エニエスロビーの特殊訓練場で、地面に座り込んで荒く息を吐くクザンにドリンクを放り投げてやる。
「今日はここまでにしておくか」
「……はぁ……毎度ながら、ボッコボコ……しばらく立てねぇな」
「だが、実力は確実に上がっている。いい成長だ」
「おかげさまでな……」
「ダラけきった正義」を掲げてこそいるが、クザンの本質はこれで中々能力とは裏腹に熱い男だ。実際正義に対して疑問を抱く前は、「燃え上がる正義」を掲げていたという経緯もある。
だからだろうか……最近は結構な頻度でここに来て鍛えており、グングン実力を伸ばしていると言っていい。元々能力は強力で練度も高かったので、フィジカルを強化していけばさらに伸びるのも必然だろう。
そんなことを考えつつポケットから棒付きキャンディーを取り出して、包装を破って咥えると、そのタイミングで休んでいたクザンが呟くように告げた。
「……なぁ、スパンダムさん。正義って、なんだと思う?」
「ずいぶん抽象的な質問だな」
「いや、なんだ……その、アレだ。こう見えて俺は昔、燃え上がる正義とかってのを掲げてたりしたんだよ。けどなぁ、なんか……分かんなくなっちまってな。海軍大将の俺が言うことじゃねぇが、海軍の、世界政府の掲げる正義が本当に正しいのか……」
おそらくクザンがいま思い出しているのは、かつてのオハラでの一件だろう。親友であったサウロを敵として凍らせ、サカズキによって民間人が乗った避難船が撃たれる様を見たからこそ、クザンにとっての正義は揺らいでしまった。
実際原作でもクザンは緩いように見えて、結構思い悩んだり繊細な面が見え隠れしていた。表現するのなら、ガープのような奔放さに憧れつつも、持って生まれた気真面目さが邪魔をしている感じとでも言うべきだろう。
「まず大前提として、正義の反対が悪だと思っているなら、考えは改めることだな」
「正義の反対は、別の正義ってか……まぁ、実際そうなのかもな」
「そもそも、正義だなんだと仰々しい呼び方をするからややこしいだけだ。正義なんてのは、個人の持つ思想や信念の一環でしかない」
それも含めてクザンが真面目な証拠でもあるが、だからこそコイツには足りないものがあるとも思う。その辺りが、ガープとの大きな違いだろう。
「その上で、世界政府の掲げる正義が正しいかどうかという話だが、悩んだところでお前にも俺にも分かるわけがないし、考えるだけ無駄だ」
「……へ?」
「個人の思想を100%理解できるのなんて、本人以外にあり得ない。世界政府の正義も、つまるところそれを考えたやつにとっての正義だ。ある程度の共感はできたとしても、完全に理解することなんて本人以外には不可能だ。なら当然、100%理解できないものの正否の判断もできないだろう」
「……」
「そもそも、正義正義というがな。絶対正義を掲げる海軍ですら、その正義の形なんてものは曖昧だぞ? お前がダラけきった正義を掲げるように、他の連中も好き勝手に掲げているだろう」
絶対正義を掲げつつ、個人個人で別の正義を掲げるというのもなかなか矛盾した話だが……結局は個々の解釈の問題だ。
基準となるものはあるだろうが、そこに個人の思想が入り込む以上バラバラで然るべきだ。
「……まぁ、哲学的な話を語っても仕方ないか、具体的にお前に足りないものを教えてやる」
「俺に、足りないものか……聞いてみたいな」
「それは、相手の思想を尊重したうえで、それでも己の思想のために踏みつぶす覚悟……強い我とでもいうべきものだ。例えばお前にとって心から共感できる思想を掲げる相手が居たとする。だが、いかに共感し尊重できたとしても、進む道が向かい合っているのならそれは敵だ。逆にお前にとって全く噛み合わない思想の相手であっても、進む方向が同じなら手を取り合える場面はあるだろう」
「……噛み合わなくても、進む方向が同じなら手は取り合える……か……」
なにか思うところがあるのか考えるような表情を浮かべるクザンに対し、俺はフッと笑みを浮かべつつ言葉を続ける。
「好きなように尊重すればいい。海賊の思想でも、革命軍の思想でも、それを共感して尊重するかどうかはお前の自由だ。その上で、他者からなにを言われようが、間違っていると評価されようが、これこそが俺の思想だと貫き通す強引さを持て。ガープにあってお前に無いのはその迷いない強引さだ」
「……はぁ、なんつうか、ガープさんもアンタも……迷いのない人の背ってのは、妙にでっかく見えるんだよなぁ」
「なら、お前もそうすればいい。ガープや俺のようになれというわけでは無い。己の思想が間違っているかもなどと考える暇があるなら、自分は正しいのだと結論付けろ。お前の思想を100%理解できるのはお前自身だけだ。つまり、思想の正否もお前自身だけが決められる……まぁ、いろいろ考えて、思考に折り合いをつけてみるんだな」
「難しいなぁ……けどまぁ、その、アレだ。なんか少し、頭がスッキリした気がしますよ。くだらねぇ話に付き合ってもらって、どうも」
どうやらクザンにとって俺の言葉はある程度自分なりの形で消化できたみたいで、先ほどより少し晴れやかな表情を浮かべていた。
そしてそのまま一気にドリンクを飲んでから立ち上がる。その目には、力強い光が宿っていた。
「……ついでに、アレだ。結構やる気出てきたんで……もうちょっとしごいてくれ」
「いいだろう。なかなか熱い目だ。燃え上がる正義に戻すか?」
「ははは、いやその辺は緩めでいいかなぁと……緩さも含めて、俺なわけだし……それにアレだ。まぁ、なんだ……忘れた。とりあえず、またいっちょよろしく」
「ああ……ならそのやる気に応えるために、もう少し力を入れて鍛えてやるか」
「……あぁ……いやぁ……それはちょっとぉ……」
「構えろ」
「ひえっ……また余計なこと言ったかもしれねぇ……」
コレだけしっかりとしたやる気があるのなら、もう一段ぐらいキツくしてもいいだろう。
****
ゴーイングメリー号の修理を行うために船大工を求めて航海を続けていた麦わらの一味は途中ロングリングロングランドにて、とある因縁からフォクシー海賊団とデービーバックファイトを行うこととなった。辛くも勝利を収めた麦わらの一味は、この島で知り合ったトンジットの元に戻り、そこで海軍大将青雉こと、クザンと遭遇することになった。
大海を一瞬で凍りつかせ、遊牧民であり移動する村に置いて行かれたトンジットを送り出したあとで、クザンは静かに麦わらの一味に牙を向いた。
挑発するようにロビンの過去を話しながら煽る。麦わらの一味に関しても所詮一時の隠れ家として利用しているだけだと……麦わらの一味にいままでは無かったものを感じていたロビンはその言葉に激昂し、ハナハナの実の能力を用いてクザンを攻撃した。
「
「あらら、ずいぶんムキになるじゃないか。今回の隠れ家はそんなに大切か?」
「クラッ――ッ!?」
「……悪いな、整体は間に合ってるのよ」
「……そんなっ……」
ハナハナの力で関節技を決めたはずだった。だが、クザンの体はまるで鋼鉄の塊の如くピクリとも動かない。ヒエヒエの実の力で防がれることは予想していたロビンだったが、まさか悪魔の実の能力無しの身体能力だけで跳ね除けられるとは思っておらず、能力を解除して怯えた様子で後ずさる。
「……別に殺す気は無かったんだが……ん~」
そのままゆっくりとロビンに近付こうとしたクザンに向け、ゾロがロビンを守るために刀に手を伸ばしながら駆け出した……が……。
「あらら、ずいぶん威勢がいいな」
「なにっ!?」
次の瞬間、一瞬でクザンはゾロの前に移動しており、驚愕して反応が遅れたゾロを殴り飛ばす。
「ぐあっ!?」
「くそっ、あの巨体で何てスピードしてやがる……
ゾロが殴り飛ばされたのを見て、瞬時にサンジが渾身の蹴りを放つが、クザンは無造作な蹴りでそれを迎え撃つ。
「ウッ、ぐおぉ!?」
雑な蹴りではあったが、その威力はサンジの一撃を上回っており、サンジは弾き飛ばされる。だが、その隙に駆けてきたルフィが腕を伸ばしながらクザンの懐に入り込む。
「ゴムゴムの
「……やれやれ、揃いも揃って元気なことだ」
「なっ……うぉっ!?」
ルフィの放った渾身の一撃をクザンは片手で軽く受け止めていた。そしてもう片方の腕を振るい、ルフィをいともたやすく殴り飛ばす。
「……そんなっ、能力も使わずに……あの3人を簡単に……」
ヒエヒエの実を使わずに一味でも戦闘力に優れる3人を軽くあしらうクザンを見て、ナミが戦慄したように呟く。
「うん? 使った方がよかったか……なら、そうするか」
そう呟きながらクザンは体勢を立て直し再び仕掛けてこようとする3人に向け、掌の上に冷気の球体を作り出して放り投げ同時に武装硬化した片足で地面を擦りながら、炎の嵐脚を放った。
「膨大な冷気と炎――だめっ、逃げて!?」
ソレがなにを意味するか察したナミが叫ぶが、時すでに遅くルフィたち3人の前で冷気の球体が凍てつかせた空気中の水分に炎の嵐脚がぶつかり、凄まじい水蒸気爆発を引き起こした。
「
少しして水蒸気が晴れると、ボロボロになって横たわる3人の姿があり、クザンのあまりの強さに他の面々が戦慄した表情を浮かべる。
そんな中で、クザンは悠然とロビンに接近する。
「……いい仲間に巡り合ったな。だが、お前の方はどうかな? ニコ・ロビン」
「わ、私は……」
「アイツらを本当に仲間と思ってるのか? 名前も呼びやしねぇような間柄で……結局、お前はお前ってことだろ」
「ち、違う……私はもう……」
怯えるロビンに対してクザンがゆっくりと手を伸ばそうとする。
「必殺! 火薬星!!」
「おっと……」
そんなクザンにウソップが放った火薬星が迫るが、クザンはそれを軽く体を逸らして回避する。するとそこへ、クリマ・タクトを構えたナミと人型になったチョッパーが迫る。
「
「……俺に勝てると思ってるわけでも、無いだろうに……分からねぇな。そんなにこの女が大事か?」
「当然でしょ!」
チョッパーの拳とナミのクリマタクトを軽々と受け止めながら呟くクザンに対し、ナミがロビンを庇うように立ちながら力強く宣言する。
それだけではなく、
「……忠告しておくぞ。お前たちはこの先、この女を……ニコ・ロビンを持て余す。いまだってそうだ。この女が居なけりゃ、俺はお前たちを見逃してたんだ。結果、お前ら一味はこの女のせいで全滅しかけているわけだ。比喩じゃねぇぞ? 分かってるだろ? 俺はまだちっとも本気を出してねぇ。お前ら全員がかりでも、俺には勝てねぇと……それでも、この女を守るために戦うか?」
「当たり前だろうがっ!!」
「……ほぅ。どいつもこいつも、迷いが無い目をしてやがる。それなら……」
クザンの問いかけにルフィが叫び、他の面々もルフィに同意するように力強い目でクザンを睨みつける。重い緊迫感が流れる中で、クザンはルフィたちの目を見てフッと笑みを溢したあとで、軽く両手を上げた。
「……まぁ、今日は止めにしとくか」
『…………は?』
「俺も別に仕事で来てるわけじゃねぇしな。これ以上は、その、アレだ……面倒だ」
そう呟いたクザンから完全に殺気が消える。クザンに戦闘の意思が無いことを悟った面々も戸惑いつつ、武器を降ろし、ロビンが混乱した表情で呟く。
「どういう……つもり?」
「いや、別にちょっと確認したかったから仕掛けてみただけで、そもそも最初っからお前らを捕まえる気は無かったしな。まぁ、アレだ。お前らの一味にはクロコダイルの件で海軍の尻拭いをしてもらったみたいなもんだからな。その借りを返すってことで、今回は見逃すことにするさ」
軽く告げたあと麦わらの一味に背を向けて歩き出し、途中でクザンはルフィの方を振り返りながら真剣な表情で告げる。
「……だがな、モンキー・D・ルフィ……俺が言ったことは脅しじゃねぇぞ? 今後もその女は災いを呼び込む。それでも、そいつを仲間だと呼ぶつもりなら……せいぜい強くなることだな」
「……」
「言われるまでもねぇってか? あの人に似たいい面だ……じゃあな」
ルフィの表情からガープの面影を感じて軽く微笑みながら、歩き出ししつつ懐から紙を取り出して呟く。
「ここのログを辿ると、次は……んん? あららら……こりゃ……」
そして、なにかを呟いたと思ったらUターンして、ルフィたちの元に戻ってきた。その不思議な様子に首を傾げる面々に対して、クザンは真剣な表情で告げる。
「……いいか、ひとつ忠告しとく。お前たちが次に行く島は、司法の島エニエスロビーに近い位置にある島だ。まぁ、遭遇することはねぇとは思うが……間違っても、エニエスロビーの長官には喧嘩売るんじゃねぇぞ?」
「……CP9司令長官……スパンダム?」
「んん? なんだ、知ってんのか、ニコ・ロビン」
「名前だけは……」
「そうか……いいか! マジで手を出すんじゃねぇぞ!! 勝ち目がねぇとかってレベルじゃねぇからな」
先ほどまでのゆるい様子から一変して、本気でルフィたちを心配するような表情で告げるクザンを見て、チョッパーが恐る恐るといった様子で尋ねる。
「……そ、そんなに、強いやつなのか?」
「そりゃもう、完全に次元が違う。お前らがいま全員がかりで歯が立たなかった俺が、全く手も足も出ずにボコボコにされる相手だ。いや、もう、本当に……マジで毎回毎回、ボッコボコにされるわけよ。俺も大将としてのプライドがあるし、最近鍛えてて我ながらグングン実力も伸びてるから、今度こそ少しは行けるんじゃないかって思うと……想像の3倍ぐらいボコボコにされて泣きそうになるからな」
「大将が手も足も出ないって、どんだけヤバいやつなのよ……」
「しかも、この口ぶり……相当痛めつけられてるぞ……」
迫真の表情で告げるクザンの言葉を聞いて、ナミとウソップが青ざめる。圧倒的に強かったクザンが、ボコボコにされるほどの相手……絶対に遭遇したくないという気持ちでいっぱいだった。
「まぁ、お前らの方から仕掛けない限りはそうそう手を出してくるような人じゃねぇから、とにかくまぁ喧嘩だけは売らないようにな。忠告はしたぞ……それじゃ、改めて俺はこれで……」
最後になんとも不安になるような情報を残し、一味に苦い敗戦の記憶を刻みつつクザンは去っていった。
スパンダム:狂パンダ。いよいよ麦わらの一味がウォーターセブンに近付いてきたが、平常運転である。
クザン:パンダ塾により超強化されており、ヒエヒエの実の力を使わずに戦闘要員3人を一蹴したり、嵐脚・夏風を覚えていて単独で水蒸気爆発を起こしたりする。ただし、パンダにはいまだボッコボコにされている。パンダのおかげでいろいろ吹っ切れたのか、今回は麦わらの一味を試すために仕掛けただけ。
麦わらの一味:圧倒的だった大将がボコボコにされているというスパンダム、いったい何者なんだ……パンダ情報+1 パンダ情報が3溜まったことにより、一味全員が名前を知ることになった。あとクザンが剃使ったので、何気にギア2フラグを補填している。
赤犬:クザン強化の影響で、このままだと敗北者になりそうな人。困ったことにパンダと接点がないのでパンダ塾に通えない。