whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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摩天楼に集う者

 

 

 

 

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「――ネクストタスク。ポイントBの狙撃ターレット起動。……外務省がここまで辿ってくるのは想定の範囲内だ。」

 

白髪の老爺、ジャックドー。

男は局長の抹殺を目的としたタスクを終え、何やら手元のデバイスで遠隔操作をしている様子。映し出される映像には公安局上空を旋回する航空機。外務省のものだった。

狙撃ターレットは航空機を追尾し、一切このビルに寄せ付けられないような状態に。男は満足気に笑みを零す。

 

 

「ヴィクスン、そっちは?」

『ファクター2の始末は後回し。サードタスクへ向かう。』

「了解――」

 

 

 

 

 

 

 

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――公安局ビル 上空

 

 

 

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「右エンジン!出力低下!!」

「ッぐ……何とかもたせろ!」

 

 

コックピットで宜野座と操縦士の荒い声が響いていた。次々と放たれる容赦ない爆撃に耐えるので精一杯だ。

 

 

公安局ビルの周辺を大きく旋回する航空機。右エンジンからは炎が吹き出し、ビルに着陸しようとも狙撃ターレットが邪魔をして近づくことが出来ない。

 

 

 

 

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屋上に辿り着いた入江と如月。

しかしそこで目にしたのは予想だにしていない光景だった。

 

 

 

「何だ?あの航空機。」

「機体のマーク…あれって外務省の――」

 

 

自分たちの頭上で火を噴きながら旋回する機体。よく見れば"SAD"と記されたマークが機体に印字されており外務省が関係していることが把握出来た。

 

そして屋上のヘリポートのど真ん中に設置された巨大なターレット。それは上空を舞う航空機を狙っているのか停止する様子は無かった。

 

 

「思った以上にやばい事になってんな?」

「あのドローンをどうにかしないと。」

「あんなのどうにかなるのかよ?」

「やるしかないでしょ?」

「……ったく、しゃあねぇな。」

 

 

2人はターレットの停止を行うべくゆっくりと傍へと近づく――

 

 

 

 

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――50F 執行官宿舎通路

 

 

 

 

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非常階段を駆け上がりようやく辿り着いた目的階。緊迫した状況、そして体力も削ぎ落とされ自然と疲れも体に現れ始める。

 

 

「唐之杜さん!大丈夫ですか?」

「…ッ…はぁ、はぁ……ふぅ…。…タバコのせいか歳のせいか…」

 

小宮を心配させまいといつもの余裕気な笑みを見せる唐之杜。ここで油断はできない。この事態のキーパーソンである"都知事"をたった1人の分析官が守っている状況。何があってもおかしくない孤立状態は危険だ。早く誰かと合流しなければ共倒れする可能性さえ十二分にあるのだから。

 

 

 

「……確かここに。……あった!これよコレ!緊急キット。あなたも持ってて。何をするか分からない相手だから。」

「はい。」

「灼君が居る部屋はすぐそこよ、行きましょう。」

 

 

通路の一角に置かれた施錠されたボックス。その中には非常用の手斧やガスマスク、ちょっとした医療キットも収められていた。唐之杜の言う通り、相手は何を仕掛けているか分からない。公安局ビルに安易に毒ガスを撒くような奴らだ。今後も自分たちが予想しえない事を起こす事も想定しなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

「――真緒ちゃんの部屋……ここに居るはずよ。直ぐに開けるわね。」

 

 

目的の宿舎前に辿り着いた2人。手際よくロックを解除し室内に入ると漂う香水の匂い――

 

そして椅子に縛り付けられたまま床に転がる慎導の姿――

 

 

 

 

 

 

「慎導君!!!!」

「その声はカリナさん!?」

 

小宮はその場を駆け抜け、直ぐに慎導の傍へと駆け寄る。唐之杜も外を警戒しつつも直ぐに扉の施錠を行い小宮の後を追いかけた。

 

 

「灼君。助けに来たわよ。すぐに縄を解くわね。」

「志恩さんまで…おふたりとも無事でよかった。」

 

解かれた目隠し、その先に映る2人の姿。見る限り外傷も無さそうでいつも通りの2人に安堵の笑みを零していた。しかしその傍ら、無惨な形で散らばったガラスの破片……小宮から贈られた香水。それをいざ視界に入れると慎導は申し訳なさそうに眉を顰めた。

 

 

「カリナさんがくれた香水。こんな形で使ってしまって……」

「そんな事いいの!むしろ慎導君を見つけられたのはこの香水のお陰なんだから。」

「……カリナさんに救われました。本当にありが――」

 

 

和やかな空気が漂い始めていたその時、部屋の外から感じる人の気配。そして無理やり部屋のロックを解除しようと電磁盤を破壊するような大きな音が3人の鼓膜を叩いた。

 

 

 

 

「まずい!誰か来るわ!」

「そんな!…ッ……縄が……ッ……解けない……」

「俺のことは構いません!おふたりは逃げてください!」

「ダメよ!慎導君を置いてなんて!」

 

慎導の体を何重にも縛り付ける縄。手足首、胴体……非常用の手斧を使おうにも、隙なく縛られた一つ一つの縄を解くにはかなりの時間がかかりそうだ。

 

必死に縄を解こうと切磋琢磨する唐之杜と小宮。しかしそれが叶う間もなく、部屋の出入口に最悪の人物が現れた。

 

 

 

 

 

「――ファクター1発見。」

 

「「ッ!!!!」」

 

 

 

白髪の老婆、ヴィクスン。

女は銃口を3人に向け、歪んだ笑いを頬に浮かべる。獲物を見つけた興奮した気配が瞳の奥底から滲んでいた。

 

指先がトリガーに掛けられる。女が現れてから一瞬の出来事に慎導は反射的に縛られたままの体が動き出した。

 

 

 

「くっ!!!!!」

 

 

 

 

 

唐之杜と小宮を庇うように体を投げ出したその時。慎導は強く瞼を閉じる。

 

刹那、室内に鋭い発砲音が一発、空気をはね返すように響き渡った――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ん?」

 

 

 

確かに響いた発砲音。

しかし小宮も唐之杜も、身を乗り出した自分でさえ特に変わった様子は無い。

むしろ異常があったのは……

 

 

 

 

 

 

「……狡噛舞白ッ!!」

 

 

ヴィクスンの怒りと苛立ちを含んだ声。

そして同じ髪色を持つ人物が視界に入り、女が握っていた銃が宙を浮き、大きな音を立てて床に転がり落ちた。

 

「貴様は次から次へと…ッ……」

「逃がさないって言ったでしょ!」

 

 

振り下ろされる拳に足蹴り。宿舎が並ぶ長い廊下に追いやられたヴィクスンは怪訝な表情で相手を睨みつけた。ここで真っ向勝負は危険。こちらにも勝機はあるとはいえ"計画を達成する前に倒れてしまう"。今はひとつでも多くのタスクをこなすことが優先。

 

危険を犯す前に逃げるが得策。そして舞白も相手を追うよりも唐之杜や小宮と合流する方が得策――

 

 

舞白は踵を返す相手を素直に見送る。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ヴィクスン、次のタスクへの時間は?』

「分かってる。ファクター1の始末は後だ。邪魔が入った。」

『あの女か。』

「ああ。計画を一部変更。タスクを組み直す。」

『ファクター1の所へは俺が代わりに向かう。』

「…………」

『漸くチャンスが来た。"あの兄妹"を今度こそ仕留める。』

「…………」

 

イヤホンから聞こえるジャックドーの執念が混じった声。ヴィクスンはその言葉を静かに鼓膜に取り込む。

 

 

『息子たち……かつてのピースブレイカーの仲間たちの命を。俺はそれを晴らすまで死ぬ訳にはいかない。』

 

 

未練と後悔、強い怒りと憎しみ。

パスファインダー……、"ピースブレイカー"。

 

燻りかえっていた木が、再び燃え出した。

 

 

 

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「――助かったわ。ありがとう舞白ちゃん。」

「本当、助かったあ〜。」

「ありがとうございます……」

「いえ、大したことはありません。それより3人とも怪我は――」

 

「…………」

 

突如現れた女性と語らう慎導と唐之杜を見据える小宮。舞白のその姿にはハッキリと見覚えがあった。

 

――"銀髪の若い刑事さん"

あの時、自分が呟いた言葉が脳裏を駆け巡った。

 

 

白銀の髪。凛とした力強い眼光。左首にある特徴的な大きな傷の跡……

 

常人では無い雰囲気をもつ彼女。しかしパッと見健気で明るく、誰にでも親しまれるような……だが、微細に感じる違和感。あの獣のように鋭い眼光の奥底に底知れない怪物がいる。それは時たま見られる慎導の雰囲気とそっくりだった。

 

 

そんな彼女は過去と比べて若干の容姿の変化はあるものの、独特の雰囲気は変わっていない。小宮はそんな彼女に声をかける。

 

「あの……なんで私たちがこの場所にいるって分かったんですか?」

 

「アタシが位置情報を送ってたのよ。…ほら、さっきのダンゴムシを経由して霜月課長と同じように、無理やり回線を繋いだの。」

「だからってピンポイントにこの部屋って分かるものなんですか?」

 

小宮の言う通りだ。位置情報と言えど現状ざっくりとした場所しか共有できない。50階のフロアの"どこかの部屋"。如月の部屋までとは確かに唐之杜も伝えていなかった。

 

「えっと……それは……ほぼ当てずっぽうです。」

「当てずっぽうって、本当にたまたま?」

「まあそんなところです。」

「…………」

 

呑気に笑みを零すその様子は先程と同一人物とは到底思えない。それに"当てずっぽう"だなんて呑気にも程がある。

 

 

「それにしても唐之杜さん。よく私が30階に居るって分かりましたね?」

「30階で黒色火薬の反応があったの。しかも複数ね。」

「もしかして対粒子兵器設備の機能ですか?それで慎導監視官の場所も探り当てた…とか」

 

何となく香る強い香料の気配。それは慎導から漂っていた。ハイテクな公安局ビルの機能は一通り把握していたが、本当に対粒子兵器機能など使い物になるのか?なんて当時は考えていたのだ。

 

「正解。やっぱり兄妹ね。頭の回転の速さはお兄さん譲り。」

「へへっ。嬉しい。」

 

 

先程まで重苦しかった空気が嘘のようだ。舞白が現れたことにより、乾いた空気に扇を一振りしたような笑いが紛れ込む。

 

――やはり彼女は只者じゃ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、霜月課長だ。」

 

刹那、慎導のデバイスに映し出される霜月の怪訝な表情。そしてその人物は"予想通り"大声で目の前の人物に怒号を上げた。

 

『こンの役立たず!!!』

「…すみません、課長……」

「まあまあ美佳ちゃん、落ち着いて。」

『舞白……アンタねぇ……』

 

ひょっこりと慎導の真横から現れる呑気な人物が目に入ると反射的に諦め混ざりのため息が漏れてしまう。同時に過程はどうあれ、結果として全員無事である事実に安堵も浮かべる。

 

 

『とにかく無事でよかったわ。舞白も無事合流できたみたいだし、そのままサーバールームへ向かって。そこに分析官が行けば反撃できる。』

「オーケー、任せてちょうだい。霜月課長。」

『舞白と慎導監視官は2人を守って。怪我させたらタダじゃおかないわよ。』

「うわ〜、こっわ。鬼課長。」

『あぁん?何か言った?舞白?』

「ううん、なんでもない。まあとにかくこっちは任せて。」

『次会った時、一発殴ら――』

「あっ!電波が…」

 

 

舞白は慎導のデバイスを指先で弾くと悪戯好きの子供のようにニヤニヤと笑みを浮かべ、一方的に通信を遮断した。それに対し慎導は口を出す隙もなく、舞白の行動に呆気を取られている様子だった。

 

 

 

「霜月課長をああして"いなせる"なんて凄いなあ。」

「そりゃ"美佳ちゃん"は舞白ちゃんの事大好きだもの〜、あんな感じだけどね?」

「美佳ちゃんの説教は止まらなくなるから。ちゃんと面と向かって再会した時に大人しく叱られます。」

 

 

"あのまま説教されてたら夜が明けます"と冗談交じりな言葉を呑気に話す舞白。その笑顔の裏にどこか"心の疲労"を感じる。事実、舞白ら梓澤側についていたと言われてもおかしくない。インスペクターという階級を与えられ、彼らの思うがままに行動を起こして来た。その後ろめたさが微細な彼女の感情とともに感じられる。

 

 

弾力を失った彼女の心。それに敏感に気づいた慎導は舞白の背中にそっと手を添えた。

 

 

「――課長も含めて……皆、舞白さんの事心配してたんですよ。」

「………すみません。勝手な単独行動ばかり。」

「謝らないでください。あなたは俺の親友を救ってくれた。そしてその奥さんも、如月執行官も。」

 

「そうよ。征陸さんの事も舞白ちゃんが命懸けで救った。そうでしょ?」

 

それに続く唐之杜の言葉。

舞白は返す言葉が上手く見つからず、つい瞼を伏せ眉を顰めた。

 

 

 

「――よく独りでここまで頑張ったわね。舞白ちゃん。」

 

 

唐之杜の華奢な手が舞白の左手を優しく握りしめる。そして昔から変わらない艶のある声色に名前を呼ばれると不思議と安心感に包まれるようだった。

 

海底に沈んだような孤独な気持ち。そこに再び仲間たちの手が差し伸べられる。舞白はようやくそれを掴むことが出来たのだ。

 

 

 

 

「……そんな事言われたら泣いちゃいますよ?」

「泣くのは宜野座君の腕の中か、お兄さんの腕の中で泣きなさいな。」

「お兄ちゃんの前では絶対に泣きたくないので伸元さんにしときます。」

「ふふっ。可愛いんだから。」

 

 

会話が一段落したところで舞白はふと小宮に視線を向けた。挨拶が遅れてしまったと申し訳なさそうな姿勢を見せ、深々と頭を下げる。

 

 

「申し訳ありません。ご挨拶遅れました。外務省海外調整局行動課、捜査官の宜野座舞白です。」

「都知事の小宮カリナです。」

「…都知事と同行されていた関係者の皆さんは全員無事です。今は下層階の安全な場所に留まってもらってます。」

「本当にありがとうございます。あなたがいなかったらどうなってたか……」

 

 

ゆっくりと頭を持ち上げニッコリと笑みを向ける舞白。こんな状況だが、まさかあの"小宮カリナ"に再び会うことが出来るなんて……と内心喜んでいたのだ。

 

 

 

「小宮都知事。1つお願いが。」

「はい?何でしょう?」

「ここを出たら私の名前入りのサインをお願いします。」

「――え?」

 

 

この状況で何を言い出すかと思えば……

自分自身の稚拙な予想をはるかに上回る意外な言葉。小宮はキョトンと目を丸くし、銀髪の彼女をじっと見つめる。

 

 

 

「舞白さん。カリナさんの大ファンなんですよね〜?」

「そう……なんですか?」

「ほら、前に貰ったカリナさんのサイン色紙。元を辿ると舞白さんの為に書いてもらったものなんです。」

「そうだったの?言ってくれたらいくらでも書いたのに……」

 

例の都知事選の時期。慎導に頼まれてサインを書いた色紙はイグナトフへと渡され、最終的には舞白の手に。イグナトフがつい口にしてしまった霜月への"悪口"、それをたまたま耳にした舞白。その口止めの引き換えにと舞白がイグナトフに請求したのが小宮のサイン――

 

なんてこと、小宮本人を前に告白する訳にはいかないが。

 

 

和やかな雰囲気に包まれる4人。しかし目的を忘れる訳にはいかないと唐之杜は両手を叩き小さく息を吐いた。

 

 

「――まだまだ談笑していたいところだけど、そろそろ行くわよ?」

「つい話し込んじゃいましたね。本当に美佳ちゃんに殴られるのは嫌なのでそろそろ向かいましょう。」

「カリナさんと志恩さんを挟んで舞白さんは後方をお願いできますか?先頭は俺に任せてください。」

「了解です、慎導監視官。」

 

 

4人は互いに視線を合わせ小さく頷く。

そして慎導を先頭に部屋から飛び出し目的の70階のサーバールームを目指す。

 

 

 

 

 

 

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――公安局ビル上空

 

 

 

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何度も旋回を繰り返す外務省の航空機。

ターレットの追撃は止むことなく、コックピットの窓ガラスを弾丸が貫通すると操縦士の男が腕を押え苦しそうに顔を歪める。

 

 

 

「ッぐ……」

「代われ!俺が飛ばす!」

「了解……すみません……ッ…宜野座さん。」

 

 

すぐさま操縦桿を握る宜野座。しかし状況は全く変わること無くターレットからの追撃から逃れる事しかできない。

 

そんな時、機内のモニターに映る2つの人影。その影は屋上に設置されたターレットの様子を物陰から伺っておりイグナトフはすぐに反応を見せた。

 

 

「……!?うちの執行官達だ!」

 

間違いなく入江と如月の姿だと認識したイグナトフ。しかし彼らは武器は愚か、完全に丸腰状態。2人の存在がターレットに認識されてしまえばひとたまりもないだろう。

 

「丸腰でドローンを排除する気か?」

「狡噛さん、機内に対ドローン兵器は?」

「通常の拳銃や手榴弾なら……電磁パルス弾は公安と国防以外に支給されない。」

「……無いよりはマシか……。」

 

鉄の塊を拳銃や手榴弾で不能にするのはかなりの高難易度。破壊するよりも電力の力で麻痺させるのが一番妥当だが……そんな事を考えている暇は無さそうだ。

となれば空と地上から協力して破壊する他ない。

 

「この機体を囮にして武器を渡そう!」

 

イグナトフの提案に有無を言わず立ち上がる狡噛。すると外務省に支給されている武器一式を用意し、狡噛はコックピットに向けて声を上げた。

 

「ギノ!」

「了解だ!」

 

説明せずとも状況を呑み込む宜野座。機体は大きく旋回し、何とかターレットの攻撃を避けながら再び公安局ビルへと近づく。そもそも右エンジンは既に限界。ここで上手くいかなければ屋上の2人にも危害が及ぶ可能性は十分にある。

 

 

「……頼んだぞ、入江、如月――」

 

 

機体横の扉が開いたその時、イグナトフは袋を彼らに向けて投げ落とす。それは無事、公安局ビル屋上の一角に落下。ここからは彼らに委ねることに――

 

 

 

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航空機から落下する物体。

2人はそれに気づくと空を見上げ、近くに落下したそれは恐らく自分たちに向けてのものだ。

 

 

「なにか落としたわ。」

「よし!取ってくる。お前はここに居ろ――」

 

 

その場から駆け出す入江。好運にもターレットに気づかれることなく落下物を拾い上げる。ナイロン生地でしっかりとチャックで閉じられている大きなカバン。やけに重量感もある様子だ。

 

入江はそれを手にし、再び如月の元へと戻る。

 

 

「……こんなんでやれってのか?」

「待って!デバイスがあるわ。」

 

拳銃に複数の手榴弾。こんなものであの鉄の塊をどうにかしようなんて常人には考えつかないだろう。危険すぎる。

同時に腕時計型のデバイスが目に入った如月は即座にそれに触れると見慣れた人物の映像が映し出され、2人は大きく目を見開いた。

 

 

『――2人とも無事でよかった。』

 

ホッと安堵を浮かべるイグナトフ。

まさかの人物からの通信に相変わらず2人は驚きを隠せない。

 

「イグナトフ監視官!」

「何で監視官が外務省の航空機に………」

『説明は後だ。入江、如月、お前たちで銃撃ドローンの動きを止めて欲しい。』

「おいおい監視官。無茶言うぜ?」

 

『せめて銃撃さえ止まればこちらからも攻撃を仕掛けることが出来る。空からの支援は任せてくれ。』

「……マジかよ……。」

 

イグナトフに続いてデバイスから漏れる宜野座の声。無茶苦茶すぎる作戦だがある程度の算段はあるらしい。無謀にも程があるが、ここは引下がる訳にはいかないらしい。

 

「やるしか無さそうよ、入江。」

「…んじゃ、俺と真緒ちゃんの協力プレイ。見せてやるか。」

 

2人は顔を見合せ、微かに自信あり気な笑みを零す。ここまで様々な窮地を乗り越えてきた執行官の2人。拳銃と手榴弾を片手に臆することなく立ち上がる。

 

 

 

「行くぞ!」

「ええ!」

 

 

 

 

 

合図と共に2人は四方に分かれビルの屋上の平間へ一気に駆け出す。狙撃ターレットは航空機から照準を逸らし、近くを駆け回る2人をマークし始めた。

 

凄まじい銃撃、休む間も与えないほどに追尾し続けるターレット。しかし執行官の2人も負けじと脚を止めることなく走り続ける。

 

 

 

「如月!!今だ!」

「――っ!!」

 

 

完全に照準が入江に向けられたその時、如月は手榴弾のピンを引き抜くとターレット目掛けて放り投げる。同時に入江も銃を構え、センサーに向けて何発も弾を撃ち込むとターレットの動きに隙が生じる。

 

「くっ……」

「入江!伏せて!」

 

錯乱する動きを見せるターレット。そして再びもう1つ手榴弾を投げ込んだその時、爆発音とともにターレットは大きく傾く。これでセンサーを使っての銃撃はできない。そんな時、力を発揮するのは"空から"の攻撃だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きく傾いた鉄の塊に向けて航空機が真っ直ぐと向かう。

 

操縦桿を両手で力強く握る宜野座。屋上に向けて勢いよく降下すると大声で機内の人物たちに呼びかける。

 

 

 

「ッ…衝撃に備えろ!!!」

 

 

その瞬間、狙撃ターレットに容赦なくぶつかる機体。完全に制御不能となったターレットは屋上の隙間に挟まると火花を上げて漸く停止したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……やったか?」

「やったみたいね。センサーも機能してないみたいだし、完全に停止してるわ。」

「おっかねぇ事やらせてくるぜ?アイツらよー……」

 

 

 

唖然と鉄の塊を見下ろす2人の背後に再び現れる航空機。

扉が開くと2人の人物がロープを伝い、屋上に降下。その人物達は狡噛とイグナトフだった。

 

やっとの思いでビルに辿り着くことが出来たが本題はここからだ。

 

"公安局ビルで何かが起きている"――

 

 

 

 

 

 

「イグナトフ監視官!」

「如月、無事でよかった。」

「監視官こそ。――それよりお話したいことが……」

 

 

公安局ビルで起きている非常事態。如月が現時点で明らかになっている事態を報告しようとしたその時。戦闘不能となったターレットをじっと見据えていた入江が踵を返し、慌てた様子で3人に声を荒あげた。

 

 

「逃げろ!自爆する!」

 

 

ターレットの一部が不気味に赤いランプを点滅させ、何やら怪しい機械音を放っていた。標的を戦闘不能にした所で彼らは最後の最後まで隙なく罠を張っていたのだ。油断出来ない。

 

 

「ビル内に繋がる非常口があります!ついてきてください!」

 

如月に続いて駆け出す3人。そして傍で浮かぶ航空機に残る宜野座と操縦士。このままだと彼らも危険だ。

 

 

「ギノ!退避だ!!ターレットが爆発するぞ!」

『了解だ!』

 

 

航空機も即座にその場から離れる。

そして屋上に残された狡噛、イグナトフ、入江、如月――彼らも必死に入口へと駆け抜け、緊迫した状況が続く。

 

 

 

「……入江!!」

「ぐっ……うぉっ!!」

 

非常口の扉を開け、止まることなく内部に潜入。イグナトフが入江に手を伸ばしたその時、まるで稲妻が屋上に落ちたような衝撃と共に真っ赤な炎が迫り来る――

 

 

 

火の海に染まる公安局ビル屋上。宜野座が操縦する航空機も熱波に煽られるものの問題なく退避に成功。上空から見る公安局ビルは異様な状況だ。日本で起こっている事態とは到底思えないほどの光景に宜野座と操縦士は目の中に絶望の色が写ろっていた。

 

 

 

 

 

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「ぅあ〜〜危機一髪だったぜ……」

「ギリギリだったな。お前も無事でよかった、入江。」

「へへっ……舐められちゃ困りますよ?監視官。」

 

 

薄暗闇の空間に逃げ込んだ4人の姿。そして久しぶりに再会を果たした一係の3人の表情はどこか安堵の色が浮かんでいた。しかしここでゆっくりしている場合では無さそうだ。

 

狡噛は徐に天井を見上げるとため息混じりに言葉を放った。

 

 

 

「――ヘリポートがアレじゃ増援も無理だな。」

「俺たちがどうにかするしかない。」

 

「……あの…監視官。なぜ外務省の機体で?」

「色々あってな。」

「んだよ。説明は後だって言ってたくせによお――って!なんだあ!?」

 

 

突如、入江が間抜けな声を上げたその時。彼の右肩にダンゴムシがどこからとも無く現れる。そして入江のデバイスの通信が何者かと繋がったと思えば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――よかった。一気に3人確認。』

「唐之杜さん!」

 

嬉しそうに笑みを浮かべる唐之杜。その隣では慎導の姿がハッキリと映し出されていた。

そして唐之杜は画面の端に映る人物に気がつくと、更に喜色が浮かぶ。

 

『あら〜、狡噛も一緒ね?』

「ああ、そうだ。」

『心強いわ。』

 

予想外の人物だが間違いなく心強い相手だ。唐之杜の視線は少し離れた場所で佇む舞白に向けられる。

そして慎導もまた、相棒の姿が目に入り嬉しそうにニコニコと無邪気な笑顔を浮かべた。

 

 

『炯!無事で良かった!』

「お前も無事か!」

『うん。そっちも何かあったんじゃ……』

「大丈夫だ。切り抜けた。……状況は?」

 

 

 

 

『梓澤達にシステムを奪われてビル内を掌握されてる。』

「被害は?局長が落ちるのを見たが……」

『二係は何とか危機を免れた。三係はビルに入れずにいる。一般職員は低層階に閉じ込められて人質にされてる。』

『一係は?』

「課長、雛河さん、天馬さんがドミネーター保管庫に向かってる。」

『そうか。みんな無事で良かった。都知事はどこに?』

「俺らと一緒だ。――あともう1つ報告が····』

 

 

 

慎導は唐之杜と同じく舞白に視線を向ける。銃を片手に周辺を警戒していた舞白はゆっくりと3人の側へ近寄る。

そして画面に映る白銀の少女は心做しか困惑したような様子だった。

 

 

『――宜野座です。』

 

長い間姿を晦まし、挙句の果てには狐側の人間だと疑いのあった人物の登場。しかし慎導達と行動を共にしているその光景に全員は安堵の色を見せる。

 

舞白の視界の先に映る兄。狡噛は妹との再会に対し、涼しい顔をしたまま表情を変えることはなかった。喜怒哀楽を感じないその顔、舞白は今まで何度も見てきた。

 

 

「――お前はこうなる事を分かっていたんだな。」

『……ごめんなさい。』

「謝るな、お前は馬鹿じゃない。誰にも言えない理由があったんだろう。」

『だけど……もっと最善策があったのかもしれない。こんな大事になる前に……』

 

 

言わずとも全てを理解する狡噛。苦しげに眉を顰める舞白を横目に、慎導は空気を変えるような柔い口調で間に入る。

 

 

『二係も……征陸元執行官が無事なのも彼女のお陰です。命の危険にさらされた都知事の関係者たちも生きてる。実際、俺達も舞白さんがいなかったらパスファインダーに殺されていました。』

 

 

確かに、どんな危険があろうとも"公安局ビル襲撃"の事態を予測していたのであれば他に攻防する方法があったのかもしれない。しかし実際のところそれは困難を極めていた。

 

だからこそ彼女は危険を犯してまで単身で乗り込み、死人を出さないようにとここまで必死に行動を起こしていた事実。慎導はその事実を、彼女の葛藤を誰よりも理解していたのだ。

 

 

 

『絶対に梓澤の思い通りにさせません。……舞白さんが必死で繋いだバトンを次は俺たちが繋ぐ番です。』

 

 

彼の言葉に全員が頷く。

かつては舞白の事を"裏切り者"だと口にしていたイグナトフ。それを口にしていた自分が馬鹿だったと心の内で呟く。

 

 

「……ああ。灼の言う通りだな。」

『炯……』

 

意見が反していた2人。

漸く繋がった2人の道筋に希望が見える。

 

 

 

 

 

 

 

「――それで?ここからの作戦は?」

『私たちはサーバールームに向かってるところ。唐之杜さんならここのシステムを奪い返せる。』

「パスファインダーは?お前のその怪我の様子だと何度か鉢合わせてるな?」

『うん、お兄ちゃんの言う通りだよ。パスファインダーと武器を持った留置者達がビルに潜伏してる。動きを見る限り、向こうもそれなりの作戦を立てて動いてる。気をつけて。』

「了解だ。」

 

狡噛兄妹のテンポ感のある会話。

それを聞くだけでこちら側にハッキリと勝機が見えそうな空気感に慎導達の士気も自然と上がっていのが分かる。

 

 

「それじゃあ俺達もサーバールームに行きましょうよ?」

「何アンタが指示出してんのよ、入江。」

「別にいいだろー?外務省様に負けてらんねぇだろ?」

「全く……馬鹿なんだから。」

 

 

気の抜けそうな入江の様子。しかし呆気らかんとしたその空気感も今の彼らにとっては十分な活力だ。

そんな執行官の様子にイグナトフも微かに笑みを零す。

 

 

「よし、サーバールームで合流しよう。」

『うん、了解。』

『入江君たちも気をつけてね。それじゃあ、また後で会いましょ?』

 

 

 

 

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『――狡噛、無事か。』

「ああ。それと内部の状況を把握出来た。やはり梓澤廣一の仕業だった。」

『予想通りだったな。残念だがヘリポートは使い物にならない。俺は外から支援する。』

「任せたぞ、ギノ。」

 

 

舞白達との通信後、狡噛はイグナトフと入江、如月と共にサーバールームへと向かっていた。そしてその傍ら、外で待機する宜野座へと情報共有を行っていた。

 

 

公安局ビルの状況。

しかし、宜野座はそれよりも気にかけていたことがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――舞白は?』

 

内部に居るであろう最愛の人物。

それが気がかりで仕方がなかった。

 

 

 

「心配するな。多少の怪我を負っていたが問題ない。あいつは今やるべきことを理解した上で果たそうとしてる。」

『……そうか。』

「とっつぁんも無事だそうだ。誰も死んでない。あいつは責任を感じて相変わらず無茶をしたみたいだがな。」

『…………全く。心配ばかり……』

 

やれやれとため息混じりの声色。しかし舞白の無事を耳にした宜野座はどこか安心した様子だった。

 

 

 

「合流したらまた通信を繋ぐ。」

『ああ。』

「ギノ。お前はあいつを信じてやってくれ。」

『…分かってるさ。』

「手のかかる妹だが、頼んだぞ。」

『誰に言ってるんだか……お前は。』

 

 

宜野座にとって舞白は妻でもあり、苦楽を共にしてきたパートナーだ。戦友と例えても間違いない。

 

しかしそんな相手に何度も何度も振り回されては自身の気持ちが大きく揺らいだ時もある。自ら手にかけてやろうと思うほどに愛情の上に憎んだことさえも――

 

 

 

 

 

だからこそ、愛おしい。

信じることの難しさも彼女から学んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここから反撃だ。……俺と舞白を敵に回したらどうなるか分からせてやる。」

『相変わらず、恐ろしい"兄妹"だな――』

 

 

 

 

2人の口元に挑戦的な笑みが浮かばれた。

 

 

 

 

 

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宵闇と白銀の吹雪。天に近いビルの頂点は炎に包まれ、物々しい雰囲気を纏う摩天楼。

 

その裏に隠された真実を追う者たち――

 

 

 

 

 

 

彼らはそれぞれの思いを胸に無我夢中で摩天楼を駆け抜ける。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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