whiter than white(PSYCHO-PASS) 作:鈴夢
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『――犯罪係数 80 執行対象ではありません。トリガーをロックします。』
「…犯罪係数80……」
「予想通りのアンダー値、でしたね。」
「はい…」
慎導が握るドミネーターの先に佇む梓澤。銃口を向けるもトリガーはロックされ男を裁くことができない。
予想通りの結果に驚く様子を見せない慎導と舞白。埒が明かない相手にどうしようも無ければ今すぐ決着をつけるつもりもなかった。慎導はドミネーターを腰のホルスターにしまえば相手をじっと見据える。
「まさか…俺が後手に回るとはね?しかも意外と犯罪係数高いし…ケアしなきゃ。」
こんな状況下でも呑気な男だ。逃げる様子も、混乱する様子も見せない。むしろ"こうなることを予測していた"。…いや、こうなることを"望んでいた"のかもしれない。
「都知事、生きてるの?」
「ああ。生きてる。」
視線が慎導ほ背後の舞白に向く。
「課長さんは?」
「簡単にやられる分けないじゃない。生きてる。」
彼らが抹消予定だったファクター1、ファクター2。小宮と霜月。結果として2人は迫り来る危機から逃れ、無事生き延びていたのだった。
その結果に不機嫌そうに口をとがらせる小畑。梓澤は半ば諦めたような曇った顔を見せる。
「チッ…」
「パスファインダーも見かけないし…参ったねえ〜」
彼らの様子に眉を顰める舞白。
手にしていた銃を無意識に強く握りしめると、その様子を見た梓澤は彼女に視線を移し、口角を持ち上げる。
「だけど…やっと君に再会できた。嬉しいよ"セカンド"。」
「それはどうも。"ファースト"。」
「君のここまでの選択…行動には感服だ、脱帽だよ。」
左手を胸に当て、頭を下げる仕草。
わざとらしい大袈裟な行動に吐き気さえ覚える。
それに対し、舞白は表情を変えずまっすぐと前を見据えるのみ。
「人の命を軽視するあなたの行いは決して許されない。」
「何度も言ってるが、俺は選択肢を与えてきただけだ。」
「白々しい…ッ!必ずあなたを逮捕する。」
「逮捕なんて君は刑事のつもりかい?憎いなら手っ取り早く殺せばいい。それが君の仕事のはずだ。汚れ仕事は得意だろう?」
「"法に則って"あなたを逮捕する必要がある。そしてそれはあなたに残された唯一の選択肢でもある。」
「ハハハッ!痺れるねぇ…本当に――」
どこまでも正しさを求め続ける舞白。
それは常守の意思でもあった。
そして刹那、梓澤の隣で痺れを切らした小畑が大声で舞白を罵る。
「このクソ女!てめぇのふざけた即席ウイルスのせいでデバイスがぶっ壊れたんだよ!死ね!脳筋野郎!」
「あんな即席トラップに引っ掛かるあなたが悪い。デバイスに関しては謝るわ。」
「くっ……このクソがあぁあ!!」
「まあまあ小畑ちゃん。落ち着いて落ち着いて…こんな所で喧嘩なんてやめてよー」
殴り合いの手前。怒りに荒れ狂う小畑の腕を強く引く梓澤。
そして目の前で肩を並べて静かに立ち尽くす2人に視線をゆっくりと向ける。
「((――違う気配…))」
どことなく薄気味悪さを感じる。それは少し強すぎる表現かもしれないが…"気味が悪い"。目の前には慎導と舞白しか居ないはずなのにまるでそれぞれの背後に違う人間が立っているようだった。
彼ら2人、恐らくは何か共通している"秘密"。
梓澤はその真実に胸を高鳴らせる。
「まっ…仲良くドライブと行こうじゃないの?…ね?」
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――46F 分析室ラボ
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勢いよく開かれる扉。
廿六木が即座にドミネーターを構えるも室内に人影は見当たらない。
残されていたのはモニターに映し出されている"データ全消去"の警告画面。ここに居た敵はさっさと証拠を全て消滅させ、既に逃走していた。
「クソっ、逃がしたか!」
「少し遅かったみたいね。…やってくれるわ…」
分析室には何一つ痕跡が残っていなかった。先程まで何者かが居たであろう微かな気配は感じるがこれといって何も残されていなかったのだ。
「――雛河!すぐにビル内を掌握して!一般職員の安全が最優先よ!」
『了解!』
しかし、分析室から敵がいなくなったのであればこちらもチャンスだ。漸く繋がれなかった人物たちと通信を再開できる。霜月は直ぐにある人物へ連絡をはかる。
「…よし、これで繋がる……!」
何か希望を持ちだしたように顔の表情が生き生きと光る。そしてデバイスは直ぐにその相手と繋がると、霜月は思わずガッツポーズを見せた、
『ん?…霜月課長か!』
「征陸さん!ご無事で良かった――」
ビルの下層階で二係と待機していた征陸。その声はハッキリといつもと変わらない芯のある声で無事であることが直ぐに理解出来た。
『回線が復旧したみたいだな。霜月課長も無事で何よりだ。』
「はい。あと少しでビルの全てのシステムを奪い返せます。そうすれば一般職員を含め全員がビルから脱出できます。」
『了解だ。』
「…ところでそちらの状況は?」
舞白からの情報だと重傷を負っている者も居ると聞いていた。応急処置はともかく直ぐに搬送が必要だろう。
『全員無事だ。だが宮舘監視官の傷がかなり深い。早急に搬送が必要だ。』
「了解です。直ぐに対応出来るようにこちらで動きます。」
『ああ、頼んだぞ。――――――それと…霜月課長……
…娘は…、舞白ちゃんは――』
明るかった声色が妙に威厳と落ち着きを加えた色へと変化する。明らかに彼女の身を按じるその声に、霜月も思わず冷静な声色へと変化した。
「大丈夫です。あの子はやる時はやる子ですから。」
『……』
「あの子がここまで繋いできたものを私達も命を懸けて繋ぎました。そのバトンは再びあの子に繋がれた。…それに安心してください。私の優秀な部下も一緒ですから。」
『それは安心だ。今は舞白ちゃんを独りにさせたくない。』
「……私も同じ考えです。」
独りは危険だ。それは身体的にも精神的にも――
今の舞白自信にも命綱を握ってくれる人物が居なければならない。その役目をきっと慎導灼がやり遂げる。彼もまた、命綱が必要なのだから。
「そ、れ、に!!これ以上外務省の連中に良いとこ取りされたくないんです!ここは厚生省公安局、私たちの縄張りですから。」
霜月は不意に歓喜に溢れた法悦的な顔になる。
そして背後で静かに様子を見ていた廿六木と視線が交わると小さく頷いた。
「信じてます。私はあの子を――」
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――地下駐車場
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梓澤の周りに集まる潜在犯、留置者達。
それぞれが武器を手にしたまま真剣な面持ちでその場に立っていた。
梓澤は得意げな表情を頬にうかべ両手を高く挙げる。まるて彼らの神のように振る舞う男。気味が悪い光景だった。
「――さあ!みんなで脱出するんだ!必ず逃げ延びれる!急げ!」
「「おおおおお!」」
留置者達を乗せた複数の公安車両が地下駐車場から出ていく。開放された者たちはここぞとばかりに逃走したのだった。
「……逃がして平気なんですか?慎導監視官。」
「大丈夫です。彼らはきっと廃棄区画に逃げ込むだけだと思います。これ以上、人に危害は加えない。」
「だけど公安の車両は殆ど持っていかれましたね?美佳ちゃんから後でめちゃくちゃ怒られますよ?」
「覚悟しています…」
舞白と慎導も後を追うことも無く彼らを見逃す。梓澤と小畑も走り去っていく車両を横目に言葉を交わし合う。
「…虫より馬鹿だろ」
「あとは彼ら次第だ。俺は手を貸しただけ、生きるも死ぬも彼ら自身に委ねられている――」
2人は背後の舞白と慎導へと向き直る。
静かにこちらをじっと見据える2人に梓澤は笑みをこぼした。
「じゃ、僕らも行こう。…小畑ちゃん、運転よろしく〜」
「ふんっ…最速で行ってやるよ。」
護送車に乗り込む4人。
車内で向かい合う梓澤、舞白、慎導。
「「「……」」」
3人の深く隠された感情。それは時々炯々とひらめくような目を光らせる。
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公安局ビルから続々と退避する職員たち。
皆、何が起こったか理解出来ていないものが殆どだ。
その群れに紛れ、同じくメインエントランスから姿を現した霜月。霜冷えのする寒い風が吹き募り、その冷たさに体を抱きしめる。
「…………雨…」
数刻ぶりの外の空気に思わず闇夜の空を見上げた。左手の平を天へと向け、冷たい雨粒を掴む。
雨は降り続いていた。水の音が薄い膜になって体を包んでいた。
「とりあえず最悪の展開は免れたわね――」
雨音に消されるほどの小さな声で呟く。
そしてデバイスを使い、内部のシステム掌握を実施中の雛河へと通信を繋いだ。
「――雛河、無事外に出られたわ。一般職員も特に問題なし…混乱も見られない。」
『良かったです。』
「直ぐにドローンをまわして。私が局長の遺体を回収する。それとマスコミの対策を頼むわ。」
『了解です。霜月課長。』
事件は確実に終息に向かっている。
あとはあの2人に委ねるしかない。
「雨はあと少しで止む。
――そうよね?舞白。」
ぼんやりと何かを考え入っているような沈んだ顔。再び雨空を仰ぐ霜月の瞳は感傷に浸っているようだった。
「――――ん?」
するとその時、デバイスから通知音が鳴り響くとその相手に霜月は目を見開く。
『私だ』
「えっ…局長!?」
『直ぐにこちらに来たまえ。』
「ですが義体の回収を…」
『それはこちらで手配済みだ。問題ない。』
「…はあ……」
パスファインダーにより"殺害された"細呂木晴海。しかしその正体を分かっている霜月。
あの映像を見た一係や他の者達ははっきりと細呂木晴海という人物がビルから落下し、死んだと考えているだろう。しかし"彼ら"は死んだりしない。システムが生き続けている限り――
「直ぐに向かいます。…いったい何が?」
『敵の位置が判明した――』
「敵…?」
『知りたければはやく来たまえ。霜月課長。』
そして通信は途切れる。
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――地下施設
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「――ッ!なんだこれは!」
想定外の結果。心の高ぶりと焦りを抑えきれない乱れた代銀の声が轟く。先程まで余裕気に振舞っていたのが嘘のようだ。
『リレーション継続。小宮カリナの死亡を確認できません――』
「なん…だと!?」
小宮カリナの死亡によって終わるはずの"このゲーム"。上手く事が進んでいたはずだった。しかしゲームは終わらない。
焦りを見せ動揺する代銀の傍ら、その向かい側では涼し気に表情を変えない法斑が冷静な口調で言葉を放つ。
「あなたの投資は完璧でした。"人間とは思えないほどに"。…人工知能にこだわるそのスタイル…なんのことは無い。――"あなた自身が人工知能を使っていた"。」
「………ッ…」
代銀遙煕のあまりに非人道的な複雑な思考。異常な程に長けていたその能力を法斑は疑っていた。"彼がAIを使っているという可能性"――
「人工知能に対抗できるのは人工知能だけ。ホスタイルテイクオーバー…。あなたの買収先にポイズンピルを仕込みました。間もなく全財産を失います。」
これらの事件の概要を知っていた代銀。小宮カリナが殺されるという推測のもと行動を起こしていた。その一方、法斑静火は公安局が救い出すという推測を立てていた。
勿論これは"ゲーム"。推測が外れると全財産を失う。そしてラウンドロビンに執行される。
代銀は直ぐにこのゲームの刺客ともいえるインスペクター、梓澤へと連絡を謀った。
「――梓澤ッ!」
『どうもです。代銀さん。調子はいかがですか?』
「小宮カリナがまだ生きている!」
『…ええ、知っていますよ。――やっと手が届きそうなんです。コングレスマンの椅子より素敵なものに。これが俺自身の選択ですよ。』
「くっ……」
梓澤の目的はハナから違うものだったのだろう。"コングレスマン"よりももっと違う"何か"。
最初から彼も計画を組んでいたのだった。それがこの選択肢――
『それじゃあ…お達者で――』
「梓澤!貴様…ッ…」
一方的に遮断される通信。まさかの裏切り行為とも見て取れる梓澤の言動に代銀はため息を漏らした。
何を思いどれだけ手をつくしたところで、それをもとの状態に復することはできないのだ。
「……ふっ…やられたわ…」
観念の臍を固めたというような、力のない笑みの中には諦めの気持ちがこれでもかという程に含まれていた。
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――39F 大会議室
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激しい乱闘。
2つの影が何度もぶつかり合う。
しかし戦況は一目瞭然。追い込まれるイグナトフは少しずつ余裕が無くなり、体のブレが大きくなっていく。
「――うっ!」
「ッ……」
狡噛の隙のない打撃に手も足も出ない。こちらが攻撃を仕掛けてもするりと避けられ、呆気なく相手の拳は自身の体に命中する。
其の力に若干の加減が施されていると感じると苛立ちさえ浮かんでしまう。
この男、狡噛慎也―――狡噛"兄妹"。
2人揃って気味が悪いほどに強い。体だけでなく知力でさえも圧倒的だった。
「ッ……絶対……行かせないッ!!」
それでもイグナトフは諦めない。倒れても尚、必死に狡噛の足にしがみつき行く手を阻む。
「もう止めておけ……言ったはずだ。お前じゃ俺には勝てない。」
「ぐっ……」
更に力を込めるイグナトフ。
すると刹那、デバイスが鳴り響くと会議室に女性の声が響き渡った。
『―――イグナトフ監視官!今どこ?』
「…狡噛さんと…ちょっと話を…ッ…」
『話!?下っ端同士で相変わらず勝手な事を……』
霜月の怒号が響く度に目を細めるイグナトフ。まさかこんな状況を霜月が見たとすればとんでもない説教を喰らいそうだ。外務省相手にボロボロにされた無様な姿―――なんて、考えるだけでも恐ろしい。
『局内のシステムはほぼ奪い返したわ。アンタはとっと雛河達と合流して!いい!?』
「…了解………課長…」
通信が切れると同時に力尽き、体は床に吸い込まれるように倒れる。
もう闘う力は残されていなかった。どうにもこうにも目の前の男を止める力は自分には無い。
イグナトフの手が脚から離される。狡噛は呆れた様子で彼を見下ろした。
「……灼が…勝つ…!絶対にッ…!!」
「とにかくここまでだ。いいな?」
「ああ。続きはまた……今度……」
眠るように気を失うイグナトフ。度重なった危険な状況から開放され、気を失っているもの心做しか表情は悪くない。
狡噛はそんな彼を通路の脇に運ぶ。自分が殴った痕はともかく、大きな怪我は負っていない様子だ。無鉄砲な相手に若干苦戦を強いられたが依然として狡噛は未だに余裕を浮かべている様子だった。
「―――"二度と御免だね"」
狡噛はその言葉を言い捨て踵を返した。
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―――公安車両 護送車内
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護送車は目的地へと向かっていた。
向かう先は"厚生省ノナタワー"―――
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「君達はビフロストをどう理解した?」
「今更、俺や舞白さんが予想しても意味が無い。お前が答えろ。」
車内に漂う重い空気。交差する3人の視線。
待ち望んでいたこの状況を楽しんでいるかのように梓澤は彼らに言葉を放つ。
「――ビフロストとはね?もともとシビュラシステム運用初期にデバックを行う極秘部署の名称だった。その立場をシステム開発の出資者達が利用し、あらゆる手でシビュラの盲点と己の利益だけを作り出す形に変貌させた。」
「何故犯罪を犯す?ずっと隠れていればいいだろ?」
「それは…もともとデバックシステムの都合らしい。永遠に富を増やし続けるための"手順"だそうだ。」
「…シビュラは進化し続けている。盲点はどんどん削られているはずだ。」
「そう。今は椅子取りゲームの真っ最中だ。最終的に盲点は無くなる。それを防ぐために小宮カリナは必要だった。」
梓澤と慎導の会話。
それを傍らで静かに聞いていた舞白。そしてその会話から垣間見えた梓澤の真意に漸く口を開く。
「…違う。小宮カリナじゃない。最も必要だったものは…"マカリナ"」
「そう!さすが舞白ちゃん!…君の言う通り、AI"マカリナ"だ。」
両手の平を大袈裟に叩き"さすがだ!"と指を指す。彼のオーバーリアクションに対し舞白と慎導は静かに真っ直ぐと相手を見すえる。
「シビュラが人工知能に被選挙権を認める。そうすれば、そこに新たな盲点が生じる。」
「マカリナの開発自体がビフロストの計画だった。……そういう事ね。」
「素晴らしい。…やっぱり君たちは他の人間と大きく違う。最高だ…」
想像力、理解力。何もかもが逸脱している2人を前に更に昂る興奮。
「小宮カリナの立候補、そして当選――」
「…最初から全て。俺たちは手のひらの上で転がされていた。」
2人が行き着いた答え。それは全て彼のシナリオ通りだったのだ。
―――数秒間の沈黙。
不意に梓澤と舞白の視線がぶつかる。
タイミングを見計らっていた舞白はついに自分の番だと男を睨みつけた。
「それじゃ次は私の番よ。……約束通り答えて。」
「勿論。何なりと。」
視線を落としゆっくりと深呼吸する。緊張して揺らぐ左手を義手の右手で押さえつけ、再び視線を男に向けた。
「…あなたは…8年前の花橋一家失踪……事件に関与してる。」
「ああ、そうだ。」
「花橋一家を陥れた人物の自宅からあるものを見つけた。それはあなたのID情報。当時、あなたは花橋コーポレーションの役員だった。」
「その通り。国のあらゆるドローンのデータベースを作り上げたこの国の誰しもが知る大企業。在籍した期間は短かったが確かに俺はそこに居た。」
槙島の隠れ家で見つけたID情報。それは当時、花橋コーポレーションで責任者として席を置いていた梓澤のものだった。
「"あの日"。俺の身に起こった出来事、そしてその後の行動と選択によって花橋一家は事実上"死んだ"」
「………」
「だが俺はここに居る。"犯罪係数の上昇も色相も濁らなかった"。」
「……自分が犯罪に加担したと気づいていない。もしくは罪悪感も何も感じなかった……」
梓澤の経歴を見ると"執行官"として公安局に身を置いていた時期があった。それ以前の話であることは間違いない。それをきっかけに色相悪化に繋がったとは考えにくい。
となれば、本当に"知らないまま"槙島が起こした事件に関わっていた。
「俺はね?"ある人物"に出会い才能を開花させた。そして俺はインスペクターとしての地位をなし、様々な選択肢をさまざまな人間に与え続けた。」
「自分が神にでもなったつもり?」
「俺はゲームが好きなただの凡人さ。」
いつもと違う舞白の様子に気づいた慎導。隣に座る彼女を横目で確認すると特に口を開くことなく2人の様子をうかがっていた。
「教えてあげるよ。あの日のことを――」
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8年前―――
―――2112年 9月
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六本木の超高層高級レジデンス。
その最上階の一室の玄関にスーツ姿の男は立っていた。
バタバタと準備に追われる女性を半ば面白そうに笑みを浮かべながら見据え、時計で時刻を確認すると口を開く。
「行きますよ?奥様。…ほら、坊ちゃんも試合に遅れます。」
「ごめんなさい梓澤さん――裕翔!早く行くわよ!」
花橋コーポレーションの敏腕秘書の2人が事故死。必然的に役員といえどドローン製造に携わる本部長……。自分が一時的に花橋一家に密に関わることも多くなった。
今日は花橋家の長男の大切な日。
待ちに待ったサッカーの試合が行われる。
"なぜ自分が送迎を"なんて半ば疑問を浮かべるも仕方がない。
これも仕事の一環だ。
「……梓澤さん。」
そんなことを考えていた時、視線の先に現れた少女。久しぶりに顔を合わせる相手に梓澤は穏やかに笑みを浮かべた。
「ご無沙汰してます。"咲良お嬢さん"。」
久しぶりに会った彼女は別人だった。百合の花のように可憐で淑やかな少女。しかし当時は枯れ木のようにやせ細り、疲弊しているようにも見えた。理由は分からなかった。ただ当時の社長の様子や奥様の様子を見る限り"お嬢さんの身に何かがあった"ということは分かっていた。
「――今日、坊ちゃんの試合には?」
「実は先に友人と会う約束をしてしまって…あとで録画を見せてもらう予定です。」
「友人?……あー…確か同じ麻布学園の?」
「はい。梓澤さんは会ったこと無かったでしたっけ?」
「話はよく聞きますが会ったことは無いですね。話によると考査で常に700ポイントを叩き出す秀才だとか?」
「はい!"舞白"は本当に凄いんです。頭だけじゃなくて武道も――」
先程まで虚ろだった少女の顔がパッと明るくなる。一体その友人とは、"舞白"という人物はどんな人間なのか少し興味が湧いたのを覚えていた。
「ところで…母と弟の送迎は梓澤さんが?」
「はい。…何か?」
「いえ、寧ろ安心です。よろしくお願いします。」
「………」
違和感しか無かった。
わざわざ送迎する担当者を確認するなんて普通じゃない。花橋家では送迎者が付くのは当たり前。しかも全員が関係者。慣れ親しんだ人物しかいない中、確認すること自体が違和感だ。
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「―――?」
目的地まで車を走らせる梓澤。
そしてその時、自身のデバイスが鳴り響く。
"No image"と表示され相手は不明半ば不信感を抱きながらも応答することに。
「――失礼。緊急の連絡かもしれません。少し車内で待っていてください。」
「ええ、分かったわ。」
目的地まで残り僅かの距離。
人気のない細い小道に停められた車。
梓澤は車を降り、車両の後部に移動する。
車両に残る2人は特に何も怪しむような様子もなく、楽しそうに談笑していた。
「―――はい。梓澤です。」
『ごきげんよう。梓澤廣一君』
「…誰です?」
『私の名前は法斑却一郎。自己紹介は後にして……君に頼みがある。』
「頼み?―――」
刹那、頭部に強い衝撃が走る。不意を突かれ全く状況が理解できない。
「ぐっ…………」
鈍器か何か分からない。しかし頭部が焼けるように熱く、コンクリートの地面に血液が流れていくのがハッキリとわかった。
体は動かない。そして殴ったであろう相手の顔も―――
「―――ッ……」
『そのまま動くな。』
「……ッ……な、に……」
すると刹那、停めていた車両が動き出す。恐らく自分を殴った何者かが運転席に乗り込み車両を強奪したのだ。
「…奥様………ッ……直ぐに通報……!」
しかしデバイスは言うことを聞かない。協力なジャミング、もしくはクラッキングか……
『君は何も知らない。』
「何が……目的……ッ……」
『運良く生きていたら、君をインスペクターとして迎えよう。』
「…………インス……ペクター?」
『君は良い狐だった。……では、健闘を祈るよ。』
「おい……待て……ッ……待、て―――」
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「花橋一家失踪……あれも"ビフロスト"絡みのゲームだったって言うの?」
「残念だが俺はそこまで確定的なことは言えない。事実、その事件を起こした発端の人間を俺は知らないからね。」
「……ッ……」
「舞白さん……」
「頭が変になりそう。……訳が分からない。」
混乱しているのか両手で頭を押さえ俯く舞白。
それを隣の慎導が優しく背に触れる。
「事件を起こしたのは……槙島……。その裏で利益を求めてビフロストが事案を察知……コングレスマン達が賭け事のようにゲームを目論んだ………だけど―――」
ブツブツと独り言のように言葉を発する。訳の分からない内容に頭が痛い。8年前……自分の人生を大きく揺るがすあの事件は意図してゲームとして弄ばれていたのか―――
「花橋一家の失踪。すなわち"リレーション"。企業投資や株式売買……あの事件の結果、株価に大きな変動があった。それは理解しているね?」
「……狐を使って自分の利益を得た。そして理想を叶えようとした。自分中心で利己主義者達が起こしたゲーム。」
「そう。花橋一家失踪に関して"君が知らない"人間が動いている可能性は十分にある。今までの事件と同じように狐を動かしてインサイダー取引のように自分が勝てるように仕向ける。実際、事件は未解決扱いでまともに報道もされていない。そうだろう?」
「…………」
所詮、利益のために使われたのだと言いたいのだろう。それにたまたま加担した槙島の存在。しかし槙島の目的は利益ではなく"私たち兄妹"への接触、ゲーム、私に対しての実験。
様々な憶測や様々な人間たちの欲が渦巻いた事件。結局のところハッキリあの事件と梓澤の関わりは明確にはならなかった。
ただのゲーム愛好家達がそれぞれの利益のために参加した。そうとしか考えられない。
「ねぇ、失踪した花橋一家、どうせもう全員死んでるんでしょ?」
「…………」
「もし。俺が違う行動を起こしていれば今頃咲良お嬢さんは生きていたかもしれない。家族も全員ね。」
「………ッ…」
「俺を殺したいか?"狡噛舞白"――」
逃路のないように追いつめる梓澤。
舞白は俯いたまま必死に拳を震わせていた。話を静かに聞いていた慎導でさえその内容に眉を顰めていた。
この8年間。あの子の死。あれは結局、様々な人間たちの利益や愉しさだけに利用されたのか。あまりにも酷い。惨い、残酷だ。
思い出すだけでも酷く精神が揺らぎそうになる。
―――しかし、彼女は濁らない。
「…じゃ、次はこっちの番だ。――シビュラシステムの正体って?」
話をキッパリと転換する梓澤。
それに対し、慎導は舞白の背に触れたまま相手を睨みつける。舞白もゆっくりと頭を上げ、彼に続いて言葉を放つ。
「予想は着いてるんだろう?」
「…知らないフリをしたって私たちには分かってるわ。」
男の顔に満面の喜色が浮かぶ。
「人間の脳機能を拡張し、人が人を超え、神の領域に踏み込んだテクノロジーだ。…この狂ったカオス理論の世界にようやく生まれた公正なジャッジ。その価値は計り知れない!」
「お前の本当の望みは…"シビュラシステムの一部になること"――」
「狂ってる……」
2人の視線が梓澤に真っ直ぐと向けられた。喜色に浮かぶ男の顔は変化することなく、さらに昂りさえ感じさせた。
「くくっ……100点をあげよう。」
そして車両はノナタワー前へと到着した―――
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