事情聴取があった日の夜。夕食を済ませ風呂にも入った和人はさっさと自分の部屋に戻り、『悪魔の機械』とさえ呼ばれたナーヴギアを頭に被せベッドに横になり、コマンドを唱えた。
「リンク・スタート!」
瞬間、和人の意識は仮想空間に構築された自分のアバター《キリト》に乗り移る。しかし、周囲は暗く何も見ることができない。
キリトが戸惑っていると、不意にポップアップが目の前に現れた。四角い枠の中には『《ガンゲイル・オンライン》のキャラクターデータを検出しました』と書かれている。
それがどういう意味なのかキリトが考えようとしたその時、ぱぁっと視界が白い光に包まれキリトは咄嗟に瞳を閉じた。
――数秒後、恐る恐る閉じていた瞼を上げると、まずは視界一面に広がる光景に驚かされた。
バトルワールドというタイトルから、GGOのような、ないしはそれに近い世界観の設定なのではと予想していたキリトだったが、すぐにその認識を改めるべきだと理解する。
GGOは最終戦争後の地球という設定だったために、空は昼間でも赤みを帯びた黄色で、街も廃れた雰囲気を醸し出していた。
それに対しこのBWは、現実世界に本当にありそうな景色が広がっている。
今キリトが立っている場所は、緑豊かな広い公園。それも児童公園のようなものではなく、多目的に利用される運動公園といった感じだ。
遠くには超高層ビルが並び立っていて、それらがぐるっとこの公園を囲んでいるように見える。そしてその超高層ビルよりも遥か高くに広がっている青い空は、作られた紛い物だというのに見ているだけで吸い込まれそうになる。
その今まで感じなかったような、圧倒的なまでの『リアル感』を肌で感じながら、キリトは漸く一歩を踏み出した。
少し歩くと、中央に巨大な噴水のある広場に出た。キリトはメニューを開くと、現在地の欄に『噴水広場』とあるのを確認する。広場の隅には、何やら巨大なホロパネルが浮遊していて、どうやら現在行われているマッチをプレイヤー視点でランダムにLIVE放送しているようだ。
ホロパネルの周辺にはかなりの人集りができていて、キリトもその一番後ろからホロパネルを見上げた。
「……すっげぇ」
思わず、溜息をつくようにして声が漏れた。
鳴り止まぬ銃声と砲声。爆発によって震える地面。そして雄叫びを上げる兵士達。
GGOとはまるで違う、密度の濃い戦闘が、ホロパネルの中では繰り広げられていた。
「本当、凄いわね」
不意に聞き慣れた声が背後から聞こえ、キリトはびっくりして振り返った。
背後にいたのは自分をこのゲームに誘った朝田詩乃ことシノンである。そのシノンも、急に振り返ったキリトに驚いて身体を竦ませてしまった。
「ちょっと、急に振り返らないでよ。びっくりした……」
「わ、悪い……」
申し訳なさそうにしつつキリトは小さく頭を下げる。
だが、そのすぐ後、キリトはある重大なことに気付いた。
「あれ? シノン、GGOのアバターと全く同じじゃないか?」
そう。キリトの目にはシノンのアバターの姿がGGOのそれと殆ど変わりなく見えたのだ。
薄青い無造作なショートヘアーに、耳の前に垂れている髪を纏めている鉄の髪飾りに、大きな藍色の瞳、そしてサンドカラーのマフラーと深い緑色のジャケット……何から何までGGOのシノンと同じだった。
強いて違いを挙げるなら、長大な対物ライフル『PGM ヘカートⅡ』を始め、何も武器を持っていないという所だけか。
「ああ、知らなかったのね。BWはGGOにプログラム変更を施してできたゲームだから、『GGOのキャラデータを使ってプレイする』のよ。だからこのオープンβに参加するのにはGGOのアカウントを作る必要があるって書いてあったわ」
「それを先に教えてくれよ……」
キリトががっくりと項垂れると、艶のある自分の黒髪が肩から降りてきたのが見えて、またあの男なのか女なのかよく分からないアバターの姿になってしまったのだと実感し、余計に気持ちが沈んでしまう。
「フフッ、あなたにはその姿がお似合いよ。それより早く
「え、分からないのか?」
「サーバーブラウザーに参加できるサーバーが表示されないのよ。メニュー画面にヘルプもないし……。うーん……誰かに訊くしかないか」
どうやらここでこうしていても埒が明かないと判断したシノンは、メニューを閉じて嘆息を漏らした。その時である。
「あれ? シノンさん?」
突然、背後から男女の2人組にシノンは声を掛けられた。キリトもそれにつられて振り返ると、そこには2メートル近い背丈をした大男のアバターと、170センチほどの筋肉質な体付きをした赤髪の女性が歩いてきていた。
「ひょっとして、ヤマトさんですか? 最近GGOで見かけないと思ったら、BWにいたんですね」
「いや、僕も昨日から始めたクチなんだ。とは言っても、元になったFPSは随分やりこんでたけどね。GGOにはよくログインしてたけど、最近新しい装備を手に入れたせいで見た目が随分変わったからね。声聞くまで気付かなかったでしょ。ところで隣の彼はお友達かな?」
「はい。キリトと言います」
「僕は《ヤマト》。シノンさんとはGGOで少し話したことがあってね。一応、BWでは新兵支援クランのリーダーをやらせてもらってる」
「アタシは《サクラ》だ。2人ともよろしくな」
「知り合いの新兵が戸惑っているようだから、声を掛けさせてもらったんだ。もしかしてお邪魔だったかな?」
「いえ、そんなことは。実はマッチの参加の仕方が分からなくて……」
「やっぱりそうか」
苦笑いしながらシノンが事情を説明すると、サクラが納得したようにそう言った。
「確かに、GGOから来た人だと分かりにくいかもしれないね。まずはメニューを開いて、マルチプレイヤーからサーバーブラウザーを選択するんだ。その後、右下にあるフィルターっていう所からサーバーを絞り込んでさっきの画面に戻ったら、さっきフィルターで設定した条件に当てはまるサーバーを表示してくれるから、好きなサーバーを選択すればマッチに参加できるよ」
ヤマトに言われた通りにキリトとシノンはメニューから進んでいくと、確かに数多くのサーバーがリスト化されて表示された。
シノンも先ほどサーバーブラウザーまでは到達していたのだが、彼女が試した時はフィルターを設定していなかったため、サーバーが表示されていなかったのだ。
「……あの、もう1つ訊いていいですか?」
「何だい?」
「サーバーブラウザーの下にある、演習場って何ですか?」
「ああ、そこは初心者が乗り物の操縦や射撃の練習をする場所だね。僕らも今からそこへ行くんだけど、君たちも来るかい? 良ければそこで色々教えるけど」
そう訊かれ、キリトとシノンは互いの顔を見た。
仮にも2人は第3回BoBの優勝者だ。特にシノンはGGOで全ての動きを身体に染み付かせているので、今さら射撃の基本などを練習する理由もない。
しかし、彼女には思うことがあった。
キリトについてだ。彼は一般人並みにしか銃に対する知識がなく、少し特殊な銃になれば恐らく
しかし、せっかく教えてもらえるというのなら、そこは素直に好意を受け取っておくべきだろうとシノンは考える。逆を言えば、断る理由がなかったからであるが。
「はい、よろしくお願いします。キリトもそれでいい?」
「ああ。マッチに行って右も左もわからずに終わったら嫌だしな。早速行こう」
「そうこなくっちゃな」
キリトたちはマルチプレイヤーから演習場をタッチして選択すると、青白いポリゴンになって何処か別の場所へと転送される。
視界に広がった白い光が収まると、彼らは演習場として特別なルールが設定されたフィールドに立たされていた。
海沿いにあるだだっ広いそのフィールドでは、多くのプレイヤーが各々練習に励んでいるようで、景色としては殺風景だが、大気を震わせる爆音がそこら中で鳴り響いているために、一定の緊張感がキリトとシノンの姿勢をピンと伸ばさせる。
「――あれ? この銃、いつの間に……それにこの服は…………」
ふと、キリトは先程までいた噴水広場にいた時との様々な違いに気付いた。
服はGGOのアバターが着ていた物ではなく、白を基調にした生地に黒やグレーの模様がプリントされたデジタル都市迷彩のボディアーマーに変更されていて、隣にいるシノンも、前にいるヤマトとサクラも同じ服装に変わっている。
また、視界にはメニューを開いているわけでもないのにいくつもの数字とマップが映し出されている。左下のマップの中心で4つ並んでいる青色をした三角形のマーカーが恐らく自分たちで、右下で31/124となっているのが武器の残弾数。左の数字が弾倉内の残弾で、右が所持している弾の総数であることはシューティングゲーを殆しないキリトでも何となく理解できる。
その弾数の左下には、丸のようなアイコンの横に×1という数字。その隣は、十字マークに100という数字がある。
(これは……左が手持ちの
ゲーム慣れしているからか、すぐさまそれを理解したキリトは、次に自分がいつの間にか持たされていた黒いライフル銃に目を向ける。
「それは突撃兵の初期装備の『M16A5』だね。フルオートの自動小銃で、バランスの良い性能をしている武器だよ。GGOで持ってる実弾武器はBWでも使えるから、使いたい武器があれば後でメニュー画面のマイソルジャーを選んで変更しておくといいよ」
「い、いえ……。これを使います」
持っている銃など
「――ところで、ヤマトさんの武器は何ていう銃なんですか? 俺のより随分大きいですけど」
「僕のは『MINIMI軽機関銃』っていう武器で、援護兵しか持てない
「へぇ~。サクラさんのは何ですか? 変わった形をしてる銃ですけど」
「彼女のはPDWの『P90』だね」
「ぴ……ぴーでぃ……?」
初めて聞く単語に、キリトは首を傾げる。すると、隣にいたシノンが説明してくれる。
「
「そうそう。シノンは女なのに詳しいな」
「そ、そうですか……?」
あなたも女ではないのか? という言葉がシノンの喉奥で詰まる。
サクラは背中に『カールグスタフM2』を担いでいて、背も高く筋肉質でありながら女性らしい容姿を兼ね備えている。その昔、詩乃がGGOのアカウントを作る際に望んだ姿に近い。
ヤマトもサクラより一回り大きな体付きをしていて、歴戦の兵士といった風貌をしていた。ゲームの世界において見た目は強さの指標になるというわけではないのだが、ヤマトはその見た目通り熟練兵のような堅実な立ち回りで戦いを挑んでくる。かつて、シノンがヤマトと第2回BoB予選で戦った時もかなりの苦戦を強いられた。
「それじゃあそろそろ、GGOとの違いやFPSの基本を説明していくね」
「「よろしくお願いします!」」
キリトとシノンの声が重なると、ヤマトは照れながら後ろ髪を掻いた。その光景は傍から見ればまさしく、新米教官とその生徒である。
「まず、BWにはレベルやパラメーターがありません。プレイヤースキルが最重要で、武器の熟練度を上げてアタッチメントを解除していくんだ。最近だと、アルヴヘイム・オンラインってゲームに近いかな。僕はプレイしてないから詳しくはわからないけど」
「えっ? じゃあ、ヤマトさんや俺たちの名前の横にある数字や階級章は一体何なんですか?」
「それはレベルじゃなくて『ランク』だね。スコアを獲得してランクを上げるのはレベルを上げていくのに似ているけれど、ランクを上げてもアバターが強くなることは決してないんだ。まぁ、いい武器が解除されて使えるようになることはあるけど。どれだけゲームをやり込んでいるかの指標みたいな物って感じかな」
そう言うヤマトのランクは32で、サクラは29だ。一方のキリトとシノンは1で、キリトたちの階級章は平仮名の『く』を右に90度倒したような形をしている。
「そして、弾道予測線も着弾予測円もありません。ただし狙撃銃で発射された弾丸はその射線が白い線のようにして一瞬だけ見ることができます」
「じゃ、じゃあどうやって弾を避けるんですか?」
「とにかく走って隠れるしかないね。ぴょんぴょん跳ね回れば――バニーホップって言う技術なんだけど――胴に当たるはずだった弾が脚に当たってギリギリ生き延びられるかもしれないかな」
今まで近接攻撃だけで戦ってきたキリトに、ヤマトの言葉はとても重く伸し掛かった。GGOでは高いAGI値や予測線があったからこそ剣で戦うことができたが、BWではその両方がないとなると今までの戦法が殆ど通用しないことになるのだから当然だ。
「ただ、これは悪いことじゃない。パラメーターがないということはキャラクターの能力に差異はないということだ。だからGGO以上にプレイヤースキルの差が勝負を決定付ける要素に成り得るんだよ。とは言っても、武器による相性は変えられないんだけどね」
「PDWはレートが高いから近距離ではLMGに撃ち勝てるけど、中遠距離では精度で勝るLMGに負ける、という具合ですね」
銃にはそれぞれ適正距離というものがある。それぞれ適正距離が近いものから
勿論これは便宜的なもので、たとえ100メートル離れていようがLMG持ちがAR持ちに負けることはある。
「そういうことだ。そして、BWで使える武器はこれだけじゃない。その最も典型的な例が戦車やヘリなどの『兵器』だ。戦車の装甲はシノンさんのヘカートⅡでも貫通しないし、主砲は勿論機関銃の銃撃を受ければあっという間に死んでしまう。ヘリは攻撃が届かない空から大口径の機銃を撃って大地を抉る。僕らの今持ってるような武器では到底太刀打ちできない、下手をすればそれ1つで戦局が変えられるような強力な存在だ」
「じゃあ、兵器はどうすれば破壊するんですか?」
「基本的には兵器には同じ兵器をぶつけることだね。戦車や装甲車ならヘリや戦車、ヘリならヘリか戦闘機、戦闘機なら戦闘機を使って破壊するんだ。でも、歩兵だって無力じゃない。援護兵と偵察兵――僕とシノンさんの兵科だね――はC4爆弾を使って戦車を爆破させたりできるし、特にサクラの兵科である工兵は1つで戦車を無力化できる対戦車地雷を撒くことができる。加えて戦車の装甲にダメージを与えるロケットランチャー、ヘリなんかの航空機をロックして自動で追尾してくれる携行
「おいおい、照れるな……」
別にあなたを褒めているわけではないのでは? とシノンは思ったが、口に出すような空気の読めないことはしない。
一方で、キリトはまた新たな疑問を浮かび上がらせていた。
「その、サクラさんが持ってるバズーカみたいな装備、俺は持てないんですか?」
「キリトくんの兵科は突撃兵だね。残念だけどそれはできないんだ。サクラの持ってるカールグスタフは『特殊装備』と言う主武装や副武装とは別の枠に含まれていて、兵科によって何が装備できるのかが決まっているんだ。キリトくんの突撃兵が装備できる特殊装備は、敵の攻撃で減った体力を回復できる『医療キット』と、体力が尽きて死んでしまった味方を蘇生できる『除細動器』、防衛を固めた敵の陣形を崩すことのできる『グレネードランチャー』だね」
「死んだプレイヤーを、生き返らせる…………」
「うん。まあ体力がなくなってから5秒以内だけどね。それ以上経つと死体が消えてリスポーン待機画面になっちゃうんだ」
これは別のゲームであると分かっていながらも、キリトは
――好奇心に押され入ってしまったモンスターハウス。そこで大量に湧き出るモンスターに次々と斃されていく仲間たち。もし5秒以内だとしても生きかえらせることができるのならば、きっと身を顧みずに蘇生させていただろう。
だが、キリトはもうその過去を乗り越えた。いつまでも過去の柵に囚われているわけにはいかなかった。その喪失感と悲しみを糧にして、今のキリトはここにいる。
「どうしたの、キリトくん。大丈夫?」
キリトの様子がおかしいと気付いたのか、ヤマトが心配そうにキリトに尋ねた。
今はヤマトの話し中だ。シノンも聞いているし、邪魔をするのは良くないだろうとキリトは考える。
「あ、いえ。何でもないです。続けて下さい」
「そう? まあ聞くばかりでつまらないと思うけど、もうちょっと待ってね。それで、キリトくんの突撃兵は対歩兵戦に特化した、言わば――対人戦のエキスパート、だね。ARは最も安定した射撃精度を誇る非常に万能な武器種で、仮にダメージを受けても自分で体力を回復させられる。それに敵にやられた仲間も助けることができる。一緒に行動していてこれほど心強い人はいないよ」
ヤマトの説明に、キリトは胸を熱くさせた。仲間を守る、助けることができるというのは、彼にとって何よりも大きなやり甲斐に感じたからだ。
「それじゃ、次はシノンさんの偵察兵だね」
「私は狙撃兵じゃないんですか?」
「確かに狙撃銃を持ってるからそうなんだけど、BWでは偵察兵という兵科の中に狙撃兵というカテゴリがあると考えてほしいんだ。狙撃銃を持てるのは偵察兵だけなんだけど、偵察兵は狙撃銃しか持てないわけじゃない。SGやCR、PDWなんかも装備できる。状況に応じて狙撃銃を持ち出すのもアリだけど、基本的には前線の枚数が増えると拠点確保も早くなって分隊全員の生存率も上がるから、持たない方が好まれるね。特殊装備については、遠くにいる敵をまとめて
「スポット……?」
「ええと、視界の左下にマップがあるよね。これは200メートル四方の味方の位置と向きが分かるGPSマップが映し出されてるんだけど、自分も含めて味方がスポットした敵はこのマップ上にリアルタイムでの位置と向きが見えるようになるんだ。そのやり方だけど、敵を見つけて視界の大体中央に収めて『
「ハハハ……」
なぜかクラインが目の前で敵発見と何度も叫んでいる姿が容易に想像できてしまい、キリトは苦笑いを浮かべた。
しかし、マップ上に敵が映るというのは非常に大きなアドバンテージになる。シノンはしっかりとスポットのやり方を頭に叩き込むため、ぶつぶつと小さな声で何度も繰り返し声に出していた。
「あと、偵察兵しかできないことに狙撃があるけど、はっきり言ってこのゲームでの狙撃は弱い。キルしても蘇生されたり、すぐにリスポーンしてくるから、狙撃での制圧力を敵の展開力が上回るんだ。それでも敵の体力を一撃で殆ど削り取るその威力は魅力だし、何より殆どの武器の射程圏外から一方的に攻撃できる。前衛と連携が取れれば、敵の脅威に十分成り得る存在だよ。正しく後方支援のプロフェッショナルだね」
現実の狙撃兵は、条件さえ揃えばたった1人でも敵の部隊の侵攻を食い止めることができるほどの制圧力を持っている。
見えない場所から撃たれ、隣にいたはずの味方が唐突に凄惨な死を迎えたらと考えれば、確かに前に進む足も竦み上がる。たった1発の弾丸が、どこからか自分が撃たれるかもしれないという恐怖を生み、多くの兵士の前に出るという意志を殺すのだ。
だが、BWはあくまでゲーム。撃たれても痛みはなく、死んでも7秒でリスポーンできる。死を恐れることがない以上、狙撃というのはその本来の効果の100分の1も引き出せない。
だがしかし、それでも充分なのだ。敵の数を一方的に減らすことのできる必殺の一撃。たとえ1発で仕留め損なっても敵は隠れることを余儀なくされ、ほんの僅かに、この場所から出れば撃たれるかもしれないと思わせることができれば、その一瞬の隙を突いて味方が攻め入ってくれる。
では、その逆はどうか。
そもそも狙撃というのはギャンブルだ。ヘッドショットで一撃必殺、ハートショットでも瀕死に追い込むリターンに対し、スコープを覗いている間は戦況の把握ができず、その場から動くこともできないなどのリスクがある。さらにARなどの射撃中に修正が利く銃ですら満足に照準を合わせることのできない者には、動き回る的を狙い撃つことなど到底不可能である。
狙撃を決められない狙撃手など、ただの置物にすぎない。武器を替え、前に出て応戦してくれれば、それこそ流れ弾でも何でも敵を仕留める必殺の弾丸に成り得る。
安全な場所から狙い撃つのが狙撃手なのではない。味方が動けるように敵を追い込むのが狙撃手の本当の在り方なのだ。
「最後に、僕の兵科の援護兵だけど……援護兵しか扱えない武器に、このミニミのようなLMGがあるね。LMGは機動力に補正がかかって足が遅くなる、移動撃ちの際の集弾率低下が他の武器種より強い、
そう言って、ヤマトが振り向いた視線の先には、コンクリート壁の前に人の形をした金属板のようなものが立っていた。どうやらあれを撃つようだとキリトとシノンはすぐに理解する。
「さっきも説明したけど、このゲームには予測円も予測線もない。でも弾速と弾道落下はあるから、特に狙撃には慣れが必要なんだ。まずは僕が手本を見せるね」
ヤマトはそう言って前に出ると、マンターゲットと相対しミニミを構えた。
そして、自分の体の中心を軸に、すうっと
――タタ、タタタ、タタタタ、タタ――ッ
いくつものマンターゲットに複数個の着弾痕が着き、左端から右端まで掃射し終えるとヤマトはミニミの銃口を下げ、「ふぅ」と一息ついた。
「フルオートで撃つとかなり弾がバラけちゃうから、基本は2発から5発で引き金を一旦撃つのを止めて、また引き金を引き直すんだ。『指切り』って言って、
ヤマトの装備していたミニミが青白いポリゴンになって消え、入れ替わるようにしてSRの『M24 SWS』が現れ、ヤマトはそれを両手で持った。
半歩足を引き、下を向いていた銃口を上げスコープを覗き込むと、それとほぼ同時にヤマトは引き金を引いた。
「…………ッ!」
そのあまりの手慣れた姿に、シノンは小さく口を開けて驚いている。スコープを覗いてから修正を行えないQSで高い命中率を維持しつついとも簡単にやってのけるには非常に高度な技術を要求される。
その曲芸とも言えるヤマトの射撃に、キリトも「凄ぇ…」と声を漏らしていた。
「BWの動作アシストは視界の中心に照準が向くように設定されているから、QSする時は視界の中心に敵を捉えて覗き込むんだ。QSだけじゃなく、常に敵の居そうな場所を向いておくのがFPSの基本だよ。それじゃあキリトくん、あのマンターゲットを狙い撃ってみよう。構えは銃を持ち上げたら勝手にアシストが働くからそれに身を預けて狙うといいよ
ヤマトに促され、キリトは返事をして頷くと、映画などで見たような構えを取ろうとして右手で
すると、キリトの身体が自分の意志に沿うようにして勝手に動き出し、しっかりとした構えで銃身を固定すると、頬を銃床に着け、
「銃を構えようとするとアシストが働いて、自然とこの構えになるようプログラムされてるんだ。だからこれ以上早く構えることも、遅らせることもできない。慣れるまでは違和感を覚えるかもしれないね。それじゃあ、実際に撃ってみよう。照準の中心をマンターゲットに向けて、引き金を引くんだ」
銃を構えたまま、キリトは体を動かしてマンターゲットに向き直る。
その照準をマンターゲットの胴体に収め、大きく息を吸い込むと、それを全て吐き出して気を落ち着かせた。
そして、力まずに右手の人差指でM16A5の引き金を引く。
バララッ! と5.56mmNATO弾が3発発射され、その銃声と
だがきちんとマンターゲットには命中していたようで、ちょうど心臓の位置から首の中心にかけてほぼ直線上に着弾痕が見える。
「うん、上出来だ。大体照準の中心に向かって弾は飛んで行くから、よく狙って確実に仕留められるようになろう。特に、少し距離のある敵を狙うときは指切りを忘れないようにね。それと、
「近接格闘……って、
「そんな大層なものじゃねぇぞ、アレ」
「じゃあ、ナイフキルってやつですか?」
「昔はあったんだけど、今作はナイフがないんだよ。何でも変更不可能な設定のせいで上手くやれば弾丸斬れるらしいから、思い切って廃止にしたそうだ」
「ああ……」
そう言われ、シノンは納得したように声を漏らした。第3回BoBでキリトがやったような、敵の撃った弾丸を光剣で斬って無効化するという無茶な真似をするには相当な技術がいるだろうが、クレバーに
「代わりに用意されたのが『スタン攻撃』だ。頭を銃床で思い切り殴って行動不能にさせて、銃口を頭に押し付けて撃ち殺す、ちょっとした必殺技みたいなモンだな。まあ、正面からだとほぼカウンターされて自分の武器で殺されるが」
「残念だったわね、ナイフがなくて」
「ぐっ……。だが俺を甘く見るなよ。確かにシューティングは苦手だけど、全く出来ないってわけじゃないぞ」
ナメられるわけにはいかないと、ニヤけ面でそう言ったシノンにキリトは食って掛かった。
そんな2人を見て、ヤマトは満面の笑みで言う。
「よし。なら早速マッチへ行ってみよう!」
「えっ、もういいんですか?」
「実際に戦場へ行かないと教えられないこともあるからね。一応僕も一緒に着いて行くけど、構わないかな?」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「そう
ポンポン、とサクラはシノンの肩を叩いてそう言った。先ほどから初対面同士の距離感とでも言うのか、遠慮というのが感じられないからか、――悪い言い方だが――馴れ馴れしくされても不思議と嫌な気分にはならなかった。
サバサバ系、と言うのだろうか。とにかくザックリとしていて、初対面にも関わらず距離を詰めてくるサクラのような真似は、
(仮想世界でもこういう風に気兼ねなく接してくれる人は、きっと現実世界でも交友関係が広いんだろうなぁ。そういえば……)
シノンとサクラのやり取りを傍目から見てそう思ったキリトは、ふと昔のことを思い出す。
――こんな感じに声を掛けてくれた人が、昔どこかでいたような気が……――。
それが現実だったか、ゲームの中だったかすら思い出せない。しかし、何となく親しげに声を掛けられたような記憶はぼんやりと頭の中に残っている。そんなに昔のことでも、かと言って最近の出来事でもない。ならば、一体いつ出会ったのか――――。
「じゃあ、噴水広場に帰ろうか。メニュー画面の終了コマンドから広場に帰れるよ」
ヤマトに言われ、キリトの思考が中断される。そう言えば、すぐにマッチに行こうという話になっていたとキリトは今思い出した。
先に噴水広場に戻ってしまったヤマト達を追うように、キリトも遅れてメニューを開きコマンド欄の一番下にある終了コマンドをタッチした。
かなり長くなってしまい申し訳ありませんでした。
最後までご覧いただきありがとうございました。よろしければまた次回もご覧下さい。