トネリコの添木   作:鞍馬らす(男)

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ななつまの供給が圧倒的に足りなくなったので(ガチの)初投稿です。正直見切り発車なので投稿のばらつきは許してくだせぇ。原作の設定が凄すぎて暫く原文からそんなにいじれなさそう。まあお気楽に、キンバリーを楽しんでいってください。


プロローグ

 昔々、悪名高いキンバリー魔法学校にある魔法使いがいました。その魔法使いは何事もある程度こなせる器用な男でしたが、飛び抜けた才能はなく平凡という烙印を押されていました。

 

 それはそれは悔しい思いをしていましたが生まれ持った才能ばかりはどうにもなりません。学年の下位に位置する生徒達のまとめ役をしながら、惰性でうだつの上がらない日々を送っていました。

 

 されど此処はキンバリー魔法学校。普通に生活をしているだけで死ぬリスクを背負うかわりに、魔法的なことならばどんな神秘もどんな奇跡も起こりうる可能性がある魔境であり、生徒を成長させる為の学び舎でもあります。

 

 故にそれは必然だったのかもしれません。男が下級生を庇い迷宮の奥深くまで落ちて逝き、そこである一本の素朴な木と出会うのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーー「これが私達シリルヴァーム家の始まりの物語。よくその心に刻み込んだかい?」

 

 「はい、確とこの耳に、この使命に」

 

 氷風の吹く銀世界の中で、異質な程に青々と緑の生い茂る屋敷がポツンと屹立している。目を凝らして見るとその緑の正体は()()()()()()()()()トネリコの樹である。大小さまざまなトネリコが屋敷の庭を埋め尽くしていた。そして不思議なことに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな摩訶不思議な屋敷の一室で、檻の中に入れた火を背負う赤蜥蜴で暖をとりながら老婆が少年に昔話を聞かせていた。その語り口調は手慣れたものであり、幾度も同じ話をしてきたのだろうと伺える。

 

 「ならばよし。初代様と木との出会い方は特殊でね、命を救って貰った木にとても感謝していたんだ。だからこそウチの[魔]は他の名家とは少し形質が違う。他のほとんどの家が[魔]を完成させたり支配しようとしたりするのに比べて、ウチは[魔]との同質化、完全な共存を目的としているのさ」

 

 此処に新しく魔木と一体となろうとする若芽が独つ。運命は定まっている。シリルヴァームの一粒種となったその日から。

 

 「フォード、お前はこれまでで一番トネリコとの同化の進行が早い。未だ発見されていない成果を期待するよ」

 

 「・・・・・・必ずや我がシリルヴァーム家の魔法を進歩させましょう」

 

 うつむいている少年、魔法使いフォード=シリルヴァームは表情の窺い知れぬ貌でそう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 ところかわって大英魔法国(イエルグランド)がすっかり春色に移り変わった頃、茶髪緑眼の小柄な少年、フォード=シリルヴァームは概念としての春をそのままそっくり現実に持ってきたような幻想的で見事な街道を歩いていた。キンバリー魔法学校伝統の満開街道(フラワーロード)である。桜色が怒涛の如く押し寄せる光景と、緩い春風に生温い匂い。流石世界一の魔法学校というべきか、知り合いから聞いた話より何倍も見事な物だとフォードを感嘆させた。

 

 故に残念でならない。お喋り好きの婦花(ダリア)たちだけでなく、舞い落ちる桜の花びらまでもが空中できびすを返すようにフォードに一切近づいて来ないことが。当然他の新入生は不信に思う、【あのうるさがたの婦花(ダリア)が避けるなんて、どれだけの危険人物なのだろうか】と。

 

 「このままじゃ友人の一人も出来ずに孤立しちゃう、なんとかしないと・・・・・」

 

 フォードの頬に冷汗が流れる。それもその筈、このキンバリーで新入生が何の交遊もないまま孤立してしまうということは、卒業まで生き残ることすら困難になるということだ。故に彼は必死で誰か優しそうな人はいないかと一縷の望みにかけて探す。すると、前方から少年少女達の会話が聞こえてきた。

 

 「励ますか怖がらせるか、せめてどっちかにして欲しいわよね」

 

 「うん、まったくもって。ーーーー君は、驕る植物(プライドプラント)には慣れているのかな?」

 

 「いいえ、初めてよ。あんなにぺらぺら喋るやつを見るのはね。わたしの故郷に生えていた子達はもっと素朴で可愛らしかったわ」

 

 「はは、婦花(ダリア)の言うことなんて気にすんな。あんなもん、おれの実家じゃ葉擦れの音と変わんねぇ」

 

 フォードが話を聞く限り、どうやらあの黒髪の少年が婦花(ダリア)にいじわるをされているらしい。それを巻き髪の少女と長身の少年が慰めているようだ。

 

 ちょうど自身が役に立てる問題であって、彼らが優しそうに見えたことから千載一遇の機会だと判断し、フォードは勇気を出して話しかけることにした。

 

 「ねえ君達、話を遮って申し訳ないんだけど、もしかして婦花(ダリア)に迷惑してたりするかい?もしそうなら、ボクと一緒に行動しないか?変な体質があってね、植物や魔法植物などは殆どが寄って来ないんだ。此処のは特に自我が強いからさ」

 

 「ほう、そうなのか。なら、ぜひ共に校舎に行こう。ただでさえ緊張していたのに喧しいのに絡まれて辟易していたところだ。僕の名前はオリバー・ホーン。よろしくたのm」

 

 運よく彼はオリバーという少年に受け入れられたようだ。見たところ見ず知らずの魔法使いに簡単に警戒を解くほど魔法界の常識を知らないという訳ではなさそうなので、なんの躊躇いもなくフォードを受け入れてくれたこの少年はとてもお人好しなのだろう。キンバリーではそういう類の人間はひたすらに貴重だ。是非とも友人になりたいと大抵の人は思うだろう。当然フォードも感謝し、友好的に接しようと笑顔で歩み寄ったその時、思いがけない言葉が飛んできた。

 

 「おい、お前。コイツを連れて行くのはやめとけ。さっきから見ていたが、本当に一切コイツに満開街道の植物達は近付いていなかった。知ってると思うが、此処はキンバリーだ。住み着いてる植物達は当然何年も新入生を見送っているハズ。その中にゃかなり危険な奴だって居ただろう。でも俺は、そんな危険な奴らでさえ、植物達が避けたなんて話は聞いたことがねぇ。そこまで分かった上で連れて行こうとしたのはわかるがそりゃ流石にお人好し過ぎるってもんだろ」

 

 さっきまで談笑していた長身の少年が鋭くフォードを批判する。その声色は警戒の色を多分に含んでいた。

 

 「だけど、彼はこの男の子が婦花(ダリア)に迷惑していると聞いて気遣ってくれたのよ。私はそんな人が危険人物なんて思いたくないわ」

 

 「お前もかなりのお人好しなのな・・・・。でもリスクの方が高すぎる」

 

 巻き毛の少女がフォローに入るが、なおも長身の少年は否定の言葉を重ねる。

 

 「自論になっちまうが、俺の家はそこそこ古くから続く魔法農家でな。案外植物は素直なとこもあるって知ってんだ。丹精を込めた分だけしっかりと立派に育ってくれる。そして経験上、植物に嫌われる奴に良い事をされた試しがねえ。だから俺は、コイツを連れて行くことには反対だ」

 

 ここまでしっかり意見を述べられた以上、他の二人もそれを無碍にするわけにはいかない。もう一度考え直そうとし、その為に要素を欲した。

 

 「自分が怪しいのはわかってる。だけど、本当に体質なんだ。“家“の魔法に関する事だから詳しくは言えないが、これだけでどうか信用してほしい」 

 

 自分を殊更に警戒してくる少年に対して、フォードは出来る限りを正直に打ち明けることで応えとした。

 

 「っ・・・・・。そうかよ。疑って悪かったな。」

 

 本来なら家の魔法に関することは極秘であり、魔法使いどうしで会話する時のマナーにも、【他家の魔法を無闇に聞き出そうとしてはいけない】とあるほどだ。余程の名家や新興の弱小家なら公になっている魔法もあるにはあるが、その中に植物に嫌われるようなものは存在しない。さらにこの情報だけでも漠然とした方向性なら予想が立つ。加えてデメリット、つまり弱みまで明かすなどこれは本来なら明らかにフォードのミスだ。だがそれだけに、真実味を帯びさせることに関して破格の効果があった。

 

 「気にしていないよ。それに、君は他の二人を無益な危険に晒さない為に言ったんだろう。それなら、ボクのなかで君は優しい人に分類される」

 

 「お前らホントにキンバリー生か?俺がおかしいのかと思えてきたぜ・・・・」

 

 フォードの一言に長身の少年がボヤく。彼の中では知り合いから聞いた情報と今此処で起こっている事の差異が激しすぎて、キンバリーの危険さがもう実感出来なくなっていた。

 

 「あ〜緊張した!なまじこの体質なもんで、孤立しちゃうだろうなって不安になってたんだ。もう怖くて怖くて今安心してる」

 

 「君、いきなり元気だな・・・。そっちが素か?その体質を抜きにしても、だいぶクセが強いな」

 

 ガラッと豹変したフォードに目を見開いた三人。その全員の気持ちをオリバーが代弁した。

 

 「バリバリこっちが素だよ〜。でももう友達だもんね。返品は許さないよ?」

 

 「安心しろよ、クレームが怖くて返品なんて出来やしねぇ」

 

 「ひっど!!初対面でそんな言うことないじゃんか〜」

 

 初めてその場に笑いが満ちる。彼らは何故か“こいつらとは長い付き合いになるだろう“と同じ直感をした。入学初日に心強い友を得ることが出来た。それは大変幸運なことであり、この時ばかりは魔宮キンバリーでさえ喜びだけがフォード達を照らした。

 

 「さて、ボクのせいで話を止めてしまったから、ボクから話のタネを出そうか。皆もずっと気になってただろうけど・・・・あの娘、どう思う?」

 

 そう言って指を差したのは、新入生の列の中でただひとり、他とは全く違った衣装を見に纏う少女だった。正式な名称はわからなくとも、その特徴的な外見から導き出される単語は四人に共通している。

 

 「・・・・・サムライだなぁ」

 

 「サムライね。それも女の子の」

 

 「サムライだろうな」

 

 「だよね。やっぱりボクの見間違いじゃないよね」

 

 三人の同意を得たフォードがうむむと唸った。彼らが住まう連合(ユニオン)の諸国家と、そこから遥か遠くに位置する東方(エイジア)とは、互いの物理的な距離に阻まれて正式な国交は無きに等しい。たまに耳にする話も少数の交易船や物好きな冒険家が持ち帰る断片的なものばかりで、必然限られた情報から想像を膨らませることになる。そのために、彼らの中では象国(インダス)中つ国(チエナ)日の国(ヤマツ)もごった煮の一括りなのだった。

 

 「ボクの体質なんかよりよっぽど珍しいよ。なんだってキンバリーの入学式に東方のサムライが来ているんだろうね?」

 

 「それはまあ、この列に並んでいるということは、彼女も新入生なんじゃないか」

 

 「制服はどうした制服は。腰のカタナも杖剣(つえ)にゃ見えねえぞ。東方じゃあれが学生服なのか」

 

 「あまりじろじろ見るものじゃないわよ。事情があるんでしょ。急な留学で仕立てが間に合わなかったのかもしれないし」

 

 議論が広がり始めた頃に、そう言って長身の少年をたしなめる少女。隣でオリバーもこくりとうなずく。

 

 「母国のここ大英魔法国(イエルグランド)を始め、キンバリーは世界全土から魔法の素質がある子供をスカウトしてきているし、彼女もそのクチだろうな。それに、君も」

 

 と、不意打ち気味に少女へ水を向ける。彼女は一瞬固まり、みるみる目を丸くした。

 

 「あ、あれ———もうバレた?言葉は完璧に覚えたはずなのに・・・・」

 

 「AやOの発音に少し訛りが残っているからね。たぶん連合(ユニオン)の北寄り、湖水国(ファーンランド)辺りの出身じゃないか?」

 

 「・・・・うー、当たり。自己紹介の時に教えてびっくりさせたかったのになぁ・・・・・」

 

 悔しげに呟いて、少女はむぅと唇を尖らせる。その様子に苦笑しつつ、オリバーは前を向いた。

 

 「他国からの留学生自体は然程珍しいことじゃないよ。———ただ、東方からの出身者はあの娘以外に見当たらないな。大部分が魔法未開国だろうし、才能のある子供を見繕うにも一苦労だと思う」

 

 「ふーん・・・・どんなもんかね、魔法のない暮らしってのは。おれには想像もつかんが」

 

 「とりあえず、植物の世話は楽そうね」

 

 少女の視線の先で、件のサムライが物珍しげに婦花(ダリア)を眺めている。その様子が少しおかしくて、フォードは笑みをこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぉっーーー見ろよ、流石キンバリー!植物の次は動物で魅せてくるか!」

 

 満開街道(フラワーロード)を抜け、校門をくぐって学校の敷地に入ったところで、長身の少年が歓声を上げた。今彼の目に映っているのは、煌びやかな魔法生物によるパレードである。フォードとオリバーもおお、と感嘆の声を漏らすが、一人巻き毛の少女だけは難しい顔で眉根を寄せていた。

 

 「おい、どうしたよ?こんな珍しいモンそうそう見る機会はないぜ」

 

 「もちろんわかっているわよ。でも、わたしは素直に喜べないの」

 

 不思議に思って少年が問い質すと、巻き毛の少女はパレードの一角に指を指す。

 

 「あれを見て。トロールが他の魔獣と同じ扱いで歩かされているわ」

 

 「うん?確かにそうだけど」

 

 「許されていいのかしら。あんなことが」

 

 憤然とした口調でいう少女。フォードと長身の少年は首をかしげる。

 

 「許されていいも何も・・・・なんか問題あんのか?野生のトロールは害獣だし、ああして使役すりゃ運送に重宝する畜獣だろ?」

 

 「はぁ・・・・。あなた、もう少し勉強するべきだわ」

 

 かぶりを振って少女は再び口を開く。

 

 「いい?彼の大賢者ロッド=ファーカーによると、私達と亜人種は三十万年ばかり遡れば、全て同一の種に行き着くの。それがどういうことかわかる?昔々に枝分かれした親戚同士なのよ、彼らとわたしたちはね」

 

 スラスラと知識を披露する彼女。ここに来てやっと、フォードは状況を察する事が出来た。このままだと少女と少年がぶつかる事になるとわかったが、少女の考え方を聞いてみたかったので、あえて口を出さないことにした。

 

 「対して、この世界で『人権』を認められている亜人種が何種類いるか、あなたはご存知?」

 

 「え、えっと・・・・・まず、エルフだよな」

 

 「ええ、そうね。それとあと二種」

 

 「ドワーフとケンタウロス」

 

 そっけない声が問答に割り込んだ。驚いて二人が向けた視線の先には、分厚い本を手にした小柄な少年の姿。ふんと鼻を鳴らして、眼鏡越しに迷惑そうな目を向けてくる。

 

 「いちいち確認することでもないだろ、こんな常識。それと、お喋りするならもう少し静かにしてくれないか。読書の邪魔になる」

 

 「え?あ、はい、ごめんなさい」

 

 思わず頭を下げる巻き毛の少女。こんな時に本を読むのもどうなのかというつっこみは完全に機を逃してしまった。なおもブツブツ何かを呟き本とパレードを見比べる少年を横目に、ひとつ咳払いをして話を戻す。

 

 「・・・・こほん。そう、いないのよ。コボルド、セイレーン、ゴブリン等々、亜人種とみなされる生き物は沢山いるけど、人権を認められているのはたったの三種類。ケンタウロスに至ってはほんの二十年前までは乗り物用の畜獣扱いだった」

 

 語り口はすぐに調子を取り戻してきた。説明は細やかで分かりやすく、オリバーは感心した様子を見せた。

 

 「でもね、魔法生物学的にルーツを辿れば、種として枝分かれしたのはケンタウロスよりもトロールの方が後なのよ。これは学術的事実。にもかかわらず、トロールは奴隷同然の待遇で使役されている。これっておかしい事だと思わない?」

 

 びしりと指さす少女。問われた長身の少年は、腕を組んでしばらく考え込む。

 

 「・・・・・いや、待て待て。流石にエルフやらケンタウロスやらとトロールどもを一緒くたにするのは無理があるぞ。あいつらは言葉もなけりゃ文字も持たない力任せの生き物だ。もちろん人だって襲う。そんな相手を同じ人間扱いしろってのか?」

 

 「言葉や文字を持たないのはその通り。だけどね、トロール=乱暴者のイメージが生まれたのは私達魔法使いが彼らを無理やり戦いに利用し始めた後なのよ。ああやって強引に飼い慣らして意思を捻じ曲げて、ね」

 

 フォードは内心で考える。たしかにトロールは体格がよく腕力、体力共に優れ、知能は高すぎず低すぎずの水準にある。使役するには打ってつけの相手だろう。

 

 「つまり、野生のトロールは人を襲わないってのか?いやいや、そんなこたぁねぇぞ。現にウチでも毎年被害が出てる」

 

 「自分達の住処を侵されて反撃しているだけよ。例えばエルフだってそうするわ。要は棲み分けの問題なのよ」

 

 「それはいまだに人口が増え続けているってことを考慮しての意見か?山を切り開かねぇことには畑も町も作れねぇ。大体、それを言い始めたら・・・・俺たちが通うここだって元々は他の亜人種の住処だったんじゃねぇのか?」

 

 「むっ・・・そ、それは極論よ。開拓そのものを否定しているわけじゃないの。ただ、彼らにも自分達の住処で生きる権利を認めるべきだと・・・・・・」

 

 痛いところを突かれて言葉を詰まらせる少女。攻守は逆転し、長身の少年は勢いづく。

 

 「認めるべきなのかね、それを。もし立場が逆だったらあいつらは俺たちをそんな風に気遣ってくれたか?なぁ、怖ぇぞ、トロールは。ウチもしょっちゅう畑を荒らされるからよ、追い払ったり、時には山に狩りに行ったりもすんだが、親父もお袋も一度も俺を付き合わせてくれたことはねぇ。それは何故か?————未熟者がヘマこくと死ぬからだ」

 

 それもまた事実なのだろう。・・・・・実体験に根ざす少年の言葉には重みがある。悔しげに唇を噛んだまま、彼女は適切な反論を返せずにいるようだった。

 

 「・・・・じゃ、なかったもん」

 

 唐突に、少女がポツリと言った。俯きがちにぷぅと頬を膨らませて、これまでとはまるきりトーンが違う子供っぽい声で。

 

 「・・・・わたしのうちじゃ、そうじゃなかったもん。うちのトロールは・・・・・パトロは優しくて力持ちで、わたしに乱暴したことなんて一度もなかったもん。わたしが泣いていると、いっつも肩に乗せてくれて・・・・・嘘じゃないもん。優しい生き物だもん、トロールは・・・・・・」

 

 「へぇ、そりゃすげえ。トロールに子供の面倒見させるなんて聞いたことねぇぞ。よっぽど上手く調教したんだろうな、お前の親御さんは」

 

 感心の面持ちで少年がそう言ったのを聞いて、あちゃー、とフォードは頭を抱えた。———今のはまずい。たとえ本人に皮肉のつもりがないとしてもまずい。その予想に違わず、巻毛の少女はきっと目端をつり上げた。

 

 「調教って・・・・・・!どうしてそんな考え方しか出来ないの!?あんたみたいな人間がいるから、トロールの方も人間を怖がるんじゃない!」

 

 「んだと!?お前こそ野生のトロールを舐めすぎだっての!大猪を簡単に握りつぶすトロールなんて見たこともねぇくせに!」

 

 売り言葉に買い言葉。そこからは子供同士の口喧嘩そのものだった。ぎゃあぎゃあと言い争う二人に周囲の視線が向き、隣で読書を続けていた眼鏡の少年も、いよいよ苛立たしげに顔を上げる。

 

 「・・・・・おい、何度も言わせるな。言い争うなら小さい声にしてくれと————」

 

 「うるさいですわね、そこ!何を騒いでいるんですの!」

 

 よく通る声が響きわたったかと思うと、新入生の群れを掻き分けて一人の女生徒が歩いてきた。背筋をピンと伸ばし、一部の隙もなく制服を着こなした風格のある少女。珈琲(カフェ)で染めたような褐色の肌も珍しいが、特に目を引くのはその金髪————仕上げが完璧すぎて金属めいた質感すら放つ、何房もの縦巻き髪(ロールヘア)だ。

 

 「まだ入学式の前だからと甘えていますの!?一度校門をくぐった以上、あたくし達はもう名実ともにキンバリーの生徒なんですのよ!歴史ある魔道の名門の生徒として、今のうちから誰に恥じることもない振る舞いを心がけていただけませんこと!」

 

 口調に本人の雰囲気が相まって、とても同い年の相手に叱られているとは思えない。が、口論に熱中しているふたりにはその叱責も届かず、それどころか、会話に乱入してきた少女を揃って睨み返した。

 

 「ちょうどよかった。おい、そこのあんた——————」

 

 「————あのトロールを見てどう思う!?」

 

 あまつさえ、びしりとトロールを指差して議論に巻き込む。流石に予想外だったのか、縦巻き髪(ロールヘア)の少女も軽くたじろいだ。

 

 「な、なんですの突然。まぁ、ここから見る限り、血統の優良な個体ですわね。骨格、肉付き・・・・30年は衰えず荷役として活躍するはずです。流石はキンバリーの使い魔。市場価格はおそらく三百万ベルクは下らないでしょう」

 

 予想とはまったく違う方向からの意見に眼を丸くするふたり。少女が彼らに向き直り、ああ、と納得いったように腕を組んだ。

 

 「なるほど、トロールの評価について意見が分かれていたんですのね?確かに魔法使いとしての目利きの真価が問われるところ。けれどあたくしの家名にかけて、あのトロールは混じり気のないガスニー種だと断言致します。粗暴なクランド種や体格に劣るエルニー種の血は入っていませんわ。・・・・・少し気が立っているのは、気になるところではありますけれども」

 

 ちらりとトロールに目を向けてからすぐに視線を戻し、少女は誇らしげに語る。

 

 「いいトロールを選ぶためなら、個体の目利き以前にブリーダーの氏素性を知っておく必要がありましてよ」

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 当然の嗜みとばかりにトロールの商品価値を語る相手の姿から、ふたりは——特に少女は——思い知ってしまったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 「————?どうしたんですの、いきなり黙り込んで。トロールのことが聞きたかったのでは?」

 

 縦巻き髪(ロールヘア)の少女がきょとんと首を傾げ、三人の間に微妙な空気が流れ始める。見守っていた黒髪の少年は少し焦った——せっかくの入学式だというのに、この流れはよくない。

 

 やや間の開いた後、オリバーが思い切って、目の前のいざこざに割って入った。

 

 「こほん。——まぁ、三人とも。議論するのは学生らしいことだが、めでたい入学式の場にその顰めっ面は、この場にそぐわないと思うんだよ」

 

 そう言いながらそっと腰の白杖を抜く。友好の意志を示すために、満開の笑みを浮かべてみて、

 

 「だから、これでも見て、笑顔になってくれないか」

 

 緊張にいくらか声を硬くしながら、手元でひゅんと杖を振って、

 

 「ふさふさになある(コマルサール)

 

 声高らかに呪文を唱えたその瞬間。彼の首筋から後頭部にかけて、巨大なたてがみがボフッと生え揃った。

 

 「えっ!」「うおっ!」

 

 驚きに目を見開くふたり、確かな手応えにこぶしをぐっと握りしめ、喜ぼうとしたその時、巻き毛の少女がとてとてと走り寄る。

 

 「はー、よく器用にたてがみだけ生やすもんだなぁ。これ、変身呪文の応用だろ?」

 

 めいめいに感想を述べながら、少年のたてがみをいじくるふたり。意外な反応に、オリバーは思わず尋ねる。

 

 「・・・・・・ええと、おもしろくは、ないだろうか?」

 

 「え?——-うーん、面白いというか」「感心してるぜ、器用な奴だって」

 

 正直な感想にがっくりと肩を落とすと、今度はそこに縦巻き髪の少女が歩み寄ってきた。

 

 「あなた、やりますわね。今の魔法芸、Mr.ブリッジの『もさもさになある(ラナルサール)』のアレンジでしょう?趣味が合いそうですわね。あたくしも初めて見た時、ついお腹を抱えて笑い転げてしまいましたわ」

 

 言いながら、ふふっと思い出し笑いをする少女。それを見てオリバーの心はますます沈んだ。元ネタでは大いに笑ったはずの彼女が、自分のアレンジではくすりともしなかったのだ。

 

 「すまない、今のは見なかったことにしてくれ・・・・・・」

 

 「な、なんで?凄かったって!ほんとに感心したんだから!」

 

 励ましも耳に届かず、オリバーはしゃがみ込んでしまう。見事に生えたはずのたてがみも、そうなってしまうと風にゆれて哀しげにたなびくばかりだった。

 

 「そう落ち込むなって。ほら、もう言い争ってなーい」

 

 努めて明るい声でフォードがフォローをし、ようやくオリバーは気を取り直した。再び縦巻き髪の少女に向き直る。

 

「とりあえず、そういうことになった。さっきは騒いでしまってすまない」

 

「ええ。分かればいいのですわ、分かれば」

 

 優雅に微笑んで頷き、一件落着と見た少女はくるりと身をひるがえす。

 

 「じきにあたくし達の歩みも再開します。くれぐれも、列を乱さないよう」

 

 言い残して颯爽と去っていく。その背中を見送りつつ、オリバーは列の先頭に意識を向けた。

 

 「列の前の方が動き始めたな。彼女の言う通り、パレードもそろそろ見納めみたいだ。」

 

 「え、もう終わり!?ま、待って。もうちょっとだけ・・・・・・あの子のことが気になるの!言われてみたら苦しそうに見えて・・・・・・」

 

 トロールを見つめながら少女が言う。どうやら先ほどの少女が「気が立っているように見える」と言ったのが、あとをひいているようだった。少年三人が肩をすくめる。まぁ動き出すまではまだ少し間があるしな———と思い、視線を彼女から外したその瞬間。

 

 —————————地を蹴り駆ける(イアース)

 

 「・・・・・え?」

 

 びり、と巻き毛の少女の両脚に奇妙な痺れが走る。途端、本人の意思とは無関係に、彼女の両足は地を蹴っていた。—————————魔獣犇く(ひしめ)パレードに向けて。




頑張ってクオリティとモチベを高めたいもんだぜ。
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