牧場暮らしのドットさん【連載完結】   作:稗田之蛙

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エピローグ

「やれやれ、まったく。新種の生物がいると聞いてやってきたのに、大雪の日に逃がしてしまっただって?」

 白衣を着た学者然としたウマ娘が、牧場の直営店のテーブルでジェラートを食べながら呆れたように肩をすくめている。

 その対面には牧場によく来てくれている獣医が座っていて、自分が知る限りの経緯を彼女に説明している。

「そうは言ってるが、ヤケに嬉しそうじゃないか。昔の友人が無事で安堵したって口かい?」

「ふぅん。先生も同じクセに、いうじゃないか」

 獣医の言葉に、対面のウマ娘は不敵に笑う。獣医は視線を逸らしながら頭を掻く。

「わたしゃ、むしろ安堵するどころか困惑してますよ。なにせ大昔に行方不明になった娘さんが、当時そのまんまの姿で現れたんですからね。あれは一体全体どういう事なんでしょうかね? まさかタイムスリップしてきたとでも言うんですかねぇ、ハハハッ」

 獣医は大袈裟に笑い飛ばした。その話題を受けて、白衣のウマ娘も神妙な顔つきになる。

 二人の視線の先にあるテレビでは、ちょうどその事についてのニュースが流れており、画面には『アオ』という娘の姿が映し出されていた。

「まぁこちらはこちらで調べる事がわんさかありそうなもんで」

 手のひらをヒラヒラとさせながら、娘さんの扱いが今後どうなるかと茶化し半分心配半分に振る舞った。

「……異世界に囚われていた、だっけ? 本人の話を聞くに」

 

 アオは牧場に帰ってくると、自分に何があったかを周囲の人物に打ち明けた。

 もちろん、到底信じ切れる話ではないが。アオが当時の姿そのままに突然帰ってきたのだから、何か不可思議な現象が起こっていたのは間違いないのだろう。

 

「牧場に現れた動物の正体は、なんだったと思う?」

 白衣のウマ娘はジェラートを目当てに寄ってきた猫の喉をコリコリと指で撫でながら、獣医に質問を投げかける。あるいは、猫に聞いているのか。

「さてね。学者サマと違って、一介のヤブ医者に分かる事は多くありやせん。異世界の話ともなれば、それこそなんでもありってもんです。宇宙人や、幽霊、火の鳥だっていても不思議じゃあないですよ」

 本気で言ってるのか冗談で言っているのかよくわからない態度でそう嘯く獣医を見て、白衣の彼女は苦笑した。

「ときに君は"ウマ娘"がどんな存在であると考えているのかな?」

 彼女は自分の口に運んでから、そんな事を言った。獣医は少し考えてから、言葉を返す。

「超人的なフィジカル。道理に合わない身体構造。存在自体が超常的な種族」

 獣医の返答に、白衣のウマ娘は満足そうに腰に手を当て胸を張る。

「聞いた事はないか? ウマ娘は数多の望みを――"想い"を背負い、走る生き物だと』

 彼は何も言わずに、目の前の彼女を見つめ続けた。

「研究者としてあるまじき思想だとは思うかもしれないが、私自身もウマ娘なものでね。走っていた時に何度も感じた事がある。誰かに背中を押されているような、不思議な感覚を。そして、それこそが幾人ものウマ娘の走りを支えてきたであろう事をこの目でハッキリと見続けてきた」

 その言葉はまるで自分に言い聞かせるようにも聞こえた。そして彼女もそれを自覚しているかのように自嘲気味に笑う。

「サイレンススズカは現役時代に脚部不安の兆候があった。だが、しかし"サイレンススズカは秋の天皇賞を無事に走り切った"。同じくライスシャワーというウマ娘も春の天皇賞の疲れから故障するのではないかと不安視されていた。だが、しかし"ライスシャワーは宝塚記念を無事に走り切った"……」

「……医者要らずなこって」

 獣医が茶々を入れると、彼女は「くくくっ」と喉を鳴らすように笑う。

「かくいう私も、脚部不安に悩まされた事がある。が、しかし。結局は心半ばにしての引退という『プランB』を選ばずに競争人生を走り抜けてみせた。おかげで私は今ここで呑気にジェラートを食べているわけだが……果たして何が私たちを救ったのだろうか?」

 まるで謎かけのような言葉に、白衣のウマ娘は意味深に微笑む。

「私はね。思うのだよ。私達に"想い"というオカルトじみたシロモノが作用するのであらば『レースで勝ってほしいという想い』はもちろん、『怪我をせずに無事に走り抜けてほしいという想い』が私達の力になったのだろう」

 そこで一旦言葉を切ると、一息置いて再び口を開いた。

 それはどこか夢見心地のようで、それでいて確信めいた口ぶりであった。

「ならば、どういう形であれ『ずっとずっと、穏やかに余生を過ごしてほしいという想い』も、"どこかの誰かが望んでくれている"んじゃあないかな? もしそうなら、ドトウくんとタイキくんが出会った動物というのも、二人の現し身なのかもしれない。あるいは、私達ウマ娘がそうなのか……」

 獣医はそれを聞いて、仕返しとばかりに「くくくっ」と笑った。

「そんなもんがあったらわたしゃとっくに廃業してますよ。祈祷師にでもなってた方がよっぽど誰かを救える。まったく。今日は随分とロマンチックな物言いでいらっしゃいますねぇ?」

 獣医の言葉に、白衣のウマ娘は肩を竦めて困ったような表情を取った。

「ふぅん。……まぁいいさ、昔の学友に会うんだ。少しくらいセンチメンタルに浸ってもバチは当たらないだろう?」

「お待ちどうさま!」

「あたちたちがいれてあげたのよさ!!」

 直営店でお手伝いをしていたアオと獣医の娘さんが、注文した飲み物を作ってきた。白衣のウマ娘はそれを受け取り、カップに口をつける。

「……私が頼んだのはコーヒーじゃないんだけどねぇ」

 白衣のウマ娘は苦々しい顔をして、カップをテーブルに置いて口直しの為にジェラートを頬張り始めた。

「アッチョンブリケ!!」

「ご、ごめんなさいタキオンさん……」

 一口ももらえなさそうな勢いでジェラートが無くなっていく事に、猫は白衣のウマ娘の頬を肉球でぶにぶにと押して抗議した。

 

 アオは失敗を反省しつつ牧場の手伝いに戻ろうとすると、タイキシャトルが挨拶代わりに抱きしめてきた。

「ハウディ、アオ!」

 突然の抱擁に驚いたものの、アオはその温もりにはすぐ慣れてしまい、同じようにタイキシャトルの背中に手を回した。

 こうして触れ合ってみると、やはり彼女の身体は大きくて暖かい。

「はうでぃ、タイキさん!」

 帰ってきたアオとタイキシャトルの間柄は、良好である。元の住民が戻ってきたのだからタイキシャトルが別の部屋を使おうかと考えていたところに、「別に一緒でも構わないよ」とアオが言ったせいか。今では同じ部屋で生活をしている。タイキにとっては新しい妹が出来た気分である。

「た、た、た、たいきさぁーん!! アオさぁぁぁあん!!!」

 ……二人の耳にドトウが助けを求める声が聞こえてる。視線を移してみれば、なんか……放牧中のヤギ達に足元を囲まれて身動き一つ取れずに耳をぐるぐる回している。

「シャトじいじが居なくなって、助けてくれる人が減りマシタから。あぁなってるのが増えてる気がシマス」

 とはいえ、タイキシャトルはドトウに助けを求められてなんだか嬉しそうにしている。アオにはタイキシャトルの呆れた表情(米食いてー顔)がそう映った。

「ウェル。一緒に助けにいこっか」

 アオはそんな二人を見て微笑ましく思い、年を取った愛犬に呼びかけた。

 彼は飼い主の久々の命令を聞いて「わふ!」とひと鳴きすると駆け足でそちらに向かった。

 

「あたし、もう逃げないよ。誰かが居なくなる事に目を逸らしたりしない」

 アオはドトウを助け出すと改めて、自身の決意を打ち明けた。

「すばらしいです! 私も、見習わなければなりませんねっ」

 ドトウは感銘を受けたように目を輝かせている。アオの決意がドトウの姿勢に影響を受けての事だと、当人は気づいていないようだ。

「なんね、ドトウさん。また囲まれとったん」

 放牧の管理作業をしていた牧場主の奥さんがクスクスと笑い、それにつられて遠巻きに見守っていた牧場主の旦那さんも小さく笑っていた。

「そーいやねぇ、ドトウさん宛てに電話があってん」

 そういって、奥さんは誰がかけてきたのかドトウに伝えてから固定電話の方へ行くように促した。ドトウはその名前を聞くと、大急ぎで電話がある宿舎の方へ向かう。

「ドトウさん、だれから? だれから?」

 ドトウが只ならぬ様子で走り出したのを見て、アオは好奇心旺盛な様子で周囲に訊ねた。

「あぁ、たぶん……昨日ワタシが話してた相手と、同じような相手からデス」

 アオはタイキと部屋で一緒にいた時に、携帯電話で誰かと話している様子を見た事がある。相手はえらく心配していたようだが、それでアオにも大体見当がついた。

 

「はい……はい……えぇ、無事で。だいじょうぶ! 昔お話した通り、わたし、寒さには強いんです。ですから、ご心配なさらずに……」

 固定電話では、ドトウは明るい声で対応を続けている。どうにも、親しくて、大事な相手のようだ。

「え? 今度直接? いえ、お仕事で忙しいのでは……え? オペラオーさんやリュージさんも一緒に行きたいって? 『会いたい時に会っておかなアカン』って二人に諭されたって……???」

 ドトウは困惑した。しかし、やけにその声音が弾んでいるというか、嬉しそうだった。

「は、ははは。他のウマ娘さん達も来れる人は来るんですね。そ、それじゃあ、改めて日程を……はい、それじゃあ、えへへ……」

「恋人さん?」

 はにかんでいるドトウに対して、話を聞いていたアオが問いかけた。

 その言葉に驚いたようで、ドトウは慌てて受話器を持ち直す。

「イ、イエ違いマス!! そんな関係じゃ全然ッ!!」

 ドトウは耳まで真っ赤にして首をぶんぶん振っている。電話先の人物にまで聞こえているはずだが、それでよいのだろうか。なんか電話先のお相手もやたら必死に否定されて乾いた笑い声をあげている気がするが。

「いーじゃん、恋人さんとも、ドトウさんとタイキさんとあたしと、お父さんお母さんや牛達皆集まって写真撮ろうよ」

 そんな風ににやにや囃し立てる。ともかくとして、再会を約束した彼女は電話を一旦切り終えて。改めてアオに面と向かって言う。

「こ、恋人じゃなくてトレーナーさんです! トレセン学園時代の、恩師!!」

 ドトウは両手をばたばたと動かしながら説明する。

 その様子を見ていると、本当に慕っている相手なのだとよくわかる。

 アオは思った。これはアレだ。女の子同士で深く突っ込んじゃいけないヤツだと。十歳児にして、アオは武士の情けを学んだ。

「いいなー、タイキさんとドトウさんはそういう親しい相手がいて。あたしはお母さんとお父さん以外、お友達作り直しだよ」

 色々と混み合った事情を処理し終われば、アオも近い内に小学校に通う予定である。以前の友人たちは、もうとっくに大人になっているだろう。

「地元の小学校の子なら、きっと良い子ばかりですよ。ほら、以前も牧場見学に来て、牛さん達を可愛がってましたし……」

「そう? ドトウさんがそういうなら、安心だね」

 それでも目の前の事は前向きに捉える事にしたらしい。アオはドトウの言葉を素直に受け取ってくれた。

 そして、牧場のお手伝いに戻る際にドトウへ一つ訊ねる。

「ドトウさん。この牧場にきてホントによかったの?」

 アオの質問の意図が分からないのか、ドトウは小首を傾げた。

「ドトウさんは、お母さんからすっごい強いウマ娘だったって聞いたよ。タイキさんだって年度代表ウマ娘でさ。学園卒業した後も、ドリームトロフィーリーグとか……あるいは、アスリート関係に携わった方が良かったんじゃない? そういう、"別の物語を選んだ方がウマ娘としては幸せ"だったんじゃないかなー、って」

 アオが問いかけると、今度はドトウの方が不思議そうな表情をした。まるでそんな考えを思いも及ばなかったというように。

 やがて、ドトウはゆっくりと口を開く。

「"この物語の私は"、タイキさんや、奥さんや旦那さん達や、アオさんと一緒に、牧場で暮らしていけて十分に幸せですよ?」

 それが答えだと言わんばかりに、優しい微笑みをみせてドトウは答えた。

 彼女の回答を聞いたアオは、思わず吹き出してしまう。

 ドトウの返答は、ある意味、一番ズルい。

「そうだね。じゃあ、今ここにいるのは『牧場暮らしのドトウさん』だ。いや、それだと語感がちょっと悪いね……」

 アオは一度うーんと唸る。そして、良い表現を思いついたらしく、嬉しそうに声を上げた。

「そうだ、『ドトウさん』って呼び方も他人行儀だと思ってたし。これからは別の呼び方をしてもいいかな?」

「は、はい。どうぞ」

 唐突の提案に、ドトウは少し驚いて答える。

 すると、アオはとても満足そうに頷いた。

 それは、どこか芝居がかった大仰な仕草。小さな役者は、自身が物語の大団円を現さんと自信たっぷりに宣言する。

 

「ドットさん――『牧場暮らしのドットさん』!! これからもウチの牧場をよろしくね!」

 

 

 

 

『牧場暮らしのドットさん』

 

 

 

【挿絵表示】

 





作者のあとがき:

 ――タイキシャトルに捧ぐ。





 死生観において『死者は二度死ぬ』という考え方があるそうだ。
 一度目は"生物として死んだ時"。二度目は"人々から忘れ去られた時"。
 誰もが一度目の死を免れる事はなく、筆者はそれが訪れる時がたまらなく恐ろしく感じる時がある。
 タイキシャトルの死を見て、どんな者でも例外はないのだと改めて考えさせられた。

 筆者にはともかくとして、タイキシャトルに二度目の死が訪れる事はないだろうと思う。
 私のような筆無精でさえ、彼の死に心を揺り動かされて初めて作品を完結させるに至ったのだから。
 ウマ娘プリティーダービーでも、その二次創作でも、あるいは、ウマ娘が関係ない競馬関係の書籍でも、彼の道筋は記され続けるに違いない。

 どうか私も彼のように、二度目の死を恐れぬような存在でありたい。作中のドトウのように、一度目の死と向き合えるような人柄でありたい。
 こういった物語を書く為に筆を取る事を頑張れば、いつかそういう人物になれるのだろうか?


 2023年3月27日、未成年の落書き。

シャトじいじ

  • この物語ではドトウと一緒に過ごしてほしい
  • この物語では元の世界で暮らしてほしい
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