whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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男の策略

 

 

 

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―――41F 刑事課一係オフィス

 

 

 

 

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エレベーターから降り立った男。怪しげに口元に笑みを零し、乾いた足音を鳴らしながら目的の部屋へと向かう。

 

"刑事課一係"

そのように表記された部屋の扉が開かれ躊躇することなく歩みを進める。薄暗く、人気のない様子だが部屋奥の監視官専用のデスクにたどり着くと男はついに立ち止まる。

 

デスクの下で寝袋で眠る青年の姿。目元はキャッチーなイラストが描かれたアイマスクで覆われており、スヤスヤと眠っている様子だった。しかしそれを容赦なく指で外し、青年を見下ろす男。その気配を察知し、ゆっくりと瞼を持ち上げる青年。

 

 

 

「おはよー……。とっくにショータイムだよ?慎導灼君。」

「…………」

 

抵抗すること無く、平気そうに見上げる慎導灼。

そんな彼を余裕気な表情で見下ろす梓澤廣一。

 

 

大窓から薄い夜の光が差し込んでいた。

2人はじっと真っ直ぐと視線を交差させる。

 

 

 

 

 

 

 

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―――60F 食堂

 

 

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"異常事態"ともとれるこの状況。

食堂内に残っていた少数の一般職員も惑う中、廿六木と雛河も依然として状況が掴みきれていない様子だった。

 

「防災訓練……じゃねえよな?」

「デバイスも変です。繋がらない……」

 

防災訓練であれば何かしら放送がある筈だ。それにデバイスが一切使い物にならないという事は有り得ない。

 

 

「課長にも繋がらねぇのか?」

「はい。何度も試してますが無理―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁあっ!!」

「誰か!助けて!」

 

 

刹那、職員たちの悲鳴や慌て声が食堂内に響き渡る。そしてバラバラの足音が入口の方から聞こえると2人は直ぐに視線を向けた。

 

拘留者と思われる男達が武器を片手に複数人現れたのだ。そして男達は誰かを探しているかのように辺りをキョロキョロと見回し廿六木と雛河を見つけると今にでも飛び掛りそう興奮した面構えで大声を上げ始めた。

 

 

 

「居たぞ!!リストの奴だ!」

 

 

どうやら標的は自分達らしい。廿六木と雛河は咄嗟に身構えると襲いかかってくる男達をなぎ倒していく。

ただ武装しただけで非力な男達。日頃から危険な現場で培われた力を持つ2人にとって造作もない事だった。

 

――男達は2人の勢いにその場で力なく倒れる。

 

 

 

 

 

「ハハッ。やるじゃねえか!ヲタク小僧!」

「はっ、はい!」

 

存外動ける様子の雛河に対し嬉しそうに笑みを浮かべる。

そして一掃した男達を拘束し、1箇所に集めると2人はじっと男達を見下ろしここまでの状況を整理していく。

 

「何が起きてんだこりゃあ……」

「この人達、廿六木さんとボクを狙っていたのは確実ですね。」

「ああそうだな。"リスト"がナントカ、そんなことを口走ってたぜ?」

 

気を失い項垂れる男達からは直ぐに情報を引き出せそうにない。ここで待ち続けるのはナンセンスだろう。

 

 

「…で?どうする?先輩。」

「恐らくセキュリティルームがハッキングされたのかも。」

「もしそうなら何が使えない?」

 

「―――"全部"です。ドアもエレベーターも……」

 

 

公安局ビルのセキュリティの要である柱が事故か……もしくは何者かによって意図的にハッキングされている可能性が高い。

ありとあらゆる扉は開かず外部からの侵入はまず無理だろう。しかし通信機能が奪われただけで電波そのものは飛んでいる。何かしら手を打てるはずだと雛河は考えていた。

 

 

「なら非常階段を使うしかねぇか!」

「……残念ですが非常階段もロックされてます。」

「クソがっ!何が"非常用だ"!使えねえじゃねか!」

「元々、潜在犯が簡単に外に出られないように造られてますし……」

「"潜在犯"?…あぁ、俺たちもか。非常時くらい景気よく解放しろってんだ!」

「とにかくここは任せてください。…数分かかりますが……」

 

非常階段へ繋がる扉のシステムに自身のデバイスとリンクを始めた雛河。手際よく操作する手元をじっと眺める廿六木はふと思い浮かんだことを口にした。

 

 

「はあー……。簡単にエレベーターシャフト内を山登りみてぇに移動できればな。」

「そんなことができる人は居ないですよ。公安局のエレベーターシャフトは高層階すぎますし危険です。」

「でも万が一非常階段が使えなかった場合、その道しかなさそうだぜ?」

「…………それは絶対嫌なので必ず解除してみせます。」

 

どう考えても公安局ビルのエレベーターシャフト移動なんて有り得ない。考えるだけでもヒヤッと背筋が凍りつきそうな気分だった。

 

 

 

 

 

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―――46F 分析官ラボ

 

 

 

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「タバコくせぇ……」

 

 

タバコの臭いが漂う室内に現れたのは小畑。複数のモニターが設置され、傍らには山積みになったタバコの灰皿が置かれており"ここの凄腕分析官はヘビースモーカー"だという小畑にとってどうでも良い情報が入る。

 

唐之杜の席に座る小畑。自前のキーボードをデスクに置くと悪魔的といえるかも知れない挑んだ表情を眼に浮かべた。

 

 

「マッハで片付けてやんよ。」

 

刹那、物凄いスピードで動く10本の指。キーボードを操作すると計画通り次々と行動を起こしていく。

 

―――まずは今回のターゲットの1人。都知事の居場所だ。

 

モニターに映し出されるビルの断面図。

そして小宮の居場所が映し出されると小畑は口元に弧を描く。

 

 

「……ファクター1を確認。39Fの会議室だ。」

『了解。さすが仕事が早いね、小畑ちゃん。』

「これくらい余裕だっての。」

 

しかし確認ができるのは小宮の位置情報のみ。

梓澤と小畑は小宮の居場所を知れるようにと前もって計画的にとある仕掛けを施していたのだった。

 

 

『さてと…じゃあこの次も計画通り行こうか、小畑ちゃん。』

「……てめぇのミスでビル内に潜んでる女が邪魔しないことを願ってるよ。」

『まあまあ。それはそれで楽しもうじゃないの?』

「その尻拭いはてめぇの仕事だからな!クソ梓澤!」

『はーい。それじゃヨロシクね。小畑ちゃん。』

 

一方的に切られる通話。

小畑はふるふると手を震わせ更に眉を顰めるも腹を括ったのか再び指をキーボードに乗せたのであった。

 

 

 

 

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―――55F 課長室

 

 

 

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落ち着かない様子でモニターを見つめる。

相変わらずシステムの復旧は愚か、誰とも連絡すらつかず一切状況が飲み込めない。しかし考えられることはある。

それは何者かが意図的に公安局を乗っ取った―――

 

 

 

「間違いない。ここが攻撃されたんだ……クソっ!私としたことが……」

 

 

つい先程報告の入った六合塚の事故。あの瞬間から何となく嫌な予感を感じていたのだ。

 

「((……とにかく誰かと合流しないと。それに都知事も……。だけど位置情報も何も掴めない。どうしたら―――))」

 

 

霜月は落ち着かないまま椅子から立ち上がり、外の通路へ続く扉に手をかける。

 

その時、自身のデバイスから通話を知らせる音が鳴ると"No image"と表示された画面が現れる。不審に思うも霜月は何かを感じ取ったのか少し間を置き応じる事に。

 

 

 

 

「……はい。こちら霜月。」

 

 

相手は"不明"。……だが、感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『"美佳ちゃん"。』

 

 

 

デバイスから漏れる声は久しぶりに耳にする"親友"の声。自分のことを下の名前で、しかも呑気な声色で呼びかけるのはあの子しかいない、

 

 

「舞白!?……って、あんたどうやって。」

『外部との通信は不通のまま。だけどこのチャンネルだけ解放されてたからその回線を逆手に使って美佳ちゃんのデバイスに繋いでみたの。多分、あと少ししたら"この件の首謀者"から通信が入ると思う。』

「ちょっと待って。状況が全然読み込めないの……一体何が起こってるの。」

 

自分とは打って変わって落ち着いた様子の親友の状況に驚きを隠せない。それに"外部との通信は不通"……ということは舞白もこのビルの中に居るということだ。1ヶ月以上も連絡がとれなかった相手、しかも舞白だ。外務省……兄の狡噛も夫の宜野座でさえ連絡がとれなかった相手―――

 

『手短に話すね。大体予想が着いてると思うけど、この事態を作ったのは梓澤廣一。そして公安局が捕らえた小畑千夜。あえて捕らえられていた彼女を使って公安局を中からハッキングした可能性が高い。』

「……最初からアイツらの手中だったって訳ね……クソ……」

 

舞白の言葉に項垂れる霜月。もし舞白の言うことが事実なのであればら今の今まで梓澤に転がされていたと思うと吐き気がしそうだ。

 

 

『―――ビル内の通信機能を奪われただけ。電波そのものは飛んでるし敵側も何かしら攻撃を仕掛けてくると思う。……だから、早く何とかしてメインシステムの復旧をしないとマズイことになる。』

「あんたのその技術を使って他に誰かと連絡は取れない?」

『さすがにそれは厳しい。解放されてたチャンネルはそもそも敵側のもの。これ以上電波を使ってその回線を使えば逆手に取られる。今もかなり慎重に美佳ちゃんに繋いでるの。』

「オーケー。分かったわ。」

『梓澤の狙いは都知事。そして少しでも人質を取ろうと考えている場合もある。……とするなら、局長や刑事課長の美佳ちゃんが濃厚。美佳ちゃんと都知事の居場所は?』

 

予想通り。梓澤は殺し損ねている都知事を狙っている。そしてこのビルに現在残っている重要人物と言えば局長と自分のことで間違いない。正直、局長の正体を梓澤が知らない以上、局長の身柄はどうなっても問題がない。

とにかく都知事を保護しなければならない。

 

 

 

「私は55階の課長室よ。都知事は恐らく39Fの会議室、関係者と志恩さんが一緒にいるはず。」

『美佳ちゃんは1人?』

「ええ。そうよ。…………って、もしかして私の身の危険を按じてるの?」

『当たり前でしょ?……とにかく、私は―――ッ……は!!』

 

「舞白!?ちょっと!!舞白!!」

 

 

激しく音声が乱れる。そしてデバイスに映し出されていた画面が消えると完全に回線が途切れてしまう。せめて舞白の居場所を聞けていれば良かったのにと酷く後悔していた。

 

 

「あの子また1人で突っ走って。何考えて……」

 

 

自分の身よりも他人の身を優先する悪い癖。

久しぶりに目の当たりにした行動はやはり変わってなどいなかった。しかし行方をくらませていた親友がこの場所にいるという事実。不思議と体のうちから士気が駆け巡っていた。

 

 

 

 

 

 

―――コン……コン……

 

 

目の前の厳重な扉から微かに物音が聞こえる。

まさか舞白?なんて思うも彼女だったらノックもせず突き破って来るのがセオリーだろう。

だとすれば扉の外にいるのは誰だ?もしかして舞白の言う通り敵なのか……

 

「…………」

 

霜月はゴクリと息を飲み、胸ポケットに隠していた小型の催涙スプレーを取り出し身構える。外にいる人物が舞白ならば先程の通話で近くに居ることを伝えるはずだ。

 

「……ふー……」

 

武器になるものはこのスプレーしか持ち合わせていない。ここで倒れる訳にはいかないのだ。

 

「…………ッ!!」

 

意を決した霜月は扉を開け目の前に立っていた人物にスプレーを振りかける。その瞬間、スプレーを顔面に思いっきり浴びた人物は激しく噎せると床に転がり悶える。

 

 

「うぇっ……ぐぁあ……っ!」

「廿六木さん!」

「ゲホッゲホッ……課長……オレだっての!」

 

白髪の男が目に入る。霜月は大きく目を見開き、傍らから現れた雛河の存在に気づくと自分が誰に向けてスプレーを振りかけたのかようやく理解した。

 

 

「やだ!執行官!ごめん!」

 

 

スプレーを慌てて手放し廿六木の傍に駆け寄る。霜月は必死に手を合わせ謝罪を口にし続ける。

 

 

 

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―――39F 大会議室

 

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システムが奪われてから数分後。

公安局ビル内に突如として女性の声で警告が流れ始める。

 

 

 

『――潜在犯が脱走しました。大至急地下駐車場に避難してください。繰り返します。潜在犯が―――』

 

 

 

 

「なんて事だ」

「よりによってこんな時に……」

 

放送を耳にした小宮の関係者達は落ち着かない様子で会議室内を動き回る。警告音声は止まることなく、何度も念押しするように繰り返されていた。

 

 

 

「……地下駐車場?課長と連絡がつかないのにこんな放送って……何かおかしい…」

 

唐之杜は警告に対し疑念を浮かべていた。

そもそも誰とも連絡もつかない事がおかしいのだ。その上でこの警告。あまりにも突発的で繊細な判断が追いつかないまま小宮の関係者達はこの場を立ち去るべきだと声を上げ始める。

 

「カリナ、ここから逃げましょう。」

「それが得策かと。都知事!急いで!」

 

小宮の傍でメイクをしていた女性でさえも慌てふためいた様子で腕を引く。それに釣られるように椅子から立ち上がると唐之杜を含め数人の関係者たちは会議室から飛び出すのであった。

 

 

 

「……はぁッ……はぁ……」

「クソ……。都知事がたまたま公安局にいたタイミングで……」

「とにかく早く指示通り地下に急ぎましょう!そこに行けば他にも人が―――」

 

必死に息を切らしながらエレベーターホールに向かう一行。その中でも唐之杜はデバイスに触れつつ、頭の中で状況を整理していた。

 

「((課長だけじゃない。……ビル内にいるはずの執行官たちとも連絡が取れない。それに外部にも―――))」

 

一行の最後尾で同じく走る小宮と唐之杜。

そしてエレベーターホールに辿り着くと関係者たちが続々と"たまたま開いていた"エレベーターに乗り込んでいく。

 

 

 

 

"不自然に開いたままの一基のエレベーター"

 

……何かがおかしい。システムとリンクできず、まるで乗っ取られているようなこの状況から考えるにエレベーターが使えなくなることも十分に考えられる。

なのになぜ?エレベーターが待っているのか―――

 

 

「ちょっと待って!こんな風にエレベーターが待っているなんて変です!」

 

唐之杜は咄嗟に声を上げ、乗り込もうとしていた小宮の腕を掴む。

 

 

「何を言っているんだ君は!―――さあ!早く!都知事も乗ってください!」

「カリナ!早く!!」

 

小宮はエレベーターに乗り込む手前でふと顔色を変えた。何か察したかのようにピタリと呼吸を止めると体が完全に停止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ッ!!皆そこから出て!!!」

 

 

「「――!?」」

 

 

小宮の叫び声が轟いたその時。

エレベーターに乗り込んでいた関係者たち全員に妙な感覚が張り付く。

体が……一瞬浮くような……

 

 

 

「……ッ!皆ぁあ!!」

 

 

突如目の前から消えるエレベーター。

悲痛な声が届く前に目の前の箱は急速に落下していく。

 

 

 

 

 

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「……何?……何の音……」

 

 

 

頭上から妙な音が降ってくる。

しかもそれは猛スピードで"落ちて"きていた。

 

同時に微かに聞こえる誰かの叫び声。しかも複数人。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――!?」

 

 

舞白はロープから手を離し、命綱1本で体をぶら下げると咄嗟にガンホルスターから銃を取り出す。そして火花を飛ばしながら落ちてくる昇降機そのものに向け鋭く目を光らせた。

 

 

「((…調速機ロープ……強引だけど主ロープの片側を切り離せば―――))」

 

 

 

 

 

 

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「……ん?」

『なーに。どうかした?』

 

 

異常を知らせる警告音と赤いマークがモニターに映し出される。それを睨みつけるようにじっと見つめる小畑は嫌そうに唇を噛み締め、梓澤の問いかけに言い返す。

 

「落下させたエレベーターが緊急停止した。」

『緊急停止?システムは完全に掌握してるハズだよね。』

「…………」

『そのエレベーターに都知事は?』

「何故か乗ってねぇ。まだ39階で反応がある。」

『へー。命拾いしたね都知事。……で?停止したエレベーターは何階?』

「20階」

『たった19階の間。60mといったところかな。落下距離と加速度から考えてもその間で手を出すなんて常人じゃ無理な話しだね。"常人"なら。』

 

常人なら。

たった数秒間で手を加えて落下するエレベーターを止めるなど普通に有り得ない。絶対に。たった数秒間で対処法を考えそれを行動に移すぶっ飛んだ判断力と瞬発力。どんな手を使って止めたのか不明だが土壇場でこんなことが出来る人間は……

 

 

 

 

 

 

「アイツだ……絶対……あのクソ女だ!!」

『ハハハッ!!相変わらず無茶苦茶な娘だ。まさかエレベーターシャフトで移動するなんてね。命知らずにも程がある。』

「笑い事じゃねえだろ!もしこのエレベーターに都知事が乗ってたら計画が全部破綻してただろーが!」

『まーいいじゃない?運良く神は俺たちに味方したんだ。そもそもあれで殺れてりゃ苦労しない。それに……これで大体彼女の居場所は掴めた。……そろそろ俺も動くかな。』

 

 

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――50階 執行官宿舎

 

 

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デバイスの通話終了を指でタップすると梓澤はコーヒーカップを手に取り、軽い足取りで"彼"の元へ向かう。

体を椅子に縛られ、目元を黒い布で覆われた慎導灼の姿。その目の前に椅子を動かすと梓澤はコーヒーを啜りながら椅子に腰を下ろした。

 

 

 

「あれ、お目覚めかな?慎導灼君。」

「…梓澤廣一。都知事を狙ってこんな場所に来るなんて馬鹿だな。」

「そう?」

「それに舞白さん……彼女が局内に居る。それは想定外だったんだろう。」

「なんの事かな。」

 

視覚を奪われている分、芳ばしいコーヒーの香りがやけに鼻につく。心地の良い香りのはずなのに、呑気な様子の相手を想像するだけで腹立たしい。

 

 

「慎導灼。せっかく会えたのにそんな言い方をされるなんて残念だよ……」

「狐を使ったんだな。」

「狐はそこら中にいる。公安局にもね。……古い中国の言葉でこういうの"十面埋伏"って言うんだ。」

 

"十面埋伏"

中国語で、周囲に隙なく伏兵が潜んでいることを意味する。かの有名な三国志の登場人物である"魏"の武将、曹操が袁紹と戦った時に程昱が曹操に提案した計略とも言われている。

 

――なんとかして相手を限界まで持っていくように仕向け、限界を超えた所を見極めてから、相手を全力で叩くというハイリスクでもある計略。

 

全て、梓澤の思惑、計略通りだった。

 

 

 

 

「―――都知事は"包囲"された。」

「小畑って子、わざと捕まったんだな。」

「正解。因みに宜野座舞白は早い段階で気づいてたみたいだよ。狡いよねえ、狡猾だ。なぜ君たちに話さなかったのか。」

「それには必ず理由がある筈だ。舞白さんは決して裏切らない。」

「………あわよくば彼女を悪者にしたかったけど君の前では無理みたいだね。」

「俺だけじゃない。皆分かってる事だ。舞白さんは味方だと―――。」

 

慎導は舞白を信じ続けていた。梓澤と同じく"インスペクター"という立場に置かれていたとして行く手を阻んだとしても、必ず意図があるはずだと。そして霜月を筆頭に皆彼女を信じていると。

 

 

 

「……ところで、君はいつから気づいてた?小畑ちゃんが意図して公安局に囚われたことに。」

「薄々気づいてた。……リスクが高い割に成果は少ない手だと。―――そうか、"パパラッチドローン"」

「大正解。でも遅かったな。」

「証拠品のドローンが分析に回されるまでの時間も……計算済みか。」

「計算は俺の得意分野でね。」

 

以前、都庁前に撒かれた大量のパパラッチドローンを唐之杜に分析を頼んだあの時。……そう、あの時間も全て梓澤の計算通り。呑気で何も考えていないようないい加減な人物にも思えたがとんでもない策士だ。一体この男のサイコパスはどんなものなのだろうか。

 

 

「これで犯罪係数が上がらないなら"マトモ"じゃない。」

「おいおい、俺は誰よりもマトモだよ?」

「マトモで同時に狂ってる。……都知事を殺そうとしているのに、殺したくないんだろ?」

 

ピタリと梓澤の手が止まる。まるでこちらの全てを見透かしているかの発言をする慎導をじっと見据えると嬉しそうに口元に弧を描いた。

 

 

「まず興味が無いんだ。ただ人が真にシビュラ的か試してるだけさ、俺は。」

「……試す?」

「都知事が選択を間違えず良き市民である事を示せば生き残れる。」

「お前自身は何もしていないと言いたいのか?」

「そう。俺は分岐点を作っただけ。都知事の死も望まないが、死んだら仕方がない。」

 

"自分は手を下さない。その道を選択するのか否か――あくまでもそれは本人に委ねられる。"

だからこの男は今の今まで公安局にマークさえされなかったのだ。自分が犯罪を犯した訳では無い。全て"狐"という他人の手を使って犯罪を犯してきたのだから。

 

 

「まだ君とお話したいところだが……俺も忙しくてね。」

「待て梓澤ッ!」

「せいぜいこの場所でお仲間さん達が誤った道を選択し、崩壊していく様を見ていればいい、もしくは誰かの助けが来ることを願うか……」

「くっ…………」

 

 

 

 

「それじゃあね。慎導灼監視官。」

 

 

 

 

男は執行官宿舎から姿を消し、室内には沈黙が流れる。

 

ほんのりと残ったコーヒーの香りと共に―――

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

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