whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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7章
Di quella pira


 

 

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Di quella pira... l'orrendo foco

tutte le fibre m'arse, avvampò!

Empi, spegnetela, o ch'io fra poco

col sangue vostro la spegnerò!

 

 

 

 

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満月の月夜。

"カラン"とロックグラスを手元で揺らし、室内に流れる音楽に耳を傾ける。

 

古いレコードから流れる旋律に聴き入り、どこか恍惚したような、うっとりとした様子でソファに体を預ける。

 

 

 

 

 

「さあ。次のゲーム本番前に、ちょっとした余興といこうかな」

 

 

ファースト・インスペクター 梓澤廣一の仕掛ける余興―――

 

 

「時季は違えど"飛んで火に入る夏の虫"。恐れ知らずな君にピッタリな言葉だ―――」

 

 

 

 

 

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―――文京区 特別医療サイコパス矯正センター

 

 

 

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坪面積は88,436m2

建物面積は"ゆうに"148,000m2を超える"超"がつく大型の矯正センター。

 

医療環境や館内の設備は都内でもトップクラス。

潜在犯が社会復帰を果たすのは非常に難しく稀であるが、この施設から復帰を果たした者たちは非常に多い。

 

 

 

そんな管理の行き届いた施設の警備が"ここまで杜撰なはずが無い"

 

 

燃え盛る炎に飲み込まれる建造物

機能しないスプリンクラー

消防局が施設に到着するまでにかかり過ぎた膨大な時間

 

―――そして改ざんされた患者のデータ

 

 

 

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「…ッ…あっつ……」

 

 

 

行先行先を遮る炎の熱波に襲われ、体を覆っていた水分はあっという間に蒸発していた。着衣着火を防止するためにもと、羽織っていたジャケットをその場に脱ぎ捨て、とにかく走り続ける。

 

ガンホルスターに収められている銃にそっと手を添え、心を落ち着かせようと平常心を保つ―――

 

 

 

必死に足を動かしながらも、周りに残された人がいないかと辺りを見回す。

 

 

「((…確かに見る限り、施設内には誰も残っていないみたい。…だけど…))」

 

煙にむせながらも漸く辿り着いたのは2階の管理室。

スプリンクラーやドローン等の各警備の作動状況や、隔離病室の施錠状況などが確認できる。

 

まだギリギリ火の手がそこまで回っていないのか、デスクトップ型のモニターは生きていた。

 

 

 

「…よかった、システムは生きてる。ここから病室のロック解除もスプリンクラーも全部介入できるはず。」

 

 

 

カタカタと手際よくキーボードを叩く。

スプリンクラー、まだ動ける介護・警護ドローンの作動。そして征陸の病室の状況確認―――

 

 

 

「…ッ…なんで……なんでよ…」

 

 

しかし、何故かその先に進められない。

パスコードロックのようなエラー画面が現れると、舞白の表情から余裕さが消えていく。

 

不幸にもパスコードロック解除の介入には持っていたデバイスが無ければ行うことはほぼ不可能。それは既に廃棄して手元には無い―――なんとか他の手を尽くすも、今自分の持っている力ではシステムに入り込むことは困難だった。

凄腕のプロハッカーの仕業か。

 

恐らく、今回のデータを流した痕跡も、今の今までのハッキングやクラッキングを行った人物がそばに居るのは確実だ。

 

 

舞白は珍しくその場で怒りを見せ、デスクを思いっきり拳で殴りつけると目に角を立てていた。

 

 

「((全部、全部…あの男の思い通り―――))」

 

 

 

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"君、今の今までどんな事でも完璧に、"ミスなくそつ無く"やりこなして来ただろう?"

 

 

 

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今まで何でも乗り越えてきた。

危険な事も、死にかけたことも、相手の上を行く行動を何度も起こしてきた。自分なら何だってできる、失敗なんてしない―――

 

それが今回の事態を招いた。

あの男はそれをすべて見透かしていたかのようだ。

 

 

「…あの男……

―――梓澤廣一…」

 

 

 

デスクに両手を乗せ、強く拳を握りしめ、右手の義手からはミシミシと鉄の乾いた音を鳴らす。

 

 

 

絶対に誰も死なせはしない――

 

 

 

瞳は何かに激昂しているように輝いていた。

それは獣の如く、憎悪に満ち溢れた色。

 

 

 

「とにかく…お義父さんのところへ…」

 

 

ネクタイを緩め、シャツの第1ボタンを外せば小さく息を吐き管理室の外へと目を向ける。火の勢いは更に増し、建物が音を立てて崩れ落ちるような音も聞こえてくる。

 

 

 

そして再び、炎の中へと飛び込んで行く―――

 

 

 

 

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矯正センター前に停車する警察車両。

そして降り立った3人は目の前の光景に目を見開き、驚きを隠せない。

 

 

 

「おいおい……マジかよ…」

「この規模の火災、普通なら消防局だけじゃなくて僕たちにも…」

 

入江と雛河でさえ、ここまで大きな火災を目の当たりにするのは初めてだった。そんな2人の間に防弾ベストを身につけながら佇むのは慎導。異様すぎる光景に鋭くにらみを利かせていた。

 

 

「通報が来るはず。そもそも矯正施設の管理をしているのも公安局なのに、何故か通報は入ってない。…それに見る限り、消防局の車両もドローンも少なすぎる。」

 

当たりをキョロキョロと見回す慎導。

これだけの大きな施設なのに明らかに間に合っていない消火活動。患者たちは大人しく待機しているものの、異様なのだ。

 

 

「入江さんは一緒に中へ。雛河さんは唐之杜分析官に追加の応援要請をお願いします。それと、外部からフォローをお願いします。」

「この中入んのか!?正気かよ監視官!」

「せめて応援が来てからの方が―――」

 

 

 

 

 

 

「公安局の方ですか!?」

 

 

刹那、3人の元に消防局の隊員が現れる。

男は荒い息を吐きながら駆け寄り、かなり焦っている様子だった。そして消防服に大量の塵が付着した状態で、この火災がどれだけの規模のものなのか想像出来る。

 

 

「はい!公安局刑事課一係 慎導灼―――」

「さっき、"刑事課"の人間だって名乗った女性が建物の中に突っ込んで行ったんだ!連絡手段もないし、安否も不明、何か知らないか!?」

 

慎導の言葉を遮るほどに焦った様子の男性隊員。

そして男性が口にした人物に3人はピンとくるものがあった。

 

「その女性、銀髪でしたか?」

「あ、ああ!銀髪だった!君たちと同じようにスーツを着てて…"まだ中に人がいる"とか何とか言って飛び込んで…」

「それはどれくらい前ですか!?」

「もう20分は経ってる。あと、患者たち曰く他にも人が飛び込んで行ったのを見たとか―――」

 

慎導は隊員と会話を交し、情報を整理していく。その横でPC型のデバイスを片手に中の情報を掴もうと雛河が既に着手していた。しかし、その表情はどこか不安げだった。

 

 

「…ダメです。中の状況が確認できません。」

「ああ?何でだよ?ここの施設の事なら、公安局のシステムを使えば――」

「それはそうなんですけど、何故かロックがかかって"権限がない"とアラートが届くんです。…唐之杜分析官ともやり取りをしてますが同じ様子で…」

 

何度もエンターキーを押す雛河。

しかし画面には赤字でERRORの文字しか表示がされない。

 

 

 

―――第三者の妨害が加わっている。

そうとしか考えられない。

 

 

 

 

「ここで鎮火するのを待っていられません。マップと患者のデータを元に、僕と入江さんで突っ込みます。」

 

予め舞白に送られていたデータを映し出し、マップと患者データを表示させる。患者の対象者は"征陸智己"。病室の場所を即表示させ、炎に包まれる建物へと視線を向ける。

 

 

「刑事さん待ってください!中はスプリンクラーもドローンも稼働してないんです!我々消防隊員も上の指示で応援が来るまで中には入るなと――」

 

「残された人がいるのが事実なのであれば助けに行くのが俺たちの仕事です。それに事件性も高い。―――雛河さんは引き続き唐之杜分析官と共にシステムの介入を急いでください!入江さん、行きますよ!」

 

隊員が制止するも慎導はその場から駆け出す。どうやら引き下がる様子は無いようだ。その様子に半ば諦めたような表情でため息を漏らす入江は指示の通り慎導の後をついて行く。

 

 

火の手があまり回っていない東側の窓から勢いよく飛び込むと2人は姿を消す―――

 

 

 

 

 

 

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「はぁ…はぁ……」

 

左手で口元を覆い、姿勢を低くして建物内を歩く。予想以上に火の回りが早い。身体中の水分を奪われ、気を抜けば倒れてしまいそうだ。

 

「((…あの2人も恐らくこの中に居るはず。油断はできない。…まともに戦闘になれば今の状態で乗り切るのは困難…))」

 

ピースブレイカーの2人組。

銃火器を容易に扱う2人とまともに殴り合えば、恐らく征陸を救うことは困難を極める。

 

しかし、梓澤がそんな簡単にその手を使うとも考えにくい。あの男の本当の目的もいとも読めない以上、慎重に動かないと―――

 

 

 

その瞬間、スーツパンツのポケットに入れていた携帯型デバイスが通話を知らせる通知音を鳴らす。

 

口元を覆いながらもポケットに手を伸ばせば、舞白はすぐに相手の通話に応じる。

 

 

 

 

 

 

『やあ、セカンド。調子はどうかなー?』

「――はぁ…はぁ……ッ…ゲホッ…」

『あれ?死にかけてる?―――あー…そっか。君、持病持ってるんだっけ。』

「……ッ……」

『ほーら、ゴールまであと少しだ。炎に呑まれないように気を付けないとね。』

 

 

無駄な会話は控えるべき。煙を余計に吸い込めば命取りになる――

 

病室まで残り少しだ。

今は集中して前へ前へと進むのみ。そして幸いにも奥の方はそこまで火の手は回っていない。

 

額から汗の雫が床へと滑り落ちる。

 

 

『――なあセカンド。君はこの世界をどう思う?』

「…………」

『またダンマリかー……まあ、口を開けば命取りになるからね。賢明な判断だ。』

 

緊迫感がない相手のペースに危うく乗せられそうになってしまう。自分の置かれた危険な状況とあまりにも呑気そうな相手の声色の差に怒りと焦りが込み上げそうになるが必死に堪える。

 

『この世界を統治する包括的生涯福祉支援"シビュラシステム"。それを管理するのは"厚生省"。そして"厚生省の機密機関"と何らかの関わりのあった君の存在。――まるでそのシステムから逃げるように海外へと逃亡したその行動、そして君は戻ってきた。』

 

「………ッ…」

 

梓澤の言葉に耳をすましながら慎重に歩みを進める舞白。時たま熱の力で割れる窓ガラスに体を跳ねさせながらも集中力を研ぎ澄ましながら、1歩1歩突き進む。

 

『未だに君の過去の経歴は不明だ。凄腕ハッカーの力を使っても君の過去を覗き見することはできない。……君は、この世界の何と繋がってる?』

「…………さあ……何を言ってるのか…さっぱりよ……――――ッ!!!…」

 

刹那、先程まで歩いていた通路の天井が炎によって崩れ落ちる。間一髪で巻き込まれなかったものの、予想以上に火の手が回るスピードが早い。

 

『あららー……大丈夫かい?』

「……ファースト・インスペクター……、いえ……"梓澤廣一"。目的は何にせよ、必ず私があなたを捕まえる。」

『……ふん、それはどうかな。』

 

 

険しく眉を顰める舞白。

デバイスを片手に持ったまま足早に突き進み、漸く目的の病室の扉が目に入る。

 

 

 

 

『――早くしないと、尊い命が失われるよ。』

 

 

 

刹那、耳に飛び込んでくる音楽。

デバイスから聴こえてくるのか、…いや違う

 

数m先の部屋からそれは微かに聴こえている。

 

舞白にはその曲は聞き覚えがあった。

征陸が好んでよく聴いていたオペラ曲――

 

 

 

ヴェルディのオ「トロヴァトーレ」

"見よ、恐ろしい炎を"

 

 

 

「…はぁ…ッ…お義父さん!――」

 

皮肉にも、その曲と今の状況がリンクしていた。

この舞台を作ったのが梓澤だとしたら、あまりにも残酷だ。

 

 

『Di quella pira... l'orrendo foco…ほら、聴こえてくるだろ?』

 

「……くっ……」

 

 

デバイスをポケットへと戻し、漸く部屋の前へとたどり着く。

 

 

しかし部屋の扉のロックは解除されない。傍らのロック解除端末に触れるも画面さえも切り替わらず何をしても扉は開かない。

 

となれば、物理的に破壊するしかない――

 

舞白はガンホルスターから銃を取り出し、扉の造りを瞬時に把握すれば急所部分に弾を数発撃ち込む。弾が弾かれるような凄まじい金属音が鳴り響けば、その後は何度も扉に向かって体を打ちつける。

 

 

「はあああああぁぁ!!!」

 

何度も、何度も鋼のように硬い扉に体を打ち付けると次第に感覚を失っていくようだった。

幸いにも右腕の義手は丈夫で硬い。ミシッと扉が枠から外れるような音が徐々に大きくなると、舞白は力を振り絞り飛び込むように体を打ち付けた。

 

 

 

「開けえええぇええええ!!!」

 

 

随分を失った口から半分乾いた叫びを上げる。

するとその瞬間扉は大きく凹み、鈍い音を立てて倒れ込む。

 

 

「…ッ!!…………お義父さん!?」

 

 

反動で同じく部屋に倒れ込むように飛び入ると、舞白はすぐさま体を起こす。

 

通常の病室の2.5倍ほど広い空間。変わらず油絵が描かれたキャンバスなどが置かれていた。

火災の影響で部屋に電力は来ていないはずなのに、不気味に古いレコードだけはクルクルと回り続け音楽を奏でていた。傍らの警備ドローンや介護ドローンは電力云々関係なく作動するはずなのに、何故かオフラインで停止状態だった。

 

 

 

「……その声は舞白ちゃん……かい?」

「お義父さん!よかった……」

 

部屋の奥のベッドから征陸の声が聞こえる。暗闇でよく見えず、傍に駆け寄ると征陸がいつもと変わらない様子でその場にいることにホッと安堵し、そっと右手に触れる。

 

 

「ナースコールも繋がらない……レコードも勝手に動いて、一体何が起こってる?」

「火災です。電力や他のシステム障害のせいで部屋のあらゆる機能が停止してます。」

 

舞白は相手を不安にさせないようにと手際よく動き始める。征陸に繋がれていた輸液セットのチューブに触れクレンメを操作し、流量の調節に入る。

 

しかし、征陸は徐々にに舞白の異変に気づく。そもそもこの場所に突然現れること事態有り得ない。よく見ると頬に傷や火傷も目に入る。

 

「待て……そんな怪我をして……それに何故ここに……」

「説明は後です。とにかく今はここから離れ――」

 

 

 

刹那、部屋の外から炎が燃え盛る音とは別の音が耳に入る。微かに近づいてくるその音に、舞白は猟犬のように体を緊張させ、唇を固く結ぶ。

 

 

微かに感じる人の気配、

嫌な予感しかしなかった。

 

 

「お義父さん!私の肩に腕を回してください!」

 

子の状況で車椅子は使えない。点滴袋をスタンドから取り外し、しっかりと握りしめる。そして征陸の体を支え、もう一方の出入口を目指して歩み始める。

 

「舞白ちゃん、本当に……何が…」

「大丈夫です。この先の職員専用通路なら、まだ火の手もそこまで回っていないことがわかりました。最悪、私がそこまで――」

 

舞白が破壊した扉の先からさらに聞こえてくる足音。

……早く逃げなければ――

 

 

「……ッ…………」

 

征陸を支えながら、無我夢中で出入口に向かう。幸いにも片側の出入口のシステムは不自然にも生きており、空いている左手でロック解除を行っていく。

 

舞白の逼迫した、ただならぬ様子の横顔を見据える征陸。全く余裕の見えないその姿に眉を顰める。

 

 

「……一体…………何が……」

「――開きました!早くここから逃げ…」

 

刹那、微かに目に痛みを感じ、喉も同じく麻痺したようにヒリヒリと、まるで氷を飲み込んだような冷たい感覚に襲われる。

 

――この感覚には覚えがある。

以前、ベトナムであの2人に仕掛けられた煙を吸った時。あの時に比べると違和感はそこまで感じないが、間違いなく同じ感覚だ。

しかし幸いにも微量だったのか、そこまで直ぐに体に反応は出ている様子は無い。

 

 

「((……須郷さんが言ってた……無色無臭の毒性ガス……))」

 

そして、隣の征陸は至って変わった様子は現れていない。……とすれば、あの管理室に意図的に撒かれていた可能性――

 

 

「……ッ…」

「おい!舞白ちゃん!?」

 

鼻からぽたぽたと滴り落ちていく鮮血に征陸は動揺を隠せない。しかし、舞白は足を止めることなく、長い廊下を突き進んでいく。

 

 

『――"セカンド"、義理の父親との再会を果たせて俺も嬉しいよ。』

「…………?」

 

舞白のポケットから聞こえる男の声。

征陸はその怪しげな声に険しい表情を浮かべていた。そしてそれに反応する余裕すら残っていない舞白はただただ歩き続ける。

 

 

『Di quella pira l’orrendo foco

Tutte le fibre m’arse. avvampò!――』

 

流暢な外国語を口にしデバイスから歌声が響き渡る。梓澤のふざけた行動に、舞白は怒りを顕にしていた。

 

『さあ、火炙りになる前に君たちはここから脱出できるかな。』

「……"梓澤"――ッ――」

 

長い廊下をなんとか進むも防火扉が邪魔をし2人は行く手を阻まれる。傍らに置かれている電子版に視線を向けるとシステムエラーが表示されており、デバイスを持っていない舞白は強く唇を噛み締める。

銃の弾で何とかなるような扉でもなければ、ハッキングしようにもかなりの時間を要するのは間違いなかった。

 

 

『"セカンド・インスペクター宜野座舞白さん"……君の力不足、そして君の自惚れのせいでまた誰かが命を落とす。君のせいで、親友の咲良ちゃんは命を失った、そして今度は義父、次は……誰だろうか?』

 

 

立ちはだかる目の前の鉄の壁を光を失った瞳で見上げる舞白。窓から飛び降りようにも、外は火の海。

そして迫り来る足音――

 

 

「((……考えろ、考えろ。何か策は必ずある。))」

 

必死に頭の中で様々な考えを巡らせる。

今までどんな危機も乗り越えてきた。今回も絶対に乗り切れる。

 

 

『また君に会えることを俺は願ってるよ。』

 

梓澤はそう言い残すと通話を終了させた。

 

怪しい謎めいた人物、そして会話内容に征陸は不信感を抱き声をかけようとするも舞白の見た事のない様子に声を詰まらせる。

 

 

男の言葉に翻弄され、ガクガクと左手が無意識に震える。

 

――自分のミスで、自分の力不足で……

 

 

 

 

親友が目の前で吹き飛ぶ姿

親友の家族の無惨な屍

放浪していた時に救えなかった命

渋谷の交差点に横たわる数年前の事件の犠牲者たち

世界に見捨てられた兄弟の命が消える瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

救えなかった

――その命が消える瞬間を

 

 

 

 

 

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刹那、体を強く揺さぶられると舞白は瞳に光を取り戻す――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「舞白さん!!慎導です!」

「おい!しっかりしろ!!!」

 

舞白と征陸の元に現れた2人組。それは一係の慎導と入江。病室に近づいていた気配は彼らのものだったのだ。

 

 

「――慎導監視官、入江執行官」

 

キョトンとした疲れた顔を見せる舞白。そんな彼女に入江はニヤッと笑みを浮かべながら征陸の体を支える。

 

「なんつー間抜け面してんだよ?オレらもお前に助けられっぱなしで借りだらけはたまんねぇからな?――ほら!オッサン!俺に掴まれ。」

「…お前さん達は?」

「あ、申し遅れました。僕は刑事課一係の監視官、慎導灼。彼は執行官の入江一途です。」

 

火の手が近づく中、相変わらず余裕そうな慎導。そしてふらふらと様子がおかしい舞白の体を支えると、柔らかな笑顔から険しい表情へと一変する。

 

「舞白さんから微かに毒物の反応が出てます。それに怪我も……外に出たら、すぐに治療しましょう。」

 

グイッと舞白の左腕に触れ、自身の肩に回しかける。

 

 

「……慎導監視官、私は――」

「話は後ですよ。僕はあなたとの約束を果たすためにここに来ました。それに、炯と如月執行官、舞ちゃんもあなたに救われたんです。」

 

舞白の行動がなければ教団内部で彼らが生き残っていた可能性は低かった。横流しした情報や意図的に彼らに近づき、救いあげてくれたその行動を慎導は理解していたのだった。

 

「あなたに救われたんです。そして今も、征陸さんを救った。今度は僕たちが救う番です――」

 

真剣な眼差しで舞白の瞳をじっと見据える。その心強い相手に舞白はホッと胸を撫で下ろし小さく息を吐く。

 

 

『慎導監視官!システム介入に成功です。あと2分後にスプリンクラーの稼働、救護ドローンも唐之杜分析官が手配済みです。』

 

「さすが先輩だな?」

「へへっ……雛河さん、ありがとうございます。」

 

『慎導監視官と入江さんの位置情報を元に出口のルートを割り出します。目の前の防火扉もすぐに解除するので待っててください。』

 

目の前の防火扉の電子盤が作動すると少しずつシャッターが上がっていく。これで何とか外まで出られそうだ。

 

 

「……懐かしい声だと思ったら、雛河執行官か」

『おっ……お久しぶりです!征陸執行官!』

「げっ!このオッサン……"マサオカ"って、あの征陸元執行官!?」

「失礼ですよ入江さん。征陸さんは"伝説の刑事"って呼ばれてたレジェンドなんですから。――で、舞白さんの義理のお父さんですもんね?」

 

"ね?"と隣の舞白に笑みを向ける慎導。その言葉に呆気に取られる入江は驚いた様子で舞白に視線を向ける。

 

「は?マジかよ……おっかねえ兄と旦那に、霜月課長の親友。それで伝説のデカが義父なんてよォ……」

「すごい世界線ですよね?舞白さん」

 

 

防火扉が完全に開ききる。

防火扉の先は多少炎に囲まれているものの十分に外に出られる程度にしかまだ火は回っていない様子だった。

 

 

「さてと……早く脱出しましょうか?」

 

4人は扉の先へと向かう。

不気味なレコードの音は変わらず廊下に響き渡っていた。

 

梓澤との通話は途切れ、あまりにも出来すぎのこの状況に舞白は疑念を持っていた。それに、外で待機していた患者は確かに口にしていた。白髪の老爺がここに居るのは間違いない。

 

 

 

 

 

そしてその疑念は、確信へと変わる――

 

 

 

 

怪しい赤いレーザーポインターの光が舞白の頭を捉える。

それにいち早くそれに気づいた征陸。

 

 

 

「――ッ……舞白ちゃん!!」

 

 

 

突如、入江に回していた腕を振り解くと舞白に向かって身を投げ出す。

 

体内に僅かに潜んだ毒物のせいでぼんやりとしていた舞白は突然のことに体がついて行かない。ただただ征陸に庇われるまま、床に思いっきり倒れ込む。

 

 

「……ッ……!!!!」

 

 

それと同時に、耳を塞ぎたくなるほどの銃撃音、ガラス窓が激しく割れる音に辺りは包まれる。

 

 

 

 

 

「狙撃手!?…監視官!そこの手前の部屋に入るぞ!」

「――ッ!!了解!」

 

激しく撃ち込まれ続ける銃撃。そして赤いレーザーポインターが蠢く光景から狙撃手は2人いると考える。

入江はすぐ近くの部屋のロックを解除すると慎導と協力し、なんとか室内に舞白と征陸を引き摺り込む。

 

 

 

「舞白さん!征陸さん!無事で――」

 

部屋の扉を再施錠する入江を横に、慎導は倒れ込んだままの2人に視線を向けた。

征陸に庇われた状態の舞白はゆっくりと上半身を持ち上げ、反応のない征陸の体をゆさゆさと揺さぶる。

 

 

「――おと……さん……、お義父さん!?」

「…………ッ……」

 

 

舞白の手にベッタリと付着するのは生暖かい真っ赤な血液。義手の隙間にも血液が吸い込まれるように浸透していく光景を目にし舞白は我を失う。

 

 

 

「おと……さん……ッ……お義父さん!!お義父さん!!!」

「征陸さん!」

「……ぐっ…………怪我は……ないか?……」

 

仰向けに寝させ、慎導はすぐに怪我の状態を確認する。舞白の頬に伸ばされる征陸の手を反射的に掴むと、泣きそうな衝動が喉元からせり上がり、二の句が継げなくなっていた。

 

 

『監視官!銃火器を持った白髪の2人組が50m先の院内の時計塔から移動してます。恐らくそちらの部屋に。』

「先輩!なんとか時間稼ぎできねぇのか?」

『一旦、近くの防火扉を一時的に閉めてます。でも、向こうにも同じようなハッカーがいるみたいで解除されるのも時間の問題です。』

 

雛河が裏で手を回すも相手側からの高度なハッキング技術に邪魔され続ける。銃火器を手にした2人組がこの場所にたどり着くまで時間は僅かしかない。

 

 

「弾は3発命中してます。…銃撃の応急処置は――」

「応急処置は私が!慎導監視官はフォローを!」

 

銃撃に関しての応急処置は何度も行ってきた。

"絶対死なせない"と舞白は強く口にすれば、すぐに手当を行っていく。

 

「左鎖骨中線第2肋骨上、右傍胸骨線第3肋骨上、右上腕に銃創……左呼吸音が減弱してます。……両側穿通性胸部外傷……脈拍も130は越えてます。すぐに処置しないと!」

 

「まずいですね。――雛河さん!!外の救急隊に直ぐに情報を伝えてください!」

『了解です!』

 

息をするのを忘れてしまう程に切羽詰まる舞白。自身にも毒物が巡っているにも関わらず、必死に今できる処置を行っていく。

 

 

「……ガハッ……ま……しろ…………」

「大丈夫です!すぐに救急隊に引渡します!!…お義父さん、……大丈夫、大丈夫……」

 

ぽたぽたと鼻から垂れる鮮血を腕で拭い、強ばった笑顔を征陸に向ける。

 

 

『20m先の防火扉が破られました!今ならその部屋から抜け出しても手前の防火扉が開かない限り銃撃は防げます!』

 

「おい!監視官!早くしねぇと全員危ねえぞ!」

 

今、この部屋から抜け出さなければチャンスはもう訪れない。銃火器を持った2人がここに現れれば、勝機は間違いなく失われてしまう。

 

なんにせよ彼らを足止めしなければ、無事にここから脱出は不可能。そして早急に征陸を救急隊に引き渡さなければ間違いなく命を落とす。

 

――となれば、最善の策はこれしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……慎導監視官。奴らは私がなんとかします。その隙に、お義父さんを連れて入江執行官とここから脱出してください。」

 

「お前正気か!?銃火器を持った2人に1人で立ち向かうなんざ……」

「その通りです!あなたは怪我も負ってる。装備も何も――」

 

「大丈夫です。私も対抗出来るものは持ってますから。」

 

その場から立ち上がり、ガンホルスターから小銃――リボルバー銃を抜き取り、弾を装填していく。

 

 

「現実的に、お義父さんを今救えるのはお2人しかいません。私には通信機もなければ、外務省と繋がることも今はできないんです。」

「一体……舞白さん、あなたは――」

 

『2つ前の防火扉が解錠されました!急いでください!!』

 

雛河の叫びが混じった声が慎導のデバイスから飛び出す。どうやら、これ以上考える時間はないらしい。

 

舞白は銃を両手で握りしめ、顔の横に持ち上げる。そして横たわる征陸に視線を向け、征陸の弱っていく姿に苦しそうに表情を歪ませる。

本当なら、自分が付き添っていたいと心の底から思っていたが今はそうはいかない。

 

慎導と入江を信じるしか他ない――

 

「…………ダメ……だ……、ましろ……」

 

「どうか、お義父さんをお願いします。」

 

 

再び闇に堕ちていく娘の姿に、征陸は必死に手を伸ばす。銃を握り怪我を負い、血にまみれたその姿を――そして黒く染まるハイエナのような獲物を狙ったその顔は、まさに"狂気"だった。

 

 

 

 

「おい!待――」

「入江さん、もう片方の扉のロック解除をお願いします。俺たちは征陸さん優先でこの場所から離れます。」

「……ッ……、……了解だ。」

 

入江の横を猛スピードで通り過ぎ部屋から出ていく舞白わ目で追うことしか出来なかった。

入江は言われるがまま扉を開くと、慎導と共に征陸を抱え舞白とは逆側の方向へと突き進んでいく――

 

 

 

「……どうか……無事でいてください。舞白さん。」

 

 

慎導は怒涛のような嘆きに襲われる。

彼女の身に一体何が起こっているのか――

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

「Madre infelice, corro a salvarti,

O teco almeno corro a morir!

All’armi, all’armi!――――」

 

 

部屋に響く歌声。

そして暖かな暖炉の前で、優雅にロックグラスを揺らす梓澤。

 

 

 

 

「君は、この世界の何を知ってる?……

ねえ?宜野座舞白さん――」

 

 

テーブルに乗せられた舞白のID情報が印字された白い紙。

空白だらけの"犯罪係数及び色相"の過去履歴。

 

 

 

「君が神の領域に値する人物であれば、このゲームで黒く染まらないことを願ってるよ。」

 

 

 

 

彼はこの時、暗い夜の向こうに、――人間の目のとどかない、遠くの空に、さびしく、冷ややかに明けてゆく、不滅な黎明を見たのである。

 

 

 

・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

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