whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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責任と尊厳

 

 

 

 

 

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――シビュラシステム 中枢部

 

 

 

 

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無数の聖人、罪人達がこちらを見据えている。

静かに、ただ静かに。

 

 

 

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「――ごきげんよう、シビュラシステム。コングレスマンは処分した?」

『ビフロストは消滅しました。システムへの貢献に感謝します。』

「これで俺は才能あるだけの普通の人間。世界を包む硬いクルミの殻を砕いて真実を知った。」

 

 

 

神との対話のつもりだろうか。梓澤の声には今までにない晴れ晴れした調子がこもっていた。

 

脳ユニットが立ち並ぶ橙色の水場に梓澤は1歩1歩ゆっくりと近づく。歓喜に溢れる彼の顔はさらに昂り、再び大きく胸を広げシビュラシステムに声を上げた。

 

 

「俺を迎えてくれ!シビュラ!俺も神になりたい!本当の居場所を手に入れたい!」

 

 

梓澤の狙いはシビュラシステムとの同化。慎導と舞白の予想通りの結果だった。

 

しかし、2人は分かっていた。"彼はその器にはなり得ない"と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――不可能です。』

「……何……?」

 

昂る男とは正反対、シビュラは淡々と色のない声色で冷酷に突き放した。その台詞に同様を隠せない梓澤。まるで豆鉄砲を食らったかのように大きく目を見開いていた。

 

 

『システムを構成できるのは"一般倫理にとらわれない特徴的視野を持つ者"のみ。あなたはそうではありません。』

「何…言ってるんだ……」

『宜野座舞白、慎導灼。我々はあなた達を歓迎します。』

「……ッ!俺がコイツらよりも劣っているというのか!?」

 

 

背後で静かに様子を伺っていた2人に向き直り"冗談じゃない!"と声を荒あげる。まさか才有る自分より"あの2人"を選ぶのかと、認めきれない梓澤の瞳は憤怒や苛立ちを浮かべているようだった。

 

 

「……残念だけど優劣じゃない。」

「そう、舞白さんの言う通り。"免罪体質"っていう素質なんだ。梓澤…」

「…素質………"免罪体質"…、そうか……どうすればなれる?」

 

 

梓澤は踵を返し、足早にゆっくりと2人に歩み寄る。

横並びになる2人の肩をそれぞれ掴み、男は問い詰めるように顔を寄せた。

 

「なあ!教えてくれ!お前達はどうして"免罪体質"に――」

『免罪体質は"生得的"です。あなたの年齢で発現した例はありません。』

「くっ……!」

『梓澤廣一、シビュラシステムはあらゆる可能性を検討せねばなりません。あなたにはその能力が欠けています。』

 

梓澤の瞳が舞白の瞳を捉える。

真っ直ぐと、全てを見透かしたような美しくも獣のような獰猛な瞳。

 

梓澤は自分の苛立ちをぶつけるかのように舞白に掴みかかる。その場に押し倒される舞白。梓澤の両掌の力に全ての重みが伝わっていた。どうしようも無い悔しさ、まるで神に見放されたような虚無感――

 

 

 

「なぜだ!何故……ッ!」

「ぅ……ぐ……」

 

「梓澤!彼女を離せ!」

 

 

そんな中、慎導は梓澤を引き剥がすように手を伸ばす。力なく離された男の体は地面に這い、再び一面に広がるシビュラの脳ユニットへと視線を向けた。

 

 

 

「……待ってくれ…ッ!俺も……!」

『あなたのそれは都合の良い二者択一に過ぎません。我々は色相か命かという選択を科しはしない。免罪体質者は生まれつき罪人であり聖人である存在。あなたはどちらでも無くただの独善的なゲーム愛好者です。』

 

「俺を入れてくれ!俺がダメなはずない!何かの間違いだ!」

 

必死に縋り付くもシステムは彼を認めるはずが無い。梓澤はただのゲーム愛好者、決して聖人にも罪人にもなり得ない。

 

必死に懇願する男の姿を背後の2人は哀れみの目で見据えていた。このままでは埒が明かない。これが現実なのだ――

 

 

 

「梓澤……」

「シビュラシステムを目指した時点であなたの負けは決まっていた……」

 

慎導と舞白の声は響いていないだろう。目の前の神々に拒絶され、男は放心していた。

 

舞白はふと隣の慎導に視線を移す。

それを察した彼はゆっくりとドミネーターを取り出した。

 

 

「――慎導監視官」

「はい。……分かってます。」

 

 

銃口は真っ直ぐと梓澤へと向けられる。

 

 

 

『対象の脅威判定が更新されました。―――執行モード ノンリーサル・パラライザー』

 

 

変形するドミネーター。

慎導と舞白は驚いた様子を見せ、大きく目を見開く。

 

「!?」

「待ってくれ!梓澤の犯罪係数は殺す程じゃなかった!」

 

 

梓澤の犯罪係数は300は愚か200にも届いていない。通常ならばパラライザーが作動するはずなのだ。

しかしシビュラは"梓澤を殺せ"と指示を出す。

 

 

『彼を処分してください。』

「……シビュラシステム……ッ!」

『彼を処分してください。』

 

 

淡々とした機械音声。その音声が無性に心情を掻き立てる。

 

まるで内臓を内側から噛まれるような苛立ち。そんな舞白の両目が釣り上がり、凄まじい怒りが現れた。

 

舞白の手がゆっくりと胸元のガンホルスターへと伸びる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいさ……いずれシビュラも俺が必要だったと気づく……」

『対象を処分してください。』

「ダメだ!俺は撃たない!」

『―――対象を処分してください。』

 

梓澤はシビュラシステムを目の前に膝を着く。処分されることが本望だと言わんばかりに抵抗すら見せない。向けられたドミネーター、しかしエリミネーターモードから切り替わることなく、慎導はグリップを強く握りしめたまま必死にシビュラに声を上げた。

 

 

「シビュラのルールから外れたやり方だ!梓澤の犯罪係数を計測してくれ!」

 

引き金を引こうとしない慎導に梓澤は再び詰め寄った。

 

 

「さっさと殺れ!この世界に未練は無い!シビュラに殺されるなら本望だ!!シビュラが俺に"死ね"と言ったんだ!さっさと俺を殺せ!」

 

「死んでいい人間など居ない!俺は……たくさんの人間に共感してきた。正義のために罪を犯す人、他人のために死ぬ人!くっ……シビュラシステムには罪人もいるだろう!?」

 

『我々はシステムの一部になったことにより罪と罰も超越したのです。』

 

「だからって!罪を償う権利を奪うな!」

「俺が償うことなど何も無い!」

 

 

 

 

底力のある、訴えるような叫ぶような声が交差する。思いが濃く鮮明に炯々と光る両者の瞳は互いに睨み合う。

 

梓澤の手が慎導の襟首に伸びたその時、その光景を横目に見ていた少女の腕が何かを手にして動き出す――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!?舞白さん!?何を!!」

 

 

 

舞白の右手に握られた銃。その銃口は自身の顬に当てられ、視線は真っ直ぐと目の前に広がる脳ユニットへと向けられていた。しかし瞳にはいつもの光や色が感じられない。まるで別の人間に"憑依"されているかのような――

 

 

 

 

 

 

「――罪と罰の超越…か…。君たちは本当に滑稽だ……哀れだ。」

 

明らかに違う口調。纏う雰囲気がガラッと別人になったようだ。

 

宜野座舞白という人物の特徴が一切見られない。

 

「舞白さん……もしかして――」

「…………」

 

慎導と梓澤の視線が舞白へと向けられた。異様な雰囲気と物々しい光景に2人は目を奪われている様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――宜野座舞白。いいえ……"槙島聖護"。また貴方に会えて光栄です。』

 

「!?」

 

"マキシマ ショウゴ"

シビュラはハッキリとそう口にした。聞き覚えのない人物の名前。恐らくは舞白の中にあった別人格なのか――

 

白い男の存在――

 

 

 

 

 

 

「人は何かを選択するとき、まずは選択の重要性を理解する。次に視野を広げ選択を恐れなくなる為の考え方を知る。そして最後に、正しい選択をするための基準を理解する――」

 

 

"槙島"は落ち着いた口調でシビュラに向けて台詞を続ける。

 

 

「人の生き方を一番よく表すのは言葉では無くその人間の選択。"僕達"の選択とは、つまるところ……"僕達"の責任だ。」

 

 

"舞白"は真っ直ぐと目の前のシビュラに視線を向ける。

 

 

「人生にはふたつの選択肢がある。その"状況を受け入れるのか"、"状況を変えるための責任を受け入れるのか"。――」

 

 

銃のトリガーに指が掛けられる。少女の目は虚ろだ。微かに口元に笑みさえも感じる。

 

 

「――シビュラシステム。あなた達に問います。引き金を引く責任は"私達"にある……その選択肢はまだ人間に委ねられている――」

 

 

徐々に瞳に光が甦っていく。白い男の気配が薄れていくのを間近で感じる慎導はそんな彼女から視線を外し、その台詞に重ねるように大声を放った。

 

 

「そうだ…"彼ら"の言う通りだ!ドミネーターには引き金が着いてる。打つことの責任、選択はドミネーターを握る人間にまだ残されてる!」

 

 

舞白が握る黒鉄、そして慎導が握るドミネーター。

その引き金を引くか否か、その責任は人間に残されている。

 

 

「―――そうじゃないのか!?シビュラシステム!!!」

 

 

慎導の怒号にも叫びにも近い声が広大な部屋に響き渡る。大きく轟く彼の声と異様な舞白の様子に目を見開いたまま動かない梓澤。顬に銃口が当てられたままの舞白――

 

暫く続く沈黙の後、シビュラは漸く反応を見せた。

 

 

『審議します―――』

 

 

 

 

 

 

「何なんだ……"お前達は"――」

 

 

 

不思議なものを見せつけられたように茫然とした様子で2人を見据える。"これが生まれながらにして聖人でも罪人でもある人間"。計り知れない彼らの言動に放つ言葉が見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『審議結果が出ました。免罪体質者 慎導灼、宜野座舞白、槙島聖護の提案を受けいれます。』

 

 

「……ッふざけるなぁああ!!」

「ぐっ!」

 

 

刹那、ドミネーターを握る慎導に襲い掛かる梓澤。

2人は派手に床に転がり、脳ユニットが立ち並ぶ水場で激しい乱闘を起こし始める。

 

蹴られ、殴られ――しかしその状況下でも慎導は諦めない。必死にドミネーターを男に向け続ける。

 

 

『対象の脅威判定が更新されました―――』

 

犯罪係数は230オーバー。パラライザーに形状を変えるドミネーターに梓澤は微笑を浮かべた。

 

 

「俺の犯罪係数は……俺はシステムにとって、どれくらい危険だ!?」

「ぅっ……!ぐはぁあ!」

「俺の……能力を……シビュラの破壊に注ぎ込んだらどうなる!?俺はどこまでやれる!?」

 

梓澤の拳が容赦なく慎導の顔面に落下する。しかし彼も諦めるはずがなかった。必死で相手の隙をみつけては何度も反撃に繰り出す。

 

 

『犯罪係数―――270』

 

上昇していく犯罪係数。

300を越えれば再びエリミネーターモードだ。

そうなれば梓澤は次こそ"死"を選択することになる。

 

 

『犯罪係数―――288』

 

 

 

そしてその時、梓澤は足を取られその場に倒れ込む。慎導はその瞬間を逃さなかった。

 

「ッ!!!」

 

向けられた銃口。

そしてその先で笑顔を浮かべる男。

 

顔一面に浮かぶ満悦らしい笑み、それはまるで男の一時の煌めく命を表しているようにも見えた。

 

 

 

慎導の人差し指に掛かる重み。

青い閃光は瞬く間に男に向けて放たれる――

 

 

 

 

 

 

 

 

「梓澤廣一……逮捕する!」

 

 

 

 

パラライザーによって気絶する梓澤の横で肩を上下させ、力なくその場に座り込む慎導。顔は殴られ腫れ上がり、口の中を切ったのか微かに鉄の味が口内に広がる。

 

そしてふと彼は立ち尽くす舞白に視線を向ける。

 

まだ銃口は顬にあてがわれたままだった。

 

 

「……ッ……舞白、さんッ……

ダメだ……自分を……取り戻すんだ……」

 

体に力が入らない。

彼女の背後の白い男――"マキシマ ショウゴ"。微かに見えるその影は笑みを零しているようだった。

 

 

 

 

 

 

『僕の……彼女の脳髄はまだ必要なのかい?」

『無論です。』

「君たちの進化。罪と罰をも超越した君たちとって……僕達は果たして必要なのだろうか。」

『必要不可欠です。』

「僕は彼女をどうしても君たちに渡したくないんだが……厄介な"約束事"をしているみたいだね。」

『それを選択したのは宜野座舞白自身です。』

「だったらいっその事、君たちが欲しがってる彼女の脳髄を壊してしまうのも……悪くない選択だろうか。」

 

 

人差し指に力が入る。

舞白の瞳の奥は必死に悶えているようにも見えた。しかし、その手の支配は彼にあった。

 

 

「……ッ!!舞白さん!!!!」

 

掠れた慎導の叫び声。

 

 

 

 

 

そして引き金は引かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――っ……ぅ……!!」

 

 

 

 

 

大きく倒れる舞白の体。

手から離れる黒鉄、銃口からは弾丸が放たれた煙が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ、……ッ……舞白……」

 

舞白の体の上に被さるように倒れ込む女性。

 

 

 

 

 

「……美佳……ちゃん?」

「あんた……何やってんのよ!?」

「ぇ……あれ?」

「ほら!シャキッとしなさい!!"宜野座舞白!!!"」

 

仰向けで体を投げ出す舞白の上に跨る霜月。彼女の手が舞白の頬を強く挟み、何度も体を揺らす。

 

虚ろだった瞳は完全に舞白の元の色を取り戻し、キョトンと霜月を見上げていた。何が何だか状況が分かっていないような彼女の様子に霜月は深い呆れたため息を吐く。

 

しかしどことなくその表情は安堵を浮かべており、視線を向け合う2人に自然と笑顔が溢れていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハハ……良かった……。」

 

その光景を遠目で見ていた慎導にも笑顔が戻る。

そしてふと彼はそのまま天井を見上げるように首を曲げ、複数の脳ユニットが蠢く部屋を見回す。

 

 

 

「次は俺の脳が取り出される番かな……?ねぇーー?シビュラさーーん!答えてくださいよー!!」

 

 

わざとらしい、彼らしい口調と声色が響き渡る。しかしその表情は変わらず安堵を見せ、ぐったりと疲れも見えていた。

 

 

 

 

 

 

「何がシビュラさんよ!このバカ!」

「へへへ……って!ていうか課長!何故ここに来たんですか!?」

「あんた達を連れ帰るようにって言われたの。」

 

「ちょ……ちょっと待ってください。課長はシビュラの正体を…」

「長くなるから後で話す。」

 

 

ゆっくりと重い腰を持ち上げ、その場に立ち上がる慎導。そしてその時、出入口から現れた新たな人物に慎導と舞白は視線を向ける。

 

 

 

 

「あなたは――」

「……法斑さん。」

 

 

完全初対面の慎導。

過去に彼と関わりがあった舞白。

 

現れたのは"法斑静火"だった。

 

 

 

 

「君たちに投資した者だ。――一先ず無事でよかった。」

 

 

相変わらず掴めない人物だ。

表情は変わらず、矯正された美しい顔で2人を交互に見据える。

 

 

 

「……法斑さん。お久しぶりですね。」

「宜野座舞白さん。セカンドインスペクター。やはりあなたで正解だった。」

 

霜月に支えられ法斑の元へと近づく舞白。

眉目秀麗で気品のあるこの男性を忘れたことは無かった。

 

初めて会ったのは数ヶ月前。久しぶりに霜月と宜野座と3人で出かけたあの日。そして夫婦と愛犬3人で散歩をしていたあの時。

 

まるで初めから仕組まれていたような出会い方に感じてしまう。

 

「法斑さん。あなたはコングレスマン"だった"んですね。」

「……薄々、あなたは私が何者であるか気付いていたでしょう。」

「オルテガとパスカルの話が出来る人には警戒してるんです、元々。」

「――賢明だ。」

 

 

落ち着いた笑みを向けあうふたり。

それを遮る様に霜月の鋭い声が横から突き刺さる。

 

 

「ほら!慎導監視官!さっさと梓澤を連れてきなさい。早く出るわよ?こんなところ……」

「はい、課長。」

 

フラフラとおぼつかない足取りで梓澤の体を支える慎導。そこに法斑も加わり、5人はその部屋を後にした。

 

 

 

 

 

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