whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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再会と決別

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・

 

 

 

 

 

 

「――急にこんな所に呼び出して…話とはなんです?」

 

 

かつて、あの榎宮が使用していたと思われる部屋。

美しい彫刻が彫られた木製のローテーブルを挟むように置かれたモダンなデザインの革ソファ。

向かいに腰を下ろし互いに探り合うような視線を向け合う2人。

 

"コングレスマン"の法斑静火

"インスペクター"の梓澤廣一

 

つい昨日、梓澤に呼び出された法斑。

半ば怪しいとは勘ぐってはいたが彼は現れた。

 

 

梓澤は悪魔的な、挑んだ表情を眼に浮かべ相手を試すように口元に弧を描く。

 

 

「コングレスマン代銀氏についてですよ。彼はあなたを排除しようとしている。」

「それが?」

「俺を使う気です。」

 

代銀と法斑はプレイヤー同士。云わばライバルのようなものだ。裁園寺執行後、残るコングレスマンは2人。

大銀に排除されるのは見え透いていた事だ。

 

「代銀さんらしい。それであなたは、私と彼を天秤に掛けているのですね?」

「いいえ。あなたの力になりたいんですよ。…あなたは俺に似ている。」

「それは勘違いです。」

「あら?」

 

梓澤の言葉を躊躇なく両断する法斑。

相変わらずその表情は"無"を浮かべており、抑揚のない声でそんな彼に問いかけた、

 

 

「あなたは…何故コングレスマンになりたいのですか?建前は無用です。」

 

不思議でならなかった。

なぜこの男はそこまで"コングレスマン"に執着するのか。

ファーストという地位まで上り詰め、まさかのセカンドという下位の立場に強敵と言ってもいい宜野座舞白を半ば強引に嵌め込んだ。

 

…全くもって、この男の意図が見えない。

 

 

「人は生きている限り社会の中の歯車に過ぎない。であれば俺はその頂点に立つ。」

「正直に答えてくれて嬉しいです。"人間の人間らしさを重要視していない"という点において。確かにあなたと私は似ている。」

「じゃあ…」

「ですが私は、人間を歯車とは思わない。それにゲームが嫌いだ。」

「………」

 

 

法斑の感情を殺した能面のような顔。

淡々と冷静に放たれる言葉たちに梓澤は退屈そうに眉を顰める。

 

「――強いて言うなら"セカンド・インスペクター"。彼女の方が私に近いものを感じる。」

「……ほう。」

 

2人の脳裏に浮かぶのは"宜野座舞白"。今の今まで無表情だった男の瞳に微かに色を感じる。鋭い眼光の先に、彼女と同じ何かが居座っている気がした。

 

「"彼女が求めているもの"……それは一体なんだと思う?」

「…求めているもの?」

「ああ。―――私と彼女が"求めているもの"。」

 

法斑と舞白が同じ"何か"を求めている。

どんなに頭を捻ってもそれは全く想像さえつかない。

 

法斑の理解し難い発言に力のない笑みを零すと、諦めの気持ちが含まれた呑気な声色で男は笑った。

 

「ははははっ…。求めているもの、ねえ。」

「少なくとも、あなたと宜野座舞白は全くもって正反対。相反する存在だ。」

「それは分かってますよ。彼女とは一生上手くやれないでしょうね?」

「……そのような相手を"セカンド"に嵌めるとは…理解し難い。」

 

視線がぶつかり合う。

2人はまるで、腹に一物を隠してじっと抑え込んでいるような様子だ。

 

 

「しかし法斑さん。あなたのゲームセンスは高く、とてもお強いのに。まさかゲームが嫌いとは……勿体ない。」

「好きか嫌いかは関係ない。」

「ははっ。ハッキリ言いますね。――俺はやっぱりあなたがいい。俺が必要だという証拠を見せます。"あの娘"より使えるという証拠を。少々お待ちを…」

 

梓澤は席を立ち、足早に部屋から出ていく。

 

怪しさを含んだ薄笑いと呑気な声色。その薄暗い表情の中で、男は吐き出したいような不快感を抱いていた。

 

"何故"、代銀も法斑も宜野座舞白を分かったかのように語るのか。彼女の方が、高みへと坐す事に対し相応しいと……まるであの女に鋭い刃を突き付けられている感覚だ。

 

 

―――彼女を使うことで"吉と出るか凶と出るか"

 

 

 

 

「ははははっ…。やっぱり、君をセカンドに入れて正解だった。―――更なる高みのために、頂点に立つために……君という存在は必要不可欠だ。」

 

 

男は知的な皮肉を含んだ、抑制された笑みを浮かべるとポケットに手を伸ばしデバイスを取り出す。

そして同じくこの場に潜んでいる彼女に連絡を繋ぎ指示を口にした。

 

 

 

「仕事だ。"セカンド"。―――君の働きに期待しているよ。」

 

 

 

物陰に身を潜める梓澤。

数十m先の広いスペースに邪魔者の姿が目に入る。

 

 

 

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"少々お待ちを"とこの場所に待機するようにと、あの男に言われるがまま部屋に残る法斑。

暫く経ち、何となく嫌な予感を察していたが―――

 

それは見事に的中した。

 

 

 

「…はっ」

 

 

突如として部屋に現れた一人の男。

法斑が居ることに驚いた様子で反射的に小さく声を挙げると、真剣な真っ直ぐとした瞳を向けられる。

 

 

「狐の使いだな?次の指示が欲しい。」

 

「――やはり…嵌められたか。」

 

相手は間違いなく公安局の監視官。

…あの男…梓澤廣一の狙いはコレだった。

 

公安局に狐に関わる何者かがこの場所に現れることを前もって匂わせ、この場所に公安局を引き付けた。

 

あの男…梓澤。

"自分を消そうとしている"

 

 

 

 

 

 

「――公安局のイグナトフ監視官ですね。」

「何?」

「手短に説明する。私はある重要なポジションでビフロストに関わっている。」

「はっ…。狐では無いのか?」

「ああ。そしてある理由から、今ここで命を狙われている。」

「どういう事だ。」

 

状況が飲み込めていないであろうイグナトフ。ただただ初見の男に対し、疑問を投げかけることしか今はできない。

 

すると法斑はソファから腰を上げると、何かを探すかのように部屋を見渡す。そして黒薔薇が活けられた花瓶に視線を送ると、ゆっくりと歩みを進めた。

 

 

「榎宮。彼女は"偏執狂"だった。

――必ず逃げ道を作る。」

 

 

偏執狂、即ち"パラノイア"

不安や恐怖の影響を強く受け、統合失調症のような、過剰な妄想に取り憑かれるようなもの。

そんな彼女はこのアジトに変わった仕掛けを施していた。

 

 

「………」

 

法斑は花瓶の置かれた棚に触れ、不自然なスイッチを見つけたのだ。そしてそれを押し込むと、壁の一部が大きくスライドし、薄ぐらい抜け道が現れる。

 

 

 

「来るとすれば"パスファインダー"の2人。…最悪の場合"彼女"も現れるか。とにかくまともに戦って勝てる相手では無い。」

「待て…一体どういう…」

「話は後だ。一先ずここから離れる。着いて来い。」

 

抜け道を駆け抜ける2人。

そしてその背後に怪しい2つの影が近づいていたのであった。

 

 

 

 

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『外務省の"あの2人"。奴らと俺を接触させるな。』

 

『なあに簡単な事だ。君はその身体能力を活かして邪魔をすればいい。俺が合図を出すまで足止めをしろ。』

 

『裏切り行為は違反とみなす。せいぜい君が囚われないように注意するんだ。』

 

 

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「………ふー…」

 

静かに息を吸い込み、静かに息を吐く。

かつて闇闘技場として使われていた物騒なリングが置かれた階層を歩く2人の姿が目に入る。舞白はその上層階、2階から物陰に隠れ様子を伺っていた。

 

辺りを警戒しながら突き進む見慣れた2人組。

 

"兄と夫"

 

まさか本当に彼らと対峙することになるとは最悪の結末だ。…あの男…梓澤はこの結果を楽しんでいるのだろう。というか、彼らが現れることは予測していたに違いない。

 

そして舞白は引っかかることがあった。この場所で梓澤と会うことを目的にした人物、彼曰く"客人"。

 

この流れを考えるに恐らくはその客人を嵌めるのが目的なのだろう。外には公安局の覆面車両も確認済だ。梓澤本人がこの場所に訪れ、その客人とやらを誘き寄せる。そして自分はこの場所から逃亡し、対象人物を外務省と公安局に引き渡すか―――もしくは殺害か。

 

あの男はまだ何か企んでいるはずだ。

……勘ぐりすぎだろうか。

 

「…お兄ちゃんたちに捕まることは許されない。決して傷つけたくない…」

 

舞白は握っていたリボルバー銃をそっとガンホルスターに収め、下の階を歩く2人に再び視線を向ける。

 

酷く緊張し、神経の凝結した顔。苦しげに瞼を閉じ、胸元に手を当て息を吐く。その心臓は激しく獣のように鼓動し嫌な汗が背中を流れていた。

 

 

「―――やるしかない。」

 

 

 

刹那、意を決して目を見開き、闘技場のリングが置かれた階層へと飛び降りた―――。

 

 

 

 

 

 

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「―――ギノ!!!」

「!?」

 

 

 

上から自分たちに飛び込むように現れる黒い影。素早いその影は瞬く間に2人の間合いに入り込むと凄まじい打撃が狡噛の腹部に命中した。

 

 

「狡噛!大丈夫か!?」

「ああ。迂闊だったな…」

 

 

打撃で吹き飛んだ狡噛を支える宜野座。

すかさず銃を構える狡噛のその先に、影に体を隠された人物が佇んでいる。上半身はその影に隠され顔は確認できないが線は細い。あんな小柄の人間に蹴り飛ばされたのかと、狡噛は眉を顰め警戒を強める。

 

 

細身の黒いパンツに厚手のネイビーのダウンジャケット姿。フードを被り顔は確認できない。

 

 

 

「姿を現せ。さもなくば容赦なく撃つ。」

 

狡噛は銃のロックを解除し、目の前の人物に改めて銃口を向けた。隣に立つ宜野座も目に角を立てじっと様子を伺う。その手にはスタンバトンが握られていた。

 

臨戦態勢の2人。突如奇襲をかけてきた人物に狙いを定める。

 

 

「……そのまま前に進め。顔を見せろ。」

 

 

狡噛のドスの効いた恐ろしい程に低い声。

相手はその指示通り、ゆっくりと足を踏み出す。

 

 

乾いた足音が吹き抜けの闘技場に響く。

足を踏み出す度にその人物を覆っていた影の面積が狭くなり、露になっていく―――

 

 

 

「「―――ッ!?」」

 

刹那、目の前の人物の顔を確認した狡噛と宜野座は息を飲む。

予想外すぎるその人物に対して2人は武器を下ろすと、目を見開いた。

 

 

「ま…しろ……?」

 

宜野座の震える声。スタンバトンを握っている手の力が抜けそうな程に呆気に取られている様子。

 

「悪い冗談はよせ、"舞白"。」

 

狡噛の嫌な予感が的中した。

まさか、最愛の妹に攻撃されるなんて…と。

先程の一撃から考えるに、どうやら今は自分たちにとって敵だと考えるのが妥当だろう。

 

 

「…………っ…」

 

フードを剥がすと白銀の長い髪の毛が露になる。先程よりもハッキリと見える顔色は酷いほど蒼く、瞳は感情を押し殺しているかのように冷たく機械の様だ。

 

 

「何故ここに居る。お前は敵なのか?」

「舞白…」

 

眉間にくっきりと皺を寄せて疑いを見せる狡噛。それとは対照的に悲愴な面持ちを浮かべているのは宜野座。

 

「………」

 

2人の声に一言も言葉を発さない舞白。

眉間に皺を寄せ、じっと見据えていた。

 

 

「悪いが俺達もここで足止めを食らう訳にはいかない。通させてもらうぞ。」

 

躊躇することなく再び銃口を舞白に向ける狡噛。宜野座はその行動に対し、反論するように銃を押さえ込んだ。

 

「待て狡噛!相手は舞白だぞ!」

「相手が舞白だろうが邪魔をするなら引く訳にはいかない。…恐らく、これを仕掛けたのは梓澤だ。間違いなく奴はここにいる。」

「…くっ……」

 

"そんな事分かっている"

だが、どうしてもこの現実を受け入れることが出来ない。つい先日、父親に話した覚悟さえ、舞白を目の前にすると怯んでしまうのだ。

 

 

――"その時が来たら選択するのはお前だ、伸元。"

征陸のあの言葉が脳内に響き渡る。

 

 

「…ギノ。俺たちのすべきことを思い出せ。」

 

銃を抑え込む宜野座の手を振り払い再び構え直す。…どうやら、実の兄はこの事態に腹を括っているらしい。

それは本当に心の底から妹を信頼しているから起こせる行動なのか?それとも、例え妹であろうが邪魔をする者は容赦しないと―――

 

願わくば前者であってほしい。

 

 

 

 

「2対1だ。お前でも俺たちを止めることはできん。」

「………」

「何を考えてる、舞白。」

「………」

「舞白!!」

 

 

狡噛が叫んだその時、舞白は勢いよく駆け出した。再び一気に距離を詰めると狡噛と宜野座に次々と攻撃を仕掛ける。

 

鍛え抜かれたその肉体。女性といえど動きは俊敏で力も強い。何よりも、彼女の強みである柔軟さが狡噛と宜野座を追い詰めていた。

 

 

「―――舞白!!」

 

何度名前を呼んでも表情ひとつ変えることなく打撃が続く。いくら容赦しないといっても相手は"あの舞白"だ。無意識に力が抜けてしまう。

 

「くっ……止めるんだ!」

「((わざと急所を外して……となれば―――))」

 

広い闘技場に響く3人の激しい交戦音。全くもって決着のつかない戦いが続くと再び3人は間合いをとり、互いに睨みをきかせていた。狡噛と宜野座の視線の先に佇む舞白。さすがに2人相手に疲労が溜まったのか、肩を激しく上下させ、必死に酸素を取り込んでいるような状態だ。

 

あまりにも"ぬるい"と言えるこの状況。狡噛はある事に勘づく。

 

 

「致命的な攻撃は避けてる。ホシは既にこの場所には"居ない"。お前の役割はただの時間稼ぎだな。…そうだろう?」

「……はぁ…はぁ……ッ…」

 

狡噛の言う通りだ。たったこの少しの時間でこの作戦のすべてを勘づいた兄はやはり只者では無い。

 

「梓澤廣一、あいつはどこに逃げた。…いや、どこへ"逃がした"?」

「………((口を開いたらダメだよ、私――))」

「そんなに俺に見透かされるのが嫌か?舞白。」

 

狡噛の前では喋れば喋るほどボロが出る。特にこんな状況下で下手をして何かを喋れば自身の身の危険も、もしくはまた誰かが殺される可能性だって有り得る。――今は耐えるのみ、沈黙を貫くのみ。

 

2人の前で必死に取り繕う舞白。

…しかし、体の限界が迫っていた。

 

 

「う……ッ……ガハッ――ゲホッゲホッ…」

 

ふらふらと高熱で視界が歪む。それに加えて首の傷が痛むとその反動で胃液が逆流し吐き出される。"立っていられない"と、転びそうになるが何とか片膝を床に付け何とか堪えていたのだ。

 

その様子に見るに堪えないと表情を曇らせたのは宜野座。明らかに身も心も壊れきった舞白の姿に動揺を見せる。

 

「狡噛!もう止せ!」

「ギノ。再三言ってるはずだ。邪魔者には容赦しない、と。」

 

力なく蹲る舞白に改めて向けられる銃口。彼女は苦しげに表情を歪めると、ゆっくりと2人を見上げた。

 

 

「……お前は―――」

 

交わる狡噛との視線。

冷たく見下ろされるその瞳は獣のように冷酷で、恐怖に慄くほどだ。明らかに"もうここまでか"と誰もが諦める状況下。

 

 

その時、ほんの僅か一瞬。

舞白の視線が動く―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ギノ!!後ろだ!!」

 

狡噛の叫び声。

宜野座は反射的に直ぐに体を反応させ、咄嗟に身を交わすように物陰へと駆け出す。

 

 

耳を塞ぎたくなるような銃声。

それは吹き抜けの上の階から放たれ、白髪頭の人物がしっかりと視線に入っていた。

 

そして同じく白髪頭の老爺が柱の影から銃を構える姿が目につくと、狡噛は舞白を抱え柱の裏へと身を隠す。

 

 

 

「…チッ……まさか"アイツら"もお出ましとは…」

 

「((驚いた……予想はしてたけど"パスファインダー"まで――))」

 

狡噛と同じく、舞白も驚きを隠せない。

先程僅かに視界に入ったのはたまたまだが、恐らくそれに視線を向けていなければ勘のいい狡噛と宜野座でさえ彼らの奇襲に気づかなかったに違いない。

 

 

「……殺るしかないな。」

 

冷静な声で呟く狡噛。

すると舞白から手を離すと宜野座の元へと駆け出し、2人と交戦する事に。

 

 

『…あーやっちゃったね、セカンド。こんな時に不調なんて君はつくづく運が悪い。』

「…梓澤……ッ」

 

一体どこまで監視されているのか。

舞白は周囲を見回し、小型ドローンの浮遊に気づく。どこからどこまで隙の無い男だ。

 

『まあ、ここまで順調に事は進んでるよ。タイミングが来たら君もそこから逃げて。合図は"彼ら"が出す。』

「………」

 

 

切断される通信。

そして目の前では白髪の2人と狡噛と宜野座の戦いが繰り広げられていた。

 

 

 

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――同時刻

榎宮のアジトを駆け回るイグナトフと法斑。

背後からの追っ手が消えたと察すると、法斑はその場に立ち止まる。そしてその視線はイグナトフへと向けられた。

 

 

 

「私を守って欲しい。ただし私の存在は誰にも口外しないと約束しろ。」

「いきなり…何をふざけた話を…」

「見返りに、"君の奥さんを解放"しよう。」

 

 

急に訳の分からないことを言われたと思えば、まさかの発言にイグナトフは驚きの色を見せた。一体、この男が何者なのかは知らないが、ハッキリと発せられたその台詞にごくりと息を飲む。

 

 

「…ッ!?どういう事だ…」

 

 

反応を示したイグナトフ。

すると法斑はポケットから携帯型のデバイスを取り出すと相手に差し出す。

そのデバイスは"舞白が梓澤に渡されたものと同じ"。云わばインスペクターへの招待。勿論、イグナトフはそれを知るはずもなかった。

 

 

「これを、受け取れ。」

「ちょっと待て…一体…」

「私の元で"真実"を知りたいならデバイスで生体認証を登録したまえ。」

 

戸惑いながらもデバイスを受け取るイグナトフ。怪訝そうに表情を曇らせたその時―――

 

 

「「!?」」

 

 

銃声を伴った衝撃音が下の階から飛び込む。2人は吹き抜けの上からそれを見下ろすと、外務省の2人組とマークしていたパスファインダーと思われる2人組が交戦し合っている光景を目にする事に。

 

その光景に微かに眉を顰める法斑。すると彼はその4人に視線を下ろしたままイグナトフに向けて台詞を放った。

 

「外務省か。彼らも私に接触させるな。君一人で私をここから脱出させろ。」

「お前は何者…」

「時間が無い。―――選べ、協力するか、私を見捨てるか。」

 

酷く落ち着いた冷静な声。普通危機に直面しているとしてのこの状況で冷静さを保つ事は困難だ。

 

"命を狙われている"

この謎の男は間違いなくそう言い放った。

にしても、気味が悪いほどに冷静なのだ。

 

―――もしかすると、この男は…

本当に舞子を救い出してくれるのかもしれない。

 

 

 

「…着いて来い」

 

イグナトフは賭けに出た。

今はこの男を頼るしか方法は無い。

…ならば、それに従うのみ―――

 

 

 

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「ぐっ……く……」

「ここまでだ、狡噛慎也―――」

 

 

白髪の2人組。

やはり彼らの強さは只者では無い。

振り回される刃や的確な箇所を狙う銃口。狡噛と宜野座は必死に食らいつく。

 

 

「―――ッ!?」

 

 

すると狡噛はふと上層階の人影に気がつく。

ハッキリとは見えなかったがあれは間違いなく共にこの場に侵入した公安局のイグナトフの姿。…そして、微かに見えた男性らしきもう1人の人間の存在。

 

「((誰だアイツは。……アイツは一体何を…))」

 

 

謎の人物と行動を共にするイグナトフ。それを逃がす訳にはいかないと、パスファインダーに圧されていた狡噛は直ぐに体勢を組み換え、思いっきり相手を蹴り飛ばす。

 

 

「チッ……」

 

 

しかし彼らも簡単に怯まない。

絶え間なく繰り返される攻撃に狡噛も宜野座も苦痛に顔を歪める。幾度となく立ち塞がるピースブレイカーの2人組。

…今日こそ、必ず決着を―――

 

 

そう思った矢先、突如彼らは目の色を変えると互いに目を合わせ、懐から丸い物体を取り出した。

 

 

 

「残念だが…」

「……時間だ。」

 

刹那、球体を床に叩きつける2人。

瞬く間に紫色の煙が周囲を覆い隠すとあっという間に2人の姿が消えていく。

 

 

「……ッ……」

「狡噛!…」

 

この煙はどうやら無害だ。

ただこの場から逃げ出すための煙幕。

かなり濃く、追いかけることは不可能―――

 

 

 

「次は…必ず殺す。」

 

白髪の老婆、ヴィクスンは煙の中から2人に向け言葉を吐くと姿を消す。酷く恨みが籠ったその言葉。……彼らの言う"次"。それがおそらく最終決戦になるだろう。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

「―――ッ…く」

 

 

紫の煙幕が勢いよく周辺を覆い隠す。

舞白は柱の影に身を隠したまま口を覆い、目を細めた。

 

 

「((合図……これに乗じて私もこの場所から離脱。……そういうことね。))」

 

 

どうやら梓澤の作戦はここまでらしい。なんとか兄と夫を手にかけること無くこの場を凌げたことに安堵のため息を漏らす。

 

ゆっくりと立ち上がる舞白。

しかし、微かに耳に飛び込むのは誰かがこちらに向かってくる足音―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、煙の中から現れる狡噛。

凄まじいスピードと力で体をねじ伏せられたその時。舞白が身につけていた通信機と無線イヤホンを奪い取られるとその場で呆気なく破壊。舞白を押し倒す形で狡噛はじっと妹を見下ろした。

 

 

「…おに……ちゃ…」

「やっと"1体1"だ。…俺がお前相手に本気を出せるわけが無い。」

 

完全に逃げ場を失う舞白。

自分と同じ瞳を持つ兄のその姿はまるで獣そのもの。血走った時の自分の姿を見ているようだ。

 

しかし次の瞬間。

兄の口から放たれた言葉はそれとは対称的なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――お前を信じてる。舞白。」

「!?」

 

 

恐らく、この通信機を通して全て梓澤に筒抜けであることを察していたのだろう。破壊した通信機からはこの会話を聞かれることもなければ、この煙の中で舞白の姿を捉えることもできない。

兄妹だけの、たった数秒間のこの時間

 

 

「さすが。…やっぱりお兄ちゃんには敵わない。」

「お前は相変わらず分かりやすい。兄の俺の目は誤魔化せないさ。」

「……ごめんね。お兄ちゃん。」

「謝るな。――守れなかった俺の責任だ。」

 

 

額に悲痛な曇りを帯びる兄。苦しげに、哀しい感情を押し殺すその顔。こんな表情を見るのはいつぶりだろうか。

 

「違う。違うよ、お兄ちゃん。全部抱え込む私の―――」

 

その瞬間、狡噛の腕が伸びるとふわりと抱き寄せられた。これこそ、抱きしめられるなんて自分が幼い時以来だ。

突然の兄の行動に驚いてしまうが、舞白も同じくゆっくりと腕を回す。

 

 

「…必ず、全て終わらせる。」

「うん。分かってる。」

「その先に必ずお前は現れる。」

「うん、必ず。真実に辿り着くまで、私は死なない。」

 

 

互いに体を離す。

舞白は口元を緩ませると、悲しげな瞳を兄に向けた。

 

 

「―――伸元さんによろしくね。私は大丈夫だって。」

 

 

そして舞白は狡噛から離れると煙幕の中へと消えていく。狡噛はじっと、それを見送るかのように先を見すえる。

 

再び消える最愛の妹。

狡噛も宜野座と同じく、もしくはそれ以上か。唯一の肉親を誰よりも心配していた。

今までの妹の行動を思い返し、ただ信じるしかない。

 

妹は強い、どんな時も屈しない。……俺の妹なのだから、と。

 

 

 

 

 

 

「狡噛!無事か!?」

「ああ、問題ない。お前は?」

「俺も何ともないさ。―――ところで…」

 

宜野座は舞白の行方を第一に気にしていた。

しかし、狡噛の様子を見る限り良い結果では無いのだろう。

 

「舞白は逃げた。…まあ、大丈夫だろう。」

「大丈夫って……お前―――」

 

言葉を続けようとした瞬間、狡噛のデバイスが鳴り響く。

 

相手は花城。状況報告の為にと狡噛は応答する。

 

 

『狡噛、状況は?』

「すまん、逃がした。」

『敵は2人ともいたのね?』

「確認した。間違いない。ピースブレイカーの残党…奴らだ。」

『……オーケー。一先ずあなた達は刑事課に合流よ。狐は"あちら"に託してるわ。情報共有後、戻ってきなさい。』

「了解だ。」

 

切電される通信。

傍らで会話を静かに聞いていた宜野座は違和感を覚えていた。

 

 

「舞白の事は伝えないのか?」

「ああ。問題ない。…それに"報告しない方が"時にいいこともある。」

「……お前ら兄妹。何を考えてるんだ。」

「そんなに心配するな、ギノ。――"私は大丈夫"だとさ。」

「…………」

「次会った時は…お前が舞白を何とかしろよ。」

 

 

 

妙に威厳と落ち着きを加えた声と様子に宜野座はそれ以上問いただすことを止めた。

何か公には言えない事があるのだろう。それは恐らく、舞白自身に危険が及ぶことなのかもしれない。

 

 

また離れていく距離に眉を寄せる宜野座。その様子を傍らで見据える狡噛は、先程の交戦時に気になった事を思い出す。

 

 

「―――それより、気になることがある。」

 

 

タバコを咥え、手馴れた手つきで火を付ける狡噛。煙を吐き出し一息つくと吹き抜けの上層階へと視線を向けた。

 

 

 

「本人に問い質すしかないな。」

 

 

イグナトフが何者かを手引きしていたであろうその光景。

 

 

 

狡噛の瞳に疑念の色が浮かび上がる―――

 

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

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