whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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秋霖の宴

 

 

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―――同日 午後19時過ぎ

茗荷谷廃棄区画―――

 

 

 

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都知事選の開票が始まり、茗荷谷のスラム街も一際盛り上がりを見せていた。錆びれたネオンが犇めくスラムの繁華街。どの店舗も、その中継映像が映し出されていた―――

 

 

 

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とある居酒屋。

怪しい路地裏に構えられた小さなその酒場に、ぞろぞろとスーツを着た集団が現れる。

 

 

 

 

「うわぁ〜、初めてです。こういうお店♪」

「……本当に大丈夫なのか?」

 

目をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべているのは公安局刑事課一係の監視官、慎導灼。

そしてその横で怪しげな店を睨みつける、同じく監視官のイグナトフ。

 

「何言ってんすか〜イグナトフ監視官。ここは"隠れた銘店"。飯が美味いだけじゃなくて、情報屋もよく出入りしてる穴場なんスよ?」

 

ズカズカと2人の監視官の間を割いてはゆらゆらと揺れる暖簾に触れ、いかにこの店が凄いかを語り始める入江。そんな3人の姿を後ろから眺めるのは廿六木、如月、雛河―――

 

「ここらじゃ一番古い店だろう?大昔からあるって聞いたことはあるぞ」

 

「……課長、あとから来るって行ってたけど、引き返すんじゃない?というか、そもそも本当に来るかも分からないし。」

 

「………………確かに…」

 

"和来路"と記された木製の古びた看板、そしてシミだらけの暖簾。恐らく何十年も店を構えているのだろう、店自体もかなり古く、それなりの衝撃が加われば簡単に潰れてしまいそうな建造物。

しかし、良く見れば味のある佇まいに、入江は勿論、慎導も惹かれるものがあった。

 

 

 

「ここのオーナーには話つけて貸切にしてますよー。それに、情報屋の溜まり場で口は堅いし、金払えば何かしら情報は引き出せる超穴場スポットッスから。……ほらほら〜好き放題飲みまくりましょう?課長の奢りですし―――」

 

 

久しぶりの宴だと言わんばかりにハイテンションの入江。入口の引き戸に手をかけると思い切り戸を開く。

 

 

 

「おやっさ〜〜ん!久しぶ―――」

 

ガバッ!っと右手を振り上げ、カウンターで調理をする60代のオーナーこと"おやっさん"に視線を向ける。しかし、微かに視界の片隅に映り込む座敷に座る人物たちを見るや否や、目を見開く。

 

 

 

 

「……は、……な、な、なんでアンタ達が!?」

 

体を固め、素っ頓狂な声を上げる入江。

そんな異変に首を傾げる慎導は、暖簾を捲り、入江の傍らからひょこっと顔を出す。入江が動揺している理由を察せば、慎導はその反面、満面な笑みを浮かべていた。

 

 

「おぉっ!これはこれは、外務省行動課の皆さんじゃないですか〜」

 

"こんばんは〜"と呑気にヘラヘラと表情を緩ませる。そして"外務省行動課"というワードを耳にしたイグナトフ達はギョッとした様子を見せる。

 

 

「あら?奇遇ね?」

 

座敷席の最奥から生ビールジョッキを片手にニコニコと笑顔を向けるのは花城。その隣の狡噛はじっと視線を向けるのみ。そして2人の向かいに座る宜野座、舞白、須郷は驚いた様子で暖簾を潜った入江と慎導を見据えていた。

 

 

「……おやっさん、……もしかして"コレ"積まれたのか?」

 

入江は陽気なオーナーに対し、手元でお金を表すジェスチャーを見せれば、"冗談じゃねぇぞ……"と呟く。

確かに、情報交換の場でも有名なこの店に、奴らがいてもおかしくは無いが…貸切にしたはずだと眉を顰める。

 

 

「いや〜、外務省の方々って言うもんだから、情報交換も兼ねて、まさか一緒に打ち上げ……」

 

「ンなことある訳ねーだろ!……ったくよ……」

 

呑気なオーナーに盛大なため息を漏らせば、入江は外で待機するイグナトフ達に声をかけ、入るようにと促す。そして慎導は特に気にする様子もなく、ニコニコと人懐っこい子犬のような満面の笑みを浮かべ、5人の座敷席へと歩み寄る。

 

 

「まさか…こんな所でお会い出来るなんて。皆さんも飲み会ですか?」

 

「まあ、そんな所だな。」

 

宜野座はくるっと振り向くと、片膝を立てる。その隣の舞白も同じく体ごと慎導に向くと軽く会釈をする。

 

「お久しぶりです。慎導灼……監視官?」

 

「へへっ、どーも。

あ!そういえば、うちの課長もあと少しで来るんです。"お友達"ですよね?」

 

「え!そうなんですね?楽しみだな〜」

 

舞白も慎導と同じように"へへへっ"と嬉しそうに笑みを浮かべる。そしてふと、外務省組が飲んでいる隣の卓に視線を向けると、今度は花城に視線を向け、とある提案をすることに。

 

 

「お隣の卓、お邪魔してもいいですか?せっかくなんだし、親睦も兼ねて―――」

「おい!お前は阿呆か!なんで歓迎会に外務省と……」

 

 

間髪入れず、そんな慎導の隣に現れたのは黒いコートを羽織ったイグナトフ。突拍子のない相棒のセリフに呆気に取られると、すぐさま鋭いツッコミを入れる。外務省行動課……ともかく、目の前でニヤニヤと微かに笑みを浮かべている宜野座夫婦に対し、"うっ"と声を漏らす。

 

 

「別にいいじゃんかー、炯。

貸切状態で、席は空いてるんだし。こんなこと滅多に無いよ?」

 

「いや……だからってお前―――」

 

むむむー、と口を尖らせる慎導にため息を漏らすイグナトフ。そしてその背後で呆れ顔の執行官達。

しかしその時、意外な人物が声を上げる。

 

 

「……いいんじゃないですか?……楽しそう…ですし……」

 

入江でもなく廿六木でもなければ、如月でもない。店の入口付近で、どことなく気まずそうに声を上げたのは雛河。珍しい人物の呟きに、慎導はニッコリと笑みを向けると、再び5人に視線を向ける。

 

 

「―――という訳で、いいですか?外務省行動課の皆さん?」

 

 

花城を含め、ほかの4人も嫌な顔をする訳がなかった。タバコを片手に、静かに酒を飲む狡噛。その向かいの3人も視線を向け合えば笑みを零す。

 

 

「ええ。勿論よ?」

 

花城は口元をほころばせる。

喜ぶ慎導、そして硬い表情で戸惑う様子のイグナトフ。雛河を除く執行官3人組は思わず顔を見合せていた。

 

 

「おいおい、マジかよ。あの時コテンパンにやられた"あんちゃん達"と1杯やるってか?」

 

「天さん……マジでこの監視官達、頭のネジ外れてるぜ?な?真緒ちゃん……」

 

「霜月課長が来たら、なんて説明するのよ……」

 

 

"仕方なく"座敷席へと腰を下ろす。

とくに、入江と廿六木にとっては天敵と言っていい人物が3人も目の前にいるのだ。狡噛、宜野座、舞白―――

空港、そしてホテルでの出来事が一気に脳内に駆け巡ると、メラメラと闘志を燃やすのは入江だった。

 

 

 

「天さん。こうなりゃ……この場でアイツらをぶっ潰してやろうぜ?」

 

「やられっぱなしじゃ、俺達も黙っていられねぇな?」

 

「ちょっと……2人とも何考えてんのよ。変なことはしないでよね。」

 

「((……絶対……楽しい))」

 

何やら、怪しい動きをする執行官2人。それを鎮める如月と表情は変えずとも、頭の中では楽しくて仕方ない雛河の姿。

 

早速、呑気に行動課のメンバーと語らう慎導。その傍らで頭を抱えるイグナトフ。

 

「……((ろくな歓迎会になるわけが無い……))」

 

 

 

そんな様子を感じ取っていた舞白。

パクッとだし巻き玉子を口に含めば、この状況を楽しむかのように妖しげな笑みを浮かべていた―――

 

 

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―――20分後―――

 

 

 

 

 

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「だぁからよお!……俺たちは……!……あんたらみたいな"ツラ良し集団"みてぇなのが一番嫌……」

 

「入江!飲むペースを考えろ―――」

 

 

 

たった数十分でベロンベロンに酔いが回っていたのは入江だった。必死にイグナトフが止めに入るも聞く様子は無い。何ふり構わず、日本酒の酒瓶を競うように注文すると、あっという間に呑まれたのであった。同じ量を飲めと言われた狡噛と宜野座、そして須郷は入江の酔いっぷりに嘲笑う様子を見せる。

 

 

「空きっ腹に日本酒なんて飲むからだ。配分も考えろ。」

「……狡噛の言う通りだ……」

「…………ですね……」

 

いくら飲んでも顔色ひとつ変えない狡噛。全く酔っていない様子の傍らで、宜野座は微かに頬を赤らめ、須郷は既に70%は酔いが回っているような様子を見せる。

 

 

「ちょっと、須郷さんも伸元さんも……」

「…全く、明日使い物にならなかったら承知しないわよ?」

 

舞白は両隣りの2人の背中を擦り呆れ顔を浮かべていた。対し、花城も腕を組み、そんな2人に忠告する。だが、いつもはなかなか息抜きができない部下たちの姿に満足そうな笑みを浮かべるのであった。

 

 

「問題ない」

「問題…ありません」

 

"2人ともしっかりしてー"と水を差し出すと、頭にネクタイを巻き付けた入江がイグナトフの制止を払い除け、舞白と須郷の間に割り込む。そしてグイッと舞白の顔を覗き込むと、酒に手をつけていない舞白をじっと見据える。

 

 

「……あんだよ……あんた飲まねぇのか……?」

「今日は制御しないといけないんです。」

「ははーん……さては、本当は弱ぇんだろ?」

「まさか。私、お兄ちゃんの妹ですよ?」

 

向かいの兄に視線を向けると余裕そうに口元に弧を描く狡噛。そして、妹の舞白も似たような表情を浮かべると、入江は悔しそうに眉を顰める。

 

「おうおうおう……そーなりゃ、あんたの兄貴をとことん潰してやるぜー…………おやっさん!!2本追加だ!」

 

「おい!お前、舞白から離れろ、手を掴むな!顔も近い!」

「……舞白さんに……さわ……」

 

宜野座はまるで鬼の形相の如く入江の肩を掴む。そして須郷も酔っ払いながらも必死に入江の行動を制止していた。

 

「うるへーー!」

 

酔っ払いに囲まれる舞白。

ふと狡噛に視線を向けると"ここから離れろ"と言わんばかりの視線を向けられる。クスクスと可笑しそうに笑えば、舞白は自分のグラスを手に取ると行動課の卓から離れ、隣の一係の座敷へと向かう。

 

 

「お邪魔します。」

 

ペコッと頭を下げ、入江が座っていた座布団に腰を下ろすとニッコリと笑みを浮かべる。左隣には慎導、右隣には廿六木、そして向かいにはイグナトフ、如月、雛河の姿があった。

 

「ようこそ〜、一係へ」

「悪いな。うちの騒がしいのが絡んで……」

 

もぐもぐと唐揚げを頬張る慎導に、静かに酒を嗜むイグナトフ。舞白はなんの気にもしていないキョトンとした顔で口を開く。

 

「いえいえ。すっごく盛り上がってるみたいだし、楽しいならいいんですよ?私もこうやって皆さんとおしゃべり出来るなんて。」

 

持ってきたグラスに口を付けると小さく息を吐く。賑やかなこの空間に居心地良さを感じていると、目の前の如月が器を差し出す。

 

「ちょうど鍋も煮えてるので、良かったら食べてください。」

「――え?いいんですか?」

 

渡された器には鍋の具材がたっぷりと盛られていた。出汁のいい香りが立ち込めると、"有難く頂きます"と礼を口にする。

 

「霜月課長の奢りですから〜♪食べてくださいよ」

「……灼……」

「この唐揚げも絶品ですよ!……というか、先に来てたから食べてますよね?」

 

相変わらずの呑気ぶりにイグナトフは"また"ため息を零していた。分け隔てなく関わりを持つことは慎導の良いところではあるが、相手が相手だ。まだ謎の多い舞白を相手に、"距離感が近すぎるだろう"と内心考えていたのであった。

 

「しっかし……本当に不思議だな。普通のお嬢さんなのに……」

 

廿六木は舞白の無邪気な様子に不思議がっていた。経歴はこの前掴んでいたが、やはりどう見ても今目の前にいる少女は普通の子なのだ。霜月と慎導、イグナトフと同い歳だとは分かっているものの、圧倒的に幼く見えてしまう。

 

「普通のお嬢さんですよ?普通の」

 

うーーーん、と廿六木は顔を覗き込む。入江を簡単に捩じ伏せ、そしてホテルでの襲撃にも臆することなく立ち向かった少女とは思えない。そして顎に手を添えると、隣の卓の狡噛にもチラッと視線を向けていた。

 

「……さすが兄妹だな、目なんかそっくりじゃねぇか。…あと、あの六合塚っていうジャーナリストにも似てるな?」

「確かに〜!!廿六木さん、よく気づきましたね?俺もなんとなーく、誰かに似てるな〜なんて考えてたんですよ。」

 

きゅるんとした幼げな慎導の瞳も目の前に現れるとなんだか恥ずかしい気分に。自身の前髪に手を伸ばせば"そうかなあ?"なんて呟いてみる。そして"六合塚"というワードに反応を示す素振りを見せてみる。

 

「六合塚……って、六合塚弥生さんの事ですか?面識が?」

 

「助っ人で来てくれたんですよ。霜月課長の計らいで♪」

 

「へぇ〜、そうだったんですね?」

 

六合塚が一係の調査に介入していることは勿論把握済。そもそも発端は舞白だ。しかし、ここでその事を口にするのはご法度だ。外務省の自分が刑事課一係に絡んでいたとなれば、それはそれで面倒だと分かっていた。

 

それに、これ以上彼らと変に関わりすぎる事は危険だ。ふと今朝の出来事を脳裏に思い出すと、一瞬表情が強ばる。慎導はそんな表情に瞬時に気がつくも、温和な表情を変えることは無い。咄嗟に話を変えていく。

 

 

 

「――本当なら唐之杜分析官も六合塚さんも、この歓迎会に来るはずだったんですけど…」

 

「2人でゆっくり飲みたい。そうですよね?恐らく……」

 

2人で仲睦まじく飲んでいる姿が目に浮かぶ。"ふふふっ"と笑みを浮かべ、梅酒の入ったロックグラスに口を付けると、隣の廿六木がふと気にかけていたことを口にする。

 

「なあ、あのふたりって……やっぱ"そういう関係"なのか?あんた知ってんだろ?元一係なんだし。」

「それ、私も気になってました。あのふたりの空気感というか……雰囲気が……」

 

如月も気になっていたのか、目の前の舞白に問いかける。しかし、舞白は小さく笑みを零すのみ。

 

「それはご想像にお任せします、ってやつですかね?」

 

"しー"っと口元に指を当て、二人の関係性をはぐらかす。はぐらかされると余計気になる、なんて考えていると入江のさらに酔っ払った呑気な声が廿六木に向けられた。

 

 

「おぉおい天さ〜ん!!!…こっちで潰し合いしてくらさいよおーーー!!まだいけるぜーーーー―」

 

テーブルに突っ伏す須郷の肩に手を回し、ゆらゆらと酒瓶を揺らす入江。相変わらず顔色を変えない狡噛に、呆れ顔の花城。少し制御しているのか、先程より酔いが覚めた様子の宜野座の姿が視線の先に映り込む。

 

 

「……ったく、入江の野郎……。これ以上外務省様に迷惑もかけらんねーし、ちいと行ってくるわ。」

 

「よろしくお願いします、廿六木さん♪」

「……お前こそ潰されるなよ。」

 

やれやれ、とその場から立ち上がり隣の卓へと向かう廿六木。果たして、廿六木が向かったことが吉と出るか凶と出るか……

 

そんな廿六木を見送ると、舞白はもぐもぐと如月がよそってくれた鍋の具を食べ進める。すると、今の今まであまり声を上げなかった雛河が口を開く。

 

「……舞白さん、相変わらず……すごい食べっぷりですね。」

 

「お酒があると、余計に食べ物もすごく進みますね。まあ…日々トレーニングもしてるのでプラマイゼロですよ。」

 

酒は控えているものの、相変わらずの食べっぷり。細い体の線からは想像できないほどの食欲に、慎導も驚きの視線を向けていた。イグナトフはつい先日、彼女の大食らいさには気づいていたものの"その体のどこに……"なんて内心考えていたのであった。

 

「外務省行動課……一体どんなトレーニングをしてるんだ?」

「うーん…実際、公安局の時とそんなに変わらないです。……違いと言えば、容赦ないお兄ちゃんが相手になるくらいですかね?」

 

「……この前、イグナトフ監視官。宜野座舞白さんのスパーリングロボデータ使ってトレーニングしてましたよね?」

「―――如月……いつそれを―――」

 

あっという間に空気に馴染む舞白。元々知り合いでもある雛河、そしてイグナトフ、如月とも他愛のない話しをしている様子を、隣の慎導は片肘を立て、ぼーっと見すえていた。

 

 

屈託のない、一切の曇りもない舞白の柔らかな笑顔。動く瞳、穏やかな口元、そして左首の痛ましい傷―――

 

空白期間だらけの経歴、彼女が関わった事件、過去に起きた事。記録ゼロの犯罪係数、色相……

 

今までの彼女の"顔"を観察したものの、やはり分からない

 

 

 

 

 

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―――視えない

でも、……なんだろうか

 

 

 

彼女の背後にいるのは―――

白い―――

 

 

―――白髪の……あれは誰―――

 

 

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「……おい、……おい!灼!」

 

「―――ん……はっ……」

 

ぼーっと半分気を失いかけていた慎導を呼び覚ますイグナトフ。向かい側から肩を揺らされれば、慎導の瞳に光が戻っていく。雛河と如月にとっては見慣れた光景。しかし、舞白は初めてのその姿に首を傾げる。

 

 

「大丈夫ですか?」

「……ちょっとぼーっとしちゃって、すみません―――」

 

後頭部に手を回し、呑気にへへへっと笑う慎導。しかし、目の前のイグナトフは眉を顰め、小さくため息を漏らしていた。

 

「((……こんな時に…何故潜るんだ……))」

 

どう見ても視線の先には舞白が居た。慎導は"何故か"舞白をトレースしたのだ。

 

 

 

「舞白さんは……人間、ですよね?」

 

突拍子もない突然の慎導の台詞に"?"の表情を浮かべる。そして何を言っているんだと言わんばかりの3人。舞白はどう見ても人間だ。どこをどう見ても、普通の―――

 

「人間ですよ?……ほら、どっからどう見ても人間……、あー……右手は義手ですけど」

 

"ね?"と右手を差し出すと、革の手袋を外し慎導の右手にそっと触れる。

 

ひんやりとした、硬い鉄の感触を感じると、思わず慎導は笑みを零す。舞白はその様子に呆気に取られるも、慎導が言い放った言葉の意味を察すると、同じく笑みを零す。

 

 

「私の顔、じーっと見てるから、なんだと思ったら……表情と動作を観察しましたね?」

「へへへ〜、バレてましたか?」

「心理学的見地からの優れた洞察力。慎導さん程じゃないですけど、私も得意なんです。」

 

"状況・推理・統計を基にした、練習すれば誰にでもできる技術"、即ち特A級のメンタリストの能力。しかし、執行対象者になりきるということ簡単に行う慎導ほどのチート能力を舞白は持ち合わせてはいないものの、近い能力はある。

 

 

他人の表情や動作を見るだけで思考を推測する能力。優れた洞察力。そして高い共感能力。しかしそれは同時に精神を潜在犯に近づけるという事と同等の作用を持っているのは勿論のこと、下手をすれば色相は致命的に濁るだろう。

 

舞白はふとイグナトフに視線を向ける。

恐らくは、彼が"手綱"を握っている。彼が堕ちないように―――

 

 

 

「慎導監視官って、ふわふわしてて、可愛い声もしてるのに……怖い人ですね?」

「それはこちらの台詞ですよ?舞白さんこそ―――」

 

 

刹那、店の一角に置かれたテレビモニターからやけに明るく、意気揚々とした男性の声が響き渡る。

 

『いよいよ、波乱の都知事選に決着です!もう間もなく集計結果が発表されます!』

 

モニターに映る2人の都知事候補。

小宮カリナ

薬師寺・ヘラクレス・康介

 

ついに開票結果が発表されるらしい。

 

 

騒がしかった隣の卓も一瞬静まると、全員がモニターに視線を向けていた。大都市東京を担う都知事。開国政策を始めて間もない日本国、数々の問題が予想される中での都知事選は、それほど重要なものだった。

 

 

「灼。投票はしたのか?」

「した。だけど秘密〜」

 

一気に話の視点が都知事選に切り替わる。すると、隣で暴れていた入江が突然慎導の元へと戻ってくると、肩に腕を回し込む。

 

 

「ケチケチしてねえで言えよ!執行官には選挙権なんてねえんですからあ………うらやましいですよお!投票……」

 

「入江さん、お酒臭っ!!ていうか、廿六木さん――」

 

助けに行ったはずの廿六木は予想通り飲み潰れ始めていた。須郷と宜野座の間で酒を啜る姿が目に入る。

すると、モニター画面から再び速報音が流れるとMC風の男性の声が興奮気味に響いていた。

 

 

 

『当選結果の発表です!―――小宮カリナ候補!当選です!』

 

モニターに小宮カリナの事務所が映し出されると、秘書官たちや仲間たちと抱き合う小宮の姿が現れる。しかしその反面、薬師寺陣営たちが映し出されると、まるでお通夜のように暗い雰囲気が漂っていた。

 

 

「へぇ〜、小宮カリナが当選。」

「薬師寺康介は"金メダル"に届かなかった。」

「まあ……予想通り……だな。」

「…………です、ね……」

 

花城、狡噛、宜野座、須郷。

4人はそれぞれ"分かりきっていたけど"と言わんばかりの様子だった。

 

 

『既に投票数で、小宮カリナ候補が5%リード。これに色相補正を加え、薬師寺候補は逆転不能となりました―――それにより、薬師寺候補は色相優遇措置が解除。公安局内に一時拘置されるもようです。』

 

元々、都知事には向いていないとシビュラから判定を食らっていた薬師寺。色相補正も加われば、負けは確実だった。

 

 

「え〜?うちに来んのかよー……」

 

「社会的影響が大きい人物だからな。……まあ、俺達には関係ない。」

 

廿六木の呟きに、容赦ない宜野座の言葉。"せいぜい頑張るんだな"なんて好い面の男に呟かれると、廿六木は不服そうに眉を顰めていた。

 

 

「隔離的カウンセリングと集中治療。でも、それで犯罪係数が好転しないなら…」

 

「施設行きだあ……さらば!ヘラクレス!」

 

「ちょっと!入江さん!!お酒臭いってば!!」

 

慎導に勢いよく抱きつく入江から、プンプンと酒の臭いが漂う。その隣の舞白にさえもその臭いはハッキリと鼻をつついていた。

 

 

「予想より大差が着いたわね?AI使用問題は国民から黙認されたも同然……。マカリナがバレても問題なし。みんな細かいことは気にしないのね」

 

「……うん。……みたいですね。」

 

如月と雛河は予想以上の標数の差に正直驚いていた。昨日、あのホールで起こった事件。直でそれに関わった一係からしてみれば、その票数に意外性を感じる。

 

 

 

『とても嬉しいです!応援してくれたみんな、ありがとう!ライブや連続ドラマみたいに、楽しい政治をやっていきます!―――』

 

モニターに映る小宮の姿。

満面の笑みを浮かべるその姿は、まさにアイドルそのもの。ファンにはたまらない、そんな彼女の姿。舞白は嬉しさに動かされて反射的に微笑むのであった。

 

 

「やっぱり、当選はカリナか〜、嬉しい。」

「そういえば、舞白さんは小宮カリナの大ファンですよね?」

「めちゃくちゃ大ファンですよー!」

 

入江に抱きつかれたままの慎導は、舞白の発言に思い出したかのように言葉を放つ。

 

「小宮候補、話してましたよ?舞白さんの事。」

「そーそー!!俺も聞いたぜえ〜、銀髪のなんとか〜ってよお」

 

突然の2人の発言に、目をぱちくりとさせる。

 

「捜査で、小宮候補と話す機会があったんですけど。まだ新人の時、ある討論会で、"銀髪の女の子の刑事さん"にって。……確か、ブローチがどーのとか…」

 

"まだ戻ってきてないって"、と慎導が言葉を放つと舞白は口元に両手を添えると、ふるふると震えていた。

 

 

「ブローチ……舞白さん知りませ―――」

「嘘…、覚えててくれてるなんて……」

 

ブローチはともかく、自分を覚えてくれていたことに感動する舞白。2年前、ホールで身体検査をして、VXガスが仕込まれていたアザミの花のブローチ。そして銀髪の刑事さんなんて……自分しかいるはずがない。

 

ワナワナと嬉しさに浸る舞白を他所に、イグナトフは自身のカバンからとあるものを取り出すと、舞白に向けて手渡す。

 

 

 

 

「言われていた"サイン"

……ほら、受け取れ」

 

口元を覆っていた両手をイグナトフに向け、サイン色紙を受け取る。そこに記された小宮カリナのサイン。アイドルらしいまん丸としたサインに、"応援ありがとう!"とコメントも添えられていた。

 

「これで俺とあなたの貸し借りは無しだ。……いいな?」

「墓場まで持っていきますとも、イグナトフ監視官。」

 

ピシッとイグナトフに向けて敬礼をすると、ニヤッと口元に弧を描く。その2人の様子に、慎導と入江が口を挟む。

 

「ねーねー、炯。舞白さんと何をやり取りしてたのー?」

「おいおいおいおい!人妻相手によお……イグナトフ監視官も嫁さんがいるっていうのによお………」

 

"あーやーしーいー"と息ピッタリでグイグイとイグナトフに迫る2人組。そしてそれを聞き付けた地獄耳の宜野座もそんなイグナトフに詰め寄る。

 

「……おい、何の話だ。お前舞白に……」

「いや!待て!誤解だ!俺は弱みを―――」

 

 

 

ワーワーと騒ぎ立てる一同。

すると、店の入口から人の気配を感じると、全員の視線がそこへと向けられる。

 

 

 

 

 

 

「……なんで……なんで?外務省行動課―――」

 

暖簾を潜った先に、まさかの人物達。

霜月は驚きのあまり、棒のように突っ立ったまま体を固まらせていた。最奥で静かに酒を飲む狡噛と"いけ好かない金髪"。その前で項垂れる須郷に、廿六木。何故かいがみ合っている部下のイグナトフと宜野座。頭にネクタイを巻いて顔を真っ赤にした入江に、相変わらず呑気そうな慎導。至っていつも通りの如月と雛河に、そして―――

 

 

 

 

 

 

「あ!!美佳ちゃん!!お疲れ様〜!!」

 

"よっ!"と右手を挙げる親友の姿。

あまりにもカオスすぎる状況に、体がワナワナと震え始める。その様子に直感的にヤバいと感じた一係全員も体を強ばらせる―――

 

 

「慎導監視官、イグナトフ監視官!!説明を求めます!!」

 

 

鬼の形相の如く、室内に霜月の声が響き渡る。震え上がる一係全員をよそに、舞白は呑気に微笑んでいた。

 

 

 

 

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「宜野座さん、麻酔銃ありませんか?もしくは睡眠薬とか、即効性のあるやつ」

「……ある訳が無いだろう。」

「美佳ちゃん……酷い!久しぶりに会えたのに〜」

「ベタベタしない!暑いのよ!」

 

霜月の左腕に抱きつく舞白。

その姿をいつものように覚めた視線で見下ろすも、内心久しぶりに再会できたことを霜月は喜んでいた。

 

 

「…ねぇ、炯。霜月課長って本当は"普通の女の子"なんだね?」

「……お前な…」

 

昼間の"腹黒タヌキ"発言なり、所々容赦なく毒を吐く慎導にため息を漏らす。

 

 

 

霜月が現れて数十分後。

相変わらず、入江、廿六木、須郷、狡噛は隣の卓で飲んでおり、そこに雛河も連れていかれるという、かなりアウェイな状況。

そして元々一係の卓には、花城と宜野座が合流し、隣とは大違いの落ち着いた空間となっていた。

 

 

「ていうか、あんた薬飲んでるんでしょ?……それ、アルコールなしよね?」

「……梅酒をうすーーーく水割りにしてもらってるから大丈夫だよ。それにこれが最後の1杯――」

「もうやめときなさいよ?って、この役割は旦那さんの仕事ですよね?宜野座さん。」

「…………」

 

「って、酔っ払ってるし……」

 

舞白の左肩にもたれ掛かる宜野座をじとーっと見据え、既に使い物にならない人物に呆れ顔の霜月。

"ほら、水も飲みなさいよ"とコップを手渡す姿や、その他諸々介抱する姿に一同は微笑ましげにその様子を見ていた。

 

 

「霜月課長、"意外と"優しいんですね?」

「あぁん?意外って何よ、意外って」

「いや〜、今日も話してたんですけど、炯と。腹黒―――」

「おい!灼…」

 

2人の新任監視官はその様子を可笑しそうに観察する。いつもの霜月課長とは違い、そこに居たのは同い年の普通の女の子。いつもはピリピリと威厳のある姿を見せているが、どうやら親友を隣にすると彼女の本当の姿が現れているようだった。

 

 

「ていうか、今日は2人の歓迎会も加味した飲み会でしょ?…外務省行動課がこの場にいる理由はさっき何となく聞いたけど…」

 

あくまでも今日の目的は2人の歓迎会。しかし、たまたま居合わせた行動課と共に飲んでいる事に対して、2人は何とも思っていないのか?と、上司なりに2人を心配していた。

 

 

「外務省さんを誘ったのは俺ですから。せっかく飲むなら、大人数の方が楽しいですし。それに、ツートップと飲めるなんてレアでしょ?」

 

"ですよね〜"と口にしながら花城に視線を向ける慎導。霜月の天敵であることは何となく察していた事でもあり、慎導の表情からは微かに意地悪そうな様子が伺える。

 

「こちらも、たまたま決起集会を兼ねてこの会を開いたの。でも悪い事したわね?霜月課長。…まさか、刑事課もこの場所を選んでたなんて。」

 

「別に何とも思ってませんよ?"花城フレデリカ課長"。むしろ、一緒に飲めて光栄です。」

 

霜月は苦笑いを浮かべながら、手元のビールジョッキに手を伸ばす。あまり飲みなれていないくせに、ぐびぐびとアルコールを口に運ぶ霜月を舞白は心配そうに見つめる。

 

「ちょっと……美佳ちゃんこそ飲みすぎたら―――」

「うっさい!」

「昔、それで酔いつぶれて大変だったのに。……あ!美佳ちゃんがうちで酔いつぶれた時のレア写真見ます?」

 

2年前、休みの日に飲み明かした時を思い出すと、手のひらにポンッと拳を落とす仕草を見せ、舞白はデバイスを操作し始める。

 

 

「え!見たい見たい♪」

「((……課長の酔いつぶれた写真……))」

「私も興味があります。」

「あら、霜月課長はお酒強いのかと思ったけど?」

 

慎導、イグナトフ、如月、花城……

そして傍らで楽しそうな様子を無言で見据える宜野座。

 

「見せたら承知しないわよ!……ちょっと!舞白!!」

 

 

「えぇえ!?課長のレア写真れすか!?」

「俺にも見せてくださいよ〜」

「((……見たことある……))」

 

続いて、舞白の発言を聞き逃さなかった入江と廿六木達も詰め寄ると、周りは大騒ぎに。

 

 

「だったら、私だってあんたの恥ずかしい写真あるんだから!……宜野座さんとイチャついてる海の―――」

 

「え?いいよ別に見せても……」

 

霜月も負けじと切り札を出してやろうとデバイスに触れるも、あっさりとさした舞白の以外な発言に開いた口が塞がらない。

 

ギャーギャーとさらに騒がしくなるその場所。宜野座と花城はそっと隣の卓へと戻れば、その光景を楽しそうに傍観していたのであった。タバコを咥える狡噛、そして微かに酔いが覚め始めた須郷も、その光景に視線を向ける。

 

 

 

 

「今日が平和でなにより、ね」

「…………ふぅー……」

「そうだな」

「……はい」

 

 

 

行動課と刑事課

お互いに、いつも危険と隣り合わせの職務を行なう人物達。

 

願わくば、こんな和やかで平和な日常を送りたいものだがそうはいかない。

 

それぞれに託された使命。

それぞれに敷かれた運命。

 

 

"追い求めるものは皆同じ"

 

 

 

 

ふと、狡噛は微かに開いた小窓からの匂いに目を閉じる。タバコの臭いと入り交じったのは雨の香り。

廃棄区画特有のツンとした臭いも鼻をかすめると、雨が降っていた様々な過去の光景が蘇っていた―――

 

 

 

 

 

 

 

運命は大きく揺らぎ、彼らを翻弄していく―――

 

 

 

 

 

 

―――雨が、降っている―――

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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