メイショウドトウは、昔から同一の怖い夢を見る時が極稀にあった。
霧がかった夢の中に見えるのは、自分が知らない神話の怪物。麒麟、あるいは龍に似た巨大な獣を思わせるようなシルエット。
その怪物の名前を呼ぶようにして、周囲の人々は悲しそうな顔で言うのだ。
「今回勝ったのは、またテイエムオペラオーか……」
……ドトウは、“その子”の名前が嫌いだ。それが誰であるのか、よく分からない。けれど、夢の中でその名前を聞く度に心がざわついて仕方がない。
――みんながこんなにも悲しそうな顔をするのだから、そいつはきっと凄く悪い奴なのだ。
ドトウはそういった感想を抱きながらも、自分の目の前で大好きなみんなが悲しそうにするのが寂しくて、辛くて、切なくて。……泣きそうになるのを堪えて、夢の中の彼女はいつもそこで目が覚める。
「…………」
いつもの夢が終わりを迎える頃には、その名を思い出す事ができなくなる。
思い出そうとも思わない。こういった夢は、早々に忘れるに限るからだ。
そう自分に言い聞かせながら、今日もメイショウドトウは起床する。
時刻は午前5時半。日が昇る直前の時間である。
「……よし、大丈夫」
夢の事はもう忘れた。ドトウは朝の支度を始める。
寝巻きを脱いで、洗濯物をまとめて。まだ眠たそうな目を擦りながら、ドトウは身だしなみを整え始めた。
相変わらず、彼女達の朝は早い。
『芸能人格付けチェック~~~!!!!』
仕事が一段落ついての夕食。テレビの画面にはバラエティ番組の賑やかな光景が広がっていた。
ドトウは夕食を食べながら、食い入るようにそれを見つめている。
「珍しね。ドトウさんがそんな風に興味津々なんて」
テレビに釘付けになっているのを見て、牧場主の奥さんがドトウに話しかけた。
それに対してドトウは少し恥ずかしそうに答える。
「あっ……いやぁ、そのぉ……昔の知り合いが……」
そういう辿々しい素振りで説明していると、テレビの中に映っている司会のベテラン芸人が口を開いた。
『この番組はですね、数々の芸能人が一流たるかどうか確かめるどうかという番組です。今回の挑戦者はかつてレースで活躍した名だたるウマ娘達――まず紹介するのはテイエムオペラオーさん!!』
『ハーッハッハッハ!!!』
画面の中央に、テイエムオペラオーが現れる。
自信満々な様子で堂々と笑う様は、まさしく世紀末覇王と呼ばれるに相応しい佇まいであった。
「あぁ、テイエムオペラオーさんね。昔はドトウさん一緒に走ってたて。よく覚えとるよぉ」
奥さんが『テイエムオペラオー』と口に出すと、ドトウの耳がピクンと嬉しそうに揺れる。
「すっごい速かったけんね。一年間無敗? って時もあったって聞いたよぉ」
奥さんの言葉に、またドトウの耳が揺れ動いた。
「そうなんです。オペラオーさん、私なんかよりもすっごく強くて……」
ドトウは、自分の友人が褒められるのが素直に嬉しかった。憧れる存在が認められ、そして称賛される。それは何とも心地よいものである。
「ドトウも速いデス」
不意に発せられたタイキの言葉を聞いて、嬉しそうに揺れていたドトウの耳が一瞬強張った。
「そうね、あんだけ速い子が大勢いる中でいつも二位で。テイエムオペラオーさんにも勝った事があるんだって? ドトウさんもすごい強いじゃない、また謙遜なんかしてぇ――」
奥さんは笑いながらそう言ったが、ドトウの顔を見て心配そうな表情になった。
「……どうしたん?」
「え?」
「……なんかあったと?」
ドトウの目尻には、少し涙が溜まっていた。
ドトウ達が過ごしたトレセン学園の青春は、円満な形でひとまずの終わりを迎えている。
アスリート競技に関わり続ける者、新しい道を歩み始めた者とそれぞれだが、誰もがその輝かしい日々を胸に抱いて生きている。
あの日々に感動の涙はあれど、悲観に浸るような思い出は一つも残っていないはずなのだ。
しかしそれでも、今日は心の片隅に悲しくて寂しい気持ちが消えない。そんな不思議な日だった。
『では今度のクイズは、一切れ15000円の肉と1500円の肉を区別していただきますっ!』
『ちょちょちょい! ウチにとってはどっちも高級な肉や!!? そんなんわからへんてぇ~!』
『今日はごちそうだな、タマ』
芸能人ウマ娘チームのやり取りを受けて、会場に笑いが起きる。
「……二人とも、相変わらず仲よさそうだなぁ……」
テレビを眺めながら、ドトウは食事を進めていた。傍らでタイキシャトルが、牧場主の夫婦に確認するかのように口を開く。
「今度あるテレビの取材、受けるんデスカ?」
この牧場は辺鄙な場所に年を取った夫婦が居を構えて経営しているというのもあって、時々取材を受ける事がある。
ドトウやタイキがここに来たきっかけになったので、今回も取材を受けるかどうかという話は二人にとっては気になった。
「そうね、今回も受けようかと思とんだけんど……」
奥さんの方がそう答えてから、ドトウ達に視線を向ける。
「ドトウさんとタイキさんもカメラ写したい相談が来とるんよね。どうす? そっちは二人に任せようかと思うけんど……」
ドトウとタイキは互いに顔を見合わせた。
「もちろんデス! 一緒に取材受けマス!」
「私も……新しい厩務員さん達が来るようにお力になれればぁ……」
ドトウ達は揃って笑顔を浮かべながら、奥さんにそう返す。
二人が快く請け負った理由には、単純に牧場を手伝いたいという気持ちもある。しかしもう一つの理由もあった。
『オペラオォー!!! なんで自信満々にBに入ったのに不正解しとるんやァーッ!!?』
『ハーッハッハッハ!!! ボクも1500円のお肉を高級と感じる庶民の出自さ!』
『うん。どっちも美味しくてよかったな、タマ』
『いいわけあるか! 三人揃って格落ちやァーッ!!』
二人は懐かしい声が流れるテレビの画面を見る。
そこに映っているテイエムオペラオーの姿を見ながら、タイキは言った。
「オペラオーさんの取材、楽しみデスネー」
「そうですねぇ」
そうして数日後。牧場に取材班と、テイエムオペラオーとそのトレーナーの二人がやってきた。
「見たまえリュ……トレーナー! 牛がたくさんいるよ!」
テイエムオペラオーが柵の中から外を見て、嬉しそうな声で隣にいる男性を呼んだ。
その横に立つ男性――かつてテイエムオペラオーと共に駆け抜けたトレーナーである彼は、彼女の様子を見て苦笑している。
芸能人になったウマ娘と、その親しい人物が一緒に田舎を訪問旅行するというスタイルの番組。テイエムオペラオーのトレーナーである彼も、その番組の出演者として呼ばれていた。
「オペラオーさん!!」
ドトウが、テイエムオペラオーに声をかける。
テイエムオペラオーはドトウの方を見た。そして、嬉しそうにニカッと笑う。
「久しぶりだね。ドトウ!」
テイエムオペラオーは、ドトウにとって憧れの存在だ。それは今、トレセン学園を卒業した今でも変わらない。
オペラオーにとっても、世紀末覇王たる自分の美しき不屈のライバルにして、友人であるドトウは忘れられない存在だった。
だからお互いこうやって再会出来た事が、本当に嬉しいのだ。
再会の挨拶を交わした後、テイエムオペラオーは改めて周囲を見渡す。
広い牧草地。冬景色の山々と、澄んだ空気。そして広大な青空。都会では味わえない大自然を肌で感じ、テイエムオペラオーは気分を高揚させた。
「こんな素敵な所だとは知らなかったよ。それに、ドトウにも会えた」
テイエムオペラオーはまた嬉しそうな表情で、ドトウに微笑み向ける。ドトウは相手の態度に、少し恥ずかしそうに俯いてしまう。
「え、えぇっと……私も……」
そんなところで、タイキシャトルがテイエムオペラオーに抱きついてきた。
「ハウディ! オペラオー!!!」
テイエムオペラオーは、驚いて目を見開く。しかしすぐにその目は細くなり、口角も上がった。
「タイキシャトル! キミも元気だったか!」
テイエムオペラオーはドトウに対してと同じように、明るい笑顔を見せてくれる。ドトウは何故かちょびっとだけ寂しく思いつつも、そんな二人の様子にほっこりしていた。
「乳牛っていうのは毎日しぼってやらんと乳が張って炎症になるけんね……だから休み無しに相手してやらんといけん――」
牧場主の旦那さんが、乳搾りをしながら家畜としての牛たちの性質を説明している。
乳牛の世話に休み無しというのは事実であり、また毎日搾ってやらないと病気になるというのも事実だ。牧畜業においてこういう話は当然のように思えて、牧畜とは縁遠いお茶の間からすれば新鮮な驚きがある内容として一定の需要があるらしい。
テイエムオペラオー達は、それを聞いて感心する素振りで聞いていた。
「何頭もいるけれど、これを全部?」
テイエムオペラオーが質問を投げかける。それに対して、旦那さんが答えた。
「もちろん。一頭だって世話を欠かすわけにはいかんでな。病気で乳を出さんようになったら、商売にいずい(都合が悪い)」
旦那さんの言葉を受けて、テイエムオペラオーはまた感心するように頷いた。
そんな真面目な取材が一旦中断したのは、牛舎の隅にいた動物を目撃してからだ。
「……この牧場は、アルパカも飼っているのかな?」
テイエムオペラオーもトレーナーも取材班も、初めて見る種類の動物を目に入れて驚いた。そこに居たのはアルパカと牛を掛け合わせたような生き物だ。
「シャトじいじっていうんです。どこからか迷い込んだようで……」
ドトウがテイエムオペラオー達へそのような説明をすると、テイエムオペラオーが興味深そうに近づいていく。
「トレーナー。この手の生き物は見た事あるかい?」
トレーナーは首を横に振る。取材班の人達も一様に。
テイエムオペラオーは、シャトじいじが休んでいる区画を覗き込む。「なんだ?」と言わんばかりに顔をあげて、テイエムオペラオーの顔を見つめるシャトじいじ。
存外愛嬌のある彼の姿に、テイエムオペラオーはまたいつもの気持ちの良い笑みを浮かべる。
「よろしく、シャトじいじ。ボクはテイエムオペラオーって言うんだ」
数秒間見つめ合うテイエムオペラオーとシャトじいじ。
シャトじいじの方は……考え込んでいるのかいないのかよく分からないような沈黙を経てから、オペラオーから顔背けて餌桶に顔面を突っ込んでいた。
「フラれちゃったみたいだ」
テイエムオペラオーは楽しそうに笑いながら、冗談っぽくそう言った。
「ワタシもフラれました。ドトウにだけ懐いてマス」
肩を竦めるような仕草でそう打ち明けるタイキシャトル。まるで男性にモテモテなのを茶化しているような言い方をするものだから、ドトウもその場に入ってきて言葉を差し込む。
「ぐ、ぐうぜんですよぅ……シャトじいじは牧場主さん達に対してもおとなしく言うこと聞いてくれますし、タイキさん相手にも暴れたりは……」
この牧場にシャトじいじが現れていくらか日が経ったが、実際に彼は牧場主の夫婦の世話を受け入れているし、タイキ相手にも暴れ出す素振りもない。
いや、しかしそれを踏まえてもだ。
「……やっぱりドトウに対してだけ懐いてるデス」
場に入ってきたドトウにシャトじいじがぴったりと身を寄せてきたのを目の前にして、若干のジェラシーを感じるタイキシャトルであった。
「シャトじいじは迷い子なんだよね」
いくらかの取材を進めたところで、テイエムオペラオーがシャトじいじについての話題をドトウに振る。
「えぇ、そうですねぇ。……お医者さんとか保健所の人とかとも相談したんですが、一向に飼い主さんが見つからなくて……」
周囲の人達の話から考えるに『シャトじいじは誰かが飼ってた動物で、何処かから逃げ出した』というのが妥当である。しかし日にちが経とうが相変わらずそれらしき情報は入ってこない。
「世話はひとまず問題なくやれてるんですけど……やっぱり、元の飼い主さんのところに戻してあげたくて……」
テイエムオペラオーは腕を組みつつ、少し考えてから言葉を返した。
「テレビで言及してもらえれば何か情報が入るかもしれないね。スタッフさんやディレクターさんに掛け合ってみよう」
それを聞いた途端、ドトウの表情がぱぁっと明るくなる。
「い、い、い、いいんですかぁ~?」
「あぁ、ボクもドトウの力になりたいからね! それに……」
テイエムオペラオーは何事かを口にしかけた。その時に一瞬だけ真剣な顔つきになったかと思えば、また彼女らしい清々しい笑顔に戻る。
「いや、なんでもない。気にしないでくれたまえ!」
何かを言い淀んだ気がするテイエムオペラオーだったが、ドトウはそんな事は気にせず感激の表情を浮かべた。
「オペラオーさんは、やっぱり凄く良い人ですぅ~~……!」
「ハーッハッハッハ!!! そうさ、ボクは凄く良い人で――なおかつ皆の世紀末覇王さ!」
そういう懐かしく感じるやり取りを交わしながら、牧場の取材は円滑に進んでいった。
「ありがとうございました! それじゃあ、私達はホテルの方へ戻りますんで」
「気をつけてくださいねぇ。もうすぐしたらちょいと吹雪くみたいなんで」
「えぇ、今日は取材を受けていただき本当にありがとうございました!」
取材班と牧場主の奥さんが、そんな挨拶を交わす。取材班達は車に乗り込んで、テイエムオペラオーもトレーナーもそれに続いていく。
「ドトウ、タイキ。ボクとトレーナーの二人で、個人的にここへまた遊びに来てもいいかい?」
テイエムオペラオーの言葉にもちろん、と言わんばかりに頷く二人。
牧場は夕暮れに包まれている。雪がちらついてきて、空には白い雲が広がっている。
吹雪の気配を感じ取った取材班はテイエムオペラオーへ乗り込むように指示を向ける。彼女は少し名残惜しそうな顔をしたが、ドトウ達に自信に満ちた笑顔をもう一度向けてから助手席へと乗った。
「次、会える時はもっと牧場のお仕事上手になっておかなければなりませんねぇ……」
「イエースッ! 手際よくナッテ、オペラオーを、ビックリさせましょう!」
走り去る車を見送りながら、ドトウとタイキも宿舎に戻っていく。
テイエムオペラオー達は牧場を出発して1kmも進まない内に、ちょっとしたトラブルがあった。
「やべっ、こりゃスタックしちまった……」
取材班の車が、雪道の氷結路にハマってしまったのだ。抜け出せない状態になっている。
現地民ならこの手の事に関しては手慣れているが、取材班もテイエムオペラオーも遠方からやってきた者達だ。こればかりは致し方ない。
「ロードサービスを頼むしかなさそうだね」
「えぇ、すみません……あ、ヒーターつけときますね」
スタッフさんがオペラオーとトレーナーに申し訳無さそうに謝る。テイエムオペラオーは何ら咎める事もなく、むしろにっこりと笑ってスタッフ達を気遣う素振りで振る舞った。
「別にいいさ、ちょっと留まって雪景色を眺めておきたいところだったからね」
テイエムオペラオーは窓の外を見る。外は一面銀世界。雪が降っていて、日が沈んでいく中、その雪は幻想的に煌めいていた。
「……そういえばシャトじいじも雪の日に現れたんだっけ」
ドトウ達の言うように、シャトじいじを元の飼い主の元に戻してやりたい気持ちがテイエムオペラオーの中にある。
それを自覚すれば、彼についての話をもう少しだけドトウと交わしたくなった。ロードサービスが来る合間に、ドトウへ電話を掛けてみることにした。
数コールしてから、ドトウが通話に出る。
『オ、オ、オ、オペラオーさん!? 何か忘れものしましたかぁ~!?」
別れていきなり電話を掛けてきた事についてドトウがそんな風を心配するものだから、オペラオーは思わず笑みを浮かべた。
「あぁ、ちょっと車が立ち往生になっちゃって。その間、話し相手になってくれないか、って」
『あ、あぁ……そうでしたか。それなら、わたしでよろしければ、いくらでも~……』
ドトウは安堵の声色に変わり、テイエムオペラオーもまたクスリと胸を撫で下ろす。
それから10分か20分か。シャトじいじの話題から始まり、二人はお互いの近況、後輩達の活躍、そんな他愛もない話を交わしていく。
『近頃、怖い夢を立て続けに見るんですよ~~……!』
ドトウがそんな事を言う。タイキシャトルと吹雪の中ではぐれたり、龍みたいなお化けに出会う夢を見たり、そんな事があったせいか心細い気持ちが胸の中に残ってしまったのだとドトウは語る。
テイエムオペラオーは優しい口調でそれに受け答えする。
「そういう時は、誰かに思いっきり甘えてしまえばいいさ」
『そういうものですか~……オペラオーさんもそういう事はありますかー?』
オペラオーは少し考えた素振りをしてから、トレーナーの方をちらりと見る。
「フフッ、どうだろうね。怖い夢というのはあまり見ないものだから、まだ試した事がないや」
そういう時は自分はどういう事をするだろうと少し考えて――じくりと頭の中が痛んだ。
オペラオーは反射的に低い声で呻く。
『オペラオーさん?』
「あぁ、ちょっと頭痛がしてね。気候の違いに風邪をひいちゃったかもしれない」
『そうですか~、じゃあ暖かくして……』
ドトウが少し黙り込む。先ほどまで嬉々として雑談を交わしていたのに、重たい沈黙が流れきたような気がしてオペラオーは不思議に思った。
「ドトウ?」
『ヒーターつけてます?』
ドトウは切羽詰まった様子で、オペラオーにそう訊ねる。
「あぁ、もちろん。なんといっても雪が――」
オペラオーが言い終わる前に、おとなしい性格のはずのドトウが叫んだ。
『窓を開けてくださいッ!!』
オペラオーも、周囲にいたスタッフも、ドトウの大声には驚きを覚える。普段のドトウからは想像もつかない、緊迫した声だった。
何事かを感じ取ったオペラオーは、指示通り窓を開ける。続けて聞こえてきたドトウの説明で、彼女が叫んでいた理由が分かった。
『この天気で駐車してるとマフラーが雪で塞がれるんです! それでヒーターつけたままだと、一酸化炭素中毒になります!』
それを聞いたオペラオーはドアを開けっぱなしにする形で車外に出て、車の後ろに回り込む。
「……これは、また……」
言われた通り、車のマフラーはちょうど雪で塞がれるくらいに埋もれていた。
その辺りで、牧場主さんの奥さんに忠告された通り少しだけ吹雪いてきた。
オペラオーは事態を説明して、スタッフ達やトレーナーの体調を確認する。
外で深呼吸したら症状が改善された者が大半だが、未だ頭痛・目眩の症状が続いているスタッフ、トレーナーの二人。
「……牧場の方に運んであげた方がいいかな……」
スタッフ達の体調を観察して、そう思案するオペラオー。牧場の宿舎を借りた方がゆっくり休める。
テイエムオペラオーの提案にスタッフ達も同意するが、二人とも目眩のする状態で氷結路を歩くのは危ない。オペラオーがおぶっていくにも二人は不安定だ。他のスタッフに任せようにも大の大人をおぶって数百メートル歩くというのも難しく、無理をして転んでしまっては危ないし……。
そうこう考えてる内に、積もり積もった雪が粉のように「ばぁっ」と舞うほどの強風が吹いた。
オペラオーも他の皆も、一旦視界を塞がれる。そして風が止んだ時、テイエムオペラオーは遠くの方に何かが見えた。
「……動物?」
一応、この地域には熊や鹿などの野生動物が居ると聞く。オペラオーは警戒もかねて、そちらの方を凝視した。
どちらかといえば鹿に近いシルエット。いや、ドトウの話に出てきた龍みたいな影や、あるいは麒麟の姿に見える。
「…………」
オペラオーはそれに対して奇妙な感覚を感じ取って、スタッフの制止も聞かずにそのシルエットに近づいていく。
近づいて判然とした事は、その影は鹿でも龍でも、首の長いキリンさんでもなかった。
――コブのないラクダのような生き物だった。
「……人を助けたいんだ。キミも手伝ってくれないか?」
「…………」
テイエムオペラオーは、無言で佇む、不思議な形をした生き物へ、そう頼み込む。
この生き物は人を背中に乗せる事にある程度慣れていると、なんとなしに感じたからだ。
……その生き物は、オペラオーの言葉に応じてなのか、はたまた単に興味があるのか、車へ戻ろうとする彼女の後をついて行った。
連絡を受けたドトウとタイキは、体調が悪いスタッフ達を迎え入れる為に外に集まっている。
ドトウは妙にそわそわしているというか、落ち着きがない。
「あぁぁ、オペラオーさん……スタッフさんも、大丈夫でしょうか……」
「この季節には、よく起こる事故デス。大事に至る前に気づけたのだから、オテガラデス。ドトウ」
そういってドトウを安心させようとするタイキシャトル。
そんな風にやり取りしている内に、吹雪の中でスタッフを担ぐオペラオーとその傍らにいる何かのシルエットが見えた。
「……!!」
ドトウは夢の中で何度も見た事もあるそれに対して反射的に怯えてしまうが、ハッキリとその姿が認識出来るにつれて、その強張った表情が呆気としたものになっていく。
「ラクダ……?」
「ワオ! シャトじいじのお仲間さんデスネ!?」
そうやって大喜びするタイキシャトル。
不思議な生き物は、その背にはまるで何度も乗せた事があるような振る舞いでテイエムオペラオーのトレーナーを乗せていた……。