whiter than white(PSYCHO-PASS) 作:鈴夢
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――午前8時前
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高速道路を走る車。
運転席では宜野座がハンドルを握り、助手席ではスカートスーツ姿の舞白が何やら嬉しそうに笑みを零しながらデバイスの画面を見つめていた。
映し出されていたのは車椅子に腰掛け、施設で穏やかに過ごす義父―――征陸の姿だった。
『――いよいよ今日からだな。』
「はい、そうです!」
『監視官経験は有ると言えど無理はするんじゃないぞ。……すぐ無理するのは悪い癖だ。』
「十分気をつけます。お義父さんも無理しないで、ゆっくり休んでね。今度また会いに行きます。」
『ああ。楽しみにしてる。
―――伸元、舞白ちゃんを頼んだぞ。』
征陸は運転席に向けて言葉を投げかける。宜野座はその言葉に半ば呆れたような顔を見せ、左手を舞白のデバイスへと伸ばす。
「誰に言ってるんだか―――」
刹那、強制的に切られた通信。宜野座は"してやった"と言わんばかりに満足気な様子を見せると再びハンドルを握り直した。
「ああ!もう!せっかく話してたのに!」
「もう直ぐ公安局ビルだ。別にいいだろう。」
「…………私とゆっくり話したいなら素直に言えばいいのに。」
「なっ!…お前な……」
ボソッと呟かれた舞白の台詞に決まりが悪そうな様子の宜野座。満更では無さそうだ。
「結婚してもそーいう所は変わらないよね?伸元さん。」
「だいたいお前が寝坊するから話す暇もなかったんだ。それに、今日から俺は暫く出島だ。…貴重な時間を……」
「またそーやって私のせいにする!責任転換!」
「お前は相変わらずいくつになっても朝が弱くて寝坊するし……その癖が治らないから言ってやってるんだ。」
「間に合ってるから問題なし。……そもそも昨日私も早く寝たかったのに寝させてくれなかったのはどこの誰―――」
刹那、宜野座の手が舞白の口元に伸びる。まるで子供の相手をするかのように唇を親指と人差し指で挟み、グイッとこちら側に顔を向かせた。
「減らず口も昔から変わらないな?……俺が明日から暫く居ないからって甘えてきたのはどこの誰だ?」
「ッ!う……うるひゃい……」
「顔、赤いぞ。」
「――――――ッ!!!」
体がかあっと燃えるような恥ずかしさ。ニヤッと余裕を含む彼の表情に思わず目を逸らす。
何度顔を合わせても、彼の矯正された綺麗な顔を見ていると心音がさらに早くなる。その気持ちは昔から変わらない恋心を抱いていた時と同じ気分だった。
まるでそれわ分かりきっているかのような宜野座の余裕顔。彼の手が離れると舞白は両手で口元を覆い、必死にその表情を隠す。
「心配するな。俺がこっちに居ない間は毎朝モーニングコールしてやる。」
「……必要ないもん…」
「あと、絶対に薬は飲み忘れるな。処方された薬のストックは昨日のうちにまとめておいた。定期検査の時は俺も出来るだけ東京に戻る。……それと食事は疎かにするな、トレーニングも程々に―――」
「もう!朝からガミガミうるさい!」
「俺は心配してるんだ、……全く…」
こっちの気も知らず、ガミガミと世話を焼くように話し続ける宜野座。
それはまるでくだらない痴話喧嘩。
しかし2人の表情は嬉しそうでまさに"仲良し夫婦"。昔から変わらないその関係性、夫婦となっても全く同じだった。
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車両は行動ビル前へと辿り着く。
車は道路の傍らに停り、2人は車から降り立った。
目の前にそびえ立つ公安局ビル。
ここに来るのはあの襲撃事件から初めてだった。
様々な思いが巡っていた時、同じく降車した宜野座が舞白の横へと立つ。そんな彼を見上げ、漸く口を開いた。
「送ってくれてありがとう、伸元さん。」
「ああ。初日遅刻は免れたな?」
「……遅刻してたらどうなってたか……」
霜月の怒りに染った顔が容易に浮かぶ。
その光景が脳裏に浮かんだ2人は微かに笑みを零す。
公安局ビルに入向かって歩く職員たち。
宜野座は車にもたれ、両腕を組むとふと過去の事を思い出した。
「―――お前が学校に行きたがらなかった時を思い出すよ。…こうやって、お前を車で送った時の事をな。」
「懐かしい。」
「ああして集団の中に入って学校の門を潜るまで、俺はお前の背中を見送ってた。」
「…………」
「門を潜ったあと、お前は必ず振り向くんだ。"不安そうに"手を振って、俺をもう一度確認するようにこっちを見てな。」
制服を纏った黒髪の少女。
兄が潜在犯となり、独りで様々な事に直面していた幼かった少女。いつもは凛とした風に強がる少女の背中は無理やり取り繕ったもので、実際はそんなに強くない。
それを理解し、見透かしていた宜野座。その光景が忘れられないのだった。
それに対しては舞白は何も口にすることなく、じっとビルを見上げていた。
「お前がまた公安局に戻るなんて。……正直驚きだが、同時に心配だ。」
「シビュラの適性に従った通り。そもそも私は最初の職業適性で厚生省公安局刑事課の監視官の適性は出てたんだし。……一度白紙になったけどね。」
ビルから視線を落とし、舞白は手に持っていた黒いリュックを背負う。そして宜野座の横から目の前に移動すると満面の喜色を浮かべた笑顔を向ける。
「行動課の皆によろしくね。結局全然会えなくて……課長と須郷さんにはこの前会えたんだけど。」
「ああ、分かった。伝えておく。」
「うん。……あ!そういえばね?一昨日2人に会った時面白かったんだよ?"須郷さんのかすり傷はかすり傷じゃないんだから無理したらダメですよ?"って言ったら課長大ウケしてた。尚、本人は涙目。」
「容易に想像つくよ、その光景が。」
冗談でも半ば口にしずらい台詞を本人に言い放った舞白。思い当たることがありすぎたのか花城は珍しく大笑いしてたとか。
「正直、俺もお前が行動課を抜けるのが未だに信じられないさ。少し寂しい気もするよ。」
「それは私も同じかも。……でも、別に会えなくなるわけじゃないし。頻度は減っちゃうけど。」
"減っちゃうけど"と口にすると同時に微かに俯く舞白。
日本に戻り、外務省に席を置いていた数年間。苦しいことも多かったが同時に出会った仲間たちが大好きだった。職員たちや同僚でもある須郷、そして自分をスカウトした花城。共に戦ってきた実の兄、そして幼馴染でも夫でもある宜野座。
外務省を経て、短期間での公安局勤務、そして再び外務省に戻り、また今回公安局へと移る異例の経歴。
シビュラの判断があるとはいえ目まぐるしく変わる環境。立場も大きく変化していき、当の本人はあまり気にしていないようだが他者から見れば心配するのが当たり前だろう。
微細に感じる舞白の本音。宜野座は目の前に立つ舞白の左手に手を伸ばし、そっと握る。
互いの義手では無い掌と掌。互いの体温が染み込んでいくようだった。
「舞白。無茶はするなよ?それと霜月を困らせるな。」
「肝に銘じます。」
「ま…常守も居るし、そこまで心配は無いだろうが……」
「メンタル薬の管理も私がしてあげないとね。」
「俺は霜月が心底心配だ……」
常守と舞白のカムバック。
人員補充という観点から考えれば喜ぶべき事案なのだろうが…
果たして霜月はどう思っているだろう。
ある意味、破天荒な2人組に挟まれるのはその本人にとって地獄かもしれない。
「―――そうだ。コレ持っていけ。」
宜野座は車の後部席から包みを手渡す。
淡いピンク色の布に包まれた、恐らくは弁当箱のような形状。見覚えのあるそれに、舞白は目をまん丸と見開く。
「え!?お弁当?……私子供じゃないんだけど?それに食堂あるし……」
「なかなか作ってやれないからな。作れる時くらい用意させてくれ。」
「早起きしてたと思ったら作ってくれてたんだ。―――ありがとう。」
恥ずかしい気もするが正直嬉しい。
宜野座の優しいその心に舞白は笑顔を向ける。
自分を見つめる優しい瞳。変わらないその姿。ここまでの長い年月が一気に蘇る。楽しい時も、苦しい時も―――
時には激しく罵倒された事もある。復讐を遂げ兄と日本に戻ってきたその時にはもう二度と以前のような関係性に戻る事が出来なくなるのでは?と不安になった事もあった。
だが、いつも彼は自分を"見て"くれていた。その眼差しがどんなものであったとしても、傍に居てくれた―――
「……」
広がる澄んだ空。朝が満ちていく。清々しい風が吹いたその時、舞白の瞳は宜野座の瞳を捉え、敬慕の表情を満面に輝かせた。
「―――それじゃ、行ってきます。」
「ああ、行ってこい。」
少女は背を向け人の波に紛れる。
その背中からは不安の色は感じない。
振り返ることなく、少女は中へと消えていった。
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―――公安局ビル55F 課長執務室
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「本日より着任。公安局刑事課統括―――」
「はいはい。挨拶はもういいわ。」
「何で不機嫌なんです?"霜月課…"」
「ぐぅぅぅう……。あ、の、ね!別に不機嫌とかじゃないから!」
いつものメンタル剤を口に投げ込み、椅子に体を預ける霜月。舞白はそんな彼女をデスクを挟んで様子を伺う。
そんな霜月はどこか腑に落ちないと言わんばかりに両腕を組み、盛大なため息を漏らした。
「敬語じゃなくて結構よ。べつにそんな関係性でもないでしょーが。」
「ご寛容な心に感謝します。」
「アンタねー、人の話聞いてた?ていうかワザとでしょ?」
「へへへっ」
「……あー、その笑い方懐かしい。ムカつくわあ……」
「前言撤回します。」
懐かしい"くだらない"やり取りにクスクスと笑を零しあう。
「そういえば皆には?もう会ったの?」
「まだ会ってないよ。先に局長室に行かないといけなくて……それが終わってから各係の監視官と執行官に挨拶に行くつもり。」
「…私はこれから会議があるから同行は出来ないけど、揉め事とか厄介事は起こさないでよね?」
「私をどんな人間だと思ってるの……"美佳ちゃん"は……」
「言わなくても分かってるでしょーが。」
「さすが"霜月課長"。」
「どこまで呑気なの、本当に……統括監視官がどんな仕事か分かってる?」
「勿論分かってるよ。」
「………………なら良いわ。」
かつて常守が担っていたポジション。常守は厚生省刑事課の、あくまでも監視官という立場ながら過去に彼女は"政治的な分野まで"足を踏み出した。
霜月はふと、そのポストに着いた舞白を心配しているのか、懸念しているのか……微かに心配の色を見せるもそれを口にすることは無かった。
「あ、そろそろ局長室に行かないと。……時間が合えば一緒にランチしません?課長。」
「別に構わないわよ。」
「それを楽しみに午前は頑張ります。"課長"。」
「……なんか、アンタに課長って言われると寒気がするんだけど………」
「気のせい気のせい。」
霜月はデスクに両肘を乗せ、両手を組む。呑気そうな彼女の裏の顔を覗き込むようにじっと舞白を見上げる。落ち着いた、冷たさも感じる真剣な眼差しに舞白もつられるように顔に平然さを見せた。
「宜野座統括監視官。これから……刑事課を頼むわよ。」
「はい。霜月課長。」
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―――刑事課一係オフィス
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「みなさん、おっはようございまーーす♪」
「お早う。」
陽の光が気持ちよく差し込んだオフィス。
執行官たちが既に各自席に着く中、監視官の2人が姿を現した。
「おはようございます。慎導監視官、イグナトフ監視官。」
「おはよう、ございます……」
「お!監視官!今日はヤケに元気だな。」
「エンジン全開って感じがするぜ?」
2人の登場に反応を示す、如月、雛河、入江、廿六木。
4人は変わらないいつもの光景に何ら変わらない様子を見せる。
「へへっ。いよいよ今日から新体制ですからね?」
「だからって浮かれるなよ?灼。」
「分かってるよ。炯。」
ニコニコといつもに増してテンションの高い慎導を心配するイグナトフ。2人はそれぞれのデスクに向かい、勤務開始に伴いデスクまわりの整理を始めた。
「―――って言ってもよ?新体制つっても各係のメンツは変わってねぇし、人員補充があっただけじゃねえか。」
「まあ……たしかに。廿六木さんの言う通りですけど……」
「それに、誰も死んだわけじゃねぇしな?」
「ちょっと、入江。言い方。」
新体制だと言うものの誰一人として欠けても無ければ、どの係も異動が無かった。あるのは補充のみ。
「―――なあ?統括監視官って結局何なんだ?」
「"統括"その名前の通りでしょ?一係、二係、三係関係なく、それをまとめるのよ。」
「ゲッ……。それじゃあの女と結構関わることになんのかよ!」
「何よ今更。人事発表されて結構経ってるわよ?」
入江のデスクのモニターに映し出された今回の人事情報のリスト。見慣れない役職があったりと異例の配置に眉を寄せる。
「あまり勝手な事すると容赦なく撃たれるぞ?入江、廿六木」
「何でオレたち名指しなんすか?」
「何でって、僕と炯が着任したあの日。2人とも無茶したって聞きましたよ?」
「俺はお前たちを撃たなかったが彼女はやりかねない。大人しく言う事は聞くんだな。」
昨年の秋、着任早々に勝手な行動を起こした入江と廿六木。移民たちにドミネーターを向け、その行動をイグナトフが咎めたあの日。如月と雛河は新人監視官の出方を伺っただけで何もなかったが一係問題児2名に関しては話は別だった。
「はぁ……はいよ〜」
「肩身が狭くなるな……ったくよ。」
「そもそも2人が直ぐ調子に乗るからいけないのよ。反省しなさい。」
「だってよー、新人が入ってきたらそーいうのはやるもんだろ?な?天さん。」
「だからって俺はあの嬢さんに目ぇつけられたくねぇからな。」
「……フフッ……」
冗談とも本気ともつかず気楽に取り交わされた3人の会話。雛河はそれを横目に、1人クスクスと笑みを零す。
「――それじゃ!僕と炯は局長室で顔合わせがあるので……」
「緊急案件が入ったら直ぐに連絡してくれ。」
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――88F 局長執務室
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「――失礼します。」
執務室の扉が開く。
慎導とイグナトフの視線の先に姿勢正しく佇む新局長の法斑の姿。
そして傍らのソファに腰掛ける2人のスーツを纏った女性。
ハッキリと見覚えのある2人の姿により一層慎導の表情は緊張感を表す。
慎導とイグナトフは歩調を合わせ、ゆっくりと局長室の中央へと歩く。明るい陽の光に照らされた局長室は以前と違い明るく様変わりしているようにも感じた。
2人の女性の対面側のソファの前に立つと改めて2人は自己紹介をする。
「刑事課一係監視官、慎導灼です。」
「同じく刑事課一係監視官、炯・ミハイル・イグナトフです。」
受礼者に注目する慎導、イグナトフ。そして勢いよく右手の平を額に、肘を持ち上げ、2人に向けて敬礼を示す。
それに応えるように、対面側に座る2人も改めて自己紹介をする事に――
「この度、法廷執行官として任に着きます。常守朱です。」
「統括監視官の宜野座舞白です。」
一通り形式通りの挨拶を終わらせると慎導達もソファに腰を下ろす。
そして局長の法斑が4人の間に立ち、口を開いた。
「慎導監視官、イグナトフ監視官。2人ともこれまで通り頼りにしています。君たちの優秀さはよく知っている。」
「「はい。」」
2人の真剣な顔付き、そして威厳のある声色。そんな2人に向けて法斑は穏やかな表情を向け小さく頷く。
「では両名に事件資料を開示します。――詳細は"彼女たち"から直接聞いてください。」
法斑の視線が今度は舞白と常守に向けられる。
その2人も微かに反応を見せると先ず常守が口を開いた。
「その前に、お礼を言わせてください。――慎導監視官、イグナトフ監視官。ありがとう。」
「……ありがとうございました。」
常守と舞白は凛とした表情のまま両名に謝辞を述べる。そんな彼女達の真剣な眼差しに慎導とイグナトフは更に真剣な面持ちを浮かべていた。
「あなた達に全て話します。」
「…2年前、何が起きたかを――」
常守と舞白は再び改まった声で、知的な瞳を向けつつゆっくりと口を開く。
そして2年前の"あの時のこと"を語り始めた。
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PSYCHO-PASS
――whiter than white――
[完]
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