whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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インシデント

 

 

 

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同日 午後22時――

――茗荷谷 廃棄区画

 

 

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荒れ果てたビルの屋上に現れたのは梓澤。それを待ち構えていたのは、強面の男たちに囲まれた榎宮の姿。男たちは梓澤をジロっと怪奇な目で睨みつけていた。

 

 

梓澤は榎宮の目の前に立つと、特に笑みを浮かべることも無く冷めた表情を向ける。

 

 

「久しぶり、"セカンド・インスペクター"」

 

セカンド・インスペクター

それは榎宮を指していた。

 

「どうしたんです?忙しいでしょうに」

 

「ハハッ……またまた、とぼけちゃって……

――何だい?あの襲撃。」

 

梓澤が"あの襲撃"と指したものは、先日のホテルでの襲撃だった。自分の駒を使って、リー・アキを殺害させたのは、"セカンド・インスペクター"榎宮が行ったことだった。

 

「リレーションの一環ですよ?"コングレスマン"の誰かが、この私をプランに入れた」

 

「そんなことは分かってる。俺が気になったのはずさんすぎる手口だ。―――それに……どうやら、横槍が入ったそうじゃないか?」

 

横槍という言葉に眉を顰める榎宮。

 

「ファーストのやり方を真似ただけです。それに、その"横槍"とやら……私は全く無関係だ。他のコングレスマンの差し金じゃないのかな?」

 

「全然違う。俺は必ず相手に自分を始末させる。俺のは芸術で、君のは中途半端な模倣だ。……突発的なアクシデントに対応もできないセカンドのやり方は、遺憾だよ、"セカンド"」

 

まるで自分のやり方を全て否定されたような口調で言われると、榎宮も黙ってはいられない。周りを取り囲む男たちも怪訝な表情を浮かべる。

 

 

「梓澤……もしかして焦ってるの?せっかく手に入れたファーストの地位を奪われそうで……」

 

「フン……まさか俺はそんな…」

 

刹那、梓澤は時が止まったかのように目を見開く。彼の頭の中で"何か"が蠢く。コートのポケットに入れていた両手を抜き出し、考え込むように腕を組むと、言葉を呟く。

 

「てことは…

――そっか、そういうことか……」

 

「……おい梓澤」

 

梓澤は榎宮に背を向け踵を返す。スタスタと足早にこの場から去ろうとしていた。

 

 

「もういい。今回のインシデント、結末がわかった。後始末に入る、それじゃ……、また会おう"セカンド"」

 

 

梓澤はここまでの出来事を全て理解していた。去り際に怪しげに口角を上げれば、そのまま廃棄区画のネオンへと消えていく――

 

 

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「順調に勝ち進んでいるようだな」

 

「はい、お父さん」

 

ベッドに横たわる老人。

酷く憔悴している様子が見て取れる。

 

その傍らで、表情ひとつ変えることなく"父親"を見下ろすのは法斑静火の姿。まるでロボットのように父親の放つ言葉に応答する。

 

 

「当然だ。勝つために、お前を育てた。……邪魔な感情は全て捨てろ、どんな犠牲を払ってでも勝て――」

 

老人はふるふると震える手を法斑へと伸ばす。

 

「――使えるなら、自分の命も使え。」

 

 

「はい、お父さん」

 

その手を掴むことなく、ただじっと見据え続ける。その瞳は、酷く冷め、何も感じ取ることは出来ない。

 

 

 

 

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「必ず、俺が生き残ってみせる」

 

 

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――数日後

佐渡海上市国立病院――

 

 

 

 

 

 

 

「舞子・マイヤ・ストロンスカヤさん、どうぞ?」

 

 

「はい。」

 

診察室から看護婦が患者の名前を呼ぶ。呼ばれた女性は隣の夫に支えられながら白杖を手に中へと向かう。日本人らしくない顔立ちの2人に、診察を待つ患者達の視線が突き刺さる。

 

 

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「奥様の目は通常の義眼では視力を取り戻すことは出来ません。ですが、最新の手術ならば、成功する見込みは極めて高いです。」

 

 

朗らかに微笑む担当医。

その言葉に、妻の背後に立っていたイグナトフは笑みを零す。

 

「ありがとうございます」

 

 

「公安局監視官の奥様には、最高のスタッフを用意しますよ。――では入院日について――――」

 

 

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近々予定されている妻の視力回復手術。

ついに入院日や手術日が決まり、ようやく前進できたと夫のイグナトフは莞爾している様子だった。

 

 

「定期検査も問題なし。これで漸く、手術に臨むことができるな」

 

院内を歩く2人。

舞子は夫の腕をギュッと握りしめ、喜びを噛み締めていた。

 

「あなたのおかげよ、ありがとう。」

 

「俺は何もしていないさ――」

 

腕を掴む、愛しい妻の手を優しく握り返す。

 

戦場で視力を失った舞子。やっと、やっと……再び彼女の瞳に光が差し込む――

 

 

2人は病院の中枢でもある1階のロビーに辿り着く。そして、ふとデバイスに視線を向けるとイグナトフは時間を確認していた。本来であれば職務を行っている時間……

しかし、イグナトフは霜月から"停職"を命じられていた。

 

 

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あれから刑事課一係は、事件捜査のために動いていた。

 

"黒幕は別、榎宮はあくまでも共犯者――"

慎導はそのように推理していた。

 

薬師寺陣営の人間を襲撃した容疑者として考えられている"榎宮春木"。しかし不可解な点が存在した。

 

"任意同行"と口にされれば、普通はその理由を聞くはずなのだが、榎宮は全くそれを気にも止めることなく、質問もなし。"なぜ俺を?"、"何の容疑だ?"と、そういった類のワードさえ榎宮の口からは発せられることはなかった。

 

 

そして先日、聞き取り調査を行うために、イグナトフは廿六木と共に薬師寺の選挙事務所、そして後援会に赴いた。しかし、そこで民間人相手に暴力沙汰を起こしてしまったのだった。

 

執行官の廿六木。彼は元々政治家一家の1人。薬師寺陣営に席を置いていた実の父親、そして腹違いの弟に蔑まされていた。

 

父親には、"お前みたいな潜在犯が来るところでは無い"、"一族の名を汚すな"――

 

腹違いの弟には"惨めな義母にそっくりだ――あの女のように早く消えろ"と言葉を放たれ、それに我慢ならなかったのはイグナトフだった。

 

廿六木の弟を殴り、公安局に大クレーム。局長から指示が出るまで職務停止。そして"犯罪係数と監視官適正の即時再診断"――

 

 

心配する廿六木に

『犯罪係数と血縁関係における因果関係は立証されていない。――彼の発言はシビュラ的ではなかった』と。そして"余計なことをした、すまない"と言葉を残し、一係オフィスから姿を消したイグナトフ。

 

たかが一執行官の……と誰しもが思った事。しかし、廿六木が親族たちに蔑まされ、自分の母親を貶されている姿は、どうしても彼は見過ごせなかったのだった――

 

 

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「舞子、今日はせっかくの休みだ。休憩がてらカフェでも寄らないか?」

 

「そんな、悪いわ……休みだからこそ、家でゆっくり休んだ方が……」

 

「そんなことない。最近ずっと忙しかったし、舞子とゆっくりできるのも珍しいだろう?俺がそうしたいんだ。」

 

「……もう。あなたったら。」

 

 

もちろん、夫が停職を命じられていることは妻の舞子は聞かされていない。舞子には迷惑や心配をかけたくないと考えていたイグナトフの思いでもあった。

 

 

「さて、と……どこに行こうか……」

 

一先ず車に乗ろうと、病院の出入口へと向かう2人。しかし、舞子がふと足を止めると、イグナトフも連れられるように足を止める。

 

 

「…………」

 

「……どうした?舞子……」

 

「この声……あの時助けてくれた……」

 

舞子の耳に微かに聞こえる声。それは以前、自分たちを助けてくれた、恐らくは夫婦の男女の声。イグナトフが辺りをキョロキョロと見回すと、ロビーの椅子に腰掛ける見覚えのある2人が視線に映る。

 

できるならば、あまり接触したくない2人組。あの外務省の宜野座夫婦だった。

 

「ねぇ、あなた。近くにいるわよね?出来ればお礼をちゃんと言いたいの……」

 

掴んでいた腕を引っ張る仕草を見せる舞子。彼女は視覚が失われている分、聴覚は異常に敏感だ。この人の多さの中で、あの2人の声を聞き分ける事が出来るほどに。

 

内心複雑なイグナトフ。自分は停職中、そして相手は外務省。些々河の件、ついこの前は襲撃で助けられ、挙句の果てには舞白に弱みを握られ……

 

 

 

刹那、視線を感じた舞白は、パチッとイグナトフと視線が合うと、彼はギョッとした反応を見せる。背中がゾワゾワと寒気を帯びる感覚。完全に自分だと認識された様子に、思わず固まってしまう。

 

しかし白髪の少女は嬉しそうな笑みを浮かべ、こちらに手を振る様子がハッキリと見える。その隣の宜野座は止める様子もなく、呆れたようにため息混じりの笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

「あっ!こんにちは〜!イグナ…」

 

「ひっ……人違いです」

 

「ちょっと!あなた!何で逃げ……」

 

ググググ……と舞子に止められる始末。視覚が失われているとは言っても、舞子も元は軍人。それなりの力に抑え込まれると、さすがに拒否も難しい。

 

そんなこんなでモタモタしていると、舞白は2人に近づいていた。

 

「こんにちは、イグナトフさん?それに奥様も」

 

ひょこっと顔をのぞき込むように2人にほほ笑みかける舞白。イグナトフは引き攣ったような表情を浮かべ、それを知らない舞子は嬉しそうに言葉を放つ。

 

「こんにちは。この前の方ですよね?……でも、なぜ夫の名前を?」

 

「あー……えっとー……旦那様とはそのー……かくかくしかじか〜」

 

そういえば、奥さんは私達のこと知らないんだ……と今更混乱する舞白に、宜野座はそれを助ける様子もなく、隣でクスクスと笑うのみ。

 

「あんたは説明が下手か!?」

 

動揺する舞白、そして一向に助け舟を出さず、まるで面白がるような様子の宜野座にイグナトフは思わず声を上げる。変に誤解はされたくないと、彼はボソッと舞子の耳元で呟く。

 

 

「……彼らは外務省の人間で……ちょっと関わりがあったんだ。」

 

"あまり大きな声で話せない"と付け加えると、舞子はすぐに察した様子で、イグナトフの腕を再びギュッと掴む。

 

 

「あら……そうだったのね?いつも主人がお世話になってます。それと先日は、本当にありがとうございました。」

 

ゆっくりとした動きで頭を下げる舞子。それに対し、舞白と宜野座は恐縮そうな表情を浮かべていた。

 

 

「もし良かったら、一緒にお茶しませんか?院内にカフェがありますし、ぜひお礼をしたくて……いいわよね?あなた」

 

「……舞子……」

 

目の前の2人とお茶の席……

複雑な心境だが、妻の様子を見る限り、ここで拒否する事はできなさそうだと諦めるイグナトフ。

 

 

「お礼なんて…そんな気にしないでください?でもせっかくだし、一緒にお茶したいなー……いいよね?伸元さん?」

 

「あぁ、大丈夫だ。俺は昼過ぎに本庁に戻れば良いし、まだ時間に余裕はある。」

 

4人の中で宜野座だけがスーツ姿。

どうやら彼だけはこの後仕事らしい。そうであれば、茶の席もそこまで長引かないだろう、と少しホッと胸を撫で下ろす。

 

 

「嬉しいです。じゃあ行きましょう?」

 

「……あぁ……」

 

グイグイと腕を妻に引かれると、院内の上層階に向かうにエレベーターに向かう。少し気が重そうなイグナトフの様子を、宜野座夫婦は半分面白がっている様子だった。

 

 

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