side:愚地克己
「あぁ、そういうわけだから今日はジムに行けないんだ。ごめんね優希ちゃん。親父さんによろしく」
神心会会員でジムを経営してる田沢さんの娘さん……優希ちゃんと同い年なんだが、その縁でここ最近は田沢さんのジムに通って身体を鍛えていた。
それで今日も田沢さんの所でトレーニングをしようと思ってたんだが、今断りの電話を入れた。『あの』三浦良意と組手をするからだ。
道着に着替えながらも震えが止まらない。俺の空手がどこまで通じるのか。楽しみで仕方がない。
自分で言うのもなんだが俺は天才だった。サーカスにいた頃も、親父の養子になってからも同年代の奴に負けたことは無い。
そんな俺が初めて勝てないかもしれないと予感を感じたのが三浦良意だ。
親父はいつも言っていた。強い奴は世の中に一杯いると。だが、同年代で俺よりも強い奴とは会ったことがなかった。
しかし今日、同年代で俺よりも強いかもしれない奴と組手が出来る。そう思うと身体が武者震いで震えるぜ。
などと考えていたものの、冷や汗が止まらないのが現状だ。
(くそっ、なんだっていうんだ)
俺がおかしくなったのはあいつを見てからだ。親父と母さんと一緒にあいつの試合を見てから俺の中の何かが崩れちまっている。
勝てる、負けやしないと自身を鼓舞しても一向に上がってこない。冷や汗で冷えてしまっている身体を動かして無理矢理暖める。
「準備出来てるかぁ~?」
親父の声に振り向くと、親父は三浦良意と一緒に道場に入ってきた。
「あぁ、出来てる。……けどそっちは?」
「いらねぇだろ。なぁ?」
「う~ん……そうですね。やってるうちにあったまるでしょ」
……なめやがって!
三浦が上着のパーカーを脱ぐとTシャツになるが、Tシャツの上からでも鍛え抜かれた身体がわかる。
一瞬怯んでしまうが……怯む?俺が?
「ハッ!」
気合いを入れて己を鼓舞する。怯んでなんかいない。ただの武者震いだ!
道場の中央に立つと三浦も対面して立つ。
「よ~し、それじゃ……始めィ!」
様子見なんてしねぇ。最初から全力でいってやるぜ!
下段蹴りを放った瞬間、俺の脳裏にぶ厚いゴムを巻き付けた大木が浮かび上がった。
視線を上げて三浦の顔を見ると平気な顔をして立っている。そんな三浦の鳩尾に三日月蹴りを放つがびくともしない。
中段突き、後ろ蹴り、膝蹴りと三浦の腹を攻め立てる。感触は完璧だ。けど効いている様子が全くない。
一つ息を入れるために離れると不意に親父の声が聞こえる。
「克己よぉ、なんで顔を突かねぇ?」
「なっ!?親父、これは組手だろう!?」
「良意、構わねぇだろ?」
「えぇ、いいですよ」
さも当然の如く言葉を交わす二人に驚くと同時に、どこか二人が遠く感じた。
「克己、これはフルコンタクトルールの試合じゃねぇ。良意が了承した以上はなんでもありでの組手だ」
「身内ならまだしも、相手は部外者だぞ!?」
「かぁ~っ、まったく……こんな経験はめったに出来ねぇってのに。責任は俺が取る。だから遠慮せずにやっちまえ」
三浦に目を向けると彼は頷いて了承の意を示す。
「……どうなっても知らねぇからな!」
金的から水月への蹴り、更に水月への蹴りを足場にして跳び上がりながら顎へと膝を放つ。
そして膝で上を向かせた三浦の顔に跳び上がって落ちる重さを利用して肘を叩き落とす。
これは前に親父に聞いてひそかに練習していた技で実際に使ったのは初めてだが、イメージ通りに完璧に決まったぜ。けど……。
「……どんな身体してんだよ」
「ハッハッハッ!すげぇだろ?だから遠慮すんなって言ったんだ」
「なんで親父が嬉しそうに自慢してんだ」
「そりゃダチの事だからな。嬉しくても不思議じゃねぇだろ」
なんというか毒気が抜けた。そんな感じで俺の身体から適度に緊張が抜けた気がする。
「まぁ見ての通りに俺は頑丈だからさ。遠慮せずにきてよ、克己君」
そう言ってニッと笑顔を見せる『三浦さん』に俺は敵わないと思った。でもそれでいい。今はな。
「オスッ!じゃあ遠慮なくいかせていただきます!」
「うん、ッシャア来い!」
ここまで組手が楽しいと思ったのはいつ以来だ?拳を、蹴りを放ちながらそう考えるが、直ぐに余計な事を考えるのを止めて、俺は三浦さんとの組手に夢中になる。
だが三浦さんの反撃が始まると、むしろ清々しい程にボコボコにされたのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。