whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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6章
誰も知らない


 

 

 

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第五の爆破テロ――

 

本物のザハリアス夫妻が乗船していた客船の爆発。

密輸貿易において、海外に武器パーツを輸出する役割をになっていたザハリアス。

そして、この爆発により、その本人の死亡が確認――

 

第五テロは武器パーツを海外に流通させるルートを絶やすことを目的としていたと推測していた。

 

 

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慎導は第一テロから第五テロにおいて、武器密輸に関連した場所がテロのターゲットになっていることに気付いた。よって武器密輸を告発することが真の犯人の目的だと突き止める――

 

 

 

しかし、第二のテロ。久利須=矜治・オブライエンが係数緩和施設で死んだ事件だけが武器密輸に関係ないことに、違和感を覚えると、慎導は係数緩和施設でメンタルトレースをすることに。

 

係数緩和施設には久利須=矜治・オブライエンの腕が落ちていたことから、彼は死んだものと思われてた。しかし久利須=矜治・オブライエンは、メンタルトレースによって生きていたことが判明するのであった――

 

 

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ヘブンズリープ教団内地下――

――監禁部屋

 

 

 

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「インスペクター……ビフロスト…

――灼に…伝えないと……」

 

拘束されたままのイグナトフは、先程の会話を何度も脳内で繰り返す。早くここから何としてでも脱出しなければ…如月も自分も危険だ。

掴んだ情報も、早く慎導達に知らさなければ取り返しのつかないことに。

 

そして奴らが嗅ぎ回っている"外務省"の存在。

……本当に彼らはこの施設の中に?

 

 

グルグルと様々な事柄が頭の中で蠢く。薬品の効果で未だにぼんやりと気分が悪いが、どうやら醒めるのは早い様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すると刹那、監禁部屋の扉が開かれる。

何の気なしに、ふと視線を向けるイグナトフ。

 

 

 

 

しかし、目の前の想定外な光景に大きく目を見開き、言葉を失う――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅっ……う…ッ!」

 

車椅子が引かれる音。

見覚えのある人物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ッは……"舞子"!!!」

「んっ!?うぅんん!!」

 

 

目は包帯で覆われたまま、口元も拘束。そこには最愛の妻の姿があった。病院着の姿の舞子。恐らくは何者かによりこの場所に拉致されたのだろう。

 

「んぅ!!んんん!!ぅぅんん!!ッ!!」

 

イグナトフの声に気づいた舞子は更に呻き声を上げる。全く状況が分からない舞子にとって、酷く恐怖に襲われている様子だった。

 

 

「…ッ…クソっ……貴様!!!」

 

二瓶が車椅子を操作する隣で、トーリが冷めた視線をイグナトフに向けていた。

 

「さあ。外務省の潜入捜査官は誰だ?」

「ッ…知らない!」

「正直になった方がいいと思うが。…美しい奥さんが大変だぞ?」

 

サラッと髪の毛に触れ、その手はゆっくりと舞子の頬へと移動する。イグナトフはその光景に、ゾッと背筋を凍らせる。

 

「本当に…何も知らないんだ!!」

「…そんな筈がないだろう?

…それに、私はお前の――」

 

トーリが何かを言いかけた瞬間、部屋の外から男の声が聞こえた。

 

 

「ちょっと"サード"」

「…何ですか?」

「少し外で話そうよ。」

「…………」

 

するとトーリと二瓶、舞子はイグナトフの監禁部屋から出ていく。声の主の男の姿はイグナトフは確認できず、しかしそれどころでは無かった――

 

 

「必ず助ける!!舞子!!!!」

 

イグナトフの悲痛な叫び声が外の廊下に響き渡る。

 

 

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二瓶に連れられていく舞子の姿を目で追う梓澤。

その表情がどこか不服そうな様子を見せ、怠そうに廊下の壁に体を預ける――

 

 

 

 

「ただの脅しですよ」

「そういう問題か?公安はマヌケじゃない。それに、強制捜査まで秒読みだ、奴らは感づいてる…。なのに、人質を増やすとか何考えてるの?」

 

トーリの大胆で後先を考えない行動に、梓澤は納得いかない様子だった。それに、これから始まるであろう公安局の強制捜査。一体トーリはそれをどう切り抜けるのか。

 

「彼らにはエターナルホワイトになってもらえばいい。で、ヘブンズリープに入信したということにすれば…」

「それで通用すると思ってるわけか。」

「――我々にはビフロストがついている。」

 

それでも強気な姿勢を曲げないトーリ。

梓澤は半ば呆れた様子だが、それ以上口にしても無駄だと分かっていた。

 

「…分かった。ここは君に任せるよ。」

「私のやり方に不満でも?」

 

トーリの真横を通り過ぎ、微かに笑みを浮かべる。

そんな梓澤はどこか余裕げだった。

 

「――仕事はちゃんと最後までやるよ。安心しな?」

「………ッ……」

 

その場から姿を消す梓澤。

そんな相手に、トーリはギリギリと強く歯を噛み締める。

 

 

 

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――公安局ビル 分析室

 

 

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分析室に集まる一係の面々達。

全員がモニターに映し出される情報に視線を向けると、この事件について集めた情報を慎導が纏めあげていく――

 

 

映し出された1人のID情報。

"羽利須=生・フラナガン"――

それはこの事件の発端だと考えられている久利須の息子。

植物状態で見つかり、公安局が保護した人物でもあった。

 

 

「うん?久利須の息子はヘブンズリープ教団に入信していたのか?」

 

経歴を目にした廿六木は驚いた声色を上げる。

 

「順を追って説明します。

――まず、トーリが教団に入信。その後、宗教特区構想のプロジェクトが発表されると仁世が姿を消し、教団にいた久利須の息子は植物状態に。…そして久利須も発病。」

 

「教祖代行が全部の裏にいるってのか?」

 

「はい。入江さんの言う通りです。トーリが久利須を操って事件を起こした。」

「…でもよ?病気まで計算通りにはならんだろ?」

「むしろ、"偶然発病"の方が疑わしい。」

 

久利須は末期ガンを発症していたことが捜査で分かっていた。廿六木の言う通り、そんな都合よくガンを発症する訳が無い――

 

すると雛河が何かを思い出したのか、パッと目を見開くら、

 

 

「はっ!…そういえば志恩さん。確か教団名簿に――」

「ええ…ドンピシャな奴がいるわ。」

 

カタカタとキーボードを操作する唐之杜。

するとモニターに映し出される人物に全員が目を向ける。

 

「入信者に、ガン治療・人工ガンの専門家、"二瓶三郎"博士がいるわ。」

「…つまり、久利須の病気は人工的に起こされた。彼を操るために――」

 

間違いなく、全てが意図されている。

あまりにも手の込んだ計画に、慎導はグッと怒りを露わにしていた。

 

 

「すげえな監視官。脳細胞フル回転って感じだぜ。」

「…でもよ、監視官。どう証明する?…教団への強制捜査の許可、まだ下りてないぜ?」

 

慎導の推理力に感銘を受ける廿六木。その横で、現実問題を口にする入江――

 

 

「久利須と陵駕の身柄を押えます。その上で、教団との取引も視野に入れましょう。」

「主犯と取引なんて…危険じゃ…」

「雛河さんの言う通り、リスクを伴います。でも俺は、これ以上のテロを防ぎ、潜入した2人を助けるためなら何でもしますよ。」

 

 

慎導の仲間を思う強い意志。

その姿は、全員の意志を固める強いものへとなっていく――

 

 

 

「誰も、もう死なせない。…ここで終わらせる。絶対―――」

 

 

 

するとその瞬間。慎導のデバイスの通知音が分析室に鳴り響く。

相手は"不明"、それに変に画面が文字化けしており、明らかに違法な回線が使用されていることに気づく。

逆探知をしようと試みるも、特殊なジャミングがかかっているのか追うことは出来ない。

 

 

「……慎導監視官?」

 

唐之杜が敏感にその様子を察すと、相手の顔をのぞき込む。

 

 

「すみません。少し退室します。皆さんは手筈通り、準備をお願いします――」

「おい!監視官!」

 

 

何かを感じとった慎導。

もちろんこの通話相手が誰か分かるはずもない。

しかし、大体予想が着く。

 

 

「((…俺の勘が合っていれば――))」

 

慎導は、1人分析室から退室するのであった。

 

 

 

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ヘブンズリープ教団内部――

――監禁部屋

 

 

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「舞子さん。…不安でしょうが…きっと――」

 

後ろ手に拘束された2人。如月と舞子の姿がその部屋にあった。2人は面識は無いものの、如月に至っては彼女がイグナトフの妻である事ははなから承知済。互いに壁に背を向け、励ましあっている様子だった。

 

 

「大丈夫です。それに、相手に聞きたいことがあるうちは殺されません。…心配なのは夫……炯の方です。」

「…え?」

 

この状況下にまるで慣れているような様子の舞子に如月は驚きを隠せない。自分のことよりも夫の身を案じ、声色も何一つ怯えた表情を見せない。

 

「炯なら、ここにいる人たちを簡単に殺してしまえる。…でもそうしないように我慢している。――そういうことから逃げて国を出たのに…日本語で"因果応報"っていうんでしょうか?」

 

祖国でも、そしてこの国でも似たような境遇を受ける2人。結局、どこに逃げようが運命は変えられないらしい。

 

 

「母国では大勢の死を見ました。…なのに、私たちだけ平和になろうとした。」

「………」

「結局私は爆撃で視力を失い、炯はこの平和な国でも兵士として働いているのだから。」

「…舞子さん。それは――ッ!」

 

 

 

突如開かれる扉。廊下の光が室内に差し込まれると如月は眩しさにギュッと目を細める。そして、その先に現れた信者らしき女性の姿に警戒する様子を向け、無意識に舞子を庇うように身を前へと捩らせる。

 

現れた女の手元にはトレー。

そこに乗せられていたのは"注射器と小瓶"

 

この女に何をされるのか大体の想像がついた如月は、相手を強く睨みつける。

 

 

 

「この女性には手を出さないで!薬品なら私が――」

 

声を大きく上げる如月。それに対し、現れた女は扉を閉め、何故かロックを掛ければその場にしゃがみ込む。

女は自分に対し強い敵意が向けられていることに気づけば、口元に人差し指を当て、言葉を発する。

 

 

 

 

「…落ち着いてください。私は味方です。」

 

「「!?」」

 

相手の言葉に驚く様子の2人。

すると、信者らしき女はトレーを床に置き、何やらゴソゴソとデバイスに触れる様子を見せる。

 

 

そして、全身ホログラムが溶け、本当の姿が現れた時――

如月はトーリ達が口にしていた"外務省のスパイ"という言葉に、ようやくその意味を理解することが出来た。

 

 

「……あなたは…外務省の――」

 

 

白銀の長い髪の毛。切れ長の瞳、パンツスーツ姿。

如月はその姿に見覚えがあった。

 

 

「静かにお願いします。…勘づかれるとまずい事に…」

「その声……もしかして――」

 

その声の持ち主に聞き覚えがあると察した舞子。如月と同じく、1人の人物が頭を過ぎる。

 

 

「外務省の宜野座舞白です。

…大丈夫。お2人の助けになればと――」

 

2人の目の前に片膝を立て、跪くような姿勢に。

そしてにこやかに微笑みを見せ、2人の拘束具を解いていくのであった。

 

手の拘束具を外された如月は手のひらを開閉し、小さく息を吐く。目の前の予想外の人物である舞白に視線を向けると、気になっていたことを口にする。

 

「何故…外務省がこの場所に?」

「……ゆっくりお話したい所ですが、"私たち"にも時間がありません。それに、いずれ知ることになります。」

 

舞子の拘束具も外せば、舞白は優しく肩に手を添える。まさか久しぶりの再会がこんな場所になるだなんて…と互いに思っていた。

 

「舞白さん……」

 

 

舞白はその場に立ち上がると、如月に視線を向ける。

そして穏やかな笑みから一転、再び神妙な面持ちへと変化する。

 

 

「……残念ですが、私がフォローできるのはここまでです。恐らくこの後、上手く行けばこの場所にイグナトフ監視官が現れるはず。…上手く3人で逃げてください。」

 

「炯も無事なのね?」

「はい。…今のところはです。この先何が起こるかは私も予測できません――」

 

床に放置していた薬品を、あたかも使用したかのように隠蔽する為、用意しておいた脱脂綿に全て吸わせる。

噎せるような強い臭いが漂うも、3人はなんとか堪える。

 

 

 

「――では。私はこれで。私がここに来たことは秘密にしてくださいね?」

「…ちょっと!……あなたは大丈夫なの?」

 

扉に手をかけた瞬間。背後の如月に呼び止められると、背を向けたまま舞白は言葉を放つ。

 

 

 

「"心配無用"。……それより、如月執行官――」

 

ゆっくりと頭だけを動かせば、如月と視線が交わる2人。冷静沈着で切れ長の瞳が真っ直ぐに如月を捉える。

 

 

「…"真っ赤な花"。余計なお世話かもしれないけど、すぐにその事を仲間に告げるべき。…大きな代償を払う事になる前に…」

「……ッ…」

 

 

 

デバイスかな触れ、姿を変える舞白。

空になった薬品が乗せられたトレーを手にし、そのまま顔を向けることなく、部屋から立ち去る。

 

 

 

 

 

 

「((何故…その事を――))」

 

如月に隠された秘密。"赤い花"の真実――

 

舞白はただ願っていた。取り返しがつかなくなる前に、仲間に伝えることを――

 

自分は、遠にその状況を逃してしまったのだから。

 

 

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「うぅ………

――はっ!」

 

 

薬品の副作用から目を覚ますイグナトフ。

すると反射的に手足を動かした瞬間、高速具が外されていることに気付く。

 

手足の鎖は解かれ、よく見ると扉の前にはセキュリティーキーの指輪、そして事件操作に必要だった証拠品が丁寧に置かれていた。

 

不自然すぎる状況に、イグナトフは半ば疑いながらもゆっくりと椅子から立ち上がる。

 

「((…どういうことだ……何故…))」

 

 

キーと証拠品をジャケットのポケットに収めると、扉のロックも解除されていることに気付く。

 

そして扉を開けた瞬間――

 

 

「……ッ!!」

 

 

その場に倒れている信者の姿。

どうやら気を失っているだけのようだが、どう考えてもやはり不自然だ。

 

「((…理由は分からないが、今がチャンスだ。…待ってろ、舞子、如月――))」

 

 

 

 

 

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分析室を飛び出した後、近くの備品庫に身を隠す慎導。

備品庫内にも外にも人がいない事を確認すれば、鳴り止まない通知音に応える――

 

 

 

「はい。慎導です。」

 

その表情はいつものひょうきんな姿からは想像できないほどに眉根を寄せて真剣な顔をしていた。

相手の一声を待つ。しかし慎導は通話相手に想像がついていた。

 

このタイミングで、伏せられた情報、逆探知不可な複雑な回路を使用した通話――こんなことが出来るのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『慎導監視官、突然ごめんなさい。外務省の宜野座舞白です。』

 

凛とした女性の声。しかしどことなく音量が抑えられた彼女の声に、慎導は相手の居場所を大体察する。

そして、相手はやはり予想通りの人物だった。

 

 

 

「やっぱりあなたでしたか。」

『…"やっぱり"って…気づいてたんですね。』

「このタイミングで、しかも匿名。外務省の誰かだとは踏んでましたよ。」

 

"それで、一体どうしたんですか?"

と、改まった声で相手に問いかける。

 

すると一呼吸間が空くと、舞白は漸く口を開く。

 

 

『――この回線は使い捨ての特殊なものです。そちら側から再度折り返しも出来ない、探知もできない。…1度きりの通信になります、逃すこと無く聞いてください。』

「わざわざそんな事まで…一体…」

 

大掛かりすぎる相手の細工に、慎導は微かに不信感を覚える。そして相手の口調から、手短に早く済ませたいという空気感を感じていた。

 

『今から伝える事、そして送付するデータは他言せず、慎導監視官だけ把握してください。…情報を送る代わりに、万が一のことがあった場合……私を助けて欲しいんです。』

 

"助けて欲しい"

まさか、外務省の特別捜査官からその言葉が飛び出すなど予想外な展開。

 

慎導は再度、周辺に誰もいないことを確認する。

 

「でも何故…、"こういうこと"は友人の霜月課長の方が都合がいいんじゃ…」

『少し色々あって。慎導監視官にしか頼めないんです。…勿論、美佳ちゃんにもこの事は秘密です。』

「ちょっと待ってください。もう少し状況を…あまりにも内容が不明確――」

 

 

 

 

『このままだと、イグナトフ監視官、如月執行官の身柄が危険です。――そして、舞子・マイヤ・ストロンスカヤさんも現在教団内にて拉致監禁されています。』

 

「…は…?どういうこと…舞ちゃんが――」

 

舞子が教団側に拉致監禁されているという信じられない言葉。不測の事態に頭を混乱させる慎導は酷く動揺していた。

そして相棒も部下も…やはり教団側に潜入がバレていたことは間違いなかったのだ。

 

 

『もうご存知かと思いますが、"本物"のザハリアス夫妻が第五の爆破テロにより死亡。…それは"偽物"の存在に気づかれたから。――潜入している私と宜野座さんでフォローはしていますが、私達も出来ることは限られてます。』

 

「3人の状況は!?」

 

声を荒あげる慎導。

舞白は眉を顰め、事実を口にする。

 

 

 

『舞子さんと如月さんは大きな危害は加えられていません。イグナトフ監視官は尋問により薬品投与、そして怪我を負っていますが、こちらも命に別状はありません。』

「……ッ……」

『先程言った通り、ある程度のフォローは実施しました。……ですが後は彼らの行動と運次第です。ところで…公安局の強制捜査はいつ頃予定してますか?』

 

 

"時間の問題"、早く対応しなければ…3人の命の危険は明白。恐らく、彼らのフォローがなければ既に命を落としていた可能性も十分にあっただろう。

 

 

「強制捜査については現在課長が対応してます。…強制捜査を行うための証拠が少なすぎるんです。」

 

部下を失う恐れを抱いた霜月は、今現在必死に上に掛け合っている真っ最中。しかし、教団内部の強制捜査を行う為の情報は全くと言っていいほど集められていない。少なくとも、まだ数時間はかかるだろう。

 

 

 

『…だと思ってました。強制捜査に十分な証拠を送ります。上手く誤魔化して美佳ちゃんに渡してください。』

 

その瞬間、慎導のデバイスに複数のデータが送付されるとひとつひとつ開いていく。強制捜査には十分すぎる証拠に、慎導は安堵の息を吐いていた。

 

『再三伝えますが、絶対に他言しないでください。美佳ちゃんにもそれだけは必ず守るように伝えてください。』

 

 

何度も同じことを忠告する相手。それはまるで第三者の介入を恐れているように感じていた。普通ならば情報を手渡す事に、ここまで大掛かりな細工をする必要は無いはず。

慎重すぎる行動に慎導は様々な考えを思い巡らせていた。

 

 

「舞白さん。あなたは"何を恐れているんですか"」

『…………』

「万が一が起こった時、助けて欲しい…なんて。あなたらしくない発言ですよ。声色も様子もいつもと違うし、ひとつひとつの細工が大掛かりすぎます。…親友にも伝えないなんて、不自然だ。」

 

どうやら、彼に話したのはやはり間違っていなかった。

言わなくとも察するその能力値に、舞白は微かに笑みを浮かべていた。

 

 

『――さすが、"特A級メンタリスト"』

「誤魔化さないでください。そちらも時間が無いんでしょう?……情報を送ってくれた代わりに、俺に出来ることは?」

 

 

これは取引だ。

仲間のフォロー、そして情報を手渡してくれた相手に手を貸すのは当たり前だと。

 

 

『…ある施設の情報を送ります。ここで"何か"が起こった場合、すぐに駆けつけて欲しいんです。恐らく、私も向かいますが……』

 

再び、慎導のデバイスにデータが届く。

そこにはとある施設の概要データ、そして施設内の患者データが全て載せられていた。

 

 

「これは…文京区のサイコパス矯正センター?それに患者情報まで――」

 

矯正センターの中でもかなり有名な施設。

一体この場所で何が起こる可能性があるのだろうか。

 

『そしてどうか…その時がきたら…

――私を見逃してください。』

「見逃す?」

『はい。』

「……舞白さん。…あなたは一体何を――」

 

ただ事では無い事は間違いないだろう。

相手の意図が全く読めない以上、慎導もそれ以上探ることは出来なかった。

 

 

『私から伝えたかった事はこれで全てです。

…何も無ければ、これで――』

「待ってください。切る前に、俺から外務省のあなたに聞きたいことがあります。――"梓澤廣一"について、何か他に新情報はありませんか?」

 

デバイスの通話終了に手をかけようとした舞白の手がピクっと止まると、聞いた事のない人物の名前に、疑問符を浮かべる。

 

 

『…アズサワ…コウイチ?』

 

まるで初めて聞いたかの反応。

しかしそんな筈はないのだ。

…だって梓澤の情報は、外務省側から伝えられたもの…

 

思ってもみなかった相手の反応に、慎導は瞬時に脳内で考えを巡らせていた。

 

 

「…外務省の花城さんから得た情報です。

……?…もしかして知らされていない…?」

 

『……課長から?…

…知らされて、…ない。…』

 

「……っ!?

…まさか……舞白さ――」

 

 

刹那、通話が途切れる。呆気に取られた慎導は目を見開き、だらりと腕を下ろす。

 

――慎導は今までの会話と相手の反応からある事を繋ぎ合わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不自然な今までの言動。

再三口にしていた"多言不要"。

知らされていない狐に関する男の名前。

――私を見逃して欲しい――その言葉。

 

 

 

 

 

「…まさか…

――"狐"――」

 

 

 

自分の推理が正しければ。

彼女が1番、危険に犯されている可能性が高い――

 

そしてそれは、誰も知らない事実。

知っているのは自分だけ、そうとしか考えられなかった。

 

 

 

 

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