whiter than white(PSYCHO-PASS) 作:鈴夢
パンドラの箱
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―――江東区 潮見廃棄区画
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他の廃棄区画に比べ、海が近いこともある為か錆びれた建物が多く目に映る。放棄されたトタン倉庫付近に車両を停め、黒いコートを羽織れば、その場に降り立つ。
実家近くの潮風の香りとはまた違う臭いが鼻をかすめる。廃棄区画特有の寂れた臭いに、潮の香り。微かに眉を潜めながらも、とある場所を目指し歩みを進める―――
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「((……旧潮見駅……京葉線……))」
ガランとした道路の小脇に現れたのは地下へと続く階段。看板には"JR 潮見駅"と表記されていた。酷く汚れ文字盤も欠けている事から、なんとか確認できた。
「記録によると…本来は地上に引かれていた路線。廃棄区画の常設により地下に線路を引いた…と。そもそも廃棄区画が置かれた時点で、利用者も激減するなんて予測もできたはずなのに―――」
昔の東京は、無数の路線があったらしい。地下鉄に地上路線。そういえば、あの時もそうだった。咲良と槙島を追った地下鉄も、確か廃棄された"地下鉄銀座線"。
100年前とは違い、人口も減り、リニアトレインも普及され、道路を走る車でさえオートドライブが組み込まれて当たり前の現代。かつてこの東京には、一体どれだけの人間たちが生活を送っていたのか。
シビュラシステムが無い、大学制度も存在し、歴史や世界史という教材を学ぶ機会を与えられ、世界中の人々が行き来していた日本、時代。
私も、そんな時代を生きてみたかった。
何にも縛られない、そんな時代を…
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―――コツ…コツ…コツ―――
階段を降り、デバイスの灯を頼りにしながら薄暗い地下を歩く。あの男が指定した場所は"京葉線2番ホーム"
錆びれた構内地図や目印を手探りで探りながら進んでいく。その中は進んでいくにつれて寒さは増していき、マフラーも持ってくればよかったと後悔するほどだった。黒のロングコートの前を閉め、手袋をしていない左手に息をふきかけ暖める。
「…マップはもちろん存在しないし…電波も悪いし、気味も悪いし―――」
水滴が落ちるような音と、自分の足音しか聴こえない。例えるなら"世紀末の荒廃した、まるでゾンビが出てきそうな世界…"だなんて呑気に考えていた。
「ロッカー…ロッカー……
―――あれかな。」
2番ホームを進んでいくと、凹んだスペースを見つける。その一角に置かれていた複数のロッカー。かなり錆びれ、中を開けられるような状態では無さそうだが…
「……………」
舞白は端からひとつひとつロッカーの蓋をこじ開けていく。埃や鉄の粉が宙を舞えば、咳き込んでしまう。…有害では無いだろうが、さっさと見つけて地上に戻らないと、体に支障が出てしまいそうな程に空気は悪い。
時刻は午前6時過ぎ。
"正午までに取りに来い"という男の言葉通り、そして狡噛たちに怪しまれないように行動しているつもりだ。宜野座と出勤時間もたまたま違う今日。早めに出て調べたいことがある、と伝えただけで何も怪しまれる様子はなかった―――
「………?…」
ひたすらロッカー内を確認していくと、長方形の白い箱を見つける。ボロボロのロッカーに似つかわしくない、明らかに誰かが意図的に置いたとしか思えない"白い箱"。
片手に乗せられるほどのサイズで、赤いリボンが丁寧に巻かれていた。
「((一体何なの…?))」
そっとその場にしゃがみこむと、箱を床に置き、蓋などには手をかけないままデバイスで中身のチェックを行う。念には念を…危険物ではないことを祈る。青いレーザーのような光が白い箱の中身を検査すると"No abnormality"、異常なしを知らせる文字が浮かび上がる。
爆発物や薬物など、とにかく危険物では無いらしい。ホッと安心した様子で息を吐くと、再び箱を手に取り立ち上がる。
「中身は…車で確認しようかな。空気悪いし…」
"あーー寒いっ"と白い息を吐き出す。
やけに綺麗な小包に赤いリボン、…あの男は一体何を贈ったのか?
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地上に戻った頃には気持ちの良いほど明るく暖かい日差しが廃棄区画一帯を照らしていた。先程まで人の姿は見えなかったが、陽の光とともに住人たちの姿もちらほらと現れ始めていた。
その中を歩き進む舞白に向けられる視線―――
ひとつに結われた白銀の長い髪の毛を颯爽と揺らし、黒いロングコートに身を包んだその姿。
しかし、当の本人の瞳は鈍かった。
目には特別な光も、感情も何一つ際立ったものの影も無い。誰しもの視線を盗むほど高貴な姿にも関わらず、高貴でも艶麗でもなくただ平安な目つきをしていた。
冷たい潮風が吹くトタン倉庫前に戻ると、冷めきった車内に入り込む。エンジンをかけると、暖房が車内を温め始めると、ホッと息を吐いていた。
そして、膝の上に置いた白い箱に視線を落とす。両手で包むように手を添えると、妙に心臓がドクドクと鼓動を鳴らし始めていた。
―――あの男
自分の過去を知り尽くしている様子だった。
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"最後に受けた考査のポイントは全国一位。空手のジュニア戦でも日本一。新麻布に通っていた超エリート。色相も常にクリアカラー……。"色々"あって実の兄と海外へ逃亡。そして花城フレデリカに拾われた強運の持ち主……というより、不運?なのかな"
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過去の情報は閲覧制限がかかっている。
"当時の"公安局局長からもその話は聞かされ、尚且つ自分でも確認していた。閲覧制限Lv5。課長である霜月でも閲覧はできない過去の情報を…
なぜ彼は知っていたのか?
そして"花橋コーポレーション"との関わり。
半年ほどドローン製造の本部長を任されていた、と男は言っていた。勿論洗いざらい調べたが該当するであろう人物は引っかからなかった―――
そんな謎しかない男からの接触。
正直、久しぶりに"恐ろしい"と感じていた。
下手をすれば…
周りの人間たちが危険な目に合うかもしれない恐怖。
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『災いを齎す"パンドラの箱"…と例えようか?』
助手席に現れたのは槙島聖護。
最後に彼に"逢った"のはいつだろうか。
まるで、舞白の恐怖心を仰ぐかのように現れた男に、舞白は視線を向ける。
「……相変わらず、例えが上手いのね。」
『君よりも"秀外恵中"だからね。』
「嫌な言葉。せめて"博学卓識"って言ってよ」
"やだやだ…"と相変わらずの相手の様子に眉を顰める。そして視線を再び箱に向けると、曇った表情の舞白に冷めた視線を向けていた。
『怖いかい?』
「………」
槙島の言葉に舞白は何も反応を見せない。箱に添えていた両手に力が籠るのみ。
『君はこの数年で様々なことを経験してきた。その"首"に埋め込んであげた僕からのプレゼントも見事に取り出して…オマケに延命治療――』
左の耳の下の痛々しい痕。槙島はそっとその首に触れる仕草を見せると、口元に弧を描き、舞白を嘲笑う。
『"君は幸福を知りすぎた"。――失いたくないものが増え、幸福を知る度に、微かに君の足元には足枷が付き纏う。…失うものが無かった、少なかった"あの頃"よりも、生きづらさを感じているんじゃないかな?』
「…皮肉さも変わらないね」
『ふふ…。僕はね、君のことを誰よりも知っている。』
グッと助手席から身を乗り出せば、舞白の耳元に口を近づける。
『幸福が増えると同時に、失う事へと恐怖は更に強くなる―――』
冷たく、艶っぽい、妖しい声。
耳元でその声が囁かれると、久しぶりにその声に鼓膜を叩かれる感覚にキュッと瞼を閉じる。
『"パンドラの箱"。語源はギリシャ神話。…最高神であるゼウスがあらゆる不幸や災いが入った箱を地上最初の女性であるパンドラに渡し、「絶対に開けてはならない」と命じた。―――しかしパンドラは好奇心から箱を開け、中にあった不幸や災いが飛び出す。すぐに蓋をしたが、時すでに遅し。だが、箱には"希望"が残った。』
まるで伽話を語る父親のようだ。
親が子供に伽話を話す時のように、スラスラとその知識を語っていく。
『箱に残った"希望"、"エルピス"。それは古代ギリシャ語の希望、予兆、期待という意を成す。―――ポジティブな解釈だと"人間の手元に希望が残った"希望をもって生きられるようになった"と考えるか。ネガティブに"希望が残ったために人間は希望にすがることしかできなくなり、苦しみが増した"…この意味だと、まるで今の君のようだね。』
「………」
『どう捉えるかは君次第。……さあ、その箱を開けなければならないんだろう?…でも君なら―――』
刹那、槙島の手が舞白の顎を掴むと自身へと向ける。相変わらずの整った顔立ちに白銀の髪の毛、姿かたちそのものが、相変わらず自分を見ている気分だった。
『生きる希望を見出した君ならば、災いの中にある希望をまた見つけられるはずだよ。』
「何言って…」
『僕に、"こちら側"に引き摺り下ろされたくないなら、せいぜい足掻いてみることだ。―――』
本心なのか偽りなのかは分からない。
なんせ相手は槙島だ。何度も現れては何度も騙されてきたようなもの。
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そして、パチッと瞬きをした瞬間、"彼は消えた"。
久しぶりに見た彼の姿は何も変わらず、自分と同じく"白かった"。
「…………なんなのよ…」
彼は過去に、"君の魂の輝きがみたい"と言っていた。もっと昔は自分と同じ世界に引き摺り降ろすなど、まるで自分の首にいつも彼の持つナイフが添えられているような感覚を感じていた時もあった。
「はぁ〜……」
再び箱に視線を落とす。
赤いリボンに手をかけると、シュルシュルと絹が擦れるような音が聞こえる。
解かれたリボンを取り除き、両手でしっかりと蓋を掴む。
「本当にパンドラの箱なら」
刹那、箱の蓋を持ち上げる。
「―――災いを、希望に変えるのみ」
"狐"のマークの入ったカード
"ようこそ"
ただ一言、赤い文字で印字されていた言葉。
そしてその下にあるものは、携帯型の薄型デバイス。
舞白はそのデバイスにそっと手を伸ばす。
画面に表示されているのは、3本のろうそくが立てられた燭台のマーク、そして狐のマーク―――
画面中央で点滅する"Activation"の文字。
「生体認証…ね」
画面下の円状のボタンに左手親指を乗せると、画面から放たれる青い光に顔認証が行われる。指紋、虹彩認証、輪郭―――瞬時に舞白の情報がデバイスにより読み取られると、アクティベーション完了の通知音が鳴り響く。
そして、見慣れない言葉が表示されれば、目を強く細め、画面を睨みつける。
「second…inspector?」
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「ほう…面白い…」
「…誰が招き入れたのかしら?」
「…………」
代銀、裁園寺、法斑
新たにインスペクターに加わった人物に、それぞれが反応を示す。
「外務省行動課特別捜査官。宜野座舞白。」
「この小娘が新たな手札…ということね。」
「………((一体…誰が―――))」
法斑は表情を変えずとも、内心微かに焦りを見せていた。
彼女を使われれば、自身に危険が及ぶかもしれない。ハイリスクな相手。しかし、上手く利用できるかもしれない、と希望も捨てる訳には行かない。
「さて……次のゲームといこうじゃないか。」
代銀の不敵な笑みが不気味に映し出されていた―――
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