whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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Fortune favors the bold.

 

 

 

 

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―――有明空港

 

 

 

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代銀の行方を追う為、掴んだ情報をもとに有明空港に車を走らせるイグナトフ。相変わらず雪は降りっぱなしで視界が悪い。……しかし、イグナトフは後ろから自分を追う車両に気づいていた。

 

 

2台の車両が有明空港へと辿り着き停車する。

まるで逃がさんばかりにと追ってきていた黒い車両は出入りを塞ぐように停められ、中から何者かが降り立つ。

 

イグナトフも車のエンジンを停めると扉を開け外へと降り立ち、その人物に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

「お前は行動課の―――」

 

 

黒い車両から現れた男。その人物は乱れなくスーツを着こなし、外務省のレイドジャケットを羽織っていた。

 

「須郷です。お久しぶりですね、イグナトフ監視官。」

 

外務省行動課、須郷徹平。

イグナトフとは随分前の捜査の打ち合わせの時以来に顔を合わせる。ほとんど初対面と言ってもいいだろう。

なぜそんな人物が自分を追ってきていたのか……

 

イグナトフの表情が険しいものへと変化していく。

 

 

「俺を尾行したのか?」

「ええ。ところで……あなたはなぜこの場所に?」

「情報提供の申し出があった。」

「失礼だが、あなたの通信も監視下にある。」

「何?」

「ですがこちらでは"その通信"を傍受できなかった。どんな通信手段か教えて欲しい。」

 

"その通信"とはインスペクターのデバイスを通しての代銀とのやり取りの事だろう。それを教えることは決して出来ない。下手をすれば妻の舞子にも関わる案件だ。

 

「教える義理は無い。それに公安局員を盗聴だと?この事は正式に抗議する!」

「外務省行動課には国際事件に関して包括的な権限があります。」

「くっ……」

 

自らの言葉に間髪入れず須郷の的確な台詞が突き刺さる。惑うことなく真っ直ぐとこちらを見据える須郷に無闇に反論することも出来ない。かといって簡単にねじ伏せられる相手でもないだろう。

 

 

イグナトフは何も言い返せないままその場に立ち尽くしていると須郷が近くへと寄り、自分の肩を掴む。須郷の大きな手のひらに力が加わると彼がどれだけ本気で取り抑えようとしているのかが感じ取れた。

 

 

 

「一緒に来てください。」

「断る。」

 

「あなたに拒否権―――――ッぐぁあ!」

 

 

 

グイッと肩を引かれたその時。鋭い大きな銃声が鳴り響いたと同時に須郷の身体がグラりと大きく動くとその場に倒れ込む。肩あたりに命中したであろう弾の跡がハッキリと衣服を貫いており血液がアスファルトの床を染め上げていた。

 

イグナトフは咄嗟に須郷の両肩を引き摺るように掴み、自身の車両を盾にしようと後方部分に体を潜めた。

 

 

「ッ!?何だ!一体!」

「…課長!緊急事態発生!緊急事態発生!!」

 

須郷は即座に待機していた花城へと通話を繋ぐ。その間にも何発もの弾が放たれる音が鼓膜を叩き止む様子は無い。少しでも様子を伺おうと顔を覗かせれば的確に放たれる弾の数々。弾の装填時間を考えてもあまりの人間離れした狙撃にイグナトフは違和感を抱いていた。

 

 

「((複数人の狙撃手?だがそのような人影は見えない。……だとすれば―――))」

 

 

 

 

遠隔操作か何かの手段で人では無い違うものが狙撃している。こんな暗闇でただでさえ雪が降る今、並々ならぬ能力がなければ的確に撃つことは普通できないだろう。

 

 

須郷を後方に隠したまま、イグナトフは銃撃に躊躇することなく隙間から顔を覗かせ周辺を何度も確認した。

数10m先にある大型トラック。その荷台に大きな影がある事に気づいたのだった。

 

 

「――やはり、狙撃用ターレットだ。」

 

 

"ターレット"それは軍事用の砲塔を指す。通常は機関銃や砲を内蔵しており、360度自由自在に方向を変えることが出来る厄介な"狙撃手"だ。

 

「付近に人影は見当たらない。となれば"遠隔操作"。…まんまと嵌められたってワケか……」

 

ここに誘き寄せ、自分を撃ち殺すという策だったのだろう。しかし意図は不明だ。何故こんなにも手の込んだ面倒なことを起こすのか理解不能だった。

 

 

 

「ッ……イグナトフ監視官。これを…」

 

 

銃撃された部分を片手で押さえ痛みに耐えながらも須郷はイグナトフに銃を手渡す。勿論公安局員が手に触れることは許されない事だがこの状況だ。背に腹はかえられない。

 

 

「自分が囮をやる。」

「その怪我で?」

「この怪我だからだ。失血のせいで秒単位で力が落ちていく。今のうちに。」

「……分かった」

 

イグナトフをしっかりと見据え力強く頷く須郷。そしてイグナトフもまた同意するように頷くと、その一瞬のうちに須郷は勢いよく駆け抜けた。

 

車両や物陰を上手く使い、わざとターレットに狙われるように辺りを駆け回る須郷。その光景は正に戦場のよう。行動課が日頃どのような任務を行っているのかが彼の行動を見れば一目瞭然。戦い慣れしたその姿、……認めたくないがやはり外務省行動課の特別捜査官とやらはいい意味でイカれている。

 

そう。あの宜野座舞白も同じように―――

 

 

「……ッ………」

 

須郷が作り出したチャンスを無碍にする訳にはいかない。ターレットの照準が須郷を狙っている今、イグナトフも同じく車両の影から身を乗り出すと銃を片手に標的へと一気に駆け出した。

 

大型トラックの荷台。そこに乗せられた重厚な狙撃用ターレット。イグナトフはスーツジャケットを靡かせながら一気に荷台へと駆け上がると戸惑うことなくターレットに次々と弾を撃ち込んだ。彼もまた狙撃の腕は一流。それは母国での戦争で学んだもの。皮肉だが大きく役立った。

 

「ッ!……く!」

 

久しぶりに感じる実弾を使った狙撃。それは確実に本体に数発撃ち込まれ、煙を上げて停止したのであった。

 

「よし……これで―――」

 

使い物にならなくなったターレットを目の前に一瞬赤い光線が見えた気がした。どこか遠くから放たれるその光。それはイグナトフの脳天を狙っており、しっかりと彼の頭部を光が射抜いていたのだ。

 

 

「くっ……他にもターレットが!」

 

 

反応が追いつかない。

...このままだと頭を撃ち抜かれ―――

 

「((しまった―――))」

 

咄嗟に顔の前に左手を翳すイグナトフ。

それと同時に銃撃音が辺りに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃撃音と共に現れた別の音。それは遠くの空で鳴っているヘリの旋回する音。頭上に現れたヘリはもう1台のターレットを銃撃で破壊し、その様子から考えるに"こちら側"の仲間である事を瞬時に理解した。

 

 

 

 

 

 

「…間に合ったか……」

 

 

須郷は物陰に隠れたまま空を見上げると安堵のため息を漏らす。つい数分前の緊急連絡にも関わらず即現れた行動課のヘリ。さすがの行動力と判断力に頭が上がらない。

 

 

 

そしてそのヘリはゆっくりとイグナトフと須郷の元へと降下したのであった。

 

 

 

 

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「―――逃した。」

 

 

白髪の老爺――ジャックドーは低い声で呟くと目元を覆っていたヘッドマウントディスプレイのような特殊なメガネを外す。そのメガネは先程までイグナトフや須郷を映し出していたが、どうやら遠隔操作をしていたターレットが2機とも破壊されたらしい。

 

 

男は車両から降り立つと次のタスクへと向かうべく歩き出す。そして相方でもあるヴィクスンへと通信を繋ぐと互いの進捗を確認し合う。

 

 

「次のタスクへ向かう。そちらは?」

『セカンドタスク"クリア"。ファクター2の処理に向かう。』

 

ヴィクスンも同じく次々と指定されたタスクをこなしていく。ファーストタスクは公安局内の一室に"ある機械"を設置した。そして次は"ファクター2の処理"

 

 

 

―――ファクター2。それを意味するのは刑事課課長の霜月。舞白の読み通り、彼女の元にも黒い影が向かっていたのであった。

 

 

 

 

 

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無数の銃弾の跡。そして銃撃によって破壊されたコンテナの火災が広がる有明空港駐車場。深夜ということもあり一般人への被害がなかったのが不幸中の幸いだろう。

 

 

「助かった。礼を言う。」

 

 

イグナトフは現れた3人に深々と頭を下げる。

自分と須郷の窮地を救った人物たちは険しい表情を変えることなく、辺りに視線を向ける。傍らでは宜野座が須郷へと駆け寄り、応急処置を施している様子だった。

 

 

「須郷。大丈夫か?」

「はい…何とか。」

 

思った以上に須郷の傷は深かったらしい。失血が酷く、須郷は戦線離脱するしか選択肢は無さそうだった。イグナトフはその姿を見ると自分の責任のように感じてしまい、微かに眉を顰める。

 

 

「おい。ここで何があったのか全て話せ。」

 

そんなイグナトフに構うことなく狡噛は容赦なく相手に詰寄る。その瞳は険しく角を立たせ、風貌から妹の姿も連想させた。

 

 

「……襲撃にあった。」

「相手は。」

「分からない。だが心当たりはある。―――モノを見たら分かるはずだ。」

 

 

狡噛はイグナトフの言葉に即反応し先程破壊した銃撃ターレットに近寄る。型や残された弾などを確認し、強く眉を顰める。

 

 

「――無人銃撃ターレット。間違いない…"ヤツら"だ。」

「ピースブレイカーの残党。長らく姿を見せないと思ったら…ようやく尻尾を出したわね」

「だとすれば梓澤廣一が絡んでる可能性が高い。このタイミングでヤツが考えそうなこと……」

 

 

睨みつけるような、まるで獣のような目つき。狡噛は真剣に何かを考え込む。通信の傍受は出来なかったが間違いなく何者かがイグナトフをこちらに誘導したこと。そして日本では運用していないはずの銃撃用ターレット。そしてそれを用意できた人間が存在する事実。

コングレスマン、インスペクター――― 狐の臭いが漂う。

 

奴らの狙いは都知事。であれば、その先にあるもの―――

 

 

「お前。刑事課の奴らと連絡は取れるか?」

「何だ...いきなり」

「誰でもいい。執行官でも構わない。公安局に居る人間にお前のデバイスを使って連絡を入れてくれ。」

「……分かった。」

 

イグナトフは狡噛の指示通り手元のデバイスですぐさま連絡を入れる。相手は慎導灼。この時間であれば慎導は局内に居ると把握していたのだ。

 

「……ん?」

 

不思議なことに"OFFLINE"というメッセージが表示される。オフラインになる状況は通信の支援がない場所でしか有り得ない。都内でも電波暗室にいない限り、そんな場所は存在しないはずなのだ。明らかに異常すぎる。

 

「どういう事だ…?執行官達にも繋がらない。全員オフライン…」

 

雛河や廿六木、入江と如月も同様。課長の霜月でさえも"オフライン"。有り得ない―――

 

「……なるほどな。」

 

それを静かに様子を伺っていた狡噛は状況を完全に理解したらしく小さく息を吐き、微かに余裕の瞳を浮かばせていた。

 

そして狡噛もまた自身のデバイスを使い"ある人物"に連絡を計る。映し出された顔写真は舞白の姿。予想通り、妹と連絡はつくことなく相手が"OFFLINE"と知らせるエラーコードが表示されたのだ。

 

狡噛はふと須郷の手当を施す宜野座へと視線を向ける。宜野座とまたその視線に何かを感じとったのか小さく頷いた。そんな2人の様子を眺めていた花城も微かに笑みを見せ、誇らしげに口を開いた。

 

 

 

「さすが。やはり私の目に狂いはなかった。"あの子"はうちのエースね。」

 

「1歩先を行くのが"俺の妹"だ。」

 

「笑い事じゃない。…俺は振り回されっぱなしだ。もう何年間もな。」

 

「それが…舞白さんらしい。」

 

 

花城、狡噛、宜野座、須郷。

4人は暫く姿を見せず、怪しい動きを単独で行っていた舞白を信じていた。その人物が先手を打って行先で生きていることを把握すると不思議と士気が高まる。

 

 

「何だ一体。公安局で何か起こってるのか?」

「そういう事だ。行動を起こすなら早い方がいい。俺達も向かう。」

 

狡噛はイグナトフから踵を返し、再び花城の元へと歩み寄る。その傍らで処置を終えた須郷を花城が支え車両へと乗り込む。

 

 

 

「私は須郷を搬送する。」

「すみません……こんな時に…」

 

「気にするな須郷。あとは俺と狡噛に任せておけ。」

「こっちは空からターレットの遠隔操作を逆探する。探査と言っても場所は分かっているがな。恐らく、他にも奴らは何かを仕掛けてる。となれば無鉄砲に正面から突っ込むよりも、空から攻撃する方が確実でリスクも低い。」

 

 

着々と進められていく作戦。そんな4人の傍で静かに様子を伺っていたイグナトフも声を上げた。

 

「俺も同行させて欲しい。」

「別に構わないが……。お前は役に立つのか?」

「勿論だ。」

 

イグナトフの意を決した様な真剣な眼差し。1度は酷く敵対された相手でもあるが、今の彼の表情からはその様子は見受けられない。ようやく状況を飲み込んだその相手に狡噛と同じく真剣に見据えると言葉を放った。

 

「……わかった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

飛び立つ大型ヘリ。

向かう先は公安局。

梓澤廣一のクラカトゥク―――

 

 

 

 

 

 

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―――20F エレベーターシャフト内

 

 

 

 

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「っ……!!!ぐっ!!!!」

 

 

大きく傾いた昇降機に恐る恐る足をつけ、緊急出口でもある天井口に手をかける舞白。構造が理解出来ず何度か押したり引いたりを試すと、大きな音を鳴らし脱出口が開く。

 

その中には数人の姿。さすがに急落下と急停止に耐えられなかったのか怪我を負っている様子が見えるが全員息をしているのは確かだった。

 

 

 

「皆さん!大丈夫ですか?私の声が聞こえますか!?」

 

20階で宙にぶら下がった状態。むやみに動けばほかのロープが切れ、落下する可能性が高い。舞白は天井部から何度も声をかけ全員の安否を確認する。

すると暫くして若い女性がゆっくりと体を起こすと舞白の問いかけに反応を示した。

 

 

 

「…ッ……痛……、誰……」

 

「無理して体を動かさないでください。昇降機のロープの片側が切れていて何が起こるか分かりません。」

 

「……あなた、は……

―――ッ!?カリナは!?カリナ!!!」

 

女性は突如思い出したかのように声を荒らげその場に立ち上がる。昇降機がグラグラと揺れ始め、舞白は思わずバランスを崩し命綱を両手で掴む。

 

「落ち着いてください!」

「はあっ…ッ…はぁ…っ…」

「直ぐに近くの階の扉を開けます。それまでできるだけ体を動かさないで…」

 

状況が飲み込めた女性は大きく目を見開き小さく頷き、再びその場に座り込む。他にも気を取り戻した小宮の関係者たちは大人しくその場に座り込む。

 

 

「((21階の扉の方が近い。…この扉をこじ開けて、1人ずつ登ってきてもらえれば…))」

 

 

視線の斜め上に見える回数を示す数字の"21"。昇降機がどれだけ持つかは分からないができるだけ衝撃を与えないためにも天井部から脱出してもらう方が得策だろう。

 

舞白は再び銃を取り出すと昇降機内の人々に言葉を放つ。

 

 

「かなり音が響きますから耳を塞いでください。それと怪我の重症度が高い方から先に上に登ってもらいます。……そちらの女性の方、お任せしても良いですか?」

 

「はっ、はい!」

 

小宮専属のヘアメイク担当者の女性。彼女自身も額に血液を流しているが誰よりも意識がハッキリとしている様子だ。女性はしっかりと返事をし、耳を塞ぐように昇降機内の人物に声をかける。

 

 

「―――ッ!」

 

21階の扉前に飛び乗ると扉の開閉に繋がる器具に弾を放つ。何発か撃ち込むと自然とロックが解除され、難なく避難口は確保された。

 

 

 

 

 

「では1人ずつ。私に手を伸ばしてください。」

「あなた一人で?無茶よ!」

「大丈夫です。……ほら!頑丈そうでしょう?」

 

 

舞白は身につけていたTシャツの袖を捲りあげ昇降機内の人々に義手の右手を見せる。中には驚きのあまり怯えた声を上げた者もいるが、呑気に笑う舞白を相手に次第に信頼を寄せる。

 

「申し遅れました。私は外務省行動課の宜野座舞白です。皆さんを安全にこの場所から―――」

 

 

刹那、鋭い何かが弾けるような音と振動が体を覆う。昇降機を支えている太いロープが怪しい音を立てていたのだ。

ゆっくりしている暇は無い。間違いなくこの昇降機はあと少しで落下する。

 

 

「はっ、早く助けろ!!」

「大丈夫です!慌てないで!!」

 

音に敏感に気づいた人々は声を上げ慌て始める。その反面、舞白は冷静さを失わないように慎重になりつつ手際よく救出していく。…しかし、このエレベーターを高層階から落下させ人を殺すなんて事を―――あの男、梓澤はとんでもない事を考えるものだ。

 

「((梓澤は人が選択を間違えたら死ぬように仕向ける。…そもそも人を殺す気はない。だから犯罪係数が悪化することもない))」

 

きっとこの人達も咄嗟に選択を迫られたのだろう。関係者たちの会話を聞くに間違いなく小宮はこのエレベーターに乗り込む可能性があった。しかしそれを拒み彼らだけが落下。

 

グルグルと脳裏で様々な考えを浮かばせていると気づけば残された人物はあの若い女性のみ。怪我の程度も1番浅く、何よりもほかの男性陣に比べて救出しやすい。…あとはこの女性だけ。

 

 

「―――掴んでください。直ぐに引きあげます。」

「…はいっ…」

 

ふるふると緊張しているのか手を震わせる女性。舞白は右手でしっかりと彼女の腕を掴み一気に引き上げる。

 

「ッ!?」

 

しかしその瞬間。昇降機そのものがロープの支えを失い、大きく音を立てて落下していく。ギリギリの所で彼女の腕を掴めたものの21階の扉に手を伸ばすことが出来ず命綱1本で2人は宙に浮いた状態に。

 

「ッ…ぐ……」

「ぃ……いやっ…怖い!助けてぇ!」

 

宙ずり状態で上手く動く事が出来ない。ましてや片手には命が握られているのだ。

 

「おい!大丈夫か!」

「どうすればいい…」

「ほ…他の人に助けを―――」

 

既に救出した男たちは2人の光景を目の前に再び混乱し始める。確かに人の手はいくらでも欲しいものだが逆に彼らを単体で動かすわけにはいかない。21階の状況はどうなっているのか。もしかしたら、敵がいるかもしれない危険な場所に助けを呼んできて欲しいなどと言えるような状況ではない。

 

 

「待ってください!そこから動かないで!外がどんな状況か分からない以上、下手に動かない方が良いです!」

 

 

「((…命綱1本で宙ずり状態。扉までは数m…))」

 

舞白はエレベーターシャフトを見上げ先の見えない暗い天井へと視線を向けると険しそうに眉を顰める。結局目標階に辿り着くことなく、むしろエレベーター落下に伴い20階付近まで落ちてしまったのだ。

早くしなければ、この人達のように窮地に陥ってしまう人達が増えていく。55階の課長室がさらに遠く感じていた。

 

 

 

 

「……初対面の人に対して"信じて欲しい"。なんて言葉を言いたくないのですが…」

「―――え?」

 

舞白の視線が女性へと向けられる。彼女は必死に舞白の手を握り意味不明な言葉を呟いた舞白を疑うような視線を向ける。

 

 

「もうこの方法しかありません。かなり強引ですが…この1本のロープを大きく揺らしてあなたを扉に"投げ込みます"。」

「ちょっとまって…あなたはどうなるの?」

「私は……まあ、その時に対処します。」

「無茶です!ここから落ちたら死―――」

 

 

ミシミシと音を鳴らす命綱。大人二人分の体重が大きくかかればロープは長くは持たず切れてしまうだろう。そして、舞白にとってこのロープが切れてしまえば上に向かう事が非常に困難になってしまう。システムを掌握されている以上、敵側に防犯カメラ映像が入る限り居場所を知られてしまうリスクを伴うのだから…。となれば、早々にメインシステムを奪い返す他ない。

 

 

「タイミングよく私から手を離してください。合図を出します。」

「そんな!…無理よ……万が一届かなかったら…」

「大丈夫です。ロープの長さもありますし、あとはどれだけ大きく揺らすかが肝ですが…」

 

 

まるでブランコを漕ぐように体を揺らし始める舞白。その度にロープは嫌な音を鳴らす。…大丈夫、焦るな。絶対に届く。

 

 

「皆さん!彼女を受け止めてください!」

 

舞白の指示通り扉で待機する人達。彼らは扉から手を伸ばすと彼女を受け止める体制に入った。

 

 

「……あと……3回…」

 

2人分の体重で大きく揺れる命綱。時たまロープを見上げつつ舞白はタイミングを見計らう。2人は互いの手をしっかりと握り合い、初対面とは思えないほどに呼吸を合わせる。

 

 

「次、飛び込んでください!」

「はい!」

 

シャフト内で大きく弧を描く命綱。

そして次の瞬間舞白は女性の腕を離し、こじ開けた扉へと思いっきり投げ込む。

 

 

「きゃあっ!!」

 

 

小さな悲鳴と共に掴まれる命。

女性は待機していた仲間に受け止められると無事脱出に成功。そして命綱がさらに音を立てると舞白は意図的に繋いでいたカラビナを外し次のタイミングで扉に向かって飛び込む。

 

 

「―――ッ!!!」

 

方向は問題ないが若干タイミングがズレたのか扉に手が届かない。決死の表情を浮かべ両手を大きく泳ぐように揺らせばギリギリ扉の下部に右手が引っかかり指先に力を込める。

 

 

「引っ張れ!彼女を助けるんだ!」

「宜野座さん!左手を私に!!」

 

手を伸ばす小宮の関係者達。何とか彼らのお陰で命拾いをした舞白は思わず安堵の頬笑みを浮かべていた。

21階のエレベーターホールに多少の怪我はあったものの全員が降り立つ。……咄嗟の判断で命を救われた彼らは舞白に精一杯の感謝を伝えたのだった。

 

 

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「宜野座舞白……。彼女は一体…どこまでこの状況を"予測"していたんだ。」

 

 

ヘリへ乗り込む狡噛、宜野座。そしてイグナトフ。その時ふとイグナトフは舞白について実の兄である狡噛に問いかけた。

 

"セカンド・インスペクター"というポジションにいる事が判明してからかなりの日数が過ぎ、ついこの前はその本人に狡噛と宜野座は邪魔をされかけた。

…にも関わらず、外務省行動課の人間は彼女を信じ続けていた。最初からこうなると分かりきっていたかのようにあえて野放しにしたのか…

 

 

 

「それは俺も分からない。あいつもな。」

 

あえてその会話から外れるようにヘリのコックピットへと姿を消す宜野座。その背に視線を向ける狡噛はどこか寂しげにも感じていた。

 

「……2ヶ月前ほどのホテルの襲撃。ヘブンズリープ教団への潜入捜査。その後も単身で無茶な行動に走っては仲間からの信頼を失くすような行動を自ら行う無鉄砲さ…異常すぎる。何なんだ…一体……」

 

人間離れした異常な頭脳、先を読む力。手段の為ならばどんなことも自分一人で乗り越えると言わんばかりの行動。自分と同い年だと知った時はどれだけ疑っただろうか。

 

とにかく"普通"じゃない、あの女は―――

 

 

「あいつは昔からそうだ。」

 

昔からそうだ。と一言で片付ける狡噛にイグナトフは驚きを隠せない。そういえば以前、佐渡の院内のカフェで会話を交えた時も夫の宜野座もあっけらかんと話していた事を思い出す。まだ宜野座の方が舞白の身を按じるような言葉を使っていたが……兄は全くもって気にしていない。

 

「……不思議だ。実の兄である狡噛さんも、そして夫である宜野座さんも……」

「別にお前が気にすることじゃない。…結局、あいつはあいつで孤独の中で成すべきを果たしてる。それに"生きてる"。」

 

 

 

狡噛が放った言葉。それは過去に宜野座も同じようなことを口にしていたことを思い出す。

 

 

┈┈┈┈┈

 

 

 

―――妻は毎日が死と隣り合わせだ。…毎日、妻と顔を合わせる度"今日も生きてる"と、密かに安堵してる。

 

 

―――いつか、その寿命が訪れた時、悔やむこと無く死んで欲しい。成すべきことを果たせたと。俺はそう思ってる。…思うようにしている。

 

 

┈┈┈┈┈

 

 

 

 

「……似たようなことを宜野座さんからも聞いた記憶があります。」

「だろうな。」

 

間髪入れず言葉を発した狡噛。長い付き合いのあいつなら自分と同じことを口にすることは分かりきっていた。

 

 

「ギノも俺も、舞白を信じてるさ。あいつは俺よりも頭の回転は早い。それに勇敢で打たれ強い。…あいつの傍にはいつも"運"が巡ってくる。」

 

 

 

イグナトフは隣に座る狡噛の横顔に視線を向けた。その顔は先程の緊迫した顔とは大きく変化しており、何もかも見透して、優しく理解するような目で"兄らしい"表情を浮かべていた。

 

 

 

 

「"幸運は勇敢な者を好む"。そんな言葉があるが…正にアイツそのものを表す言葉だ。」

 

 

その言葉を最後にヘリは激しい轟音を鳴らし空へと高く飛び立った。

 

 

 

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