whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

23 / 82
花言葉

 

 

 

・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「…………」

 

冷たい夜風が頬を撫でる。

バルコニーの椅子に体を預け、ブランケットを体に巻き、イヤホンから流れる音楽に耳を委ね、目を閉じていた。

 

傍らのテーブルに置いていたホットティーは既に冷め切り、読んでいた文庫本の表紙もひんやりと冷えきっていた。

 

デバイスには数件の着信履歴が表示されているも、イヤホンから流れる音楽に全ての感覚を奪われているかのように、全く気づいていない様子。

 

 

 

 

時刻は20時過ぎ――

投薬後、イグナトフ達と時間を過ごし、その後宜野座と別れた後、常守に会いに行ったその日の晩。宜野座が帰ってくるまで、バルコニーで暇を潰していた。投薬の日は決まって仕事の書類に目を向けないと決めていた。好きなだけ本を読んで、好きなだけ音楽を聴く。残念なのはその日は禁酒だということだけ……

 

 

「((……テソンのお店の馬乳酒……久しぶりに飲みたいな……))」

 

ふと、新疆ウイグル自治区での事を思い出す。テソン達は元気だろうか?あれから、あの地区は前のような支配地域ではなくなり、隣のチベットヒマラヤ王国とも手を取り始めたとか……

 

恐らく、昔のような酷い状況には、よっぽどの事がない限り戻らないはず――

 

 

「……会いたいな……」

 

ブランケットにくるまったまま、ふと口から漏れる言葉。すると左耳のイヤホンが外されると、舞白はパッと目を見開く。

 

 

 

「"誰に"、会いたいんだ?舞白」

 

「わっ……おかえりなさい……」

 

"ビックリした〜"と声を上げる舞白。目の前に現れたのは仕事から帰ってきた宜野座の姿だった。しかし、ムッと不機嫌そうな宜野座の表情に、舞白は首を傾げる。

 

「……ごめん、連絡くれてたんだね?ずっとバルコニーで音楽聴いてて気づかなくて」

 

巻き付けていたブランケットを体から外すと、ひんやりとした空気が体に突き刺さる。宜野座は舞白の冷えた手を右手で包むように触れる。

 

「体を冷やすな。11月の夜の寒空の下でブランケット1枚……」

 

"しかも薄着で……お前は本当に……"とガミガミといつも通り口にする宜野座。彼の首には赤いマフラーが巻かれていた。それは舞白が学生時代に、宜野座に贈ったものだった。どうやら綺麗に保たれている様子に、大切に扱ってくれているのだろう。

 

きっと、同じものを贈った兄のマフラーは、タバコの臭いが染み付いてるんだろうな〜と呑気に考えていると、宜野座に腕を引かれるがまま室内に戻される。

 

そして尻尾を振りながら、そんな2人に擦り寄るダイム。眠っていた為か大欠伸をすると、その可愛らしい様子に舞白と宜野座は穏やかに微笑んでいた。

 

 

 

「……ふわぁ…、私もつられて欠伸出ちゃう………暖かい、部屋……。」

 

「一体、いつから外に居たんだ……風邪をひくぞ」

 

「大丈夫大丈夫。……へっくしゅっ!!」

 

ずるずると鼻水を啜る仕草を見せると、言わんこっちゃないという視線を向ける宜野座。

 

「全く……お前はいつまでも子供だな」

 

「"ノブ兄"の前だけだよ。」

 

「……困った奥さんだ……」

 

久しぶりに"ノブ兄"というワードを使う舞白に、微かに笑みを浮かべる宜野座。自分の前だけだと言う、そのパワーワード。自分もそんな舞白に上手くのせられてしまうと分かりきっていた。

 

舞白はそのままキッチンの方へと向かうと、夕食の準備を始めていた。微かに部屋に漂うシチューの香り。仕事の日はフードプリンターに頼りっきりの毎日だが、こうして舞白が休みの日は決まってきちんと1から作られていた。

 

「ほら、ダイム。……って、そこに居るのな」

 

暖かい場所を好むダイムは特等席があった。それは暖炉の前。もちろんホログラムではあるが、柔らかな火の灯りは心地いい様子。しかしそこには留まらず、宜野座の横をすり抜けると、ダイニングテーブルの下へとダイムはゴロンと寝転ぶ。

 

「晩御飯、すぐ出来るから。着替えてきなよ?」

 

「そうするよ。」

 

コトコトと煮込む音。その度に漂う良い香りに、仕事で疲れきっていた宜野座の表情が柔らかくなっていく。部屋着に着替え、再びリビングに現れた宜野座は舞白の横へと向かう。

 

 

「今夜はシチューか」

 

「簡単なものだけどね?今日、舞子さんと席を離れた時があったでしょ?その時に聞いたの。いつものシチューにクリームチーズを隠し味に入れるの。……するともっと濃厚になるんだって?」

 

クルクルとかき混ぜる舞白の様子を隣から見つめる。朗らかに微笑むその様子は、自然と宜野座の表情も柔せていく。

 

「よかったな?新しい繋がりが増えて」

 

「うん。嬉しいよ。同世代の友達は美佳ちゃんしかいないし……というか、友達って呼べる存在は美佳ちゃんしか居なかったんだけどね?」

 

"六合塚さんと朱さんは……友達というか、頼れるお姉さん、先輩だし……。志恩さんは寧ろお母さんみたい"と呟く。

 

「…………咲良。もし生きてたら、……」

 

"サクラ"という名前。

それはいつぶりに口にした名前だろうか。宜野座もその名前を久しぶりに聞くと、眉を下げ、舞白の右肩に手を添える。

 

「ビックリだよね。……あれからもう8年。咲良のお父さんの会社は変わらず経営されてて、相変わらず遺体が無いことも誰も不思議がらない。」

 

「……」

 

火を止め、舞白は用意していたシチュー用の皿に手を伸ばす。煮詰まったシチューを皿へと注いでいく。

 

「最近、やけに思い出しちゃうんだよね。咲良が私を突き飛ばして、爆発から守ってくれたあの時。……"バイバイ"って笑ってて、吹き飛んだあの時。槙島はそれを見て笑ってて……」

 

先程まで読んでいた本。それはかつて槙島が自分に咲良を助けるための鍵として残した"司馬遷"の本。その鍵に気づけなかった舞白、そのせいで親友は死んでしまった――

 

「舞白……」

 

「あー……ごめんね。別に病んでるとかそんなんじゃなくて……、ただ思い出しちゃっただけなの?」

 

"はいっ"とシチューが注がれた皿を宜野座へ手渡す。すると2人はダイニングテーブルに皿を乗せ、椅子に腰掛ける。

 

「あの時、1番に駆けつけてくれたのは伸元さんだったよね?」

 

「……そうだったな。」

 

錯乱する舞白を最初には介抱したのは宜野座だった。肉片に、血にまみれた舞白の震える体、その時の光景を忘れられる筈が無かった。

 

 

 

「"一人が死に一人がいきのこっているときこそ、友情がどんなものであったかが知られる"」

 

「あの男に散々言われた言葉だろう?」

 

「そうそう。……本当に、最悪だった。あの日は――」

 

"いただきます"と手を合わせる2人。

温かいシチューを口に含むと、冷えきっていた体が芯から温まる感覚に包まれる。

 

 

「美味しい〜……チーズ入れるだけでこんなに変わるなんて……」

 

「本当だな……濃厚で美味い。」

 

パクパクと食べ進める2人。

舞白はふと手を止め、対面側に座る宜野座をじっと見据える。

 

 

暖かい部屋に、温かい食事、目の前には最愛の人、何不自由ないこの幸せ。それを噛み締めるかのように、舞白はただただ見据えていた。

 

そして思い浮かぶのは大切な人たちの顔。様々な関係性の人物の顔が思い出される度に、決意に似た、無に近い表情に移り変わっていく。シチューを口に運んでいたスプーンを皿に置き、視線を下へと向ける。

 

 

「((もう誰も……死なせたりしない。"ひとりが死に、ひとりが生き残る……"そんな状況がどれだけ辛くて、しんどいものか――))」

 

"自分が1番分かっている――

残された側が、どれだけ――"

 

 

 

 

 

「舞白、……どうした?」

 

ハッと顔を上げ我に返り、へへへっといつものように笑みを浮かべる。

 

「なんだかボーッとしちゃって、投薬の副作用かな?」

 

「…考え事をしていただろう?」

 

「何で?」

 

「何年お前を見てきたと思ってるんだ。……お前の表情、言動を見るだけで、何を考えているのかは分かる」

 

宜野座も手を止め、舞白に右手を伸ばすと、頬を指でぎゅっと摘む。びよーんと伸びる柔い肌に、間抜け面だとクスクスと笑みを零していた。

 

「ぅう……」

 

「"1人で抱え込むな"。何度も言ってるだろ?」

 

「……ひゃい……」

 

かつて、数年ぶりにシーアンで再開したあの時。彼に言われた言葉だった。

 

宜野座の手が離れると、摘まれていた頬を摩る舞白。相手は小さく息を吐くと、半ば諦めたようなため息混じりの笑みを零す。

 

「お前の事だ。どうせ一つや二つ、俺に隠してる事があるんだろ」

 

「……咎めないの?」

 

舞白の弱ったようなその言葉に対して、微かに口角に笑みを含めると、再びスプーンを動かし、シチューをすくう。

 

「咎めたところで無駄だ。言うことを聞かないのはお前の十八番だろう」

 

「…………」

 

「だが、俺にも責任が有る。お前は俺の妻であり、職務上だと相棒みたいなものだ。……お前が、自ら勝手な行動をして、命を危険に晒すような事があれば――」

 

宜野座の視線がやけに突き刺さる。

舞白は相手が次に口にするであろう言葉に、少し怖気付くように肩をすくめると、ギュッと目を閉じる。

 

しかし、相手から放たれた言葉は全くもって別のものだった。

 

 

 

「なーんてな。…もう、お前はそんなことはしない。」

 

シチューを口に含む宜野座。

舞白はそっと目を開け、そんな相手を見据えていた。

 

「伸元さん……」

 

「隠し事も、その頭の奥底で考えてる事も…………勿論、全く気にしていないわけじゃない。だが、お前が俺を悲しませるようなことはもう考えていないはずだ。」

 

"違うか?"と、付け加えるように口にする宜野座。その様子から、長年の付き合いもある2人にとって、底知れない信頼関係を感じるものがあった。

 

今の今まで、"そういうこと"で何度も衝突してきた2人。それを咎めたところで、舞白は大人しく聞き入れるはずもない。そしてここ数年間の彼女の行動を見てきて、良い意味で"大人しくなった"なんて思っていた。

 

それはただ単に"歳をとったからそれ相応に落ち着いた"という訳ではない。舞白と繋がりを持つ仲間たち、その仲間が増える度、繋がりが濃くなる度、彼女自身に大きな心境の変化があったと察していた。

 

もう、その命は

自分だけのものでは無いと――

 

ぼんやりと霞がかかったような和んだ表情を舞白に向ける反面、発せられる声色はどこか哀しい雰囲気を漂わせる。

 

「でもな、お前が辛そうにしていると、俺も気にせずにはいられなくなる。……そこは分かって欲しい。」

 

「……うん。ごめんなさい。」

 

素直に謝る舞白のその顔は、まるで幼子の時そのままだった。幼少期の姿が目の前の舞白と重なると、フッ穏やかな笑みを向ける。

 

「俺たちは"夫婦"なんだ。昔のように、ただの幼馴染でもなければ、監視官と執行官でもない。――"病める時も健やかなる時も"だろう?」

 

「……」

 

優しい声。

優しい眼差し。

 

じんわりと胸の中が熱を帯びていくように、安心感に包まれていく。昔から変わらないその熱に、そっと左手を自分の胸に添える。

 

 

「それと――」

 

宜野座は右手にスプーンを手にしたまま、左肘をテーブルへと立て、左手に顔を預ける。今度はニッコリとした表情へと変わると、微かに顔色から不機嫌というより考えに沈んだような……怒りに近い雰囲気を感じ取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減、ニンジンも食え。皿に盛るとき、ニンジンだけ省いていたのは見逃してないぞ。」

 

すると宜野座は自分の皿を手に取り立ち上がると、舞白の隣の席へと腰を下ろす。舞白は"ギョッ"とした表情を浮かべると必死に言葉を並べ出す。

 

 

「せっ……先生が、ニンジンは薬と組み合わせ悪いからダメだ〜って……」

 

大きくカットされたニンジンをスプーンにのせ、それを舞白へと近づけるも、グイッと首を反対方向へと回せば、苦しい言い訳を述べる舞白。それを可笑しそうに、ニヤニヤと笑う宜野座は更に詰寄る。

 

「ほう…それは初耳だな?……って、そんな訳が無いだろう?」

 

「伸元さんの鬼!!悪魔!お兄ちゃんにチクってやるんだから!」

 

「それは止めろ!」

 

ギャーギャーと2人の声が室内に響き渡る。足元で大人しく座るダイムはその空間に心地よさそうにしていると、バッとふたりの間に飛び込むように現れる。

 

 

「わんっ……ウー……」

 

シェパードの大きな体は2人の動きを封じ込める。まるで自分も交ぜてくれと言わんばかりの様子に、舞白と宜野座は顔を見合わせ、共に笑い合う。

 

 

 

 

 

 

「……ふふっ……なんだか昔を思い出すね。」

 

今夜はやけに過去のことを思い出す。そして、それは哀しいことばかりでは無い。そんな過去を彷彿させられていた。ダイムの柔らかな毛並みに擦り寄るように、舞白はギュッと抱きつく。

 

 

 

「おばあちゃんが緊急手術になって……お兄ちゃんの代わりに、ダイムとお泊まりしてくれた時のこと、鮮明に覚えてるんだ、私。」

 

「あー……そんな事もあったな?」

 

カチャッとカトラリーをテーブルに置くと、ダイムを撫でる舞白へと体を向ける。ふわふわとした首元に顔を埋め、目を閉じ、当時のことを思い出す。

 

「あの時も、カレーのニンジンで揉めた気がする……」

 

「まだあの時は素直に食べてたぞ?少量だったが」

 

「どうしても嫌なの。ニンジン。」

 

ムッと口を尖らせ、宜野座をじっと睨みつける。そんな宜野座も呆れたように眉を下げ、笑みを浮かべるとダイムの頭に手を伸ばす。

 

「あの時、お前はどうしても"3人で寝たい"って聞かなくてな。部屋から布団一式リビングに移動させて、俺とダイムでお前を挟んで眠ったんだ」

 

「そうそう!懐かしい!」

 

"ねーー?"とダイムに語りかけるように口を開くと、再びダイムは2人の足元へと戻り、ゴロンと寝転ぶ。

2人はその様子に目を向けていると、宜野座がふと口を開いた。

 

 

「お前は昔から、良い意味でも悪い意味でも異常だった。初対面だったお前の第一印象は"可愛い親友の妹"。でも、知っていく度に"異端児"だと感じたよ。」

 

「異端児って……褒めてる?自由奔放って事でしょ?」

 

「言っただろ?良い意味でも悪い意味でも、だ。」

 

普通のその辺にいるような可愛らしい"女の子"。兄に似て、知的で美形なその姿。歳もひとまわり離れているとなれば、よりそう見える。

 

「子供らしい姿の反面、急にスイッチが入ったように本を読み始めるし、しかも読んでいた本は――」

 

「スウィフトの"ガリバー旅行記"でしょ?あの時、あんまり意味もわからなくて、ただ言葉を辞書で調べたりしてたんだよね。」

 

「7、8歳の子供が読む本じゃないだろう、普通。」

 

「お兄ちゃんの部屋から本を勝手に取って、勝手に読んでたんだ。……まあ確かに、今思えば普通じゃないよね。」

 

幼少期から一人でいることも多かった舞白。友達がいなかった訳では無いが、基本的に家で本を読むか、習い事の空手に明け暮れるか……幼少期はそのように過ごしていた事が多かった。できるだけ、唯一の肉親である兄と過ごしたかった。幼い頃の自分はそればかり考えていた。

 

「色相も濁りにくかったし、異端児って言葉はある意味ピッタリだね?」

 

"免罪体質"

それを知るのは、常守、霜月、今は亡き槙島のみ。

 

人並外れた、逸脱した洞察力に知力。その能力は素晴らしいものだが、宜野座は幼い頃から、やけに大人びていた舞白を心配していた。

 

「お前は昔から難しい言葉を使うし、やけに本から引用するし、この俺でさえ、会話をするのが難しいと思う瞬間があった。今はあまり思わないが……」

 

宜野座は視線を舞白から外し、体を正面へと向ける。舞白はじっとそんな横顔を見据えると、疑問に思っていたことを口にする。

 

「でも、……どうしてそんな私をずっと気にかけてくれてたの?歳だって離れてるし、ただお兄ちゃんの、親友の妹だからって……」

 

兄の親友。そうなれば、必然的に家にもよく遊びに来るし顔を合わせることは確かに多かった。特に、兄が潜在犯落ちした時から、まるでその代わりと言わんばかりに、どんな時も助けてくれていた。

 

潜在犯落ちしたのは、舞白が13歳の時。中学生という思春期真っ只中の難しい時期にも関わらず、宜野座は決して自分との関わりを絶とうとしなかった。その時は、舞白自身も潜在犯の妹だと周りから疎外され、宜野座を冷たくあしらう事も、生意気な態度を見せたことも、しっかりと記憶していた。

 

 

「正直、あの時期は伸元さんの事が理解できなかった。どんなに冷たくしても、反発しても、暇さえあれば"一緒に晩御飯を食べよう"って。時には監視官ジャケット着たまま現れたこともあるし……」

 

着の身着のまま、食材の入った袋を片手に何度現れたことか。監視官なんて、忙しいに決まってる。でも、それでも、決して、そんな自分を諦めなかったというか……

 

宜野座は顎に手を添え、視線を上に向け、考え込むような様子を見せる。

 

「あの時は……何だろうな。ただ心配だった。当時の狡噛は、お前に顔を合わせられないとかで、面会もしなかったし。潜在犯落ちした親族を持つ親戚達も、聞く話によると、誰もお前を引き取ろうとしなかったって言うしな。」

 

「………」

 

「それに、親父も煩かった。"舞白ちゃんはどうしてる?"だとか。」

 

「そこまで自分の意思は無かった?ってこと?」

 

周りの影響だったのか?と少し不服そうに眉を下げると、その表情に気づいた宜野座は、舞白の頭をポンポンと撫でる。

 

「いいや。そんな事は無い。……俺も、色んな思いがあったさ――」

 

当時を思い出すかのように、微かに視線を落とす。

 

「あの家で独りで、今日も小難しい本を読んでるんだろうな、とか。まともな食事もせず、華奢で細っこい体が折れるんじゃないのか?とか……相変わらず、自分のことより"兄の心配"ばかりして、自分を追い詰めてないだろうか?とか……」

 

「……」

 

「お前は昔から、自分のことより他人のことばかりに重きを置いていた。"自分のせいで、お兄ちゃんは無理してる"なんて、何度聞いたことか……」

 

幼くて、右も左も分からないような少女が、一丁前に他人の心配ばかり。その性格は、結局形成されたまま、今に至る。

 

「俺はあの時から、不思議とお前のことを忘れることは無かった。……独りでいる事の辛さが、どれだけ辛いか分かっていたからな。」

 

独り、孤独。

それは宜野座も経験していたことだった。

だからこそ、見捨てられなかったのかもしれない。

 

「それにお前は昔、"お兄ちゃんとずっと仲良しで、友達でいてほしい"」

って。よく言ってただろ?……だから、シーアンでお前達兄妹に再会した時も、最後に狡噛を殴った時も、その約束を守ろうって決めたんだ。」

 

「……シーアンでの、あの騒動の後……お兄ちゃんと合流した時。頬がやけに腫れてたのは伸元さんのせいだったんだ……」

 

"今、そこに口を挟むところか?"と宜野座が呟くと、舞白の表情に笑顔が戻っていく。

 

まさか、今日こんな何も無い時にその話が聞けるなんて?と半ば嬉しそうな様子を見せる舞白に、宜野座も笑顔を取り戻す。思ってもみなかった相手の言葉たちに、舞白は思わず宜野座の手を握りしめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幸せだね、私。そんなに想ってもらえてたなんて。」

 

舞白の左手の薬指、そして宜野座の右手の薬指に嵌められた指輪をじっと見つめる。

 

 

 

「……"病める時も健やかなる時も"――気づいたら、昔からどんな時でも、傍にいてくれたんだもんね。」

 

「これからも、俺はお前から離れることは無い。どんな時も、何があろうとも、な?」

 

変わらない、自分を見つめるその瞳。柔らかい、陽だまりのような暖かさに、いつも見守られていたんだ。

 

それはきっと、この人だけじゃなくて――

 

 

 

 

「だからこそ、私はこれからも生き続けないとね。もっともっと、叶えたいことも沢山ある。……伸元さんとも、"みんな"とも。」

 

「きっと、咲良ちゃんもそれを願ってる。狡噛も、霜月も、常守も、花城も須郷も……親父も――」

 

"やっと気づいたか"と宜野座は心の中で安堵していた。ギュッとその体を抱きしめる。やけに細いその体は、昔から変わらず、折れそうな程に柔い。でも、間違いなく、目の前の彼女は昔から変わらない少女の姿だった。

 

 

 

 

「"…舞白がいるから頑張れるんだ。"」

 

 

 

昔、舞白に話した言葉を言い換える。

その意味は自分だけではなく、舞白と繋がる仲間たちの言葉でもあると、宜野座は伝えたかった。

 

 

もう、独りじゃないんだ、と

 

 

 

 

 

 

 

「へへへっ……照れちゃう」

 

いつもの呑気な笑い声が宜野座の耳元で響くと、宜野座もつられて笑みを零す。

 

 

 

 

 

「ねえねえ?ニンジンの花言葉、知ってる?」

 

「……また頭を使う話しか?」

 

「後で寝る前にでも調べて見てよ?」

 

「調べたら、お前はニンジンを食べてくれるのか?」

 

 

「絶対食べない。」

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

ニンジンの花の花言葉

 

 

花言葉は"幼い夢" "可憐な心"

 

"あの可憐な花姿が様々な夢を持っていた幼少期を思い出させるから"

 

 

 

"白い"小さな花に蜜をつけ、ふんわりと柔い

 

それはまるで、彼女のように。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。