whiter than white(PSYCHO-PASS) 作:鈴夢
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―――深夜1時過ぎ
外務省本庁 行動課オフィス―――
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六合塚と通話を終えた舞白。モニターに映る様々な情報を無心で読み込んで数時間。さすがに眼精疲労を伴えば、左手指で眉間辺りを掴み、椅子の背もたれに仰け反る。
「((……これだけ読み込んだら仮眠しよ…))」
近々行われる潜入捜査。
その情報達を頭に組み込むことも、その為の体力作りも、特別捜査官の職務だ。それと並行して、ピースブレイカー達の捜査、その他極秘任務の調査。そして、舞白に至っては刑事課一係が追う捜査に関しても密かに追う中……疲労は避けては通れない。
ふとデバイスで時計を確認すれば、日時は変わって深夜。
一昨日のイグナトフ達とのちょっとしたお茶会が大昔のように感じる。
狡噛と宜野座、そして課長の花城は急遽別任務で出島へ。
そして須郷は―――
「少しは休憩もしてください。……これ、よかったら」
「須郷さん。……ありがとうございます」
コトンと、デスクに置かれたのは舞白のピンク色のコーヒーカップ。中に注がれているのは恐らくはハーブティー。鮮やかな赤い色の飲料から放たれる心地よい匂いに、舞白は深い息を吐き出す。
「良い香り……」
「ポリフェノールの一種の"アントシアニン"が多く含まれたハーブティーです。眼精疲労に効果的ですよ。ハイビスカスにローズマリー……甘味を感じる、ステビアも調合されてるので、甘党の舞白さんには調度良いかと」
"アイブライト、ビルベリーも入ってまして……"と続ける須郷に思わず笑みを零す舞白。温かいカップを両手で掴み、くるっと椅子を回転させると、須郷へと体を向ける。
「須郷さんって、本当に何でも物知りですよね?」
「そんな事はないですよ。舞白さんには敵いません。」
須郷は隣の狡噛のデスクの椅子に腰掛けると、背筋をピンッと伸ばし、同じく舞白に向き合う。いつでも、どんな時でもその姿勢を崩さない須郷。彼の生真面目で優しい、穏やかな性格が見て取れる。
"いただきます"とハーブティーに口をつける。体に取り入れた瞬間、じわじわと温かさが体に広がると、一気に溜まっていた疲れが解放されるような感覚になっていく。
「……ふーーー……美味しいです。」
「よかった。数時間微動だにせず、モニターに食いついているのを見てましたから。」
「へへへ……のめり込んじゃうとそうなるんですよね私。だからこうやってすぐに疲れて……自業自得ですよね?」
黒ネクタイをグイッと引っ張り、襟元を緩めると、首をぐるぐると回す。思った以上に固まった体に、小さく息を吐く。
「いいんですよ、それでも。それをフォローするのが周りの人間ですから。」
「須郷さんには、いつもフォローされっぱなしです。監視官補佐だった時も、そうやっていつも助けてくれましたもんね?」
前々から舞白の無茶苦茶な行動に文句一つ口にすることなく、それを唯一、静かにそっとフォローしてくれていたのは須郷だった。狡噛と宜野座、圧倒的存在感を放つ2人に無鉄砲に食いつく舞白。歳でいってもちょうど間に挟まれる須郷にとって、苦労も多いが、意外と心地は悪くないらしい。
6つも歳下の舞白に、日々振り回されながらも、危機迫った時には兄貴肌を見せることが多い。
「そういえば、須郷さんは数時間どこに居たんですか?」
「自分はトレーニングを。そろそろ仮眠しようと思って、シャワーを浴びてこっちに降りてきたんです。」
「……私もトレーニングしなきゃ。最近なまってる気がして……ピンチです。」
あー……と絶望する舞白をよそに、須郷の瞳に炎が燃え上がる。
「お互い、仮眠を終えたら、久しぶりに手合わせしませんか?スパーリングロボ相手ばかりだとつまらなくて……」
「そのスパーリングロボ。私のライフログ使ってますよね?」
人型のトレーニング用のスパーリングロボ。2年前には舞白のデータを悪用された事もあり、あれから記録はあまり取らなくなった舞白。過去にはこまめに自分の体術を記録したデータをほぼ毎日残していた。
「……すみません……いつも利用してます。」
「いや、違うんです!嫌とかじゃなくて……最後に記録したのは半年も前のデータなので、……というか、今よりも強いかもしれませんね、そのログ」
今そのライフログを組み込んだスパーリングロボと勝負したら、負けるかも、なんて考えていた舞白。そんな相手を見据え、須郷はとあることを問いかける。
「にしても、最近記録をなぜ残さないんですか?ハッキング対策?」
「まあ、それも少しはあるかもです。また自分と同じ能力値の相手と戦うなんて嫌ですし。……まあ……あとは……」
「あの時、マメに記録していたのは理由があって。――いつ死んでもいいように、記録を残しておきたいじゃないですか?もし死んでも、スパーリングロボに記録を残していたら良いかな〜……なんて」
その言葉に須郷はある人物を舞白に重ねる。
かつて、国防省に身を置いていた時の自分の上司。国防軍第15統合任務部隊・現地情報収集班隊長"大友逸樹 "。彼も当時同じようなことを口にしていた。
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「いつ死んでもいいように、記録くらい残しておきたいじゃないか?保険みたいなものさ。」
「―――死んだら、このスパーリングロボを俺だと思って慕ってくれ」
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結局、そのロボットが悪用され、後の事件へと繋がったのだが。あの時の大友の様子を、須郷は鮮明に覚えていた。
「縁起が悪いですよ、舞白さん……」
眉を下げ、縁起でもないことを口にする舞白に対して、かつて大友に向けた同じ言葉を放つ。しかし、舞白はふふっと笑みを浮かべると、視線を須郷へと向ける。
「"昔は"ですよ?今は違いますから。そんな簡単に死なないです。だから残す必要も無い。」
"それに、トレーニングはいつでも本物の私とできるじゃないですか?"と言い放つと、ごくごくとハーブティーを飲み干す。そして勢いよく椅子から立ち上がると、体を思いっきり伸ばす。
「よーし!スッキリしたし、もう少し頑張ったら私も仮眠します!」
「でしたら、自分もそれに付き合います。そうしないと、舞白さん、また知らないうちに仮眠もせずにここで倒れている事が目に見えてるので。」
「嫌だな〜須郷さん。そこまで心配しなくてもだいじょ……」
刹那、舞白と須郷のデバイスが同時に鳴り始める。
相手は"花城"
この時間に、しかも2人同時に通信が入るということは―――
「私たち2人でいる時、何でいつも緊急案件が入るんですかね?」
「……縁起悪いですよ。まだ"何か"分かりませんから」
2人は視線を交じ合わせ、同時に花城からの通話に応答する。
「お疲れ様です。宜野座です。」
「須郷です。」
『ちょうど良かったわ。2人ともオフィスにいるのね』
デバイスに浮かび上がる花城の通話映像。花城も同じく、こんな時間まで捜査をしていたらしい。背後の景色は路地裏のような所が映し出される。
『2人ともよく聞いてちょうだい。……たった今、情報が入ったの。ピースブレイカーの白髪の2人組。茗荷谷廃棄区画付近に現れたみたいよ。』
花城から転送された映像に白髪の人物がハッキリと映し出されていた。茗荷谷付近にいることは間違いない。街灯スキャナーは反応しないのだろうか?不思議な現象に、2人は眉を顰める。
「確か、数日前には足立区の廃棄区画……でしたよね?そこから足取りが掴めなくて、まさか今度は"茗荷谷"」
タイムリーすぎる。
茗荷谷は一係が捜査に重きを置いていた区間。怪しい匂いがプンプンしていた。
『残念だけど、私も狡噛も宜野座も直ぐには戻れない。何とか、2人の足取りを追って欲しいの。彼らの背後にいる、"何者か"』
様々な捜査の結果、ピースブレイカーの2人は国内の人間と関係を持っている可能性が高いと浮上した。戦闘能力に長けた傭兵の2人を、何者かが利用する……予測していた最悪の事態が、本当に起こってしまっていたのだ。
『戦闘は避けて。国内の廃棄区画内となれば、無闇に銃火器や危険物を使われたらたまったもんじゃないわ。……あくまでもその2人を見つけて、拠点でも、手引きしている人間でも、とにかくなんでもいいから、手がかりを探る事を優先しなさい。』
「了解です。すぐに舞白さんと現場に向かいます。」
舞白はネクタイを締め直し、スーツジャケットを羽織れば、外務省のレイドジャケットを手に取る。
そして、不意にボソッと呟いてしまう。
「……茗荷谷なんて……タイムリー」
舞白の小さな呟きに、花城は疑問符を浮かべる。
「タイムリー?舞白、茗荷谷なんて、何か調べてるの?」
「あっ、いえ!なんでもないです。……とにかく!須郷さんと直ぐに向かいますね?」
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―――茗荷谷 廃棄区画
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「……噂の通り。茗荷谷廃棄区画は特殊ですね。」
「ここは他と違ってコミュニティも変わってます。地下には違法な格闘場もありますし、……ほら、あの人とか、風貌からして元アスリートですよ」
深夜にも関わらず、ガヤガヤと活気溢れる廃棄区画。そして、道の傍らに、スーツ姿のガタイのいい男達が至るところで佇んでいた。まるで部外者を見張るかのように、向けられる視線は鋭い。
「元アスリート?」
「はい。ここを仕切ってる悪党が、元プロアスリートなんです。色相悪化したアスリート達を、矯正施設に送り込まれる前にスカウトして、ここで管理してる……なんて話もあるんですよ。」
スタスタと前を歩く舞白をじっと見据える須郷。まるでこの場所に慣れている様子の相手に疑問を投げかける。
「詳しいんですね、舞白さん。何度か訪れたことが?」
「はい、結構前ですけどね?ちょっと調べたいことがあって、ここには通ったことがあるんです。」
スーツ姿の見慣れない2人組。外務省ジャケットは悪い意味でも目を引き兼ねないと、車に置いてきたものの、先程から突き刺すような視線が増えるのを感じる。
そして目の前に現れたのはこの廃棄区画内でも有名な高層ビル。この地下に闘技場があることも、榎宮の住処である事も知っていた。
「……この先に足を踏み入れたら、さすがに面倒です。こっちに回りましょう。」
「了解」
2人は人気がない路地裏へと足を踏み入れて行く―――
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ポタッ―――ポタッ―――
建造物に這うように取り付けられた、もはや意味を成さない錆びたパイプから、汚染された水滴がポタポタと滴る。いかにも"非合法な雰囲気"が漂うこの場所。
今にでも崩れそうな廃墟ビルたち。廃棄区画内でも、さらに見放されたこの場所では、生きてるのか死んでるのか分からない人達が項垂れ、地面に転がっていた。
その間を縫うように歩く2人。泥濘の地面を踏む度に、グチャグチャと嫌な音を鳴らす。
深夜の月明かり、そして古びた街灯のみが頼りの綱。不気味すぎるこの場所は、もはや平和を謳う日本の姿には見えない。この場所なら、"あの2人"も浮かずに移動ができるだろう。
「舞白さん。状況整理も兼ねて、そこのビルに入りましょう。」
「はい。」
須郷は、傍らの廃ビルを指差すと、2人は陰に身を隠す。
足跡、聞き込み、環境音によるサーチ―――
恐らく、彼らはこの辺りに居るはずだと、2人は警戒を強める。
舞白はしゃがみ込むと、建物の隙間から辺りを見回す。まるで、かつて彷徨っていた世界のスラム地域のような景色に、眉を顰める。
「廃棄区画……、なぜ日本はこの場所をこのままにしてるんでしょうか?」
舞白の呟きに、須郷も周辺を警戒しつつ、口を開く。
「廃棄区画は、復興が難しいという理由で放置されたという話があります。……しかし、それは建前に過ぎない。あえてそうしてると言っても過言ではありません。」
舞白の視線の先に、ぬかるんだ地面に寝転ぶ年配男性が映る。そして須郷の台詞に、舞白自身の考えを口にした。
「国全体のコストカットと、この場所以外で暮らす人々の心の余裕のために、自発的に生じたセーフティーネット……。予測できない犯罪の複雑系をスラム型の隔離地域にパッケージリングして、監視しやすくした……って事ですよね。」
「相変わらず、まとめるのが上手いですね?……言うなれば、この廃棄区画そのものがメンタルケアの一環のようなもの。……その気になれば、シビュラシステムがこの場所を潰すことは可能なはずです。」
「……ここはゴミ捨て場じゃない……。結局、日本も同じなんです。世界紛争を免れた唯一の平和な国、そんなの嘘ばかりですよ。」
舞白はゆっくりと立ち上がると、隣の須郷に視線を向ける。"ごもっともだ"と、須郷も内心思うと、舞白と視線を合わせる。
「さてと……場所を変えて……ッ……」
「!?」
場所を移動しようと、舞白が1歩踏み出した瞬間。何かを察した須郷は、咄嗟に舞白の口元を手で覆い、背後の壁へと身を隠すように押し込む。
「……ッ……?」
「……静かに―――」
須郷の大きな体に、まるっと覆われるように隠された舞白。密着する相手の体から、心拍音が微かに耳を叩く。
「誰か来ます……少しこのまま……様子を……」
口を覆っていた須郷の手がパッと離される。
刹那、静かな空間に人の声が飛び込む。
「――――――っ―――」
聞き覚えのある人物の声。
おそらくは白髪の2人組だろう。
……そしてあと1人、聞いた事のない男の声―――
須郷の脇の隙間から微かに先をじっと見るも、暗くてよく見えない。数十m先に人影が見えるのを把握すれば、舞白はトントンと須郷の腰あたりを叩く。すると須郷は舞白へと視線を落とす。
「……((少しだけ近づきます))」
指でサインを送ると、小さく頷く須郷。
須郷は壁に付けていた両手をゆっくりと解放すると、舞白は須郷の体をすり抜け、その場にしゃがみ込む。
自分たちが居るのは廃棄ビルの片隅。ガラスを失った窓枠へと近づくと、音を立てずに立ち上がり、外へと視線を向ける。
「((白髪の2人組……、向かいにいるのは…誰?))」
闇に光る白髪。それは間違いなく、あの老婆と老爺。だが、肝心の向かいにいる人物の姿が一切見えない。何か会話をしているのは間違いない。しかし、距離が離れている事もあり、内容を聞き取ることも出来ず、もどかしい気持ちが込み上げる。
「((誰かがあの2人を手引きしてる事はこれで確証が得られた。…あとはその相手…))」
舞白は一か八か、手元のデバイスを使い、環境音録音を始める―――
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「―――いいだろう。これで取引は成立だ―――」
男は目の前の2人をじっと見据え、握手を交わそうと手を差し出す。
「馴れ合うつもりはない。」
「冷たいなあ。……せっかく色々と手筈を整えてあげたのに……」
「話はここまでだ。我々も無駄な戦闘は避けたい。……ジャックドー、行くぞ」
白髪の2人組。
ヴィクスン、ジャックドー
その向かいに佇む男。
その男は不敵な笑みを浮かべると、突如、片耳に嵌めていたイヤホンから警告を知らせる女の声が鼓膜を叩く。
『おい梓澤。そこから20m圏内に妙な信号をキャッチした。離れた方がいい。そのまま後ろに、来た道を戻れ。』
「…………了解、小畑ちゃん」
梓澤はゆっくりと後退する。
その様子を察した白髪の2人組は視線を合わせると、同じく辺りを警戒する。
「じゃあ、あとは作戦通り頼むよ。
君たちは、君たちの仕事を成してくれ。」
そのまま梓澤は来た道を戻るように駆け抜ける―――
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