whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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捲土重来

 

 

 

 

 

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―――39F 大会議室

 

 

 

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「うーーん。来ないねぇー…」

 

 

椅子に体を預け、だらりと顔を天井に向ける梓澤の姿。いくら待っても都知事が現れない。残り時間は残り僅かだと言うのに―――

 

 

 

 

 

『クソっ…クソクソクソクソクソ!!クソがあぁ!!!』

 

 

 

呑気に天井を見つめていたその時、イヤホンから小畑の怒鳴り声が漏れると思わず目を細める梓澤。どうやら彼女の身に何かが起こったらしい。

 

 

 

『梓澤!』

「どうしたの?小畑ちゃん。酷くご乱心だね。」

『敵のババアに邪魔されてる!』

「遅れをとったの?らしくないねえ〜」

『うるせぇ!グズ!』

「大丈夫。小畑ちゃんは最高さ。対処出来る…」

『…梓澤……。このクソ野郎!!やってやんよ!』

「そうだよ、その勢いが大事だ。…また連絡待ってるよ。」

 

小畑との通信を終え、梓澤はふと手元のデバイスに視線を落とした。

 

公安局ビルの立体マップ。そこに映し出される"ある人物"の位置情報。赤いマークは点滅しており、僅かに動きを見せているのは確認できているのだが…

 

何か怪しい―――

 

 

 

そんな不審な動きを察知した梓澤は手駒のパスファインダーの2人に通信を図ることに。

 

 

「ねえ、パスファインダー。」

『どうした?』

「慎導灼の所に向かってくれ。……都知事の動きがどうも怪しいんだ。」

 

動きを予想するに都知事は慎導の元へと向かっている可能性が高い。どうやって慎導の居場所を突き止めたのかは不明だが…恐らくは共に行動しているであろう分析官の力だろう。

 

 

『行けるか?ヴィクスン。俺は別タスクの進行中だ。』

『…ああ。だが刑事課の課長と二係はどうする?"獲物"はすぐ目の前にいる。今がチャンスだ。』

 

白髪の老婆の視線の先に"獲物"とやらが居るらしい。梓澤は微かに笑みを浮かべれば呑気に言葉を続けた。

 

「あー…そうだったね。その"獲物"を先に何とかできそうかな?」

『あと5分時間をくれ。それ以上長引くようであれば後回しにして都知事を追う。』

「分かっているだろうけどその獲物は手強い。気をつけて。」

『絶対に"あの女"を今日この場所で殺す。それが我らの宿命だ。…そうだろう?ジャックドー。』

『ああ。息子たちの仇だ。』

「熱いねー。…それじゃ、頼んだよ。」

 

 

パスファインダーとの通信を終わらせ、ふと言葉を漏らす。

 

 

「――君はこの状況をどう切抜ける?君は簡単に死ねないよ?この先に君が知りたがってる真実がある。そして俺も君の全てをまだ知らない――」

 

デバイスの画面が切り替わり制服を着た黒髪の少女の姿が映し出される。今となってはそれは白銀の髪色だが、鋭い目付きと涙ボクロの位置は変わらない。街中で盗撮されたような不意打ちのその写真は過去の"狡噛舞白"の姿だった。

 

 

「…"免罪体質"……ね…」

 

画面の少女を指で撫で上げ、梓澤は不気味に笑みを浮かべていたのだった。

 

 

 

 

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―――30F 留置所

 

 

 

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「はぁ…はぁ……はぁ…ッ…」

「何とか"奴ら"は拘束できた。…さすが現役の力は凄まじいな。」

「お義父さんこそ……なんでそんなに平気なんですか…」

「火事場の馬鹿力ってやつだろうな?今は平気だが、暫くしたら身体にガタが出てくる。」

 

 

先程の留置者たちを死者を出すことなく無事全員拘束した舞白と征陸。まるで昔、共に戦っていたかのような息のあいようで阿吽の呼吸という例えが正しいだろう。あまりにも強い2人を相手に、途中からは降参すると言わんばかりに素直に応じる留置者が現れた程だった。

 

 

「…あとは監視官殿の処置だ。執行官の2人もかなり深手を負ってるみたいでな。」

 

2人は先に退避した宮舘達の元へと走り向かい状況を整理することに。

 

 

30階、留置所。

この場所に意図的に留まっていた男達に襲われた二係。そして"謎の白髪の老婆"の銃撃にも襲われ壊滅状態に陥っていたということ。ドミネーターの確保を優先した板東監視官達も危険を察知し留置所に向かった宮舘と遅れて合流。

 

25階の医務室に閉じ込められていた征陸に関しては何故か扉が勝手に解錠され必然的につい先程この場所に辿り着いたらしい。

 

 

 

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「この階から逃げ出そうとも……銃を持った白髪の、…人物、邪魔を…」

「それでこの銃撃を?」

「あぁ……動きが異常に早い。……ゲホッゲホッ……あれは人間じゃ…ない。」

 

壁にもたれかかる宮舘、鹿江、渚熊。3人とも銃撃を受けておりかなり酷い状態だ。

 

 

「すみません監視官。…執行官の…俺達が…」

「盾に…、…ッ……力不足…」

 

力不足によって監視官の盾になれなかったと悔やむ2人。それぞれが応急処置を受ける中、板東は表情を歪ませ苦しげに言葉を漏らした。

 

 

「鹿江、渚熊。それ以上喋るな。妹尾も森久保もついてる。もう大丈夫だ。」

 

幸いにも軽傷の坂東をはじめ執行官の妹尾と森久保。しかしこの場に征陸と舞白か現れなければ文字通り彼らは"壊滅"していただろう。

そして舞白はここまでの経緯を整理し、現在の自分たちの脅威となる人物を脳裏にうかべた。

 

 

「白髪で銃を扱う人物。間違いなくピースブレイカーの残党です。通信でも梓澤が言っていましたから。」

「梓澤って…通信のあの男の事か?それに海外の傭兵…」

「板東監視官の仰る通りです。公安局ビルは今現在彼らの手中にある。目的は都知事。…だけど、そんな簡単な話じゃないはず…」

 

手際よく処置を施す舞白。その傍ら表情は険しく、怒りを浮かべているようにも見える。そんな相手を征陸も同じく処置を行いつつ心配そうに様子を伺っていたのだった。

 

 

「宮舘監視官たちの状態を見るに処置が足りない。止血剤も無ければこれ以上施しようがありません。どうにかして医療キットが揃っている場所に移動させないと…」

「その為には、その傭兵を片付ける必要がある…という事ですか?」

 

森久保が恐る恐る舞白に尋ねる。

死角も多く、入り組んだ構造のこの階で戦うのは恐ろしい事だ。しかし、このままこの場所に上手く隠れたとしても時間の問題だ。宮舘たちの命が持つはずもない。

 

 

 

「その通りです。…なので私が―――」

 

 

 

 

 

舞白がふと顔を上げたその時、黒い影が数十m先に現れたことに気づく。咄嗟に銃を構える舞白の様子を察知した征陸は急いで今いる部屋の扉を強引に手動で閉めると激しい銃撃音が響き渡った。

 

 

「まずい!この扉も長くはもたんぞ!」

「ッ……こうなったら強行突破……って、うわっ!!」

 

 

舞白の頭上から何かが落下する感覚。それは見事に肩に乗り、奇妙に蠢く小型ドローン"ダンゴムシ"に思わず驚きの声を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

『よかった、間に合ったわね!舞白ちゃん聞こえる!?』

「唐之杜さん!」

 

デバイスに映し出されたのは唐之杜と小宮。霜月と同様、撒いていたダンゴムシを介して漸く通信を繋げることが出来たのだった。

 

『この回線は安全なものよ。そっちの状況はカメラを介して把握したわ。いい?このまま良く聞いて―――』

 

怪我を負った二係。そこに現れた征陸と舞白。危機的状況下におかれている今現在。唐之杜はそれを全て理解した上で速やかに対処法を口にする。

 

 

『その階の一番端の部屋。留置所のセキュリティルームがあるのは分かるわよね?私たちは滅多に入ったことは無いけど。』

「それなら俺が。続けてください分析官。」

『坂東監視官。さすが頼りになるわ。』

 

舞白の隣に板東が寄り、2人は唐之杜から転送されたデータに目を移す。

 

『その部屋の制御システムはそのダンゴムシを介して奪い返しておいたわ。だから皆一緒にその部屋に逃げ込んで。外部から開けられないような頑丈な部屋だし、こちら側からロックできる。それと緊急キットも揃ってるはずよ。』

 

「了解です。……あの部屋ですね。」

 

 

隙間から目的の方向へ視線を向ける。銃撃も先程より増しているのを感じると直ぐに行動を起こさないと不味いことになりそうだ。

 

 

「お義父さんは宮舘監視官をお願いします。板東監視官は渚熊さん、妹尾さんは鹿江さんを。そして森久保さんは後ろで援護を。私が相手の邪魔をします。その間に部屋に駆け込んでください。私を待たず直ぐに扉のロックを。」

「…まさか、…舞白ちゃん。」

 

"私を待たず"という言葉に眉を寄せる征陸。

しかしそれが最善の方法だろう。白髪のあの老婆がいる限り、いくら頑丈な部屋に逃げ込むとしても安全は保証されない。となれば、誰かが応戦する必要があるのだ。

 

 

「大丈夫です。対抗できる武器を持ってるのは私だけですし、あの人もこの場所にそこまで時間を割けないはずです。だとすればそこまで危険を伴いませんしあくまで時間を稼ぐだけですから。」

 

『大丈夫なの?本当に…』

 

「むしろチャンスです。ここで1人抑えれば大きく状況が転じます。この通信が使えれば美佳ちゃん達とも合流出来る。…私も戦うために公安局ビルに潜入したんですから。」

 

 

舞白は唐之杜との通信を1度遮断するとその場から立ち上がる。そして征陸達に再び向き直ると微かに笑みを零した。

 

 

 

「…狡噛……元監視官、……ぐっ………」

「宮舘監視官、無理に体を…」

「無茶だ。……今度こそ死ぬぞ……」

 

苦しげに顔を歪める宮舘。

彼は舞白の身を心配していた。過去の事件で危険な事態に何度も陥った舞白を何度も見てきた。実際、2年前の事件で宮舘に命を救われた。容赦なく先に突き進む彼女の行動を本気で按じていたのだった。

 

 

 

「…"時には思い切った行動も必要"。前も言ってたじゃないですか?宮舘監視官。」

「…………」

 

 

 

 

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"……時には思い切った行動も必要だと思い知りましたよ。狡噛監視官―――"

 

 

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外務省から出向してきた"いけ好かない女"。口だけかと最初は考えていた宮舘は彼女のその行動に心動かされ一目置くように。

一か八かの駆け引き、最良の為の行動、仲間のために命を惜しまない無茶苦茶な考え―――

 

…今は彼女に委ねるしかない事実。

宮舘は何かを諦めるように呆れたような笑みを微かに表情に映した。

 

 

 

 

 

 

「ふーー……」

 

 

集中力を高めようと舞白は小さく息を漏らす。ひとつに結い上げた白銀の髪の毛がゆらゆらと靡き光を放つ。そして扉の隙間から頭を少し覗かせたその時、容赦なく弾丸が撃ち込まれた。

 

 

 

「危険すぎる!無茶だ!」

「板東監視官。このままここで待機するわけにはいきません。万が一後方から敵が現れたら終わりです。……それに、宮舘監視官も渚熊さんも鹿江さんもこのまま放置すれば失血死は確実です。」

「だが…しかし…」

「監視官殿。うちの娘を信じてみてくれないか。」

「……ッ…」

 

 

征陸もまた半ば諦めたように小さく息を吐く。そんな義父の姿に舞白もまた緊張感が走った。

 

 

「スタングレネードを投げて私が合図を出したら一気に後ろの扉から抜けてください。タイミングはお義父さんに任せます。」

「了解だ。」

 

 

先程拾ったスタングレネードを片手に外に飛び出す体勢に。その鋭い眼光に征陸は狡噛の姿を重ねていた。

 

 

 

「…死ぬんじゃあないぞ、間違った選択をしたらいかん。」

「心配しないでください。伸元さんに会えないまま死ぬ訳にはいきませんから。」

「約束だ。」

「はい」

 

 

 

ほんの一瞬、ニッコリとした無邪気な笑みを最後にその姿は目の前から消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!!!」

 

転がるように身を投げ出す舞白。その瞬間絶え間なく打ち込まれる銃撃。何とか上手く物陰に転がり込むと持っていたスタングレネードを手に取り、ヴィクスンに向けて放り込む。

 

 

「何!?グレネード…―――」

 

 

間近に迫っていたヴィクスンは突然の相手の攻撃に体が怯む。体をかがめ、防御に入ったその体勢を確認した舞白は背後の部屋に視線を向けた。

 

 

 

「ッ…行くぞ!」

 

 

征陸を先頭に計画通り飛び出す者たち。そして唐之杜によって用意されていたセキュリティルームに無事全員が辿りつく。まるで緊張の糸が一気に切れたように全員が心拍数を上昇させ、中でも板東は舞白の存在に度肝を抜かれているようだった、

 

 

 

 

「何なんだあの人は…」

「…傑人だ……俺の尊敬する…無茶苦茶な人だよ…」

 

 

"参った"と言わんばかりに笑みを零す宮舘。しかし失血が酷いのか徐々に顔色が蒼く染まっていく。

 

 

 

「直ぐに処置が必要だ。板東監視官は宮舘監視官を頼んだぞ。」

「了解です。」

「終わったら外の安全が確認でき次第、下層階の状況を見に行った方がいいだろう。留置者が危険なことを起こす前にな。……残念だが

老耄はここまでしか動けん。」

「……征陸さん。ありがとうございます……。」

 

 

「礼には及ばんさ。…俺達も成すべきことを―――」

 

 

止血剤を手にした征陸の手元に力が入る。平然を装うその表情の裏は娘を心配する色に染まりきっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

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―――都内上空 外務省航空機内

 

 

 

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都心の煌びやかな夜の景色。それは珍しく振り続ける雪に覆われ、深い闇夜に沈む深海のように幻想的なものだった。

航空機内の座席に静かに佇む狡噛とイグナトフ。そんな気まずさも感じる空気漂うふたりの間にコックピットから宜野座が姿を現した。

 

 

「さっきのターレットの解析結果。遠隔操作の電波はやはり公安局ビルから飛んでいた。間違いない。」

 

空港に意図的に設置されたターレット。やはり遠隔操作されていたのは確実で予想通り公安局から放たれていたものだった。

 

 

「公安局で何かが起きてる。まだ誰とも連絡は繋げられないのか?」

「試してみたが繋がらない。恐らく妨害電波だろう。」

 

狡噛と宜野座の会話の横で神妙な面持ちを浮かべていたイグナトフ。その奇妙な様子に2人は得心のいかない目を向ける。一瞬互いに目を合わせたその時、宜野座はイグナトフに向けて口を開いた。

 

「…お前は何を恐れているんだ。」

「何が言いたい。」

「目を見れば分かる。」

 

男の眸の底。それは以前とは大きく違い、寸休まらないというような恐怖を潜ませているように見える。

 

そしてそれは宜野座も同じだった。

イグナトフは目を細めると相手の睨みつけ言葉を返す。

 

「宜野座さん。…あなたこそ、何かを恐れているように見えるが?」

 

 

状況は違うものの互いに思う相手は同じだった。

舞白と舞子。枷をかけられた存在。

 

1番近くにいる存在だったはずの最愛の2人。しかし今は姿さえ朦朧で脳裏に浮かぶのは深い霧の中へと消えていく後ろ姿。

 

 

 

「……俺は…そ―――」

 

 

 

 

宜野座が何かを言いかけたその時―――

 

 

 

 

 

「緊急!緊急事態です!」

「「!?」」

 

 

操縦士の男が声を荒らげ3人に呼びかけた。直ぐに反応を示した宜野座は急いでコックピットへと戻り、操縦士の側へと駆け寄る。

 

 

「何があった?」

「公安局ビルの最上階部分の平場に人影が。誰かが隅に追いやられている様子で…」

「映像を映してくれ。」

「了解です。」

 

 

操縦士が機体に搭載されたカメラでリアルタイムの状況を映し出す。それは狡噛とイグナトフの目の前に設置されたモニターにも映し出されると2人は大きく目を見開いた。

 

 

「局長!?」

「隣にいるのはパスファインダーだ!」

 

 

ビルの際に立ち、後ろ手に手を拘束された人物。公安局局長、細呂木晴海。そしてその目の前で銃を構えるのは行動課が追い続けていたピースブレイカーの残党、白髪の老爺ジャックドーの姿。

 

 

「どういう事だ。まさか局長が人質に…」

「嫌な予感が的中だ。…ということは……ギノ!!」

 

「分かってる!」

 

局長の状況を把握したと同時に狡噛と宜野座は瞬時に次の展開を予想していた。公安局ビル屋上、敵側が空からの襲撃に備えて何も用意をしていないはずがない。なんせ相手は有明空港にも容赦なく仕掛けていたのだから。

 

「1度ビルから離れるんだ。北側に旋回、それから―――」

 

 

その瞬間、敵が設置したと思われるミサイル搭載のターレットから何かが発射される姿が目に入る。そしてコックピット内のコントロールユニットがけたたましいエラー音を発し非常事態を知らせた。

 

 

「まずい!直ぐに離れろ!!」

 

 

大きく旋回する航空機。しかし放たれた追撃型のミサイルは獲物を逃がさまいと容赦なく追いかける。

 

 

 

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―――30F 留置所

 

 

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銃声が響き、弾丸は金属音を伴って乱れ飛ぶ。けたたましいその銃声は互いの聴覚を麻痺させる。

 

 

「ッ……厄介ね」

 

接近戦に追い込もうともヴィクスンの放つ銃撃は止まることは無かった。恐らく時間稼ぎをしているのだろう。今までの彼らの行動を見る限り何かしらの"時間制限"を設けていると予想する。そもそも留置所に舞白が現れることは想定外のはずだ。狙いは二係と征陸の命だったのだろう。しかしそのタスクは達成できない。

彼女がいる限り―――

 

 

「―――そろそろ時間か…」

 

ヴィクスンの動きが止まる。物陰から様子を伺っていた舞白はその瞬間を逃すわけにはいかまいと一気に飛び出した。

 

 

「はぁあああ!!!」

「……!」

 

何度も何度も逃した相手。

 

義父を危険な目に陥れた、私たち兄妹に恨みを持つ"ピースブレイカー"の残党達。互いの怒りや怨念の瞳が交差する瞬間。

 

 

 

「「………」」

 

 

 

 

 

 

 

ヴィクスンに馬乗りになり首元にナイフを充てがう舞白。それを片手で防ぎ、ヴィクスンも同じくナイフを相手の首元に這わせていた。

 

 

「ぐ……ッ…ぅ…うう…」

「……っ…ハァ!」

 

激しく揉み合ったその時、今度は舞白が下に転がるとヴィクスンはナイフを大きく振りかぶる。一筋縄ではいかない相手の力は尋常ではない。さすがの舞白でさえ命の危機を感じていた。ナイフの握られたその手を頭上ギリギリで掴むと、舞白は獣の如くヴィクスンを睨みつける。

 

 

 

「…狡噛舞白。お前はなぜ他人のためにそこまで命を張る。」

「……ぅ…ぐ……」

 

更に押し込まれる刃。微かに首に擦れると赤い鮮血がじわりと浮き上がる。

 

 

「…私は…正しさを追う私を信じる人がいる限り……その人たちのために走り続ける。」

「……………」

「過去の犠牲を……私の弱さのせいで死んだ人達…をッ…傷つけた人を―――」

 

ここまでの長い道のりに浮かぶ多数の人々、屍の顔。まるでフラッシュバックのように駆け巡る。自分の弱さや間違い、悔やめば悔やむほどに胸が苦しい。だが立ち止まる訳にはいかない。それでも自分が思う信念を追い続けるまで。

 

 

「私の信念が…正しかったと胸を張って言える時が来るまで……倒れる訳にはいかないのよ!」

「―――ぐぁぁッ!!」

「くっ―――」

 

 

体を大きく捩り両足を突き上げ相手を怯ませる。反動でナイフは舞白の左頬に切り傷を負わせると鮮血が壁に飛び散った。隙ができたその瞬間、ヴィクスンの耳元のイヤホンから男の指示が飛び込む。

 

 

 

『ヴィクスン、約束の時間だ。標的を見失わないようにね。』

「…ッ…了解…」

 

 

舞白のナイフの攻撃を喰らいながらもヴィクスンは勢いよく走り出した。しかし傷はさほど深くなく相手は怯まない。相手が向かった先はエレベーターホール。不気味に一基のエレベーターが扉を開け、その場に佇んでいたのだ。

 

 

「!?…待て!!!」

「―――ッ…」

 

あと一歩で間に合わない。エレベーター外の操作盤に弾を撃ち込むも意味をなさず、ヴィクスンはその場から消えたのだった。

 

 

 

「…上に向かってる……もしかして―――」

 

 

消えたエレベーターが上に向かっていることを知らせる表示を確認した舞白。その後を追うべく傍らの非常階段へと舞白また姿を消すのだった。

 

 

 

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「はぁっ、はぁ…」

「課長…大丈夫ですか?」

「俺が担いでやりましょうか?課長。」

「だ……大丈夫…」

 

止まることなく霜月達は走り続けていた。時たま現れる留置者達は執行官の2人が難なく捩じ伏せてくれるものの確実に体力は奪われていた。

 

「―――そろそろ30分経つわ。次にどんな一手を打ってくるか。」

 

 

先程、梓澤が提示したリミット。それは間近に迫っていた。梓澤の目的は都知事の辞任宣言と言っているもののそんな生ぬるいものでは無いはずだ。間違いなく都知事の殺害が目的だろう。それがわかった上で彼の要求を飲む訳もなく今は唐之杜と共に慎導の救出に向かっている最中だ。

 

 

「((慎導と合流。そして願わくば舞白とも連携を図ることが出来れば十分に勝算はある。……お願い…どうにか持ち堪えて―――))」

 

 

 

目を閉じ、自分の心の奥底を覗き込むような決死な表情。

 

そしてその時、霜月の嫌な予感は的中する事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――タイムリミットだ。』

 

 

再び霜月たちのデバイスに浮かび上がる不気味なコミッサ。そして梓澤の声が響くと一行は立ち止まり怪訝な表情を浮かべた。

 

「待って!都知事が今そっちに向かってるわ!」

『ダメだ。時間は厳守しないと。……俺にもどうにもならないんだ。』

 

そして全員のデバイスに転送されるリアルタイムを映したライブ動画。

映像は公安局ビルの屋上。そして1歩足を滑らせれば間違いなく落下するほど端に立たされている人物。その目の前に立つ白髪の人物。

 

その映像は霜月達の他、入江と如月。小宮、唐之杜。舞白や征陸達にも意図的に転送されていた―――

 

 

 

 

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「…………」

 

 

 

雪が舞う闇夜の下。

眼鏡をかけた女性は表情一つ変えることなく、目の前の銃を持った男に怯むこともなく真っ直ぐと前を見据えていた。

 

その様子は傍から見ればかなり不気味な状況だ。普通の"人間"ならこの状況に取り乱すものも多いはず。銃口を突きつけられ、少しでも動けば地上に真っ逆さまなのだから。

 

 

 

 

「…私を殺しても無意味だ。」

「意味は我々が決める。」

「"そうじゃない"。私はこの世界のほんの一欠片に過ぎない。」

 

「ッ!?」

 

 

 

雪が振り続ける東京上空。細呂木は片足を後ろに引き、躊躇することなくビルから飛び降りる――

 

動画を見ていた者たちはその光景に息を飲んだ。

例えそれが"人間では無い者"だと理解した上で見ていた霜月と舞白であっても…。

 

 

 

 

 

 

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ビルから落下した人影。細呂木の体はビルの中間地点の平場に落下したものの、凄まじい衝撃音と砂煙は空高く舞い上がり、地上で群がっていた人々はその光景に反応を見せた。

 

 

 

「おい!誰か落ちたぞ!」

「ドローンを飛ばせ!」

 

 

複数のドローンを操作するマスコミ達。外で待機していた三係は未だに中の状況が全く不明ながらも対応に追われるのであった。

 

 

「マスコミを抑えるぞ!」

「了解です。」

 

 

騒然とする公安局外。

そしてその上空を旋回する航空機―――

 

誰もがその異様すぎる光景に驚愕と恐怖に歪んだ顔を見せる。

 

 

 

 

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『見ましたか?都知事。あなたのせいで人が死にましたよ…次は慎導監視官、そして霜月課長、取り残された一般職員―――』

 

 

デバイスから漏れる梓澤の声。舞白は映像を目にしたものの特に興味を見せないまま階段を駆け上がり続けていた。

 

「…随分な捻くれ者。そんな事をしても無駄なのに。」

 

きっと今頃、霜月以外はこの動画を見て驚いているだろう。"局長が殺された"。これは非常事態だ。しかしあれは人間では無い。だからこそ局長は躊躇することなく足を踏み出したのだろう。

 

 

『さあ…どうする?あなたの選択で人の命が消えていく。』

 

男の挑発じみた何とも弄れた台詞は気分が悪い。自分が仕掛けた事なのに人の命を別の人に委ねるようなその発言。"狐を操ってきた人間らしい"言動だ。

 

舞白は階段を駆け上がる足を止めることなくデバイスに触れ、その通信に割り込む。

 

「梓澤廣一。」

『あらららー生きてたの?"セカンド"』

「あなたこそ選択を間違えない事ね。」

『……ははっ……君のお義父様も二係もお元気そうでなにより。君の選択は命を救った。さすがだ。』

 

ここまでの結果に関して"予想通り"といったような態度の梓澤。だからこそ油断出来ない。ここまでの事をしておいて、やけに余裕そうなその態度は裏があるようにしか感じられない。むしろ、今回の件は都知事が云々と話しているが……関係ないのでは?と疑うほどに。

 

 

 

「この先も誰も死なせない。あなたこそ都知事一人に人の命を委ねるなんて大層な捻くれ者ね。吐き気がする。」

『相変わらずの嫌味っぷり。強気な子は嫌いじゃない。』

「悠長にそんなことを言っていられるのも今のうちよ。」

『君こそ悠長にしていられないんじゃないかな?……どうか、オレを見つける前に死なないようにね。』

 

梓澤の忠告のような台詞に眉間を寄せる舞白。階段を駆け上がりながら片手を首元に添える。長らく舞白の体を蝕んでいるものがある事実。それこそ仲間たちから姿を眩ませていた長い期間、まともな投薬も何も受けていない。

いつ、何が舞白の身に起こるかは誰も予知する事はできない。

 

 

『……それでは皆さん。せいぜい選択を間違えないように――』

 

 

一方的に遮断される通信。意味深な台詞と嫌な声色が脳内に残ったその時、再び舞白のデバイスが通知音を鳴らすと舞白は直ぐにそれに応答する。

 

 

『――舞白』

 

聞き覚えのある女性の声。

自分の名前を呼ぶその声に舞白は嬉しそうに答えた。

 

「美佳ちゃん!唐之杜さんが安全な場所回線を回復……」

『分かってるから連絡してるんでしょうが!この大馬鹿者!それに何挑発してるの?』

 

デバイスから漏れる大きな怒鳴り声。舞白は怯むようなわざとらしい表情を見せつつもどこか嬉しそうな顔だった。

 

「梓澤にあれごときの挑発なんて効いてないよ。」

『そういう問題じゃ……って…あんたに話したって意味ないわね。―――で?今どこにいるの?』

「南側の非常階段で50階に向かってるところ。都知事も唐之杜さんも向かってるってさっき確認した。」

 

『いつの間に…』

「唐之杜さんがダンゴムシを経由して安全な回線を繋いでくれたでしょ?だからお互いの位置を共有してたの。…あー、あと二係は全員無事、今のところはね?お義父さんがいるし大丈夫だと思う。」

『……本当……あんたって常々思うけど抜かりないわね。』

 

 

常に先を見越し危険を顧みない行動力。

悔しいが舞白の洞察力には感服だ。それと同時に彼女が味方として共に行動を起こしてくれるのはやはり心強い。

 

 

「あくまで私の見解だけどパスファインダーの1人も50階に向かってる。狙いは梓澤の言う通り慎導監視官、もしくは都知事。相手は重火器を持ってるし私に任せて。」

『わかったわ。そっちは頼んだわよ。』

 

「うん。……それで、美佳ちゃんは誰かといるの?」

『私は雛河と廿六木と一緒よ。』

「よかった。ひとりじゃないなら安心。美佳ちゃんも気をつけてね?局長の次は刑事課の課長さん……」

『はぁ?私が狙われるっての?』

「だって普通そうじゃない?人質は多い方が良いし、人選も大事でしょ。私だったら役職を持った人間を狙う。」

『犯罪者の思考は理解できないわ。』

「ちょっとー、人を犯罪者呼ばわりするなんてヒドイ。」

『元は海外に失踪してたヤバい奴でしょ。似たようなものよ。』

 

容赦のない物言いだが悪意は感じない。"いつも通り"のやり取りは彼女達らしい。

 

 

『――私たちはドミネーターを取りに向かってる。それさえ手に入ればこっちのもんよ!』

「ドミネーター保管庫も無事とは考えにくいけど」

『それはもちろん分かってるわよ。だけど、あそこには万一の"秘密兵器"があるんだから。』

「秘密兵器って……もしかして局長にお蔵入り喰らったやつ?」

『うっさい!非常事態だからこそ"アレ"は役に立つの。』

 

遠回しに貶されているような台詞に声を荒らげる霜月。2人が口にする"秘密兵器"。雛河と廿六木はその秘密兵器とやらに心当たりは無く視線を合わせ不思議そうな表情を浮かべていた。

 

 

 

「とりあえず、また何かあれば直ぐに連絡するね。雛河執行官、廿六木執行官もどうかご無事で。」

『はっ……はい!舞白さんも!』

『お嬢さんに心配されるほど、老耄じゃねえぞ。』

 

『アンタも用心するのよ、舞白。』

「うん、ありがとう。また後でね?美佳ちゃん。」

 

 

 

最後にデバイス越しに視線を向け合う舞白と霜月。微かに口角が持ち上がる。その2人の様子は何の疑いも差し挟まない、互いに信頼し合う様子だった。

 

 

 

画面から消える霜月。その瞬間、舞白は階段を駆け上がる足を止めた。

穏やかな顔つきからうってかわり真剣な面持ちで前を見る。睨んでいるというほうが近いのかもしれない。

 

 

 

 

「……さあ、捲土重来と行こうじゃない。」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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