whiter than white(PSYCHO-PASS) 作:鈴夢
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―――都内某所 地下施設
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「今回は、私が親です。」
「よろしく。法斑静火さん―――」
怪しげな地下施設に、"3人"はいつものように姿を現す。法斑の発言に、妖艶な笑みを浮かべ、じっと見据えるのは裁園寺。相変わらず表情ひとつ変えない男の様子に、不信を抱いていた。
「ところで君は、今はどのカードで生活してる?いい手札が揃ったはずだ」
代銀はいつもと変わらず、落ち着いた様子で法斑に問いかける。
"カード" 法斑は複数のカードを持ち合わせていた。
そのひとつが、宜野座と舞白に手渡したものだろう――
「ご想像にお任せします」
代銀も顔色ひとつ変えない法斑を静かに見据える。この男は一体何を考え、何を思っているのか。言動からは一切読取ることができない。
変な男だと―――
『第一○七八五号事案
インスペクトリレーション スタート―――』
ラウンドロビンの声が響き渡る。
『審議 優先候補 小宮カリナ
セキュリティ項目"東京都知事選挙"』
『リレーションブロック
公安局刑事課一係』
再び始まる―――
「さあ いよいよだ。
…我々ビフロストにとって、ここは大きな分かれ目となる」
代銀の不敵な笑みが、ホログラムの明かりに照らされ、不気味さを増す―――
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午前7時半過ぎ―――
―――外務省東京本庁 行動課オフィス
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朝のニュース番組にかじりつく舞白。
自宅で食べ損ねた朝食を口にしながら、東京都知事選の様子を伺っていた。
テレビ画面に映る2人の都知事候補。
1人は、舞白が何年も前から推し続けている小宮カリナ。2年前とは違い、落ち着いた彼女の大人びた姿に、更に好感を抱く舞白。
そしてもう1人の都知事候補。薬師寺・ヘラクレス・康介。いつも派手な色のジャケットスーツを着用し、体格は非常に大きい。元々は格闘技を極めたプロのアスリートだった。実際に対戦したとして、かなり手強い相手になるだろう…と舞白が考えてしまう程、強靭な肉体の持ち主だった。
"健全な精神は健全な肉体に宿る"をモットーに、熱烈な街頭演説は中々の見ものだった。
「小宮カリナがリード…そりゃそうだよね」
サンドイッチを飲み込み、ピンク色のコーヒーカップに入れられたカフェオレに口を付ける。
「薬師寺康介はシビュラシステムの政治家適正でも不利と言われてる。まあ、演説の様子をみる限り、本人もそれを承知の上だろう。」
同じく、テレビ画面に視線を向けながら、隣のデスクでコーヒーを飲む兄の狡噛。まだ朝早いオフィスには、2人の姿しか見られない。
そして、テレビ画面に小宮カリナの演説映像が流れる―――
『―――世界中に困っている人がいるのは分かっています。でも私は、まず隣人を助けたい。手を伸ばして届く誰かを。そういう政治を、やっていきたいんです。―――』
20歳とは思えない立派な演説。さすが、女優としてもアイドルとしても、数々の場数を踏んできた彼女だからこそのパフォーマンスだった。
「肯定党の十八番、"隣人政策"ね―――」
もうひとつのサンドイッチに手を伸ばす舞白。
テレビ画面から視線を外す狡噛が、ふとその政策について口を開く。
「隣人政策は小宮を推薦した肯定党の方針。入国者を規制して、自分たちの利益を守りたいって言うのが本音だな。」
「さすが。お兄ちゃん詳しいね。」
舞白は狡噛に視線を送るも、ふとテレビ画面に映っている小宮以外の人物が目につくと、過去の記憶を遡る。
「……確か、この女の人
"アン・オワニー"秘書官―――」
演説する小宮の背後に佇む、金髪ショートカットの女性。2年前、ブローチを渡してくれた、当時では珍しい入国者の政治関係者。
「移民反対なのに、相変わらず秘書官は入国者。党の方針に逆らってるのかな?」
"どう思う?"とパクッとサンドイッチを口に含み、再び狡噛に視線を送る――
「本音と建て前ってやつだろう?あまり詳しくは無いが、肯定党はいろいろと後暗い事は黙認してるらしいからな」
「へぇ〜……そうなんだ……」
ガサガサとビニール袋から"また"サンドイッチの袋を取り出す舞白。狡噛はぎょっとした視線を向けると、あきれ口調で言葉を発す。
「お前、朝からよくそんなに食えるな。そんな細っこい体に入るのか?その量…」
狡噛が指さす袋の中には、他にも何やら入っているようだった。えへへ、と後頭部に手を添えると、大食いの自分を何となく恥ずかしく感じていた。
「お兄ちゃんも食べる?主食がタバコじゃ早死にするよ?」
"はいっ"と手渡すのはスタミナ抜群の分厚いカツが挟まれたボリューミーなカツサンド。狡噛は恐る恐る手を伸ばし受け取る。
「そういえば、ギノは今日休みか。」
「うん。よっぽど疲れてたのか、ちょっとした物音でも起きなくて。」
狡噛は受け取ったサンドイッチの袋を開封すると、口へと運ぶ。朝からなかなかの高カロリーな食事に、半分寝ぼけているような表情を浮かべながら口をモグモグと動かす。
「さっき須郷さんには会ったんだけど、汗びっしょびしょでね?」
「……ッ…、相変わらず、出勤前に朝からトレーニングか。相変わらずのストイックさに、国防省にいたのも納得だな。」
"もう食えない…残りは昼飯にとっておくよ"と呟くとサンドイッチを袋に戻す。
「あ!そうだ。今日、私は定時ダッシュするから宜しくね?」
「……"長期の潜入捜査"前にギノとデートでも行くんだろ?」
「正解。ちょっと早めの結婚記念日ディナー!しかも場所は"グランデュールホテル"―――」
"ちょっとしたツテがあって…"と嬉しそうに笑みを浮かべる舞白。
刹那、オフィスの扉が開くと2人は入室する人物へと視線を向ける。
「お早う。"狡噛兄妹"。早いのね?」
颯爽と現れたのは花城。
コーヒーの入った紙カップを片手に、珍しくリラックスした様子だった。
「おはようございます、課長」
「……あんたも早いな」
「あら?私はいつもこの時間には出勤してるわよ?いつも、課長室で上とミーティングしてるの――」
花城は行動課の"課長"
勿論、彼女には課長室が与えられているが、基本的に狡噛達と共にこの場所で仕事をこなす事が多い。その方が何かと勝手が良いから、だと本人は公言していた。
花城はデスクに鞄とジャケットを置くと、テレビへと視線を向ける。
「そういえば、刑事課が追ってるみたいね。土谷荒城の件」
「高級メンタルケア施設兼ホテルから飛び降りたってやつ、だろ?」
「そうそう。でも、明らかに裏がある。……まあ、刑事課の管轄だし私達が何か手を出すわけじゃないんだけどね?」
舞白はモグモグと口を動かしながら花城を見つめる。そしてテレビに視線を向けていた花城は、ふと舞白に視線を移す。
「……チラッと聞いた話だけど、公安局刑事課にクレームがいってるとか?」
「選挙関連だと……総務省、等からでしょうか?」
「らしいわよ?新任監視官とやらが、また暴走してるんでしょうね?」
「…美佳ちゃん、可哀想…」
((心配だから、後で連絡でもしようかな―――))
舞白は霜月がクレーム対応に追われている姿を容易に想像出来ていた。メンタル剤を片手に、ひとり課長室で怒り狂ってるだろう、と―――
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時は遡って約14時間前―――
―――午後17時過ぎ 公安局ビル課長室
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メンタル剤を口に放り込む霜月。
そして目の前に静かに佇む新任監視官を睨みつける。
「今日だけで、都知事候補から非公式の講義が来たわ…」
「非公式ですか、それなら安心ですね?課長」
慎導の呑気な台詞に"ピキっ"と脳内で何かが弾ける音が聞こえる。しかし、爆発させないように、小さく息を吐くと、再び霜月は2人に言葉を投げる。
「総務省からは選挙妨害をやめろと厳重注意されたわ…。で?どうなの?事件性はあるの?」
霜月の目元がピクピクと痙攣するように揺れ動く…
「今のところ、ただの事故死です」
淡々と言葉を発したのはイグナトフ。
ついにその態度に怒りが抑えられず、霜月は右手を強くデスクに打ち付ける。
「…何なの?あなたたち…
2人で"霜月課長のクビを飛ばそう危機一髪ゲーム"でもしてるの!?」
怒りの様子をぶつけても、慎導とイグナトフは屈することもなければ表情ひとつ揺れる事すらない。むしろ慎導は、更に火に油を注ぐような台詞を口にする。
「そんなつまんなさそうなゲームしませんよ?」
「んっ!あんたねえ…」
バッ!と席から立ち上がると、霜月は拳を握り締め"ググッ…"とその拳を突き出すことを何とか堪えているような状態だった。
そして、呑気に笑っていた慎導の表情が、真剣な表情へと一変する―――
「それより、テロの危険が」
「…え?そんな可能性があるの?」
「…はい。
であれば、予防的な捜査が許されると思うのですが?」
霜月は拳を引っ込め、深呼吸すると、再び椅子へと腰を下ろし、背もたれへと深く寄り掛かれば冷静さを取り戻す。
「選挙妨害など、めっそうもない。むしろその逆だ…と」
2人をじっと見据える。
自分を、ただ弄ぶような、意図がないまま無茶をするような2人組ではないと信じていた―――
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慎導は彼の研究内容について、既にいくらか調べを進めていた。
土谷荒城の研究―――
専門は脳科学、特に"意思決定過程での固定観点によるセルフコントロール"を軸に行っていた。
否定的固定観念と肯定的固定観念の実験にこういうデータがあった。
学力が同レベルの学生を集めて2つのグループに分ける。
グループAには"君たちは劣等生組だ"と告げ
グループBには"君たちは優等生組だ"と告げる。
そしてテストを受けさせる。
――すると不思議なことに、本当は学力に差は無いのに何故か点差が出る―――
人間の脳は強いふりをするだけで、リスクを取る公道を促すホルモン、テストステロンが分泌される。
逆に、弱いふりをすると、ストレス発散ホルモンである、コルチゾールが分泌される。
…果たして、この事件にこの研究は関連づくのか。この理論を利用した、悪質な何かに繋がるのか―――
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「驚いたな。
土谷博士の研究、そんなにやばいのか?」
「いや、よく分からない」
「ってお前な…」
課長室を後にした慎導とイグナトフ。
エレベーターの到着を待つ間、2人は事故…事件について語らう。
「霜月課長もそこは分かってるよ。テロの予防、選挙前の消毒ってことなら、抗議を突っぱねられるし」
「それだけの何かが、小宮カリナにあるのか?」
目の前のランプが点滅すると、エレベーターが到着する。2人は乗り込む。
「あんな心、初めて見た。
恐ろしい速さで思考してるのに、まるで空っぽ」
慎導は小宮と対面した際に、彼女をトレースしていた。その度に"彼女が視えない"、何も彼女から感じないのだ。
「空っぽ?野心的な人物なのに?」
「そういう人間が誰かの色相と命をてんびんにかけて、死を選ばせるのかもしれない。」
「輸送機事故のようにか―――」
「あるいは、"俺たちの事件"のように」
「ん…、もしそうなら。」
「彼女は、俺たちが求める真実に繋がってる」
慎導とイグナトフはじっとお互いを見据える。
そして2人宛に唐之杜から連絡が入る。
するとイグナトフは行き先を"41F 刑事課オフィス"ではなく、46Fのボタンを押すと、2人は分析室へと向かうことに―――
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―――44F 分析室
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モニターに映し出される3人のID情報。
土屋、小宮、薬師寺―――
唐之杜はタバコを灰皿へと押し付けると、くるっと椅子を回転させ、分析室に集合した一係全員へと視線を向ける。
「土屋が転落した高級ホテルの防犯データにクロス検索をかけたわ―――」
ふふん、と得意げな表情を浮かべる。
クロス検索。複数のデータベースを対象として、同一の検索を同時に実行することを意味するそれは、彼女の得意分野でもあった。
「さて、ここでクイズです。
…一体何が出てきたでしょうか?」
唐之杜は再び新しいタバコを口にくわえ火をつける。
「簡単すぎてクイズにならないですよ?」
まるで分かりきったような表情、そして発言をする慎導をよそに、ほかのメンバーは全員"?"というような様子だった。
「あの…みんな俺をからかってます?」
あまりにも"?"という雰囲気に慎導は口を尖らせる。しかし、それを相棒のイグナトフが一刀するのであった。
「灼、さっさと言え」
"はいはーい"と両手を叩くと、慎導はその場から立ち上がり、唐之杜の側へと近寄っていく。
「えー 薬師寺陣営のスタッフが、土谷博士が死んだホテルに泊まってた」
ピシッと唐之杜に向けて指をさせば、彼女は満足気に満面の笑みを零す。
「正解よ、さすがね―――」
そして同時にキーボードに手を伸ばせば、モニターに防犯カメラ画像が映し出される。そこには1人の男性が記録されていた。
「ホテルに泊まっていたのは、薬師寺康介の第一秘書 "リー・アキ"」
入国者の男性。
スーツ姿に、整った容姿。髪色は綺麗な栗色で、アジア圏の外国人だと見て取れる。
「偶然にしてはできすぎてるけど…」
如月はあまりにも偶然すぎる状況に小さく息を吐く。そしてモニター前でじっとそれを見据える慎導は、やっと見つけだした手がかりに満足気だった。
「突破口はこれしかないですね」
「…みたいだな。早速、すぐに薬師寺陣営の人間に問い合わせる。」
「うん。そうだね、炯」
―――
―――
そして、翌日。
薬師寺の秘書官に話を聞くために、彼らに場所を指定される。
その場所は―――
"東京グランデュールホテル"
偶然なのか、それとも仕組まれたのか、
その場に居合わせる事になるのは、
刑事課一係、そして宜野座と舞白だった―――
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