ドトウとタイキは牛舎の空いていた部屋に、あの牛だかアルパカだかよく分からない生き物を誘導しようとした。
「夜にはもっと寒くなりマス……!!」
押しくら饅頭よろしく、タイキシャトルは背で押して移動させようとする。
しかし、この生物はどうも動きたくなさそうだ。ずっとその場でじっとしている。誰かを探しているのだろうか。
(うぅ、どなたかの飼っている動物なのでしょうか……?)
二人の知らぬ種類の動物が動物園か余所の牧場などから逃げ出して、ここに迷い込んできたと考えるのが妥当なのだろうか。
その動物は金髪のたてがみを持ち、全身の毛は茶色。額には白い流星がある。体躯はかなり大きく、力も強靭だ。本気で押し合うとどちらかが怪我してしまいかねない。
こんなにも力強そうな面構えなのに、率先して襲ってくるような気配はさほどなかった。
「オーゥ!!?」
……とはいえタイキが背で押し続けていると、さすがに「騒がしい」と言わんばかりに体をズラして、タイキシャトルは雪に尻もちをついたが。
そしてその拍子に、背中で寝ていた猫が目を覚ました。欠伸をしながら伸びる。
「猫さんも、牛舎か宿舎に入りませんかー……? ここだと、こごえてしまいますよ……」
ドトウはそう語りかけるが、無視。致し方ないので、腋の下を抱え上げるようにして持ち上げる。猫はそれで観念したのか、大人しくなってくれた。
「……あなたも、牛舎にいきませんか? お外、寒いですよー」
この動物にも空いてる場所に入ってもらって、吹雪をしのいでもらった方がよいのではなかろうかと。ドトウは視線を合わせてそう話しかけた。
するとその動物はドトウの目を見つめ返す。その瞳は、どこか理知的な雰囲気を感じた。
(……金色の髪の毛、タイキさんと一緒の色。綺麗……それに、なんでしょう……不思議な雰囲気の、とても優しい目……)
ドトウは動物の事を見つめながら、そんな事を思った。相手も何か考えているかのようにドトウの顔を見つめ返してくる。
……やがて、動物はドトウに対してふいっと身を寄せた。
「ついてきてくれるんですねー?」
ドトウが少し歩くと、その動物ものそのそと脚を動かしてついてきた。
「ワタシの言う事は聞かなかったのに……」
前かがみ気味で不満げな顔になりながら腕を組み、タイキはそう言った。微妙なジェラシーが入っているのかもしれない。
だが、それ以上はどうこう言わず牛舎への誘導を手伝ってくれた。
もしあの動物がどこかの牧場から脱走してきた存在なのだとしたら、とりあえずは保護して警察に相談せねばならぬ。
そんな事を考えつつ、ドトウに寄り添う動物を牛舎の方へ誘導した。
牛舎の方に動物を匿うのと並行して、牧場主の老夫婦に報告をする。
「こげん動物見た事ないね」
携帯の写真を見ながら、夫婦そろって首を傾げる。やはり牧場の家畜ではないようだ。
「ご近所さんの牧場ならどんな動物がいるか知っとるけんね。脱走したらどこの子かすぐ分かる」
……十数キロ離れているのがご近所と呼べるのかどうかはともかく。
「じゃあ、野生の動物?」
タイキシャトルがそう考え込むが、旦那さんは首を振る。
「いやどっかで飼われとったやつやろ」
彼は、そう言い切った。タイキシャトルは首を傾げた。
「もし自然でこういうのが生きとったら、たてがみがこんな綺麗に揃ってたりはせん。定期的に人間に刈ってもらっとる毛ぇしとる」
やはりどこかの動物がなんらかの理由で逃げ出して、ここに辿り着いたのだろう。そんな動物を、吹雪く中でほっぽりだすほどこの老夫婦も薄情ではない。
『今夜は例年稀に見る猛吹雪になりそうです。皆さん、決して外を歩かずに――』
ニュースでもそんな事を言っている。ともなれば、動物管理センター・保健所や警察署に一報を入れておくのは当然の流れである。
『あぁ、今日は吹雪がおさまりそうにもないし。明日おさまったらすぐ向かいますんで』
「よろしくおねがいします」
吹雪は更に酷くなった。それがやむまで、警察官も事情の聴取に向かえぬらしい。
タイキとドトウは、とりあえずその動物に白湯と餌になりそうなものを用意してやる事にした。
「この子は何を食べるんでしょうか……」
見知らぬ動物ゆえに、その食性を知らぬ。動物というのは、人間と比べれば食べられないものが多い。たとえばタイキが咥えているチョコだ。そこでふんぞり返っている猫にこれは猛毒である。なのでどれだけ欲しがっている目をされても、与える事は出来ない。
「……動物さんも欲しがってマス?」
謎の動物の方も身を乗り出すようにしてタイキシャトルが食べているものを欲しがっている。「何故こいつが食べれて、自分が食べれないのだ?」と言わんばかりの顔で見つめてくる始末だ。
さすがにタイキシャトルは困ってしまった。分け与えられるものなら分け与えたいが、多くの動物に毒なのだからそれは出来ない。
タイキはどうしたものかと悩み始めた。鞄に入っている中で、何かあげられるものはないかと探してみる。
(……
お夜食用に取っておいた高級にんじん。一応、家畜用飼料としてはにんじんはよく使われる部類である。
試しに一欠片だけ、ソレを差し出してみた。するとその動物は、警戒もせずにすぐ口に入れて咀嚼する。どうやらにんじんは食べ慣れていると見受けられる。
咀嚼を終えると「もっと欲しい」と言わんばかりにこちらに視線を向けてきた。
その視線を受けてタイキシャトルは渋々にんじんの一欠けを与えると、その動物はパクッと食べた。そして先と同じ視線。
そんなやり取りを繰り返して、にんじん丸々一本を全部その動物に与えてしまった。
「ワタシの、にんじん……」
「ま、また町に買いに行きましょう……?」
ドトウは慰めの言葉をかける。それにしても、一体なんの動物なのだろうか。
旦那さんと少しの間相談して、口の形やにんじんが好みである事から少なくとも草食動物であろう事が推測できた。
牛と同じように飼い葉を与えてみると、腹が減っていたのかそのまま平らげてくれた。
「餌の問題はこれで解決、ですかねぇ~……?」
少なくとも、とりあえず飢え死にはしなさそうだ。その動物は腹が満たされて安心したのもあってか、おとなしくドトウに撫でられている。
「ワタシだとあんまり嬉しくなさそうなのに、ドトウだとやけに嬉しそうデス……」
やっぱりジェラシーを感じるタイキシャトル。ドトウの背中から抱きつくように手を回して、自分にもかまってほしいとアピールした。苦笑するドトウ。
「でも、人慣れはしてますよねぇ……」
じゃれついてきたタイキシャトルの頭を撫でながら、そんな事を言うドトウ。
旦那さんの言う通り、どこかで飼われていたのは確実なのだろう。
脱走してからここまでたどり着いたと考えるなら、ご近所さんの牧場からやってきたとしても長距離移動してきた事になる。
――吹雪いている日に、外に出てはいけないよ。そこは違う世界と繋がっているからね。
またドトウは奥さんのお話を思い出した。
もしかしたら、この動物は違う世界から迷い込んできた生物なのかもしれない。
(この動物さんは、どこから来たのでしょう?)
ドトウは考え込む。
他の牧場や動物園から逃げ出してきたなら飼い主の元に送り返した方がいいだろうし、違う世界の……というのならば、その向こう側にある世界に返しに行くべきなのだろう、か?
なんにしても、やはり飼い主の宛てが見つかるまではここで世話する事になるかもしれない。
「私たちも一旦宿舎に戻りますか~……」
牛達や謎の動物の世話を終えると、そういう話で落ち着いた。
ドトウがその場を離れようとすると、誰かに袖を引かれる。振り返ると、あの動物が服の裾を噛んで引っ張っていた。
「あら~……」
なんとなく寂しそうにしているのが分かった。この子はきっと誰かと一緒に居たいんだとドトウは察する。
「だいじょうぶですよー、牛さんや猫さんが一緒にいますから~。また明日会いにきますぅ~」
そうはいっても、この動物は不安そうな顔をしている。
(やっぱり、この子ってタイキさんと似てる部分がありますぅ……)
一緒に働いているタイキシャトルは意外と寂しがり屋だ。普段の生活の中でもそうである。
牧場の都合で一人きりの留守番を任せた時は、帰ってきた牧場主さん達やドトウにべったりくっついて離れない事もあった。
仕事中にタイキが甘えてくる時もある。その時に感じる印象と、目の前にいる動物の雰囲気がよく似ていた。
ドトウは、タイキシャトルにいつもやってあげているようにその動物の首回りをそっと抱きしめてやる。
すると、落ち着いてくれたようでおとなしく抱かれてくれる。
「だいじょうぶ。また明日、会えますからね?」
ドトウが優しく話しかけると、その動物はコクりと小さくうなづく。
それを確認して、ドトウは宿舎へと戻る事にした……。