whiter than white(PSYCHO-PASS) 作:鈴夢
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「東京もしばらく見納めか――」
航空機の窓側に座る男。
機内から東京のネオンに視線を向け、余裕気な表情を浮かべていた。旧友を捨て、1人逃亡を目論む些々河の姿がそこにあった。
既に手中に嵌っている事も知らずに―――
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有明空港 駐車場―――
けたたましいサイレン音を鳴らしながら、一台のパトカー、そして執行官を乗せた護送車が到着する。
2人の執行官は車両から直ぐに降り立つと、護送車の扉を開ける。落ち着いた様子の4人の執行官は目の前に現れたイグナトフに視線を向け、指示を待っていた。
「お前たちはここで待機だ、いいな?」
イグナトフから発せられた指示は、まさかの"待機"。
課長指示を無視し、監視官2人で些々河を確保するという無茶苦茶な行動を起こすつもりだろう。
走り去る2人の監視官。
勿論、その指示を素直に聞き入れる執行官達ではなかった。
「待機って…」
「課長命令 本当に無視する気だ…」
如月と雛河は2人の突発的な行動に呆れ返る。
そしてその2人の向かいに座る入江、廿六木。
「悪党1人にクビ懸けるつもりか?」
「マジなら相当ネジ外れてるぜ?」
顔を見合わせる2人。すると強面2人組は席から立ち上がり、監視官2人を追うと考える。
「如月と雛河はおとなしく待ってな」
「俺達も行こうぜ、天さん」
監視官の命令を意図も簡単に破る2人組。そそくさと車両から降りると、如月はため息を漏らせば、2人をじっと見据える。
「ちょっと!待機って言われたんだから待ってればいいのよ」
「大丈夫大丈夫」
的外れな行動を起こす監視官、そして執行官2人に、如月と雛河は"やれやれ"と言いたげな表情を浮かべていた。
「…どうしますか?如月さん…」
「どうするって…私たちは大人しく待機…」
車両に残された2人は顔を見合わせると、如月は顔に懊悩の色を表す。
「仕方ない…私達もここで黙って待ってるのも癪ね。後で課長に文句言われる前に、あの4人を止めたっていう"てい"で追いましょう」
「…了解」
如月と雛河も4人の後を追うのであった。
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長いエスカレーターを駆け上がる監視官の2人。すると片側の大窓から見えるのは離陸準備に入った航空機。間違いない、些々河はあの中にいる。
「炯、マズイね。早く追わないと」
「あぁ、離陸まで時間が無い。急ぐぞ、灼」
たどり着いた階からエレベーターに乗り込む。降りた先は中央ロビーに繋がっているはずだ。ギリギリ間に合うか、否か…
そしてエレベーターは、あの"3人"が待機しているロビーへと辿り着く―――
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「…来るぞ」
ロビーの中央で待機していた3人。
遠く離れた目線の先のエレベーターから気配を感じた狡噛は、タバコを手にしたまま、隣の2人に声をかけた。
「オーケー」
「狡噛兄妹、頼むから無茶はするなよ」
舞白は片手を腰に当て、じっと目の前を見据える。宜野座は隣の2人を狡噛兄妹と呼べば、頭に血を昇らせるなと言わんばかりに警告した。
そしてその瞬間、エレベーターの扉が開く―――
開いたと同時に、監視官と思われるスーツ姿の2人組は猛スピードで駆け始める。しかし、その2人はまるで待ち構えていたかのような"3人組"に気づくと、小さく声を上げていた。
「((…何だ、アイツら…))」
「((トランスポート社の関係者…には見えない気も…))」
イグナトフと慎導は眉を顰める。
そして慎導は3人に向かって、駆け抜けながら声を上げる。
「公安局です!そこをどいて!!」
慎導の声が広いロビーに響き渡るも、3人は顔色を変えない。そこで最初に動いたのは―――
「嫌だ、と言ったら?」
宜野座が狡噛兄妹よりも前に出ると、隣の舞白は小声で宜野座に呟く。
「……ちょっと、そんな挑発的な…」
「大丈夫だ。俺がやる―――」
宜野座は舞白に視線を向けることなく、ボソッと小さい声で返事を返す。
そして宜野座の挑発的な台詞に、いち早く反応したイグナトフは、走る速度を落とす慎導を追い抜き、宜野座に的を絞り、更に加速させる。
「どかすだけだ!」
イグナトフは更に険しい顔つきを浮かべると、宜野座へと飛び込み、次から次へと攻撃を仕掛ける。
しかし、宜野座の方か僅かに上手。イグナトフの攻撃を上手く制し、軽く反撃。そして、やけに固い宜野座の左腕に気づくと、床で受身を取り、膝を着く―――
「…チッ…義手か…」
そしてゆっくりと立ち上がると、一瞬イグナトフの表情が、まるで"鳩が豆鉄砲を食ったよう"な驚きの目を向ける。
「((…この男……どこかで……
…それに―――))」
サッと白髪の女性に視線を向けると、それは確信に変わる。
「((…!?…あの時の2人組…))」
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妻の舞子と佐渡海上市国立病院に訪れていたあの日。心無い老人に外国人だからと差別を受けたあの時―――
自分たちの前に立ちはだかり、その場の重い空気から救ってくれたあの夫婦。
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「あー……ムカつく。……あーいう人、本当に許せない。」
「お前があの老人を投げ飛ばさないか、ヒヤヒヤしたさ」
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「少々、妻は乱暴でね。……逆に、もう少し揉めていたら多分殴―」
「もう!さすがに病院で人様に怪我を負わせるような…………って!時間!やばいよ!美佳ちゃんに文句言われるし、早く行かないと―――」
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「…くっ……」
怯むイグナトフを目の前に、宜野座は構えの体勢をしたまま表情を変えず、相手を見据えていた。
そして、隣の舞白と狡噛は立ち止まった慎導に目を向けたかと思えば、更に背後へと視線を向ける。
「全員、そこで止まれ」
狡噛は新たに現れた男2人に止まるよう呼びかけるも、それを素直に聞き入れるはずも無い。
そしてイグナトフは待機を命じたはずの2人が現れたことに苛立ちを見せる。
「待機と言ったろう!」
執行官はの2人はニヤッと笑みを零す。
「てこずってんじゃないすか?」
「手本をお見せしますよ?監視官」
廿六木、入江はまるで闘犬のように闘志を燃やし、目を炯々とさせ興奮している様子を見せていた。
そして目を見合わす事無く、2人はどちらを相手取るか話し始める。
「天さん、あの白い髪の毛の女、俺にやらせてくださいよ」
「じゃあ俺は、あのガタイのいい兄ちゃんな?」
「へへっ。強気そうな女を潰すのは悪くねぇ…」
2人は慎導の肩をポンッと叩くと、2人に向かって走り出す。狡噛と舞白は特に身構えることなく、向かってくる2人を見据える。
「…私はあの暴君みたい」
「舞白。無傷で頼むぞ。」
「分かってるよ。怪我なんてさせたら後が怖い―――」
狡噛はタバコをその場に捨て、早速攻撃。仕掛けてくる廿六木を相手取る。
そして舞白は入江にポンポンと左肩を叩かれると、高身長な相手をじっと見上げる。
「少しは楽しませてくれよ?お嬢さん?」
「その台詞、そっくりそのままお返しします。お兄さん?」
その瞬間、肩を掴む入江の腕に、義手である右手で掴みかかると、メキメキと音を鳴らすように強い力を放つ。無機質な感触と予想以上の力の強さに入江は眉を顰め、咄嗟に腕を振り払う。
「どうする?引き下がるのが身のためよ」
「…へへっ、おもしれー…」
舞白の言葉を無視し、入江も攻撃を繰り出す。しかし、繰り出す攻撃を次々と避けられ、逆に隙を突かれる度に、舞白の拳が容赦なく入江の体に叩き込まれる。
「…((この人達…、一体…))」
その光景を慎導はボーッと口を開けたまま、呆気に取られるかのように見つめ続ける―――
イグナトフ、そして廿六木、入江…
彼らは刑事課で1、2を争うほど、それなりに戦闘力は高い。
先程、危険な重火器を扱う闇組織を、3人はいとも簡単に制圧したという事実がある。
しかし今、目の前にいる正体不明の3人は、武器1つ持つことなく、体勢を構えることも無く、そんなイグナトフ達を捩じ伏せていく。
「ッ!!」
舞白はケリをつけようと、入江の腕を掴むと体格が大きく違う相手を簡単に背負い、床にそのまま投げ飛ばす。
「入江!!…クソっ…!」
その光景を目にした廿六木。
苦戦を強いられているこの状況に、ついにスタンバトンを取り出す。
「…………」
さすがに武器を出されればこちらもそれなりに体勢を整える必要がある。狡噛は無言で両手を胸の前あたりに上げると、ようやく構えの姿勢に入る。
「なめやがって…!」
スタンバトンを振り回す廿六木。
しかし、それでも狡噛を倒すことはできない。
相手の顔を容赦なく掴み、そのまま床へと叩きつける狡噛。そしてスタンバトンごと廿六木を踏みつけると、苦しそうに相手は藻掻く。
「天さん!!…クソがッ!!」
その光景を目にした入江はいても立ってもいられない様子で、同じくスタンバトンを取り出し、舞白に向けて再び攻撃を繰り出そうとするも、舞白が自身のジャケットを捲る仕草を見せると入江は動きを止める―――
「そこまでにしておいた方がいいわよ」
ジャケットの中に隠されていた"ガンホルスター"
入江は収納されていた拳銃に気づき、動きを止めていた。"相手は只者じゃない"と判断したのだった。
そして、この一端の出来事を静かに見守っていた監視官の慎導灼。ドミネーターを構え、狡噛へと照準を合わせる。
「動かないでください―――」
狡噛はドミネーターを向けられるも動揺どころか、一切動かない。銃口を向ける慎導を、ただただ見据える。
『エラー 対象は外務省行動課
特別捜査官―――
犯罪係数の特定には許可が必要です―――』
"Need Permission"と表示され、一切情報は明かされない。ドミネーターのエラーメッセージに目を見開く慎導。
「んだよ?監視官!
…コイツら一体…」
入江はスタンバトンを床に投げ捨て、同じくドミネーターを構えると舞白に照準を合わせる。
勿論、同じエラーメッセージが流れると、入江は驚いた表情を浮かべた。
「外務省…行動課?」
「どういう事だよ。アンタら、外務省の人間?」
慎導と入江は聞きなれない外務省の課の名前に眉を顰める。
すると、微かに聞こえる轟音と共に、航空機が飛び立つ光景が大窓から確認できると、慎導は状況を咄嗟に整理し、彼らは敵ではないと判断する。
「些々河を逃がした…わけじゃない」
「…ああ、その通りだ―――」
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航空機内―――
些々河は通路を歩くCAに向けて手を挙げる。美しい顔立ちの女性CAは笑みを浮かべ、席へと向かう。
「どうかなさいましたか?」
「メンタルキットを持ってきてくれ」
「…………」
「どうした?メンタルキットを―――」
ニコッと笑みを浮かべるだけのCA。
不審感を感じた些々河が眉を顰めた瞬間、目の前のCAはホログラム特有の光を放ちながら消えていく。
「あっ…、なんだ一体?」
慌てて席を立ち上がりほかの乗客を見回すと、その乗客達も同じく、次々と姿を消していく。共に搭乗していた人間たちは全て偽物"ホログラム"だったのだ。
しかし、そのうちの一人だけは姿を消すことなく、じっと腕を組んだまま席に座っていた。スーツ姿の男、須郷だった。
些々河は須郷の目の前に立つと、険しい顔つきで睨みつける。
「…しつこい刑事だ。
俺の色相は曇らない。お前たちに捕まえられるものか」
相手は"公安局の刑事"、そう踏んでいた些々河は余裕を見せていた。犯罪係数、色相ともに悪化はしていない。公安局が自分を捉える権利はないはずだと―――
須郷は席から立ち上がると些々河の目の前に立ち塞がる。
「残念だが、お前の色相に興味は無い」
「何だと!?」
「我々は"外務省行動課"よ」
そしていつの間にか些々河の背後に立っていた花城。身分証を提示すれば、間違いなく"外務省"という文字が確認できる。
さすがに些々河もマズいと思ったのか、両手をあげると呆気にとられたような表情を浮かべていた。
「無駄なことを…、お前らごときに何一つ解明できはしない!」
「御託は結構、眠らせて―――」
「―――了解」
些々河は迫り来る須郷に、もう対処法はないと諦めると呆気なく取り押さえられたのであった―――
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『舞白。獲物を確保したわ』
舞白のデバイスに映し出されるのは花城の姿。
些々河の確保が成功したと知れば、舞白は口角に弧を描く。
「了解です。課長…」
舞白は通信を切ると、隣の宜野座へと視線を向ける。すると宜野座は目の前のイグナトフに視線を向けると口を開く。
「些々河は俺たちが捕らえた」
「もう犯罪逃れはできないから、安心してください」
ニコッと舞白は笑顔を見せると、監視官の2人に視線を向ける。
そして、新たに2人の人物が遅れて現れる。
執行官の如月と雛河だ。
雛河は宜野座と舞白の姿を見ると、微かに反応を見せる。
「あっ……」
小さく声を挙げた雛河に、2人はフッと笑みを浮かべる。
そして2人は踵を返すと、舞白はイグナトフに視線を向け、言葉を放つ。
「国内の事案は、よろしくお願いしますね。」
宜野座と舞白は気づいていた。
イグナトフが"あの時"の人物だと―――
しかしその事については一切触れることなく、立ち去っていく。
そして狡噛は、慎導にある物を手渡す。
1枚の"名刺"
慎導はそれを受け取れば、その名刺を見つめ眉を顰める。
「…これは…」
狐の描かれた名刺、内部顧問"些々河哲也"と記されていた。
「狐は他にもいる
猟犬から逃れ続ける存在が―――」
「…ん……」
狡噛も宜野座と舞白の後を追い、刑事達の目の前から立ち去る。慎導達は3人の後ろ姿をじっと見据え、その存在の大きさに驚きを隠せない様子だった。
「……あの女、次会った時は俺がぶっ潰してやる――」
入江がボソッと呟いた瞬間、何故か声が聞こえていたのか、クルッと舞白は振り向く。その時、入江の背筋が凍りつくような感覚に襲われていた。
明らかに入江に向けられたその瞳は、"悠悠閑閑"とした自信に溢れた様子で、まるで入江を挑発するかのような表情を浮かべていた。
「…あんた、なめられてるわよ、入江」
如月が、呆れたような様子で入江に言葉を投げかけると、"クッソーーーー!!"と声を上げる。
「…舞白。あまり挑発するな、何かあったらどうする?」
「別に何もないでしょ?
……それより、気づいた?」
スタスタと歩き続ける3人。
舞白は宜野座にとある事を問いかける。
「先月、佐渡の病院にいた男だろう?
…まさか、新任の監視官だったなんてな」
「向こうも気づいてたみたいだね。表情見た感じ、私たちだって分かってる。」
3人は空港のヘリポートへと向かう専用のエレベーターに乗り込む。ひと仕事終えた狡噛は、またタバコを取り出し、口に含むと、じっと舞白を見つめる。
「しかし、お前が暴走しなくて良かったよ」
「普段から私のことをどう見てるのよ…」
「狡噛の言う通りだ。あの男の腕を掴んだ時、へし折らないか心配したよ」
「……2人とも……」
"そんな事しないから!"と口にし、エレベーターが目的階へたどり着いたことを告げる電子音が鳴ると、舞白は腕を組み、扉が開くのを待つ。
そして、扉が開いた瞬間、用意されていたヘリの前に佇む人物に気がつくと、舞白は嬉しそうに笑みを浮かべていた―――
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