「じゃあ、マッチに参加する前に『分隊』についての説明をしておくね」
噴水広場に戻った矢先、ヤマトはキリトたちにそう言った。
GGOにはなかった分隊というシステムに、シノンも真剣に耳を傾ける。
「分隊というのは最大5人で構成されるパーティのようなもので、分隊員同士はチャット通話でインカムから他の分隊員とリアルタイムで会話することができるんだ。そして、同じ分隊の人のすぐ近くにリスポーンできる。これが最も重要だね。一部、分隊リスポーンできないゲームルールもあるけれど。そしてその分隊を指揮するのが、分隊長だ」
「パーティリーダーみたいなポジションですか?」
「そんな感じかな。分隊長は攻撃・防衛目標を分隊員に指示して、戦闘に参加しながら他の分隊員を引っ張るのが仕事だ。そして、司令官からの指示を受けられる唯一の人間でもある」
「司令官、ですか?」
「そう。司令官は戦闘に参加することはないんだけど、
「確かに……もし片方のチームだけに司令官が着任していたら、一方的なゲーム展開も有り得ますね」
どうやら一回の説明で殆ど全てを理解したらしきシノンが、真剣な表情のまま頷く。
しかし、キリトもシノンほどではないにしろ、司令官という役職の重要性ができていないわけではない。
古今東西、ゲームにおいて最も重要なファクターとはプレイヤースキルと情報だ。マップの情報、武器の情報、敵の情報等など……上げ始めればキリがないほどの膨大な情報を、いかに頭に詰め込んでいるかが勝敗を分けることがある。
司令官のアシストによって相手の位置情報を一方的に確認できるのだとすれば、それは公平性を著しく欠く大変なことである。さらに、ガンシップや巡航ミサイルなどを呼び出されては、敵からしてみればたまったものではない。
長らくゲームをやり続けてきたキリトにとって、その重要さは言葉だけで理解するのには充分だった。
「ここでできる説明はこのくらいかな。それじゃあ、実際にマッチに参加してみよう。メニュー画面のマルチプレイヤーにある分隊参加から、僕の分隊に入ってくれ」
「はい」
キリトとシノンはメニューを開き、マルチプレイヤーから分隊参加のコマンドを選択する。すると、近くにいる分隊員を募集しているプレイヤーが淡い光りに包まれる形で表示された。その中にはヤマトも含まれている。
リストにはプレイヤーの名前が並んでおり、ヤマトの名前を選択すると、ヤマト以外のプレイヤーの光が消え、『YAMATOの分隊に参加しますか』というポップアップが現れ、キリトは『YES』を選択した。
すると、『分隊に参加しました』というポップアップとともに、分隊員のリストが表示される。そのリストの中には、既にシノンとサクラの名前も並んでいた。
「これで分隊作成は終了だ。じゃあ、マッチに参加するよ。ルールは『コンクエスト』だ。勝利条件は相手のチケットを0にすること。チケットを消費させる方法はマップ上にある拠点の確保と、相手のリスポーンだ。特に拠点を多く取れば取るほど相手のチケットの減少が速くなるから、頑張って拠点を奪取しよう」
簡単なルール説明を終わらせるとヤマトはサーバーブラウザーから定員に余裕のあるサーバーを選択した。
先ほど、射撃練習場に転送された時と同じようにして、4人の体は青白いポリゴンになって消え、転送される。
視界に広がった白い光が収束し、同時に頬に当たる風の感覚を感じて、キリトはゆっくりと閉じていた目を開いた。
「―――――――ッ!」
意図せずに、呼吸が止まる。
目の前にあったのは実物と見間違えるようなクオリティの現代兵器。遠くに見えるのは水平線と、開けた大地、そしてその中央にそびえる丘と、その上にある洋風の古城。星々が散りばめられた夜空を背景にして月明かりに照らされるそれらは、正しく芸術のようだとキリトは息を呑んだ。
SAOやALO、GGOには、それぞれ独特の空気というものがあった。が、BWの空気はGGOと少し似ているが、異質と言わざるをえない。無論、SAOやALOとも違う、独特な物だ。
更に幻想的とまで言える風景をバックに鎮座する現代兵器の数々はギャップによってより無骨さを際立たせ、そういった類の物に疎いキリトですらつい見惚れてしまうような魅力を生み出していた。
(これが、戦場の空気……ッ!)
高揚を抑えきれず、キリトは口元を緩ませる。
それと同時に、キリトの背後から数多の乗り物が猛スピードで前に進んでいく。
ふと右手側を見れば、黒いゴムボートと水上バイク、そして比較的大きな戦闘艇が猛スピードで湖を渡って行き、湖に浮かぶ島に向かって進行を始めている。
味方の展開がかなり早い。先手を取るということの重要性が、開始直後から理解できる光景だ。
「キリトくん、乗るんだ!」
クラクションを鳴らしながら、ヤマトはキリトの隣に4輪駆動の輸送車輌が停車する。屋根の上に内部操作型の
キリトはヤマトに促されるとすぐ後ろの扉から乗り込み、硬いシートに腰を下ろした。
「よし、皆乗ったな。まずは
ヤマトが言うとすぐ、薄く浮かんで見える《B》のマークに緑色のカーソルが表示された。
(なるほど、これが分隊命令か……。『ブラボー』っていうのは確か、軍隊で使われる用語だったな……)
キリトは疎い知識をフル活用してヤマトの言っていることを理解しようとする。
――『ブラボー』と言うのはNATOフォネティック・コードの1つで、Bを意味する言葉である。現在、キリトたちがいるマップ『Crimea Peninsula』では、A~Eの5つの拠点が存在する。それぞれ、アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ、エコーと呼ばれ、プレイヤー間だけではなくNPCの無線すらこのフォネティック・コードが使われる。
それほど距離は離れていないのか、30秒もかからずにキリトたちを乗せたSPM-3はB地点に到着した。
ヤマトの分隊は皆一斉にSPM-3から降車し、遮蔽物の影に隠れる。幸いなことに、先に来ていた友軍が敵側(
この Crimea Peninsulaは
Dは確保しておくと司令官画面からAC-130が呼び出すことができるので、重要な拠点の1つであるとされるが、そのDに直接降下できるCはそれ以上に確保しておきたい拠点であろう。
それを味方は理解しているからか、戦車よりも足が速い
味方の
IFVはMBTと比べ機動力は高いが、装甲面は明らかに劣る。攻撃力こそTOWによって底上げされているが、装甲の厚さによってどうしても正面からの撃ち合いでは負けてしまう。
だが、同じMBT同士なら使用する弾の違いこそあるが、先手を取った方が圧倒的優位に立つことができる。IFVが敵の歩兵を排除しつつ敵車輌に与えたダメージは、直接的なアドバンテージとなって交代した味方MBTに返ってくる。
防衛線を構築した味方によって敵のMBTである|M1A1エイブラムスは爆発炎上し、随伴していたIFVとMBTも後退を余儀なくされた。
が、敵もやられるばかりではない。4輪バギーに乗った1人の兵士が飛び出し、MBTの主砲を巧みに躱しながら肉薄してきた。
彼はMBTに充分近寄ると降車し、地面を転がりながら起爆装置を作動。一瞬遅れてバギーに取り付けていたC4爆弾を起爆させ、MBTを破壊したのだ!
それによって士気が上がったのか、US側は一斉に前進し始めた。僅かに遅れ、修理の終わったMBTとIFVも前進し始める。
それを全力で迎え討つ形となったRU側の後ろで、キリトたちはその様子を窺っていた。
「すっげぇ……まるで映画の中にいるみたいだ」
「キリトくん、見惚れてる暇はないよ。僕らは本隊と別れて丘の上のC地点を抑えに行くんだ」
ヤマトにそう指示されると、キリトはミニマップからC地点の位置を確認した。同時に、孤島のD地点が敵に制圧されたことも把握する。ヤマトがすぐにC地点へ行こうと判断したのは、自軍の戦闘艇が早々に敵の攻撃により破壊され制海権を喪失したことを察知したためだろう。そのことを遅れて理解したキリトは無言で頷くと、再度SPM-3の後部に乗り込みヤマトの運転でC地点へと向かった。
C地点に到着した彼らを待ち受けていたのは、崖下にある細い通路から登ってきた敵歩兵だった。
城跡となっているC地点の足元には、湖へと繋がる細い抜け道が存在する。それは精々大の大人がすれ違うのがやっとの幅である。しかし、抜け道であることに違いはなく、D地点を確保した敵兵が続けて雪崩れ込んでくるのは必至だった。
初動で生まれた僅かな遅れ。それにより水際での防衛線構築が間に合わなかったRU軍は城跡の内部による遭遇戦を余儀なくされた。
だが、拠点として設定されている範囲は決して広いわけではない。城壁の内部の中庭が精々といったところで、入れる場所も城壁の上や半壊した城の一部となっている。
外側から拠点に入ることのできるルートは右側を迂回するルート、反対に左側を迂回するルート、そして城跡正面の門から突入する正面ルートの3つがある。その中でヤマトの選んだルートは、正面ルートだった。
元々他のルートは歩兵か、精々小さな車輌程度しか通ることのできない道であったため、ヤマトの運転するSPM-3では通ることができなかった。無論、降りれば通れるのだからそうする選択肢もあったのだが、ヤマトには何としてでも城内にこの車を入れたかった理由があった。
「皆、降りろ!」
ヤマトがそう叫ぶと、後ろに乗っていたキリトとシノン、そしてサクラが飛び降り、ヤマトはフルスロットルで中庭の中央に突っ込んだ。
その先にあったのは、石を積み上げられて区切られた細い通路。
――そう。そこは海岸からこの拠点に繋がる通路の出口だった。
その出口をSPM-3の車体で塞ぎ、時間稼ぎをしようとするのが彼の狙いでだったのだ。
しかし、そんな物はほんの些細な妨害にすぎない。出口はまだもう一つ設けられているし、何よりSPM-3の装甲は対戦車ランチャーの攻撃を一度までしか耐えられない。敵にそれを持った工兵がいた場合、十秒も経たずに破壊されるだろう。
つまり、十秒間は敵の出口を一つに絞ることができるということだ。
「サクラッ!」
「リョーカイ!」
ヤマトが呼びかけると、既にカールグスタフを構えていたサクラが、もう一つの出口に向けてそれを発射したのだ。
強烈なバックブラストから一瞬遅れ、着弾した多目的榴弾が炸裂し、膨大な熱量を放出する。その爆風と熱を感じながら、彼方へとふっ飛ばされた敵兵の亡骸をキリトは呆然と目撃した。
「うっわ~……」
引き攣った表情でシノンは声を漏らす。キリトも彼女と似た表情だ。しかし、唖然呆然とする彼らを戦場は待ってはくれない。
彼らをここまで運んでくれたSPM-3が、遂に破壊されたのだ。ヤマトはとっくに降車していたが、爆音とともに炎上したそれは転倒し、道を開けてしまった。
(しまっ――――!)
そこから歩兵が大量に展開してくることを知ったキリトは、急いでM16を構える。しかし、彼が引き金を引くよりも先に、その通路で爆発が起こった。
「キリトくん! こっちは抑えるから反対側を頼む!」
ヤマトはそう言って、細い通路に向かって地上から何かを放り投げていた。
「サクラさん、あれは……!?」
「アレはC4爆弾だ。それよりキリト、前からくるぞ!」
「えっ――――!?」
キリトが前を向き直ると、先ほどサクラがカールグスタフでふっ飛ばした通路から再装填のタイミングを見計らった敵が上がってきていた。慌ててキリトがM16を構え直すも、それよりも先にシノンのヘカートⅡが階段から上がってきた敵兵の額に風穴を開けた。
「シノンさんマジかっけえ!」
「ふざけてないで手伝って! 数が多過ぎるッ!」
相変わらず余所見ばかりしているキリトに、シノンが声を張り上げる。それからやっとキリトもM16の引金を引いたが、無論、初めての実戦で18メートル先に頭だけ出している標的に弾が当たるはずもなく、コッキングアクションを終えてスコープを覗き直すシノンに弾が当たらないよう牽制射撃をするのがやっとだった。
「ッチィ、このままじゃ埒が明かねえ。キリトはそのまま牽制射撃! シノン、グレネードだ!」
言いながら、サクラはグレネードのピンを抜き敵のいる通路に向かって投擲する。それから少し遅れて、シノンも同じようにしてグレネードを投擲した。
彼女たちの投げたグレネードの種類はM67破片手榴弾。シルエットから「アップル・グレネード」や「ベースボール」などの通称を持つそれは、半径5メートル以内の敵を問答無用で爆殺し15メートル以内にいる敵にまでダメージを与える強力なグレネードだ。
故にゲームでは一人につき一つまでしか持つことができず、またピンを抜いてから三秒後に爆発するため咄嗟に投げてすぐに敵を倒すことはできない。
その強力なグレネードはキリトの射撃によって頭を引っ込めていた敵兵もろともふっ飛ばし、キリトに制圧アシストが僅かに(25P)スコアとして入った。
「やったか!?」
「それフラグ! さっさとリロードして第二波備えて!」
シノンに言われ、キリトは慌ててM16のマガジンを交換する。だが、その瞬間――――
「ぬおおおおおおおおお!!!!」
黒煙の中から、二分隊ほどの規模の敵兵が突撃してきた。待ち伏せされ、出足を挫かれたUS側は大胆な動きはしづらいかと思われたが、まさしくキリトたちは一瞬のうちに意表を突かれる展開になった。
(マズい……ッ!)
咄嗟にシノンはハンドガンのグロック18Cを抜くが、相手が銃を構える方が早いのは明らかだった。サクラもP90を構えてはいるが、倒せるのは精々二人が限界といったところか。
先陣を切って飛び出してきた敵の構えるHK416から発射された弾丸が、一番前に出ていたキリトに命中した、それとほぼ同時の出来事だった。
キリトの目の前が赤黒い爆炎で包まれ、外に飛び出してきた敵二人を吹っ飛ばしたのだ!
先ほどサクラが放ったカールグスタフや、シノンの投げたグレネードよりも遥かに強いその爆発に、キリトは驚きを隠せない。一体、誰が――――その正体は、肌を引っ叩くような凶暴なエンジン音を轟かせ、彼の目の前に現れた。
消していたライトを灯し、敵の目を眩ませながら、猛スピードで突進してくる装甲車輌、IFVである。
先ほどの爆発を耐えたUS兵は八輪のタイヤに引き裂かれ、サクラが撃ち倒した一人を含め四人が一瞬でキルされた。そして、IFVの砲塔の上に備え付けられている機銃と、続いてきた歩兵による射撃支援で、残りのUS兵は殲滅されてしまった。
しかし、まだ階段に残っていたUS兵はいる。IFVは25ミリHE弾を次々と階段に撃ち込み、残っていたUS兵を殲滅した。
たった一台の車輌が戦局を掌握する瞬間を、キリトは誰よりも近い場所で目撃したのだ。
「ここはもう大丈夫だ、全員崖から飛び降りて
指示を出すとすぐ、ヤマトとサクラは湖の方に走って行く。シノンも遅れて二人に続いた。
(そうだ……こうしてる間にも相手は動いてるんだ、休んでる時間なんてない)
相手は自分と同じ人間だ。そしてこのゲームはターン制ではない。戦局は常に変化し流動していく。立ち止まってる暇など一瞬たりともないのである。
「了解!」
キリトはヤマトの指示に応答しつつ、彼らの背中を追うように走り出した。