whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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私のクラカトゥク

 

 

 

 

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――行動課及び刑事課 合同捜査会議

同日、同時刻――

 

 

 

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コーヒーの芳ばしい香りが漂う室内。

テーブルにはデバイスや書籍が積まれており、何一つ変わらないいつもの日常を送っていた。

しかし、彼女はこの部屋から出られない――

 

 

 

 

 

常守はソファに腰掛け、コーヒーカップに口をつける。

そしてほっと一息ついた瞬間、テーブル上のデバイスが着信を知らせると、特に表情を変えることなく画面をじっと見つめていた。

 

そこには見知らぬデバイス情報。

名前も映し出されず完全に"匿名"状態。

 

しかし常守は何となく通話相手を予測すれば柔らかな笑みを浮かべ、すぐに応答することに。

 

 

 

「はい。常守です。」

『――お久しぶりです。"朱さん"』

 

"朱さん"と呼ぶその声。思ったよりも元気そうだった。

久しぶりに聞いた彼女の声に安堵の表情を浮かべる常守。

 

 

「やっぱり。舞白ちゃんだと思った。」

『やっぱりって…何故です?』

「何となく。それに回線も普通のじゃないし、なにか改造してるでしょ?そんなことが出来るのは舞白ちゃんか、お兄さんか…」

 

暗号化された回線情報。

外部から盗聴などを恐れているのか、かなり複雑化されている事が分かる。再度こちら側からは折り返しは出来ないだろう。

 

 

 

「――それに無事でよかった。雛河くんから情報は逐一入ってきてるし、私も心配してたのよ?」

『すいません。心配をお掛けして。…本当は直接伺いたかったんですけどそれは難しそうです。』

「声が聞けてよかった。それだけで十分。……話したくなければ言わなくていいんだけど、今どこにいるの?」

 

『今は槙島が使っていた隠れ家に。ここなら足もつかないし、何より"使えそうなもの"が沢山残されてましたから。』

 

槙島の隠れ家。そこには過去の遺物が大量に放棄されていた。チェ・グソンが使用していたと思われる電子器具や危険薬物まで。そして火薬や"例のヘルメットの試作品"。過去の事件に使用されたのだろう。

 

「そっか。」

『…まあ、思い出したくないものもありましたけど。暫くは色んなところを転々とするつもりです。お義父さんのセーフハウスも知ってるし。』

 

常守は深くは問い質さなかった。舞白の行動を気にかけているのは事実だが、無闇矢鱈に聞き出すことは彼女にとって危険な可能性は十分に理解していた。

 

 

『――朱さん。』

「何?舞白ちゃん。」

 

 

急に鎮まる舞白の声色。

不安や孤独感の色を感じるその声に、常守は逆に明るい声色で返答する。

 

『本当に…ありがとうございました。』

「……」

 

『私、朱さんが居なかったら"実体として"既にこの世界に存在していないですから。兄と失踪してから、シーアンで、そしてウイグル自治区で救われて……公安局に外務省、だから今"私は生きてる"。』

 

 

常守には数え切れない恩があった。

彼女の行動がなければ舞白は死んでいた。

そして、舞白の脳裏に様々な人々の顔が思い浮かばれる。

 

『たくさんの人に救われてきました。…だからこそ私はみんなの為に…私は――』

「"生きて"。」

『…ッ……』

 

舞白が言い放とうとした先の言葉。

相変わらず、彼女は物騒で人を悲しませるのが得意なのだろうか?こんな会話を、もし宜野座が聞いていたら……なんて。常守は表情こそは和やかなものの、その声はいつもと違い、鋼のように固く、鋭いものだった。

 

「絶対に、何があっても"これからも生き続ける"の。」

 

デバイスに食い入るように前に屈むと、じっと画面を見据える。

 

 

「――約束して?舞白ちゃん。

どんな過去があっても、そしてこれから起こることに立ち向かう時も、生きることを必ず考えて行動して。」

『………』

 

常守はコーヒーカップに手を伸ばし、一息つくようにゆっくりと喉を潤す。そして少し間を開けると微かに口元に笑みを浮かばせ、しかし声色は強く、彼女に再び言葉を放つ。

 

「あなたは誰よりも"清廉潔白"。真っ白で"白よりも白い"。誠実で無実。だからこそ、自己犠牲はこれ以上許さない。それに、私は絶対に舞白ちゃんを――システムに都合よく使わせたりなんてしないわ。」

『――朱、さん。』

 

常守の声にギュッと胸が締め付けられる思いだ。

何も言わずとも、彼女は全て分かっていた。自分の思いも考えも、何もかも――

 

 

「生きることを諦めてはいけない。必ず時が来れば、その言葉の意味が分かるはずよ。」

 

 

 

 

 

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――同日 夕刻頃

分析室ラボ――

 

 

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「――以上が、如月が参加した狐の概略だ。例の事故にも責任は無い。」

 

全員がイグナトフへ視線を向けていた。

彼の口から放たれた狐の概略。

そして過去に起こった監視官2名を巻き込んだ事故。如月はそれには全く無関与だと訴えた。

 

 

「イグナトフ監視官の言う通り。そして、如月執行官には何も罰を貸せるつもりは無いわ。実証するのは不可能だし。」

 

「…まあ、いいんじゃねえか?まじでやばくなる前に話したんだ。……まあ、次は早く相談しねぇと半殺しだがな?」

 

 

「……ごめんなさい。」

 

 

霜月と廿六木の言葉に眉を下げ、ギュッと力強く膝に乗せた両手を握りしめる。仲間たちに漸くこの話を告げられたことに安堵する反面、後ろめたさが込み上げていた。

 

 

「――とにかくこれで狐狩りを始められるわ。小宮都知事を保護し、梓澤廣一に罠をはる。外務省ともしっかり連携を計ってね?」

「具体的には?何すんだよ?」

 

入江の問いかけに霜月は慎導に視線を移す。すると何か決意をしたかのように険しい表情を目元に浮かべれば慎導はゆっくりと椅子から立ち上がり、全員の前へと立つ。

 

 

「如月さんが梓澤に連絡をし、おびき出します。」

 

「「!?」」

 

予想外、そして危険すぎるその作戦にイグナトフをはじめ、執行官たちが大きく目を見開く。

 

 

「……おい、ちょっと待て。ワナの餌、如月にやらせんのか?」

「はい、確実に騙せないと――」

「本人に対峙させる気か?危険すぎる。」

 

入江は如月の肩に触れ、その身を按じるように迷いが混じったような心配げな様子だった。そして慎導の言葉に畳み掛けるように言葉を放つのはイグナトフ。慎導の隣へと向かえば威圧的な視線で彼を見下ろす。

 

 

「…炯。主犯相手に中途半端な作戦は逆効果だよ。」

「お前の作戦なら完璧なのか!?」

「――ッ」

「ろくに舞子も守れなかったお前が何をッ―――」

 

「ちょっと!いい加減にしなさい!」

 

慎導の襟元を掴み食い掛かるイグナトフ。

そしてヒートアップしていく2人を剥がすように間に立つ霜月。

唐之杜、そして執行官たちは見慣れない2人の大喧嘩する姿に呆気に取られている様子だった。

 

「とにかく、作戦は決めた通りに実行するわ。如月執行官が梓澤に連絡。その後の危険な行為はなし!以上よ!解散!」

 

霜月の仲裁に納得いかなげなイグナトフは苦しい表情を浮かべたまま分析室から姿を消す。そして慎導、執行官たちも浮かない様子で、同じくその場から去っていく。

 

 

嵐が去った分析室。

唐之杜はタバコに火をつけると、傍らの霜月に2人の違和感について問いかけた。

 

「喧嘩中?」

「イグナトフ監視官の奥さんの件でね。」

「結局、奥さんはまだ施設に?」

「…そうみたいで。私たち公安局側にも情報が回ってきてないの。」

「――厄介ね。」

 

 

 

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翌日――

――佐渡海上市国立病院

 

 

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「退院取り消し!?都の方針!?何ですかそれは!」

「とにかく、私達も状況が分からなくて――」

「病院側も把握していないなんて、有り得ないだろう!?」

「しっ……色相も犯罪係数も回復していることは事実で……あとは都の許可が――」

 

見慣れた診察室、主治医、看護師たち。

そして告げられた衝撃の言葉にイグナトフは珍しく一般人を相手に気を立たせていた。

 

 

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「((……一体どういう事なんだ。色相も犯罪係数も問題ない。なのに何故…))」

 

 

病院の待合で深く落胆し、項垂れるイグナトフ。

病院側から告げられた謎の発言に納得いかない様子だった。

 

本来であれば今日退院できるはずなのだ。

なのに、なぜか"東京都"がそれを許さないという意味不明な理由に不信感を抱いていた。

 

「((どうすればいい。……都の方針であれば、直接小宮カリナに……))」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――続いてのニュースです。入国者である公安局の監視官の暴力行為が問題になっています。先の都知事選で問題の監視官は薬師寺候補の支持者を殴り色相を悪化させたとの事です――』

 

待合に設置されている大画面のモニター。

ニュースキャスターがスラスラと喋る中、自分に関係がありそうなワードが次々と聞こえてくる。

 

「!?」

 

そしてそこには、ハッキリとモザイク加工された自分自身の顔写真が公開されていたのだ――

 

 

『何の訳もなく殴られましたよ、殺されるかと思いました――』

「……ッ……」

 

インタビューを受ける男に見覚えがある。

それはかつて、都知事選の際に自分が殴った相手だった。

…あの時、廿六木を馬鹿にした男――

 

 

 

 

 

『入国者による暴力事件の増加は最も恐れていたことです。色相悪化の拡散を防ぐ為、都として厳格に対応を致します。』

 

『――問題の監視官は輸送ドローン墜落事件の際にも人々にドミネーターを向けるなどの――』

 

 

「……ッ!?なんなんだ一体――」

 

 

"何故"このタイミングで報道されるのか?

……何者かが意図して行っているのか?

 

 

この事が……舞子の入退院に関わっているのだろうか?

 

 

 

 

 

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「"コレ"、役に立った。」

 

都内某所。

いつもの薄暗い室内で複数のモニターを操るロリータファッションに身を包む小畑。

 

そんな彼女が"コレ"と指すもの。

狐のマークが刻まれた1枚の名刺。

そしてハッキリと"東京都広報部議長 梓澤廣一"と記されていた。

 

 

 

「あげるよ、トーリ君のだし。死んでも役に立つなんてさすが神に愛された男。」

「こんなクソ仕事、人工知能にやらせな?ちょっと歪んだ情報を与えるだけであんなクソニュースいくらでもバズる。」

 

 

クソニュース。それは日中に流したイグナトフに関わる都合の悪い、云わば"フェイクニュース"のようなもの。

そう。あれは全て小畑と梓澤が仕掛けたものだった。

 

 

 

「……今日はやけに喋るね?燃えてきた?」

 

"カラン……"と手元でロックグラスを鳴らす梓澤。

小畑の背後のソファにだらりと腰掛け、呑気に笑みを零していた。

 

 

「てめぇのお陰で"イレブン"まで上がった。」

「今度お祝いしようよ。」

「殺されたいのかクズ。……ていうかいっその事、あの女とセカンド入れ替えしろよ。」

「それはちょっと待って欲しいな。"次空いたら、小畑ちゃんをセカンドに推薦するよ"」

 

ムッといけ好かない表情で背後の梓澤を強く睨みつける。

そしてふと、梓澤が片手に持っていた文庫本に視線を向けると不思議そうに首を傾げる。

 

「……ねぇ、それ何?」

「発禁本。ホフマンの"くるみ割り人形とネズミの王様"」

「面白いの?」

「戦争シーンがいいんだよー。くるみ割り人形は悪いネズミと戦う兵士。魔法で醜い姿にさせられた姫を助ける為。世界一硬いクラカトゥク胡桃をかち割らないといけない。」

 

パラパラと捲られる文庫本。表紙にはバレリーナのような白いワンピースを纏った少女の姿が描かれており、かなり年季の入っているものと伺える。

 

色褪せたその本を閉じ、そっとテーブルに置くと梓澤は小畑に問いかける。

 

「クラカトゥクは何のメタファーだと思う?」

「……アンタの金玉」

「ハハハッ!最高!小畑ちゃん!マジで愛してる。」

「…うっせーよ……」

 

 

ある意味、ハイセンスな相手の返しに大ウケする梓澤。

しかしその笑顔とは裏腹に、頬には挑むような笑いが浮かび上がる。

 

 

 

「――公安局が今の俺のクラカトゥクさ」

 

 

そして、彼の手がポケットの中に入れられていたデバイスを取り出すと、1人の相手に向けてメッセージが送信される。

 

 

 

 

 

 

 

"君にとってのクラカトゥクは?"

 

 

 

 

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「"君にとってのクラカトゥクは"――」

 

 

 

 

深夜に送られてきた一文のみのメッセージ。

差出人は梓澤廣一。

 

 

舞白はソファから身を起こし、そこら中に散らばった電子器具やドライバーなどをかき分け本棚の前へと向かう。

 

 

「……くるみ割り人形……、くるみ割り人形、……くるみ――」

 

 

棚の端から端まで人差し指を添えながら1冊ずつ本を探す。埃被った大量の本、色褪せた背表紙から対象物を探すのは極めて難しい。

目を細め根気よく探し続け、ようやくその本を探し当てた。

 

 

 

 

 

「"くるみ割り人形とネズミの王様"」

 

人差し指で本の上部を引き寄せ"それ"を手に取る。

手で何度か埃を払うと、バレリーナ姿の女の子が描かれたイラストが露わに。

 

"クラカトゥク"

……あくまでも憶測に過ぎないが、恐らくあの男はこの本に何かを掛けているのだろう。

 

「どいつもこいつも本に謎かけするなんて。……本当に嫌になる……」

 

 

ボソッと本音を呟くと、舞白は本を片手に再びソファへと戻る。そしてそのまま寝転ぶと、パラパラとページを捲っていき、過去に読んだ事のあるこの作品の内容を思い出す。

 

 

 

「……クリスマスのメルヘン物語……」

 

とある一家のクリスマスのお話。

 

そのの家には上からルイーゼ、フリッツ、マリーの3人の子供がおり、下の娘マリーは7歳になる。彼女はたくさんのクリスマスプレゼントのなかから不恰好なくるみ割り人形をみつけ、これがすっかり気に入るが、これをフリッツが大きな胡桃を無理に割ろうとして故障させてしまう――

 

そしてひょんな事から、7つの首をもつネズミの王様が軍勢をともなって現われる。それに対してくるみ割り人形が動き出し、ほかの人形たちを率いてネズミの軍を相手に戦争を始める。

 

 

とまあ、かの有名なチャイコフスキーのバレエ"くるみ割り人形"の元になったお話で有名な作品。

 

そして梓澤のメッセージ内にあった"クラカトゥク"とは、この作品に出てくる世界一硬いと言われているくるみの事だ。

 

 

「あんまり内容は覚えてないけど、当時は発禁本だと知らずに表紙の可愛さに釣られて雑賀先生のところの本棚から抜き取った……ハズ。」

 

パラパラと捲る中、内容をなんとなく思い出しつつ、この本を読んだ当時のことを思い出していた。

なぜ発禁本に指定されたのかは未だに不明だが(戦争描写?)、自分が想像していた内容と大きく違って驚いた気もする。

 

 

「私にとってのクラカトゥク……

……あの男にとってのクラカトゥク……」

 

世界一硬いくるみ。

それを叩き割らないければ醜い魔法は解かれない。

 

ページを捲っていく中、舞白にとって印象的なシーンへと辿り着く。

 

 

 

それは、主人公マリーの兄・フリッツがお城の模型を眺めるシーン。そして彼は次のように台詞を口にする。

 

"ほんのちょっぴりでいいから、お城にぼくを入れてもらえないかしら!"

 

 

 

 

直感。ただの勘。

この少年の幼い台詞が妙に突き刺さる。

そしてあの男と妙に重なってしまう。

 

 

 

「……私に魔法がかかっているとするならば。……それは――」

 

 

パタン、と本を閉じ

窓枠から見える満月に視線を移す。

 

 

「この世界を司るもの、シビュラシステム。――そして、あなたにとってのクラカトゥクは――」

 

 

 

夜更けた河畔の沈み込んでいくような静けさに、舞白の芯のある鋭い言葉が言霊のように消えていく。

 

 

 

 

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