牧場暮らしのドットさん【連載完結】   作:稗田之蛙

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帰路(後編)

 

 ドトウは、暖かい感触の残る手のひらをそっと撫でる。彼女の顔は、当初の目的を果たしたかのような満足げな顔でニコニコと笑っていた。

 牧場主の旦那さんと奥さんの声は、ドトウには聞こえない。原因は、なんとなく分かっている。

「……あんな風に諭しておいて、自分が帰りたくないなんて思っちゃうなんて、だめですよねぇ、ホント……」

 自分自身に言い聞かせるように呟く。その笑顔は、だんだん寂しいものに変わっていく。

 シャトじいじを違う世界に導いて、閉じ込めてしまった事への自罰感情。彼を元の世界に帰してあげられない事への罪悪感。

 それらが、胸の中でぐちゃぐちゃに絡まっている。ならば、せめてもの罪滅ぼしとしてドトウはこの世界に留まると無意識に決めて、アオと一緒には帰ってはいけないという想いを抱いてしまった。

 ドトウは大樹に背中を預けるように座り込む。

 ふと顔をあげれば、まさしくあの夢の中で見た光景が広がっている。

 一面に広がる雪に覆われた地面、時間が止まっているように静止して輝き続ける月、風切りの音と共に白い結晶を舞わせる一陣の風。

 

 

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 不思議な気分だった。

 以前、夢で見た時は「もう二度とタイキシャトルと会えなくなる」と悲観して、大慌てで雪の中を駆け巡ったというのに。今ではそれを受け入れているような気さえする。

 タイキと一緒の時間を過ごすうちに、タイキはドトウにとってかけがえのない存在になっていた。

 彼女の傍に居るだけで楽しい気分になれる。彼女の元気を分けてもらえて自分も明るくなれる気がした。

 だからずっとこのまま、何も変わらずに過ごしていきたいと思った。

 そのはずだった。

 

 ――いつまでもこんな日が続けばいい。

 

 生きとし生ける者はいずれ離れてしまうものだから。それなら、いっそのこと自分の方から彼女を手放してしまおう。

 大好きな彼女といつか別れの日が来るというのなら、この空間で彼女の事を永遠に想い続けよう。

 ――たとえタイキシャトルがいなくなっても、私は空想の世界に残り続けるんだ。そうしてタイキシャトルと牧歌的な世界で過ごす時間を、私が永久に思い描き続ける。

 そんな事を考えながら、ドトウは瞼を落とす。瞳の奥から感じる光がだんだんと弱まっていく。意識が少しずつ遠退いていくのが分かる。

 閉じた視界は真っ黒に染まり、彼女にはもう会えない事を自覚して涙が零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マイ・ディアー(私の愛する人)。目を開けてくだサイ」

 

 

 

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 不意に耳に入った声に反応して、ドトウはゆっくりと目を開けた。涙でぼやけた視界に、見覚えのある顔が映り込む。涙を伝う頬にハンカチがあてられて、目の前にいるのが誰か分かった時、ドトウは涙が止まらなくなった。

「タイキ、さん……」

 そこにいたのは、紛れもない"彼女"だった。タイキシャトルだった。いつも見ていた笑顔のまま、彼女はそこにいた。

 それがどうしようもなく嬉しくてたまらなくなって、思わず抱きついた。タイキの胸に顔を埋めながら泣きじゃくる。

「タイキさん、タイキ、さん……」

 何度も名前を呼んでみるけれど、出てくる言葉はそれだけだった。言葉にならない感情を吐露するように、ただただ名前を呼び続けた。それしかできなかったから。

 共にドトウの元へ辿り着いたシャトじいじが、「やれやれ」とでも言いたげな表情をしているのが見えた。彼はドトウがこうなる可能性をなんとなく察知していたのだろうが、ただ何も言わずにそっと見守ってくれている。

「"西の魔女"みたいに、物語の最後に居なくなるなんて許しマセン」

 タイキシャトルの部屋にあった児童書の出来事を引き合いに出して、冗談っぽくドトウを諫める。

 

 結局のところ、ドトウはどれだけ自罰的になろうが『タイキシャトルと一緒に居たい』という想いを押し殺す事など出来なかったのだ。

 だから、タイキシャトルはドトウの元へ辿り着けた。二人はお互いに会いたいという想いを強く持っていたのだから。

 そんな彼女に、タイキは微笑みながら語り掛ける。

「ドトウ、一緒に帰りマショウ」

 その一言で、制止した時間が打ち砕かれるように、止まっていた時間が流れ出した感覚がして、堰を切ったように涙が溢れてきた。

 自分の感情を吐き出すように、ドトウは泣いた。

「私は、私のせいでシャトじいじが知らない場所に連れて来られて……」

 大粒の涙が頬を伝って地面に落ちていく。

 そんなドトウを落ち着かせるために、タイキは子供をあやすように背中を撫でていた。

「大丈夫、彼は『お前がそこまで思いつめる必要はない』と言ってくれてイマス」

 まるでシャトじいじの言葉が理解出来ているかのように、タイキシャトルは代弁する。実際にも、シャトじいじは凛々しい表情でドトウを見つめている。

「……ドトウ、一つ。ワタシの方から謝るべき事があるんデス」

 ドトウは、タイキが何を言おうとしているのか分からなかった。

 何故、タイキシャトルが謝罪する必要があるのか。そもそも、この一連の出来事の発端となったのは、自分自身のせいだ。それを謝ろうにも、タイキシャトルが謝らなければならない理由が分からない。

 戸惑う様子のドトウに、タイキシャトルは微笑む。

「いつか、離れ離れになる日が来るのなら、泣かないように、寂しくナラナイようにしようと、心のどこかでドトウと一緒に居られなくなる事を、受け入れてマシタ」

 そう言って、タイキは自分の胸に顔をうずめたまま泣いているドトウの頭をなでる。

「……ドトウ。貴方とは違う形で、ワタシは"お別れ"から目を逸らしていたのカモシレマセン」

 ドトウが非現実的な想いに逃げてしまっていたのと対象的に、タイキシャトルは現実的になりすぎて想い続ける事をどこかで諦めてしまっていた。

 二人とも、相手の事を大切に想うあまりにいつからか目を背けてしまっていたのかもしれない。

 

 ドトウは、タイキシャトルと過ごす日々が楽しくて仕方がなかった。それはタイキシャトルも同じだった。お互いにとって、同じ時間を過ごしたいと思う気持ちは変わらないままだった。

 だけど、楽しい時間はいつまでも続かない。やがて別れる時がやってくる。

 だから、二人共現実から目を逸らそうとしていた。

 いつまでも牧歌的で、夢のような空間に浸っていたかった。

 

「……ドトウ。ワタシといつまでも一緒にいてくだサイ。お互い旦那サンが出来ても、グランドマザーになっても……ずっとずっと、一緒にいるって、約束しマショウ」

 そう言うと、タイキシャトルは小指を差し出した。その小指を見て、ドトウの瞳からはまた一筋涙が零れた。

「うっ、うぅっ――うわぁぁぁぁぁぁぁん! そんな事言われたら断れないじゃないですかぁぁぁぁ!!!!!」

 ドトウは泣きじゃくりながらタイキシャトルと指切りをぶんぶん交わした。そして、そのまま彼女の胸へ飛び込むと、先ほどよりもいっそう号泣した。

「よしよし、もう大丈夫デスヨ。一緒に、旦那さん達のところへ帰りましょうネ」

 タイキシャトルはドトウを抱きしめると、彼女が落ち着けるように背中をさする。そのさなかに、シャトじいじの方へ向いた。

「シャトじいじ、アリガトウゴザイマス! 無事ドトウを見つけましたので、あなたもワタシたちと一緒に――」

 

 

 そこで言葉が途切れた。何かを見つけたように目を見開いたタイキが急に黙ってしまったからだ。

 不思議に思ったドトウが顔を上げる。その視線を追っていくと、いつの間にか一匹の動物がいる事に気が付く。

 

 

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 シャトじいじと同じ、大きな動物だった。鹿毛の体毛に強健な体つき。額からは大きくて白い流星が鼻まで綺麗に染め上げて、それでいて……とても、優しい目をしていた。

 その動物は静かに佇んでいるだけで何も喋らない。だが、シャトじいじを何か意味ありげに見つめている。シャトじいじの方も、眼をぱちくりとさせて、少し驚いていたようだった。

 それから、しばらく二人は見つめ合っていたが、やがてお互いの鼻をくっつけ合った。挨拶を交わす様に、何度も擦り付ける。

 

『ドットさーん、おやつ持ってきたよー』

 

 ドトウの耳に、どこからかそんな声が聞こえた気がした。女性の声だが、牧場主の奥さんの声ではない。聞いた事がないのに、何故か聞いた事のあるような気がする声。

 その声がした途端、その動物はウキウキとした仕草で声のした方向に向かい始める。だがシャトじいじが留まっていると、「いかないの?」とでも言いたげに、その動物は振り向いて小首を傾げている。

 そんな様子を見て、シャトじいじにとってはいつもの事なのか「ふぅー」と少し呆れたようにため息をつく。

「……お別れ、ですかね?」

 ドトウの言葉に、シャトじいじは何も答えなかった。しかし、静かに首を縦に振ったように見えた。

 そして、最後に涙を拭うようにドトウの顔を舐めるようにしてから、その動物と一緒に、声のする方へゆっくりと歩き始めた。

 その二匹の遠ざかっていく背中を眺めながら、ドトウはどこか寂しい気持ちになった。だけれど、同時に嬉しい気持ちでいっぱいになった。

「ドトウと同じように、一緒に居たいと強く願えばワタシでも呼べるんジャナイカト思ってマシタ、……"あっち"でも、ワタシ達は幸せそうデス」

 隣でそう言うタイキシャトルの横顔を見ると、彼女は満足そうな微笑みを浮かべていた。その横顔を見ながら、いつか自分たちもあの二匹のようになれるだろうか、と考える。

「マイ・ディア。それじゃあ、ワタシ達も帰りましょうか?」

 そのまま、二人は牧場主さん達の呼び声がする方向へと視線を向ける。

「タイキさん、私も一つ。あなたにどうしても伝えたい事があるんです……」

 ドトウは、隣にいるタイキシャトルの手をそっと握った。彼女もまた、それに応えるように握り返すと、そのまま指を絡める。

 

「タイキさん……大好きですっ」

アイ・ノウ(知ってますよ)

 

 二人はにっこりと微笑みながら、元の世界へ戻っていった。




⇒エピローグ

シャトじいじ

  • この物語ではドトウと一緒に過ごしてほしい
  • この物語では元の世界で暮らしてほしい
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