whiter than white(PSYCHO-PASS) 作:鈴夢
盲亀の浮木
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テーブルに浮かび上がる電子メニューに視線を向けると、舞白は慎重に悩んでいる様子を見せる。
「……私はチョコ……やっぱりいちごパフェで」
「俺はホットコーヒーを」
院内のカフェに辿り着き、4人は案内された席へと座る。海の傍に佇む大きな総合病院。そして上層階のカフェスペース、見える景色はまさに絶景だった。
「私はレモンティーを、少し暑いからアイスにしようかな」
「体をあまり冷やすなよ?……俺はホットコーヒーを」
女性のウェイターに扮したAIロボットは4人の注文を受け、テーブルから立ち去る。ふぅ……と一息つく3人に、舞白は何か言いたげな視線を向けていた。
「誰もパフェ注文する人いないの……?」
"え?私だけ?願わくば少し違うパフェを味見させてもらおう……"なんて脳内でグルグルと考えていたにも関わらず、3人とも見事にドリンクのみ。その台詞にクスクスと微笑む舞子とは別に、イグナトフは不思議な生物を見るような視線を向け、宜野座は特にアクションは起こす様子はなく、隣に座る舞白に目を向ける。
「願わくば、誰かがチョコパフェを頼めば、なんて思ってるんだろ?」
「ち、違うよ。…皆大人だな〜って」
"相変わらずお子様だ"と口にする宜野座に対し、むぅっと口を尖らせる。その不可思議な様子を、イグナトフはただ無言で見据える。
「((……本当に……あの外務省の人間……なんだよな……))」
この前の舞白といい、自分の目の前に座る宜野座でさえも、あの時の同一人物なのか?と疑ってしまう。目の前に座る男は一般人と変わらない、普通の人物……
そんなイグナトフの視線に気づいた宜野座は、微かに口角に弧を描くと右腕を相手に伸ばす。
「そういえば、ちゃんと挨拶をしていなかったな。――宜野座伸元だ。」
イグナトフは差し出された手に一瞬戸惑いを見せるも、自分も右手を差し出し2人は握手を交わす。
「炯・ミハイル・イグナトフだ。……そして、妻の"舞子・マイヤ・ストロンスカヤ" 」
妻を紹介されると、宜野座はイグナトフの次に彼女と握手を交わす。舞子は視覚がない分、握手をすることによって相手の骨格など、脳内で想像し、親近感を持つためにも握手はとても重要な事だった。
「はじめまして、主人がお世話になってます。」
微かに彼女の口元に笑みが現れる。そして舞子の目の前に座る舞白も、差し出された手を優しく握る。
「はじめまして、舞子さん。私は宜野座舞白です。……こちらこそ、夫がお世話になってます――」
刹那、舞子はもう片方の手も舞白の手に重ねると、ぎゅうっと握りしめる。その感触に一瞬舞白は驚くも、嬉しそうな様子の舞子に、思わず自分も笑みを浮かべていた。
「本当に、あの時の方に会えて嬉しいわ。……それに、まさか主人と関わりがあったなんて……」
予想外の関係性に舞子は嬉しさを滲ませていた。そしてイグナトフも、いつもより増して、興奮気味な妻の姿に同じく心中では嬉しくてたまらなかった。
移民として、互いに色々と蔑まされてきた。しかし、"彼ら"の存在によって、微かに妻が明るくなったと感じていたのだった。
移民を忌み嫌う人々だけではなく、きっと彼らのように心優しい日本人もいるのだと、あの日を境に前向きな思考に変化した事に関して、イグナトフも密かに感謝していた。
「私も嬉しいです、舞子さん。……因みに、和名の"マイコ"の"マイ"って……私と同じ漢字なんですね?」
舞子と舞白。
たまたま、偶然にも"舞う"という漢字が名前に含まれており、何か縁を感じると、口にする。
「すごい奇跡。……舞白さんって呼んでもいいかしら?」
「色んな偶然が重なってて奇跡ですね?」
"好きに呼んでください!寧ろ呼び捨てでも〜"と彼女らしい返しに、宜野座もイグナトフも安心した様子で2人の様子を見ていた。
「それにしても……この前も病院で遭遇したし、検査日が全く同じでそれこそ運命感じます。ね?伸元さん」
「確かに、ここの病院の患者の数から考えても、なかなか運良く会えることは難しいだろうな。」
検査日も時間もだいたい同じ。診療内容も違うというのに、何度も再会し会えた仲という奇跡に、宜野座もこくりと頷く。
すると、舞子は少し声色を変え、言葉を放つ。
「……こんなことを聞くのも変ですが、どこかお体が悪いのですか?……舞白さん……?」
声を聞く限り、かなり元気な女性と視ていた舞子。しかし、何度も病院に訪れている相手に、一体何を患っているのか?と気にしていたのだった。それは同じく、夫のイグナトフも。
今の今まで、彼らの様子を見る限り、腕の義手についてはともかく、体に何か疾患を抱えているとは思えない。そしてつい先日、たまたま舞白と居合わせたあの日、彼女が抱えていた薬の量からして、普通の病ではないと勘づいていた。
舞白は一瞬、宜野座と目を合わせるも、すぐに逸らす。特に隠す必要もなければ、躊躇する理由もない。
「私は甲状腺……癌の治療で通院してるんです。」
首をトントンと指で叩く仕草を見せると、小さく笑みを零す。予想外の病名に目の前の2人は驚いた様子だった。
「未分化癌。確実な治療法は無いし、ひたすら投薬を続けて結果を待つのみ。いくらか手術は終わらせたんですけどね?」
未分化癌は昔から確実な治療法は無いとされている。5年生存率も7%、1年以内に多くの患者が亡くなっているというデータは多く存在していた。
「どうやら、甲状腺の様子がおかしくなったのに、それを何年も放置さしたせいで、それが未分化癌に早変わり。進行も早いし、あと少し治療が遅れていたら死んでたって、担当医の先生には最初すごく怒られて……」
「なぜ何年も放置を?…日本の医療体制ならすぐに治療……」
イグナトフはごもっともな意見を口にするも、ふと舞白の経歴についてピンと何かを思い出すように言葉を止める。その様子に宜野座も舞白も気づいた様子だった。
「公安局の人なら、私達の情報くらい見てるでしょ?……多分、私の過去の情報は閲覧制限かかってると思うけど、ある程度、私の過去の事の事なら美佳ちゃんが話してるだろうし……」
舞白は宜野座に視線を剥ける。
「俺が監視官だったら、すぐに怪しい人間の情報は、アーカイブ保管庫なり、見れる情報はすぐにチェックしただろうな。"元一係"なんて聞かされていれば――」
何やら難しそうな話をする3人に、舞子は不思議そうに首を傾げる。すると舞白はニコッと微笑むと両肘をテーブルにつけ、手に顎を乗せる。
「実は私ね、数年間海外に身を置いていたの。正確に言えば失踪、逃亡。」
「鎖国をしていた日本から……海外へ?」
「はい。ちょっと色々あって……。」
目をぱちぱちとさせる舞子に対し、舞白はへへへっと呑気に笑っていた。
「主に私がいたのはアジア圏内。……おふたりの祖国のロシアにはさすがに近づくことも出来なかったです。"危険"だから止めておけと、よく言われてました。」
過去にモンゴルを経由してロシアへ横断しよう……と考えたことはあるものの、現地の人達からあまりいい顔をされなかったのを鮮明に覚えていた。
「確かに…当時、私達が日本に移民として身を置いていた時に、徴兵義務として一度祖国に戻るように指示が出されるくらい戦争が激化したんです。」
「シビュラに移民として迎えられたのも束の間……だったな。」
舞子とイグナトフは当時のことを思い出すと、小さく息を吐いていた。シビュラに移民認定され、平和な日本へやってきた途端、再び祖国から徴兵命令……
2人は母国の為、再び祖国へ戻されることになった過去を持つ。
「ロシア帰化移民。……ということは数年前は出島で暮らしていたとか?」
「その通り。もう1人の新任の監視官、慎導灼とも出島で出会ったんだ」
「「((……慎導……))」」
舞白と宜野座は視線を合わせずとも、同じことを頭の中で考えていた。すると、宜野座は話を変えようとイグナトフに視線を向ける。
「新任で2人揃って一係に着任。頼れる先輩監視官が傍に居るわけでもなければ、部下たちは全員何を起こすか分からない潜在犯。最初はなかなか大変だろう?」
宜野座の場合、新任で着任した時のもう1人の監視官は既に現場経験者。日々見様見真似で職務を行っていた。共に配属された狡噛は当時三係の監視官。狡噛も同じく、片割れの監視官は経験を詰んだ人物であった。
しかし、彼らは共に新任の立場で一係に着任。上司にベテランの霜月が居るとしても、やはり大変では無いのか?と懸念していた。
「仰る通り。なんせ灼……、慎導監視官は昔から変わらず予想外の行動を起こす事も多く……あくまでも俺は手綱を握るような立場で…」
「でも、あっちゃん凄く優秀で、いつも大きな事件を解決してるのよね?」
「……あぁ、そうだな。……彼は頼れる相棒です。執行官たちも変わり者が多く大変ですが、シビュラに猟犬として選ばれた彼らの能力は本物です。」
イグナトフと舞子の言動に微かに笑みを浮かべる宜野座。監視官と執行官の関係性。宜野座自身も、監視官、そして執行官と長く経験を積んできてさまざまな試練もあったものの、何だかんだチームワークに救われていたその当時のことを思い返していた。
そして彼らも、過去の自分たちのように良き関係性になれば、と
4人は最初の時よりも会話が弾むようになり、和気藹々とまではいかないものの、徐々に打ち解け始めていた。
すると刹那、配膳ドローンがテーブルに近づくと、注文していたものがテーブルに並べられていく。
「やった〜!いちごパフェ」
「……すごいボリューム……ですね」
舞白の目の前に置かれたボリューミーなパフェにイグナトフは息を飲む。少女のように目を輝かせる姿は、やはり"あの時"の人物とは全く違う事に若干引く程だった。
「舞子さん、ミルクは?」
「ストレートで大丈夫です。…ありがとうございます」
宜野座は、たまたま近くに置かれた飲料用のミルクやシュガーが入ったカゴに触れると、親切に彼女に問いかける。
目の前の男もまた、普段は普通の人間なんだと思い知らされる。
「…そういえば、改めて確認なんですけど…。」
パクッとイチゴを口に放り込み、イグナトフと舞子を見つめる舞白。
「イグナトフさんって…24歳?」
「?…あぁ、24だ。…来年の1月に25…」
「本当に私と同い歳なんだ…、美佳ちゃんとも…」
聞いていた通り、本当に同い歳なんだと、恐れるように両手を頬に添える。
「舞白さん、同い歳だったんですね?私も主人と同い歳で、あっちゃんも同い歳…」
慎導、そして目の前の落ち着いた大人びた舞子も同い歳だと知ると、舞白はふと宜野座に視線を向ける。その様子に宜野座はフッと鼻で笑うと口を開く。
「パフェはまだ卒業できそうにないな?」
「…またお子様って言いたいんでしょ?それに今、鼻で笑ったでしょ!」
"もーー!"と文句を言いつつも、口にパクパクと運ぶパフェの欠片。楽しそうな目の前の2人の様子の声に、舞子はクスクスと楽しそうに笑っていた。
「おふたりの様子が、声を聞くだけで脳裏に浮かぶんです。…視力が戻ったら、おふたりの姿を見るのがとても楽しみ…」
ここまで嬉しそうな様子を浮かべる妻の姿は久しぶりに目にした。慎導と自分と3人で過ごす時こそ、今のような明るい妻の姿は何度も目にしてきたものの、他人となると其の姿はなかなか見ることは出来なかった。
視力がなければ、普段自由に外へ出歩くことは厳しい。更に友人と会話をし、食事をする事など勿論する機会など舞子にはなかった。
移民ということだけで、街を歩くだけでも目を引いてしまう。そんな妻が、嬉しそうに、楽しそうに過ごす姿は、夫にとっては嬉しくて堪らない瞬間だった。
「舞白さん、少し顔に触れても?」
舞子はゆっくりと右手を目の前の舞白に伸ばす。しかし、突然の事にイグナトフは"申し訳ない"と思ったらしく、少し心配そうな表情を浮かべていた。いきなり初対面に近いこの状況で、それは早すぎるのでは?と
「…舞子、それは……」
しかし、舞白はニッコリと笑みを浮かべると、イグナトフに視線を贈る。
「大丈夫ですよ?…寧ろ、嬉しいです。」
視覚障害を持つ人が、相手の顔に触れる。それは相手の顔や表情の形を知りたいと言うより、"優しく、親切にしてくれた人の顔立ちを理解したい".という意味合いがある。それ程に、舞子は舞白に対し親しみを持ち感謝していたのだった。
"その人を知りたい"、と"優しく接してくれている相手はこんな人なんだ"と納得したい。舞子の気持ちはそうだった。
人間の急所でもある"顔"
その部分を快く触れさせてくれる、一日本人の人物に、イグナトフは微かに心動かされるものがあった。
「ここが顎、輪郭…、どうぞ、好きに触れてください?」
体を舞子の方へと少し前のめりになり、彼女の手を自身の顔に触れさせる。舞子はゆっくり手を添わせ、舞白の顔のパーツひとつひとつに触れていく。
「…………」
そっと、そっと…
確かめるように慎重に触れるその指。触れる度に、相手の顔が読み取れる気がして、舞子は徐々に笑みを浮かべる。
「…ありがとうございます。ごめんなさい、突然…」
「いえいえ。私の顔、なんとなーく分かりました?」
舞子は隣のイグナトフの手に自身の手を伸ばすと、柔らかい笑みを浮かべ口を開く。
「分かりました。舞白さんの優しい顔が自然と思い浮かびました。」
「へへへっ…嬉しい。」
「…最初に、舞白さんと握手を交わした時から、あなたは優しい方だと分かってましたけどね?」
舞子の言葉に、舞白は思わず自分の義手を見つめる。鉄の塊でしかない右手から、舞子は何かを感じたというのだった。
「こうやって人の顔を認識するように、握手の時の手触りとか…にぎり方、勢いでその人の性格、その時の気分、相手に対する感情も読み取れるんです。」
「…この手でも……」
今まで、この手で人を殺めたこともあった、革手袋の下に隠されている義手。しかし、舞子はそれに対しては何も思わず、握り方や勢いで、既に舞白がどんな人物なのか分かっていた。それは同時に、宜野座の事も分かっていた。
「思いやりがあって、優しい…、それに明るくて、丁寧な人。だからこそ、隣に素敵な旦那様もいらっしゃるんですね。」
舞子の穏やかな声に言葉。3人は胸の中に、あたたかい灯りがともったような気がしていた。
「目の周りに触れた時、キリッとしたような、鋭い目つきも感じました。でもそれは、ただ角があるって意味じゃなくて、信念というか…勢いというか……」
「当たってるな。…妻は"そういう"人物に間違いない。」
宜野座は感心したように両腕を組むと、舞白へと視線を向ける。同じくして視線を交わす舞白は、フッと嬉しそうな様子を見せた。
「それを感じ取った舞子さんは、"目"以上に、素敵な心の目をお持ちのようですね。イグナトフさん」
イグナトフは舞白の言葉と向けられた穏やかな眼差しに、闇夜にともし火を得た思いを感じていた。
ホッと安心するように、心地良いこの関係性に、胸を撫で下ろす様子を見せる。
口にしていた暖かいコーヒーが、やたらと胸を暖める――
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