「あぁ~うぅ~……」
ドトウは図書館で多くの本を読み耽っては、頭を抱えて悩み続けていた。
厩務員としての知識を得る事も並行してはいるが、今悩んでいる問題はそちらではない。
ドトウが現在頭を抱えて悩んでいる問題、それはシャトじいじの今後についてである。
シャトじいじを、専門家に預けるか、それとも自分達の牧場に残すか、元の世界に帰すか……。
どれも今のドトウにとっては選び難い。
専門的な知識や、シャトじいじが過ごしやすい環境などを考えると、やはり専門機関に任せるのが最善だとは思う。
だが、シャトじいじとの別れが訪れるという事は、どうにも安易には選べなかった。
彼が居なくなると、あの牧歌的で穏やかな日常が消えてしまうような気がしてならない。
ドトウは、そんな迷いを振り払うように、頭をぶんぶんと振った。
「……ちゃんと向き合うって決めたんです! 私が悲しいかどうかよりも、シャトじいじが幸せかどうか考えなきゃっ……!」
どの道を選ぶにしても、知識をつけておくに越したことはない。哺乳類の性質。骨格の作り。体の構造。飼育方法。病気の治療法……。
様々な動物の飼い方から、新種の動物に関する論文資料まで、とにかく何でも読み漁った。
そうやって、何日かが過ぎた。未だ明確な結論は出ず、時間が過ぎていく日々が続く。
先生が言っていた件の学者さんだろうか。時々牧場主の旦那さんに会いに来て、シャトじいじの事を観察しに来る事があった。
彼らは皆、物腰柔らかそうな老紳士達だ。ドトウはその様子を、いつも遠巻きに眺めていた。
なんとかしなければならないと焦りながらも、お世話以外は何も出来ない。そんな自分がもどかしかった。
「そもそも『元の世界に帰す』って、どうやればいいんでしょう……」
今までの出来事からシャトじいじが別の世界からやってきたという確信はあれど、元の世界へ帰す方法は分からない。
ドトウは何気なく、窓の外を見やった。窓の外では、放牧されている動物達が、それぞれ思い思いに過ごしていた。
シャトじいじはお気に入りの草藁の上に座り込んで、餌を食んでいる。
まるで平和な牧歌的光景のように思えるが、もうすぐ彼は居なくなってしまうかもしれないのだ。
ドトウは、ため息をついた。
「ハウディ!」
不意に後ろから声を掛けられて、ドトウはビクッと体を震わせた。
振り向くと、タイキシャトルが立っていた。思い悩みすぎて、彼女が後ろに居た事に気づかなかったらしい。
彼女は相変わらずの明るい声色で話しかけてくる。
「ドトウ、近頃は勉強熱心デスネ」
タイキシャトルは、感心するように言った。その言葉を受けて、ドトウは微妙な笑顔を浮かべる。
「えぇ、まぁ……。ちょっといろいろあって」
……彼女にも相談するべきだろうか。
ドトウは逡巡した。シャトじいじが別世界からどうたらこうたらと相談して、正気を疑われないだろうか。
そんな風に悩んでいると、タイキシャトルは前かがみになりながら訝しげに腕を組んで見つめてきた。
タイキシャトルはしばらくジトーっとした目で見ていたが、やがて何かを察したのかニッといたずらっぽい笑顔を浮かべる。
そして両手をパチンと合わせながら言った。
「
「な、なんでわかったんですかぁ~!?」
何故、私の悩みを言い当てられたのだろう。超能力でも持っているのだろうか。そういう風にドトウは驚きのあまり、思わず叫んでしまった。
タイキシャトルはドトウの反応を見て、また悪戯っぽく微笑んだ。
「ワタシにはお見通しデス! なんてったって、ドトウの親友ですカラ!」
タイキシャトルはそう言って胸を張る。『親友』という言葉に「ぽかん」とした顔を浮かべてから、しばらくしてドトウは恥ずかしげに笑ってしまった。
「……別世界の……」
「えぇ、はい……シャトじいじに初めて出会った時やカウルさんの件を思い返せば……そうとしか思えなくて」
ドトウは自身の考えをタイキにも打ち明けた。シャトじいじがどうしてこの世界に迷い込んだのか、そもそもどうやって迷い込んできたのか、そういった細かい点はわからないが、大まかな流れとしてはおそらく間違っていないと思う。
その点においては、タイキも同意見だった。
そして、タイキはドトウが口にしていない事柄についても言及する。
「オペラオーを助けたラクダさんも同じ異世界からやってきた動物?」
その言葉に、ドトウは頷く。確かにそうだ。
「……カウルさんもそうですが、彼もまた"帰るべき場所"が分かっているような振る舞いで去っていきました」
彼らは彼らで、元の世界に帰る方法を知っていたのではないか。そんな事を考える。
しかし、そうなると別の疑問点が浮かぶ。
「……じゃあ何故シャトじいじは元の世界に帰る素振りがないんでしょうか……」
それどころか、ドトウ達と暮らす事を受け入れているかのように見える。少なくとも、シャトじいじに帰ろうとする意志があるようには見えない。
二人はしばらくの間、無言になって、ただシャトじいじの事について考えていた。
「……わからないです。やっぱり」
ドトウは首を横に振った。そもそも、悩んで簡単に答えが出るような問題ではない。それはわかっている。
だが、自分達で考えだすほかないのだ。
藁にもすがる思いで、ドトウはタイキを見つめた。
彼女の方は顎に手を当てて、何やら考えついた仕草を見せる。
「絵本を読みマショウ」
「へ?」
ドトウは呆けた声を出して、間の抜けた表情でタイキシャトルの顔を見た。
彼女は真面目な顔をして、もう一度言う。
「絵本を、読みマショウ」
彼女の口から出たのは、素っ頓狂な提案に聞こえた。
タイキシャトルにあてがわれた部屋へ移動する。テーブルの上に絵本を広げ、ドトウと一緒に覗き込む。
表紙には、可愛らしい動物のイラストが描かれている。デフォルメされているもの。擬人化されたもの。動物の種類によって描き分けがされていた。
題名は、ルビ付きでこう書かれている。『
「これは?」
不思議に思って問いかける。タイキシャトルが説明をしてくれた。
「地域の昔話をまとめたものみたいデス」
この絵本は、地域独特のお話が収録されているらしい。
彼女はその中の一つを開いてみせた。
挿絵には、美しい風景の絵が描かれている。どうやら、どこかの山奥のようだった。
そして、文章はこう始まる。
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昔々、あるところに、おじいさんのヤギがいました。
おじいさんのヤギは、とても愛されていました。
賢いヤギで、牧場の動物のみんなにも慕われていました。
ですが、ある日、悲劇が起きたのです。
おじいさんのヤギは、病気になりました。
だんだん、どんどん、痩せ細っていきました。
それでも、周りの人達は助けようとしました。
だけど、ダメでした。
ある日、突然に、死んでしまいました。
おじいさんも仲の良かった動物たちも悲しくて、かわいそうで、仕方がありませんでした。
なので、せめて最後は静かにお別れをしようと、お葬式が行われました。
でも、しばらく月日が経った大雪の日、不思議なことが起きました。
なんと、死んだはずのヤギが帰ってきたのです。
そして、他の動物たちに言います。
『さようならを言いにきました』
おじいさんも、その姿を見て涙を流しました。
どうして、ここにいるのか、何があったのか、色々と聞きたいことがありましたが、言葉にできません。
動物たちは、涙が止まらずに、泣いていました。
『自分は、もう行かなければなりません』
そう言って、おじいさんのヤギは、雪の中へと去っていきます。
おじいさんも、残された動物たちも、雪の中を追いかけました。
追いかけながら、みんなでずっと泣きました。
ヤギも、おじいさんも、動物たちも、彼らは二度と帰ってきませんでした。
彼らは今もどこかで、幸せに暮らしているかもしれません。
もしくは、天国に行ったかもしれません。別々の世界へ離れ離れになったのかもしれません。誰も、本当のところはわかりません。
ただ今も、大雪の日になるとおじいさんや動物たちの泣き声が聞こえるそうです。
----
あとがきには、作者からメッセージと教訓が添えられていた。
この地域は大雪が多いから、そういう日に出歩くことを戒める為に伝わる寓話だと書いてあった。
「……」
ドトウにとってはどちらかといえば、死んだ者に過剰な未練を抱くことを戒める話のように思えた。
あるいは、本当に似たような出来事があったから、こういった童話が出来たのかもしれない。
ドトウはその本を読んで、少しだけ気分が沈んだような気がした。
「……カウルさんについていったら、私も……」
ドトウはそう思い至り、複雑な胸中になる。カウルが「ついてくるな」という素振りで帰っていった意図が今になって鮮明に理解出来る。
ドトウがそんな事を考えていると、タイキがお互いの片腕をぎゅっと組み合わせるようにした。
「ダメですからネ?」
タイキシャトルはドトウの様子を見て、釘を刺すように言う。珍しく、ちょっと怒ってるように感じる。
ドトウは乾いた笑いを浮かべながら、タイキへ肩を寄せるように自身の腕を組み直した。……少し動き辛いが、こうしていた方が安心感がある。
絵本を閉じて、元の場所へ戻そうとした。その時、ぴたりと手が止まる。
本の下方から紙の線に沿って、指をスッと這わせる。
「……ページとページの合間に段差がある」
それは、絵本の最後の辺りにあった。どうやら小さいノートが挟まれていたらしい。
絵本は元の場所に戻して、そのノートを取り出して二人で覗き込んだ。
折り畳まれたノートを開くと、そこには何か文章のようなものが書かれている。
ドトウは、それを読み上げることにした。
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飼っていた動物⇒〇!!!!!!!
新聞で見かけた亡くなっている人⇒×
架空のキャラクター⇒×
歴史上の偉人⇒×
テレビに映ってたウマ娘のお姉ちゃん⇒×
なついていた仔⇒〇
あんまりなついてなかった仔⇒×
幼稚園の時に居なくなった大好きなお友達⇒〇!!
『仕組みがわかった!!』
お母さんとお父さん⇒×
おばあちゃんとおじいちゃん⇒
『これからためします。ごめんなさい』
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文章の終わりの方には、震えるような文字でそう書かれていた。まるで誰かに宛てられたような。
ドトウは最後の一行を見て、何とも言えない感情が生まれた……どうしようもない事だが……。
それゆえにこのノートの主は、どんな人物だったのだろう。少し、気になった。
「この絵本やノートって、どなたのものだったのでしょう」
ドトウは、誰に問いかけるわけでもなく、独り言のように呟く。するとタイキが顔を寄せるように覗き込みながら答えた。
「写真に写ってた子のダト思います」
「写真?」
聞き返すと、タイキは別の本に挟まってる写真をドトウに見せた。
その中には、一人のウマ娘の写真が収められている。中央で微笑んでいる茶髪のウマ娘が、タイキの言ってる子だろう。年齢は10歳くらいか。
「……若い頃の、奥さんに、似てる……?」
以前、牧場主の奥さんが若い頃に髪を伸ばしていたという話に憧れたから見せてもらった写真はよくよく覚えている。齢こそ大きく違うが、その面影がある。
ドトウがまじまじと眺めていると、タイキが補足するように話した。
「ヤッパリ、旦那さんと奥さんの娘さんデスヨネ?」
それは確信に近い言い方だった。ドトウもそう思う。
「写真だけここに?」
「イエス。奥さんも見つけてなかったミタイデ、『あぁ、ありがとね。こんなところにもあったんか……』って」
タイキはそう言いながら写真が挟まっていた参考書を片手に持って、もう片手でノートが挟まっていた絵本を持つ。
『その子は幼かった。屠畜に出す動物を哀れんで、その動物を逃がす為に手綱で引き連れて何処かへ行ってしまった。なんの因果か、猛吹雪の日にね。それ以来、この牧場へは帰ってきていない。……きっと、もう二度と会う事は無いだろう』
「……………」
先生がその子が吹雪の日に失踪したと語っていた事を思い返す。何かが分かりそうなのに、そのいずれもが噛み合わない。
元絵を見ずにバラバラのパズルを目の前にしているような。そんな感覚だ。
もうすでに、全部のピースが揃っているような気がするのに。どの部分も埋まらない。
だから、余計にもどかしくなる。
ドトウは手元のノートを眺めながら、ある事を思った。
『仕組みがわかった!!』
絵本で語られていた通り、この地域では【雪の日に生者と死者を引き合わせる怪奇現象】が起こるのだと仮定して。
ドトウの前に、若牛のカウルが呼び寄せられたのは理解出来る。おかげで、ちゃんと別れの挨拶を交わす事で踏ん切りがついた。
だがあのオペラオーを手伝ってくれたラクダと、シャトじいじはどうだろうか?
彼らは本当は死んでいるのかもしれないが、ならば自分達と引き合わされた要因はなんだろう。
お母さんとお父さん⇒×
おばあちゃんとおじいちゃん⇒
『これからためします。ごめんなさい』
なぜ、ノートを書いた彼女は「ごめんなさい」と謝罪しているのか。なぜ、その一文から「泣きながら書いている」と想像出来たのか。
「吹雪いている日に、外に出てはいけないよ。そこは違う世界と繋がっているからね」『タイキシャトル用』「動物さん、今後一緒にすごすなら名前を決めておいた方がいいデス! コートも、この子のモノならきっと書かれている通りの名前に違いアリマセン!」「今回勝ったのは、またテイエムオペラオーか……」「……ボクのトレーナーがよく言ってたからね。『人間でもウマ娘でも、会えるときに会っておかなアカン』って」「キミはトレーナーの方を乗せたいという素振りをしていたけど、男の人だから重たくはなかったかい?」「あの時、ちゃんとお別れ出来ずにごめんなさい……」「……シャトじいじが、トテモ不安そうにしてマシタ。『急いでドトウを探せ』と言わんばかりに」「……それで、なんだか無性にワタシも不安になって……」
「…………あ」
……全てが、理解出来た。思わず声が出る。それは、複数のピースが一斉にカチリとハマった瞬間だった。
タイキは突然に小さな声を上げたドトウを見て、首を傾げる。
ドトウはすぐさま今までの話と関わりのなさそうな絵本を手に取る。ウマ娘に関わる伝承の御伽噺だ。
≪『ウマ娘』。彼女たちは、走るために生まれてきた。ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る――。それが、彼女たちの運命。≫
ウマ娘なら誰だって知っているくらい、些細でありふれた御伽噺の本。
ドトウもタイキも、何度も何度もこれを読んだ事があるくらいだ。
「……もし、あのラクダさんがテイエムオペラオーだとしたら……」
「ドトウ、これがドウカシマシタカ?」
考え込むドトウの顔を不思議そうに覗き込むタイキシャトル。
そんな彼女に対して、ドトウは顔を向けてまっすぐと向き合った。
シャトじいじと同じ綺麗な金色の髪の毛。不思議な雰囲気の、とても優しい目。
「……タイキ、シャトル……」
ドトウは震える声で、『自分の親友』と、『共に暮らしたい動物』の名を重ねて呼んだ。
――だったら、娘さんが失踪をしでかした理由は……。
ドトウはポケットから大急ぎで携帯を取り出して天気予報のニュースを見た。
そこで知らされていたのは今季最後の大雪。この辺り一帯も吹雪になるだろうと報道されている。
「もしかして、シャトじいじを元に帰す方法がワカリマシタカ!?」
タイキは目を輝かせてドトウの肩に顎を乗せた。しかし、ドトウは首を小さく横に振る。
「……元の世界には、帰してあげられないかも、しれません……」
ドトウは、力なく言った。まるで『私のせいだ』とでもいうように。
……『タイキシャトル』が自分の手の届く場所で、いつまでも穏やかに過ごしてほしいと望んだのは果たしてドトウだったのか。それとも他の誰かだったのか……。
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アンケートによるプロット変更はなし。
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シャトじいじ
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この物語ではドトウと一緒に過ごしてほしい
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この物語では元の世界で暮らしてほしい