whiter than white(PSYCHO-PASS) 作:鈴夢
藍鉄色に染まる雨
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2120年9月――
―――東南アジア ベトナム
スラム地区―――
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しとしとと雨が降り注げば、生臭い鉄のような、街が腐敗した臭いが鼻をつく。まだ日が昇らない明け方の曇り空が、余計にそれを気味悪くしていた。見通しの悪い路地を歩く人物。手には銃が握られており、緊張感が漂っていた。
背中に"SAD"、そして剣を模したマークが印字されたジャケットを羽織る人物が2人。先頭を歩く男が、指でサインを出せば、その後ろを歩く女性は足を止め、こくりと頷く。
刹那、タイミング良く通信が入る、
『―――宜野座。状況は?』
片耳に装着していたイヤホンから、聞きなれた女性の声。"宜野座"と呼ばれた目の前の男性はそれに応えるように、通信機に触れ、言葉を発する。
"白髪の女性"は両手で銃を握り直し、対象者を目で追っていた。
「対象は東方向の路地裏に向かった。俺たちは先回りして、そっちを抑える」
『了解よ。――狡噛、あなた達は?』
『こっちも対象を追い詰めた。須郷が北側のA地点から回り込んでる。』
『……はい。こちらも準備完了です。』
2チームに分かれ、それぞれが対象者を追っているようだった。今まで何度か交戦し、確保に至らなかった要注意人物2名…"ピースブレイカー"の残党だ。
『私も援護に回るわ。既に各地点にドローン、及び捜査官も待機済よ。対象者確保には"あなた達4人"の力にかかってる。今度こそ…頼んだわよ』
「「了解」」
"4人"の捜査官たちは、指揮官の女性の指示に返答する。配置に着いた彼らはそれぞれのバディとサインを出し合いながら、更に進んでいく―――
静かな、入り組んだ路地に足音が響かないように、それぞれが慎重に歩み進んでいく。緊張感が漂う中、呼吸音さえも細心の注意を払っていた。じとっとした空気に、額から汗が流れ落ちていくと不快感が増していく。
「…………ふー……」
背後の女性が微かに息を吐けば、先導していた宜野座は後ろに視線を向ける。
「"舞白"。アイツが次の地点に差し掛かったタイミングで行くぞ。作戦通りで」
「うん。任せて?体当たりは得意だから」
「……頼んだぞ」
宜野座は舞白の台詞に、若干不安気な様子を見せるも、彼女の能力を信じており、止める気はサラサラなかった。
すると舞白はとある地点まで向かえば、宜野座とは別々で行動し、近くの廃墟と化した建物へと侵入し、3階部分まで駆け上がっていく。
そして窓枠から外を見下ろし、真下を歩いている対象者を見つけると見逃さないようにと目で追う。
"白髪の長い髪の老婆"
しかし、老婆だからといって侮れない。戦闘能力は非常に高く、舞白達とはほぼ互角。今まで何度も交戦しては、何度も逃げられ、ピースブレイカーの残党として追い続けていた。
「こっちはいつでも大丈夫です。」
『こっちもOKだ。同時に行くぞ。』
舞白の発言に、狡噛も合わせるようにタイミングを見計らう。
狡噛と須郷が追っている人物も、同じく"白髪"の人物。
"白髪の短い髪の老爺"、彼らはいつもコンビで行動している事が多く、今回も首都での目撃情報から、何とか居場所を割り出し、現在に至る―――
「………っ!!」
そして、"4人"は同時に作戦を実行する。合図も出さず、息のあった4人の動きは今までの任務での経験て培ったものだった。
舞白は地上3階部分から白髪の老婆に一気に飛びかかる。しかし、相手も察知していたのか、素早く身を交わせば瞬時に銃を構え、舞白の打撃に応戦していく。
「狡噛…舞白」
今の今まで、幾度となく顔を合わせてきた2人。険しい顔つきで、舞白を睨みつける。
「……今回は……私だけじゃないのよ?」
舞白は瞬時に相手との間合いを詰め、相手の両腕を掴み、そのまま地面へと押さえつける。
その瞬間、宜野座も老婆の背後から現れると小銃を構え、声を荒あげる。
「投降しろ!"お前達"はここで終わりだ」
カチャッと音を鳴らせば、銃の安全装置を解除し、老婆に照準を合わせる。殺しはしない。相手からまだ聞かねばならないことは多くある。
外務省海外調査部現地調査隊
通称"ピースブレイカー"
ここ数年で花城、狡噛を中心に組織壊滅へと進めていたが、僅かに生き残りが存在していた。彼らを見逃せば、後々厄介な事になる―――それは、開国政策を進めている日本にとっても非常に重要な事であった。
「ここで終わりよ。…大人しく―――」
舞白が押さえつける力を強めた瞬間、
とてつもない爆発音と共に、周辺の廃棄された建造物が爆発により崩壊していく。廃棄され、見捨てられたこの区域は全てが脆い。1つの建造物が爆発して崩壊すれば、まるでドミノ倒しのように辛なって破壊されていく。
「ならば…お前たちもここまでだ、外務省行動課」
老婆は勝ち誇ったような、怪しげな笑みを浮かべる。余裕そうな表情の相手は全てを察知していたかのように感じる。
この場所に外務省がやってくる、そして自分たちを取り押さえに来ることに違いないと。であれば、先手を打ってやろうという魂胆だったのだろう。
舞白達に向かってコンクリートの建造物が倒れると、凄まじい轟音と砂埃に包まれる。
「舞白!離れるんだ!」
微かに宜野座の叫び声が聞こえる。
仕方なく老婆から手を離せば、迫り来る崩壊する建造物から、転がり込むような姿勢で回避した。
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寸断された道。宜野座の姿も見えなくなると、舞白はフラフラと立ち上がり、砂埃で何も見えない周辺に目を向ける。左腕で口元を覆いながら、辺りに神経を研ぎ澄ませ、右手に持っていた銃をギュッと握りしめる。
すると、舞白の耳に装着されたイヤホンから音声が流れる。
『全員、状況報告を!この一帯が爆撃により崩壊。援護部隊とも通信が遮断されてるわ。奴ら、他にも罠を―――』
花城からの通信が途切れる。恐らく彼らの仕業だろう。前始末がかなり良い。さすが、大物の武器密輸組織。彼らにとって、街のひとつやふたつ、爆発物を設置することなど容易なのだろう。完全にこちらも足元をすくわれていた。
「ケホッ…ケホッ…」
覆っていた口元から、微かに砂埃が侵入してくると、舞白は激しく咳き込む。小雨に、湿気が多いとはいえ、この量の建物が一気に崩壊したのだ。その影響はかなり大きい。
まさか、自分たちを相手に街一つを崩壊させるなんて。相変わらずとんでもない事を起こす相手だった。
「((…砂埃で前が見えない…、それに通信も…))」
手元のデバイスに触れるも、花城達と連絡がとれない。そして、視線を四方八方に動かし警戒をする。
「敵を討つなら根本から―――」
突如、背後から男の声が聞こえると、舞白は慌てて受け身を取る体制に入る。そしてその瞬間、義手の右腕に何か刃物のようなものを擦られる感覚を感じると、砂煙から老爺が姿を現し、次から次へと刃物を振り回す。
「…ッ!何であなたが……」
目の前の白髪の老爺は狡噛と須郷が追い詰めていたはず。しかし、この爆発を上手く使い、どうやら自分に的を絞ったのだろう。
「……息子たちの仇…、お前たち兄妹は許さん!」
老爺が叫び散らす。
「親も親なら子も子ね」
「貴様ッ!!」
舞白の挑発的な言葉に隙が生まれる。
相手の隙を見つけると、蹴り技で刃を蹴り飛ばし、怯む老爺を押さえ込もうとした瞬間、今度は左から銃声が聞こえると、舞白の顔をスレスレに銃弾が飛び交った。
「…((2対1…さすがにキツいかも))」
柔軟な体でバク転をし華麗に攻撃を交わしていくも、限界はある。崩れた瓦礫の陰に身を隠し、隙間から様子を伺うと、ふたつの影が確認できる。
白髪の老爺と老婆。
2人はライフル銃を片手に、舞白を探している様子だった。
「甘い。我々を分断して、2チームに別れて討つつもりだったのだろう?想定の範囲内だ。」
老爺はジャキッと弾をリロードすると、花城達との作戦を見透かしていたかのような発言を口にする。
そして同時に、周辺からも銃声が聞こえ始める。恐らく狡噛達はほかの残党達と交戦しているのだろう。しかし、舞白の目の前にいる2人は他の雑魚達とはレベルが違いすぎる。かつて、兄と共に共闘した際にもこの2人だけはどうしても倒すことが出来なかった。
「まずは、お前から潰す。狡噛慎也の妹、…狡噛舞白。」
老婆はそう言い放つと、無差別に銃を乱射し始める。凄まじい銃声に、舞白は頭を両手で覆う形で物陰に体を埋めると、頭の中で作戦を練り直す。
「((…相手はライフル銃に双刀も持ってる。近接戦も遠近戦も正直危険。でもこのまま隠れるのも時間の問題))」
小銃を両手に握り直せば、顔の横にあてがい、眉を顰める。
「((弾の残数もまだまだあるはず。上手く泳がせて、残数が無くなるまで待つ?…せめて、誰かもう1人、こっちに合流できれば勝機はあるんだけど―――))」
ジワジワと詰め寄ってくる2人組。ここまで追い込まれるのは正直初めてだった。しかし不思議と恐怖はない。この状況に、微かに笑みを浮かべるほどだった。
その表情、佇まいは
まるで兄と瓜二つ。
"獲物を刈り取る獣の如く―――"
そっと瞼を閉じ、深く息を吐く。
持っていた小銃を胸元のショルダーホルスターに収めると、右手に拳を作り、開いた左手とパンッ!と合わせれば、覚悟を決める。
「…大丈夫。私強いんだから。」
呟いたと同時に、素早く体を起こす。結い上げた長い白銀の髪の毛がフワッと宙を舞い、狼のように鋭い目付きで10mほど離れた2人を捉えれば、瓦礫を上手く使いながら駆け抜けていく。
「いたぞ、あそこだ!」
老爺がその様子に気づけば、同じく銃を連射し始める。まるで獣のような相手の動きに、怪訝そうに眉を顰めれば、必死に的を追うも当たることは無い。
「"ジャックドー"、そのままお前は反対側に周り込め。」
老婆は埒があかないと分かれば、隣の老爺の名を呼び指示を出す。
「…"ヴィクスン"お前は?」
「私は近接戦に持ち込む。お前は隙を見つけて弾を打ち込め。…増援が来る前にあの女だけでも殺す。」
ヴィクスンという名の老婆は銃を投げ捨てると、腰に携えていた双刀を取り出し、舞白に向かって一気に駆け抜ける。
そのスピードはもはや老人のものでは無かった。
「…ッ…!」
ヴィクスンの双刀が舞白に次々と振り下ろされる。舞白は右手の義手を上手く使いながら交わし、相手の頬に思いっきり拳を命中させれば、バランスを崩した老婆の体を思いっきり瓦礫の山へと蹴り飛ばす。
「…はぁっ…はぁ!…次!!」
激しく体力を消耗したのか呼吸が荒くなると、息苦しさを覚える。周辺に視線を向けると、瓦礫の陰から銃口を向けるジャックドーの姿。
放たれる弾丸を恐れることなく交わしながら、相手を目掛けて駆け抜ける。
「((いける…このままあの男を抑え込めば……))」
微かに見える"勝機"
しかし、そんな簡単に上手くいくはずがなかった。
バンッ!!
鋭い銃声と共に、舞白の体が仰け反る。
背後から1発、舞白の腹部に弾丸が命中したのだった。
銃を投げ捨て、双刀しか持ち合わせていなかったはずのヴィクスンは、小銃を隠し持っていた。盲点をつかれてしまった舞白は、そのまま顔を歪めると地面にうつ伏せで倒れ込む。
「ッ…く……」
それを確認したジャックドーとヴィクスン。
やっと仕留めた狼を相手に、小さく息を吐けば地面に倒れ込む舞白に近寄っていく。
「…漸く……仕留めたな。」
ジャックドーはうつ伏せに転ぶ舞白を脚で仰向けにさせれば、銃口を頭部に向ける。
「まずは1人。残りは"3人"」
老婆のヴィクスンは無表情ながらも、満足そうな様子が伺える。雨の雫が白い陶器のような肌にしとしとと降り注いでいた。顔色は真っ青で、死人そのものだった―――
「やれ、ジャックドー。」
「ああ。」
老爺は銃をリロードし、再び舞白の額に銃口を向け、人差し指をトリガーに引っ掛ける。
刹那、仰向けに転ぶ舞白の口が微かに動く。
そして、目を見開けば、ニッと表情を綻ばせる。
その表情は知的な皮肉を含んだ、抑制された笑みだった。
「言ったでしょ?
…"今回は私だけじゃない"って―――」
「「!?」」
2人は何かを察したのか、舞白から離れるも"時すでに遅し"
雨と砂埃に覆われた四方から4人の姿が現れる。
狡噛、宜野座、須郷、…そして花城―――
4人はそれぞれ銃を構えれば、老婆と老爺を取り囲む。
舞白はその場から立ち上がり、砂埃と雨水で汚れた服を払うような仕草を見せる。尚、左腕はナイフの切り傷で赤い鮮血が腕を伝い、地面に垂れ落ちていた。
囲まれた2人は不思議そうに、そして悔しそうな表情を浮かべる。
「何故だ?…確かに、弾は命中したはず…」
老婆のヴィクスンが舞白の腹部に目線を送ると、舞白は両手でジャケットを捲りあげ、クスクスと笑みを浮かべていた。
「さすがに"防弾ベスト"くらい付けてるに決まってるでしょ?まあ、あと少しでもズレてたらまずかったけど…」
「……チッ……」
2人は"また仕留められなかった"と言いたげに不服そうに曇った表情を浮かべていた。そして取り囲む4人は冷ややかな視線を向ける。
「"ピースブレイカー"…あなた達には聞かないといけないことが山ほどあるわ。大人しく投降なさい。」
花城は銃口を向けたまま視線を外さない。何度も逃してきた2人、今度こそ逃がす訳には…と、緊張感が伝わる。
今回も彼らは容赦ない罠を仕掛けていた。まるで行動課が現れるのを見計らっていたかのように。
よく見ると狡噛達も負傷はしていないものの、怪我を負っているようだった。やはり、先程の銃撃音などは白髪の2人組と同じく、ピースブレイカーの残党達のものだった。どうやら、その残党たちは捕らえることに成功したらしい。
残るは、この2人―――
舞白は怪我を負った左手を右手を掴み、じっと2人を見据える。そして、4人からその2人の距離は、約12-3m程だろうか。ジリジリと迫る4人に、老婆と老爺は手に持っていた武器を全て地面に捨てると、まるで降参したかのような様子を振る舞う。
すると2人は両手を上げ、小さく息を吐いている様子だった。
「…全く、最初からそうやって大人しくすれば良かったのよ。」
花城は警戒をし続けるも、構えていた銃を下ろす仕草を見せる。狡噛、宜野座、須郷も同じく、じっと睨み続けるもゆっくりと銃を下ろす。
「((こんなにあっさり降参…?))」
4人よりも若干2人に近い舞白は、その様子を怪しんでいた。ここまで追い詰めたのは初めてのことだが、あまりにも彼らはあっさりしすぎている。大掛かりな作戦を練っておきながら、簡単に武器を捨て、投降するなんて…
「((…私だったら…ここから逃げる方法を…))」
2人を拘束しようと近づく4人。
「((こんなに暑い場所なのに、彼らの服装…ロングコート、ロングジャケット…大型の武器はあれだけだったとしても、何か隠せられるはず―――))」
そして、兄の狡噛も何かに気づいたのか、ピタッと足を止めれば。即座に振り向いた舞白と視線を合わせ、2人は同時に声を張り上げる―――
「「逃げて!」」
「「逃げろ!」」
狡噛兄妹の声に反応する3人。
そして白髪の2人組は即座に胸ポケットから何かを取り出すと、地面へと叩きつける。
すると、瞬く間に広がる赤紫色の煙幕。
鼻をツンっとつくような鋭い臭いを微かに感じると、舞白達は2人から逃げるように四方八方に散っていく。崩壊した建物の陰や、瓦礫の陰にそれぞれが身を隠す。
「……うっ…!…何これ……ケホッケホッ…」
即座に、着ていた外務省のレイドジャケットを脱げば顔を隠すように上半身を覆い隠す。4人よりも近くにいた舞白は、その煙に誰よりも覆われている状況に危機感を覚える。
微かに目に痛みを感じ、喉も同じく麻痺したようにヒリヒリと、まるで氷を飲み込んだような冷たい感覚に襲われる。
「((…これじゃまともに呼吸ができない…))」
雨が降っていることが不幸中の幸いだった。
湿度が高いことによって、煙の効果も若干薄れるのが早い。
「はぁーー……は…ッ……ケホッ…ゴホッ…」
口の中に鉄のような味が広がると、ポタポタと鼻から血液が流れている事に気づく。間違いなく、この煙幕は毒性が強い"何か"に違いは無い。徐々に視界が霞んでいくと、地面に頭をつけ、再び体を埋める。
「((…体が……動かない……))」
せっかく、あの2人をここまでやっと追い詰めたのに。
……もっと、…早くに気づいていれば―――
フッと、意識が離れる瞬間。誰かが自分の体を引き上げる。
ジャケットを上半身に被せられたままの為に、自分を横抱きにする人物が誰だかは分からない。
「…まし……さん!…」
「………ッ!」
聞き覚えのある2つの声。
それは須郷と宜野座だった。
須郷が舞白を抱き抱え、宜野座はそれを援護する形に。そして花城と狡噛はあの2人を追いかけているようだった。
直線距離でたった数mしか離れていなかった舞白はかなりの煙の量を吸い込んだらしく、須郷と宜野座よりも重症だった。そして須郷は離れた場所へ舞白を運ぶと、すぐに宜野座が傍らで応急処置を行う。
「須郷。この薬物は一体…」
即座に頭と背中を高くし安静に寝かせ、須郷と宜野座は着ていたジャケットを脱ぐと、舞白の体に羽織らせる。
「症状から見て"急性中毒"に間違いありません。しかし、一般的に毒性ガスに臭いや色は無いはず。…だとすれば塩素系、ホスゲンにも似ているような―――」
見たことの無い症状に須郷は眉を顰める。自分たちも微かに目眩のような症状を感じてはいるものの、舞白程酷くは無い。
「…ふー……はぁ…」
「舞白?」
徐々に呼吸が安定していけば、悪かった顔色も戻っていく。体を支えていた宜野座は顔をのぞき込むと、瞼を開いた舞白の様子を伺う。あまりの回復の速さに、須郷は驚いた様子だった。
「有毒ガスを吸ってまだたったの数分しか経ってません。……有り得ない…」
「……すみません…、…お手を煩わせて…」
左手で鼻辺りを拭うと、手の甲にベッタリと血液が付着する。刃で切られた左腕からは未だに出血が続いており、意識が戻ったにせよ、早く処置が必要だった。
「俺たちはすぐにここから離れよう。通信もまだ戻らない。…この状況からして、あの2人は、課長と狡噛に任せるしかない」
「自分もそう考えてました。一旦、ここを離れましょう。」
「………」
須郷は再び軽々と舞白を抱き上げると、宜野座と共に拠点へと戻って行く。
そろそろ、朝日が昇る時間がやってくる。
しかし、日が覗き込む空の様子は見当たらない。
雨は、かえって礫を打つように一層激しく降りそそいで来た。そんな雨で、空も崩れた町一帯が灰色に濡れ、染まっていく―――
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