牧場暮らしのドットさん【連載完結】   作:稗田之蛙

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タイキシャトルのジェラシー

 ある日、タイキシャトルはシャトじいじをじっと見つめていた。シャトじいじはタイキの熱視線に「なんだ?」と言わんばかりに首を傾げて応える。

 タイキシャトルとシャトじいじはお互いに何かしらのシンパシーを感じてはいるが、ドトウと比べれば特に仲が良いというわけではない。

 若い牛がやんちゃしてたら協力して宥めたり、野生の鹿が餌の横取りを狙っていたら一緒に追い払う事はよくあるものの……基本的にすり寄ったり甘えられたりという行為はされた覚えがない。

「ムゥ~……」

 タイキシャトルは微妙なジェラシーを感じている。ドトウとシャトじいじが仲良くしている光景を見ると、胸の奥がモヤモヤするのだ。

(犬のウィルさんや牛さん達がドトウが仲良くしているのはとても嬉しくて、微笑ましいのに、なんでデショウ……)

 タイキシャトルも、自分が何故そのような感情を抱いているのか分からない。もしかして自分は嫉妬深い性格なのかと少し心配になってしまう。

「お疲れ様ですぅ……」

 ふとそんな思考をしていると、ドトウがやってきた。

「ドートウ!」

 タイキシャトルはパッと顔を明るくさせて、ドトウに勢いよく飛びついた。ドトウは驚いてよろめきつつも、タイキシャトルを抱き留めた。

 結局のところ、タイキシャトルが考える事はシンプルだった。誰かと仲良くなりたい。ドトウと仲良くしたい。ただそれだけだ。

 

「風邪ですな」

 牛達やシャトじいじの検診に来ていた獣医が、タイキシャトルの顔色を見るやいなやそう述べた。

「……ほゎぃ?」

 鼻水をずるずると垂らしながら、タイキシャトルは間の抜けた声を上げた。

「軽い症状のようですが、この時期のはこじらせると厄介です。ご養生を」

「やっぱり!! 朝から体調悪そうだと思ってたんです! タイキさん、お休みした方がいいですってぇ~……」

 獣医の言葉を聞いて、ドトウは困った顔でタイキシャトルを諭した。

「Dr.ハザマ、心配ご無用デス! ワタシ、昔から元気なのが取り柄で――」

 ――ぶぇっくしょん!!

 タイキシャトルが大きな音を立ててくしゃみをする。どう見ても体調が良くない。

「タイキさん」

 ドトウはいつもよりも真剣な表情でタイキシャトルを見つめる。

「……ハイ」

 ドトウの視線を察して、タイキシャトルはしゅんとして返事をした。

 

 牧場主さん達にも体調不良を伝えて、タイキシャトルは自室で休養に入った。

「…………」

 ベッドの中で毛布を頭まで被って、タイキシャトルは暗い気持ちになっていた。

 タイキシャトルは一人でいる事が嫌いだ。昔から寂しいのが大の苦手なのだ。息苦しさに一旦毛布を剥がしてしまえば、あとは自然と自分の携帯電話に目が行く。

「トレーナーサン……」

 学生時代、自分を担当してくれたトレーナーに電話を掛けようとした。しかし、ダイヤル帳の画面を開いたところでやめた。まだ真っ昼間だし、彼も仕事中のはず。担当しているウマ娘の世話だって忙しいはずだ。そう思えば、近頃はどうしても電話をかけられない。

「ドトウ……」

 心細さのあまり、ドトウの名前を口に出した。同じような立場の彼女ならきっと、この不安な気持ちを理解してくれるだろう。

 そして同時に思う。自分にとってドトウは昔よりも特別な存在になっているのではないのだろうかと。

『また、会いましょうね。シャトじいじ』

 シャトじいじの首元に頬ずりをしていたドトウを思い出す。ドトウの温もりを感じているシャトじいじの事を、羨ましく思った。自分もあんな風にドトウに抱きしめられたいという衝動を抱いた。

「……I wonder why……」

 タイキシャトルはその心境を不思議に思っていた。

 もしかして自分はドトウに対して恋愛感情を抱いてしまったのかとも考えたが、それはどうにもしっくり来ない。ドトウの事は大好きだが、恋愛感情とは違う気がする。

 ……ならば、何なのだろう。

 今一度携帯の画面を見る。昼の午後一時。牧場の仕事をしている時はあっという間に過ぎていくというのに、ただ独りで寝ていると時の流れが遅いように感じる。

「…………」

 そういえばこの部屋にはぎゅうぎゅうに詰まった本棚がある。ずっと昔に働いていた厩務員の私物らしい。

 暇を持て余していたタイキシャトルは、なんとなく本棚へと手を伸ばしてみた。童話、小説、動物図鑑、獣医学書……様々なジャンルの本が詰め込まれていた。

 その中の何冊かを手に取ってみる。どれもこれもずいぶんと読み込まれている。前任の厩務員は勉強熱心だったのだろう。

 適当に手に取った本をパラパラめくっていると、その本の隙間から写真が落ちてきた。幼い子供の写真だ。

「タイキさんー、おかゆ持ってきたけんどもー」

 タイキシャトルが写真を拾い上げていると、ふとドアの向こう側からそんな声が聞こえた。牧場主の奥さんの声だ。

 

「いやぁ、すっかり風邪引いたねぇ。まぁこっちの気候に慣れてなかとそうなるとね……」

 牧場主の奥さんは、おかゆをすするタイキシャトルの様子を心配そうに眺めている。

 タイキはおかゆをぺろりと平らげると、幸せそうにお椀を置いた。軽い風邪の時はしょっぱい味付けのものがやけに美味しく感じる。

「ごちそーサマデシタ!」

 タイキシャトルは風邪薬の市販薬を飲み干してから、元気よく奥さんにお礼を言う。奥さんは心配そうな表情を続けて、彼女に訊ねた。

「タイキさん、ドトウさんと喧嘩でもしたんか?」

「えっ」

 思わず声が漏れる。喧嘩などしていない。むしろ相変わらず仲は良い方だ。

「なんか近頃腕組んで難しい顔して見つめてる事多いけど……」

 他人にはそういう風に受け取られているのかと納得した。誤解させた謝罪も交えながら、タイキシャトルは自分の心境を奥さんに向けて説明する。

「――というわけで。アハハ、シャトじいじにジェラシー感じてマシタ」

 そう言って笑い飛ばす。自分の悩みは些細な事なのだと。しかし、奥さんはしきりに頷いていた。

「ウチも結婚したての頃はよくあったねぇ」

 しみじみと語りだす。タイキシャトルが首を傾げれば、彼女はさらに話を続けた。

「ウチの旦那、一緒に暮らし始めた途端牛にばーっかかまけとってから。寂しかってねえ。ウチもよくご機嫌ナナメになっとった」

 まるで昨日の事のように、牧場主の奥さんは思い出話を語ってくれる。

 タイキシャトルはそんな彼女の言葉を聞いて、また自分の中にあった疑問が生まれた。

「……動物さんに嫉妬するの、変なコトじゃないデス……?」

 人間同士ならまだしも、動物相手にこんな気持ちを抱くなんておかしなことではないかと。

 タイキシャトルの問いに、奥さんはガハハと大声で笑った。

「そうね。でんも、じいじとタイキさんはどっか似とるけんね。それで親近感沸くと、自分の定位置がすっぽりそのまま盗られるんじゃと不安になっとるんじゃないかと」

 ――タイキシャトルは目を丸くして驚く。

 シャトじいじとドトウに抱いた正体不明の嫉妬は、まさしくそれだった。自分だけが置いて行かれるような焦燥感。

 まさか自分がそんな風に思っていたとは、思いもよらなかった。

 今まで自分の心の内に渦巻いていたモヤモヤの正体を知った事で、タイキシャトルはどこかスッキリとした気分になる。

 しかしその一方で、やはりどうしても分からない事が一つだけあった。

「……ワタシとじいじそんなに似てマス?」

 タイキシャトルは不思議そうに首を傾げた。

 

 ひとしきり話した後、本に挟まっていた写真の事を思い出す。

「これ……」

 それは幼い子供の写真だ。小学生低学年くらいの女の子。牧場主の奥さんはそれを見て、その写真を懐かしむように見つめる。

「あぁ、ありがとね。こんなところにもあったんか……」

 タイキシャトルは奥さんに写真を手渡す。その写真を大事そうに胸元に抱えた奥さんの様子から、きっとこれはこの家の何か大切なモノに違いない。

 さすがのタイキシャトルもその子についておおよその見当はついてしまったため、あえて多くは聞かぬ事にした。

 タイキシャトルは改めて写真を覗き込む。子供は楽しげに笑っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ――そして彼女の笑顔を見ていると、ふと一つの提案が思い浮かぶ。

「ミンナの都合が良い日に、一緒に写真撮りませんか?」

 タイキシャトルの提案に、牧場主の奥さんは興味津々であった。

「シャトじいじにもジェラシー抱いた事謝らないとイケマセンし……」

 タイキシャトルは、シャトじいじに対しても申し訳ない気持ちを抱きながら、奥さんへと話しかけた。

「じいじ、ぜんぜん怒ってなさそうよ?」

 奥さんはそう言って笑う。確かにシャトじいじは相変わらずの態度でタイキシャトルに接してくれていた。

 だがタイキシャトルは、それでもちゃんと伝えておきたいと思った。その上でシャトじいじもドトウも、牧場主さん達や自分も仲良くしている姿を写真に収めかった。

「……ワタシや、ドトウ、シャトじいじ、牛さんやウィルさんや、牧場主さん達……ミンナ一人一人がいた記録。ちゃんと手元に残したいです……」

 タイキシャトルは、心の底からの想いを言葉にする。その気持ちが奥さんにも通じたのか、彼女はまた快活に笑ってくれた。

 

 後日、タイキシャトルは無事風邪を完治させ、いつも通り元気に過ごしていた。

 あれ以来、シャトじいじとタイキシャトルの関係に変化があったかというと、さほど変わらない。

「シャトじいじ! 今日も牧場を守る為の警備を頑張りまショー!」

「…………」

 タイキシャトルが一方的に頼み込むような形で"群れ"の保安が繰り広げられる。二人にとってはこのくらいの距離感がちょうど良いのだ。

「……フツツカモノですが、コレカラモ末永くよろしくお願いシマース!」

 それが似たもの同士で仲良くする秘訣であると、タイキシャトルはなんとなく理解していた。

 

 さて、タイキシャトルが復活していた頃合いにドトウがどうしていたかといえば。

「うぅぅぅ~~~……このお薬苦いですぅぅ~~~……」

 風邪を引いてベッドでうんうん寝込んでいた。タイキとは一日遅れで発症したらしい。

「……たぶん街に買い物に行った時に同時に貰ってきましたな」

「Dr.ハザマ。ドトウには心配多用でオネガイシマス」

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