「Hummmmm…………」
タイキシャトルは、腕を組んで訝しげにしていた。
何故このようにしているかと言えば、牧場の皆が、自分に隠し事をしている気がするのだ。
冬が開けて、この寒い地域でも雪が降る事も少なくなってきた三月の下旬。
牧場の暮らしは相変わらず忙しいが、それでも今日は皆がやけに忙しなく動いていた。
タイキシャトルはそんな牧場の雰囲気を敏感に感じ取って、自分が知らぬ仕事を皆がこなしているのではないかと勘ぐっていた。
仕事を一旦終えてそんな風に考え込んでいるドトウの前を、牧場主の奥さんが通りかかる。
「ハウディ!!」
「タ、タイキさん。今日も元気よかね」
後ろ手に何か隠し、そそくさと逃げるように去っていく牧場主の奥さん。
やはり何かおかしい。そう確信したタイキシャトルは、次に通りかかったアオを抱きしめるようにして捕まえる。
「オーダーシスターアオー♪」
「ほわぁ!?」
唐突に自分を抱きしめるタイキシャトルに、アオは面食らう。アオは驚きに顔を歪めるが、しばらくしてぎこちない愛想笑いを浮かべる。
やはり、いつもの反応と違う。
「な、なにかな。タイキさん……?」
顔には、ぎこちなくも穏やかな笑みを浮かべ続ける。
普段、快活な彼女には見られない表情だ。違和感を禁じ得ないタイキシャトルは、アオに訊ねる事にした。
「ナニカ、かくしごとしてイマセンカ?」
ギクリ、とアオは震えた。そのまま誤魔化すようにオロオロとしているが、タイキシャトルはニッコリと笑いながら、抱擁を強める。
「……シテイマセンカ?」
口調はどこまでも柔らかく、それがかえって問い詰められているような気にさせる。アオはぎこちない笑顔のまま、冷や汗をだらだらと垂らして彼女に答える。
「ご、ごめんなさいタイキさん!!!」
そう言って、彼女は体をよじってタイキの抱擁をこじ開けると、掴み直すのも間に合わないくらい全速力で逃げ出した。
突然のアオの逃走に、タイキシャトルは驚いて思わず硬直した。
タイキが追いつけないほど速く走ってはいないが、それでもタイキは追いかけなかった。
そんなタイキの目の前を、メイショウドトウが通りかかっていく。
「あ。お疲れ様ですタイキさ~……」
いつものようにメイショウドトウが挨拶しかかったのだが、タイキシャトルは訝しげにしていた顔つきを、一気に悲しそうに歪める。
「どどぅ~~ぅ……」
涙声をあげながら、すがるような眼差しをマイディアードトウに向けるタイキシャトル。
「ワタシ、みんな怒らせるような事してしまいマシタか……?」
そんな悲しいタイキを見たドトウは面食らって驚くも、すぐに彼女に慰めの言葉をかけた。
「ど、どうしたんですかタイキさん! だ、だいじょうぶですよ! わたしがついてますからぁ~~~!!!」
二人でワンワンと涙声をあげている内に、牧場主の旦那さんが駆けつけてきた。
寡黙な彼は心配そうに彼女達に近寄ってくるが、二人の言葉を聞いて、すぐに合点がいったようで。
「あぁ、やっぱりあかんねやり方が」
そして旦那さんは、どうしたものかと頬を掻いた。
旦那さんから説明を受けて、タイキシャトルは目をぱちくりとさせる。
「オゥ、バースデー?」
そう言われて、初めてタイキは「今日が自分の誕生日である事」を知らされた。そして旦那さん達も、それをサプライズとしようとしていたらしい。
「サプライズばらした言うて、アオやアイツに叱られる。黙っといて」
と、旦那さんはタイキにお願いするが、タイキシャトルは怒る事もなく素直に了承した。
「オフコース! 協力シマス!」
皆が自分の為にしてくれたのなら、ビックリはしたが怒る必要なんかないと彼女は思った。ニコニコと笑いながら、ドトウの方を見る。
「か、かくしきれませんでしたぁ~~……」
旦那さんと一緒になってしょげているドトウ。これからタイキとドトウは一緒に買い出しの予定だった。そこから帰ってきてからの、サプライズバースデーパーティーだったのだろうか。
タイキシャトルは、目尻に残る涙をうすら浮かべながらも、嬉しそうに笑いながら、ドトウの手を力強く握った。
「マイディア。一緒に買い物にイキマショウ♪」
ドトウは、背筋をピンと張ってから、それに応えるようにこくこくと頷く。
件の以来、ドトウは『マイディア』と呼ばれると幸せな気持ちになる。それを知っていてここぞという時に彼女をそう呼ぶタイキは、ちょっとイジワルだ。
とはいえ、それを咎めるモノも居ない。旦那さんは「邪魔しちゃ悪いな」と思いながら、買い出しの代金を二人に渡すと牧場の方へと戻っていった。
手を繫いで町までの道を歩く中、タイキは気分よさげに口ずさむ。
「my dear♪my dear~~♪」
ネイティブな発音で歌うタイキに対して、ドトウは頬が緩んでしまう。
「ひ、ひとけがあるところでは、やめてくださいね……?」
そう小さく諫めるドトウに、タイキは満面の笑顔を返しながら応える。
「Negative」
満面の笑顔で、タイキにしては珍しく拒否を示す。ドトウは頬を染め、戸惑いながら歩く。しかしそれでもタイキの手を振り払う事はしなかった。
雪がすっかり解けた地面に目を向けて、二人は歩く。そこには若草が生え始めており、それらが太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
そんな景色に心を奪われながらも、ドトウはタイキの手を離さないようにしっかりと握り続ける。
二人は思い出していた。あの冬の日に見た山林の光景を。
誰かがおやつをくれるという呼びかけの元へ、一緒に仲良く戻っていく、二匹の動物を。
だが少し視線を上げれば、雪が積もった針葉樹ではなく蕾が膨らみかけた梅の花の枝と葉が見える。
「春デスねぇ」
そう呟いてタイキは嬉しそうに空を見上げた。ドトウも同じく見上げるが、まだ風は冷たく感じた。寒さに鼻先がピンク色に染まる。身を縮めながら、返事をするように頷いた。
「ドトウは、シャトじいじがいた頃よりも髪が伸びて、マスマス、ステキなレディにナリマシタ」
「そ、そうでしょうか……」
そう言いながらドトウは照れて顔を俯かせる。一年に一回くらい、トレセン学園で自分達を導いてくれた恩師であるトレーナーに会う事はある。その時に、タイキはアオと一緒になってドトウのコーディネートを見繕ってくれる。
アオの好き好みは古めかしいが、タイキの選ぶコーディネートにいいアクセントを加えてくれる。そういう意味で、三人は良い関係を築けている。
一年に一回、おめかしをする自分の容姿にドトウは戸惑いを覚えるのだが、それはきっと良い変化なのだろうと思う。
今日はその返礼に、前々から牧場の皆で考えあぐねて選別していたお洋服をタイキシャトルにプレゼントしようという計画だったが、もうここまでバレてしまえば試着までしてもらった方がよいのではなかろうか、と。ドトウは買い物をしながら考える。
「高級にんじんもお忘れなく!!」
デジャヴを感じるセリフを発するタイキ。いや、しかし、今日この日ならば、それは許されるだろう。
ドトウはプレゼントを見繕う用途に多めに渡されていた代金を慎重に計算しながら、「今日だけは絶対ドジしないように……」と思い悩み始める。
「ドトウ」
「は、はい!?」
ドトウの頬を軽く潰されるように、両手を添えられる。ドトウは驚いて目を見開くと、眼前にタイキシャトルの整った顔があった。
「代金の計算なら、ワタシも一緒にヤリマス。携帯で、ほら……」
計算アプリを起動したタイキシャトルが、ドトウに顔を寄せる。
「う、うぅ~……」
ドトウは己が不甲斐ないと謝ろうとしたが、タイキはそれを制止する。
「ドトウ。得意不得意。役割分担。ワタシ達は、お互いを補っているだけデス」
「え、私……タイキさんを補える部分なんてありましたっ!?」
ちょっと卑屈気味なドトウの発言に目を丸くするタイキシャトル。それから、ニコニコと笑い、優しくドトウの頭を撫でた。
買い物のターンはタイキシャトルのお洋服に移り、タイキシャトルは更衣室の中。カーテンを隔ててドトウに語る。
「ドトウ。あなたは、ワタシにないモノをいっぱい持っていマス」
「へ……!? 私が、ですかぁ!?」
ドトウはそんな大層なものではないと否定するが、タイキはそれを否定した。
「ドトウ。あなたはとても優しい人間デス。その証左に、牧場の動物の皆が貴女になついています。牧場主の旦那さんや奥さん、アオだって貴女をとっても大好きデスヨ?」
「それは~……でも好かれてるのはタイキさんもじゃ~……」
ドトウはますます萎縮するが、タイキシャトルはそれを受けてくすくすと笑っている。
「オウ、それは嬉しいデス! アオ、旦那さん、奥さん。ワタシも、彼らとずっと仲良くしていきたいデス! ……デモ、動物達だけは、どうしても仲良くなるのに手こずる子がいます」
そういわれ、ドトウはよくよく考える。確かに、タイキのハキハキとした雰囲気に圧され、臆病な子はとことんタイキの顔色を窺ったりもしている。
でも、放牧の終わりやおやつのおしまいを告げる担当はタイキの方が得意。つまりワガママな時の動物達に指示へ従わせる事は、タイキの領分だ。
「デショ?」
ドトウがそこまで考えが及べば、おのずとタイキが言いたい事も理解できた。
「……でも、私からしたら。タイキさんは、やっぱりステキな女性で……それこそ、ずっと隣に居てほしいくらいには~……」
もじもじと手を合わせて照れながらドトウは呟く。タイキシャトルは着替えの手を止めて、思わず噴き出した。
「オウ! マイディアッ、そのプロポーズはサプライズですか?」
「え、は。あ」
そう言われてドトウは一気に顔を赤くし、それから慌てる。
「そ、そうじゃなくて……こう、約束した通り、お互いに旦那さんが出来ても、それで孫ができて、おばあちゃんになっても……一緒に、一緒にいれたらいいなって……そういう意味で……」
「ワカッテますよ」
顔を赤らめてワタワタするドトウをなだめるようにタイキシャトルがいう。しかし、その声には真剣な色が宿っていた。ドトウはその事に息をのむ。
「でも、プロポーズを受け取ったくらいに。トテモ。嬉しいデス。ドトウ」
タイキは試着が終わったのか、カーテンを開ける。
そこには、グリーンカラーを主体としたポロシャツに、白い長ズボンを着込んだタイキシャトルがいた。
いつもよりラフさを感じさせるソレは、冬の終わりが近づいている事を否応なしに実感させられるようだった。ドトウは目を細める。
「似合ってますよ」
実際、男性的な服装さえもタイキは似合ってしまうのだから、そういうところがドトウは「自分にはない側面」として魅力的に感じてしまう。
「イエス。ドトウのように黒長のロングコートを羽織ってみる事も考えてみましたが……アァイウのは、髪の長い女の人が似合います」
タイキは自分の、後ろにまとめた髪を撫でた。髪型を変えれば今のドトウと一緒の長さくらいにはなるかもしれないが、タイキは今の自分が好きだ。何故ならば。
「でも、私はタイキさんみたいな、ボーイッシュ……? えぇっと、とにかく、カッコいい格好も、私は大好きですよ!」
そう。タイキシャトルがいつも着ているような服装は、ドトウにとってはとても好ましいモノだ。
そんな正直な想いを伝えてくるドトウの頭を、タイキは撫でる。
大切な親友で、仕事仲間で、マイディアーであるドトウの大好きな褒め言葉を受け取って嬉しくないはずがない。タイキはそんな思いのままに表情を綻ばせる。
今のドトウは、学生の時と比べればだいぶ大人びて見える。
外見からして以前の学生の時とは違うという事もあるのだろうが、やはり一番の理由は数々の出来事を乗り越えた事による心境の変化だろうか。
「ドトー、やっぱり動物に好かれる人です。ちゃんと、忘れずにウィルさん達のおかし買ってアゲテマス」
「え、そ、それは。だって彼らもちゃんとした家族ですし……」
タイキが買い物袋を指させば、その視線を追って少し謙遜気味になる。そして優しい笑みと共にまた視線を戻すのだ。
「ちゅーる、与え過ぎないように。気をつけないとイケマセンネ。ドトウは優しすぎるから、オネダリに負けそうにナッテル時アリマス」
「う、そ、それは~……」
「ウィルさんだって。高齢ですから。ドクターハザマに量に気をつけるように言いつけられてマス」
「……はいっ。与え過ぎないようにがんばります」
おどおどしつつも、タイキの指摘を受けて嬉しそうに応えるドトウを見て、タイキは改めて思う。
やはり、この子は動物、あるいは他者に真剣に向き合う事が好きなのだと。この親友と出会えた事こそが、自分の最大の幸運であるのだと。
そう思えるほどに、ドトウと一緒に居られる事が幸せだった。だから、その思いのままに伝える事にした。
「ドトウ」
そんな想いを込めた一言は、この春の始まりを吹き抜ける風よりも優しくドトウの耳に届き。
それを受けてのドトウの反応もまた、春風のようにふわりと暖かい。
タイキシャトルの目の前には、タイキが以前に見繕った黒いロングコートを着たドトウがいる。
タイキシャトルは新しいポロシャツと長ズボンを合わせた姿で、二人は手を繋いで言った。
「いつまでも一緒に居ましょう。さっきの答えは、モチロンYesデス♪」
タイキシャトルがそう言うと……ドトウは満面の笑顔で頷いた。
「タイキさん、大好きですよ~」
「i do」*1
ドトウは、タイキの手を握りながら、牧場への帰路を歩んでいく。
牧場に帰ってくると、見知らぬ車が止まっていた。タイキ達が働いてる牧場は観光牧場も担っているが、観光客だろうか。
しかし今は空が赤く染まっている夕方。観光の時間外である。二人は不思議に思いながらも、宿舎の方へ歩みを進めていく。
「わっ!」
すると、タイキシャトルの背中にアオがぴょんと抱きついてくる。タイキはよろけながらも、快活な笑みを浮かべてアオを受け止めた。
「アオー!」
「タイキさん、さっきは悲しませたみたいでごめんなさい! お父さんから聞いたよ!」
そういいながら、申し訳なさそうにするアオは、タイキの背中に隠れるようにしている。
タイキシャトルは正面で向き合うように姿勢を直し、アオの頭を撫でながら、先程の話題について言葉を交わす。
「オフコース。だいじょうぶデス。アオや奥さんは、ワタシを喜ばせようとしてくれたのデスカラ」
アオは、「よかったぁ」と言いながらはにかむ。タイキシャトルはドトウとアオと、両手で二人と手を繋ぎながら、また歩き始める。
「バースデーケーキちゃんと買えた?」
「はいっ、もちろん! ……タイキさんの目の前ででしたけど」
「ハイ! おっきーの買いました!!」
肩を縮こませて答えるドトウと嬉しそうなタイキの様子に、アオはくすくすと笑う。
「よかった。でも、お父さんやドトウさんには悪い事しちゃったなぁ」
そう後ろ頭を掻くアオに対して、二人は首を傾げた。
「タイキさんがトレセン学園から離れちゃってレースから遠のいても、結局のところ。タイキさんのお祝いしたい、って人いっぱい居たみたいでね」
アオはタブレットを開いて、SNSで検索したモノを見せる。
『#タイキシャトル生誕祭』
そのタグに投稿されたモノの中には、現役当時を思い返す簡単なファンレターや、それらの活躍を描いたファンアート。
タイキシャトルが現役から遠のいた今も、まだまだタイキシャトルへの熱は冷めていない事がありありと示されていた。
タイキシャトルは少し目を見開き、しかし嬉しそうに頷いていた。
「ワタシの誕生日の喜び、みんなと共有! これはハッピーですネ!」
ニコニコと笑顔を振りまいて言うタイキシャトル。それはまるでキラキラと輝くモノを目の当たりにしているかのようだった。
アオとドトウはその様子見て、また嬉しそうに笑う。
「世間のみんなの方があたしやお母さんよりサプライズ上手だったりして、なんて」
アオが冗談めかして言うと、タイキシャトルは満面の笑みを浮かべて。
「ううん、ワタシ。こういう風にSNSでミンナが今日祝ってくれてた事、知らなくて。トッテモ、素晴らしいサプライズデス!」
そういうと、タイキは脇にいる二人を引き寄せて。感謝の証であるかのように、ハグする。
「わ、わっ……」
「ハハ、でも、ね。ドトウさんやお父さんにヒミツにしておいた、タイキさんへの一番のサプライズプレゼントは……」
そういって、アオは宿舎の前に、牧場主さん達と一緒にいる人影を指さす。
きっとそこに、トレセン学園の昔の仲間達から誕生日プレゼントを託された『あの人』が居るだろう。
夕日が沈んでいく。見慣れた景色に、夜の闇が差し掛かる時間だった。しかしタイキシャトルは……それでも尚、胸の奥から燃え上がる興奮と喜びに打ち震えていた。
夕焼け空に向けて伸びる影も、まるでその存在を祝福するかのように揺らめくように。
タイキシャトルへ『ずっとずっと、穏やかに余生を過ごしてほしいという想い』を抱いてくれてたであろう、その人に。
彼女は自分の足に力を込めて駆け寄ると、その人に満面の笑みを見せる。
二度目が来るのは、まだ遠い。
ずっとずっと先。
タイキシャトル誕生日。
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一人のトレーナーとしてタイキを祝う
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祝おうとしたら突進ハグ喰らう。(ぐしゃ)