが死に際に放った一言は、間違いなく世界に一つの転機をもたらした。これから世界は変化するだろうと、そんな期待や不安に興奮といった感情が民衆たちに広がっていくのが分かる。
だけど、私の心にはなにひとつ響くことはなかった。たしかに変化は起こるだろう。だけど、それだけだ。この世界が醜いのは変わることはない。
ねぇ、ロジャー? 君が語った自由の先にあったのがこの結果? 私の基準では君もロジャー海賊団も真の意味で自由なんかじゃなくて『自由になりたがっている存在』だって、そう感じたよ。そしてきっとそれは私も同じだろう。だけど、それは不可能だ。
あの時は語らなかったけど……私はこう思うんだよ、ロジャー。真の意味で自由な存在は、自由だ不自由だといちいち語ったりしないんじゃないかって……そして、真に自由たる存在は世界でたったひとりしか存在しえないって、そう思うんだ。
それは『最強』の存在。比類するものなどなにひとつ存在しない絶対的な頂点にして、究極の強者……たとえ己以外の世界すべてを敵に回したとしても容易く勝利できる程の絶対者。
その存在こそ、この世界で唯一、真の意味で自由も支配も正義も好きに語る資格があるって思うんだ。だけど、そんな存在はあり得ない。
だからこそ、唯一正しくすべてを行使する資格を持つ存在というのが、あり得ない以上。この世界に自由も支配も正義も――なにもありやしないんだよ。
ぼんやりと暗い空を見上げる……ああ、やっぱり、私は……この世界が嫌いだなぁ。
****
「……存在するはずがないって、思ってたんだけどなぁ」
「なにがだ?」
「ああ、いえ、なんでもないです。スパンダムさんの理不尽すぎる戦闘力を見て、思考がどっかいってただけです」
不思議そうにする紫の髪をオールバックにした目の周りと鼻の黒い男性……CP9司令長官であるスパンダムさんに、私は苦笑を浮かべて答える。
私の視線の先には、生者はひとりもいない。ただ死体の山がある。
この国の反乱軍の規模は国が頭を悩ませ、海軍が兵の派遣を躊躇するほどの規模だった。確実に革命軍が裏に関わっているだろうと思う。
国と十分に戦える数万という規模の軍隊は……ほんの数分でただの死体の山に変わった。本当になんて出鱈目な人なんだろうか。反乱軍は装備もしっかりしていたし、強者と呼べるレベルの者も居た。
普通であれば上もコレだけの軍隊相手に殲滅なんて指示は出さない。革命軍の兵が紛れ込んでいて、生き延びた兵を扇動して革命軍に流れるのも覚悟のうえで、指揮官狙いの暗殺がせいぜいだろう。
だけど今回の上の指示は完全殲滅。理由は単純で、この人ならそれができると理解しているから……そして事実としてこの人は容易くそれを成してしまった。ただそれでも、これほどの短時間でというのは、予想外という他ない。
信じられない話だけど、以前ですら最強という言葉が相応しい絶対者だったのに、この人はまだ強くなっている。その強さに果てなど存在しないのではないかと思うほど……。
あぁ……やっぱり、眩しいなぁ。目がくらくらするよ。存在するわけがないと思っていた絶対者……この世界で唯一、真の意味で自由に生きる資格を持つ、最強の存在。
正直私の考えはチェルシーちゃんと似ている。チェルシーちゃんみたいに大っぴらに語るには、長く生き過ぎて感情を表に出さないことに慣れ過ぎたけど……考えは基本的に同じだ。
スパンダムさんはこの世界で唯一あらゆることを成す資格を得た存在で、この人の行動こそが唯一絶対の正解であると……スパンダムさんが、これが自由だと語ればそれが正しい自由だし、これが正義だと告げればそれが絶対正義だ。
「……残存は居ないですね。お疲れ様です。今回の件は、あくまでスパンダムさんは救援なので、事後処理などは担当部署にやらせますよ」
「ああ、任せた。馬鹿正直に一ヶ所に固まっていたおかげで早く終わったな」
「まぁ、そりゃ、普通は思いませんからね。想定もしてなかったでしょう。これからいよいよ進軍して王国軍と睨み合いになると思ってるタイミングで、開けた平原で突然空から現れたひとりの存在に数分で文字通りの全滅させられるなんて……」
本当はもう……そろそろ終わりにするつもりだった。呆れるほど長く世界政府に仕えてきたけど、いい加減醜い世界を見続けるのに嫌気が差していた。
立場的にCP0の総監まで務め、多くの機密を知っている私が隠居できるわけもないことは理解していたし、そもそも隠居しようが私の目に映るのは大嫌いな世界……うんざりだった。
だから、スパンダムさんに巡り合う前は、近いうちに死のうと思ってた。私は歯車のひとつでしかないし、死んだところで代わりなんていくらでもいる。
新しい総監が選定されて、私が担っていた役割を引き継ぐだけ……そう思っていた。
だけど、本当に皮肉な話だ。そんなタイミングで私は巡り合ってしまった。この醜い世界で唯一美しいと感じられる存在に、あり得ざる絶対者に……。
本当に困ったものだ。いつ死のうかとそればかり考えていたはずなのに、スパンダムさんの行く先を見たいと思ってしまった。
スパンダムさんは世界をどうするのだろうか? 滅ぼすのならそれでもいいと思う。その時は、私の嫌いな世界が滅ぶ姿が見たいので、最後の方に殺してもらえるようにお願いしてみよう。
この世界を許容するのならそれもいい。スパンダムさんが価値があると認めた世界なら、私も考えを改めよう。
「連絡も完了しましたし、スパンダムさん。予定よりかなり早いので、ご飯でも食べに行きましょう。上司として奢ってください」
「……だから、本来はお前の立場の方が上だと……」
呆れたように呟きながらも駄目だと言わないスパンダムさんを見て笑みが浮かぶのを自覚する。この人は、私にとって導であり、醜い世界を美しく照らす漆黒の太陽だ。
長く勤めた世界政府に未練など欠片も感じない。スパンダムさんが世界政府に所属し続けるなら私も所属する。スパンダムさんが世界政府を切り捨てるなら、私はスパンダムさんについていく。
スパンダムさんがこれからなにをするか、考えるだけでも本当に楽しい。とんでもなさに頭を抱えている五老星には悪いけど、報告書を見るたび笑みが零れそうになるのを我慢するのが大変だ。
私の進む道は、スパンダムさんの示すものしかありえないと、本気でそう思っている。だからこそ、こうやって、いままで誰にも見せたことが無かった素顔で会いに来たし、名前も貰った。
死ぬほど嫌いな世界が、少しだけ色付いたように……そう感じた。
スパンダム:狂パンダ。反乱軍を瞬く間に瞬殺……もうちょっと散ってて時間かかるかと思っていたので、丸一日予定を空けていたのだが、あまりも早く終わったので手持無沙汰に……なんかペットが増えた気がする。
タマ:高齢な分隠すのが上手いだけで、内面的にはポチと同類。完全に狂パンダに目も心も焼かれきってる狂猫。不老ということもあって長年世界政府に仕えてきて、多くの世界の闇を見続けた結果として、世界そのものを嫌っている。悪魔の実の力で頻繁に顔を変えており、素顔は誰にも見せたことが無かったがパンダに見せた青髪金目が本来の容姿。
五老星:……なんか数分で数万の兵を皆殺しにしたとか報告来たんだけど……これ、時間合ってる? そう、合ってるんだ……胃薬持って来てくれるかな?
交渉中の国:……一日かからず大規模な反乱軍が全滅したと聞き、世界政府の恐ろしさを実感して即加盟国入りした。
革命軍:……え? なんて? 支援してた反乱軍? ああ、そろそろ開戦……ふぁっ!? 全滅!?
砦ちゃん:ゆ、許されたっ……。