正直に言うと彼と春蘭では、実力の差が明確だと思っていた。彼には確かに武人としての才はあるのだろうけど慢心というか何か達観しているつもりのような雰囲気を感じた。正直そういった相手には春蘭は負けない。単純な実力なら多少劣った程度でも、偶然勝てることはある。この世の中に必然などないのだから。でも、そのような心構えなら春蘭には絶対に勝てない。
私としては春蘭と仕合わせて、負けさせた後少し問い詰め敗因を自ら確かめさせるつもりだった。自らわかったのなら将として取り入れようとも思っていた。確か多くの町で有名な占い師が天の御遣いに関する噂が出回っていたわね。それを理由にして側に置いておくのもよしと思っていた。
最初は予想通り春蘭が一方的に打ち込んでいた。だが彼も春蘭よ一太刀一太刀を器用に受けている。彼の腕も確かなようだけど、やはり純粋な実力では春蘭に敵わないようね。
でも、中々の実力ではあった並大抵の兵では初手の一撃を剣で受けようとしてそのまま吹き飛ばされるでしょうね。
途中から彼の纏う空気が変わった。そう思った瞬間に打ち合っていた春蘭を後方に下がらせて見せる。これには隣にいる秋蘭、徐晃も驚いたような表情をしている。そして今度は彼から攻めてみせる。二つ剣を持つ利点である手数を生かし春蘭に攻めかかる。春蘭もさすがに受けに専念していたが途中から隙を見ての攻撃と、打ち合いが多くなっていく。
打ち合いが続き春蘭の大剣が彼の奇妙な服を掠める。先程の彼より少し強くなっても春蘭の実力には届かない。そして、彼は春蘭の間合いから外れ、構える。良い策ではある。実力差があるときに持久戦では実力が劣っているほうが確実に不利。どれだけ策を重ねようと小出しで出した策など力で潰してしまうだろう。だが、一発の勝負なら一つの策で一つの技で決着がつく。どうでるかと楽しみにしていたところ彼がとった行動は春蘭に向かっての突撃であった。春蘭を一瞬呆気にとられるが即座に反応走り出す。
春蘭のほうが速く大剣を振りかぶる。対する彼はその態勢にすらはいっていない。そして…
甲高い音が響き、地面に少量の血が落ちる。
「つ……捕まえたぞ……夏侯惇…!」
彼は春蘭の一太刀を体で受けてみせた。彼の左手は剣を握っておらず、春蘭の腕を掴んでいる。
春蘭の大剣は彼の剣で押さえられているが、剣の脊で受けておりもう一方の脊は彼の体に埋まっている。
これだけならば春蘭も力で押しきれるだろう。だが春蘭はそうしようとしない。いや、できないのだ。彼女の大剣を握っている手は彼の腹に埋まっていた。これでは力を出せない。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
そして判断が遅れた春蘭に彼の右手で握っていた剣が振りかぶられる。
貴方のことを改めましょう、グラハム。何故急に変わったか、理由はわからない。だが今の貴方は自分なりの覚悟を決めている。そしてそれにたる意志を持っている。良き武人であると。
「そこまで!勝者グラハム!」
良き才を持つ者よ。私のもとで覇道を作る一矛となりなさい。
曹操殿の声が響く。
その瞬間私は地面に倒れる。
「かはっ……はぁ…はぁ…はぁ…」
なんとか勝ったは良いが体のほうが持たなかったか。正直ここまでの力だとは思わなかった。
耐えきれず。地面に這いつくばる。
骨は折れてないか…
「か、華林様申し訳ありません…」
「春蘭貴方も良き敵ができたのだからこれからも精進して行きなさい。お疲れ様。久しぶりにあなたの武を見て嬉楽しかったわ。」
負けた春蘭は曹操殿と話している。
「お兄ちゃん。大丈夫?」
「あぁ…なんとかな…」
シャン殿がこちらにかけより、私の体を支える。
「血出てるけど。本当に?本当に大丈夫?」
シャン殿はものとても心配してくれていたのだろう。
心配されるのも久しぶりなものだな…
というか血か。と胴を見るが外傷はない。
「口だぞグラハム。これを使うといい。」
と夏侯淵殿は手拭いをこちらに渡してくる。それをシャン殿が受け取り私の口もとを拭く。すると手拭いは少し赤く染まる。そういえば血の味がする。
「一応姉者の全力を体で受けたのだ後で医者にでもかかるといい。」
そう労いの言葉をもらう。
「あら、敗者よりも勝者のほうがぼろぼろじゃない。」
「ははは……確かにそうだな…だが今は…勘弁して…もらいたい……」
まだ完全に行きを整えきれていないので途切れ途切れだ。
「まぁ、いいわ。あなたは私に武を示した。約束通りに雇おうと思ったのだけれど少し予定を変えるわ。」
もしや今から約束を反古にするのだろうかと曹操殿の表情を見るが、笑っていた。
「あなたを私の軍の一将とすることにしたわ。その武私の行く覇道のために使いなさい!いいわね。」
ここまで言われてはさすがに断ることもできない。もともと断るつもりもなかったのだが一兵よりも一将のほうが私の力も遺憾なく発揮できるというもの。
私はシャン殿に一言言ってから。離してもらいその場で片膝をついた。
「は。この力曹操殿のため、覇道のため、その礎となりましょう。」
そして頭を垂れる。
「よろしい。ならばこれから私のことは華林と呼びなさい。この意味わかるわよね。」
名を預けられた。まだこの名の、私が知っている曹操という名とは違った名の意味を知らない。だが、彼女らを見ていると身近な人に言うことを許しているようだ。これは信頼の証のようなもので、いやそれ以上のもなのであろう。証拠に兵には教えている様子はない。この名を預けられるということは、それなりの責任が伴う。だが私は
「もちろん。名を預けたことを後悔させぬ活躍をしてみせよう。」
そう宣言する。
「では、そろそろ戻りましょうか。私の城に。春蘭!秋蘭!準備をなさい。一刻後にはここをでで陳留に向かうわ。」
「「は!」」
なんとかなったか。力が抜け尻もちをつく。シャン殿は心配して私を見てくる。私は自然と手をシャン殿の頭にもっていき撫でる。最初は不思議そうにしていたが、今は気持ちよさそうにされるがままになっている。
空を見る。
雲もない青い青い空。
少年よ。君は未来をその手に掴みとるため、自由を掴みとるため戦った。その理想の実現立ち会って見たかったが私は水先案内人となりそちらで死に、また新しく奇妙な縁でここにいる。
私はこちらで自由に生きようと思う。あの世界ではできなかった生き方をしてみよとう思う。もうあの世界に戻れなかったとしても……
さらばだ少年。いや刹那・F・セイエイ。いずれ地獄で合おう。
「ほう、大きい砦だ。」
「何を当たり前のことを言っている華林様の暮らす砦だ。大きくなければ示しがつかん。というかもっと大きくしても良いほどだ。」
と、春蘭殿は言う。
陳留に行くまでの間この世界の様々のことを教わった。
真名についても教えてもらったがこの世界では特に重要なものであったらしい。下手に華林殿の真名を間違えて言えば首が飛んでいたほどらしい。
あの後夏侯惇こと春蘭、夏侯淵こと秋蘭の真名も預かった。シャン殿の真名は香風であり知らぬ間に真名を許されていたらしい。
そして私の予想通り争いの絶えない世の中だということも…
覚悟は決めてはいるが、実際に生身で人を殺めたことはない。これはなれていかなければならないだろうな。この世界でいきるためにはな。
考えていると、もう砦の目の前にいる。入り口には出迎えだろうか華林殿に良くにた少女と何人かの兵が立っている。
「今帰ったわ栄華。何も問題はなかったかしら?」
「はい、何も問題ありませんでしたわ。お姉様の方はいろいろあったそうですわね。」
「えぇ。盗賊を捕まえられなかったの癪だったけれど、良き者を見つけてきたわ。二人とも紹介なさい。」
「グラハム・エーカーだ。一将として働くこととなった。よろしく頼む。」
「そうですか。」
興味がないのだろう。返答が素っ気ない。まぁ新人が将として働くとなれば仕方ないだろう。
そして私の後ろに隠れていたシャン殿も挨拶をする。
「徐晃です。よろしくお願いします。」
「まぁ!まぁ!まぁ!」
と急に顔が笑顔で染まる。そしてシャン殿に即近づいて手を握り
「えぇ!こちらこそよろしくお願い致しますわ。性は曹、名は洪字は子廉ですわ。どうか栄華とお呼びくださいな。さぁさぁお疲れでしょう。速く城に参りましょう!あ、長旅をされていたのですよね。なら、お風呂の準備もいたしますから。」
「う、うん。シャンも香風でいいよ。」
「香風さん!では行きましょう!」
と、曹洪と名乗った少女はそのまま手を握り駆けようとする。
「お、お兄ちゃん。この人何か怖い。」
とシャン殿は私の後ろに隠れる。
「はぁ。栄華、少し落ち着きなさい。香風が引いているわよ。それよりもこの二人の部屋などの準備はしているのかしら。早速働いてほしいことがあるのだけれど。」
と華林殿が注意をしながら私達のことを話す。
「まぁ、用意はしていますが…本当に役に立ちますの?香風さんは過去の経歴がありますしかわいいですから良いですけど。」
かわいいからいいのか……歪んだ愛を感じるぞ…
「その傷物の男は本当に役に立つんですの?」
と、私を指差す。
「確かにその傷は気になるわね。いったい誰に追わされた傷なのかしら春蘭に一回といえども勝てたあなたが苦戦するということは中々の実力者ではないかと思うのだけれど。それとも若い頃の傷かしら。」
私の顔の傷について聞いてくる。皆これまで聞くのは避けていたのだろう。
春蘭に勝ったという言葉を聞き曹洪殿は驚いている。
「この傷は、そうだな。私の誇りであり恥でもあるものだ。理由は詳しく説明できないのが残念だが…」
「あらそう。天で起きた話なのでしょう。話したくないなら話さなくても良いわ。」
「天?程立殿が言っていた天の御遣いのことか。」
「えぇ、そうよ。そういったほうがわかりやすいじゃない。それで栄華、春蘭に勝った者を取り入れるのは悪いことではないと思うのだけど。」
曹洪殿は不服そうだがうなずいた。そして私達は城に通されたのだった。
「あれ?誰っすか?」
城のなかに通され女性陣は湯浴みやら仕事に移った。後で玉座の間に来るようにと言われたが暇だったので散策がてら彷徨っていると頭上より声が聞こえた。
見上げるとまた華林殿に良く似た少女が屋根の上に座っていた。
「はじめましてと言わせてもらおう。グラハム・エーカーだ。華林殿に、良くにておられる。妹か?」
「ぐらはむえぇかぁ?難しい名前っすね。というか華林姉を知ってるっすか?」
「あぁ、華林殿に拾われた身でな。今日から一将として遣えることになった。」
そう簡単に挨拶を返し今の自分の身分を言う。
「へぇ。じゃあ私と一緒すね。グラっち。」
「グラっちか…名にか他の呼び方はないのか?」
と少し考える素振りを見せると閃いたように
「えぇっち!」
「やめていただこう!グラっちでいい!」
「ならよろしくっすね。グラっち私の名は曹仁っす。グラっちなら華侖でいいっすよ!」
真名だと思うのだがよいのだろうか?まぁ貰ったものを返すのも無礼であろう。
「では、よろしく頼む、華侖殿。」
「じゃあよろしくっすーー!」
と言って私に飛び込んで……飛び込んでくるだと!屋根の上からだぞ。油断していて受け止める態勢が取りきれていない。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
誰かわからない女性の声が鳴り響いた。