whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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cubism

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

深夜の静寂。

窓の外には静かな夜が舞い降りていた。

 

遠くに見えるネオンの光、超高層ビルの姿、影……

それとは対称的な見捨てられた倉庫に潜む彼女の様子は、その静寂を打ち消していた。

 

 

 

 

「……ぅ…………」

 

 

寝返りを打つ度にベッドの錆びたスプリング音が深夜の倉庫に響き渡る。それに少女の苦しげな声も混ざればやけに少女の孤独や哀しさが垣間見えてしまう。

 

 

 

―――体が熱い、息苦しい。

汗で体に張り付いたTシャツが余計に不快感を増させる。

 

まるで脳みそを思いっきり掴まれているようだった。今までの嫌な記憶がフラッシュバックするように夢の中で何度も再生される。その度に酷い頭痛に襲われてしまう。そして呪いのように首の傷跡が疼く。

 

 

「……は…………ぁ……」

 

 

 

 

―――あの男が、白銀の同じ髪色を持つあの男が……

 

 

 

 

「ッ……ぐ……ぅ…………」

 

 

 

不気味にこちらに笑いかけている―――

 

 

 

 

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「小畑千夜さん。可愛い名前ですね?」

 

公安局ビル内の留置所。

昨日からこの場所に隔離されている彼女の事情聴取。

 

にっこりと満面の笑みを向ける慎導。その向かいに座るのは不機嫌そうに口を尖らせる小畑。

 

昨日、サイコパス数値が正常にも関わらず事情聴取を行う為にと半ば強引に任意同行を求めたのだ。不思議なことに彼女は一切抵抗することなく、怪しいところは何も見受けられない。

なんて言ったって"彼女はクリアな人間"なのだ。霜月がキレるのも理解出来る。

 

 

 

 

「で?色相が濁るように誘導する気?」

「俺は監視官でメンタリストです。あなたを誘導できるけど、あえてしない。」

「…あんたの親父ならやるね?」

「んっ…」

 

 

まるで何かを知っているかのような狡い平顔。彼女の両顎がやや張って来て、利を掴むときのような狡猾な相を現わして来た。

 

「…あなたは一体―――」

 

 

 

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「ただいま」

 

 

 

自宅玄関の扉を開くと目の前に介護ドローンと共に彼女が立っていた。優しく温厚な柔らかなその声。イグナトフは堪えきれず、即座に彼女を強く抱き締め名を読んだ。

 

 

 

「舞子っ…」

「あなたが出してくれたの?」

「俺は何も。――こうなるのが当然なんだ。」

 

 

舞子を抱きしめる腕の力が強まり、より一層イグナトフの瞳は炯々と光を帯びていた。

 

ふと、昨日の出来事を脳裏に甦らせる―――

 

 

 

 

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狐のマークに"Activetion"と映し出される画面。イグナトフはじっと警戒心を向けたまま、そっとデバイスのボタンを押すと画面が切り替わる。

 

"ユーザー認証をします。画面に触れてください。"

「…………」

 

画面の指示通りにイグナトフはそっと手を添える。そして認証を終えたのか、新たに画面に"inspector 13"というメッセージと自身の顔写真が浮かび上がった。

 

『生体認証――サーティーンインスペクターを登録。』

「((サーティーン・インスペクター…だと?))」

 

どうやら自分も狐側の駒になったようだ。となると、デバイスを手渡してきたあの男はやはり"コングレスマン"だろう。

 

迂闊に手を出してしまった。微かな後悔に苛まれているとデバイスにメールが届いたことを知らせる通知が表示されすぐさまそれを開く。

 

そこに書かれていたメッセージ内容にイグナトフは驚きのあまり目を見開いた。

 

 

 

 

"交渉成立だ。奥さんは明日退院する。ではまた連絡する。――法斑 静火"

 

「……退院?」

 

 

 

 

 

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法斑という人物の存在。

それは恐らくあの男だろう。

 

彼は約束通り舞子を自宅へと戻したのだ。

彼のどこに、その権力があるのだろうか。

 

"コングレスマン"という役職は、どこまでの権限をもちあわせているのだろうか。

 

 

「目は大丈夫か?」

「うん、大丈夫よ。手術に問題はないって。落ち着いたらきっと見えるって。」

「ゆっくりしてろ。晩飯は俺が作る。」

「…久しぶりにお料理したい。」

「なら、一緒に作ろう。舞子―――」

 

 

取り戻された幸せな時間。自分が心の底から求めていたこの状況。それはまるで悪夢から目覚めたかのように、ほっと心が落ち着いていく。

 

しかしそれと引き換えに、彼は舞白と同じ足枷を引くことになるのであった。

 

 

 

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とあるホテルのラウンジ。

陽の光が差し込む高級感溢れる空間。

 

優雅に茶を嗜む客達。その中に潜む2人の男の姿――

 

 

 

 

 

 

「不手際続きだな、"ファースト"。」

「いえいえ、全て計算通りの布石です。」

「では、インスペクターが増えたのも君の計画のひとつかね?」

「……え?」

 

代銀は持っていたティーカップをそっとテーブルに戻し、向かいの席に佇む梓澤に視線を向ける。

 

代銀は先日の出来事を危惧していた。彼は"計算通り"だと言い張ってはいるものの全ての行動に対して頷けるような状況ではない。子供のようにこのゲームを愉しんでいるようにも感じていた。

 

そんな中、突如再びインスペクターが増えたのだ。それは梓澤の計算に入っていたのか。それとも計算外なのか……

 

 

 

「静火君だ。彼が君の手元にいるセカンドの対抗馬としてなのか、それとも別の意図なのか……。」

「へー…。そうですか。」

「詰めをしくじるなよ。」

「御安心を。ここからが本番です。」

 

 

意固地な表情を見せ、自信ありげな様子の梓澤。

 

やはり相手も駒を新たに提示してきた。法斑は明らかにこちらを警戒している。……まあ、それもそのはず、当たり前だろう。本来であればあの時に法斑を消すつもりだった。それは失敗に終わり、仕掛け人である自分を警戒するのは予想通りだ。

 

 

「"ゲーム"の結果がどうなるか楽しみですね。代銀さん。」

 

 

男はティーカップの紅茶を飲み干し、挑むような瞳を光らせていた。

 

 

 

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「舞ちゃん出られたんだ、よかった…」

 

慎導の安心した声が通路に響く。

都庁にて小宮の警護をしていたその時、自分のデバイスに予想外の人物からの連絡が入ったのだった。

 

そう。慎導は舞子の退院は知らされていなかったのだ――

 

 

『……ねえ。炯と揉めたって聞いたよ?』

「ああ………まあね。」

『あの人怒りすぎたって反省してる。』

「君を守れなかったから。怒るのは当然のことだよ。」

 

あれからイグナトフとの距離は縮まらないままだ。都知事警護と狐狩りという明白な役割分担もあるが為に、ここ最近イグナトフと顔を合わせることも少ない。

 

そんな状況を舞子が知るはずが無い。しかし最近のイグナトフの反応や慎導の抑揚のない、元気の感じられない声色に敏感に勘づいた舞子。明らかに距離感が感じられる2人に対し、舞子は疑問をぶつけた。

 

 

『2人は…何を怖がってるの?』

「……え?」

『怖がってる。そう感じるの。』

「へへ……怖がってるのかな、俺たち…」

 

"さすが"だ。

ずっと一緒に過ごしてきた彼女は気づいていた。

 

 

『2人とも覚悟ができてないのよ。』

「はははっ……舞ちゃんは強いな。」

『私もね、この世界を見る覚悟ができてない。でも必ず見えるようになる。だって怖いのはこの世界そのものじゃなくて、私たちの絆を失うことじゃない?』

「……うん、その通りだと思う。」

 

ふと脳裏に過去の光景が映し出される。

 

かつて3人で手を握り合い、互いの瞳を向けあったあの時。夕陽の橙色に包まれ、陽炎のような希望の色が見えたあの時……

 

 

 

『ねえ。あっちゃんの事、炯が殴ったんでしょ?いいのよ?殴り返したって。』

「へへっ……いいねえ〜。……それから、炯に謝る。」

『それでいいのよ。それでまた3人で夕飯を食べましょう?』

「うん。約束。―――それじゃあ戻るね、舞ちゃん。」

 

 

微かに聞こえるヒールの音。それに気づいた慎導は通話を終わらせると、その主が現れるであろう方向に視線を向けた。

 

 

「な〜に?今のって彼女?」

「違うよ!友達の奥さん……」

「ふ〜ん……」

 

不機嫌そうに口を尖らせ、慎導の隣に現れたのは小宮だった。コソコソと通話をしていた彼に対し少し気にしているような素振りを見せていた。まだ彼女は何か言いたげだが、その気持ちを抑えると"ある物"を小宮は慎導に手渡した。

 

 

「はい。これ。」

「え?何……」

「私からのプレゼントよ。」

 

青い包装紙に包まれた小箱。

慎導はその場で開封すると、中には青い液体が入った香水が包まれていた。

 

「―――香水?俺に?」

「忙しい時でも香りを整えておくと色相にいいでしょ?」

「ありがとう。何から何までお世話になって。」

「それはこっちのセリフよ?…いつもありがとう。慎導監視官。」

 

 

彼女の満面の笑みと感謝の言葉。それに思わずつられて口角が持ち上がる慎導。

 

まだ小宮とは数ヶ月間しか関わりが無いものの、彼女の言動や今までの半生に共感できる部分や尊敬できる部分があった。

 

 

シビュラによって4歳からアイドル適性があると判断され、判定通りカリスマアイドルとして絶大な人気を誇っていた小宮。しかしその裏側では、両親の離婚や色相の悪化によりメンバーが潜在犯に判定されるなど、天真爛漫で可愛らしい見た目からは想像できない様々な経験をしてきた。

 

そんな不遇な状況下でも彼女は色相を濁すことなく、アイドルから政治家に転身し、若干20歳の若さで東京都知事に当選―――

 

そんな波乱万丈ともいえる人生を歩む彼女。発せられる言葉の数々は慎導の心を掴む。

そして決して屈しない、勇気ある行動を起こすことが出来る彼女を必ず守りきると心から誓うのであった。

 

 

 

 

 

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「元気そうだな?」

『はい、体は昔から丈夫なんですよ?私。』

 

 

分厚い扉を隔て、背を向け合う常守と狡噛。頑なにこの場所に現れなかった狡噛が突然姿を見せたことに対し、特に驚く様子さえ見せない常守。

 

お互いに顔を確認せずとも、大体どんな表情をしているかなんて想像がついていた。

 

 

 

「最近のことは言わずとも舞白から聞いてるんだろう?」

『さあ……どうでしょうか?』

「舞白はあんたの事を尊敬してる。隠れて何度もここに来ていたことも分かってるさ。」

『……本当に兄妹揃って"相変わらず"ですね。』

 

 

"多くを語らずとも"、互いに分かりあっている兄妹。それは昔から変わることなく、今も互いに理解し合っているようだ。だからこそ常守はそこまで心配をしている様子は見せない。今の舞白の事も、そして狡噛の事も、自分が気にするまでもないだろうから。

 

 

 

 

「―――あんたの信念は正しかった。胸を張ってそう言えるような日か必ず来る。」

『いずれ、狡噛さんの話も聞かせてください。』

「ああ。勿論だ。」

 

 

 

 

 

 

 

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冷たい雪が振る今晩。

海岸に面したこの場所は風も強く、強い寒さを感じる。

 

周辺には廃棄区画が点在しており街灯スキャナの数も少なく密会するには都合のいい場所だ。

 

 

 

そして暫くすると白い大型バイクと"新湾岸"ナンバーの車両が隣り合わせに停車する。暗闇でもはっきりと分かるショッキングピンクカラーの車両。その持ち主しか乗りこなせないような格好良い車両から降り立つ人物―――

 

 

 

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「これ、頼まれてたものよ。遅くなってごめんなさい。」

「謝らないでください!こちらが無理を言ってお願いしたんです。――ありがとうございます。」

 

公安局マークとともに"press"と表記されたパスキーが手渡される。公安局ビルや関係する建物に入るには必ず必要な物。もちろん一般人に配布されることはなく、一部の関係者にしか扱いを許されない。

 

「広報担当者専用の認証キー……の"コピー"よ。それがあれば公安局ビルに入ることは出来るはず。但し、権限や入室できる階層は限られているけど。」

「侵入さえ出来れば問題ないです。いざとなれば直接エレベーターロープを伝って移動します。」

「もう……"相変わらず"ね。」

 

 

サラッと風に靡く黒髪。矯正された顔にスタイリッシュなスタイルを持つ女性。そして向かいに立つ白銀の髪の毛を持つ少女は、殆ど背丈が同じその相手に対し、にこやかに笑みをこぼした。

 

 

「――久しぶりに会えて嬉しいわ"舞白"ちゃん」

「私もです"六合塚"さん」

 

 

例の都知事選絡みの事件。2人はあのとき以来の再会だった。

 

 

「私の番号に連絡が入った時は驚いたわ。特殊な番号だったし最初見た時凄く警戒したんだけど……」

「紛らわしくてごめんなさい。」

「いいのよ?舞白ちゃんの事は大体聞いていたし。誰にも接触する事も、それを悟られる訳にもいかないんでしょう?」

「へへっ……六合塚さん。何でもお見通しなんですね。」

「昔から舞白ちゃんの事は知ってるわ。当たり前でしょ?」

 

車体に車を預ける六合塚は得意げに口角を上げ両腕を組み、真っ直ぐと舞白を見据えていた。"昔から"全く変わらない彼女の姿。変わったと言えば髪色と首の痛々しい傷くらいだろうか。なんとなく昔からの幼かった舞白を重ね、微かに懐かしむ。

 

「六合塚さんはあの事件以降、まだ公安局に出入りされてたなんて……大忙しですね?」

「といっても事件捜査には関係のない事で出入りしてるの。刑事課に独自のインタビュー……"正義について"のドキュメンタリーを制作してるの。」

「……凄い。かっこいい。」

 

刑事課一係の監視官、そして執行官。そして課長の霜月にも参加してもらいインタビューを行っているらしい。ジャーナリストとして、メディアを通し物事の本質を見抜き、人々に真実を伝える事を行い続けている。そのため公安局と捜査コンサルタント契約を結び続けているのだろう。

 

それを見越した舞白は公安局に侵入するための"パスキー"を持っている六合塚に協力して欲しいと連絡を入れ、今回に至る。

 

高度なコピー品を作ることも、六合塚の今までの経験を生かせば何ら容易い事だった。

 

 

 

 

 

「正義についてのドキュメンタリー……。それってもしかして、朱さんの為……とか?」

「そんな単純な話ではないわ。」

 

 

2人は向けあっていた視線を外し、目の前に広がる宵闇に染まった海岸へと目を向けた。

シンシンと静かに舞い落ちる粉雪がより一層寒さを感じさせる。

 

そんな中暫く沈黙が続く。

六合塚は降り続く粉雪を見上げると、ふと舞白に問いかけてみたかった事を口にした。

 

 

「―――ねぇ。舞白ちゃんにとって"正義"って何?」

 

 

相手の突然の問いかけに内心驚き、舞白は視線を右隣に立つ六合塚に視線を向ける。

 

その横顔は美しかった。

横顔だけが太陽の光を浴びる月のように青白く輝き、闇に浮かび上がっていた。そして空に向けられる視線は真っ直ぐで思わず魅入ってしまいそうだ。

 

「え〜?いきなりですか〜?私は刑事課の人間じゃないですし、そんな大したコメントできませんよ?」

「個人的に興味があるの。昔から舞白ちゃんは他の人と違った視野や考えを持ってる。お兄さんと似てるようで違った考え……。」

 

"宜野座舞白"という人間の個人の考えが気になる。彼女は他の人間とは違う。世間一般的な考えを持っているのは勿論だが、昔から彼女の言葉には刺さるものがあった。

 

それは兄の狡噛とはまた違う。いい意味で"歪な"考えを彼女は持っている。時に突拍子のない事を起こすのもそれが理由だろうか。

 

「……正義、とは…………」

 

舞白の視線が再び深い闇へと向けられた。

少し考えるような素振りを見せ数十秒後、口を開く。

 

 

「……正義とは、"真と力"が平行であるべき行為。でしょうか?」

 

 

舞白の言葉に対し"まだ言い足りないことがあるでしょ?"と言いたげな六合塚。彼女は横目で食い気味に舞白に視線を向ける。そして、続きに興味があると言わんばかりに舞白を促した。

 

「――"力なき正義は無能であり、正義なき力は圧制である。"」

 

 

哲学者のパスカルの言葉。

殆どの人々が1度は耳にしたことのある言葉だろう。

 

 

「力がない正義は反抗を受け、そして正義のない力は弾劾を受けます。正しき人は力をつけなければならない。そして力を持つ人は誰よりも正しさを知らなければ、身につけなければならない。故に、真と力を結合しないと本当の正義は生まれません。……まあ、美と正義の世界が本当に現実に存在するなら、それは童話の世界だけですよ。」

 

「…………」

 

「というより、童話の世界で"なければならない"。……なければならないんです。」

 

 

完璧な世界。そんなものは存在しない。

このシビュラシステムを導入した日本国でさえ、そんな現実は存在しないのだから。

 

そんなものは"夢物語"だ。

 

 

 

「だからこそ……人々は正しくあろうと、力を身につけようと前に進むのですから。シビュラに依存せず、どんな時も人は考え続けなければならない。自分の足で歩き続けなければならないんです。」

 

 

舞白の瞳が炯々と光る。

 

 

「そして正義のその先にあるであろう真実。……真実は決して捻じ曲げる事はできない。正義が真と力によって成されているものなのであれば、その真実は決してコントロールできない。」

 

"普通すぎる回答でしょう?"と微かに笑みを零す。それに対し、六合塚は小さく息を吐くと宵闇の海岸から視線を外し舞白へと再び向ける。

 

「舞白ちゃんは"聡慧"ね。」

「無駄に知識があるだけですよ?」

「それだけじゃないわ。あなたは現実を正しく見ることができる。」

「そうですか……?何だかんだ理屈や感情にも流されやすいですよ?私。」

「それが良い按配なのよ。真に、舞白ちゃんは正義がどういうものなのか判断できる人間だと……私はずっとあなたの事を見てきたわ。」

「良い按配か〜……」

 

兄の狡噛の面影を魅せるその姿。まるで隣に狡噛の姿があるようにも感じていた。

 

教育課程の定期考査で全国1位を記録する秀才。文武両道で才色兼備。幼少期の頃から今の今まで彼女の地頭の良さや性格、そして思考や言動。大雑把な"少女らしい"部分はあるものの職務に忠実な真面目で熱血的なところはやはり"兄妹"だということがハッキリと分かる。

 

兄妹共に想像を超える命知らずな突拍子のない行動を起こすところも。しかしその中に、強い正義感や責任感、他者への思いやりも持ち合わせた良識的な人物だというところも。

 

"血は争えない"

その言葉が相応しい。

 

 

「……舞白ちゃん。どうか無事でいてね。」

「大丈夫ですよ。大丈夫。」

「今のあなたを見てると……なんだか昔の狡噛を思い出すの。」

「昔のお兄ちゃんを?」

 

「ええ。……その瞳の裏に……隠された"復讐心"。それに似たものを。」

 

 

六合塚の台詞に反応を見せる舞白。ほんの一瞬その瞳は揺れ動き、誤魔化すように口角が持ち上がる。

心配そうにこちらに視線を向ける六合塚。そして舞白も視線を彼女に向けると困惑したような微笑を零していたのだった。

 

 

 

「私は"復讐なんて命を賭けるほどの価値は無い"……そう思ってるし、分かってるんです。」

「……復讐を行った狡噛や舞白ちゃんだからこそ言える言葉ね。」

 

"狡噛も同じことを言ってそう"なんて内心考える。その言葉の本質を理解し、行動しているのは狡噛。しかし妹の彼女はどうだろうか。

 

舞白も六合塚もそれ以上深く言葉を発することが出来なかった。静かな空間に、ただただ波の音が流れ続ける。2人は暫く、じっと宵闇を見据え続けていた。

 

 

 

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「雪。気をつけてくださいね?工事してるところも多いですし……オートドライブっていっても信用できませんから。」

「舞白ちゃんこそ、バイクで滑らないように気をつけて帰るのよ。」

 

フルフェイスヘルメットの目元部分のカバーに手を添え笑顔を向ける。柔らかな彼女の目元に六合塚もつられるように笑みを向けた。

 

「それじゃあまた、六合塚さん。」

「ええ、また。舞白ちゃん。」

 

 

そして2人は別方向へと走り去る。

 

 

 

 

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窓に冬の夜が執拗に貼り付いている―――

 

 

 

 

 

 

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「……ダイム。おいで。」

 

 

自宅に戻った宜野座は愛犬のダイムを呼び、優しく抱き寄せる。

 

外は変わらず雪が降り続けており、粉雪といえどここまで降り続けるのは珍しい。

そんな中、がらんと寂しい空気が漂う室内に愛犬のダイムも何かを感じとっている様子だった。

 

 

 

"舞白が居ない"

 

その空白感に日々憔悴していく。

彼女のいない暮らしは、音のない映画みたいに何かが欠けている感じがした。

 

ヘブンズリープ教団から突如姿を消した彼女。そして突如自分たちを襲った彼女。そしてそこから何日も彼女の姿を見ていない。

 

もしかしたらどこかで苦しんでいるのでは無いのだろうか。1人で孤独で、一体何処でどう過ごしているのだろうか。

 

怪我は?身体は?

自分の寿命を削ぎ落としているような行動を起こしているに違いない。

 

宜野座は決してその感情を表に出すことは無いものの、心中ではいつもそればかり考えていた。

 

 

 

 

「―――舞白。」

 

 

静まり返る室内に彼女の名を呼ぶ宜野座の声が哀しげに響き渡っていた。

 

 

 

 

 

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月日は流れ、巡り―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――2121年 1月26日

―――22時14分

 

 

 

 

 

 

降り続ける雪。東京の煌びやかな街に珍しく雪が積もり、幻想的な景観が映し出されていた。

 

 

そんな雪降る街中に、眩しいほどに明るいピンクカラーの車両が赤信号を前に停車する。その車内で録音機を片手に言葉を発するのは六合塚の姿。真っ直ぐとその先を見据える彼女の瞳は真剣そのものだった。

 

 

 

「―――今の刑事課一係の捜査と。私が関わった最後の事件。きっと全てが繋がっている。」

 

 

 

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

"僕自身の正義がなんなのか、正直分かりません。ただ真実はコントロール出来ない。"

 

 

"正義が真と力によって成されているものなのであれば、その真実は決してコントロールできない。"

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

過去にインタビューを行った慎導と舞白の台詞。2人の言葉が妙に思い出され、脳内に深く刻まれていたのだった。

 

2人から微かに感じる類似する部分。

やはり慎導と舞白からは似ている。

 

都知事選での2人の推理や洞察力は全く同じだった。そんな彼らの言葉はやけに重みを感じる程に……

 

 

 

 

 

「正義のコントロール……」

 

 

 

信号が赤から青へと変わる。

車両は前進し、六合塚はふと外の雪景色に視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

22時15分―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん。…過ちを犯さないために……俺は真実から逃げない。……そうだろう?炯―――」

 

 

時同じくして、一係オフィスから雪が降りしきる街を見下ろす慎導。

 

 

 

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「……真実は……決してコントロールできない。―――そうだよね、咲良。」

 

 

 

バイクに跨ったままヘルメットを外し、白い息を吐く舞白。

 

 

 

 

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低音を下げながら歪んで伸びるクラクション。それは悲鳴のように街中に鳴り響く。

 

 

 

 

 

「……ッ……ぅ…………」

 

 

 

折り重なるように倒れる重機。

車両の前部分はその下に埋もれ、中の運転手は血を流し、力なく意識を手放す。

 

 

 

 

 

 

 

車両の真横に現れる小型バイク。

 

 

 

 

 

「―――さらば、伝説の女刑事。」

 

 

 

 

運転席の傍らの窓から男の不敵な笑みと呑気な声が覗き込んだ。

 

 

 

 

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