闇の正義スパンダム   作:ぬこノ尻尾

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新たなる狂信者の獲得

 

 

 ある日の昼下がり、いくつかの書類をポチに各所に割り振るように指示を出したあと、俺は長官室でエニエスロビーの改修計画書の作成を進めていた。

 要望書は集まって吟味も終えた。流石にすべてを叶えるには予算が足りないが、ある程度の要望には応えれるだろう。

 予算確保もすでに終わっておりあとは実際の作業計画だ。当たり前だが建て替えを行っている間にその建物は使えないので、エニエスロビー全体を建て替えるのなら、順番もしっかりと考える必要がある。

 全体の業務が滞ったりしないように、バランスを考えて着手する順番を決めていると、ふと気配を感じて視線を上げる。

 

 するとそのタイミングでベランダにタマが降り立ち、ペコっと一礼したあとで窓をすり抜けて室内に入ってきた。

 

「どもども、失礼しますね」

「せめてドアから入ってこい」

「……前向きに検討して善処します」

 

 それは、改善しない場合の返答な気がするが……。

 

「まぁ、いい。というか、すり抜けもできるのか?」

「すり抜け先が見えてないといけないので、窓か檻ぐらいしか無理ですけどね」

「便利は便利だが、やはり使いどころを選ぶ能力だな」

 

 実際タマの能力は多岐にわたり、なかなか便利なものも多いのだが、本人が小技が多いというように使える場面が限られる能力が殆どだ。

 まぁ、特定の場面ではかなり有用ではあるが……。

 

「それで、なんの用だ?」

「ちょっと報告に……どうも、センゴクが海軍とCPの合同訓練を計画しているみたいです」

「……ほう、珍しいな……というか、ほぼ前代未聞か」

「ですね。海軍とCPって割と昔から仲悪いですしね」

 

 CPと海軍が協力することは少ない。険悪とまではいかないものの互いにある程度距離を置いている現状だ。だが、それを改善できるならそれにこしたことはない。

 CPと海軍ではそれぞれ得手不得手が違うのだから、状況によって手を取り合えるならそれはかなり有益だ。

 

「……メリットは分かるが、センゴクの目的はなんだ?」

「恐らくですけど、CP9とスパンダムさんに関しての情報が欲しいんだと思いますよ。そこに関しては上の指示もありまして、私がいろいろ隠蔽してますしね」

「……ふむ。タマ、お前は情報系に強いのか?」

「そうですね。かなり長くやってますので、情報収集や操作、それに隠蔽は得意中の得意ですよ」

 

 なんというか、コイツ……いままで見た中で、一番真っ当に諜報員として優秀な気がする。いや、性質的に諜報機関であるCPが情報戦に強いのは当然なのだが、CP9が割と荒事専門なところがあるせいか、そこそこ新鮮に感じるから不思議だ。

 

「まぁ、そんなわけで、近いうちに話が来ると思いますけど、どうしますか?」

「内容次第ではあるがCP9メンバーに経験豊富な覇気使いとの戦闘経験を積ませてやれるかもしれない。それに、CPと海軍の関係が改善されるなら有益だ。受ける方向で考えておくか」

「了解です。じゃあ、こちらに話が来たらその方向で調整します」

「ああ、任せる」

 

 立場を考えればむしろ決定権はタマの方にある気がするが、コイツが俺を上司扱いするのはいまさらなので、いちいちツッコム気にもならない。

 そう考えて、手元の書類に視線を戻しながら、ふとあることを思い付いて問いかける。

 

「……そういえば、タマ」

「はいはい、貴方のタマですよ。どうしました?」

「……お前は世界が憎いのか?」

「はて、唐突にどうしました?」

「お前の狂気は、世界への憎悪や嫌悪だろ? 単に聞いてみただけだ」

 

 タマも相当な狂気をその身に宿しており、その狂気の形は世界そのものへの嫌悪や憎悪といった感情なのは間違いない。まぁ、もうひとつポチに似た狂気もある様子だが、こっちはいまは関係ない。

 

「スパンダムさんのは、自己愛的なやつですよね~」

「そうだな……」

「……う~ん、憎悪ってまで言うとよく分かりませんが、私はこの世界が大っ嫌いですよ。強者も弱者もそれ以外も、私自身も含めて心底嫌いですね」

「そうか」

 

 ニコニコと笑顔で語るタマは、なかなか闇が深そうな感じではある。だが、まぁ、本当に単なる興味本位での問いかけだったので、アレコレ詮索する気は無い。

 そう思っていると、しばし沈黙したあとで、タマがポツリと呟くように口を開いた。

 

「……昔は、違ったはずなんですよ。もう完全に忘れちゃった、本当の名前を憶えていた頃は……私の目に映る世界は色が付いてて、綺麗だったと思うんです……もう、どんな景色か思い出せなくなっちゃいましたけどね」

 

 懐かしむようにそう告げたあと、タマは視線を窓の方に向け、青空を見上げるように顔を上げてから独り言のように話を続ける。

 

「……長い年月で、いろんなことを忘れちゃいましたけど、自分の感情の変化だけは覚えてます。少なくとも、かつては違ったんです。私に世界を変えるほどの力は無いけど、私の立場で救える人もいるんだって……嘆く人たちをゼロにはできないけど、数を減らすことはできる筈なんだって……そんな風に思ってましたし、実際できました。もう完全に時効なんで言っちゃいますが、バレなかっただけでバレてたら政府に粛清されてたようなこともいっぱいやりました。天竜人のところからこっそり奴隷を逃がしたりとか……」

「……」

「綱渡りみたいに危ないこともしましたけど、充実してたと思います。そうして己が行動した先にある景色が尊いものだって……その時は、確かに思えていたはずなんです」

 

 タマは窓に向けていた視線をこちらに戻して、どこか悲し気な微笑みを浮かべた。

 

「……長く生きるって、いいことじゃないですね。知らないままならよかったことを知ったり、気付かなければ幸せだったことに気付いたり……少しずつ、本当に少しずつ、瞳に映る景色が色を失っていったんです」

 

 タマが不老としてどれぐらいの年月を生きて来たかは知らないが、少なくとも俺よりは遥かに上だろう。なぜならこいつはおそらく、一度すべてに絶望している。

 俺やポチのように狂気に身を委ねた結果として頭のネジが抜けたタイプではない。コイツは、心が壊れた結果、狂気しか残らなかったタイプの狂人だ。

 

「そして、ある時フッと思っちゃったんです。『なんで私は、こんな醜い奴らを必死に守ろうとしていたんだろう?』って……そこからは、早かったです。どんどん世界から色が消え、歪んでいって……大切だったはずのものがそうじゃなくなって、いつの間にか私の目に映る景色は吐き気がするほど気持ち悪いものへ変わってしまってました」

「……」

「それでも、縋ろうとしたんです。かつて感じていた尊い景色を思い出しながら、足掻いてみました……でも、いつしか、かつて見えていた光景も、尊いと思っていたものも、己の名前も……全部忘れてしまいました。残ったのは、歪で醜い世界への嫌悪感だけでした」

「そうか、まぁ、長く生きてればそんなこともあるだろう」

 

 話を聞き終えて、書類を見ながら告げた俺の言葉を聞き、タマは一瞬キョトンとした表情を浮かべたあとで、どこか楽しそうに笑った。

 

「……ふふふ、私、スパンダムさんのそういうとこ、好きだなぁ。そうですか、そんなこともありますかね?」

「ああ、俺もいずれ同じような考えになる可能性だってあるわけだしな」

「あはは、スパンダムさんが私と同じ思考になったら世界は滅んじゃいますね。私に世界を滅ぼせる力があったら、滅ぼしてたと思いますしね」

「そうだな……だが、まぁ、お前に世界を滅ぼす力は無く、現在も世界が続いてお前も生きているなら……一度は変わったんだから、また考えが変わる可能性もあるだろう」

「そうですね。最近実感してたりします」

 

 なにがそんなに楽しいのか、タマはニコニコと満面の笑顔を浮かべており、先ほどまでの壊れたような笑顔とはまるで質が違うような印象だった。

 なんだかんだで、コイツは現状を楽しんでいるような……そういう強かさを感じるので、個人的には高評価ではある。

 

 そう思っていると、ノックの音が聞こえてポチが戻ってきた。

 

「隊長、ただいま戻りました」

「ああ、ご苦労」

 

 俺がポチに返答すると、タマが楽し気な笑顔を浮かべながらポチに近づく。

 

「あっ、チェルシーちゃん! お邪魔してるよ~」

「え? あ、はい。えっと……初めまして?」

「あっ、この姿じゃ分からないか、私だよ。CP0総監のマリアだよ」

「マリア総監!?」

「うん。あっ、だけど、この姿の時はスパンダムさんにタマって名前貰ったから、そっちで呼んで欲しいな」

 

 当たり前だが、俺の補佐であるポチはタマ……CP0総監の時の顔ではあり、交流もある。ちなみにタマは総監としてはマリアという名があるが、偽名とのことだ。

 ポチはタマの言葉に納得したように頷いたあと、ジッとタマの目を見つめながら、どこか楽し気に後ろ髪を左右に揺らしながら口を開いた。

 

「……な、なんでしょう、タマさんとはいままであんまり話したことが無かったですけど……いまこうして、目の前にしていると、不思議と凄く仲良くなれる気がするんです!」

「奇遇だね。私もチェルシーちゃんとは絶対に話が合うって、前々から思ってたんだよね」

 

 なにやら通じ合うものがあったのか、ふたりは楽しそうな様子である。まぁ、どこがとは言わないが似ている部分があるのかもしれない。

 そんなことを考えつつ、手に持った書類をしまってから口を開く。

 

「……タマ、時間があるようなら夕食を食べていくといい。ポチ、夕食は3人分用意できるか?」

「大丈夫です! 普段からリリスさんがフラッと来るので、食材や食器には余裕を持たせてますからね」

「え? 家に伺ってもいいんですか、スパンダムさん?」

「ああ……ところで聞いておきたいが、タマ……お前は世界政府に所属して長いんだろ? 俺が知らないような機密情報は?」

「いっぱい知ってると思いますけど?」

「もし、教えろといったら?」

「仰せのままにご主人様って感じですね」

 

 おどける様に笑うタマを見て、俺も口元に笑みを浮かべる。情報戦に強く、世界政府が隠しているような情報も多く知っている。

 そして、見え隠れするポチと同種の狂気……こちらを信仰しているかのような感情……これは思った以上に有益な相手を見つけたかもしれない。

 

 

 

 




スパンダム:狂パンダ。タマが思った以上に、他と役割が被らない有能な存在であり、ポチと同じように信仰に近い感情をこちらに向けているのに気付いており、いい拾い物をしたと上機嫌。

タマ:パンダやポチとは違って、心が壊れつくした結果狂気しか残らなかったタイプ。世界そのものが嫌いであり、強者だけじゃなく弱者も自分自身も嫌い。ただ、パンダと巡り合ったおかげで歪んだ世界でも美しいと思えるものを見つけられて、世界が再び少しずつ色を取り戻している……ただし、壊れて歪んだ価値観が戻ることはない……。

ポチ:タマと遭遇して、もの凄いシンパシーを感じた同担歓迎のワンコ。なんだかんだで家に泊まることになったタマと、徹夜でパンダトークで盛り上がって滅茶苦茶仲良くなった。

五老星:……政府のヤバ目の機密やらを山ほど知ってるやつがパンダ信者であるとは、さすがに気付いていない。タマも言ってたけど、気付かない方が幸せなこともある。
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