whiter than white(PSYCHO-PASS) 作:鈴夢
○つの顔を持つ彼女
巨大輸送機墜落事故、
及び 主犯 些々河哲也身柄確保から数日後―――
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2120年11月中旬―――
――― 佐渡海上市国立病院
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「…………………」
投薬を終えてぼんやりとしている舞白。診察室で担当医の男性の台詞を待っていた。経過が記された書類や、モニターに交互に視線を向ける担当医の表情は、どこか固く、嫌な予感しかしない。
「……宜野座さん」
「はい、先生……」
手に持っていた書類を傍らのデスクに置くと、いつもは温厚な担当医は"うーん"と腕を組み、目の前の舞白をじっと見据える。
「ここ最近、無理をしたでしょう?検査結果を見れば1発で分かる…」
「そんな!無理なんてした記憶はないです。」
「……旦那さんは?」
いつも一緒に訪れている宜野座の姿は今日は無い。別の仕事で、残念ながら定期検査、そして投薬には立ち会えなかった。
「夫は都合がつかなくて。今日は私だけです」
「ならちょうど良かった。……どうしても、あなたの旦那さんがいると強くいえなくてね―――」
担当医は腕を組んだまま、椅子から立ち上がり、舞白の近くへ寄ると眉を顰める。
「暫く無理は厳禁!来週、また検査と投薬に来てください。薬も2種類追加させてもらうよ?」
「は……はい!ごめんなさい〜…」
舞白はワタワタと慌てると、必死に担当医に謝る。いつもは温厚な相手がここまで憤る姿は初めて見た。傍らで見守っていた看護婦も微かに動揺している様子だった。
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「…………どうしよう。伸元さんになんて言えば……」
総合受付の椅子に腰掛け、処方された薬が詰められた袋を見つめると、奇妙な焦燥に駆り立てられる。
増やされた薬、月に1度程度の検査と投薬で良かったものの、まさかの来週も来るようにと言われ……
「((とりあえず薬の種類が増えたことには気づかれない……、はず……たった2種類増えただけだし。))」
ギュッとハンドバッグを胸に抱くと、更に考え込む。
「((……でも、さすがに来週も投薬があることに関しては何も言い返せない。いっその事、その事自体隠す?……でもお休みの申請しなきゃだしバレるのは目に見えてるし……))」
帰って宜野座にこの事を伝えたら、どんな反応をされるのだろう……、と頭を抱えると、まるで口から魂が抜けたのでは?と言うほどに肩をガックリと落とす。
そして、目の前に人が立ち止まる気配を感じた舞白はゆっくりと顔を持ち上げる。
「……あなた……あの時の公安―――」
舞白の視線の先には数日前に対峙しあった刑事課の人間、監視官のイグナトフが舞白を見下ろしていた。
「お隣、良いですか?」
「…どうぞ……
って、席なら他にも沢山空いてますよ?」
舞白は周辺を見回す素振りを見せ、空席だらけのロビーにあらかた視線を向ける。しかし、それを無視するかのようにイグナトフは隣に腰掛ける。
「――奥様の付き添いですか?」
舞白はハンドバッグに処方された薬をしまうと、背筋を伸ばし、隣のイグナトフに視線を向ける。しかし、イグナトフは相変わらず目を合わせないまま、口だけは開く。
「はい。……今、定期検診の最中で。」
「そうだったんですね。」
「「…………………」」
まずい、会話が続かない。
公共の場で守秘義務も多く、話す内容は吟味しなければならない。というより、イグナトフの部下たちを投げ飛ばした自分のあの時の行動が思い浮かぶと、易々と声をかけていいのか?と疑問を浮かべる。
隣の男は自ら隣に座ると言い出したのに、相変わらず視線を向けることも無く、無言―――
「((……美佳ちゃんの情報によると、彼と私は同い年……には見えない……))」
矯正された品のある佇まいの隣の男とは"同い歳"。やけに落ち着き、大人びた相手に内心驚くも、口下手なのか、なかなか話し出さない相手に、舞白は唇を尖らせる。
しかし、相手は意を決したのか、口を開く。
「……そちらは?ご自身の事で?」
イグナトフは舞白の左首元の手術痕のような傷に気づいていた。ゆっくりとイグナトフは舞白に視線を向けると、若干眉を下げ心配しているような様子だった。
「あ……はい。そうです。」
「おひとりですか?」
「はい、そうですよ?今日、夫は都合が合わなくて―――」
目の前のこの男と、自分の夫が数日前に激しく戦闘し合った事を思い出すと、なんだか申し訳ない気持ちが滲み出てしまう。しかし、イグナトフから敵意は感じない。普通に接してくれていると舞白は考えていた。
「その節は、大変お世話になりました」
「……いえ、こちらこそ―――
しかし驚きました。まさか、あなたとご主人が外務省の方だとは……」
「それは同じく私もですよ?この前この場所で出会った人が、まさか刑事さんだったなんて。」
ふふふっ、と陽気な笑みを浮かべる舞白。イグナトフは本当にあの時の外務省の女性と同一人物なのか?と疑うほどに違う人柄に驚いた様子を見せる。
するとイグナトフは隣の舞白に視線を向けたままそっと手を差し出す。
「炯・ミハイル・イグナトフだ。」
差し出された右手を不思議そうに見つめる舞白。しかし、彼の好意的な表情を見ると、どうやら素直に自己紹介をしてくれている。
舞白はその手を握ると、じっと様子を伺い、イグナトフと同じく名前を名乗る。
「宜野座舞白よ。」
「……あなたも義手……」
握り返された手の感触に驚いて目を白黒させる。夫の宜野座も義手だった事を思い出すと、やはり"只者ではない"と改めて実感する。
「あー……ね。かっこいいでしょ?」
手を離すと右腕に視線を向け、へへへっと自慢げに見せつけるように腕を前に翳す舞白。天真爛漫なその姿に、イグナトフは思わずフフっと気の抜けた笑いを零していた。
「存外、面白い方で安心しましたよ。規格外で、おっかない方だと思ってましたから。」
「それって誉めてます?貶してます?」
「いや……そんなつもりはなかったのですが……」
じとーっと疑いのような視線でイグナトフの顔を覗き込むようにして見つめると、舞白は膝に肘を着いて可笑しそうにニヤッと歯を見せて笑みを零す。
あまりにもあの時と違う様子の女性に、イグナトフは率直な疑問をぶつける。
「……あなたは本当に"1人だけ"なのですか?」
「はい?」
「いや……やはり、"違いすぎる"
有明空港にいた人物と、あなたが……」
"白銀の髪の毛"
特殊な髪色だったからこそ、今この場所で彼女に気づけた。
あの時は上下スーツに白シャツ、黒いネクタイ。長い髪の毛は高い位置に結われ、どこか冷徹な、狼のような雰囲気を放っていた。
しかし今、目の前にいる女性は……
髪色はともかく、長い艶のある髪の毛は巻かれているのかふわふわと柔らかな印象を受ける。ブラウンのカチューシャを身につけ、耳にはパールのピアス。服装は落ち着いた、ユルっとした黒いカーディガンに細身のスキニーデニム姿……。赤いローヒールのパンプスから覗く華奢な足首は、彼女の細さを、より浮き立たせる―――
まるで子犬のように人懐っこい様子を魅せる、まるで"少女"
本当に、あの場所で、執行官の入江を顔色ひとつ変えず捩じ伏せた人物とは思えない―――
「私は双子じゃないし、ホログラムでもない。?私は私、1人だけ」
"あ、チャームポイントはこのホクロね?"と呑気に目の下のホクロを指差すと呑気にケラケラと笑う。
「あなたの事は、"美佳ちゃん"からよく聞いてましたよ?優秀な監視官だって。」
「……美佳……、美佳って、霜月課長の事ですか?」
その台詞に、この前の病院での騒動の際に発していた言葉の意味に辻褄が合う。
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"私の知り合いの公安局のお偉いさん"
"時間!やばいよ!美佳ちゃんに文句言われる―――"
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イグナトフは顎に指を添え、ハッとした表情を浮かべる。
「生真面目で、少し酷薄な"あの"課長に仲のいい御友人が居るとは、風の噂で聞いてましたが、それもあなただとは……」
まるで鉄の女と言わんばかりに、"あの"課長、と口にしたイグナトフ。
舞白はその言い方に、"相変わらずツンケンしてるのは変わらないんだ"と察す。
「その様子だと、美佳ちゃんに毎日ガミガミ口煩く言われてるんでしょ?」
"聞いちゃった♪"と意地悪そうな表情を向けると、後悔する様子を見せる相手。
「…………今までの発言は忘れてください。絶対に課長に知られる訳にはいかないので――」
イグナトフは咳払いすると心の中で、"しまった……、ついつい喋りすぎてしまった"と後悔していた。
何となくその様子を察した舞白は、話を転換させる。
「そういえば。刑事課は今大忙しでしょう?」
椅子の背もたれに体を預け、小さく息を吐く。
「――― 脳科学者、土谷荒城の転落死。」
「……何故それを?国内の事案には手出ししないと……」
舞白は今日イチ真剣な表情になると、イグナトフに食いかかるように視線を合わせる。
「都知事候補のとある人物、その人物のメンタルケアスタッフだった土谷の死……」
イグナトフは箝口令が敷かれているその情報を知る舞白に対し、息を飲む。何かとんでもない雰囲気を感じる彼女の様子に、つられるようにイグナトフは背筋が凍りつく感覚に陥る―――
「……小宮カリナ―――」
「((……なぜ、この女はその事を―――))」
炯々と光るその瞳は一瞬足元に向けられるも、次の瞬間、その強い眼光は再びイグナトフを捉える。
「大ファンなんです。小宮カリナの」
キラキラと輝かせる瞳に、イグナトフは一瞬固まると全くもって相手の意図が理解出来ず、間抜けな声を上げる。
「…………はい?」
「だから!私、小宮カリナのファンなの。彼女に関わることなら何だって知ってる……。でも、私は近づくことが出来ない……」
的外れすぎる相手の言動に、イグナトフは開いた口が塞がらない状態。すると、舞白はニヤリと怪しげな表情を浮かべれば、イグナトフに"とある提案"を突きつける。
「さっきの事、あなたの上司である霜月課長に話されたくなければ、小宮カリナのサインを貰ってきなさい!」
ビシッと左指をイグナトフに指せば、ふふふんと自信げに言葉を放つ舞白。
「………………」
そして、脳内の整理できないイグナトフ。"何を言っているんだ"と言いたげな目を向けた瞬間、舞白のデバイスが鳴り始める。
「って……こんな時に課長から……
……という事だから!よろしくお願いしますね!イグナトフさん!」
舞白は背もたれに掛けていたウールコートとハンドバッグを手に取ると、相手の返事を聞くことも無く走り去っていく―――
「ちょっ…………」
呆気に取られ言葉も出ない。
"英俊豪傑"
多くの人並みはずれた才能や、能力をもつすぐれた人物だと思っていたが、ここまでの言動でイメージが大きく変わる。
「(("精金良玉、天真爛漫"……まるで嵐のような人物だな))」
"あの課長と、本当に仲がいいのだろうか?"と疑うほどに無茶苦茶な人物。
「……しかし、侮れないな。
なぜ、小宮カリナの件で公安局が動いてるということを知っているのか―――」
院内から出ていく白銀の彼女を、イグナトフは見えなくなるまで目で追っていた―――
・・・・・・・・・・・
・・・・・・
院外から出た舞白。
人気の少ない場所へと移動し呼吸を落ち着かせる。そして、鳴り続けるデバイスにようやく応答すると、課長の花城の声が脳内に響き渡る。
『舞白?……悪いわね、休みなのに』
微かに余裕のない様子の声色。
何かあったのだろうと察せば、舞白は眉を顰める。
「いえ、大丈夫です。……それより、一体―――」
『些々河が死んだ』
花城の言葉に一瞬沈黙が流れる。
目を見開き、唖然とした様子で花城の言葉に耳を傾ける。
『今日、やっと……行動課に引き渡される筈だった。その護送中に交通事故にあったのよ』
「……ちょ…、…ちょっと待ってください……、そんな……都合よく事故なんて―――」
やっとの思いで捕らえた"狐"
行動課全員の悲願だった。
やっと……、やっと彼らに近づける―――
「現場はどこですか?直ぐに合流します」
『今日は定期検査に投薬でしょ?私は舞白に出動依頼をするために連絡を入れたわけじゃないのよ?』
「いえ、もう終わったので大丈夫です。」
『投薬後は絶対安静でしょう?』
現場を話そうとしない花城。
舞白はデバイスを操作すると、都内の事故発生情報を確認していた。
そしてそれらしき情報を目にすると、震える声で息を吐く。
「……霞ヶ関の三丁目……
外務省本庁の目と鼻の先じゃないですか……」
地図の指し示す場所。
経済省と財務省の本庁に挟まれた道路。
道を一本挟んだ先に、外務省本庁―――
あと少しだったのに……
『……止めても来るのね』
「勿論です。……また後で会いましょう、課長」
舞白は花城との通信を遮断し、駐車場へと走り向かう。
蒼白にひっつれた顔、そして迫力にふるえる拳。瞳は闘鶏のよつに睨め寄って、陰惨な呼吸を繰り返す。
その顔は、誰にも見せない、憤怒に満ち溢れた顔だった。
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