whiter than white(PSYCHO-PASS) 作:鈴夢
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都内高層マンション―――
地上、およそ50階の超高層マンションのベランダの柵に体を預け、目の前に広がるビル群の煌びやかな夜景をじっと見据える。
11月初旬で、冷たい雨が降り注ぐ中、その女性はそれを気に止めることなく部屋着のままその場に佇んでいた。
長い白銀の髪は、やけに闇夜に灯りをともすように光り輝く。長袖のTシャツに、ショートパンツ姿、明らかな軽装で体は冷えきっていた。
そんな姿を寝室のベッドから見守っていた男は、ゆっくりと起き上がり、傍らの椅子に掛けてあった長袖のパーカーに手を伸ばし、寝室の大窓を開け、ベランダへと向かう。
「どうした舞白。眠れないのか?」
サッと肩にパーカーを掛けられると、舞白は首を動かし、眠っていたであろう相手に視線を向ける。
「ごめんなさい、起こしちゃった?」
「いや。俺もなかなか眠れなくてな。」
"風邪をひくから着ろ"と舞白に声をかけ、素直にそれを聞き入れると、明らかに大きい男性用のパーカーに袖を通す。
「任務明けで、1日も休みを貰っちゃうと逆に疲れちゃうね?伸元さん」
「確かにな。でも、久しぶりにゆっくり過ごせて良かっただろう?」
「うん。ダイムと3人でゆっくり散歩できたし―――」
舞白と宜野座はお互いを見つめ合うと嬉しそうに笑みを零す。そしてふと、今日の日中の幸せな時間を思い出していた。
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午後14時過ぎ。
整備された街中を歩く舞白と宜野座、そしてダイム。
ダイムを真ん中に挟み、リードを握る舞白、片手にはホットコーヒーの入ったドリンクホルダーを。宜野座は買い物袋と、舞白と同じくドリンクホルダーを片手に持ち、舞白と他愛のない会話を挟み道を歩いていく――
「ねぇ、あの人カッコよかったよね?身長も高いし……脚長……」
すれ違った女性2人組が宜野座を横目に、きゃっきゃっと騒ぐ。
「隣の女の人もモデルさんみたいだね?それに凄い髪色……さすがに地毛じゃないだろうけど…」
「あの雰囲気だと、付き合ってるのかな?」
離れていく2人の後ろ姿を立ち止まって見据える2人。片方の女性が、じっと何かを確認すると騒ぎ立てていた女友達に言葉を放つ。
「よく見なさいよ、2人とも指輪嵌めてるじゃない?男の人は右手の薬指だけど……」
宜野座は義手の左手には勿論指輪を嵌める事ができず、右手の薬指に。よくよく様子を見れば、結婚していてもおかしくない雰囲気を醸し出していた。
「……なんかいいな〜。あの2人もシビュラシステムの相性診断で出会ったのかな?だったらピッタリ過ぎない?」
「ね?さすがシビュラさまさま―――」
2人組の女性は諦めたような様子で会話を収めると再び歩き出す。勿論それに気づくはずもなく、舞白と宜野座、ダイムは街中の紅葉した木々のホロを横目に歩き続けていた。
「うーーん……いい気持ち……」
ぐーーっと体を伸ばし、綺麗な秋晴れの空を見上げる。秋の日差しが並木の上に踊るように輝けば、隣の宜野座も微かに笑みを浮かべる。
「こんな陽気だが、夕方から大荒れらしいぞ」
「えー……そうなの?せっかくベランダでゆっくり夜風に当たりながらお酒飲もうと思ってたのに〜」
むーー、と口を尖らせ、視線を右手に広がる公園に目を向ける。広々とした都立公園。子供たちの声や、自分たちと同じく犬の散歩をする人達で溢れていた。
そして、舞白はピタッと立ち止まると宜野座も同じく足を止める。
「舞白?」
舞白が視線を向ける先に、宜野座も目を向けると、何か思い出したような表情を浮かべる。紅葉したイチョウの木の下のベンチで本を読む人物。その人物は、つい数週間前に出会った男性だった。
品のある紺色のウールジャケットを羽織り、センタープレスの細身のパンツに革靴。そして、主人の傍らに大人しく座る気品のあるボルゾイの姿。まるで絵画に表現できそうなその景観に、舞白は見入っていた。
「あの人、確かこの前話した人だよね?」
「あぁ……間違いないな。」
ペラっと本を捲るその人物は、2人の視線に気づいたのか舞白達とバッチリと視線が交わる。すると、その男性はベンチから立ち上がれば、浅く会釈をし、じっとこちらを見つめる。舞白と宜野座も、つられるように会釈をする。
「……ワンっ!」
すると、ダイムがしっぽを振り、公園に入りたがる様子を見せる。舞白と宜野座はその様子に気づくと、視線を合わせ、公園に足を踏み入れる―――
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「奇遇ですね?またお会いできるなんて。ご夫婦でお散歩ですか?」
穏やかに微笑む男性。物腰柔らかく、声色も落ち着いていて、正に"眉目秀麗、余裕綽綽"と言う言葉にピッタリな人物。
「はい。久々に、お互い仕事が休みで気候も良かったので。せっかくなら"3人"で買い物がてら散歩でも、と」
「羨ましい限りですね。旦那様も、奥様のような可愛らしい方を連れて歩けるのは鼻高々でしょう?」
スラッと詰まることも無く、スマートに舞白を褒めるような言葉を放つ男性。以前のように、そんな言葉に恥ずかしそうな様子を見せる舞白は、慌てて両手を振るう。
「そんなご冗談を。…お上手ですね?」
"やだやだー"と誤魔化すように笑っていると、隣に立っていた宜野座は、舞白の肩に手を乗せ穏やかに微笑む。
「おっしゃる通り、自慢の妻ですよ。…強くて、真っ直ぐで、オマケに美人で……」
「ちょっと!やめてよ、恥ずかしいから――」
舞白は宜野座の背中を叩くと、真っ赤に赤面し顔を火照らせる。何とか話題を変えようと、ふと男性が手にしていた本に目を向る。
「"オルテガ"の大衆の反逆……」
本の題名を口にすると、男性は驚いた様子で舞白に視線を向けた。
「ご存知なのですか?」
「はい。よく読みました、その本。」
「お若いのに、珍しいですね。…ということは、"パスカル"のパンセもご存知で?」
「セットで読みました。面白いですよね、その本―――」
"ここの文の―――"と嬉しそうにはしゃぐ舞白を横目に、密かに悶々とする宜野座。男性はその様子に気づき、話しの区切りが良いところで宜野座へ視線を向ける。
「―――そういえば、自己紹介がまだでしたね」
男性は懐のポケットから名刺を宜野座へと差し出す。それを受け取った宜野座は、名刺に表記されていた肩書きに驚いた様子を見せ、隣で名刺を覗き見した舞白も同じく目を見開く。
「"東京グランデュールホテルホールディングス"、社長……」
誰しもが耳にしたことのある大きな会社の名前だった。それに肩書きは"社長"。目の前の、かなり若そうな男性がまさかそんな大物だったなんて……と、2人は驚きを隠せない。
「法斑静火(ホムラ シズカ)と申します。もし、グループのホテルにご宿泊の際にお声頂ければ。この前のコートのお詫びを―――」
法斑は再び丁寧にお辞儀をすると、2人ににこやかに微笑みかける。
さすがに相手に名乗られては、こちらも名乗らない訳にはいかない。しかし外務省はともかく、"行動課特別捜査官"という肩書きは、一般人にはできるだけ伏せるのが暗黙のルールだった。
「外務省領事局で事務官を担当してます。宜野座伸元です。」
宜野座は舞白に視線を送る。すると同じく、舞白も自然な笑顔を浮かべ自己紹介をする。
「夫と同じく、私も外務省に務めてます。宜野座舞白です。」
法斑は特に表情を変えることなく、穏やかな表情を崩さない。
「ご夫婦揃って外務省勤務ですか、それは凄い。…ということは、今の時期、かなり多忙なのでは?」
開国が始まってからというもの、外務省の各局は彼の言う通り多忙を極めていた。しかし、本当の勤務先である"行動課特別捜査官"は時期関係なく、任務の度に命の危険と隣り合わせだ。
「そうですね。入国者の対応に追われっぱなしで……かなり忙しいですよ。」
宜野座の自然な返しに、舞白も全く違和感を感じない。
"外務省に勤めている、ごく普通の夫婦"
2人はそれを自然に演じていた。
「法斑さんもお若いのに……大きな会社の社長さんなんて」
「外務省の職務と比べれば大したことありません。それに―――」
法斑が言葉を続けようとした瞬間、彼のジャケットのポケットから通知音が鳴り響く。すると法斑は携帯端末を取り出し、微かに表情を変える。すると端末を再び戻し、2人に視線を向ける。
「申し訳ありません。もっと、お2人とお話ししたかったのですが、生憎急用が入りましてね―――」
そっと手を差し出す法斑。
「楽しい時間をありがとうございました。また、お会いしましょう。宜野座伸元さん、舞白さん。」
「こちらこそ」
差し出された右手に、自身の右手を差し出す宜野座。握手を交し、互いの瞳を交える。そして、法斑の瞳が舞白へと移れば、じっと見据えると手を差し出す。
舞白は義手の右手を抵抗することなく差し出せば、しっかりと握手を交わす。法斑も顔色一つ変えることなく、しっかりと握りしめた。
「では、失礼します。」
法斑は会釈をし、愛犬と共にその場を去っていく。ボルゾイを引き連れ歩くその様は、周囲の人たちの目を不思議と惹くものがあった。
「まさか、また会えるなんてね?」
「ああ。……それに、まさかグランデュールホテルの社長だとは―――」
"行こう"と宜野座はダイムを繋いだリードを手に取り公園の奥へと進んでいく。舞白も歩調を合わせて進むも、ふと振り返り、法斑へと視線を向ける。
「((法斑…静火……))」
何故かは分からない。ただ、彼には惹かれるものがある。勿論、恋だとか、そういった物ではなく――
彼の放つ妖しさというか、不思議さ……なんとも言えない"はがゆさ"を感じるのであった。
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「舞白……、おい、舞白?」
トントンと肩を叩かれ我に返る。
どうやらボーッとしていたらしい。
気づけば降り注ぐ雨はさらに強まり、ベランダ内にも風に煽られた雨水が降り注いでいた。
「雨風が強い。部屋に戻ろう。」
「うん。」
宜野座に腕を引かれ、大人しく再び寝室へと戻る。外のビルの光が入り込まないようにと、カーテンを閉めると、広いベッドにごろんと寝転ぶ。宜野座も遅れてベッドへと身を委ねれば、舞白を自分の胸元へと引き寄せ、瞼を閉じる。
微かに聞こえる雨音、その音が無性に心地よく感じる。危険な日々が嘘のように、2人をそっと包み込んでいた。
「……明日からも、よろしくね。」
胸元に顔を埋めたまま、口を開く舞白。
「ああ。明日からも任務が始まる。……お前なら大丈夫だ」
「"トランスポート社"の役員と顧問を欺くなんて……私に出来るかな?」
つい数時間前に発生した巨大輸送機墜落事故。外務省行動課の人間たちは、その事実を既に調査し、次の一手を進めていた。そして、漸くその一歩を明日踏み出すのだが、重要な役目を担う舞白は珍しく不安そうだった。
「国内の事案に深く関わるのは不安か?」
「……ちょっとだけ。ほんのちょーっとだけね?」
「心配するな。お前は1人じゃない。」
舞白は胸元から少し顔をずらせば、ゆっくりと上に頭を傾ける。暗闇の中でも分かる、宜野座が優しく口角に弧を描いている表情が。
「うん。そうだよね?…みんなついてる…」
舞白は眠気に襲われると、ゆっくりと瞼を閉じる。
そんな相手を見つめ、額にそっと唇を当てる宜野座。
穏やかな雨音に包まれる2人は、そのまま深い眠りにへと誘われて行く―――
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深い、深い深い地下施設。
そこに1人の人物の足音が響き渡る。
行先は厳重な警備が敷かれているであろう扉。そこに特殊な携帯端末を近づけると、その扉はたちまち光を放ち、ホログラムが解除され、さらに奥深くへと続く道へとその男を誘う―――
トンネルのように続く奥先に待っていた部屋。
そこは一言で言うならば"神秘的な空感"。
巨大な三角形のテーブルのような機械を中央に、まるで伽話の一国の王が腰をかけるような大きな椅子が3つ置かれていた。
既にその内の2つの椅子には、とある人物が腰掛けており、現れた"男"に視線を向ける。
そしてその男は、その2人に向かって一礼し、自らの名を明かす―――
「本日より同席します。法斑静火です。」
その男は、昼間に舞白と宜野座と再会した品のある落ち着いた人物。法斑静火―――
スーツジャケットを綺麗に着こなし、真っ直ぐと立つその姿はその人物の全てを写しているようだった。
法斑をじっと見据えていた"2人"
その人物たちも名を明かしていく。
「代銀遙熙(シロガネ ハルキ)だ。歓迎するよ」
両肘をテーブルにつき、手を組む老人。口髭に顎髭を蓄え、グレーの洒落たスーツを着こなしていた。歳は70代あたりだろうか?かなりの貫禄を感じる知的な男性だった。
「私は裁園寺莢子(サイオンジ キョウコ)よ。…随分若いのね」
顎に手を添え、優美に微笑む美しい女性。真っ白な肌に、派手な赤いドレスに身を包み、年齢不詳だった。
「よろしくお願いします」
法斑は空いている席へと腰掛ける。
するとその瞬間、3人が囲む真ん中の空間に筒のような、不思議な形状をしたものが現れると、男性の音声が流れる。
『議事進行ミドルウェア、ラウンドロビン起動――』
法斑の前に認証機能が現れると、そこに手を添え、あらゆる情報を読み取られていく。
『ユーザー認証、法斑静火―――
コングレスマン 適正ユーザーです。』
「さぁ ラウンドロビン。始めてくれ」
代銀が"ラウンドロビン"とやら、システムに言葉を放つ。
『第一〇七七九郷事案
リレーションスタート』
ラウンドロビンは何やら意味深な言葉を放つと、それを取り囲む3人が口を開く。
「親は私だ。ジョイン――」
代銀がそう口にすると、同じく残りのふたりも"ジョイン"と発する。
中央に浮かぶ美しい電子塔のようなホログラム。そこに映るのは、一係の新任監視官の2人の顔写真―――
慎導灼
炯・ミハイル・イグナトフ
『リレーション完結まで参加を継続してくだい。欠席や妨害行為は"執行対象"になります。』
何やら、この場にいる3人はなにかのゲームを始めているようだった。まるでシビュラシステムのような言葉を放つ"ラウンドロビン"。一体それは何なのか―――
「ようこそ、ビフロストへ」
「この社会での真の自由と権力をかけて
―――心躍るゲームをしようじゃないか?」
裁園寺と代銀は新しく参加する法斑を心から歓迎する。
「望むところです―――」
法斑は気味が悪いほど全く表情を変えない。真っ直ぐとその先を見すえるその瞳は、一体何を思い描き、何を企んでいるのか。
それは、神のみぞ知る―――
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