その日、メイショウドトウは夢を見た。
タイキシャトルと二人で並んで歩いている夢だ。
二人は何気ない会話をしながら原っぱを歩いていく。タイキは楽しそうに尻尾を振りながら笑顔で話をしてくれている。
――いつまでもこんな日が続けばいいのに。
ドトウはそんな事を思った。タイキと一緒の時間を過ごすうちに、タイキはドトウにとってかけがえのない存在になっていた。
彼女の傍に居るだけで楽しい気分になれる。彼女の元気を分けてもらえて自分も明るくなれる気がした。
だからずっとこのまま、何も変わらずに過ごしていきたいと思うのだ。
「タイキさん、今度の休みは一緒にお食事にいきませんか?」
ドトウは日常的な話題をしながら、後ろを歩いているはずの彼女の方へ振り向く。
しかし、そこにタイキの姿はなかった。
慌てて周りを見渡すと、先ほどまで隣にいた彼女がいない。
「……タイキさん?」
呼びかけても返事はない。どこにも姿が見えない。暖かな原っぱの天気は吹雪いてきて、手を伸ばした先すら見えないほどに視界が悪くなる。
ドトウは焦った。急いで周囲を探し回った。
「タイキさん!!!」
必死に名前を呼んで、ドトウは走る。どこに行ったのかも分からない。だけど、彼女を一刻も早く見つけなければいけないという衝動に駆られる。
もう二度と、会えなくなる気がしたから。
ドトウはうなされながら眠りから覚めた。目を開けてみると、タイキシャトルが心配そうに覗き込んでいる。
「……ドトウ。ダイジョウブデス?」
ドトウは上半身を起こしてタイキシャトルの顔を見る。そして自分が泣いている事に気付いた。
ドトウは涙を拭いて答える。
「だいじょうぶですよー。……ただ、ちょっと寂しくなる夢を見ただけです」
タイキシャトルは相変わらず心配そうな顔をしていたが、ドトウはそれ以上詳しい事は言わなかった。
時計を見るとまだ早朝の時間帯だった。
窓から外を見てみると、吹雪はとっくにやんでいる。
一面の雪景色。昨日までとは打って変わって、空は晴れていた。
ドトウとタイキシャトルは牧場主の奥さんが用意した美味しい朝ごはんを食べてから、動物たちの様子を見に行くことにした。
牛舎には旦那さんが既に居た。警官さんや保健所の職員らしき人も一緒にいる。
「こりゃー、私たちも見た事ない動物ですね」
「やっぱそうですかぁ……」
「この子、暴れたりはしないんで?」
警官さんが動物の様子についてそう訊ねた。旦那さんは静かに首を振る。
どうやら昨日の動物はおとなしくしているらしい。ただ、外を散策したそうにじっと扉の方を見つめているという。
「うーん、この手の動物が居なくなったっていう届け出も出てないみたいだしなぁ……」
警官さんは書類を片手にそういう事を述べる。この動物に関する情報は出てこないようだ。
皆が首を傾げている中で、その動物がドトウがやってきた事に気がついて顔を近づけてきた。
動物は鼻をぼふぼふと寄せて、ドトウの匂いを確認すると安心した様子ですり寄ってくる。
「おはようございますー。約束通り会いにきました」
ドトウは動物を優しく抱きしめる。何故だか、夢の中での不安が和らいだ気がして少し安心した。
「……ちょっぴり羨ましいデス」
その光景に、タイキシャトルはやっぱり微妙なジェラシーを感じたが。それと同時に不思議な想いが沸いてくるのを感じていた。
結局のところ、この動物は「飼い主不明」という扱いになるらしい。誰かのペットなのか、野良なのか、それとも誰かがどこかから連れてきたのか。
「保健所の方に移送しますか?」
職員さんがそう提案してきたが、旦那さんは首を振った。
「いえ、そっちがよければ。とりあえずはこのままウチに置いておこうと思います。獣医さんがちょうど今日来ますし。もし問題があればその時はまた考えますよ」
旦那さんは優しく動物を撫でながら、そういった。職員さんも警官さんもひとまずその判断に異論はないようで、納得してくれた。
こうして、その動物は牧場で預かる事になった。
動物を保護する時に、まず真っ先に調べる事は「なにかしらの病気を持っていないか」だ。
それが一緒にいる家畜・飼育員にまん延して、まかり間違えばパンデミックを引き起こしかねないからだ。
「黒男先生、どうですか~……?」
ドトウが不安そうに、いつも牛達の健康診断をしてくれている獣医さんに声をかけた。
「さぁ、こんな動物は私も見た事がない。ハッキリした事は……」
そうは言いつつも、獣医さんは一心不乱に動物を検査していた。全身を調べて、隅々までチェックしていく。
動物は特に暴れたりする事もないが、たまにちょっかいを出すように獣医のつま先を踏んでくる。
「……年甲斐もなくいたずらっ子のようで」
獣医さんは苦笑しながら、足を引っ込めて悪戦苦闘を続ける。ドトウやタイキも隣に立って、その様子を見守っていた。
しばらく検査を続けて、ようやく結果が出た。
「推測になるが、いたって健康体。おそらくは病気にも感染していない」
そう告げられた瞬間、ドトウとタイキはホッと安堵した。
しかし、獣医さんは真剣な顔のまま言葉を続けた。
「ただ、だいぶ老齢だ。人間にして80歳かそこいら。早めに飼い主や知見のある獣医を探した方がいいだろう。後者はこっちでも探してみるよ」
……獣医が示したのはそういう見解だった。
この動物がどういう経緯でここに来たのかは分からない。
一つ分かる事は、『吹雪の中から突然現れた』という事だけだ。
家畜の放牧作業をしながら、ドトウとタイキは手がかりを探し始めた。
「足跡なんかがあるといいのですが……」
昨夜は猛吹雪であったから、雪の上に残る痕跡というのはあまり期待できない。それでも二人は辺りを見渡してみる。
そんな時、タイキシャトルがドトウを呼んだ。
「ドトーウ! こっちにキテくださーい!」
彼女の足元には、大きな布があった。タイキシャトルはそれを広げてみせた。
それはカーフコート(防寒着)のようだった。ただ、形からして牛に使うものではないように思える。
何か書かれていないか、タイキは確認するためにそれを裏返してみる。
『タイキシャトル用』
コートには、そう縫い込まれていた。ドトウもタイキも驚きのあまり、目を丸くする。
「ワタシ、こんなコート着た事ありません」
そう言いながらコートを羽織る。女性としては体格の良い彼女でさえ、あまりにも大きすぎてブカブカとしてしまう。
「……じゃあ、あの動物さんの?」
二人が思い浮かぶ可能性は、それくらいしかなかった。
だが、そうだとしてもおかしな事がある。なんで彼女の名前である『タイキシャトル』と記されているのか。
それに、このコートの持ち主はどこにいるのか。二人には見当もつかなかった。
二人が難しく考え込んでいると、背後から後頭部を軽く突かれた。
ドトウが振り返ると、あの動物さん。その動物は、ドトウの顔をじーっと眺めている。
ドトウは「何を言いたいのかな?」と思って首を傾げると、動物の方も同じ方向に首を傾げた。
まるで真似っこ遊びをする子供のようである。
ドトウはなんだかおかしくなって、思わずクスリと微笑んだ。
「……あなたが、このコートを持ってきたんですか~?」
言葉までは通じないのか、動物は答えはしない。されど動物にコートを着せてみると、形もサイズもピッタリだった。
「ジャストフィット! あなたのもので間違いなさそうデスネ!」
タイキシャトルがそう言うと、動物は少しだけ嬉しそうに尻尾を振った。
「イエス! 落とし物が見つかってよかったですね、シャトじいじ!」
「シャトじいじ?」
タイキが動物をそう呼んだので、ドトウは聞き返した。
「動物さん、今後一緒にすごすなら名前を決めておいた方がいいデス! コートも、この子のモノならきっと書かれている通りの名前に違いアリマセン!」
タイキはそういうと、コートに縫い込まれた『タイキシャトル』の名を示した。
「獣医さん、老齢いってマシタ! だから、シャトじいじ!」
自分と同じような名前を許容する彼女にドトウは一瞬だけ唖然としたが、でも、その名前は良いかもと思った。
動物の方も、その名前を気に入ったのか。また尻尾を揺らした。
「……うん、これからよろしくおねがいしますね。シャトじいじさん」
ドトウがそう呼びかけると、シャトは元気よく嘶いた。