whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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趨る白銀

 

 

 

 

 

 

 

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―――同時刻

公安局ビル外―――

 

 

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公安局ビルのメインエントランスへと続く入口を何百台もの警備ドローンが列をなし塞ぐその光景。四方八方全てが完全に塞がれてしまい、陸の孤島状態に。

深夜にも関わらず、その異様な光景に気づいた一般人は野次馬のようにその様を傍観していた。

 

 

 

 

『特別非常警戒中。一般市民の立ち入りは禁止されています―――繰り返します―――』

 

 

完全に行く手をコミッサに阻まれる。

それは一般人だけでなく、入る権限を持っているはずの公安局員も弾かれていたのだった。

 

 

「俺は監視官だぞ?クソっ……」

「ダメだ。全く操作を受け付けない。」

「課長とも、一係とも二係とも連絡がつかない。」

「一体何が起こってるんだ…」

 

"たまたま"?外の捜査のため外出中だった三係。監視官と執行官全員が中に入れないまま、そして状況が一切分からないまま、ただただ時が過ぎるのを待っている状況だった。

 

 

「…監視官。マスコミも駆け付けてます。」

「異変に気づいた一般人も増えてます。」

 

野次馬は増えていくばかり。マスコミに至っては公安局の異常事態を撮り収めようとドローンを飛ばそうとしていたのだ。

 

「誰も近づけさせるな!」

「了解です。」

 

 

 

 

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―――88階 局長室

 

 

 

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突如、局長室に姿を現す男"ジャックドー"

彼は次のタスクをこなすべくこの場所に現れた。

 

片手には大きな銃が握られており、部屋に入った瞬間その銃口は外を見下ろす人物へと向けられる。

 

 

「…公安局局長、細呂木晴海。」

 

 

名前を呼ばれた人物はくるりと背後に振り返る。そして相手を真っ直ぐと見据えれば、銃を握りしめる男に恐怖を抱く様子もなく、ただただ冷めきった機械的な瞳を向ける。

 

 

「ここは厚生省公安局本庁舎だ。―――キミは...気でも触れたかね?」

「御託はいい。一緒に来てもらうぞ。」

「ああ。構わないよ。」

 

一切の抵抗を見せず局長はジャックドーに従う。後ろ手に組まれた手首を拘束されもはや自力で逃げることは不可能だろう。

 

 

「…お前…随分と落ち着いているな。」

「何だ?私を捕らえる事がキミの目的なんだろう?だったら気にせず全うすれば良い。」

 

どこか人を小馬鹿にしたかのような余裕を含んだ笑み。勿論ジャックドーはその正体を知るはずもなければ、あまりにも"人間味"のない目の前の相手に気味悪ささえ感じ始めていた。

 

 

 

 

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「――オーケー……なんとか解除できたわ。」

「すごい、さすが分析官。」

「ふふ、ありがとう。」

 

 

手際よく自身のデバイスを操作し、非常階段へと続く扉のロック解除を行う唐之杜。しかし状況が全く分からない以上、無闇矢鱈に移動するのは危険だというリスクは承知済。唐之杜は1階下の"ある部屋"に向かうために周りに警戒しつつその場を走る。

 

 

 

「……それにしても、都知事のメンタルが曇ったら大変ね。後で色相チェックとカウンセリングを」

「あなただって……」

「私は慣れてるから。」

「私だってそこまで脆くないです。」

 

 

小宮の台詞に笑みを零す。どうやら彼女は簡単に挫けるような脆い人間では無いらしい。慎導の言う通りだと唐之杜は再認識した。

 

 

 

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分厚い扉の前にたどり着いた2人。

再び唐之杜は部屋のロックを解除し小宮の手を引きつつ室内へと侵入。

 

 

――目の前の薄闇に広がる無数の棚。そこには大小様々な箱が綺麗に陳列されており厳重に管理されている事が見た目だけでハッキリと分かる。唐之杜のデバイスの懐中電灯機能を頼りに2人は奥へと歩みを進めた。

 

 

 

「――ここは?」

「"廃品回収室"よ。何か再利用できるかも……」

 

 

公安局内で不必要になったものや破損した物などを集約する部屋。滅多に職員が立ち入ることも無いこの部屋に唐之杜の目当てのものが保管されていたのだった。

 

「えーっと…確かこの棚の……」

「……すごい数ですね。」

「中にはウチが扱った事件の証拠品もあるのよ。…まあ、あくまでも"廃品"だから使い物にはならないんだけどね?」

 

小宮は無数の棚が立ち並ぶこの空間に驚きを隠せない。まるでここは部屋と言うより巨大倉庫だ。公安局ビルの一角にこんなにも広く、厳重な部屋があるなんて……と辺りを見回す。

 

そんな中、唐之杜は大きなボックスを棚から抜き取り、中身を確認し嬉しそうに笑みを零す。

 

 

「……よし。この"ダンゴムシ"なら直せる。」

 

高機能小型ドローン――通称"ダンゴムシ"

手のひらに乗るほど小型で軽く、しかしどんな時にでも役に立つその名の通りの高機能小型ドローン。過去、シーアンに渡った常守と宜野座に唐之杜はこっそりと持たせ、シーアンのシステムを麻痺させることさえできた万能の代物だ。

 

しかし廃品回収室に置かれているものは使い物にはならない。だが唐之杜はそれを再利用する能力があった。

 

 

「ちょっと時間はかかるかもだけど……これを上手く使えば役に立つわ。少し待っててね、都知事。」

「はい。……あの……私に何か出来ることは?」

「大丈夫よ。都知事は少しでも休んで。」

 

傍らのテーブルに部品を手際よく列べる唐之杜。そんな彼女の邪魔にならないようにと小宮は遠くに離れない程度に廃品回収室を歩き回る。

 

「((…本当だ……ただの廃品だけじゃない。恐らくは過去の事件の重要証拠品も……))」

 

棚に積まれた無数の箱。たまに目につく年月日が記入された箱には事件の名前と中身の証拠品の名前が記載されていた。

 

小宮は薄明かりを頼りに指を添わせながら一つ一つ視界に入れて歩く。同じ質感の大小違えど大量の箱に――――ふと見覚えのある年月日と"新宿区立区民ホール"という場所を示す名前に反応を示した。

 

 

"2118・8――"

2年前の合同討論会の出来事。

あの日のことは忘れることは無かった。

 

 

「……これって……もしかして――」

 

小宮は棚に収められた小箱を手に取るとそれをじっと見つめる。この箱の中に何が入っているのかは予想がついていた。こんな状況だが、気になる衝動が抑えきれず小箱を手にしたままゆっくりとした足取りで唐之杜の元へと戻る。

真剣に慎重に作業をしていた唐之杜は小宮が手にしていた箱を見ると僅かに微笑を浮かべたのであった。

 

 

「唐之杜さん。……あの時の"ブローチ"ですよね?」

 

テーブルに乗せた小箱の蓋を持ち上げると厳重に何重にもビニール袋に包まれている"真紅"の色をした物が目に飛び込んだ。

 

 

「懐かしいわね。……というより、結局あなたの元には返却されなかった……まあ当たり前か……」

「結局これって何だったんですか?見た感じ綺麗な状態に見えるのですが。」

 

アザミの花の形状に似た悪趣味なブローチ。それに仕込まれていたのは"臭いも色も無い"猛毒の神経剤、サリン。またの名をVXガス。

当時、区民ホールの討論会で大量虐殺を目論んだ犯人によって作られ、スポンサーという名前を使い小宮へと贈られたものだった。

 

唐之杜は当時のことを鮮明に覚えていた。

 

「今だから言えるけど、そのブローチには時限式の猛毒ガスが仕込まれていたのよ。」

「え……?猛毒ガス、ですか?」

「事件内容は詳しく話せないけど………とにかく大事にならないで終わったことなの。」

「…………」

 

作業をする唐之杜の傍ら、小宮は当時のことを思い出す。区民ホールが突如として騒動に巻き込まれ、当時新人議員として登壇した自分は秘書のアン・オワニーと舞台の上に隠れていた事を。

 

そしてそこに現れた白銀の髪を持つ女性――

 

「そうだ、あの人…」

「あの人?」

「はい。唐之杜さんは存じ上げませんか?長い銀髪の女性…」

「……長い銀髪」

 

それは当時、公安局刑事課に出向していた"舞白"の事だろう。

あの時このブローチを真っ先に見つけ、中に毒物が仕込まれていることに気づいたのも彼女だ。

 

「多分、舞白ちゃんの事ね。」

「マシロちゃん?」

「ええ。"宜野座舞白"。2年前、刑事課一係の監視官だったの。」

 

カチャカチャと手を動かしながら唐之杜は言葉を続ける。

 

「今は外務省に戻ってて刑事課には居ないんだけど。彼女のおかげであの時は何事もなく収まったの。」

「やっぱり……あの人は只者じゃなかったんですね。」

「あら?分かってたの?」

「分かってたというか……何だか他の人と違う感じ。今思えば"慎導君に似てる"かも。」

 

あのわずかな時間で感じた彼女の様子。見た目もあるが、言動だけで彼女がどんな人物なのか微細ではあるものの感じるものがあったのだ。

 

「"慎導君に似てる"か。……なるほどね。言われてみれば合致するところはあるかも。」

「唐之杜さんは彼女と親しいんですか?」

「ええ、まあね?――舞白ちゃんのお兄さんも過去に刑事課に居たんだけど、その関係もあって幼少の頃から彼女のことは知ってたわ。」

 

ダンゴムシを修理する手を止め、唐之杜もふと舞白の過去を脳裏に浮かべた。

 

「枠に嵌らないというか。自分の信念を持ってる子よ。……お兄さんに似て怖いもの知らずで1人で突っ込む癖はあるけど、頭の回転は早いし"刑事"にピッタリだった。」

 

狡噛兄妹の後ろ姿が目に受かぶ。

逞しい2人のその姿が浮かぶだけで勇気づけられるような気分だ。

 

 

 

 

 

 

「――もし彼女がここに居たら……どんな行動を起こすのかしらね。」

 

 

唐之杜は最後にその言葉を呟き、再びダンゴムシへと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

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――51F 展望テラス

 

 

 

 

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深夜の高層階、展望テラス。

外の景色は眩いほど光るビル群達。騒がしいはずなのに、雪の鳴るような静けさが辺りに散りばめられ別世界にいるようだ。

 

 

「――クソっ!何で開かねぇんだ!」

「強制的にロックされてるなんて……」

 

入江と如月は外に放りだされたままだ。

身体の底まで浸みとおるほどの寒さ。その寒さに鼻を赤らめ、吐く息がその顔を隠すように白い。

 

 

「入江、正直に言って。あんた何かやらかしたんでしょ?許してあげるから話すなら今のうちよ。」

 

隣で扉に喚き散らす入江の肩を軽く突く。"絶対この男が何か悪事、起こした"と本気で信じ込んでいたのだ。でなければ、こんなタイミングよく締め出されるはずが無いと。

 

 

「だから俺じゃねえって何度も……」

 

 

 

 

 

入江が"やれやれ"といわんばかりの露骨な困惑した表情を見せたその時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『公安局から緊急のお知らせです―――』

 

2人のデバイス端末からマスコットキャラクターでもあるコミッサが浮かび上がる。しかし妙だ。いつもの可愛らしい風貌とは打って代わり目は赤く、全体的に黒いカラーを纏い、微かにホラー感が増したような気味の悪いデザインだったのだ。

 

 

「緊急?……なんだこりゃ。いつもと違ぇぞ。」

「誰ともオフラインで繋がらなかったのに変よ。……しかもコレって……」

 

そして同時に浮かび上がった画面。

そこには例の"キツネマーク"が映し出されていた――

 

 

 

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『――どうもこんばんは。皆様は今、大変な状況に置かれています。』

 

 

公安局からの緊急のお知らせ――の後。音声が男の声に変化する。どうやら特殊な回線……この音声が繋がれているのは公安局内部の一部の人間のみのようだ。

 

霜月をはじめ一係の執行官達、二係。唐之杜や征陸にも繋がれる。そしてこの声に嫌という程振り回されてきた舞白にも繋がれていたのであった。

 

 

 

「……来たわね。梓澤。」

 

 

21階のエレベーターホールで立ち尽くす舞白。そのすぐ側には先程救出した都知事関係者の姿もあった。彼らもその不可解な音声に耳を傾ける。

 

 

『現在このビルは完全封鎖され"陸の孤島"と化しました。しかも低層エリアには有毒ガスが充満し職員数百名が閉じ込められている。オマケに……留置所を飛び出した潜在犯は自由を求め皆戦う気満々だ。』

 

 

外部と一切連絡が取れない状況。オフラインの回線。暴走するエレベーター……全てがこの男の仕業だ。

そしてまだ舞白は遭遇していないが暴徒と化した潜在犯たちがこのビル内をさ迷っている様子。その映像を切りとった画像が映し出されると、舞白は眉を寄せ怪訝そうにデバイスを睨みつける。

 

 

『彼らを捕まえようにも一係は"監視官不在"。二係は"壊滅寸前"。三係は"外出中"でもうビルには入れない。』

 

「((……狙い通り……ってわけか。))」

 

出来すぎた計画。舞白は先を予測していたものの梓澤の計画のペースの速さについていけていないのが現実だ。

それに二係が"壊滅寸前"という言葉に、思い当たる監視官の顔を脳裏に浮かべる。

それはかつて、自信が公安局に出向した時に出会った元三係監視官の宮舘。現在は二係に異動している事は勿論把握済みだった。

 

 

『そして局長さんは海外の傭兵に捕まり、一係の慎導監視官もどこかに閉じ込められている。』

 

 

海外の傭兵、それは間違いなくピースブレイカーの奴らだろう。もちろん彼らが局長の正体を知る由もない。

 

そして"慎導監視官"と言う名前にいち早く反応したのは傍で音声を聞いていた都知事関係者達。

彼は小宮を護衛している立場だ。となると……上層階に取り残されているであろう小宮と唐之杜。彼女たちに危険が迫っている可能性が高いのではと関係者たちは焦りを抑えきれない様子で声を上げる。

 

 

「そんな!都知事は上層階に取り残されたままだぞ!」

「カリナ、……お願い。無事でいて……」

 

 

舞白は彼らから当時の状況を聞き出していた。

 

ほんの数十分前。小宮と唐之杜、そして関係者たちは会議のために39階の会議室に集まっていた。そしてそこに流れた緊急放送。それに促されエレベーターに直行したところ……

タイミングよく用意されていたエレベーターに乗り込み、先程のような危険な状況に陥ったと。しかし運良く唐之杜の機転もあり小宮は乗り込まなかったらしい。

 

 

「((留置所は30階。……唐之杜さんが上手く動いていることを信じるしかない。))」

 

 

舞白はデバイスを睨みつけたまま梓澤から発せられる言葉を真剣に聞き入れる。

 

 

 

『……皆さんが無事に開放される方法が一つだけあります。』

 

 

 

己の立場が有利であるコトを知っている者の余裕の声色。顔は見えずとも相手の表情が容易に想像出来る。妖しげに余裕な笑みを浮かべ、こちらを見透かしているような視線を向けられている気分だ。

 

 

 

 

 

『30分以内に小宮都知事が会議室に戻り"辞任宣言"を収録すること。時間厳守!……いや、社会人なら5分前行動です。全ての職員は抵抗せずご協力を。そうすれば人質は減るかもしれない。抵抗する者は容赦しません。』

 

 

小宮に的を絞った男の発言。

狙いは"都知事"。先程エレベーターから落下した時のことを思い出した一同はデバイスから漏れる男の狙いを理解すると舞白に詰め寄る。

 

 

「なっ……どういう事だ!」

「おい!キミ!この男は何者だ!?」

「何か知っているんだろう!?」

「宜野座さん!教えてください!カリナが危険よ!」

 

 

 

「…………」

 

 

舞白は彼らに構う余裕もなくひたすらにデバイスを睨みつける。ぐるぐると脳裏で様々な考えを浮かばせるも、あまりにも余裕気な相手の発言と声色に動揺してしまう。

 

 

そして続いて梓澤が放った台詞。

舞白はそれに気がつくと、更に表情を歪ませた。

 

 

 

『――"迷って立ち止まったら絶望に追い詰められる"だったかな?――』

 

 

先程、自分が梓澤に放った台詞。

 

 

 

『"セカンド・インスペクター"……"宜野座舞白"……さん?』

 

 

 

名指しで呼ばれたその声に歪むような苦しげな表情を舞白は見せる。そしてその台詞をデバイス越しに聞いている人間たち全員が彼女がこの場所にいるという事実に大きく目を見張った。

 

 

 

 

 

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課長室の階層から非常階段を使い下降する霜月達。梓澤の台詞にいち早く機敏に反応するのは霜月だった。

 

 

「((舞白。……))」

「まっ……舞白さんがここに?」

「行方を眩ませてた銀髪の嬢さんか?」

 

雛河と廿六木も同じく視線を向け合う。

 

 

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「宜野座って……あの女が居るのかよ!」

「……セカンドインスペクター。彼女も噛んでるのね。」

「裏切り……なのか?」

「私は違うと信じてる…。」

 

戸惑う入江。それに真っ直ぐとした声色で反論する如月。

 

 

 

 

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「どういうこと?舞白ちゃんがここに?」

「舞白って……さっき話した銀髪の女の子……」

「ええ、そうよ。まさかこの状況になることを分かってたのかしら……。」

 

唐之杜は"まさか自分が考えてた事が現実になるなんて――"と心の中で呟く。梓澤のペースに持っていかれているものの舞白が局内に居るという事実に起死回生の灯りが見え、微かに口角に笑顔を浮かべる。

 

 

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「全く。また1人で"虎穴に入る"つもりか……」

 

"あの時"以来の娘の名前に義父の征陸は呆れ混じりの深いため息を漏らす。

 

「だが、もう独りで何もかも背負う必要はないさ。」

 

その瞳は慈しみを宿す。

征陸はベッドから両脚を降ろすとふらつきながらもしっかりと足を踏み込み、傍らに置かれていた義手を取り付けた。

 

 

 

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「((舞白さん……やっぱり公安局に…))」

 

拘束され、身動きが取れないまま慎導は強く唇を噛み締める。この状況を打破するには、間違いなく彼女の働きかけが必要だと考えていた。

 

 

 

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敵から逃げようと物陰に隠れる宮舘と執行官の鹿江。怪我を負い宮舘は苦しそうに腹部を押える。

 

 

「((狡噛"舞白……"監視官"……まさか、……彼女が……ッ))」

「宮舘監視官!……クソっ……一体どうしたら……」

 

 

もう1人の執行官、渚熊とははぐれてしまい通信も機能しない。デバイスから漏れる音声をゆっくりと聞く間も無いまま梓澤の言う通り"壊滅寸前"だった。

 

 

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『――さあ、犠牲者を出さないと意気込んだ君の"選択"。果たしてそれは成功するか否か……"選択を誤れば過去の親友のように皆死ぬ"。』

 

 

「……ふざけるな……」

 

挑発じみた男の言葉に怒りの籠った声を漏らす舞白。

そして同時に通信を聞いていた一部の人間が耳を疑った。

 

当時箝口令が敷かれ、その後アーカイブなども全て閲覧制限がかかっており噂程度にしか知らないものが多い"あの事件"。狡噛兄妹の人生が大きく揺れ動いたきっかけでもある事件だった。

 

 

「…くっ……」

 

 

ただただ怒りが込み上がっていたその時。重なるように通信が横入りするとデバイスから別の人物の声が漏れる。

 

 

 

『――刑事課の霜月です。』

 

 

それは間違いなく霜月の声。

その声色は落ち着いており、いつもより酷く低い声にも聞こえた。舞白を追い込むように言葉を吐き続けた梓澤の邪魔をするようにも感じ取れる、

 

 

『あら課長。"まだ"ご存命で何よりです。』

 

……やはり。自分は間違いなく狙われている立場。梓澤の言葉を読み取る限り、舞白の言っていたことは間違いないようだ。

 

 

『…外部との通信は不通のまま、このチャンネルだけ解放されてました。』

『念の為の交渉用ですよ。それにさっき、このチャンネルを使って宜野座舞白と連絡をとっていたことも把握済みです。会話内容は傍受できず残念だ……』

 

『彼女、優秀でしょう?』

『ええ、それは確かに認めますとも……だが、後先を考えない無茶苦茶な人間だとも考えられる。』

 

 

霜月の目に角が立つ。しかし冷静さを失うこと無く、そのまま言葉を続けた。

 

 

『あの子のことは置いといて本題よ。我々はあなたの要求を全て飲みます。都知事の居場所を教えてください。』

『ダメだよ?課長さん。時間稼ぎはナシ。……それじゃあ皆さん。せいぜい選択を間違えないことを祈ってますよ――』

『ちょっと!待ちな――』

 

 

 

要件を伝えるだけ伝え一方的に切られる通信。舞白は険しい表情を変えないままデバイスを戻すと小さく息を吐き、傍らの人物たちに視線を移動させた。

 

 

 

 

「――さっき言ってた"低層エリアの有毒ガス"。恐らく20階以下に撒かれてる可能性が高いです。……この階に降りれたのは不幸中の幸いでした。」

「なぜ分かるんだ?20階以下だと……」

 

神妙な面持ちで考え込むような姿勢をとる舞白。この場に慣れすぎているような女性の姿に関係者たちは不思議そうに眉を顰める。

 

 

「私は以前、短期間ですが公安局で職務を行ってました。その時に大体のビルの構造を頭には入れたのですが――この強大なビルの空気の循環をする換気機器は20階ごとに制御されてるんです。」

 

手元のデバイスを操作し、映し出される公安局ビルの立体図を指さす。公安局ビルは巨大でかなり複雑な造りをしているのは確かだ。警備や各制御装置など一般人からすれば全くもって理解できないほどの数。しかし彼女は違った。

 

 

 

「私たちの居る21階には有毒ガスが充満している様子はありません。撒かれていたら私たちはガスを吸い込んで既に死んでます。40階まで有毒ガスを撒いたとすれば相手側にもかなりの移動制限がかかりますから……それに無力な一般職員が職務を行う部屋がまとまってるのは20階より下です。」

 

 

一般職員は"囮"。深夜でもそれなりに職員は取り残されているはずだ。各部屋に撒かれていないと考えると恐らく有毒ガスが充満しているのは通路などに限定されているだろう。……誰も被害を被って居なければいいのだが……

 

 

「まあ、あの男が本当のことを全て話してるとも限りませんが。」

「……といいますと?」

「有毒ガスを撒いているという事がブラフの可能性も。私たちが外に逃げられないように出任せを言っている可能性もあります。」

「だったら直ぐに非常階段を使って外に救助要請……」

「あくまで予想にすぎません。相手が公安局を乗っ取っている以上、下手に動けばリスクは高まります。」

「……じゃあ私たちは……カリナはどうすれば……」

 

"たまたま"このタイミングで公安局ビルに残されてしまった者たち。しかし小宮も都知事もこの状況に簡単に適応できる身体能力などは持ち合わせていない。

 

舞白は近くの部屋の扉を解除する。そこは人気のない備品庫だった。そして室内に潜入し危険がないことを確認すると彼らに向けて指示を出す。

 

 

「ここに隠れてください。本当に有毒ガスが下層に撒かれているなら21階まで留置者も降りてこないでしょう。……そもそもこの階は備品庫がメインですから誰も現れないと思います。」

「こ……ここに俺たちを残していくのか?」

 

「できればここに留まって皆さんを守りたいのが本心です。だからといってこの先、私と行動を共にするのは危険―――」

 

装備品を確認する為、懐のガンホルスターから拳銃を取り出す舞白。本物の拳銃を目にした一同はゴクリと息をのみ事の重大さを改めて理解する。

 

 

「―――これを"念の為"置いていきます。スタンバトンとスタンガンです。」

「ヒッ!!」

 

鉄製のテーブルに置かれた2つの武器。見慣れない彼らは触れようとせず後退するものが殆どだった。

しかしこれしか方法はない。彼らを同行させる訳にはいかないし、留まらせていた方が安全なのは確かだ。

 

 

怯む男達を前に女性がゆっくりとそれに手を伸ばす。ずっとこの状況下の中、小宮の心配をしていた女性だ。

 

 

 

「私が持ちます。どうかカリナを……カリナをお願いします。」

 

力強さの中に微かに恐れも見える切実な声。しかし瞳には角が立っており覚悟を決めたような視線に先ほどまで怯えていた彼女の姿は無かった。

 

今は目の前の銀髪の女性に頼るしかほか無い。誰もがそう思っていた。

 

 

「はい。必ず……」

 

舞白はまるで死地に赴く軍人のように表情を引き締めら握っていた拳銃に力を込めた。

 

 

 

 

 

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「ふざけた野郎だ...」

「どうします?課長。」

 

梓澤からの通信の後。3人は非常階段の踊り場で今後どのように動くかを話し合っていた。霜月は腕を組み頭の中で様々な考えを膨らませると漸く口を開く。

 

 

「最優先はドミネーターの確保。監視カメラの位置をデバイスで確認しつつ移動しましょう。あとはどうにかして通信機能を奪う。そうすれば他の仲間と連絡も取れるわ。」

 

「あの……舞白さんは?」

「あの子なら大丈夫よ。合流したいのはやまやまだけど傍受されてる以上、下手に連絡を取るのも危険よ。」

「なあ課長。あの嬢さんは味方……なんだよな?」

 

廿六木の言葉に反応を示す霜月は彼を見上げると挑戦的な表情を浮かべ、微かに口元に弧を描いた。

 

 

「舞白は私の"親友"よ?私を裏切るなんて100万年早いわ。」

 

 

"ほら、さっさと行くわよ!"と階段を駆け下りる。廿六木と雛河をそれを必死に追いかけた。

 

 

 

 

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「梓澤廣一が公安局内にいるなんて。」

「それに、まさか宜野座舞白も居るなんてな……」

 

 

 

「で?どうする?」

「決まってるでしょ!戦うの!」

「でもシャッターは開きそうもねぇが……」

 

結局あれからビル内に戻る扉は開かないまま。このまま外で待ち続けるような状況では無いらしい。

 

雪が降り続ける極寒。如月は白い息を吐きながら空へと視線を向けるととんでもない台詞を口にした、

 

 

「――少し行けば……屋上ね。」

「少しって!30階以上あるぞ。」

「アンタと私の力があれば登り切れるわよ。」

「……ったく……どいつもこいつもイカれてやがるぜ…」

 

 

 

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『30分後が楽しみだね、灼君。』

 

 

執行官宿舎に囚われている慎導。手首のデバイスから再び梓澤の声が響く。

 

 

「……楽しい?ゲームのつもりか……」

『ハハッ。この社会がゲームじゃないかい?シビュラシステムという絶対のルールで行われる。それを理解できないやつが負けるのは仕方ない事だ。』

「シビュラは人が生きる上での指針だ。ゲームのルールなんかじゃない。―――お前こそ"プレイヤーを超えた存在"になりたいんだろう?」

 

 

慎導の言葉。挑戦的な相手の声色に対し、梓澤は軽い微笑を右の頬だけに浮かべる。

 

 

『俺はね…ただ完璧な者でありたい。君ならわかるはずだ。俺達には共通点が多い。』

「一緒にするな。何もかもが違う。」

『いや共通点ならある。"君の親父"さんだ。』

「……ッ……」

 

 

父親、即ち"慎導篤志"。

灼が監視官を目指すきっかけになった父親の死。

 

梓澤の口からその名前を出される度、軽薄に語られる度に、慎導の憤りが強まっていく。

 

 

『君は篤志さんの死の謎を解きたくて監視官になったんだろ?……だがそれはやめた方がいい。あの男は人を狂わす。』

「ふざけるな!父さんはいつも誰かのために戦う人だった!」

『厚生省の記録上はね?実際のところ、あの人は"ロクデナシ"だよ。―――人をゲームのコマにするやり方はあの人から学んだんだ。』

「父さんは自分のためにメンタリストのスキルを使うような人じゃない!」

『目的が手段を正当化するってやつ?』

「少なくとも……どこまで行っても自分のことしか考えないお前とは違う!」

 

 

そういえば似たような台詞を最初の頃、宜野座舞白にも言われたと既視感を覚える。自分の為ならどんな事でもやり遂げる、身勝手かつ狡猾だと――

 

しかし"そうじゃない"のだ。

慎導も舞白もとんだ勘違いをしていると嘲笑い、深いため息を大袈裟に吐き出す。

 

 

 

『ハァアアアアアア……分かってないなあ。俺は自分なんてどうでもいい。―――"世界の真実"を知りたい。』

 

 

梓澤の言う世界の真実。

それは恐らく…………

 

 

 

「ふーーー……」

 

 

赤い龍のような、よく分からない"いつもの怪物"が現れる。しかし不安定なのか上手く相手をトレースできない。目の奥が激しく痛み、熱を帯びていく妙な感覚。まるでフラッシュバックのような現象も重なると呼吸が大きく乱れ始めた。

 

 

「……くっ……」

 

"俺がロープを握っていない時にメンタルトレースをするな"。ザイルパートナーでもあるイグナトフの声が脳内に響く。

 

 

『篤志さんと同じメンタルトレースか。親父そっくり……でも残念。俺はもう曇らない。』

 

 

余裕に満ちた声色は僅かに笑みを含ませる。こんな時にもメンタルトレースを行うなど無茶苦茶だ。自身の精神も削がれる可能性があると言うのに……やはりあの娘と似た者同士だ。

 

 

 

『―――あの人は……親父さんはコングレスマンを目指していた。俺も……こんな事君に言ってもしょうがないか。』

 

「ッ……梓澤……お前!」

 

『今度こそ"さよなら"だ。君は助けが来ない限りそこで死ぬ。……選択を間違えた者は全員、今夜死ぬことになるだろう。』

 

「そうはさせない……必ずお前を捕まえる!」

 

『それは君の意志だけでは成り立たない。"この場にいる全員の選択"で決まることだ。』

 

 

梓澤の通信は途絶える。

 

慎導は嗚咽混じりの苦しげな声を上げると椅子に縛られた体を大きく揺らした。

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

コックピットから外の景色を眺める宜野座。操縦席には行動課の別の人物がレバーを握り、悪天候の中目的地へと向かっていた。

先程よりも強くなる吹雪。明日の朝には東京の街一帯が白銀の世界になっているのは間違いなさそうだ。

 

 

ここまで酷い雪が降るのは何年ぶりだろうか。少なくともここ数十年、東京にここまでの降雪記録を残したことは無いだろう。

 

 

 

ふと数年前の新疆ウイグル自治区での光景を思い出す。真っ白の白銀の世界に1人で放浪していた舞白の姿が何故か脳裏に浮かんだ。それは傷だらけで、真っ直ぐにこちらを見据え手には銃が握られていた。

 

雪に埋まる彼女の足元には複数の屍。

その背後には同じ白銀の髪色のあの男が怪しげに笑っていた。

 

 

呑み込まれるように、彼女が脳裏から消えていく―――

 

 

 

 

 

 

 

「―――お前はそれでも……"清廉潔白"だ。」

 

 

小さな声で呟かれた言葉。

操縦士の男はチラッと背後の席に座る宜野座に視線を向けると不思議そうに首を傾げた。

 

 

「……?宜野座さん?どうかしましたか?」

「いいや、なんでもない。……独り言だ。」

 

 

 

 

 

雨から変化したその雪は激しく降り続いていた―――

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

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