whiter than white(PSYCHO-PASS) 作:鈴夢
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――同時刻
東京都庁本庁舎内部――
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都庁内部の通路に佇む3人。慎導、入江、雛河。慎導を中心に2人は彼のデバイスを覗き込み、何やら取り込んでいる最中。中でも入江はそれを見ると目を細め、怪訝そうに眉を顰める。
「んあ?何だこりゃ?」
画面に映し出されているのは数字やアルファベットの羅列。それが表しているのは、先程の小宮の車両を取り囲んでいた空撮ドローンの個体番号だ。
慎導の無理難題な調査依頼を引き受けた唐之杜の仕事のスピードと正確さは相変わらず誰にも真似出来ないだろう。
「さすが!志恩さんは仕事が早い!」
「にしても…ドローン…すごい数…」
画面を見るだけで頭が痛くなりそうだ。
さすがの雛河でさえも大量の羅列された数字やアルファベットに目を細め、気抜けしたような表情を浮かべてる。
「…で?本命はどうやって見つけるんだ?この個体数の中から見つけるなんて無茶苦茶すぎるぜ?」
ひとつひとつ確認していくとなれば何日かかる事やら…。それに、ただの数字やアルファベットの中から特定の人物を探し当てる事など有り得ない。
入江の言葉に慎導はニコリと笑みを浮かべると指先でとある個体番号を指さす。
「クラッカーは無意識に自分のマークを残します。」
指を指した先の個体番号。
"0909-ichneumon-207――"
他の個体番号とは明らかに"違う"と察した慎導。
入江と雛河は互いに視線を合わせると不思議そうに首を傾げていた。
「ほーら。見つけましたよ?
恐らくまだ近くにいますし、手っ取り早く捕まえちゃいましょう♪」
「え!?たったこれだけで…?」
「マジかよ……」
対象の個体番号の位置情報を洗い出し、3人はすぐさまその人物への元へと向かうのであった。
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都庁前の広大な噴水広場。
人々は先程まで手にしていた雨傘を畳み、気持ちの良い日差しが射す空を見上げる。
先程まで降っていた雨はやはり通り雨だったらしい。どんよりとしていた曇り空がウソのようだった。
「…………」
噴水前のベンチに腰をかける1人の女性――小畑千夜。
いつものゴスロリチックなワンピースに身を包み手元を止めることなくPCのキーボードを指先で叩き続けていた。彼女の表情は相変わらず不機嫌そうに口を窄め、そこから感情は読み取れない。
小畑は暫くキーボードを叩き続けていたが何か察知すると直ぐにPC画面の電源を落とす。そしてじっと正面へと視線を向け直した。
前方から近づく"3人組"。その先頭を歩く男は公安局のジャケット姿。背後の2人は黒ネクタイにスーツを着用しており、がらの悪そうな男はこちらを睨みつける。
「公安局の者です。」
「…何?」
「ご同行を願います。」
ジャケットを羽織る"少年"は抑揚のない冷静な声色で言葉を放った。そしてその人物が身分証を提示するとは はっきりと"監視官 慎導灼"と明記されていたのだった。
それをじっと表情を変えないまま見据えていると、慎導の背後に立っていた男が無言で"ある物"を腰から取り出し、それを向ける――
『犯罪係数――アンダー60
執行対象ではありません。トリガーをロックします。』
容赦なく公衆の面前で向けられたのはドミネーターの銃口だ。
普通の人間であればドミネーターを見るだけで怯えるのが普通だ。しかし小畑は呼吸のスピードさえ変えず、ただただ静かに3人の様子を伺っているだけだった。
慎導は確信する。
"きっとこの人だ"と。
「白だぜ?監視官。」
「関係ありません。」
「さすがにそれは……後で課長に何言われるか…」
ドミネーターでは裁けない。あくまでも目の前の女性は犯罪を企てるような人間ではないという事だ。
となれば…この女性を連行することは通常では有り得ない。もし行えば霜月が黙っていないだろう。雛河は想像するだけで恐ろしいと考えつつ慎導の行動を待っていた。
しかし慎導より先に女性が口を開く。
「これって、強制なの?」
「強制も可能です。許可を取りましょうか?」
「…うっぜえな。行けばいいんだろ?行けば。」
小畑は3人を睨みつけ、ベンチからゆっくりと立ち上がる。その表情は不愉快さをできるだけ表したいとでも努めている嫌そうな顔。
そこまで怪訝そうな顔をしているのにも関わらず、抵抗する様子を見せないまま3人に従う。
慎導はあまりにも呆気なさすぎる小畑の様子に不信感を抱く。僅かに"何か"引っ掛かるのだ。だが、この女性が何か知っていることは確実。ここで取り逃がせば今度こそ手掛かりを失うかもしれない。
相反する感情に困惑するも3人は小畑を公安局ビルへと連行するのであった。
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榎宮のアジトから脱出することに成功したイグナトフと法斑。予め法斑が用意してたであろう車両が小脇に停められており、法斑は車両の後部座席へと乗り込む。そしてここまで自分を守りきったイグナトフに向けて賛する言葉を向けた。
「いい働きだった。監視官。」
「……お前は…コングレスマンか?」
「私は今君が1番願っていることを叶えられる者だ。あとは君が決断し、選択しろ。」
イグナトフの問に対して答えを口にすることは無かった。濃霧が漂う先にまるで幻影のように車両は走り去り、あっという間に姿は消え去る。
不気味な程に静まり返り、冷たい風が吹き抜ける廃棄区画。イグナトフはその場から動く事無くじっと手渡された怪しいデバイスに視線を落とす。
"――君が1番願っていることを叶えられる者"
本当に…もし本当にあの男の言う通り舞子が戻ってきたとすれば…
何者なのか―――
呆然と立ち尽くすイグナトフ。
すると車両か消え去った反対側の車道から別の車が現れると見慣れた2人が慌てた様子で停車した車両から降り、駆け寄る。
「建物内から銃撃音が…………」
「大丈夫か?何があった!?」
待機を命じていた廿六木と如月。
さすがに連絡も取れず、目的地から爆撃音や銃撃音が聞こえ、居ても立っても居られなくなったのだ。
イグナトフはすかさずジャケットの胸ポケットにデバイスを収め、何事も無かったかのようにたち振る舞う。
「大丈夫だ、問題ない。連絡せずすまなかった。」
いつもの様子と何ら変わりないイグナトフ。廿六木と如月はその様子に対し特に何も怪しむ様子もなく、ただただ心配そうな面持ちを浮かべているだけだった。
するとその瞬間、イグナトフの背後から狡噛と宜野座が現れる。足早に3人に近寄る2人の様子は"得心のいかない"と言わんばかりの表情。
とくに先程の怪しい動きを目撃した狡噛は眉間に皺を寄せ、イグナトフに対し疑惑が胸に色濃く貼りついていたのだ。
「おい、お前。」
「………ッ……」
狡噛の手がイグナトフの襟元を強引に掴む。容赦のない相手の行動に廿六木と如月は怒りの色を滲ませ、狡噛を強く睨みつけた。
「監視官!」
「てめぇ!何しやがる!」
「廿六木、如月。問題ない……」
妙に落ち着いた声色、そして反応。イグナトフは表情ひとつ変えることなく真っ直ぐとした眼差しで狡噛の瞳を見据えていた。狡噛はその見事なポーカーフェイスに隠された真実を暴こうと更に詰寄る。
「あそこで何があった。答えろ。」
「一般人を避難させただけだ。」
「……一般人?」
「…それより、あの連中は?今回、お前達の標的はピースブレイカーだろう。」
頑なに語ろうとはしない。見兼ねた宜野座は狡噛の背後から口を開いた。
「ピースブレイカーの残党は逃げた。」
「てめえらこそホシを逃がしてんじゃねえか!?」
行動課と刑事課。それぞれ今回の標的を捕らえることはできず、お互いに得も言われぬ状況に。
言ってしまえば今回の作戦は失敗だ。結局疑念を残したまま何も得られぬまま、云わば最悪な結果だった。
様々な思いが込み上げ、狡噛の手元に更に力が篭もる。
「監視官。嘘は直ぐにバレるぞ。」
「…こちらの管轄で口出しはやめてもらおう。それよりそちらの課長に我々の作戦を妨げたせいで正式に抗議する。」
「妨げたつもりは――」
「"宜野座舞白"の姿があったじゃないか。」
狡噛の言葉を封じ込めるように自身の言葉を差し込むイグナトフ。放たれたその名前に廿六木と如月、そして宜野座は苦しげに表情を歪めていた。
「宜野座舞白にお前達が襲われていたのを確認した。その後にピースブレイカーが現れたことも俺はこの目でハッキリと見た。」
「………」
「"あの女"は俺たちの作戦の妨害を起した。あの状況を見るに誰もがそう考えるはずだ。―――お前達こそ"裏切り者"を何とかするんだな。」
狡噛の手を払い、漸く開放されるイグナトフ。その表情はなんとも言えない様々な感情が入り乱れているような様子だ。
そして黙ってそれを聞いていた宜野座の表情からも強い憤りを感じる。革製の手袋からギュッと擦れた音が鳴るほどに両手拳を強く握り締めていた。聞き捨てならない発言をしたその男に宜野座は近づこうと足を踏み出す。
「お前!もう一度…」
「ギノ」
狡噛は宜野座の行く手を腕で塞ぐように阻み、容赦なく制止した。狡噛も同じく、怒りをぶつけたいところだが今それを起こす訳にはいかない。ここで本当に殴り合えば"敵の思うツボだろう"。
―――これが梓澤の狙いだったのかもしれない。
「局に戻って直ぐに今回の件の報告をさせてもらう。……行くぞ。」
イグナトフ達は公用車に乗り込むとその場から姿を消した。狡噛と宜野座はそれを静かに見送ったのであった。
協力関係であるはずなのに互いに啀み合う結果に。それもそのはずだった。互いの信用を破ってしまうような状況に出くわしてしまったのだから。
怪しい男を逃がした"イグナトフ"
作戦妨害を企てた"舞白"
どんなに言い訳を口にしたとしても今は互いを信じられないだろう。
「…監視官。どういう事ですか?宜野座舞白が居たって…」
「………」
「あの嬢ちゃんが"あっち側"についてるって事だろうよ?」
「でも彼女は………宜野座舞白さんは私と監視官、それに奥様の舞子さんを教団から逃がそうとしてくれたんですよ?矛盾してるとしか――」
ハンドルを握るイグナトフの手に力が込められる。そしてふと後部座席に座る2人に台詞を言い放つ。
「俺たちの周りには2種類の人間がいる。"敵か味方か"――」
予想外の人物の登場、そして不測の事態。イグナトフの心の中で様々な葛藤が繰り広げられていた。
初めて彼女に会った時、彼女と妻が楽しそうに語らう光景、教団内部で救われたあの時―――
果たして、本当の"宜野座舞白"は"誰なのか"
「過去の言動を鑑みたとしても相手がどうであれ、味方であれば理解する、敵であれば信用しない。それだけだ。」
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――数刻後
公安局ビル55F 課長室――
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「このバカタレが!!執行官を待機させての単独行動!何やってんの!」
見慣れた光景。既視感さえあるこの状況。
激しい怒りと苛立ちを含んだ怒号を上げる霜月に対し、相変わらず落ち着いた様子でそれを見据える監視官2人組。ここ1、2ヶ月の間で霜月が口にするメンタル剤の量は過去最高に達している様だ。
「無茶しすぎだよ、炯」
「アンタもよ!慎導監視官!阿呆!クリアな人間を連れて来てどうしろってのよ?」
「任意同行における事情聴取です。」
「強制捜査で脅し?正気!?」
色相、サイコパス共にアンダー値の人間を連れてきた慎導。勝手に執行官を車内に待機させ単独行動を図ったイグナトフ。両者とも霜月が怒りを爆発させるのは当たり前の出来事だった。何度この2人に振り回されれば良いのだろう。霜月の心労は増えるばかりだ。
「それよりも御報告が。」
「黙りなさいイグナトフ監視官。アンタ達の報告なんて、もうウンザリ……」
「"宜野座舞白"。課長のご友人についてです。」
思いがけない人物の名前。まさかそれがイグナトフの口から放たれるとは思ってもみなかった。
「……はぁ?」
「どういうこと、炯?」
霜月の怒りの表情が瞬く間に眉根を寄せ真剣な表情へと変化する。慎導も同じく驚いた様子で隣に立つイグナトフを見上げる形で視線を向けた。
そして霜月が心の奥底で1番に気にかけていた人物の名前。直接連絡が取れなくなってどれほどの時間が経過しただろうか…
「行動課の狡噛慎也、宜野座伸元。あの2人に襲いかかり、後に現れたピースブレイカーの残党と逃亡……。自分には明らかな"裏切り行為"と感じました。」
「……舞白さんが?……何かの見間違いだろ?」
「いいや、間違いない。あれは宜野座舞白だった。」
白銀の長い髪の毛、容赦のないキレのある動き。ほんの一瞬しか目にしてはいないものの"あれは"間違いなく舞白だった。若干躊躇する様子を見せていた狡噛と宜野座の行動を見るに、その時点で確定だと判断できる。
「そもそも我々刑事課も行動課も、宜野座舞白が狐側の人間であるという可能性は前々から予測していました。それが事実になった。」
「だけどそれだけじゃ分かんないだろ!?舞白さんはそんな事はしない!俺たちを裏切るような――」
「"追い求めるものは皆同じ、彼女が死ぬ気で繋いだバトンを繋ぐ"……お前のその言葉はただのお前の理想論だ。」
「ッ!」
ヒートアップしていく2人の言動に黙ってその様子を見ていた霜月は深くため息を漏らす。そして無意識にポケットからメンタル剤を取り出し、口の中に放り込み、椅子の背もたれに体を預け、鋭い目付きでイグナトフをじっと見据えた。
「……で?宜野座舞白が私たちの脅威になり得ると。そう言いたいのね?イグナトフ監視官。」
「アイツら……外務省行動課は信用ならない。これは抗議すべきです、課長。」
「炯……」
イグナトフが目にしたことは間違いなく事実だということ。それは現場にいなかった霜月にハッキリと伝わっていた。そして彼女もまた、彼が嘘をついているなんて思ってもいない。
"確かに、間違いなく。宜野座舞白は作戦妨害を企てに違いない。"と
「イグナトフ監視官の話。……まあ、多かれ少なかれ間違ってないと思うわ。その目撃情報が事実ならば。」
「課長……?舞白さんを疑うんですか?」
慎導は意外という顔つきで目を見開く。
霜月にとって舞白の存在は唯一無二。お互いを信頼し、理解し、親友でもあり戦友。そんな2人が仲睦まじくしている様子を何度も目にしてきた訳では無いが、互いを思い合う言動を慎導はこれまでに感じ取っていた。
そうであるならば、霜月は舞白を庇うはず……
「脅威になるなら私は容赦なく彼女を止める。刃を向けられるなら、私も刃を向ける。嘘でも誠でも、やらねばならない時が来れば躊躇することなく私は"成すべきを成す"。」
"それが自分の責務だ"と言わんばかりの険しい表情。
それを相手の目から視線を逸らさずに、霜月は言った。
「とにかくアンタ達はアンタ達のやるべき事をやるの。都知事の護衛、狐狩り。中途半端にしたら次は本当にぶっ飛ばすから。」
「……課長」
「あーー!もういい!2人とも出てって!顔も見たくない!出てって!」
組んでいた腕を解放し机を強く叩きつけた。霜月の怒り具合に"今度こそ出ていかないと本当に殺されかねない"なんて凄まじい気を感じる。それから2人は言葉を発すことなく静かに課長室から姿を消し、課長室には静かな空間が漂っていた。
「〜〜〜ッ!」
頭を突っ伏し、指先に細い棘でもあるようにイライラと机上を指で何度も弾く。そして"また"メンタル剤を口に含むと椅子から勢いよく立上り、背後の大窓に体を向け、体内の二酸化炭素を全て吐き出すような勢いでため息を漏らした。
「……ったく…………なんなのよ……どいつもこいつも……あ〜〜!もう!!」
度重なる各省庁からのクレーム対応、部下が起した行動の火消し。インスペクター、狐、梓澤廣一……
慎導にイグナトフに……外務省の連中に……、舞白……
体も精神もいくらあっても持ち堪えられる自信が無くなっていきそうだ。日に日にメンタル剤の摂取量も増えている。毎日毎日休みなく、今は何連勤目だろうか?途中から数えることさえ止めてしまった。
「……やってやるわよ。どいつもこいつも私を振り回して……。刑事課課長"霜月美佳"。ナメんじゃないわよ!」
その言葉と共に両掌に力を込め、パーンと強く頬を叩いた。大窓の外に広がる都市を見下ろし、再び気合いの入った息を吐く。
"成すべきを成す"
結末がどうなろうと、友と交わした約束を邁進するのみ。
その先に、全てが繋がるものが現れると信じて。
その先に、友の姿がある事を信じて。
霜月の黒々と大きな目。それは世界に対して何の先入観もなく虚心に見開かれた心そのもののように光る。その濁りない瞳は暗夜の星のように真っ直ぐな様子だった。
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