横須賀の米軍基地で範馬勇次郎と三浦良意の喧嘩が始まった。見る者に魅せ、妬かせ、勉めさせる。そんな二人の喧嘩に一早く魅せられたのは花山薫だった。
彼は喧嘩師。日本において男を張る事に美徳を感じる者達の間では、正にカリスマといって間違いがない求心力を持つ男である。
そんな彼が目の前の喧嘩に魅せられた。受けも、避けも、流しもしない。防御の一切をしない殴り合い、蹴り合いに魅せられた。
無駄な口上は要らぬ。この拳で、この脚で、この背中で語る。そう、喧嘩の原典とさえ感じる二人の喧嘩に魅せられてしまったのだ。花山薫が喧嘩師であるが故に。
不意に彼の腕を掴む者がいた。隣にいたユリー・チャコフスキーだ。
「花山さん、それ以上はいけない。彼等の喧嘩の邪魔になる」
そう言って視線を落としたユリーに釣られて足下を見た花山は驚いた。無意識に一歩踏み出していたのだ。
「……すまん。助かった」
「気にするな。気持ちはわかる」
二人の喧嘩に魅せられたが故にもっと近くで見たい。そう想ったが故の一歩だった。だが喧嘩師である己が他者の喧嘩を邪魔するわけにはいかない。
顔が熱くなっている事を自覚しながらも花山は、ユリーに感謝すると拳を強く握り締めながら二人の喧嘩を見ていく。
二人の喧嘩に妬いたのは愚地独歩だ。彼は己が人生の大半を武に捧げ歩んできた男。であるが故に、二人の喧嘩に誰よりも妬いた。それこそ範馬勇次郎の息子である二人よりも。
「……随分と楽しそうじゃねぇかオーガ」
強くなればなるほどに不自由になる。その力の発揮場所を失っていってしまうから。それを深く知るからこそ独歩は妬く。誰に遠慮することなく力を振るう二人に。
そんな独歩の肩に手を置いた者がいた。彼の息子である愚地克巳だ。
「……親父」
「心配すんな克巳。手は出さねぇよ。今はな」
「……まぁ、それでいいか」
腕を組んだ独歩の手に力が入っていることを確認してしまった克巳だが、独歩の気持ちがわかるのか特に追及はしなかった。
「で?どうなんだよ親父?」
「勝てねぇな、今は」
「今は……か」
「おうよ。今はだ。これから先も勝てねぇわけじゃねぇ。だったら稽古するしかねぇだろ。俺達はそういう人種だ」
「……あぁ、そうだな」
氏より育ち。血は繋がってなくとも、二人は紛れもなく親子であった。
この場の誰よりも勉めているのは範馬刃牙とジャック・ハンマーの二人だった。
腰を下ろしながらも二人は範馬勇次郎の打撃を、三浦良意の打撃を瞬きすら惜しんで眼に、脳に、魂に刻んでいく。
筋繊維の一本一本の動き、各部位の骨の使い方に至るまで全てが学びであった。
「……さて、そろそろ終わりにするか」
夢中になり過ぎてどれ程の時が経ったのかもわからぬが、不意に打撃を止めて離れた範馬勇次郎がそう告げる。
すると、彼の背中の鬼が哭いた。
「っしゃあ!来い!」
三浦良意の気合いに応える様に範馬勇次郎が上体を捻る。そして踏み込みと同時に上体の捻りを解放し右拳を放った。
形容し難い重厚な打撃音が二人の耳に残った。本当に人が起こした打撃音なのか疑った。それと同時にあれ程の打撃を受けた三浦良意が無事なのかと心配した。
しかし……。
「くーーーっ!やっぱり痛ってぇーーーっ!」
彼は無事だった。それどころか『普通』に痛がっている。
その異常に誰もが呆然とする中で笑う者がいた。範馬勇次郎だ。
「クスクス……ハーハッハッハッ!」
範馬勇次郎は笑った。心底楽しそうに笑った。その光景に刃牙とジャックは静かに涙を流す。
「……兄さん」
「なんだ?」
「悔しいね」
「……あぁ」
「今度は俺が親父を楽しませるよ」
「いや、俺だ」
「負けないぜ」
「あぁ、俺も負けない」
どちらともなく手を伸ばし拳を合わせる。これにて決着。範馬家の親子喧嘩、勇次郎と良意の喧嘩は終わりとなったのであった。
これで本日の投稿は終わりです。
次回最終話!
また来週お会いしましょう。