whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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全てが亙る

 

 

 

 

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―――同日 午後17時過ぎ

公安局展望テラス―――

 

 

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テラスのベンチに腰掛ける2人。

そこにはイグナトフと如月の姿―――

 

 

 

「――罪?」

「…はい。前任監視官の事故についてです。」

「聞かせてくれ、――」

 

 

 

橙色に染まる空。

周りのビル群も美しい夕陽の光に包まれると幻想的な光景が広がっていた。

 

しかしそれとは対照的に展望テラスに佇む2人の影は、暗くどんよりとした空気だった。

 

 

 

 

 

「―――執行官になる前はスイミングアスリートでした。…当時私には恋人がいました。」 

「経歴には目を通している。君たちが乗っていた車が事故にあったと。」

 

 

 

如月は拳を固く握り締め、指の肉に爪を立てながら当時の鮮明な記憶を脳裏に浮かべる。

 

 

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大きな衝撃で変形する車。作動したエアバッグ。微かに漂う煙の臭い。頭に響く鈍痛。額から滑り落ちる生暖かい血液。

 

そして、運転席に座る変わり果てた最愛の恋人。

自分と比にならないほどの大量の血を流し、何度声をかけても反応は無い。

 

薄れる意識の中、必死に彼を呼び続けた―――

 

 

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「……相手の過失でした。彼も私も色相が悪化、施設送りに。―――なのに、加害者はサイコパスに変化はなく罰金刑を受けただけ。」

「…………」

「その後施設で彼は亡くなり、私には執行官適性が出てそれを受け入れました。――怒りの矛先が欲しかったんだと思います。」

 

 

悲しみと絶望の淵に陥ったあの時。

ただただ誰にもぶつけようのない憤懣。

 

今まで無縁だった執行官という仕事に全てぶつけてやろうと思っていたあの時。

 

―――しかしそれでも尚、彼への気持ちや加害者への憎しみは消えることは無かった。

 

 

 

「そして1年前のある日、ネットでオンラインカウンセリングを見つけました。半信半疑のまま事故の加害者への不満や報復を打ち明けました。」

「……それで?」

「相手がまた、事故を起こしたんです。――そしてしばらく経った時、そのネットワークから私に指示が来ました。」

「指示?」

 

俯き加減で話し続ける如月の顔を覗き込むように視線を向ける。彼女は更に苦しげな表情を浮かべては、更に拳に力を込める。

 

 

「はい。―――内容は、整備班に検査の要望書を送るようにと。」

「…異様すぎる。」

「公用車のエンジン音がおかしいと、"嘘の報告を上げろ"と。……その直後、前任監視官の2人が――」

 

ギュッと瞼を閉じると悔しそうに唇を強く噛み締める。

 

 

慎導とイグナトフが来る前に、一係の監視官として席を置いていた2人の姿が脳裏に蘇る。

施設送りになった吉良元監視官、そして事故死した布施元監視官。

 

自分のせいで最悪な結果を招いてしまった、と。

 

 

「私は、歯車の1つだったんです。――怖くなった私はそれ以来指示を無視しました。――すると、死んだ恋人の名で、花が送られてくるようになったんです。」

 

 

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定期的に届けられていた"贈り物"

 

真っ赤に染まった死を連想させる花、彼岸花。

メッセージカードには狐のマークと共に言葉が書かれていた。

 

"僕を忘れないで"―――

 

 

 

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「脅迫か……」

「はい。そして、教団施設にいた"あの男"が花を贈ったと分かりました。」

「――梓澤廣一!?」

 

教団内部で会ったあの男。

あの男が間違いなく"梓澤廣一"

 

低い含み声、それは自信に満ち満ちた高圧的な声色、口調。

 

あの声が如月の脳内に残り、何度も再生される。

 

 

「あの男に私は操られていた……っ……」

 

掠れ、消えてしまいそうな如月の声。

悔しさ、憎悪、怨み。

ありとあらゆる怒りや負の感情がその声から感じられる。

 

いつもの彼女はどちらかというと物事に左右されず、冷静で大人しい印象だ。そんな彼女が手を震わせ、頭を垂れ、今にでも泣き出してしまいそうな程に感情を揺さぶられていた。

 

イグナトフはその様子に、同じように苦しい表情を浮かべていた。

 

 

「最初の加害者はどうなった?」

「一時的に施設に隔離されましたが、色相も回復し普通に暮らしています。」

「……今はどう思っている?」

 

イグナトフの問いかけにゆっくりと顔を上げる。一瞬イグナトフに視線を向けるも、どこかバツが悪そうに視線を落とせばゆっくりと冷静に口を開いた。

 

 

「最悪の事態になる可能性もあった。――――処罰は、覚悟しています。」

 

 

如月が狐だったという事実。

それにより被害を蒙った者も居ることは間違いない。

 

―――"処罰は覚悟する"

その言葉を言い放つと、如月はイグナトフを真っ直ぐと見据える。

 

彼女の嘘偽りないその瞳。

苦しみを味わってきた曇りひとつないその瞳。

 

イグナトフはそんな彼女を怒り、罵る事はない。

 

「俺が課長に話す。……今は、誰にも話すな。」

 

 

 

憐みとも愛ともつかぬ涙ぐましい心情。

今は、そんな彼女に同情することしかできなかった―――

 

 

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―――同時刻

都内 高級懐石料理店―――

 

 

 

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「彼が免罪体質者だったなんて。当然、常守朱も知っていた――何らかの取引の結果、慎導灼を監視官とした――」

 

 

 

だだっ広い和室。

空間を大いに持て余した豪華絢爛とも言えるその部屋に霜月の声が通る。室内に差し込む赤い夕陽の光。現実離れしたような空間はまるで別世界に居るようだった。

 

そんな霜月の対面側に座るのは、公安局局長 細呂木の姿。彼女の台詞に対し、ニヤリと口角を持ち上げればそっと口を開く。

 

 

「推測はさておき、監視官適性が規定以下となれば通常通り処理する。依存あるまいね?」

「…はい。」

「我々の第一の問題は"ビフロスト"だ。そしてそれに関わっているであろう"宜野座舞白"の存在。」

 

細呂木は霜月に目陰を向け、そっと座卓に湯呑みを置く。

 

完全なるシビュラシステムの裏をかく"ビフロスト"の存在。そして敵味方はともかく、厄介な人物が面倒事に絡んでいるという事実。

 

そんな細呂木の視線に気づくと霜月は小さく息を吐く。舞白と親しい間柄の自分を疑っているのでは無いのか?なんて考えが頭を過ぎる程に向けられる視線は冷徹なものだった。

 

「局長。……彼女の事はさておき、ビフロストに関して。私の考えではシビュラシステム運用以前から存在しなければ成立し得ません。」

「そんな存在が有り得ると?」

「まだ仮説です。調査し、報告します。」

「頼んだよ、霜月課長。

―――そして君のお友達に関しても、私は"遺憾"でならなくてね。」

「宜野座舞白が裏切る、……そう言いたいのですか?」

 

相手の物言いに目を尖らせ、ぐっと手元に力が篭もる。

今後、一体どのように舞白が姿を現すのか。どのような行動を起こすのか。それは霜月も予想することはできない。親友の行動について、まともに連絡すら取れない相手を霜月自身が1番気にしていた事だ。

 

 

だが、霜月は信じていた。

彼女はそんな事はしない、絶対に―――

 

 

「彼女に関しても今後捜査を行います。外務省との合同捜査も始まりますし、彼らも彼女を追っているのは事実。……それに……」

「……なんだね。」

 

"それに"と言葉を放ったと思えばその先を詰まらせる。何か言いたげに、一瞬眉を寄せ真っ直ぐと細呂木に視線を向ける。

 

「――シビュラシステム。あなた達もここで宜野座舞白を失う訳にはいかない筈。慎導灼と同じく、彼女も免罪体質。彼女がどんな人物なのか、あなた達がいちばん理解している。……そうですよね?」

「……フフっ」

「"遺憾"だなんて微塵も思っていない。むしろこの結果に"満足"しているのでは?2年前、海外失踪から戻ってきた彼女を厚生省機密機関ではなく、外務省に彼女を置くことを許したその選択、理由。この状況結果を分かっていた―――」

 

 

舞白とシビュラシステムの関係性。

それは大きく歪なもので誰にも理解しえないものだった。

 

今までのシビュラの行動と舞白の行動。それを見る限り、彼らには考えがあるはずだ。

"外務省という立場を利用させ、狐に成り代わせた"

"梓澤廣一と8年前に起きたあの事件の関連性"

……まさか、それを火種に舞白を利用しているのかもしれない……

 

有り得ない憶測が脳裏を行き交う。

 

舞白が、親友が、大切な人が。

更に暗闇に、深い深い沼に堕ちて行ってしまうような。

 

そんなやり場のない感情に苛まれる霜月を目の前に、細呂木は微かに口角に弧を描くとゆっくりと口を開く。

 

 

「フッ……やはり、君は優秀で理想的な市民だよ。」

「そうでしょうか?たった1人の人間に翻弄される、退屈な存在に過ぎないことは理解してます。」

「近頃はそうとも限らないがね?君は面白い、実に"人間らしい"。宜野座舞白のような"君子豹変""狐狸変化"とも言える人間にそこまで執着するなど―――命知らずとしか言えないな。」

「確かに、彼女といると命がいくらあっても足りないです。でも彼女には信念があります。それに、悪事も働かないですよ?局長の言葉は間違いです。」

 

余裕気な含み笑いを浮かべる霜月。その表情を見た細呂木は僅かに嘲笑を浮かべればゆっくりと立ち上がる。

 

 

 

「悪い結果にならない事を、私も願っているよ―――」

 

 

 

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―――細呂木と別れ40分後

首都高速道路 車内にて―――

 

 

 

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「なんて厄介なのを推薦したんですか!?」

 

 

慎導灼の推薦者"常守朱"。

細呂木との密会後、面倒な人間を推薦した相手に改めて怒りを押し付ける。

 

相変わらずの物言いに常守は呆れるどころか愉しそうに笑い声をあげていた。

 

『ふふっ、でも優秀でしょ?』

「本当に勘弁してください!舞白と征陸さんも巻き込まれるし、例の残党も現れるし、先輩が何でもかんでも潰すから!こっちがとばっちり受けるんですよ。」

『私が一人でやったような言い方ね?』

「舞白に会ったら同じように言ってやります。」

 

 

昔から無茶苦茶な行動を起こす先輩の常守を筆頭に、霜月の周りにはトラブルメーカーしか存在しなかった。

常守、舞白。そして新人監視官の2人。領分を荒らしまくる外務省の連中も十分にトラブルメーカーだった。

 

どいつもこいつも面倒事を起こしやがって……なんて小さな声で呟く。しかしその中、半ば呆れ顔でデバイスに映る常守をじっと見据えるも霜月の本心がついつい心から漏れ出す。

 

 

「とにかく、新人監視官2人は私が面倒見ます。」

『それって…』

「刑事課は人手不足なんです!今、慎導を失うと困るんですよ。」

 

フンっ!!と両腕を組み、そっぽを向く霜月。子供っぽい行動は変わらずだな、なんて画面越しに常守は考えてはいたものの責任を投げ出さず、自分のやるべきことを理解した上で全うする彼女に、常守は信頼を置いていた。

 

 

『逞しくなったわね、美佳ちゃん。』

「はあ?なんですか?その言い方。私は刑事課の課長ですよ?見くびらないで下さい。」

『前々から美佳ちゃんが凄いことは分かってた。…だけど、何だろう……』

 

"うーーーん"と顎に指を添え考え込む。

そして何か思い浮かんだのか嬉しそうに笑みを浮かべ、曇りひとつない真っ直ぐとした瞳を霜月へと向ける。

 

『真っ直ぐな信念。強い意志を感じるの。』

「非科学的な発言すぎます。先輩、スピリチュアルにでも目覚めたんですか?拘留中暇すぎて。」

『なんとでも言ってくれて構わないわ?……でもそう感じる。』

「胡散臭い……」

 

相変わらずの物言いに。自分に対する態度に。久しぶりに懐かしさを覚えると常守は嬉しそうに笑っていた。

霜月も、強がるような真っ向に喜びを隠す言動をするものの、先輩である常守に言われた意外な言葉に対してどこか隠しきれない喜びが漏れ出す。

 

 

 

『きっと、舞白ちゃんもそう思う。』

「……」

『舞白ちゃんと美佳ちゃん。互いにその存在があったからこそ、今があると思うわ。』

「先輩に言われなくても分かってます!」

『ふふっ、余計なお世話だったわね?』

 

常守の脳裏に仲睦まじく前を歩く2人の背中が浮かぶ。とくに、舞白が外務省から出向してきた2年前の3ヶ月間。そんな2人の背後を見てきた常守はその光景がいつも微笑ましかったのだ。

 

互いを高め合い、助け合う。

傍から見ると"本当にこの2人は合うのか?"なんて思うほどに揉めるような姿を見せたこともあったが……

 

どんな時も互いを思会うその関係性は誰にも邪魔できない、真似出来ないものだった。

 

 

 

「必ず。全て終わらせてみせますから。

―――見ててください、先輩。」

 

『うん。頼んだわ。』

 

 

通信が切れ、霜月は背もたれに体を預ける。

ふと車内から外に視線を向けると明るい満月か視界に入り込む。

 

雨は降っていない。

澄んだ空気に浮かぶそれを、霜月はどこか懐かしげに眺めていた。

 

 

 

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同時刻。

 

寒空の下、都内から離れた郊外の道路を大型バイクが音を鳴らしながら進んでいく。

 

霧をはらんだ冬の夜ふけの冷たい空気がヘルメット越しでも分かる程に、硬い粉のように瞼や頬に刺さる。

 

 

 

両脇には本物の木々が生い茂り、まるで童話の中に出てくるような道だった。

都心から離れれば離れるほどに消えていく、ホログラムで塗り固められた偽物の自然。

 

 

―――見覚えがある

 

 

 

 

 

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「……ッ……ふーーー……やっと着いた。」

 

 

山奥のある場所にたどり着いた舞白。

フルフェイスのヘルメットを外し、深呼吸すると目の前の建物に視線を移し、懐かしい光景に目を細める。

 

 

 

「まさか、またここに来るなんて。」

 

 

白壁の洋風の建物。

まるで童話の世界に迷い込んだような錯覚に陥りそうな程に、神秘的で美しい。

木々の隙間から柔らかな月の光が差し込み、冬だというのに優しい山々の香りも漂う。

 

 

 

 

この場所の持ち主は―――

 

 

 

 

 

 

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"僕の隠れ家みたいなものさ―――"

 

 

 

 

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白い姿をしたあの人。

槙島聖護。

 

 

 

8年前、ウカノミタマ管理センターに向かう途中に連れられたこの場所。舞白はこの場所で全てを奪われたと言っても過言では無いほどの思い出があった。

 

 

温かくて甘いハーブティー。疑うことも無く口に運んだあの時。

強烈な眠気に襲われ、その間に埋め込まれた首の毒。

 

 

あの時の自分は詰めが甘かった。簡単に敵の罠に

 

「……本当に……あんたにはどれだけ悩まされッ……」

 

 

突如、術後の首が激しく痛むと持っていたヘルメットを地面に落とし、その場にしゃがみこむ。

 

この光景に充てられてなのか、それともここ数日の無理のせいか。理由は不明だ。"ジクジク"と首の鈍痛が当時の記憶を思い出させるように舞白を蝕んでいく。

 

「―――ッ……く……」

 

つくづく嫌なタイミングだ。

たとえ中の異物が取り出されたとしても、一生この傷は痛むらしい。

 

痛みに苛立ちながらバイクの後部座席に収納していた大きなリュックを取り出し、ゆっくりと建物へと近づく。

 

無施錠の錆びれたドアノブは氷のように冷たい。同時に凍てつくほどに冷たい風が吹き荒れると、舞白は躊躇することなく中へと足を踏み入れる。

 

 

 

部屋に差し込む月の光。

複数の本棚、グランドピアノ、暖炉―――

あの時と全く変わっていない室内の様子に様々な感情が込み上げてきた。

 

歩みを進める度に床からはふわりと埃が舞い上がり小さく咳き込む。部屋の真ん中に辿り着き、その場に立ち尽くす舞白。

主を失った白壁の建物は、どこか寂しそうだった。

 

 

┈┈┈

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あれから舞白は万が一の追跡を逃れるため自宅から姿を消し、梓澤の指示通りに動いていた。

 

"逃げ続けろ。俺が指示する人間意外との接触は許さない。"

 

無期限の鬼ごっこのようなものだ。

 

だが、恐らく何か問題を起こさない限り誰も自分を追うような事はしないはずだ。昨日の兄の行動から考えるとそのようにしか捉えられない。もし本当に自分を捕まえるのであれば絶好のチャンスだったはずだが、それを狡噛は起こさなかった。

 

しかし、それは兄に限っての話。

宜野座はどうだろうか?

 

今までの言動から考えると万が一自分を見つけた時、彼は見逃すようなことはしないだろう。

 

 

 

「……一先ず、この場所使わせてもらうよ?槙島さん。」

 

"ドサッ"と重量のあるリュックをソファへと下ろすと部屋を物色し始める。8年前のあの時、ほとんどこの場所では眠っていただけだった。

 

「紙の本。本当に、こーいうところは私と同じなんだね。」

 

部屋の一角に置かれた巨大な本棚。そこには読み切れないほどの大量の本が収められ、彼が生粋の読書好きだったという事が分かる。

埃だらけで色褪せた本たちは主人と同じく、永遠にここで眠り続けるのだろう。

 

 

「本棚……奥は普通にキッチンに洗面所に……。あの棚は―――」

 

暖炉の傍に置かれたアンティーク調の木製の小さな棚。

ふとそれに視線を奪われると手で埃を払い引き出しに手をかける。滑りが悪いのか何度か揺らし、ようやく開かれる。

 

 

 

 

「何これ、書類?」

 

中に入っていたものはファイリングされた用紙。

今の時代、紙でファイリングされたものは珍しい。何もかもが電子ツールで管理されている中、それはそれで"彼らしい"なんて考えてしまう。

 

 

分厚い紙の塊を1枚、また1枚と捲っていく。

 

 

 

 

「―――ッー?」

 

 

すると、とある情報が載せられた用紙を見つけた舞白の手が止まる。裂けるほどに見張った瞳。呼吸することを忘れてしまいそうなほどに、舞白は驚きを隠せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ……梓澤廣一……」

 

 

見覚えのある男の写真とID情報。

それは紛れもなく、梓澤廣一だったのだ。

そこに記されていた最終経歴、"花橋コーポレーション 製造本部へ異動"

 

 

その情報と共に、咲良の父親、母親、弟の写真が挟まれていた。

 

 

 

 

「確かに……あの時―――」

 

 

 

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"―――花橋コーポレーション。実は半年ほど、ドローン製造の本部長を任されたことがあってね?―――"

 

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かつて茗荷谷の廃棄区画で対峙したあの時、間違いなくあの男はそう口にしていた。

未だに梓澤廣一という男がどのような人間なのか想像すらつかない。

 

そして、まさかここで8年前のあの事件に通ずるもの……

 

 

 

あの事件は槙島が単独で行ったものじゃなかったのか?

いや、そんなはずは無い。槙島の目的から考えても梓澤と結託することはまず有り得ない。槙島はチェ・グソンと名乗る男とバディで行動していた…

 

花橋コーポレーションに在籍していた梓澤が"たまたま"利用された?だったとすれば梓澤サイコパスも影響を受けるはず。

 

 

 

 

 

「わけわかんない……どういう事。」

 

グルグルと深堀する度に頭が混乱する。

グルグルと過去を遡る度に親友が命を落とす瞬間が再現される。

 

 

 

 

「……咲良……」

 

 

持っていた書類を強く握り締め、その場に力なく膝を着き頭を垂れる。

 

底知れぬ哀感。

張り詰めた心の糸が切れ、悲しい快さに襲われる。

 

 

 

「ッ―――何で……私は……」

 

 

 

何年経っても色褪せないあの記憶、あの事件。

それに支配され続ける舞白。

止まらない連鎖、永遠に終わらない地獄。

 

 

 

「私に、いつ"審判"は下るの?抗い、命の輝き……。ねえ?槙島聖護。」

 

 

烈しい胸騒ぎと不安とを感じる。

こんな時に限って彼は"現れなかった"。

 

 

 

 

 

過去から現在。舞白に起こった過去の事件、そして現在―――

どうやらそれらは繋がりを見せ、全てが亙るのだろうか。

 

 

 

 

ぼんやりと窓に視線を向けると、月が空の一方から一方へと静かにわたっていた。

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

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