whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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猿猴月を取る

 

 

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―――公安局ビル 局長室

 

 

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「………………」

 

 

細呂木局長の目の前で静かに佇む霜月。その目の前の"議題"は何かを計算している様子で、細呂木の瞳はビカビカと光を放っていた。

そんな姿に見慣れた様子の霜月は、冷めた目でそれを見下ろす―――

 

 

そして暫くすると、細呂木の背面に接続されたコンソールが外され、ゆっくりと椅子の背もたれから身を起こす。

再び、まるで光を持たないその瞳は霜月を見据えていた。

 

 

「リスク計算が終了した。"やりたまえ"」

「…はい、局長。」

 

いよいよ強制捜査への許可が下りた。ようやく、あの胡散臭い教団へと踏み込めると思うだけで、霜月は内心ホッとしていた。

囚われている部下、そしてその配偶者。教団のありえない行動にウンザリだった。

 

「文化庁、そして公安局内の信者たちの対処は?」

「私に任せろ。一重に、君が持ってきた証拠を加味し、そして"我々"も確認したい点が出てきた。だから"強制捜査"に踏み込むと考えた。」

「―――というと?」

 

「"殺意なき殺人の連鎖"。シビュラシステムの裏をかくようなやり方が極めて不愉快になってきたということだ。」

 

 

背後にいる"黒幕"

それこそが自分たちシステムを脅かす存在だと……。

存外"彼ら"も焦っているらしい。

 

「突入は霜月課長を筆頭に、二係を率いて行うように。振動監視官は別を追っているようだからね。」

「了解です。…お任せ下さい、局長。」

 

曇りのない真っ直ぐな霜月の瞳。

そんな相手に、細呂木はふと頭によぎったことを問いかける。

 

 

「ちなみに、この重大情報が集まった機密データ……出どころはあえて聞かない方が良いかな?」

「…………」

「また"あちら"に貸しをつくったな。……"あの娘"も相変わらず物好きだ。」

 

細呂木が口にする"あちら"とは、恐らくは外務省。そして言うまでもないが、あの娘を指すのは―――

 

 

「やはり、あの娘を生かしたのは"正解"だったな。」

「……フッ……それはどうでしょうか。」

 

システムの身勝手な発言に虫唾が走る。

霜月は相手に薄ら笑いをうかべ、まるで貶すように見下ろす。

 

 

「"あの子"は常守朱と同等に、あなた達にとっては危険分子かと思いますが―――」

 

"では、失礼します"と呟き、踵を返す霜月。

 

細呂木は口元を緩ませれば、肩肘を立てじっと扉を見据える。

 

 

 

「君も……言うようになったな、霜月美佳―――」

 

 

 

 

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―――午後18時過ぎ

ヘブンズリープ教団内 地下通路―――

 

 

 

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「……ッ…………」

 

大勢の武装した信者、そして二瓶三郎を先頭に成された列。

その中に、再び拘束されたイグナトフの姿があった。

 

 

イグナトフ、如月、舞子。

あれから3人は必至に逃げ惑ったものの、結局如月のみが脱出に成功し、イグナトフと舞子は再び捕らえられてしまう。

 

 

「((…舞子…………こんな所で、また捕まる訳には―――))」

 

 

列が止まり、再び元の場所へと戻されたイグナトフ。開かれる尋問室の扉。またこの中に戻されてしまえば脱出は不可能。

 

となれば―――

 

 

 

「……ッ……」

 

イグナトフの口内から何かが吐き出される。

鉄が弾けるような、細い音が響けば信者たちはその音に驚き一瞬の隙を見せる。

 

吐き出されたのは"セキュリティーリング"

自分たちがザハリアスに扮していた際に渡されていたものだった。

 

「……何だ……何を―――」

 

二瓶がそれを拾いあげようとした瞬間、イグナトフの猛攻撃が繰り出される。両手が拘束されているにもかかわらず、その動きは正に"戦地を駆け抜けてきた軍人"そのもの。

本気になれば、彼は人を殺すことなど容易い。それは妻の舞子も口にしていたこと―――

 

それだけ、イグナトフは必死だった。

 

 

 

「グアァァッ!」

「……ッ……貴様……ガハッ……」

 

次々と倒れていく信者たち、呻き声。

所詮ただの信者だ、戦闘能力は持ち合わせていない。

 

 

しかし、前に残された2人の信者はその攻撃をいとも容易く避ければ、イグナトフの表情から余裕が消えていく。ただでさえ怪我を負った状況、薬物による体の弱体化。

……それにしても、この2人……普通じゃ―――

 

 

 

大勢の信者を一網打尽にするも、2人の信者だけは決して倒れない。

 

 

すると、女性信者が手にしていたスタンバトンによって気を失うイグナトフ。呆気なく倒される自分の姿に、不甲斐なさを感じていた。

 

 

 

「……グハッ…………ぁ……あ……」

 

 

 

 

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薄暗い、見覚えのある部屋。

カチャカチャと金具が擦れる音。

 

 

 

そして―――

 

先程倒した信者達が何故か拘束され、気を失っている様子。信者たちの手首に手錠を掛けていく人物も……信者の姿―――

 

 

「……なんだ……お前―――」

 

ハッキリと目を覚ましたイグナトフは目の前の不思議な光景に思わず声を出す。するとその信者の"男"は、微かに口元に弧を描くとイグナトフの目の前に立ち、手首に隠されていたデバイスに触れる。

 

 

 

 

現れたのは―――

 

 

 

 

 

「ううっ……は……!」

 

 

その信者の男は"全身ホロ"で作られたもの。

元の姿は、見覚えのある男だった。

 

 

 

 

 

「お前は…外務省行動課、…宜野座伸元……」

「……全く。何度お前達を助けることになるんだかな。世話を焼かせるな。」

 

上下スーツ、そして左手に嵌められた手袋。

男性にしては珍しい長い髪の毛は後ろに束ねられており、それは間違いなく宜野座伸元だった。

 

 

「外務省のスパイ……まさかそれがお前……」

「俺だけじゃないんだが……」

 

トーリが追っていた外務省のスパイ。

まさか本当に彼らがいるとは……

イグナトフは驚きのあまり大きく目を見開き、言葉を失う。

 

 

刹那、尋問室の扉が開かれると、今度は女性信者が姿を現す。一瞬身構えるも、宜野座の様子からしてこの人物も―――

 

 

「お待たせ。"宜野座さん"」

「……はっ……」

 

扉が閉まる瞬間、彼女もまた本来の姿を現す。

 

「……宜野座……舞白……」

「どうも。イグナトフ監視官。」

 

天真爛漫な笑みを向ける銀髪の女性。宜野座舞白―――

 

またこの2人に助けられたのかと、イグナトフは眉を顰ませていた。

 

 

 

「首尾は?」

「仁世教祖は無事確保。待機させてた別部隊に引き渡したよ。」

「他の人間に気づかれてないな?」

「勿論。上手くやったよ。」

 

手馴れた様子の2人。互いに視線を向け合い、達成した任務に満足気な様子。

 

 

「おい、どういうことだ。何で……アンタたちが……」

 

「お前と同じく捜査だ。」

「そうそう。私達も、潜入してたの。」

 

この状況に余裕気な2人。

恐らく、かなり計画し長期にわたってこの教団に潜入していたのだろう。

 

 

そして恐らく……自分たちに逃げるチャンスを与えたのも彼らに違いない。だとすれば、頼みの綱は彼らしかいない。

 

 

 

「……妻が監禁されてる……場所を知らないか!?」

 

彼らなら知っているだろう。

最愛の妻の居場所を―――

 

 

余裕を全く感じられないイグナトフの姿に、舞白と宜野座は視線を向け合う。すると舞白はそっとイグナトフに手を伸ばせば、座り込んでいた彼を強く引き、真剣な眼差しで相手を見据える。

 

 

 

「教祖代行の執務室に隠し通路があるわ。……恐らく……」

「……恩に着る」

 

すると、勢いよく踵を返せば扉へと走り向かう。そんな無鉄砲なイグナトフに2人は小さく息を吐くも、舞白は彼を呼び止める"ある物"を投げ渡す。

 

 

「ちょっと待って!」

「……っ!」

 

勢いよく投げられた物、それはスタンバトンだった。

丸腰で敵しかいないこの教団内を駆け回るなんて、命知らずにも程がある。

 

「……すまない。礼はいつか……」

 

ギュッとスタンバトンを握りしめ、部屋から飛び出すと一目散に執務室へと向かうイグナトフ。

残された舞白と宜野座は微かに笑みを浮かべていた。

 

 

「いいのか?教祖代行を任せて。」

「大丈夫でしょ?彼なら。」

 

 

舞白は深呼吸すれば、何か覚悟した様子で息を吐き切る。

いよいよ残された任務はあと1つ。顧客データの盗取。

 

そして……その後待っているものは―――

 

 

 

 

「さてと……私達もこれに乗じて一気にやりますか。」

「セキュリティパスの解析は?」

「もう終わった。すぐにでも顧客データを盗取できる。」

 

この潜入期間中に解析した超解読難関のパスワード。それをトーリの側近を演じながら、尚且つイグナトフ達のフォローも行い、外部との定期報告通信もバレることなく行った彼女の姿。

宜野座は尊敬の意を示していた。どう考えても、普通の人間かできることでは無い―――

 

 

「……お前と潜入して正解だったよ。舞白。」

「そう思ってもらえてるならよかった。頑張った甲斐があったよ。」

「―――ああ」

 

ニッコリと向けられるその笑顔に宜野座も思わず笑みを零す。

 

しかし、よからぬ不安は心の中に残されたままだ。

 

 

 

 

 

「舞白」

「……ん?何?」

 

 

 

"俺に何か隠していることは?"

 

 

 

「いや……なんでもない」

 

言いかけそうになった言葉をグッと飲み込む。

 

 

宜野座の顔にふと浮かぶ感情。不安、困惑、謙遜―――それらがいっぺんに水煙のように拡がりを見せる。

そんな彼を、舞白は見逃すはずがなかった。

 

 

「……伸元―――」

 

 

刹那、バタバタと慌ただしくなる部屋の外。

複数の足音が激しく駆け回る様子に気づくと2人は警戒心を強める。

 

 

 

「……ちょっと長居しすぎたかもね。早く行かないと……」

 

舞白が扉に手を伸ばした瞬間。掴まれる左腕。宜野座の大きな手がしっかりと腕を握り閉めれば、形容できない程に我慢を堪えたような表情で見つめられる。

 

 

「……何があっても、お前は死ぬな。」

「…………」

「約束だ。絶対に守れ。自分の命を第一にする事を誓え。」

 

 

強い眼差し。睨みつけるほど真剣なもの。

その必死な瞳は久しぶりに見たかもしれない。

 

彼の切れ長の綺麗な瞳。そこに移る強い本心が胸に突き刺さるようだった。

 

 

 

「うん。……わかってる。」

 

 

掴まれた左腕が麻痺していくように感覚をなくしていく―――

 

 

 

 

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ヘブンズリープ教団施設から東に3km地点。

黒いワゴン車に2人の姿があった。

 

 

 

 

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「公安の車両が複数台。ドローンも集まってやがんな。」

「早かったねー強制捜査。……予想以上に……」

 

小畑の手元のPCに映し出されるリアルタイム映像。次々とヘブンズリープへと向かう大量の車両、そしてドローン。

 

 

「サードはどうするんだ?あの"クソ偽代行"、助けるのか?」

「まさか。自分で蒔いた種は自分で刈り取ってもらうさ。自業自得だね。」

 

運転席の座席をグイッと下げ、助手席でカメラを操作している小畑に視線を向ける梓澤。呑気に飴玉を口の中で転がしながら、ふと気になったことを調べさせる。

 

 

「……ねー、小畑ちゃん。君の意見も聞きたいんだけど。―――公安がここまで早く強制捜査に乗り出せた"理由"。君ならどう予想する?」

「はぁ?そんなの知らねーし、どうでもいいだろ?」

「…うーん。……ここ数日の教団内の防犯カメラ映像、小畑ちゃんなら簡単にハッキングできるよねー?」

 

座席から上半身を持ち上げ、隣の小畑にグイグイと近寄る。すると彼女は鬱陶しそうに右腕で突き飛ばし、カタカタとキーボードを操作し始める。

 

「気安く寄るな、触んな。……

―――てめぇが見てえのは"この女"のデータだろ?」

「ははっ……さすが。……これだよ、こーれ、……」

 

PCを雑に梓澤に投げつけると、口を尖らせ不機嫌そうに眉を顰める。たった数十秒で内部の防犯カメラをハッキングしたその力、そして梓澤の意図を汲み取った小畑はやはり只者では無い。

 

 

「………とくに……何もなし………」

 

画面に映し出された全身ホロを纏った舞白の姿。長期間に及ぶ様々な映像の切り抜き画像をひとつひとつ見ていくが"特に変わった様子はない"

 

「あの女が何かしたってのか?」

「……いいや、……そう考えたが……違うかな―――」

 

他信者達と語らう姿、トーリの傍で従順な様子を見せる姿、祈祷に参加する姿―――

 

さすがにあそこまで脅せば彼女も動けないはずだと梓澤は考えていたが……何か引っかかる。あの女がむざむざと黙って何もしないという事も考えられない。

 

 

 

「そもそも、あの中から"外部の通信網"は使えない。使えば即教団側のセキュリティに引っかかるぞ。」

「なら、引っかからないようにするなら?小畑ちゃんならどうする?」

「…………めちゃくちゃ複雑な暗号化信号を使って、外部にデータを送受信すれば……まあ出来なくはないんじゃねえの?流石にそこまで、アタシはできねえけど……」

 

「……暗号化……。ふーーん……」

 

やはり、何度カメラを確認しても怪しい動きは確認できない。となれば、小畑の言う通り、高度な技術を駆使してデータを外部に送信する……

 

あの女ならやりかねない。

 

 

 

 

「小畑ちゃん、お仕事お願い。」

「……嫌だ」

「まだ何も言ってないじゃないのー?ね?」

「お前が言いたいことはだいたい予想が着くんだよクソ野郎!」

 

小畑のPCを返すと、怪しげに笑う梓澤。

それは何かに勘づいた様子だった。

 

 

 

「教団内部にハッキングだ。ここ数日間の怪しい電波網を解析、怪しい暗号化データがあればを中身を開けてくれ。」

「お前簡単に言うけどな、どれだけ難しいか分かってんのか?」

「君なら楽勝でしょ?……それとも、そのデータを探すことは君の能力値では不可能?って事?」

 

まるで煽るように嘲笑う梓澤。さすがにそう言われれば、小畑も黙ってはいられない。

 

ギリっと男を睨みつければ、ドリンクホルダーに入れていたジュースに手を伸ばし、一気に飲み干していく―――

 

 

 

「40分で終わらせてやるよ。」

「……さっすがー……期待してるよ、小畑ちゃん。」

 

 

再び背もたれに体を預け、座席を倒すと真っ暗闇な外に視線を向ける。寒空に浮かぶ光り輝く満月。

 

 

「"猿猴取月"。……君は少し、自分の能力値を過信しすぎだ。下手をすれば身を滅ぼすことを学んだ方がいいね。」

 

 

口の中の飴玉を強く噛み砕き、ガリガリと音を鳴らす。

男は妖しげに、可笑しそうに笑っていた。

 

 

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