whiter than white(PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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prayar__

 

 

 

 

 

 

 

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公安局ビル襲撃事件から3日後――

 

――所沢矯正保護センター

 

 

 

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「………」

 

まるで大きなサイコロのような、飾りのない真四角な部屋。窓はひとつもなく、あるのは自らの意思では開くことの無い鉄格子とも言える頑丈な扉。まさに"隔離部屋"というのに相応しい部屋だった。……まあその通りなのだが。

 

 

隔離されて3日。看護ドローンによる身体検査や投薬、至れり尽くせりでなんら不自由のない生活なのだが舞白は心を締めつけられるような息苦しさを感じていた。

 

 

室内の傍らに置かれたコーヒーメーカー。舞白はマグカップを片手にコーヒーを煎れ、それを片手に室内のソファに腰掛ける。目の前に置かれたパソコン画面に映し出される映像。舞白は静かにそれに視線を向ける。

 

 

 

 

『――公安局の捜査により今件の主犯は決して入国者ではなく、国内の反シビュラテロ組織と判明しました。』

 

 

東京都庁本庁舎にて行われている会見のライブ映像。無数のフラッシュを浴びる小宮の姿がそこには映し出されていた。

 

 

 

『今件は入国者を規制する根拠とはなりません。我々はこの事件を教訓に日本人と入国者がよりお互いの立場を理解し、歩み寄るきっかけにしなければならないと考えています。――』

 

 

どうやら事件は解決したらしい。梓澤や小畑の聴取も無事終えたのだろう。

 

「……はぁ…………」

 

外の情報は自分自身で取り込むことが出来るものの、外部との連絡は一切取ることができない。常守も同じく収監されているのだが、そんな彼女とも連絡を取ることもできず、ただただこの空間に生かされている状況に頭がおかしくなりそうだった。

 

 

ソファに足を乗せ、3角座りをすると顔を埋めた。支給されているシンプルな白いTシャツに、黒のスウェットパンツからは何も匂いさえ感じず、漂うのはコーヒーの香りだけ。

 

匂い物質は代謝産物、その生物の代謝が変わると匂いも変わる。人間も病気になったりすると身体の代謝が変化するのと同じ事。

まるで呪いのようにコーヒーの香りしか感じなくなった様だ。以前、この部屋に身を置いていた"先生"を思い出してしまう。

 

 

 

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"以前よりも、また"人間味"が現れているようで安心したよ。"

 

 

"それ思うんですけど、"人間味"が無かったってかなりの悪口ですよね。…まるで私が冷徹な人間みたいで…"

 

 

"別に冷徹だとは思っていないさ。人間味がない人間、それを表す特長はいくつかある。その中でも、お前さんに圧倒的に感じられなかったもの、"感情に左右されない冷静さ"。――

 

"――いくら天真爛漫な人間でも、心の最奥では闇を抱えているものだ。"

 

 

 

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「……人間味のない私。私という存在……生き方…」

 

 

そのままソファに寝転び天井を見上げる。自らの存在とは、舞白はふとそんなことを考え始めていた。

 

ゆっくりと瞼を閉じ。舞白は夢の中に堕ちていく――

 

 

 

 

 

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「"存在"。――君はハイデガーの"存在論"を知っているかい?」

 

夢の中で、またあの男の声が聞こえる。ゆっくりと瞼を持ち上げると槙島はソファに腰掛け、寝転ぶ私の頭を膝に乗せていた。真上に映る矯正された顔を持つ美しい白銀の彼。舞白は驚く様子もなく、彼の問いかけに応答した。

 

 

「"存在と時間"のなかで、"実在性""主観・客観関係""真理"に関する独自の見解を主張した哲学者。」

 

「そう。キルケゴール、ディルタイの解釈学の影響のもとに、フッサールの現象学を発展させた人物。哲学の対象である存在は、実存を通してのみ理解可能であるとする……基礎的存在論としての実存哲学を形成した事でも有名だね。」

 

「ハイデガーが提示したのは"世界の中にある生は、どのようなあり方をしているのか"という問い。"私が存在しているというのはどういう事柄なのか"……そうとも取れる。」

 

槙島の白い指が舞白の白い肌を撫でる。まるで慈しむように、壊れ物を扱うかのように丁寧に触れていた。

 

 

「"人間は根源的に時間的存在である"……彼の言葉を君はどう解釈する?」

「…端的に言えば"人間は過去から現在までの経験を元に、未来の行動を決める存在である"――かな。」

「君は自身の存在の何を迷う?閉鎖的空間に閉じ込められ、気でもおかしくなったのかい?」

「"未来の行動"……それに伴う"生き方、存在"私にはそれが分からなくなってしまった。」

 

 

まるで空っぽになってしまったようだった。自分が何者で、どう生きていけば良いのか。存在意義さえも分からなくなってしまう。理由は自分にも分からなかった。

 

 

「――誰でも必ず、生まれた時から自分の死へと向かっている。こうしたあり方をハイデガーは"死へ向かう存在"と言った――そして彼は人間の根本的なあり方を"世界内存在"と特徴づけた。――」

 

まるで子供に絵本を読み聞かせるような優しい口調で彼は言葉を放ち続ける。

 

「それはすなわち、"人間はつねに世界の中に投げ込まれ、世界の内部の諸物との関わりのうちに生きている"―――実際、君は気がついたら世界の中に投げ込まれていて、いろいろなものを背負わされながら生きている。僕たちはそれぞれ……例えば日本という特定の国に、そして22世紀という特定の時代に投げ込まれて生きている。まさに"不可避の受動性"だ。」

 

 

避けようのない、他からの働きかけを受け入れる性質。人間誰しもが背負うもの。

 

 

「君は……もう分かっていたはずだ。この世に生を受けたと同時に不可避な"免罪体質"というものを与えられた。変えようのない困難な境遇に立たされた。」

 

彼の顔がゆっくりと近づく。

表情は菩薩のような慈愛に満ちたもの。眉間に皺を寄せ、悲しげな部分も垣間見える。

 

 

「生き方、存在……具体的な内容よりも、僕達は自分で"決断"することが重要だ。自分がいつか死ぬ存在であることを自覚したうえで自分の生き方を決断する。それが本来的な生き方の基礎。死ぬ可能性を踏まえたうえでの生き方の選択には、生き方を自己固有のものにする力がある――」

 

 

見たことの無い槙島のその表情に夢が覚めたような顔つきで舞白は彼を見上げる。引き込まれるように、彼の瞳は舞白の瞳を捕らえて離さない。

 

 

「だからこそ、君はここまで生きてきた。それは間違いなく自身の決断が興した事実。――僕をその手で殺した事を忘れたのかい?」

「…忘れるわけが無い。あなたが起こした罪も、全てね。」

「それも僕が生きていく上での決断だった。自分という存在を、生き方を、そして死に方を……だからこそ君たち兄妹に殺された最期になったのかもしれないね。」

 

少しでも顔を動かせば互いの鼻と鼻が触れ合いそうな程の距離。互いに慈しむような瞳に吸い込まれる。

 

 

「生きるのが精一杯で、君はその笑顔の裏に本心を隠しすぎだ。生きていくためについた嘘、自分自身の本当の心の内が見えなくなってるよ。」

 

 

槙島の手が優しく頬を包み込む。冷たい彼の大きな手が何故か心地よかった。

 

 

「――それが私の"生き方"。」

「ふっ……分かってるじゃないか。」

 

額に落ちる彼の唇。

今まで感じたことの無い、彼からの妙な感情が舞白に染み込んでいく。

 

愛でも恋でもない、友情でもない。ただ慈愛に満ちた彼の行動を舞白は拒否することなく受け入れた。

 

 

 

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