whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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開かれた箱

 

 

 

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同日 午後21時過ぎ―――

―――首都高速道路

 

 

 

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煌びやかに光り輝くビル群。

その間を縫うように走る、一際大きな車両。

 

その車両にはハンドルを握るインスペクター、そして優雅にシャンパングラスを揺らすコングレスマンの姿があった。

 

 

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「トーリ君。うまくやってますね?奥様。さすがあなたのご子息だ…」

「何が奥様よ。私の機嫌を取る必要などないわ。」

 

運転席にてハンドルを握るのは、ファースト・インスペクター"梓澤"。そしてトーリの母親でもあるコングレスマン"裁園寺"。先程、彼女はヘブンズリープの本部にて姿を現していた。

息子に会うために―――

 

 

「…それは失礼致しました。――ただ、今回の信仰特区は難しい。お世辞じゃないですよ?」

「ご忠告ありがとう。…あなた、コングレスマンになりたいの?」

「はい。インスペクターは皆、その高みを目指してます。世界の真実に近づくために。」

「真実、ねえ…」

 

裁園寺は手元のグラスを自身の顔の前へ近づける。ユラユラと揺れるシャンパン、グラスに映る自身の顔。その顔に表情はなく、ただじっと真っ直ぐと見据えていた。

 

 

「フッ、前にも言ったかしら?この社会で、シビュラと対等なのはビフロストだけよ。」

「もちろん、分かっております。」

「…そう?ならいいのだけれど…」

 

ふとグラスから運転席の梓澤へと視線を移す。言葉を詰まらせることも無く、淡々と言葉を発する自分の手札でもある梓澤の姿。そんな男に、ある疑問を投げかける。

 

 

「セカンドの席に、外務省の捜査官を入れたのはあなたよね?」

「だったら何です?」

「ハイリスク過ぎるわ。…あなた、あの娘がどんな人間が分かっているでしょう?」

「だからこそですよ。"リスクを冒す"、それは時に大きなチャンスとなり得る。そう考えてますよ。」

「………」

 

 

ハイリスクだからこそ、その見返りは大きい。

しかしそれも五分五分だ。まさに"賭け"であると、梓澤は口にしているようなものだった。

 

 

「…まあ、ラウンドロビンに選ばれるように、せいぜい頑張りなさい。」

 

裁園寺は半ば不愉快そうな表情を浮かべると、視線を外へと移す。自分の駒と言えど、やはりこの男は理解できない。そうだからこそ有能なのだが…

 

 

「はい。」

 

ハンドルを握る手に力が篭もる。

鋭い眼光を真っ直ぐと向け、その瞳は何か覚悟のようなものを感じていた。

 

 

 

 

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3名のコングレスマン。

今夜もまた、あの地下施設に集い、リレーションをを進めていく―――

対象は勿論、三郷ニュータウンの特区、そして潜入捜査を行う公安局の2名に対して、それぞれのコングレスマンは最善策を狙い撃つ。

 

 

 

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「インスペクト動議を要請。リレーション・ヘッジとして、鉄鋼・エネルギー産業に対する救済措置の実行を提案するわ。」

 

裁園寺の救済措置の提案。

"何か良からぬ事が起こる―――"先を想定し、先手を打つつもりだろう。

 

「動議に反対します。」

「私は動議に賛成だ。」

 

反対するのは法斑、打って変わって賛成と口にする代銀。

法斑に視線を向けるも、相変わらず無表情を貫く、全くもって感情が読めない男だ。

 

代銀は微かに口角を上げると、視線を真っ直ぐと前に向け、インベストを行う。

 

 

「鉄道輸送業にインベスト。生産拠点を分散。労働者たちの再雇用を創出。」

 

「あら?特区賛成派に転じるの?代銀さん?」

「特区は反対だ。だが略奪経済復活のため、ニュータウンを国際ブラックマーケットの中継点にすることは賛成だよ。」

 

「では動議を実行―――」

 

"ニュータウンを国際ブラックマーケットの中継点にする"―――それは、慎導たちが見つけた銃の部品をブラックマーケットに運ぶ際、特区のテレーザ陵駕の貸倉庫を経由させるという事を指すのだろう。

 

 

 

 

「…親がリレーションヘッジを提案するとは、大盤振る舞いじゃないか?」

「リレーションヘッジに検討はついたかしら?」

「さて、どうだろう。―――静火君のやり方だと、公安局が捜査に失敗した時の損失は計り知れないぞ?」

 

 

公安局の潜入捜査。

イグナトフと如月。……もし、2人がミスを犯し、教団側に捕らえられた場合……様々な損失が生まれるのは明白だ。

 

代銀の意地の悪い発言に対しても、法斑はじっと先を見据えるだけ。

 

 

 

「―――ならば、そこまでという事です。」

 

 

"そこまで"

その言葉の真意は一体何を指すのか。

法斑のゲームなのか、それとも誰かの命なのか

 

 

 

 

 

 

 

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―――ヘブンズリープ 教団内

 

 

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「監視官。ホロの充電が少なくなってます。」

「時間は無い、ホロを消す―――」

 

イグナトフと如月は教団の隙をつき、特別祈祷中だと言われ近づくことさえ許されなかった仁世教祖が身を置く部屋まで駆け抜ける。

 

トーリや側近、そして信者全員は大きなホールに集まり祈祷の真っ最中。

 

"今しかない―――"

 

 

 

 

 

 

側近から預かったセキュリティパスのリングを翳し、豪華絢爛な彫刻が彫られた扉が開く。すると2人はホロを解除し、ついに最奥の部屋へと歩みを進める。広大な広さを誇る祈祷室、中央には微動だにしない仁世の姿。

 

 

当たりを警戒しつつ、2人は仁世へとさらに近ずいていく。

 

「……仁世教祖」

 

イグナトフが背後から声をかける。しかし全く微動だにしない。あまりにも不自然すぎて気味が悪いと感じるほどだ。それにさすがに違和感を持った2人はゆっくりと手を伸ばす―――

 

 

「ん?」

「仁世教祖……」

 

触れられるはずの"身体"

しかし、伸ばした手が仁世の身体をまるで貫通するように空振ると、2人は大きく目を見開く。

 

 

「なっ!?」

「そんな……まさか……、これって―――」

「……ホログラムだ。」

 

先程、間違いなくトーリにこの場所を案内され"仁世教祖は特別祈祷中"だと話していた。しかし、そもそも人間でもなければそこに居たのはホログラム。だとすれば、本体はどこにあるのか――

 

 

「本物はどこだ?」

 

周辺を見回すも怪しげな場所は見つからない。

そんな中、如月が室内の壁を手当り次第触れていくと、セキュリティパスが反応し、奥からさらに怪しげな部屋へと繋がる扉が見つかる。

 

 

 

「監視官!奥に部屋が……」

 

 

 

 

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「……彼が本物の仁世か。」

 

 

如月が見つけた隠し部屋。

そこのベッドに横たわるのは、間違いなく"本物の仁世"。しかし何度声をかけてもピクリとも動かない。如月は傍らのモニターを操作すると、仁世の情報に眉を顰めていた。

 

「生きてはいますが植物状態のようです。……データを洗ってみてますが、期間も長い……」

「長期の植物状態。……これだと、今までの爆破テロを含めて、犯行の指示など不可能だ。」

「ですね。……もっとデータを―――」

 

 

カタカタとキーを操作するも、その瞬間、思いがけない人物の声が部屋に響き渡る。

 

 

 

 

「そこにいるのは誰ですか?」

 

現れたのはトーリ。幸いにもホロの壁に囲まれており、仁世の傍に佇む2人が何者かは気づいていないらしい。イグナトフと如月は視線を向け合うと、慌ててデバイスに触れる。

 

 

「……ッ如月」

「ギリギリですがホロを使いましょう。」

 

瞬時に"ザハリアス"と"ヴェーラ"に姿を変える2人。

しかし残されたホログラムの充電残量からしてかなり危険な状況だ。何とか早くこの場から切り上げなければ、正体がバレてしまう。

 

 

 

「―――トーリか」

「叔父様?こんなところで何をしているのです?」

「……つい、教祖に話しかけてね。―――驚いたよ。どうして言ってくれなかったんだ?」

 

特に驚いた様子は見せないトーリ。

あくまでも、この場所にいるのは親族である叔父とその妻。大して問題がなさそうな様子で、2人の目の前に佇む。

 

すると、壁に設置されたモニターを表示すると、何者かのサイコパスデータが浮かび上がった。

 

 

「"マルベリー・パープル"

……これだけ濁れば隔離は免れない。」

 

「私の入信時の色相です、奥様。」

「この状態から回復を?」

 

犯罪係数90.8

色相は"マルベリー・パープル"

いつ潜在犯認定されてもおかしくない数値。

 

それが過去のトーリのサイコパスだと知ると、あまりにも早い改善に驚きを隠せない。

 

 

 

「全ては教祖様の御業のおかげです。私は教祖様に恩返しするため、さらに色相をクリアにする方法を開発しました。」

 

「開発?」

 

「至高の境地、エターナルホワイトによる治療法です。驚くほどの白さでしょう?人間はここまでいけるんだ―――」

 

 

エターナルホワイトによって、自身のサイコパスが好転した。彼はそう言いたいのだろう。

しかし、本当にそのようなことが出来るのか?普通ありえない。

 

エターナルホワイトはただの薬物過剰接種によって起こった"ユーストレス欠乏症"だ。

イグナトフも如月も、この潜入捜査の最中でそれと思わしきデータを見つけ、既に暴いていたのだった。

 

 

「ニュータウンはようやく権力の空白地帯となった。シビュラの祝福に従い、教祖様をお迎えする楽園がかの地に築かれる―――」

 

両手を大きく広げ、天井を見上げる仕草を見せるトーリ。

 

すると、何やら物々しい嫌な気配を感じる2人―――

 

 

 

 

ぞろぞろと辺りを取り囲む無数の影。

……いつの間にか、教団の人間たちに完全に囲まれていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――まさか公安局が潜入捜査を仕掛けてくるなんてね。」

 

ギロリと大きな瞳が開かれ、イグナトフと如月に向けられる。完全にバレたと察すれば、2人はホログラムを解除する。

 

「なぜ分かった」

「アウマ上人の死を聞いた時ですよ。"あなたの奥様"が酷く動揺された。……ありえない反応です。」

「……くっ……」

 

 

あの時。二瓶とトーリと会話を交えていたあの時―――

側近の男がアウマの死を知らせに来た時の瞬間。

 

確かに、如月はハッキリと動揺していたのであった。

バレていないと思っていたが、どうやらすぐにその様子に気づいていたらしい。

 

 

 

「泳がせて"外務省のスパイ"を押さえたかったのですが、教祖様の姿を見られては放置できません。」

「…外務省、だと?」

 

 

"外務省"のワード。

なぜ今ここで、トーリの口から放たれたのか?

全く理解できない。

 

この一連の事件に、外務省が絡んでいるとでも言うのか―――

 

 

「―――下手な演技だ。」

 

刹那、イグナトフと如月に向かって銃型のスタンガンが放たれる。鋭い体への衝撃。2人を瞬時に無力化すると、トーリは満足気な表情を浮かべていた。

 

 

「院瀬見、宗方よくやった。後は2人を別々に隔離部屋へ監禁しろ。……とくに、こちらの監視官に関しては尋問が必要だ。監視官という立場であれば、ある程度の外務省情報を握っているだろう。」

 

スタンガンを放ったのは他でもない、側近の2人。院瀬見と宗方。その中身の人間こそが外務省のスパイだとは気づいている様子は全く見られない。

 

「「仰せのままに。」」

 

2人の口元、手元に拘束具を取り付る。そして仲間たちと共にストレッチャーへと乗せると、舞白と宜野座を含めた4人の信者、そしてトーリは地下深くに隠された隔離部屋へと進んでいく。

 

 

「((……まさか、2人の正体がこんなに早くバレるなんて))」

 

舞白は如月の乗ったストレッチャーを押しつつ、脳裏でそんなことを考える。公安局の目的、おそらくは強制捜査。その為の証拠集めに彼らはここへと現れた。

しかし、彼らは焦りすぎた。こちらでも宜野座と共に、ある程度フォローをしたつもりだったが、呆気なくトーリの鋭い洞察力で見破られてしまった2人。

 

 

「((彼らが……私達"外務省"が潜入捜査を行っているなんて知るはずがない。この後行われる尋問は無意味。……しっかりトーリを見張っておかないと、この男なら殺戮さえ厭わな―――))」

 

 

 

地下階へたどり着き、エレベーターの扉が開いた瞬間。目の前にスーツ姿の見知らぬ男が待ち構えていた。そして、舞白はその男の放つ"声"に驚愕する―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"サード"、頑張ってるね―――」

 

 

 

"あの声"

茗荷谷廃棄区画でいとも簡単に自分の背後を取った男。そして潮見廃棄区画にデバイスを取りに来いと指示を出したその男。そして数刻前に、そのデバイスに連絡を取ってきた男で間違いない。

 

 

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"契約成立"

 

たった一言だけ送信されたメッセージ。

それを見た時、まるで監視されているような不気味な感覚に陥った。

 

 

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間違いない。この男が、…狐―――

自分に取引を行った、正真正銘この男が―――

 

 

舞白はゴクリと息を飲んだ。

しかし、表情は決して変えない。

 

ストレッチャーの手押し部分をグッと握りしめ、じっと男とトーリのやり取りに耳を傾ける。

どうやらかなり親密な関係のようだ。

 

 

 

「どうも、"ファースト"。わざわざこんな所まで。」

 

 

"サード"、"ファースト"と呼び合う2人。

ふと自分の"セカンド"という位置付けにピンとくるものがあった。

 

舞白に渡されたデバイスに表示された"second inspector"の文字が脳裏に浮かぶ。……セカンド。

 

この2人はファーストとサードという名を持っていた。そして間違いなくこの目の前の男に渡されたデバイスに"セカンド"というポジションを指すような言葉が映されていた。

 

となれば、私もやはり"そっち側"

そしてトーリも"狐"に関係しているのはこれでハッキリと分かった。

 

 

 

「公安局の潜入捜査、ねー…」

 

男はイグナトフをじっと見据える。すると、たまたま目を覚ましたのか、イグナトフは大きく目を見開くと自分の置かれている状況に混乱している様子だった。

 

 

「んっ……!?んんっ!!」

「ふーん……」

 

イグナトフの顔を見るも特につまらなそうな表情をするのみ。そして男は次に如月へと近づくと、耳元に顔を近づける。

 

 

 

 

「お嬢さん、あなたには手錠より―――

―――真っ赤な花が似合うのに……残念……」

 

「うっ……!?」

 

 

如月も男の声に反応し、目を覚ます。

傍らでその様子を目にしていた舞白はその言葉を聞き逃さなかった。

 

どうやら、如月とこの男も何か関係があるらしい。自分と同じく、何か取引をしているのかは不明だが、反応を見る限り初対面では無さそうだ。

 

……となれば、"公安局側"にも狐がいた事になる。

予想はしていたが、それは的中した。

 

"公安局内に狐がいる可能性"

 

それは、兄の狡噛も同じく予測していたこと―――

 

 

「大胆なことをしたね。公安局の刑事を拘束……か」

「何か問題でも?……それより、話があるから来たんでしょう?どうぞこちらへ―――院瀬見と宗方は後を頼む。」

 

 

トーリの言葉に頷く2人。

そしてファーストと呼ばれる男にも一礼し、ストレッチャーを運ぶ4人は2人の目の前から離れていく―――

 

 

 

 

その際、男の横を通り過ぎる舞白。その瞬間、男の表情が微かに変化する。

 

"ふわっ"としたサンダルウッドのよ オリエンタルな香り。独特で個性的なその匂いに、男は何かを感じていた。

 

その場に立ち止まり、ふとストレッチャーを移動させる4人に視線を向ける――

 

 

 

「……ファースト?どうかしましたか?」

「………………」

 

ストレッチャーを運ぶ1人の黒髪の女性に視線を向ける"梓澤"。口元に怪しい笑み、影を感じさせる表情を浮かべ、なにか考え込んでいる様子だった。

 

「ファースト?」

「…いや、なんでもないさ。」

 

トーリに笑顔を向けるとスタスタと歩みを進める。

 

 

 

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『――――"本物"を即保護?』

「はい、課長。予定より早く公安局の2人が拘束されました。すぐに軟禁状態のザハリアス夫妻の保護をしないとかなり危険です。」

『でも、ザハリアスはトーリの叔父よ?まさか、身内をそんな簡単に切るとは思えないけど?』

「トーリにそんな純真な心があるとは思えません。彼は間違いなく簡単に身内を切ります。"口封じ"の為に――」

『…………』

 

 

教団内部、地下水路。

連絡相手は課長の花城。そして須郷と狡噛にも繋がっていた。

 

 

『拘束された2人はどうするつもりだ?舞白。』

「様子を見て臨機応変に動くつもり。私達もまだ顧客データを盗取できてないし、まだしばらく教団内部には残らないといけないし。」

『………この事が、もし公安局側に気づかれたら"強制捜査"は免れないでしょうね。』

 

教団内部はセキュリティも予想以上に固い。そして信者の数もそれ相応、そして側近という立場に扮している以上、やることも多ければ下手に動くことも高リスクだった。

 

 

するとしばらく沈黙を貫いていた花城が口を開いた。

 

 

『……わかったわ。ザハリアス夫妻の保護に動きましょう。軟禁しているのは公安局。向こうの課長に話をつければ、あちらも勘づくでしょうし。』

 

今現在、旅客船に軟禁されている本物のザハリアス夫妻。管轄は勿論"公安局"。さすがに勝手に報告無しで動けばそれはそれで問題になるだろう。

 

そして勘のいい霜月であればそれを告げた瞬間、この事件に外務省が関わっていたことも瞬時に理解するはず。

 

 

『狡噛、須郷。2人は今から例の旅客船へ向かって。私は公安局に話をつける。そこから合流するわ。』

 

『了解だ。』

『了解です。』

 

まずはザハリアス夫妻の確保が第一優先だ。間違いなく、トーリは夫妻を手にかける。偽物がバレた以上、本物を消さなければ教団側もトーリにも皺寄せは必ず発生する。

 

 

「よろしくお願いします。教団内部は任せてください。」

 

 

そして通話を終了させると同時に、舞白のジャケットの内ポケットからデバイスの振動を感じる。

あの男から指示という指示は今のところ何も来ていない。

 

「………」

 

 

ゆっくりとポケットに手を伸ばし、デバイスを手に取ると小さくため息を漏らす。そして画面に視線を向けると画面に触れ、デバイスを耳元に近づける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『"セカンド"。悪いねー連絡が遅くなって…』

 

あの男の声。やはり間違いない。

先程の男と全く同じ声色を持つ人間が、この受話器の向こう側に居る――

 

 

「……どうも。」

『はははっ…冷たい返しだねー。もっと友好的になりたいんだけどなあ……。』

 

ヘラヘラとふざけた様子の男に、舞白はギリっと唇を噛み締める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうだい?"潜入捜査"。

…目的は果たせそうかな?』

 

「――ッ!!」

 

"気づかれた"

まさか、さっきのあの瞬間に、私だと気づいたのか――

 

 

「…気づいてたの?」

『さすがにホロを見ただけじゃ気付くはずがない。でもね?俺は"鼻"が利くんだよ。見た目は変えても"匂い"を変えることはできない。』

「…………」

『君の香りはハッキリ覚えてる。いい匂いだ。…いい匂いだと感じる異性とは相性がいいって言う話もあるよね?ということは――』

 

「用があるならさっさと話して。」

 

ふざけてる。

こんな相手に手綱を握られていると思えば不快でしかない。こちらも次の行動へ起こさないといけない以上、ダラダラとここでおしゃべりをしている場合では無い。

 

 

『いいねー、強気な姿勢。嫌いじゃない。』

「あまりふざけない事ね。あなたの姿はハッキリと確認した。…いざとなれば、すぐにこちらからあなたを捕らえることもできる。」

『……ふーん。"捕らえる"ね――』

 

男の声色が変化する。薄気味悪く、その声はトーンが落とされ、ヘラヘラと呑気だったことが嘘のようだ。

 

 

 

『いいかい、宜野座舞白さん。君は俺の手中にある。下手をすれば何だってできる。』

 

刹那、手首に巻いた舞白の個人デバイスに通知音とともにメッセージが届く。それを開いた瞬間、舞白は目を大きく見開き、微かに手をふるわせていた。

 

 

 

 

「……何のつもり…」

『前にも話したと思うが、君のことは何だって知ってる。君の過去も、"義父"の存在も――』

 

 

舞白のデバイスに映るのは義父でもある征陸の姿。矯正センターの病室の防犯カメラデータと思われるものがハッキリと映っていたのだ。

 

『"こういった事"に備えて警備レベルを上げたみたいだが無駄だ。むしろその行動が、俺を欺こうとしていた証拠だ。』

「…くっ…」

 

万が一に備えて征陸に危険が及ばないようにととった行動が、逆に男を怪しませてしまった。

だが有り得ない。公安局管轄の施設の防犯カメラデータをハッキングするなんてことは常人では行うことなど"普通"はできない。

 

この男の能力値が異常なのか。はたまた他にも協力者がいるのか――

 

 

 

 

 

『今から言うことに従ってもらう。裏切り行為があったと判断した場合は…――勘のいい君なら分かるはずだ。』

 

「………ッ…」

 

何も反論できないもどかしさ、苛立ち。その両方の気持ちが一気に舞白の顔に憤りを浮かばせる。目に角を立て、ふるふると震える手。自分より上手に出られたのはおそらく初めてのことだ。

 

 

 

『公安局に手を出すな。その"関係者"も同じく、手出しをすることは許さない。』

「…………」

 

イグナトフと如月への幇助は行うな。そしてそれに関連する行動も一切認めない、という事だろう。

 

 

『一端の目的を終えたら"行動課"から抜けろ。関わりを絶ってもらう。』

 

 

「……ちょっと、…ちょっと待って…それは――」

『その返答は"できない"ということで捉えていいのかな?』

 

 

まるで試すような口振り。

公安局への幇助禁止、そして任務を終えた後、行動課からの離脱――

 

 

 

 

『応えは"イエスかノー"どちらかだ』

「…意味が分からない、目的は…」

『10――』

 

目的を問おうとした瞬間、男の口からカウントダウンが放たれる。焦りと戸惑い、そして微かな恐怖。

 

『9――8――7…』

 

 

行動課から抜けるということは、それはどういうこと?

…課長とは?お兄ちゃんとも須郷さんとも……伸元さんは?

 

そうとなれば、勿論霜月とも――

 

『6――5――4…』

 

 

ここで"ノー"と言えばどうなる?

お義父さんが殺されるの?……それとも美佳ちゃん――

 

『3――2――』

 

 

 

"この男の真意が分からない"

…でも、……これ以上、大切な人の命は――

 

 

 

『1――――――』

 

 

 

爆撃で肉片が飛び散る咲良の姿が脳裏に浮かぶ。

あの時の哀しみを、苦しみを、悔しさを

 

 

 

もう味わいたくない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!わかった。……従う、…従うわ!」

 

 

バクバクと激しく脈打つ心音。

過去の出来事がフラッシュバックしたせいか、やけに冷や汗が体を伝っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『"契約成立"だ。宜野座舞白さん――

…セカンド・インスペクター――』

 

 

 

 

 

耳元で男の声がやけに耳に残る。

 

 

取り返しのつかない、絶望に満ちた蒼い顔。

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

"幸福が増えると同時に、失う事へと恐怖は更に強くなる―――"

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

槙島の言葉が脳内に浮かび上がる。

 

 

 

パンドラの箱は開かれた――

 

 

 

 

 

 

 

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